Home > ■香港
さて。不思議の国の香港。
独立行政区域に指定されているので、中国だけど中国じゃない。昔はイギリス領だったから、若者は中国語だけどじいちゃんばあちゃんは英語。という二言語国家。
深夜便で行って深夜便で帰る、弾丸。飛行時間は4時間。はからずも、2ヶ月連続で羽田のインターナショナルターミナルへ。なぜかかの大陸はインフルエンザが流行っている気がして、密室の飛行機が心配。でもこういうものは心配すればするほどかかるから。
ANAのキャビンアテンダントがしきりにワインを薦めるので、ミニボトルだけど3本飲んで、ショーシャンクの空を見ながらうとうと。雲の中で寝るというのは、気が気じゃない。
1時間半遅れで出発した飛行機は遅れをほとんど取り返して香港へ。
空港はドバイの空港のようにキレイで近代的。どこもかしこもクリスマス一色。
ちょっと街中からは遠いので、急いではいないのだけど、眠気のやつがブータレ始める。
深夜にも電車は動いていたし、ミッキーの形の窓の電車は気になったけど、タクシー。
100万ドルの夜景といわれる香港の海沿いの夜景が見える、ハーバービューのホテル。
潮の匂い。「さっきまでついてたんですけどねえ」と、部分的に消えてしまったイルミネーションを対岸に眺めながら、定刻通りにわたしを迎えた彼は言った。
もうしばらくの付き合いになるけれど、彼には、1秒たりとも待たされたことがない。
手際よくポーターを頼んで、エレベーターの乗り場までしか送らない。それがジェントルマンの流儀らしいけど、「Club Floor」と控えめに書かれたエレベーターホールの壁が、ここが彼の根城であることを物語っている。→部屋からものを盗むのはやめようとおもう。
こうしてわたしが飽きもせずガイコクまで追っ掛けてきちゃうほど、彼は出世し続けてくれるかしら。とか思いながら、カイシャからそのまま履いてきたピンヒールの紐をほどく。
パブリックとプライベートはいつだってパラレルワールドで、こうしてたまにそのどちらでもない境目にきてしまうじぶんは、浮遊感に現実を喪う。
170センチの浴槽もシーリーのベッドも、たしかに東京のシティホテルに似ていた。
目を覚ますと美しい景色が眼前に立ち上がっていた。窓に向かって向けられたデスクの上に広がっていた地図を押さえ、あっちが香港島、あっちが何、と現在位置を確認。
迎えに来た車で、手短に用事を済ませる。自分より手の早い人間が好き。
ちゃっちゃと終わらせて、路面電車に乗るためにクルマを降りる。
わたしにとってはこれこそが香港名物。大コーフンである。
二階建てで細長く、横倒しになりそうなそれはラッピングバスよろしく企業の広告に巻かれている。ピンクのCOACHに、プロヴァンスの草原を描いたロクシタン。
二階の一番先頭の特等席を確保して、無言で街をながめていた。
ブランドショップには大陸から中国人が大挙し、入場制限の長い列ができている。
近代的な町並みは、電車が進むうち次第にダウンタウンの色味を帯びてくる。
1階は店舗でも、上に長い建物はそこから先は住居で、雑多な洗濯物でいっぱい。
そして築地の場外市場をおもわせる市場に路面電車は、道に詰まれた発砲スチロールをかすめながら入っていく。そこが終点の「North Point」だった。また違う、香港の顔。
地面に跳ねたドジョウを戻してやり、なんだかわからない甘い菓子を買う。
カオスだった。なんとなく光景も日本と似ているんだけど、より振れ幅が大きい。
「あれは周大福といって…」「大福っ?!」「いえ。貴金属店です…」と食べ物にばかり目が行き始めたところで、カオタン・ロードへ戻って飲茶のブランチ。
飲んだビールの銘柄は、上海のときと同じだった。蟹味噌の小籠包が、この世のものとは思えないくらい美味しい。店内は冷房がかかっているほど穏やかな気候。
物価はといえば上海のように馬鹿安いわけでもなく、日本の3分の2からものによっては半分、というくらいだろうか。ランチで2人で6000円は、明らかな頼みすぎである。
今度は二階建てバスとフェリーを乗り継いで、戻る。
吉野家も、和民も、そごうもイーオンもサブウェイもH&Mも、ヴィトンもシャネルもあった。
それはやっぱり、日本と似ていた。あまりにあたたかくて、クリスマスのオーナメントが違和感を生んだ以外は。
ゆっくりと時間が流れていたのは、ここが香港だからではなく、ここが外国だからである。
夜になったらふたたびフェリーに乗って、セントラルへ。
ペニンシュラホテルはコの字型の間部分にサンタを浮かべていた。左右から吊るタイプのイルミネーションは珍しい。ここは戦時中日本軍の大本営があった場所とのこと。
それはあまりにシュールだわ、というと、ここは「なかったことにする」ことが上手いから、と。そういえば何千といた水上生活者を陸上に引っ張り上げた強引な政策は、封鎖に近いと批判の対象になっていたっけ。わたしと同時代の世界は、なぜか均一化を目指す。
広東料理の美味しいお店でふたたび1杯だけビールを飲んで、また出発まで眠る。
どこへいるのかわからなくなるほど、なにもかもが東京に似た不思議な場所だった。
ひとり旅が主流なわたしにとって、今年はとかく、誰かと旅をしたり、誰かに会いに行く旅が多かった。グアム、イエメン、上海、香港。
他人頼みになるので、サバイブ能力は低下するのだろうが、守られる旅も悪くないし、
うまいことわたしがいろいろすっぴんでいられる人の中にいたのだとも思う。
しかし旅の仕方を忘れたような気もするので、再来週からのフィンランドが心配。
今年のハイライトはひとりで、そして予定通りであればフィンランドの吹雪を夜行列車のなかで年始をまたぐことになる。せいぜいポワンとしないように、引き締めねば、な。

















