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2010/05/21

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地球の舳先から vol.167
ラオス編 vol.4

どうも、知り合いのバックパッカーや旅人たちに「一番よかった国はどこか」聞くと、
「イエメン」「ラオス」この2か国が上がってくることが多い。
ただそれだけの理由で、いつしかラオスを目指していたものの、二の足を踏んでいたのは
「ラオス航空は世界一落ちる」という評判からだった(今はそんなことはない)。

そもそもバックパッカーでもアドベンチャラーでもないわたしは、かなりなヒヨリなのである。
そこまで調べたらもう行く必要ないんじゃないか、というくらい普段は予習をして旅立つし、
現地の情勢は代理店を通してではなく、自分の手を使って現地在住邦人の意見を聞かないと
気がすまない。
「治安」と「情勢」はまったく別のものであって、そのあたりを経てはじめて行くか否か決める。
今まで、「GO」だった国はたとえば04年当時の北朝鮮であり、08年当時の東ティモールだった。
逆に、「NO」だった国が05年のバングラディシュであり、09年のイラクである。
これはあくまでわたしが自分の納得できる方法とソースによって下した決断であり、
客観性には欠けている。でもそうして「ディスティネーション」を決める過程が実は一番楽しい。
調べていくうちに、大陸ごとの構造が見え隠れしたりして、
経済ではないけれど、「ミクロ世界」と「マクロ世界」がみえてきたりする。

話を戻して、ゴールデンウィークに行ってきた、ラオス。
いつもの通り、旅の総括は一番最後にしようと思うが、とにかくフシギな国だった。
諸先輩方が絶賛し、「命の洗濯しに行くところ」とまで表現したひともいた、この国。
わたしにしては珍しく、予習も準備もまるでせずに行った。
ただ、こういう旅の仕方をしたら、どうなるのだろうか、という期待だけをもって。
結果、旅している間は感じなかった魅力や感慨を、帰国して半月の今、痛感している。
それをもってさらにわたしは、ラオスという国の不思議さを思う。

ラオスは、タイ、ベトナム等に挟まれた東南アジアの一国で、海のない国である。
四方八方を陸の国境に囲まれた環境も手伝って、国としては悲惨な歴史を歩んできた。
ベトナムに近いこともあり、米ソの代理戦争の犠牲となったり、長くフランスに併合されたり。
そんな中でこの国を独立国家化させたのが、実は大戦時のイケイケニッポン。
その後まもなく、日本の敗戦とともにラオスは再びフランスの占領下に置かれるのだが、
いち早く在ラオス大使館を置くなど、日本とラオスの関係は非常に深い。
その地理状況ゆえ、ラオス民族、カンボジアに発した「カム族」、モンゴルに発した「モン族」
という3大民族の他、正確には把握しきれていないほどの少数民族が生きる国である。
当然に民族紛争、内紛も激しく、今でこそバックパッカーの聖地といわれるラオスは、
現在にしてもなお、観光地の数都市を除いては戦争状態にあると断言する専門家も多い。

いつものわたしだったら、そのあたりを調べて回っただろう。
しかし、今回、予習を放棄してみると、旅に対しての新たな向き合い方が鮮明になった。
結局、いまという現実を旅する人間が、過去を見たって仕方ないのではなかろうか。
ラオスは圧倒的なGDPの低さを観光産業で改善してきた国である。
そんな国を旅人として観光するわたしが、過去の悲惨さをあげつらうことに、何の意味があろう。
勿論、犠牲となった過去や人々のうえに今のラオスという国が成り立っていることは事実だ。
しかし、そこに強さを感じはしても、観光立国としてのラオスにひと役買うことが、
実は日本人、いや観光客としてこの国に出入りする意義なのではなかろうか。

そう思って、わたしにしては珍しく、いや、もしかしたらはじめてかもしれないが、
ただ、そこで出会う「いま」の「表面」を感じる、という旅の仕方を選んだ。
旅は、目的によってディスティネーションも変わる―そう思ってきたけれど、
なんの目的もない。なにが起きてもいい。どこへ行ってもいい。ただ、ぶらついてみる。
そんなやりかたも、ありなのかもしれない、と思った。

そしてあとからいうならば、そういう旅にラオスは最適な国だった、とも言える。
ここでなくてもいいような、出会い。
この国のことではなく、自分のこととか、関係ないことを考える、時間。
ラオスに居なくてもよくて、でも結果的に見れば必然だったらしい、と思えるような旅が。

飛行機は落ちなかったけれど、日本出発から苦笑の連続だった旅、
次回から、レポートしていきます。

つづく

2010/04/26

地球の舳先から vol.165
ラオス編 vol.3

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さて。
今回はゴールデンウィーク初日出発ということもあり、前日に成田空港敷地内のホテルを予約。
先日、出発1週間前の確認メールが来て、慌てて最後の買出しを終えた。都合、2万円ほど。
服にサンダル、カメラのバッテリー、関連書籍、かばん、虫除けグッズなど。
その買出しをしながら、わたしはいかに今回の旅を全般的に信用していないかを、自覚することになる。

まず、使っている(おさがりだが)デジカメのバッテリーを買った。
これは、「電気が来ない」(停電もしくはインフラの問題上)という想定があってこそのもの。
古い機種なので、最初に行ったヤ○ダ電器で在庫確認におろおろする店員をぶっちぎりビックカメラへ。ベテランっぽいおじさんは一瞥して瞬殺で商品を持ってきた。やはり老舗は凄い。

さらに、いつも連れて行っている赤革の可愛いスーツケースを留守番させることにした。
替わりに買ったのは1050円のボストンバッグ。これなら機内持ち込みでいける。
パートナー(スーツケース)にはかわいそうだが、「なくなっても、1回で壊れてもいい」からである。
だって今回は、「あ、今回はロスト(=ロストバゲッジ。預け荷物がなくなること。トラベラー指折りの敵。)するわ」と、ふと確信を持ったのである。
なぜかはわからないが、こういう根拠なき直感には従ったほうがいい。

が、わたしはこの赤革のスーツケースに、ストックしたり余ったりした旅グッズを収納しており、
こいつを開いて準備を進めるたびに、なんだかいじけられているような気がしてならない。
そうか、キミもラオスへ行きたかったか…と思いつつ、
「でも行ってもどうせキミはトランクの中だからね、何も見れないでしょ。おみやげ買ってくるから」
(わたしはいつも買いすぎたおみやげの余りをこいつに収納している)
などとスーツケースに話しかけている時点で、やっぱりわたしはちょっと危ないのかもしれない。

こうしてパッキングを終了したのが、上の写真。
左側に置いたリュックサックとパスポートの大きさから、軽装っぷりがわかるだろうか。
以前、会社の先輩の綺麗なお姉さんが1泊の出張でスーツケースを携行してきたときは
目玉が出るほどびっくりしたものだが(そのときわたしは普通に出勤するのと同じカバン)、
だいたい仕事で行く場合の2~3泊程度の容量のイメージにしてみた。
旅を軽装にするには、いくらかの工夫…と言いたいところだが、結局は気の持ちような気がする。

・パソコンという選択肢を捨てる
これがまず、一番最初の壁。飛行機の中で旅日記を書いたりするのはいい時間つぶしになるし、
今回行くラオスやベトナムはネット環境も発達している。しかしあえてそこはアナログを選ぶのだ。
デジカメを構えてばかりいるとファインダーにばかり目が行き見えるものも見えなくなるのと同じ。

・なにかを入れたら、なにかを捨てる
たとえば、わたしが日本で一番好きな旅館、軽井沢の星のやさんの石鹸を入れる。
その代わりに、メイク落しシートと洗顔フォームとボディソープを置いていく。
化粧水と美容液と乳液とクリームを持つ替わりに、ドクターシーラボのジェル1本を持つのも同じ。

・念には念を入れ…ない
たとえば、蚊取り線香はいつも20巻持って行って半分は使わずに捨ててくる。持ち物は半分に。
モノが足りなくなったことなんて今までない。旅のときばかり慎重になるのはいかがなものか。
普段でさえ持ちもしないハンカチとかハンドタオルを複数枚持とうとする自分はもはや謎である。

・そのとき考えたってなんとかなる
とにかくかさばるのが服。服なんて2着くらいでいい。上着は1枚でいい。
洗濯ができなかったり、思わぬ気候だったりしたら、現地調達すればよい。
スニーカーとサンダルの両方を持っていくのをやめるのも、この理論。

・外国だから大丈夫、という根拠なき思い込み
たとえば、日本では水着はビキニの上にパレオとキャミソールは必須だが、
外国だからビキニだけでもいいじゃないか、と思い込む。(とくにというかまったく根拠はない。)
重いジーンズをやめて、日本じゃ絶対着て歩けないショートパンツにするのも、この理論。

・乙女心を捨てる
たとえば、ホテルのアメニティでキープしておいた、可愛い容器のシャンプーセットをやめる。
替わりに、街頭サンプリングで貰った味気ないパック入りのシャンプーセットを持つ。
ルームウェア(パジャマ)をやめて、ショートパンツとキャミソールで済ますのも、この理論。

そんなわけで、暑い国ということもありわたしのボストンバッグは1キロ未満におさまった。
むしろ、ガイドブックと、いつもお世話になるコーディネーターの立花さん作の旅のしおり、それに電子辞書や指差し会話帳などが入った手持ちのリュックのほうが重い。
とにかく、パスポートとフライトのeチケットさえ忘れなければどうにかなるのである。
次に大事なのは携帯電話とデジカメだけど、多くてそこまで。

ぶらりラオス旅、行ってきます。

2010/04/19

地球の舳先から vol.164
ラオス準備編 vol.2

旅の準備。
なかなか、メジャーな国へ行くことがないのであまり機会がないのだが、
インドやフランスといった比較的メジャーな国へ行く友人がいる場合、よく聞かれるのがコレ
「何持ってくと便利?」である。そこで、あまり参考にならないかもしれないがわたしの場合を。

まず、わたしは相当荷物が少ない。
万全を期して持っていっても使わないことが圧倒的に多いからである。しかし、必需品はある。

1)蚊取りグッズ
わたしは異様に蚊にさされる。わたしばかり蚊にさされるので、一緒に居る人はさされない。
これは唯一、国内外を問わずわたしをそばに置いておく物理的メリットだと自負している。
日本の蚊取り線香はすごい。世界中どこを探しても、あんなに優秀なものはないだろう。
友人の自衛隊員はイラク派兵時、オランダ兵に蚊取り線香をクレと懇願されたと言っていた。
旅をしていると、蚊取り線香とカップラーメンは日本の宝だと実感する。
しかし蚊のやつを徹底的に殺そうと思って部屋を密室にしていぶると自分まで死にかける。

2)コンセントプラグ
世界の国はそれぞれの基準で電気を供給しており、コンセントの形がさまざま。
A型、C型、BE型など、主要なものは5~6種類なのだが、後進国へ行くと国内でも統一されておらず、ホテルごとに違うのはともかく、同じ部屋内でも場所によって形状が違ったりもする。
だいたいの主要な形は公表されており、東急ハンズなどでそれぞれのプラグが手に入るのだが
わたしはいつも前に買ったものを忘れて、旅グッズをストックするスーツケースがコンセントプラグだらけになるという状態に陥り、昨年のイエメン行きの際、全世界対応型というものを買った。
レゴのようにパーツを組み合わせ組み立てることでどの形にもできるスグレモノである。
しかしレゴセンスのないわたしはいまだ、組み立てのときに混乱するのでトリセツが捨てられない。

3)変圧器
上記とセットで考えてもいいものだが、電圧が日本とは違う国で日本の家電製品を使うとショートすることが(たまに)ある。これを防ぐための変圧器という機械があり、小さいが異様に重い。
といってもショートしたことなどわたしもこれまでに1回くらいしかないのだが、その1回でPCが死亡したため、懲りて重い(トラベラーにとっては致命的)変圧器を持ち歩くようになった。
ちなみに「~○APまでOK」などと書いている日本の家電製品があるが、あてにしてはいけない。
わたしのPCだって、その変圧内だったのだ。しつこいと思われるのでこの話はここまでにする。

4)はらまき
別にバカボンのパパではない。このコラムはいつでも真剣マジレスだ。
クレジットカード嫌い(つまり現金派)のわたしにとって、現金をどこに隠し持つかは重大。
とくに治安…というかスリやコソ泥の多い国では、リュックは前抱え、財布は分けたとしても万全を期したい。
よく首から提げるパスポートタイプはあるが、あれはミエミエだし、なんせ武闘派のツワモノに
ひったくられそうになったときにムチ打ちとか首絞めとかにつながりそうで勘弁である。
よってわたしはおなかに巻くタイプを愛用。ワンピースだと取り出せないのが盲点。
しかし、はらまきで出る旅も最近激減した。治安のよいところにばかり行っているのかも。

5)日本の切手とポストカード
これは完全なプラスアルファだが、現地人に喜ばれる。
ガイドや運転手、現地の子どもたちに、わたしは過剰なチップの代わりに渡す。
(もちろん、常識の範囲でチップや寄付は現金で渡す。日本人はこれらとぼったくりを混同するので、海外ではケチだと思われていることも多い。)
とくに切手は、あんな小さいものに精緻な絵が描いてあり日本らしいという印象を受けるらしい。
「それは日本に行くとお金に換金できるのよ~」なんて誘惑もしてみるのだが、
おとなもこどもも、見たことのないモノや、ポストカードの富士山や東京タワーに見入って
さっきまで「チップくれ」とか「5ドルサービス料」とか言っていたのが黙るようになる。
いや、決して目をくらますことが目的ではなく、日本文化の普及と発展のためにわたしは、云々…。

6)旅ノート
これはさらに個人的なもの。海外ではスクラップブックの類に入るのであろう。
旅の最中、わたしはおそろしく文章を書く。ノート1冊が1週間でなくなるくらい。
そのため、ポケットタイプで細長く、絵なども書ける大きさのノートを探していたところ
トラベラーズノートというものに出会った。無地で、帰国後に現地で得た入場券などを貼り付ける。
革製のカバーから中身のノートをリフィルで外すことができ、旅のたびに入れ替える。
予習で調べたことや緊急連絡先だけを書いたノートが、旅のあとにわけのわからない記録や図や、現地の人と交流をした筆談の跡やチケットで埋まるのが、これがまた楽しいのだ。

以上。である。「それだけかよ!」と突っ込むことなかれ。
もちろん、常備薬とか、化粧品とか、そういう常識的なものは省いているが、
これ以外のものはほとんど現地調達でもどうにかなる、というのがわたしの経験だ。
(ちなみにそんなに雑草系ではない。快適に使える程度=現地調達、という定義ね)
逆に言うと、これだけは日本から持っていかないと現地にはない(もしくはおそろしく高価)。

こうして旅の1週間前、買出しへと走り、無事至上最少荷物の「幅30センチ以内、重さ1キロ以内」を達成したのだった。軽く跳びたい、ものである。

つづく

2010/04/12

地球の舳先から vol.163
ラオス準備編 vol.1

行きたい国のストックは、たくさんある。
ラオス、カンボジア、ベトナム、チベット、ブータン、バングラデシュ。(以上アジア)
ロシア、スペイン、モロッコ、ギリシャ、ドイツ、ポーランド、モナコ。(以上欧州)
ガボン、ソマリア、イースター島、南極。(以上いろいろ圏外)
いつだって、「次どこに行こうか」はとっても迷うし、迷いすぎるから地球儀を回して指差した
ところへ行こう、などとロマンチスト的行為をするといつも止まるのはアメリカだったりする。
「だからそこは入れないんだっつーの!!!!!」と地球儀に話しかける羽目になる。
アメリカ解禁(=パスポート有効期限)まで、あと丸4年。

時とともに、その国らしさが失われてしまうことは大いにある。
たとえばチベットは行った人に言わせると98年以降はもはや中国だと言うし、
逆にブータンのようについこの間まで鎖国をしていて今頃がラストチャンスという国もある。
加えて東南アジアには雨季、ヨーロッパには冬(寒い)という時季的な問題もある。

旅を考えるとき、いつもわたしが考慮するのは、やっぱり仕事のこと。
年に2回、誰にも咎められず(そして後ろ指を刺されず)海外に出るためには、
毎日むしょうに働く(ときに演出)ことは前提条件であるが
そのうちの1回を年末年始休暇かゴールデンウィークにかぶせておくべきなのである。
そしてこの2010年のゴールデンウィークは、1日有給を取れば7連休というラッキーな年。

どこへ行こうか、と考えて、結局ラオス+ベトナムにした。
年末のヨーロッパ疲れで「次は近場がいい」と思っていたこともあり、視野はアジア。
ヨーロッパやそれ以上に遠い国へ行くなら最低でも9日間は必要。
そういった意味でも必然的にアジアだった。しかし、こう決めてからが悩んだ。
実は最有力候補はいちばん変わってしまうであろうチベットだったのだが、
チベットは同じチベット仏教圏としてブータンとあわせて周ると大変おもしろいらしい。
しかし2カ国を回るのであれば最低でも9日間は欲しい。
ということである日のJunkStageの飲み会で整さんと、「夏にチベット&ブータン旅行、
ただし現地着後自由行動・延泊自由」という相互不可侵不干渉条約を結んだ。
だって、わたしと整さんが一丸となって「キャー、アレ○○寺院!」「イヤーン僧侶!」
とかやっている図なんて、ぜんぜん思い浮かばないではないか。ぜんぜん。
だって整さんは、ひとりでトマト祭とか行っちゃうんだぞ。

そんなわけで無事、夏に延期されたチベットとブータンが候補から外されたわたしだが、
正直カンボジアとバングラデシュについては、相当勉強してから乗り込みたかった。
カンボジアは日本の自衛隊OBが地雷撤去の団体を展開しているところでもあり(それについては紆余曲折や賛否両論があり、日本の陸上自衛隊員OBが海外で活動をするということ自体が社会的に全否定されなくなったのさえつい最近のことなのだ)、
バングラデシュはご存知の方も多いだろうが世界最貧国のひとつであり、
「なぜ最貧国なのか」というところに独自の問題を抱えているのだが、これについては最近進展があり、2年後くらいに行くとちょうどおもしろい時期にあたるとわたしは踏んでいる。
そのためどちらも、今回の旅先の候補からは早々に外れた。

比して「ラオス」という国が決して薄いとか予習が少なくてよいとかいう事ではないのだが、
この国はなぜか、わたしの心の中にストンとおちてきた。
時期もいい。首都ヴィエンチャンは遷都450年を迎えるアニバーサリーの年だ。
「あ、なんか呼ばれてる」と思う要素があるときは、乗っかったほうがよい。
逆に「なんか横槍入ってる」と思うときは、無理に飛んでもかならず何かトラブルになる。

こうしてわたしは、ギリギリまでトラベルコーディネーターの立花さんをやきもきさせたが、
結果的にラオスを次の旅先にした。
ギリギリまで粘ったおかげでチケットが取れず、JAL線は自分で手配するハメになる。
GW商戦は、「不況」なんて言葉が絵空事に感じられるくらいキビシいのだ。

…そして出発、2週間前。

…案の定、丸腰である。

どうなる?!どうする?!状態だが、たまにはこれくらいのテンションで行っても罰は当たらないだろう。
という、わたしにしては相当にゆるい状態で旅に臨む。

だから今回は、「見たいもの」よりも、「偶然性」がテーマ。
なにに会えて、なにを感じるのか。これはこれで、ちょっと楽しみだったりする。

つづく

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