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2012/10/12

地球の舳先から vol.253
台湾編 vol.4(最終回)

…いわゆる、「馬鹿のひとつ覚え」というやつ。

太魯閣渓谷へ行っていた以外は、3食、小籠包を食べていた。
台湾料理で一番好きだし、数百円でおなかもいっぱい。
せっかくハシゴをしたので、今回のベスト3をご紹介したいと思う。

★明月湯包

台北市基隆路二段162-4號(本店)
MRT六張犁駅より徒歩約10分
8個/130元

餡は台湾産の黒豚肉に、豚皮・鶏の煮凝り。
脂身と赤味の比率は1:5にキッチリ計っているんだとか。

食堂とも見まがうようなシンプルな店内。
キムチ入りなどもあって、小籠包屋ではおなじみの
伝票に自分で注文を記入する形。ここはチャーハンも評判。

空芯菜を頼んだら、キャベツの炒め物を持ってきて
「今日空芯菜ない」って、作ってくる前に言って下さい(笑)。
が、これが予想外の大ヒット。鶏がらベースなのか、ガーリックと合う
香ばしい炒め物は、わたしの予想する「キャベツの炒め物」とは別物。
すっかりファンになったのでした。

★盛園絲瓜湯包

台北市杭州南路二段25巷1号
MRT中正紀念堂駅より徒歩13分
8個/100元

 

ヘチマの小籠包で有名なお店。
台湾本島のヘチマだけを使い、エビと豚肉のミンチと混ぜているそう。
皮は厚め。ちなみに普通の小籠包は8個90元ととてもお値打ち。
ついでにへちまとハマグリの煮物も頼んだ。

中正紀念堂の一番東側(MRT駅から出ると、記念堂のちょうど向こう側)。
わたしはここでバレエを観る前の昼食でお邪魔しました。
店内は小洒落たレストランという感じ。でも待つのも必至!の人気店。
全体的に、B級グルメ感はなく、大皿料理もあってきちんとレストラン、という感じ。

★小上海 民生店

台北市民生東路四段62号
MRT中山國中駅徒歩20分(松山空港からタクシー5分)
10個/120元

 

この道30年の老舗店。
他では味わえない貝柱のスープという事で、ガイドブックでも「絶品」で常連、
ここを一押しに上げる方も沢山いるよう。

通りに面した、ドアもないオープンな空間なのですぐわかる。
テイクアウトするお客さんも多数。
地元民が多く、他の店舗が友人同士や家族連れが多かったのに比べて
一人のお客さんが圧倒的に多く、地元民の生活に根付いているんだなと実感。
その分、接客も、下町のおばちゃん的(笑)。

松山空港から、歩けます。
チェックインが早く終わっちゃったとか、出国前の食べ納めにどうぞ!

食で〆た台北編、ようやくおしまい。

2012/09/30

地球の舳先から vol.252
台湾編 vol.3(全4回)

台湾へ行ったら、台北で元気を充電したら郊外へ行って、ものすごくいいホテルに泊まる。
いつの間にかわたしの台湾旅は、そういうスタイルになっていた。
今回はといえば、太魯閣渓谷のほぼ終点にある「晶英酒店(Silk Place)」。
まさに大渓谷の中にあるのだが、どれくらい「渓谷の中」か、といえば、このくらい。

取っておいたのはスイート。団体観光客のバスを横目にボックスカーで水を支給され、
長蛇のチェックインカウンターを素通りしてクラブラウンジに通され、チェックインを行う。
旅に出ると途端に「待つ」とか「並ぶ」とかが苦になくなるわたしではあるのだが、
このスムーズさはとても美しいオペレーションだった。

 
(クラブラウンジ。)

大自然の夏の光が差し込むラウンジは様々な形状のソファがあり
渓谷を見ながらくつろいでいる人も多々。
もちろん、昼間はお茶、夕方にはアフタヌーンティー、夜はアルコールが無料でサーブされる。
チェックインの手続きを済ませ、豊富なアクティビティとタイムスケジュールの説明を受ける。
午後と、翌日の午前中に行われる太魯閣渓谷のツアー(AM/PMで内容が変わる)、
SPAと夕食、それから翌日の空港までの送迎車の時間を確認し、部屋へ。

 
 
(お部屋。)

さっそく出迎えてくれたのはテーブルの上のウェルカムフルーツ。
部屋の広さはもちろん申し分なく、窓からは大渓谷の絶景。
バスルームには、陶器に入ったバスソルトとアロマキャンドルも用意されている。

 

そしてとにかくこのホテル、「おみやげ」がやたら多い。
ガラスのびんに入ったお菓子はチョコレートと豆。お持ち帰りくださいとのこと。
お茶も、きちんと茶葉で、緑茶、ジャスミン、台湾茶と用意されている。
冷蔵庫の中は、アルコールも含めてすべてフリーだ(スイートのみ)。
これは、思わず部屋でゆっくりしたくなってしまうともいうもの。

 
(美味しかった。上品な味つけ。)

後ろ髪をひかれながら、とりあえず昼食に出る。
とにかく英語のメニューがよくわからないのだが、イカと野菜の炒め物にありついた。
午後のツアーへ出かけて帰ってくると、随分暑さにやられたようなのでラウンジで休むことに。

 
(アフタヌーンティーだけど、白ワイン。)

カップに入ったガナッシュやエクレア、ケーキなど。
ゆっくりしていたらスタッフが近寄ってきて、そろそろスパのご予約の時間ですよ、と
声をかけてくれる。うーむ、すごい。

 
(ここのスパは大変素晴らしかった。)

わたしは本来、海外に行くと貧乏性が発動して、ホテルでじっとしていられず走り回るのだが
ここのスパはまず入ると漢方の入ったお茶と小さな茶菓子がサーブされる。
大渓谷の窓際に設置された広いジャグジーの両脇にはふわふわのベッドマットが敷かれ、お昼寝用。
しかもこの空間が完全に貸し切りなのだ(カップル利用も可能)。
施術の前に30分ほど、この場所を好きに使う事が出来、スタッフも入って来ない。

 
(屋上階のプール)

スパから戻ると、日も沈んでいる。
屋上のプールはライトアップされ、涼しげなデッキチェアの向こう側には
ソーセージなどのちょっとしたおつまみとアルコールも売っている。

夕食はバイキングにした。一日中食べているような気がしてならない。
ビュッフェは豊富で、冷菜、温菜、サラダ、魚介などがゴージャスに盛りつけられる。
メインのお料理は数種類から選んでおくプリフィクス方式。
麺類でしめたい人は、シェフが好きな具でその場で作ってくれるカウンターもある。
ちなみにデザートも20種類以上が並び、チーズバーまである。

 
(ワインをね、グラスっていったつもりでしたがボトルで来ましたね。)

まだまだ、夜は終わらない。
この太魯閣渓谷のあたりは伝統的な原住民「アミ族」が暮らしたところで、
その衣装や伝統的な舞踊を見せてくれるショーが、中庭で行われる。

 
(中庭に設置されたステージ。)

夜も更けた頃、ようやく久方ぶりに部屋へ帰ると、ライトとベッドメイクが変えられ
ターンダウンされてまた一段と雰囲気を増していた。
ウェルカムフルーツは、お夜食のおやつである3種類の羊羹に変わっている。

 
(おやすみなさい。)

ぐっすり寝て、早朝に起きる頃にはまた充電完了。
渓谷ツアーへ出かける前に、また屋上階へ行く。
こちらは、実はこの施設でわたしが一番気に入った場所。
ヨガスタジオとして使用されたりもするのだが、オープンスペースで自由に使える。
冷たい水と果物も常備され、朝、大渓谷に四方を取り囲まれながら身体を起こす。

 
(踊りましたよ、もちろん。)

外へ出ると、プールスペースの横には、屋外に直接ソファを設置したひなたぼっこ場。
オープンスペースなので、雨が降るとどうなるのだろう?などと思ったが、
ここは夜も燃えさかる火が渓谷を美しく照らし出し、星空観察にももってこい。
ここはキャンドルなどではなく「火」を使うというのが、大自然に寄るというコンセプトなのだろう。

 
(正面の建物がスタジオ。広場はソファがぐるっと取り囲む。)

そんなわけで、かなり駆け足で、でもほとんどの施設を堪能した。
太魯閣渓谷の観光拠点としても大変便利なSilk Place、太魯閣へ行くなら絶対におすすめです。

2012/09/13

地球の舳先から vol.251
台湾編 vol.2(全4回)

ホテルから台北の鉄道駅まで、わずかに数分。
台北から約2時間半で台湾東部の都市花蓮に到着し、
ホテルのシャトルバスを待った。
わたしの台湾旅の「一点豪華主義」は健在で、一番いいホテルのスイートを取っていた。

今回の旅の目的はここ、太魯閣渓谷。
岩、石、水が織りなす壮大な大渓谷であり、一大観光地となっている。
花蓮から車を走らせること40分。
太魯閣渓谷の奥にあるホテルまで、息を呑む景観が続く。

ホテルに着くと、それはそれは周到なホスピタリティでラウンジに案内され、
チェックインをしながら細やかに1泊分の行程をアレンジしてくれた。
台北から日帰りのツアーも出ているのだが、やはり宿泊するのがおすすめ。
わたしは午後と翌日の午前中と、2回に分けてホテルから出るツアーに参加。

山の中の渓谷は、南北に約38Km、東西に約41Kmにも及ぶ。
ここから先は、わたしよりも写真に語ってもらおうと思う。

砂卡礑歩道


 
白い大理石の橋には、ひとつひとつ顔が違うという100匹の獅子像が鎮座。
鉄パイプのような階段を降り、5キロ弱の遊歩道をゆくと、眼下に泉が広がる。
谷の中をあるく、不思議な感覚。

長春祠


 
ここは山そのものだったわけで、車道を通しトンネルを作るために
時の人々が200人以上亡くなったとのこと。その弔いで建てられたのがこちら。
大小の滝がかかり、少しお茶をできるスペースもある。

燕子口
 
 
ハイライト!崖の最先端が遊歩道になっているので、高所恐怖症でない
わたしでもヒヤリとする。遮るもののない絶景を見下ろし、その規模に唖然とする。
かつてはこの近くの九曲洞というポイントが一番人気だったそうだが、
状態が悪く復旧工事だか新しい遊歩道の新設工事だかをしているとのこと。

天祥

こちらが太魯閣国立公園観光の終点。すぐ裏には宿泊したホテルがある。

清水断崖
 
こちらは渓谷の入り口から花蓮に向かって(つまり渓谷から徐々に離れる形で)
進んだところにある、台湾で最も美しいと言われている海岸。
断崖の高さは約90度、最も海抜が高いところで1200mもあるので相当な絶壁。

世界遺産でないことが不思議なくらいの場所だった。
世界には、まだ、こんなに近くてもモノスゴイものが転がっている。

つづく

2012/08/21

地球の舳先から vol.250
台湾編 vol.1(全4回)

1時間遅れでようやく離陸した台北の夜景もキラキラしていたが、
3日ぶりに見る首都東京の夜の光は、空と地が逆転して星がちりばめられたようだった。
自分が生活している地を空から眺めて、その美しさに息を呑む。

海外から帰ってくる時は、いつもそうだ。
ふだんは気にも留めないようなあたりまえのこと―会いたいひととか、帰りたい家とか、
好きな仕事とか―そういうものがぜんぶあるトーキョーを思って、
自分が幸せなのを思い出す。

だから、旅から帰って、「ああ現実に帰って来た」とか「明日会社行きたくない」と
思うことはないし、社会復帰に苦労したことも、いちどもなかったりする。

1年ぶりの台湾。3回目の台湾。
台北と、郊外のリゾートホテルで1泊ずつ、の旅を夏のたびに繰り返している。
だんだんと台北にも慣れてきて、タクシー5分で市街中心部に出られる松山空港を
チョイスしたり、真昼の殺人的気候は無理せず屋内にこもったりするようになった。

今回台北のデイタイムにわたしが選んだのは観劇。
なぜかアメリカン・バレエ・シアターを台北で見ることにした。
中正記念堂という、蒋介石記念広場には豪奢なつくりのコンサートホールと
シアターがあり、いちどここでなにか観てみたいと思っていたのだ。
奇しくも旅の1週間前に、自分の次の舞台が決まり、それと演目が同じだった偶然もあった。


(公演が行われた國家戲劇院)

台湾というのはかなりインターネットに明るい国なのに、事前にうまくチケットを予約できず
空港から迷ってホテルへ辿り着かなかったので、スーツケースを転がしたまま劇場へ。
アメリカン・バレエ・シアター、通称「ABT」は錚々たるダンサーを抱える超人気バレエ団。
日本公演はチケットが高すぎて行ったことがない。
それがなんと1階前から6列目が10000円だというから、一番安い席を…といつもの通り
考えていたわたしはすこし奮発して、はじめて1階席でバレエというものを観た。

劇場へ入ると、外のうだる暑さが嘘のように、涼しげでお洒落した観客の女性たち。
クロークの女性がすっ飛んできて、「場違いでスミマセン」とつぶやく。日本語で。
豪華なシャンデリアに奥行きのある全4階の立派な劇場に嘆息。
チケット管理がザルで、2幕目からは上階の席から人々が移動しまくってきたのだが、
昼公演だったこともあり3分の1程度しか客席が埋まっていなかったので、そのほうが格好はつく。

公演はといえばさすがにプリンシパル(主役級)陣はすばらしかったがその他がダダ崩れ。
特に3幕に「影」という、超絶きつい群舞があるのだが、完全に崩れてしまっていた。
そしてその役は来年自分が踊る予定の役なわけで、かのABTでもここまでになるのだから…
と考えるとおそろしく、これから舞台までの間、オーディションの前や、本番前の夢にこの光景が
出てくるんだろう、と思って、そういう意味では観たことを後悔した…。

小籠包で夕食をして、鉄道駅のすぐ近くにあるホテルにようやく一旦帰着。
共同で使えるキッチンなどもあるコンドミニアムのようなホテルは清潔で布団が心地よい。
寝るによいだけの環境があり、立地がよければ十分なのだ。
枕元に「ん?」という物体が控えめに置いてあったが、ラブホテルではないはずである。
…多分。夜は、とりあえず静かだった。
すでに冷房病にかかっているので、冷房の温度を下げてドライにしてから再度ホテルを出る。

TAIPEI101という超高層ビルの展望台にも、はじめて登った。
日本人と中国人の団体客が多く、ここはディズニーランドかと思う行列は、
電光掲示板に表示された番号を時間差で上階へ送っているのだという。
おもわず帰りたくなったが、50元も値上げされていたチケットを買ったばかりだったので
おとなしくガイドブックを読みながら待ち、世界最高速ギネス記録だというエレベーターで89階までを時速60kmでのぼりきると(ちなみに東芝製)、淡水川と夜景に彩られた台北の街を一望した。
もうすこし空いていれば、昼か夕景も見てみたいところ。

夜9時をこえてもなお30度から先には気温の下がらないうだる気候を歩き、
おとなしくとっととタクシーで帰って寝ればいいのに「せっかく来たのにもったいない」
という貧乏性気質に自分で苦笑しながら宿まで歩いて帰る。
去年来たときは震災直後で、大通りには日本人有志が買い付けた「ありがとう台湾」
の広告が立ち並び、接触する人する人に「大変だったね」「大丈夫」と気遣われたものだ。

1年が経っても変わらない、優しげで親日な台湾の人々に助けられながら、
なんだかこの国は日本のきょうだいのようだ、と思う。
台北の夜を見納めて、翌朝から郊外へ出向くべく寝に落ちた。

つづく

2011/10/19

地球の舳先から vol.210
台湾編 vol.6

起床、朝6時。わたしにしては十分ありえない時間。
しかし、朝7時のボートというのは、日月譚の観光には
すこし遅すぎたようだ。
早朝がとくに美しいといわれるレイクリゾート・日月譚の見所は
早朝だけ、朝もやにけむる光景。
陽が高くなると同時に、その光景は消え、「朝」が訪れる。

すこし肌寒いなか、部屋を抜けてボートの発着場へと向かう。
ホテルに隣接しているものの、何十段という階段をくだっていくので、
それなりな運動ではある。

書き忘れていたが、この日月譚を代表するリゾートホテル「ザ・ラルー」
は、あの蒋介石氏の別荘の跡地でもある。
そんなわけで船の発着所の途中に、蒋介石が乗っていたというボートが展示してある。

 
(写真左:早朝のラルー 右:蒋介石氏のボート)

 展示、そして蒋介石、というには見事なまでにドカッと置いてあり、
ロープが張ってあるものの番人がいるわけでもなく。
台湾独特の性善説だろうか、それとも…などと考えながら、短い桟橋を渡って船付き場へ。

 
(写真 船付き場の桟橋、停泊していたボート)

乗ったのは、上の写真のような手漕ぎボートではなく、
20人は乗れようというスピードボート。
運転手が地図を指しながら台湾語で解説をしてくれるのだが、
なんとなく理解できるのが不思議だった。

ゆっくりと船は日月譚の湖をゆく。
途中に、小さな小島のようなものもあり、近づくと台湾国旗が立っていた。
胸を締め付けられる思いがする。
何せここは、中国へのご機嫌取りのあまり国際社会で認められにくい国家であり、
それゆえ台湾の”国旗”というものにお目にかかるのも珍しければ
掲げる台湾人のほうだって文字通り命がけなのだから。

 
(写真 通りかかった無人の小島と、そこに立つ国旗)

船は2箇所ほど、下車観光。どちらも早朝で人が少ない。
猫やらリスやら、得体の知れない鳥やら、目を凝らすと動物も多い。
野生動物もいれば、屋台のテーブルの上で爆睡しているお犬様もいる。
コーヒーを片手に、まだ静かな商店街を歩いた。
観光客も少なく、当然現地のお店の人の客引きも皆無に等しい。

 

 
(写真 左2枚は伊達部という、ダム建設に伴い部族が移住した区域。
    右2枚は玄奘寺へ上陸した際のもの。)

およそ1時間ほどのツアーを経てホテルへ帰ると、たっぷりの朝食が待ち構えている。
前日の夜はここで、ロブスターからカニから、あらゆる魚介類とステーキが
食べ放題、台湾ビールも瓶ごとバケツに入れて冷やしたものが飲み放題だった。

お腹を満たし、台湾旅最終日のこの日、
ラルーをあとにして空港へ向かったのだった。

2011/10/12

地球の舳先から vol.209
台湾編 vol.5

ザ・ラルー。

台湾中部のレイクリゾート「日月譚」イチの、ホテル。
もともとホテル代は高いので、割り切ってスイートを利用。
コストパフォーマンス的には素晴らしい…と、思う。

扉で区切られた部屋、というよりはもはや敷地内別荘という趣き。
庭にはスイミングプールと茶室を別棟でそなえ、
本棟には暖炉をそなえたリビング・ベッドルームと、
大きく区画を取られたバスルームと屋外のシャワールーム。
もの音ひとつしない静けさに、隔離される。

 
(左:丸い扉がホテル共用部への出入口 右:ベッドルーム)

水の音がするわけがないのだが、かすかに青みがかった茶色で
統一された室内は妙に落ち着く。
広いバスルームは、浴槽はきちんと木製。
バスソルトとバラの花びらが陶器に入って用意されている。

 
(左:バスルームと屋外シャワーブース 右:洗面所)

ホテルの敷地から出て長めの坂を下っていくと
箱根のような観光ストリートが連なっているものの、
ここへ帰れば、まったくもって隔離された空間。
台湾らしく、ホスピタリティも控えめで主張しすぎることのない心地よい距離感で
散策から帰ると、すでに無人の茶室には、睡蓮の花とデザートがセットされていた。

 
(左:半屋外の茶室 右:茶室と本棟をつなぐプール)

おとなしくしていよう、と思ったのだが、たまらず飛び込んで泳いだ。
深さは一番深いところで120cm程度なので、結構きちんとした造り。
浮輪も一応、用意されていた(笑)。

冒頭の写真は、早朝の日月譚。
朝もやの出ている早朝が一番美しいのだという。
久々に早起きをして、ボートを予約し、主要スポットを回ってもらうことにした。

つづく

2011/09/21

地球の舳先から vol.208
台湾編 vol.4

台湾には、見所がたくさんある。
それは、日本に北海道があり、東京があり、金沢、京都、長崎、沖縄、小笠原があるように。
顔の違う、それぞれに濃い多くの見所がある。これも、ひとつの国をリピート訪問しないわたしが毎年台湾へは行きたい、と思った理由のひとつだ。
そして、小さな島国の移動は思いのほからくちんで、
到着日に台北に宿泊して備えた後に翌日どこかで1泊すれば
2泊3日でも2都市を大いに楽しめるコンパクトさも魅力。

1回目の台湾は欲張りすぎて、台北のさらに北にある「千と千尋の神隠し」の舞台である九分から、最南端の町・墾丁までとくとくと下っていったものだが、今回は目標を1箇所に定めていた。

日月譚(にちげつたん)。

語感からして美しいレイクリゾートは、
太陽と三日月がふたつ横に並んだような湖の形から名付けられた。
早朝には朝もやがかかり、幻想的な光景になるという。
そして、この湖を利用して、アジア最大規模の水力発電をしていることも
“311以降”のわたしの心をとらえた。

台北からわずか1時間弱の新幹線に乗り、送迎の車で山道をぬってさらに1時間。
それでもたったの2時間足らずで、全く違う顔を見せてくれる台湾は、やはり稀有なところ。
湖畔を臨むように切り取られた一角に、それはあった。
日月譚、最大級のリゾートホテル、「ザ・ラルー」。

宿泊先としてのそれは、筆舌に尽くしがたい魅力があるので
次回、写真とともにレポートしたいと思う。
まずは日月譚をのぞむラルーの施設としての紀行から。

 

天気は、曇り。
入り口に文鳥の籠があったのは、この国では幸せの象徴だからなのだという。
わたしは、旅に出ると、こと自然現象との相性が悪く、
出没率97%以上のオーロラも見れなかったことを筆頭に、全敗を更新していた。
オーストラリアでドルフィンウォッチングで本当にイルカが現れたときには
まさにこの目を疑ったほど。
「もやにけむる湖畔の美しい…」という触れ込みの日月譚は…
…やはり、雨が降った。

  

しとしと雨のなか、大きな傘を広げられて、うずくまっていると、睡蓮の花が開いた。
水嵩を増して、鯉が跳ねるように泳ぐ。
そしていよいよ雨足が強くなった頃が、冒頭の写真の光景である。
わたしはただ、見とれるしかなかった。
水面を打つ雨滴がこんなにも美しいと、思ったことは無かった。

ここは、水のリゾートなのだ。
雨にぬれてなお一層美しい光景に、視界のすべてを支配され、わたしは言葉を失った。

 

雨の音を聞きながら、湖畔に面したティールームで、遅めの昼食を取る。
湖が一望できる絶景は、宿泊客に限られたホットスポット。
たっぷりの飲茶はどれもびっくりするくらい美味しくて、
台北でも相当評判のお店に行ったが、比ではなかった。
海老入り、蟹、薩摩揚げに似たもの、など、30個近く食べた気がする…。

台湾らしく、ホスピタリティは非常に控えめかつ細かく、こちらが気を遣うほど。
お茶の作法は台北と同じく、缶入りの茶葉を買ってなくなるまでいくらでもお湯を足してくれる方式。余った茶葉はラルーの刻印の箱に入って、お持ち帰り。

雨が止んだころ、ちょうど部屋の用意が出来上がったようだった。
このリゾートでは終始、日本語の出来るスタッフが対応してくれた。
もちろん24時間つきっきりなわけではないのだが、そう錯覚するほどに
外出や食事のタイミングを読み、フロントを通過するときには必ずいてくれた。
ほっぽり出されても筆談とジェスチャーで旅の行程を生き延びる程度の些細な自信はあったが、好意に甘えて終始、彼に日本語で助けを求めまくった。

なかでも一番印象に残っているのは、陽が落ちたあと、リゾート入り口の文鳥の籠があった場所が淡い照明に取り替えられているのを見て
わたしが「トリは?」と聞いたときのことである。
(こうして字面だけを見ると随分高慢に感じられるが、「文鳥はどこへ行きましたか」では通じない気がしたのである)

彼は、「夜ですから」、と言った。
もちろん個人差はあろうが、このときにわたしは、この国の人達とわたしは、同じ範囲の価値観のなかで生きている、と思ったのだ。
優しい言葉だったし、それで会話が成立したことを、わたしはとても嬉しく思った。

つづく

2011/08/24

地球の舳先から vol.207
台湾編 vol.3

台湾の人たちは、1年前に来たときと同じく、いやそれ以上に優しかった。
1000元(約3000円)札を持って、地下鉄の自動販売機の前でウロウロしていれば
大学生とおぼしき数人のグループが作戦会議の上
「あすこで両替できますよ」とついてきてくれる。

わたしは、ひとつ用事を済ませるとマッサージ屋へ行き、
数時間のフライトでサンダルが入らなくなってしまうほどむくんだ足を
本業回帰させ、ある場所へ向かった。

私は基本的に旅をするとき、この国にはもうこの一度きりしか来ない、と思っている。
そしてそれは大抵、その通りになる。
リピートするのはよほど理由があったか気に入ったかで、キューバ、パリ、
そしてこの台湾しかいまのところ、ない。
去年の台湾の旅で、観光地はかなり広く浅く回っていたが、
だからこそやり残していたことが、とくに台北ではいくつかあった。

猫カフェ。

日本のように無菌室的なものではない。
ただのカフェに、なぜか猫が20-30匹いる、という状態。
猫さまがたはたいへん優雅で、好きなところで、寝るわ、食うわ、走るわ。
仔猫も5-6匹いて、寝ーの、引っ張り出されーの、で
日本の猫カフェではありえないフリーダムっぷり。
本棚のなかで喧嘩(じゃれあい)しまくる仔猫さまから、
室外機の上で「触んなよ。なんぞ」と下界を見渡す猫さま、
みごとな跳躍でカウンターへ飛び乗る猫さま…。

ここでポットのお茶を頼んで、長居。
猫さまは、あまり構ってくれなかったけど。
衝撃的だったのは、熱帯魚の水槽から水を飲んでいたこと。
魚のほうも、あまり気にしていない様子で、
猫さまの舌に当たると逃げたりしていた。
猫さまは、水槽に両手をついて、非常に行儀良く水を飲んでいた。

満足しきると、今度はえび釣りへ出かけた。
故宮博物館の裏手を山沿いに上がっていくとえび釣りロードがあり
10軒以上もえび釣りの店が軒を連ねているのだという。
しかしこれ、数年前に終わった台北の一時的ブームだという話を聞き、
前回までは行けずにいた。

が、今回、雨も降ってしまい屋外観光がほとんどできないこともあり
このえび釣りロードへ。直感で、「松園」へ入る。
生簀にえびが放流されていて、干しえびかレバーでそれを釣るのだ。
わたしが入ったところは1時間300元。
もとを取ろうと思ってはいけない。
達人レベルでも、1時間で6匹も釣れればよいほうなのだという。
マイ竿をもってきている常連らしき人もちらほら。

えさをつけた釣り竿をじっと垂らしているのは意外と楽しく、
ぐっと引いたなと思うとしばらく待ってから引き上げる。
しかし引き上げたのち、えびから釣り針を引き出して、
手長エビのハサミを切り…という一連の準備に時間がかかるため
意外とすぐに時間が経ってしまう。2時間コースがおすすめ。
ちなみに手長エビなので、結構重厚感はある。

釣ったエビは、2人で8尾。それにえび釣り場のおっちゃんが3尾おまけしてくれる。
生きたままのエビを串に刺し、足とひげを短く切って、塩まみれにしてコンロであぶる。
しょうゆなども用意されているのだが、何もいらないほどの美味で肉厚。
エビには半生の味噌ももれなくついていて、殻をとって頭から食らう。
これが、とにかく、意外なほどに美味しいのだ。

ただひとつ気がかりなのは、
最寄のMRT駅、士林からの往復タクシー代が、エビ釣りの倍はかかることである…。
費用対効果を見てはいけない。それを上回る楽しさが絶対ある!

夜はディンタイフォンへ行ったが、90分以上待ちは覚悟の上。
地元の点心屋さんでもおいしいところがたくさんあるから、
ブランドに負けずに開拓すべし。
ちなみにFRaUの台湾特集号は店のセレクションのセンスが良くてとても使えた。

つづく。


2011/08/08

地球の舳先から vol.206
台湾編 vol.2

「やっぱし、降りれなかった・・・。」
スーツケースの取っ手に日傘と上着と帽子をくくりつけ、わたしはバスを降りる。
自分の方向音痴を、今回も呪った。

おとなしく台北駅で降りればよかったのだが、空港からのバスは
台北の主要ホテルの近くを回るうえに、わたしにしては大変高級なホテルへの宿泊。
これは高級ホテルの前に乗り付けて降りてやろうではないかという貧乏くさい欲を出したが最後、
結局、台北駅もはるか過ぎた”どこか”でバスを降り、スーツケースを引く羽目になった。

雨が降り始めていた。
禍々しく空を見つめたのも、一瞬。
このくらいの雨ならば、もともと傘などささずに歩き回っていたことを思い出す。
このところ、東京で、雨が降るたびに大キライな傘をひらいていたのは、
空から降る雨に放射能が混じっているかもしれないから、ではなく、
報道や発表のなにが本当でなにがデマなのかがわからないから、だった。

そうか、傘をささなくてもいいんだな。
― もちろん、もっともっと有害物質が降っているかもしれないなどの可能性は
とりあえず横において(たとえば中国産ほうれん草に安全性をアピールされる筋合いは無い)、
わたしは雨の台北を歩いた。
曇りで、壊れたような東京の猛暑大炎天下に比べれば、ほとんど避暑地のような気候であった。

ホテルがある方向、であるはずの大通りで信号待ちをしているとき、
ふと道端に立つ、ノボリの形をした屋外広告が目に留まった。
「謝謝台湾」と大きく書かれたそのノボリには「東北関東大震災支援」という
文字が躍っており、中国語を理解しないわたしにも意図は通じた。
そして顔をあげると、自分が歩いてきた道にも、ホテルまでさらに歩く行程にも
そのノボリは、通り一面じゅうに張り出されていた。

ガラガラとスーツケースを引きながら、わたしは泣いた。
嬉し涙とも、ちょっと違う気がする。
国を越えたあたたかい情のようなものに包まれて、たぶんなにかが切れたのだと思う。

わたしは、”自分は被災なんかしていない”と、思い込んでいた。
そんな被害者ヅラをしたら、被災地の人たちに申し訳ないと思った。
大切な人も家も、失ったものは物理的にはなにひとつないのだから。
しかし台湾のこの地に来てわたしははじめて、
自分が「被災国・ニッポン」の人間なのだと実感した。

「東北のあの人たちより被害がすくないから、しっかりしなきゃ」とか、
「このまま日本を沈ませちゃいけないから、ふつうに生きなきゃ」とか、
そういう、自分に課した(―そして、これが日本人の美徳なのかもしれないが)
緊張感や使命感を、当然の義務だと思いすぎていたのかもしれない。
要は、力みすぎていたのだ。

消防署を通れば署員さんたちが出てきてただわたしが通り過ぎるのを見守り、
ホテルへ行ってもマッサージ屋へ行っても「大丈夫か」と聞かれ、
手作りの「頑張れ日本」の張り紙や募金箱を設置している店もたくさん見た。

肩肘を張って、がんばるべき場面ではなかったのだ。
地震は怖いし、放射線はなにも解決していないし、もう、
「どうしたらいいかわかんない」が、誰とはなしに言いたい本音なのだ。
そんなことを言ってはならないような、雰囲気が、いまの日本にはある。
日本を出てはじめて、ふとそう思って心がほぐれた。

スイッチを押せば24時間365日、電気がつくのが当たり前で。
蛇口をひねれば、24時間365日、飲み水がでてくるのが当たり前で。
「そんな国が、世界中に何カ国あると思ってんだ」と自分を諌める前に、
「そんな国だったのに、そうじゃなくなっちゃったよう」と悲しんでも、よいはずなのだ。

「謝謝台湾」のノボリのなかを、小雨にぬれて歩きながら、そう思い直していた。

2011/07/25

地球の舳先から vol.205
台湾編 vol.1

1年ぶりに、台湾へ行った。
毎年、7月の3連休で行く、という、いい習慣を続けていきたい。

出張があったので、大阪(関西国際空港)から、飛ぶ。
わずかに3時間半。
空港で見つけたFrauを、当然のことながら、衝動買いした。

台湾が親日国であることは有名な話だ。
このたびの東日本大震災でも、義援金はアメリカと並び最大規模の160億円を突破、
うち9割が民間からのものだったという。
「台湾は暖かくて気候もいい国。ぜひ少し休息に」と、
被災地の親子を受け入れる無償のホームステイの有志団体もできている。

「中国との政治問題により、世界各国が台湾への支援を表明しにくい中、
 台湾中部地震の際に日本はいち早く支援をしてくれた」
ということは、台湾の方々がよく口にすることだ。

世界各国からの支援に、日本政府は諸外国の7紙にお礼広告を出したが、
中国への配慮からその台湾を除外した。
もちろん、1ユーザのネット上の呼びかけから
台湾にお礼広告を掲載する流れがすぐに生まれるのだが、
「日本と台湾は国交が無い」
ということをこの震災関連で初めて知って驚いた人も少なくないと思う。

台湾は”一応”「中国」の領土である。
しかし一度でも台湾に足を踏み入れた人は、大陸と同じ国とは考えられないだろう。
人々は大変に親切で、思慮深く、割合世界的に行儀がいいと言われている
日本人のわたしでさえ、自分の立居振舞のひとつひとつを気にしてしまうほどだ。
決して人を抜かさないし、大声で喚く大陸からの観光客に眉をひそめるその姿は
まるで日本だな、と思ってしまう。

「行って楽しむことが、一番の恩返し!」
とほがらかに謳うFrauのノーテンキさ(…いや、おそらくは戦略的なのだろう)
に、わたしは乗っかった。
せいぜい、外貨を落として遊んで来よう! というのが、この旅の主な趣旨である。

わたしは、旅をすることにしたのだ。
予定よりすこし早まったけれど、いまだからこそ。

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