鰍沢中部小学校を訪れた一週間後。
素敵なお手紙が届きました。
そこには生徒ひとりひとりの純粋な感想と、
運動会に向けて、そして将来に向けての決意が綴られていました。
(鰍沢中部小学校生徒の手紙より)
成功して嬉しかったことや、一輪車だけは誰にも負けたくないという想い、
そして、学んだことを簡潔にまとめていただいたり、
さらには私が楽しかったかどうか気を使ってもらうまでに。
私のちょっとしたパフォーマンスやささいな一言一言に対して、
それぞれが何かを感じ想いを抱いてくれたことに、とても嬉しく思います。
小規模校で生徒が少ないため、ひとりひとりが主役になることが多く、
それぞれ強い主体性をもっているように文章から感じました。
1年生のだいきくんは、
楽しかったことや、学んだことをたくさん書いてくれました。
そして…
6年生の未来さんは、
室内で遊ぶことが多かった5年生が外で一輪車に乗ることが増えたことや、
1年生のだいきくんが何度もこけながらもあきらめずに練習していること、
自分の運動会までの目標を報告してくれました。
そして、最後に書かれていた文章は…
もはや先生からの手紙ではないかと思うような文章。
唯一の6年生。
だからこそ身に付く、上級生としての視野。
小規模校では、教育活動や人間関係などで難しい面があると言われますが、
良い面をたくさん感じることができました。
さて、話を戻すと、
こんな手紙いただいたら、これはもう行くしかないですよね。
ってことで行ってまいりました。
[10月1日(土)]
みんなにとっても、私にとっても、
待ちにまった運動会。
そこにはひとまわり大きくなった子どもたちの姿がありました。
TU・DU・KU→
どうも。
早いもので、今年ももう1ヶ月がたちました。。
つい先日、2012年にごあいさつしたかと思いきや。。
信じられない早さ。。
うるう年だからって、油断してると2月も終わってしまいそうですね。
さて、そんなこんなであっという間に1ヶ月がたってしまいましたが、
日々なんだかんだ過ぎていくそんな中でも、
少しずつ自分の進むべき道がなんとなく見えてきているような気がします。

今はまだその階段の上の方を見るのも少しおそるおそるで、
足下の一段一段もとても大きく見えます。
でも子どものように日々成長していけたら、こりゃまた楽しい毎日ですよね。
立ち止まることもあれば、つまづくこともあるかと思いますが、
先を見据えて進むことができる喜びをかみしめながら、
理想の自分になれる可能性があることに感謝して、
邁進!
「 ひと夏の思い出 〜奏〜 」
〝素晴らしき一輪車の世界〟という大それた幕を背にした人を見て、
何が始まるのかと思い、子どもたちは少し背筋が伸びております。
何を始めようかと思い、子どもたち以上に背筋が伸びております、自分。
戸惑っていても仕方ないので、まずはみんなでお話。
好きな食べ物から始まり、好きな遊び、好きな授業、etc…。
一輪車片手に、乗ることなく話は続く。
一年生のだいきくんも、上級生のみんなの前で堂々と発表。
私の話以上に盛り上がってます。。
話で勝てないと思い、一輪車に乗って大人げなく対抗。
※ 話がおもしろい子どもたちをひいちゃおうとしているところではありません
変な乗り物に乗った変な人にひかれたくないからか、
みんな拍手してくれています。
変な乗り物に乗った変な人は子どもたちにひかれたくないから、
ヒッシにがんばっています。
それにしても、改めて写真で見てもみんな良い表情してますね。
20年以上、変な乗り物に乗ってきたことを、心からよかったと感じる瞬間です。
おしりがもぞもぞしてきたので、みんなで外に。
みんなとても上手なので、
教えるというよりも、一緒になって楽しんじゃってます。
安藤が遊んでもらうばかりではいけないので、
1ヶ月後の運動会に向けて、みんなで手をつないで走る練習。
「さぁ、私の胸に飛び込んでこい!」
とは言っていません。
「手をつないで走るときは、自分のことだけではなく、となりの人のことを考えよう。」
と言っています。
まだひとりで走れない1年生のだいきくんはみんなとは別にひとりで一所懸命練習中。
校長先生や担任の先生が見守ってくれています。
最後はだいきくんも一緒にみんなで手をつないで走る練習。
みんなで作戦会議。
さぁ出来るかな?
その調子、その調子!
あーーーーーーーーーーーー
悔しいけど、これは小さな失敗であり、大きな成功の糧。
そんな言葉はわからなくても、
少しでもカラダで感じてもらえたらいいなと思いながら、みんなで何度も挑戦。
最初はなかなかうまくいきませんでしたが、
なんどか失敗を重ねると、走れる距離も長くなり、
校庭の端から端まで走ることができました。
最後は、もう一度ランチルームに戻り、
1ヶ月後の運動会に向けて、そしてこれからの長い人生に向けて、
メッセージを送らせてもらい、長い長い90分をしめさせて頂きました。
一生忘れることの出来ない素敵な一日でした。
最後になりましたが、
ご協力いただいたすべてのみなさま、
そして、写真提供からなにからなにまでしていただいた、
岡崎校長先生や教頭先生はじめ職員のみなさま、
鰍沢中部小学校の生徒のみなさま、
本当にありがとうございました。
この出会いに心から感謝します。
[ 編集後記 ]
20年に及ぶ〝勝負の螺旋〟から離れた今、
勝ち負けに一喜一憂していた日々の意味を考えることがあります。
その答えは今はまだわかりませんが、
その中で得たものにより、
子どもたちと時間を共有することができ、子どもたちが笑顔になるきっかけづくりができ、
その笑顔を目にすることができることは、本当に幸せなことだと実感します。
もちろん、そのためを思って今までやってきたわけではありませんが、
これが副産物ではなく、そこに神髄を感じる今日この頃。
自分が一所懸命になることが、
自分の欲望のために消費されてしまう段階から、
誰かの感情や行動につなげることを意識できる段階へ。
私にとって〝勝負の螺旋〟からの解離は、
そんなことを意味していたのかもしれません。
そして、それを教えてくれたのは子どもたちなのかもしれません。
ありがとう。
遅くなりましたが、
本年もよろしくお願いします。
復活します。
多くの方から、
「楽しみにしてたのに、なぜやめてしまったの?」
「また読みたいけど、もう書かないの?」
という言葉があったかなかったは定かではありません。
なぜやめて、なぜ再起するのかという問いには、
〝一身上の都合〟
という、日本語史上 最上級に便利な言葉を使用させていただきつつ、
長くなりそうなので、とにかく再開しようと思います。
なにから書き始めようか1年ほど悩みましたが、
まず、この復帰にご協力いただいた方々に感謝します。
そして、まずは2011年の一夏の思い出から書こうと思います。
「 ひと夏の思い出 〜序〜 」
夏休みが終わって1週間。
まだまだ夏休みの思い出に浸りつつ、授業がまったく頭に入ってこない頃。
電車を何度も乗り換え約3時間。
気づけば2車両の電車で、1車線をのんびり進む。
少し早めについたので、少々散歩。
【NO・DO・KA】
教頭先生に、車で迎えに来て頂き、車で10分ほど。
やってきました、
(全日本小学校ホームページ大賞の都道府県優秀校に選ばれたHP)
学校の様子は、こちらの「校舎の写真 9月」をクリック↑
1年生1人、4年生4人、5年生6人、6年生1人。
全校生徒12名。
学年関係なくみんな仲良しで、先生方もとても熱心。
とにかく素敵な小学校。
午前中は台風の影響で延期になっていた、水泳の記録会を見学。
お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん、そして大自然に囲まれ、
小さなカラダで、ノビノビかつヒッシに泳ぐ姿はとても印象的でした。
本年度最後の水泳の時間だったので、
最後はみんなでプールに向かってあいさつ。
お昼はランチルームで、学年関係なくみんなで給食。
素敵なネームプレートまでご用意いただき、
どんな高級ホテルでもかなわない最高の昼食。
あまったガンモドキと牛乳を賭けてのジャンケン大会は、
水泳の記録会に勝るとも劣らない気合い。
時が過ぎても、場所が違っていても、
小学生の給食にかける想いはかわらないですね。
少し安心しました。
おいしい給食もいただき、掃除のあとはついに出番。
前半30分、後半30分の60分一本勝負。
あ、でもロスタイム30分。
その様子はまた次回。
TU・ZU・KU
JunkStageをご覧の皆様、こんにちは。
いつもJunkStageをご訪問いただき、ありがとうございます。
「最幸峰」のライター、一輪車世界チャンピオン・安藤勇太さんですが、現在私事多忙のため11月初旬までこちらの連載を休載とさせて頂いております。
ご愛読頂いております皆様には大変申し訳ございませんが、次回更新の際をお楽しみにお待ちくださいますよう、お願い申しあげます。
(JunkStage編集部)
どうも。
幼稚園の頃、よく動物園に行きました。
動物を観るのが好きでした。
さらに動物園の片隅にあるガンダムみたいなロボットに乗って、
操縦する(した気分になる)のが大好きでした。
中学生になって動物園に行ったとき、片隅にあるロボットの乗り物を見て、
自分がなぜあのロボットの乗り物に、あんなにも興奮したか不思議に思いました。
そのもの自体は変わらなくても、
それを見て、触って、感じる人が変わっていれば、
同じものでも、捉え方はまったく変わってしまうようです。
はかないですね。
でも人生とは、はかないことの繰り返しなのかもしれません。
そんなことを思う今日この頃。
そろそろ小学校を卒業して、中学生の話にすすもうかと思います。
「部活選び 中学生編」
入学式から数日後、
まだ学ランの襟についている“カラー”という存在を受け入れることが出来ず、
服にプラスチック素材を装着することに違和感を拭いされずにいた。
そんな時期に、小学校で一緒に野球をしていた仲間たちの大半は、
迷うことなく野球部で仮入部を始めていた。
入学後、最初に待ち構えていたビッグイベント、
それが部活選び。
仮入部が始まって2,3日たった頃、
どこの部活にも仮入部していなかった私は、野球部の顧問を訪ねた。
野球部は夏に一番大きな大会がある。
そして、三年の夏は集大成となる。
その時期に部活に参加出来ないということは考えられない。
わかっていたことではあるが、先生の口から直接聞いて確認したかった。
おそらく、自分を説得するためだったのだろう。
少し寂しい想いもあったが、迷うことはなかった。
野球部へは入部しない。
小学校での野球部の経験はとても大きなものであり、
その経験を共にした仲間たちは、かけがえのない存在であった。
大好きな仲間たちと一緒に、まだまだ野球を続けたかった。
夢のような楽しい日々の続きをみたかった。
しかし、それを手放してでも手にしたいものが自分にはあった。
「一輪車の世界チャンピオンになる」
一輪車の国際大会は2年に1度、夏に開催される。
そして、タイミング的には自分が中学1,3年生のとき。
両立したとしても、3年の夏は大会がかぶってしまう。
決断に少し時間がかかったが、迷いはなかった。
野球に打ち込むことは、小学生のときには夢のような楽しい日々だったが、
同じ仲間と同じ野球をしても、もう同じように夢の続きがみられるとは思わなかった。
より明るい光が射している場所を見つけてしまった。
だから野球は思い出として大切にしまっておくことにした。
しかし、部活にまったく入らないというのも少し寂しい。
仲間づくり、体力向上のためにも、どこかの部活には入ろうと考えていた。
陸上、水泳、卓球、剣道、etc、、、
部活動を行っている雰囲気をみて、直感的にテニスが良いと感じた。
運動場の真ん中にネットを張り、ボールを打ち合う姿にどことなく輝きを感じた。
名古屋市内では、そこそこ強かった。
練習は基本日曜定休だった。
野球でも守るより、打つ方が好きだった。
ラケットを持って登下校するというのもどこか風情があるように感じた。
テニス部に入ろう。
こうやって、私の中学校生活は始まった。
この選択が波瀾万丈の始まりということを、
このときはまったく予想することもなかった。
どうも
少し前は温暖化ってなんなんだってくらい寒かったですが、
ここ何日かは少しずつ暖かくなってきましたね。
今日はそんな日本の春夏秋冬と、
最近の若者について言われることについて思うことをつれづれなるままに。
「流れ」
夏には冬を求め、冬には夏を追い求める。
寒いときには、暑くてうなだれていたことなんて忘れしまい、
とにかく今の寒い現状をどうにかしてもらいたいと思う。
寒いからこそ美味しい鍋や寒いからこそ楽しい行事のありがたみは感じることが出来ずに。
そして、逆もまたしかり。
これは、世の流れにも似ているように感じます。
制限が強いときは自由を求め、
自由なときには責任を回避し安定を求める。
電通が昨年末に発表した、
高校生の[なりたい職業]
1位:公務員、2位:大企業の正社員
「最近の若者は安定を求め過ぎだ。」
とか言われますが、最近の若者の問題なのでしょうか?
自由を求める世代が世を自由な方向にひきつければ、
その歪みをみてきた次の世代は、世を安定の方向にひきつけようとする。
すると次はまたその逆へ。
次の世代を批評するのは、前の世代の人たちが中心なので、
自分たちと違うことを批判する。
今の若者の現状は、若者の悪い特性なのでしょうか?
与えられた環境の中で一所懸命生きようとしている現れのような気がします。
でも自由を求めることがいいとか、安定を求めることがいいとかではなく、
そうやって右に左に揺れ動くのが時代であり、人生なのかもしれないということ。
私には自然現象、自然な時の流れのように感じます。
流れはなかなか変えられないかもしれないけれど、
その流れの中でどう生きるかは変えられるのではないでしょうか。
あけましておめでとうございます。
昨年は皆さんのおかげで、
このコラムを書き続けることが出来ました。
コラムを読んでいるというお話を伺うたびに、
恥ずかしい想い半分、がんばって更新しようと思わせていただきました。
ありがとうございます。
本年も精進していきたいと思いますので、
宜しくお願い致します。
「充実した日々」
私が小学生だったとき、
名古屋では、夏休みには「夏の生活」冬休みには「冬の生活」という、
国語や算数等すべての教科が1冊にまとめられた課題が配られた。
基本的にはこの冊子と読書感想文が長期休みの宿題になる。
私は小学生の頃から、
こういったタグイのものを計画的にすすめることが出来ず、
2学期が始まる数日前、もしくは始まってからのロスタイムで行っていた。
小学6年生のとき、「夏の生活」の最後のページに、
「夏休みを振り返って感想を書きましょう」とあった。
そこで私は色々と書いた最後に、
「充実した夏休みだった。」 と書いた。
自分としては、何も考えずに率直に書いたつもりだったが、
担任の先生からは、
「小学生で“充実した夏休み”なんて書いたのは、
今まで長い教員生活をしてきておまえだけだ。」
と言われたことを今でも覚えている。
全日本大会年齢別優勝、野球部県大会ベスト8、
友達と3人でつくった立体作品『伊勢湾台風後の松栄小学校』がなにかの賞に選ばれる、
立体作品製作中に彫刻刀で指を掘り5針縫う、
手を包帯で巻いたまま陸上部でリレーに出場
感想なんて言われても、
ひとつひとつ書いていたらきりがないし、
何か簡単に書けないかなと思っていたときに、
自然と出てきた言葉が“充実”だった。
おそらく漢字が書けず辞書で引いた気がする。
【実】
1、うそ偽りのないこと。
2、内容。
3、誠実な気持ち。まごころ。
【充つ】
1、いっぱいにする。満たす。
2、望みなどをかなえる。満足させる。
【充実】とは“誠実な気持ち”を“満足させる”と書く。
同じ何かを行う日々だったとしても、
“忙しい日々”と“充実した日々”では、まったく違う。
人生とは1日1日の繰り返し。
幸せな人生とは、1日1日をどう過ごすか。
せっかくの一度の人生、
心を亡くした日々の繰り返しではなく、
充分に実った日々の繰り返しでありたい。
今年一年もそんな年にしたいと思います。
本年も宜しくお願い致します。
昨日、新幹線に乗ると通路を挟んだ隣の席に、
小学低学年と高学年くらいの兄弟とお母さんが座っていました。
おやつどきだったため、
お母さんがドアラによく似た動物が描かれたマーチを取り出しました。
箱に入ったものではなく、小さな袋に入ったものだったため、
2人でハンブンコすると有袋哺乳類は数匹しか食べることが出来ませんでした。
「えーこんだけー!?」と声を合わせてなげく兄弟。
すると、「じゃあひとつひとつ大切に食べよ。」とお兄ちゃん。
各コアラをトーナメント戦で戦わせながら、
どのコアラが一番強いかを決めはじめました。
もちろん弱いコアラから食べられていきます。
そして、勝ち残ったコアラは光栄なことに、
噛むことなく口の中で自然解糖して食べてもらえたようです。
めでたしめでたし。
カワイイコアラの死闘のマーチが終わって15分後。
今度は、兄弟の死闘のマーチが繰り広げられていたため、
小さな演奏者に向けて、「そろそろ富士山が見えるよ。」とお母さん。
子どもにとっての富士山は瞬間最高視聴率120%超え。
しかし、残念ながら曇っていて頂上付近はハッキリ見えませんでした。
「えーハッキリ見えなーい!?」と声を合わせてなげく兄弟。
それでも富士山が見えなくなるまで平均視聴率は100%以上を持続。
見終わると、「でも少しでも見れてよかったね。」とお兄ちゃん。
「帰りはハッキリ見れるように、おばあちゃん家でテルテル坊主をつくりましょ。」とお母さん。
「つくるー!」と弟。
私は彼らのポテンシャルにひとり感動していました。
半分入った飲み物を見て、
半分しかないと思うか、半分もあると思うか。
どう捉えるかによって見え方は変わります。
これはよく言われることです。
更に、その半分をどうするか、
そして、半分で満足出来ないならどうするのか。
大切なのは捉え方だけではなく、
そこからどう動くかかもしれないですね。
そんなことを
仲間由紀恵似のお母さんと、
おそらく父親似のなんちゃって“まえだまえだ”から教わりました。
そんなこんなで、2010年最後は、
3ヶ月間にわたった野球部の話の“番外編”でしめくくりたいと思います。
「 3年間の努力が崩れ落ちた3時間後 」
いつもは楽しく笑い声が絶えなかった帰りの車の中だったが、
この日は、涙をすする音しか聞こえない長い時間となった。
誰ひとり口を開くことなく、野球帽を深くかぶり涙を流した。
学校に戻り、いつもどおり反省会が開かれた。
各自、悔しい想いや反省の念を、歯を食いしばりながら言葉にした。
そのとき、自分が何を言ったかはもう覚えていない。
しかし、最後にいつも勝っても厳しい先生から頂いた、思いもよらない言葉は今でも克明に覚えている。
「 負けてよかったな。
今日、君たちは初めて負けた者の気持ちを知ることが出来た。
今まで勝つことで、たくさん嬉しい思いをしてきた。
しかし、その陰では今の君たちのように悔しい思いをしてきた人たちがいる。
それを知っていることはこれから生きていく中でとても大きな財産となる。 」
その後、私たちに勝利した小牧パンサーズは県大会で優勝した。
1ヶ月後、新聞で、
〝小牧パンサーズ東海大会優勝、全国大会出場〟
という記事を目にした。
そのとき、
『 負けてよかったのか? あのとき勝っていれば今ごろは。。 』
正直、そう思った。
そして、今思うことは。。
『 負けてよかったのかもね。 あのとき勝っていたら今ごろは。。 』
ほんとーにほんとーにおしまい。
ちゃんちゃん♪
最近、“なにか”を持っているなんとか王子のおかげで、
ちまたでは“なにか”を考えることが流行っているようです。
そのため、自分で言うことではないと思いつつも、
最後に、負けた試合で感じた“なにか”について書いてみようと思います。
負けた試合中に感じた“なにか”、
負ける原因と言うことも出来る“なにか”こそが、
3話にもわたった「野球部 最後の夏」シリーズのサブタイトルに書いてきた、
“自信”だと感じました。
“自信”を持つこと、自分たちが行ってきた練習や仲間を信じることは、
緊張などのネガティブ要因から解き放ち、
ベストパフォーマンスを引き出してくれます。
その効果によって、ここまで勝ち続けることが出来たと思います。
しかし、負ける原因のひとつとなったのもまたこの“自信”ではないでしょうか。
悪い方向に働いているので、“過信”と言った方がわかりやすいかもしれません。
では“自信”が“過信”となる(自信が良い方向ではなく悪い方向へと働く)のはなぜでしょうか。
そして、いつ“自信”が“過信”となるのでしょうか。
この度、書きながら考えた答えは、
「なぜ?」に対しては、“謙虚さ”や“誠実さ”を失うからであり、
「いつ?」に対しては、それを失ったときだと感じました。
自分を信じる割合の問題で、“自信”と“過信”が変わるのではなく、
自分を信じる割合が同じであれ、“謙虚さ”や“誠実さ”を失ったときに“過信”となるのではないでしょうか。
また逆を言えば、自分を信じる割合が多くなろうと、それを失わなければ“過信”とはならないのではないでしょうか。
“謙虚さ”や“誠実さ”の喪失は、自信の割合が増えたときに起こりやすいので、
“過信”とは“自信”の量が増えることだと思われているのかもしれません。
しかし本質的な問題は量ではなく、“謙虚さ”や“誠実さ”の喪失であり、
その結果、冷静な判断を失うからではないでしょうか。
例えば、私の野球部の経験から言えば、
自分たちは強いという“自信”から、
優勝候補相手にもひるむことなく自分達のプレーを信じてベストパフォーマンスを発揮しました。
自分たちは強いと“自信”を持ちながらも、
優勝候補が相手ということもあり、“謙虚さ”や“誠実さ”を持ち兼ねていました。
そのため、常にミスをしないように、そのとき出来るベストは何かを意識してプレーしていました。
しかし、負けてしまった準決勝の試合では、
優勝候補を破った翌日であり、更に初回で先制したことで、
“謙虚さ”や“誠実さ”を失い、冷静な判断が出来なくなっていました。
監督のサインを間違えたり、送りバントを失敗したりというミス。
点数がとられても、いつでも取り返せるから大丈夫という楽観視。
完全に精細を欠いていました。
小学生のときに感じた“なにか”は、
“自信”が“過信”になり、大切なものを失った感覚だったのではないでしょうか。
言葉にしてしまうと陳腐になってしまいますね。
いや、言葉にする能力の問題でしょうか。
おそらく、こういった言葉にはしづらいものを、
一輪車やスポーツ、様々な経験から、感覚的に沢山学んできたように思います。




































