地球の舳先から vol.213
日本/金沢編 vol.3 (全3回)
古都、金沢。
日本は古い歴史があるというのに、
高校時代「社会」から逃げまくったわたしは日本のことをなにも知らない。
古都といわれても思い浮かべるのは京都で、
しかも自分で歩いた道ばかりである。
前日、加賀温泉まで移動していたので、
そのまま小松空港へ行けば近いのだが、再び金沢へ戻る。
はじめての金沢なので、とりあえず有名な観光スポットを中心に
金沢駅を出発地点として、地図に行きたいところをプロットし
線でつないでいくと、どうやら10キロもなさそうだった。
そんなわけで、金沢駅から1日かけて、反時計回りにふらふら歩くことにした。
朝食をあんなに食べたのにおなかがすくから不思議で、
まずは近江町いちば館へ行って、えび三昧をする。
透明に輝く大きなえびは「この場で生でどーぞ」と軒先で売られ、
貝類をその場で焼いてくれる小さな網もあった。
金沢ならではの、甘エビコロッケというものもある。
軽食で小腹を満たすと、向かったのは長町武家屋敷跡。
加賀藩の武士が住んでいたところで、塀や石畳などはまさに映画の世界。
縁切りと縁結びが両方できる珍しい神社という貴船明神でスタートして
高田藩、前田藩など、わたしでも聞いたことのある名前がつづく。
なにかつくりものっぽくない、と感じたのは、なぜだろうか。
金沢というのはほんとうにアートな町で、
「なんぞ、この前衛的なビルディングは?!」と思うと薬局だったりする。
しかし武家屋敷は驚くほどに静かで。
たまに開放された庭園などに入っていくと、
小さなスペースに、自分が庭園の石を踏む音しかしなかったり、
ふといい天気に汗ばんで立ち止まると、葉っぱと川の音しかしなかったりする。
観光地であるはずなのに、我々の側が空間に呑まれていた。
品の良い土産物屋で、名物の麩を買う。
すこし歩くと21世紀美術館。
ここも来たかったし、トリックアートのような「スイミングプール」は
確かに感動したが、やはり美術館は合わないようですぐ出る。
モネの睡蓮以外で、美術館に30分といたためしがないのだ。
そして第二目的地、ひがし茶屋街へ。
尾張の男性陣が茶屋街へ出る際に使ったという「暗がり坂」を抜け、
ほのかに夕暮れに色づいた川沿いに、光を灯しはじめた店が並ぶ。
浅野川大橋をわたってすぐが、ひがし茶屋街だ。
1820年に、加賀藩前田公による街割りで設置され
今では国の重要伝統的建造物保存地区に選定されている。
そのうちいちばん大きなお茶屋という懐華楼へ、誘われるまま入る。
昼は一般に広く公開し、夜は一見さんお断りを通しているのだそうだ。
…というのは帰ってから知ったもので、
中を見学させてもらった絢爛で鮮やかなお座敷や茶室、いろりの席で
いまも芸妓さん遊びがされているとは想像できない。
当たり前だが、世の中にはまだわたしの全然知らない世界があるのだ。
ここで金箔入りというくずきりをいただく。(金沢は金箔も名物。)
すっかり空気感に酔い、金沢駅へ帰ったのは日も沈みかけた頃。
またしてもぴったりの所要時間で空港まで運んでくれるバスへ乗って
夢のなかのような金沢をあとにする。
いままでわたしは、外国人に「日本で東京以外にどこへ行ったらいいか」
と聞かれると、東京の対極として「京都」と答えていた。
もちろん、観光のしやすさや国際空港からの交通の便といった事情も考慮して、だが。
しかし今度からは、金沢をすすめるかもしれない。
東京にはなくなった“日本”とか、、新旧がしなやかに融合している感じとか。
東洋の文化って、こういう折衷から、はじまっているのかもしれない、とおもったり。
それはやっぱり、JAPANESE BEAUTY で
あの広告キャンペーンに、わたしは金沢へ行って、より納得したのだった。
おしまい。
地球の舳先から vol.212
日本/金沢編 vol.2 (全3回)
ミーハー、といわれようとも、星野リゾートが好きである。
星野リゾートは「日本再発見」というコンセプトで、国内でいくつものリゾートホテルを
経営しているのだが、その土地土地に合わせた、もはや宿泊行為自体が観光、
というような興味深い体験を提供している。
このコラムで紹介した中でいうと、三沢へ行ったときも星野リゾートに泊まったのだが
そこは、経営状態の芳しくなくなった宿泊施設と広大な土地を買い受け見事に再建したものである。
今後も、沖縄の竹富島や、富士山の麓に開業計画をもつ。
ここ、白銀屋も、星野リゾートがオリジナルではなく、創業は1624年。
380年にわたり前田利常公、北大路魯山人に愛され、有形文化財に登録されている。
チェックインからが、リゾート体験の始まりである。
「寝る」のではなく、旅館で「過ごす」たくさんの、ほかではない体験が用意されている。
チェックインは15時から。
これまた有形文化財の茶室で、抹茶とお菓子を振る舞われる。
樹齢200年の木々のある庭園は、秘密の中庭みたい。
隣接するカフェでは、加賀の茶器でおいしいコーヒーも飲める。
夜はバーになり、日本海の冷酒の4点盛り、などというものもあった。
夜には右写真の障子にうさぎの影絵があらわれる。
女性限定のサービスにはなるが、ここに色とりどりの浴衣が置いてあり、
部屋にももちろん浴衣の備え付けはあるのだが、好きな柄でうろつくことができる。
このあたりは温泉街で、旅館の外にもいくつかの温泉があり、みんな浴衣でうろつく。
そのあたりを考慮してのサービスなのだろう。
ちなみに夕食後はここで、無料のコーヒーゼリーのサービスがある。
部屋のフロアには「花の階」「蝶の階」などそれぞれに名前がついてあり、
ランプのともされた廊下は靴を脱いで足袋であるく。
部屋の中は加賀の伝統芸術そのままに、抜けるような赤と青。
旅館なのにベッド、という和洋折衷も、快適。
旅館にはもちろん天然温泉が引いてあり、2つの温泉は時間帯で男女交代制。
1300年という、伝統ある源泉である。
湯上り用に、加賀棒茶(ほうじ茶)も用意してあり、
入浴施設自体は大きくはないが、くつろげる。
部屋の中には、「小さな幸せ」がいくつも用意されている。
小さな2つの茶筒にはそれぞれ可愛い和紙でくるまれた緑茶とほうじ茶。
温泉前と湯上り、それぞれに飲むのがいいらしい。
もうひとつが、源泉パックというもの。
「本日汲み上げました」という札つきで小さな小瓶に源泉が入っており、
浸して、とれたての源泉でパックができるというものだ。
確かに温泉は肌にいいはずなのに顔をつけるわけにいかないため、これはなるほど商品。
時間がきたので、夕食へ。部屋出しではないものの、半個室に区切られている。
先付 万寿貝 山葵 加減醤油
八寸 季節果実の白和え 鮭の幽庵焼き 田楽白玉 からすみ 鶏と干し葡萄の松風
胡桃豆腐の茶巾揚げ 甘海老の老酒漬け酢橘釜 花びら大根 茸挟み
椀物 鱧と海老、松茸の土瓶蒸し 酢橘
御造り 日本海鮮魚の御造り取り合わせ
揚物 たたき海老の新挽き揚げ 加賀野菜の天麩羅
蓋物 蟹の養老蒸し ぶぶあられ 翡翠餡 山葵
焼物 のど黒の塩焼き からすみ添え 俵はじかみ 甘長とうがらし
台の物 鮑の若布包み蒸し 肝だれ
酢の物 毛蟹 酢ゼリー 加賀蓮根酢漬け 小松菜
食事 白米 止め椀 香の物
甘味 ほうじ茶のクレームブリュレ(5種から選択)
もうこれ以上は食べられない、というほど、加賀の和懐石を堪能して、眠りにつく。
この日が終わってしまうのが勿体ない!
朝は朝で、食堂で朝食。これまた、量が…。
お茶のサービスも静かにゆっくりと。こんなにゆっくり食事したのはいつ以来だろう。
帰りは、加賀温泉の駅まで送ってくれる旅館の車に揺られて、
ふたたび金沢市まで戻ったのだった。充電、完了!
つづく
地球の舳先から vol.211
日本/金沢編 vol.1 (全3回)
いま見返しても、ぎゅっと心を掴まれるCMがある。
“JAPANESE BEAUTY HOKURIKU”。
04年、06年のJRのディスティネーション・キャンペーン。
なんだってわたしの原体験というのは、いつも広告ばかりな気がする。
このキャンペーンはもう5年も前になるというから信じがたいのだが、
これを見て以来、わたしが日本で一番行きたい場所は金沢になっていた。
それでも、旅というものは縁やタイミングがないとなかなか成就しないもので。
半分公務、という絶妙の縁があり、ようやくその地へ行くことが出来た。
羽田から小松空港まではなんとたったの1時間。
小松空港は航空自衛隊と共同利用なので、F15の勇姿などを期待したのだが。
1100円のエアポートバスで空港からきっちり40分、金沢駅へ着いた。
余談だが、このバス、午前中の行きも、夜の帰りも、ほんとうにぴったり40分。
駅前の小料理屋的なところで、刺身定食を食べる。
この時期の金沢名物・甘エビが、たっぷりの卵つきで出てきた。
衝撃的に美味しかったが、さらに衝撃的だったのは
案内してくれた現地駐在の方がトンカツ定食を頼んだことである。
道民が毎日カニを食べてるわけじゃない、というのと同類の話だろうか。
午後に大役を終えて解放されると、鈍行列車で加賀温泉郷へ向かった。
サンダーバードだかなんだかいう特急列車もあったが
窓の外でも眺めながらゆっくり進みたいときもある。
…お金がないというのもある。
なぜなら、ここを予約してしまっていたからだ。
創業、1624年。
前田利常公、北大路魯山人が愛し、現代では皇太子様も滞在した
380年の歴史を誇る有形文化財、白銀屋。
山代温泉街の中心部は小さくコンパクトにまとまっていて、中央には温泉施設。
夜はしっとりと美しいが、昼間は昼間で美しい。
緑の小道に誘われるようにしてお寺に入ると、主張することもなく
国重要文化財の明覚上人供養塔があった。
…とはいえわたしは日本史や文化財というものに相当疎いので
散策もそこそこに、白銀屋にチェックインし、温泉をはしごすることにした。
宿からタオルを持って、浴衣でウロウロできるのもらくちん。
明治時代の建物を再現した「古総湯」は、
循環も加水も加温もしておらず、洗い場もない、ひたすら「入浴」に徹するところ。
中央に浴槽だけが置かれ、美しいステンドグラスがはまっている。
2階は休憩処になっていて、提灯の光に温泉郷が照らされている。
隣の、地元民でにぎわう「総湯」よりも空いていて、とても静か。
地元住民で賑わう「総湯」のほうで、絶品の温泉卵(しかも安い)をいただく。
白い卵と赤い卵の2種類。小腹を満たして、宿にひきこもることにした。
つづく