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2008/03/11

地球の舳先から vol.56

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番外編

愛の嵐…この言葉を聞いて、思い出さずにはいられない風景がある。
しかし、あまり思い出したくない、というか、わたしの憧れを砕いた体験でもある。

去年の年末をはじめてパリで迎えたわたしがかの地に降り立ったのは
予定よりも数時間早い、夜明け前。
電車もバスも来ていないので、想定外の出費に財布を痛めつつタクシーに乗った。
タクシーの運転手(ワカモノ)は客が乗っていることなんて関係なく
電話の向こうの恋人に甘い言葉をささやきながら、寄り道することなく届けてくれた。
滞在ホテルに行くも、宿泊は明日から。
部屋が空いているわけもなく、スーツケースだけ預かってもらってわたしは街へ。

がらんどうに近い街にはしかし優しいタングステンの黄色い光がほの光り、
ところどころまだ空いている店では主人が静かに話したり本を読んでいたり。
寒空のなか路上のベンチで手を握りあたためあうカップル。
パリに来たんだなあ、、と実感する。映画のような街並みと、映画のようなシーン。

道を行くわたしの対抗から、ひとりの黒人のパリジャンが歩いてくる。
オールドジーンズを履いて、すこし手前でウィンクをしてくる。
ニホンジンのわたしはやっぱり雰囲気には呑まれてもウィンクはできないので
それでも小雨のふる中、すこしだけほほ笑み返す。
ああ、なんて美しい街なんだろう、とパリジャンとすれ違う瞬間
パリジャンは不覚にも背後から抱きついてきた。いや、はがいじめに近い。

「どっ、どろぼーっ」
もちろん日本語でそう叫んだわたしはモノを盗られるもんだと勘違い。
道に面したパン屋の主人に助けを求めるも、パン屋は苦笑している。
もしやグルか?! と思った瞬間、パリジャンはわたしを放し、
一転して両手を広げ、なにかを訴えている。どうやら「アヤシクナイヨ」と言ってるぽい。
わたしはそのパン屋に逃げ込むも、パン屋は助けてくれず、店の中で追いかけっこ。
ヤツがパン屋と顔なじみの知り合いで、酒に酔って路上痴漢を試みたと
ようやく判明したのは、語学の壁もあって数分たった後だった。

「パリジャンが…」とじゃっかんイメージをぶち壊されたわたし。
キレイなものもいろいろあったが、へんな酔っ払いもカウントダウンだけあって多かった。
特にニューイヤーで通行止めになるシャンゼリゼ通りは、
カップルがいたるところで人眼はばかることなくいたる行為をしていたりする。
そして、シャンパンがビンごと空から降ってくる。
毎年ひとりは、このシャンパンのビンに当たって怪我をする日本人がいるらしい。

なぜかブラジルの巨大な旗を持って全力疾走する若者をよけ、
ぶつかった拍子におじさまにビニールのコップに入れたシャンパンを握らされ、
しかし止まろうものなら人波に巻き込まれて痴漢にあう。
(ああ、何度も言うけれどパリは痴漢の国ではありません。)

わたしを片手で庇いつつ、「彼女はぼくのガールフレンドだから」と
寄ってくる若者を制し、ホテルからべらべらの英語でタクシーを手配してくれた、
モンサンミッシェルで出会った日本人(ロンドン駐在員)が
英国紳士に見えたことはいうまでもありません・・・。

まさになにか鬼気迫るものがあったあの日のシャンゼリゼ。
もうニューイヤーにパリにいてもあそこには行かない、と思いつつ
まあそれもアモーレの国なのかしら、とも思ったり。

おしまい。

2007/11/21

地球の舳先から vol.31

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イタリア旅行記 番外編

海外旅行にトラブルはつきもの。
私もよく、「そんなに変な国にばかり行って、危険な目に遭わないの?」と聞かれる。
しかし、「変な国」に限ってトラブルは少ない、というのが私の実感だ。
むしろ、観光地慣れしている、スレた国のほうが身の危険を感じる。
そんなわけで、この連載“地球の舳先から”に、新コーナー「海外トラブル編」を設けて、私のちょっとヤバかった体験を不定期に綴っていこうと思う。

まだ私が大学1年のとき、つまり都合5年ほど昔の話になるが、単身イタリアへ渡った。
まだ学生時代で時間もあったので、セリエAのローマダービーやインテルの試合を見ながら
ミラン、ベネツィア、ナポリ、バチカン、ローマ、ピサ、フィレンツェなどを周った贅沢な旅だった。
私はこの中でもフィレンツェの街が気に入ってしまい、『冷静と情熱の間』の舞台にもなった
ドゥオモとよばれる塔の地上100メートルの屋上まで階段を歩いて上っては、最上階で本を読んでいた。

滞在にも慣れてきた頃、私は「モンテリジョーニ」という街へ向かった。
フィレンツェからバスと車を乗り継ぐ、ちょっとした郊外で、観光客が訪れるような場所ではない。
城壁に囲まれたちいさな村は昔ながらのイタリアの田舎の暮らしを守り続けているという。
その町の存在を私は、小中学生時代のバイブルだった『ぼくらの七日間戦争』(宗田理)シリーズの
『ぼくらの魔女戦記』という本の中で読み、実に10年越しに近い憧れの街だった。

念願のモンテリジョーニへ足を踏み入れることは叶ったものの、つい長居をしてしまった。
フィレンツェの駅前広場にバスが着いたのは、もう夜中の12時を回っていた。
しかしフィレンツェの街は12時に寝たりはしない。
私も小腹が空いて、街角のピザ売りの前で立ち止まったときだった。

ふと、いやな予感に襲われた。
何が、というものではなく、なんとなく働いた第六感のようなものだった。
第六感のはたらくままに、私はピザを買うのをやめて、持っていたバッグをななめがけにした。
バッグをななめがけにする習慣はなかったが、なぜかそうしていた。

いやな予感は続いている。
赤信号で左を見て、帰る順路を計算する。駅前のホテルなので、600メートルもない。
信号が青になった、そのときだった。
駅の入り口、私が立っているところから100メートルくらいのところから、大男が猛ダッシュしてきた。
しかも真っ直ぐ、私に向ってである。

「やべー、キテる」19歳だった私は、今度は明確に身の危険を悟った。
男の眼は完全に「イッて」いた。
素人でもわかる、麻薬中毒者のそれである。
そして何より怖いのが「理由無き殺人」でもあるということは知っていた。
金が欲しいからスリをする。
パスポートが欲しいから、女こどもを襲う。
そういった「目的ある犯行」よりも怖いのが、本人すらわけわからなくなっているアル中やヤク中の衝動的な犯行だ。
意味もなく目的もなく発砲したり刺したりする、その行為には目的がないだけに理屈もなく、止めることができないのだ。

距離をはかるより前に、私は猛ダッシュした。
こんなに真剣に走ったことがない、というくらい走った。
しかし馬鹿だったのは、知らない街で相手を巻こうとしたことだった。
曲がりくねったフィレンツェの街を走るうち、私は自分がいまどこにいるのかも、
駅から600メートルのはずだったホテルの位置も、完全に失っていた。
しかも男は走って追ってくる。そのうち後ろも振り返らず私は走り続けた。

どこで振り切ったのかはわからない。
へべれけのようになってホテルの前に辿り着き、フロントへ突っ込んだ。
足がもつれていて、ロビーで派手に転んだ。

しばらくは、頭の上半分が麻痺しているような感覚で何も考えられなかったが、
だんだん呼吸も整ってくると、私は疲労感の中、ふと
「勝った・・・」

と思った。今から思うと、お気楽なものである。
以後数年間、私は旅行へ行っても深夜には出歩かないことにした。
それにしても、あの男がなんだったのかは、いまだに謎である。