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2012/04/29

フリーダイビングをやっていて、最もよく聞かれる質問の一つが「何故、始めたの?」というものです。確かに、「どれくらい潜れるのか」「どれくらい息を止められるか」ということ以前に「この人はなぜそれを始めたのか」という疑問が生まれるのも無理はない、珍しいスポーツです。私の場合、この質問をされる度に「はて、そういえば?」と回答に困ってしまいます。
 ・運命的な出会いがあった
 ・昔からの夢を叶えた
というストーリーがあれば格好良いですが、私にはこれといった劇的な始まりがあったわけではなく、「いつの間にか始めていて、いつの間にか自分にとって欠くことのできないものになっていた」からです。ではどんな風に「いつの間にか」だったのか、ちょっと振り返ってみます。

●映画「グラン・ブルー」
私がフリーダイビングという言葉を知ったのはご多聞に漏れず映画「グラン・ブルー」です。学生時代に話題になり「良い映画」として押さえておいた、という感じ。あくまで鑑賞の世界として見惚れていました。同じリュック・ベッソン監督の「ニキータ」や「レオン」を観ても自分が殺し屋になろうなどとは思わないのと同様のレベルで、自分がジャックやエンゾのように海に潜りたい、などとは微塵も思わず、サントラなどぼーっと聴いていました。ちなみに、当時は海水浴しかしたことかありませんでした。

●スキューバダイビングと素潜り
私がリアルな海に通うようになったのは社会人数年目、友人に誘われて「嗜み程度」にスキューバダイビングのライセンスを取得してからです。スキューバで体験する海中の世界は素晴らしいものでしたが、私はいつのまにか、メインディッシュのスキューバよりも、空き時間に時折楽しむ「スノーケリング」「素潜り」に魅力を感じるようになりました。息を止めて水中にいることに生理的な納得感というか、落ち着きを感じたのです。なにしろ「安くて手軽」なのも魅力のひとつでした。

素潜りをメインに出来る場所はないかと思っていたところ、辰巳国際水泳場の5mのダイビングプールで練習が出来るという情報を入手。足を運ぶようになりました。プールには魚もサンゴもいませんが、「青い水の中で息をとめている」という、ただそのことの気持ちよさに、最初のころは毎回ウットリしていました。

●「東京フリーダイビング倶楽部」
この縁で初めて「フリーダイビング」的なものを体験したのがかれこれ10年以上前のこと。日本のフリーダイビング黎明期に近い時代でした。辰巳の練習会を主催していた日本のフリーダイビング界の第一人者、カズさんこと市川和明氏が、海でのフリーダイビングの練習の場として真鶴で「東京フリーダイビング倶楽部」を立ち上げたばかりでした。

競技としてフリーダイビングをやっている会員など殆どいない当時。人が集まらなければ練習も出来ない、というわけである日カズさんは素潜り好きな友人たちに「海行くぞ!」と一声かけました。どんな倶楽部に何をしに行くのか見当もつかないながら、私は出向きました。「カズさんは凄い人」と知っていたからです。何しろ、海で泳いでいるときに、彼のお腹にぴったりとコバンザメがくっつくという逸話があったのです。コバンザメと言えば自分の身を守るために、自分より強そうな生物に張り付く生き物。魚から「強そう」と認められた人間です。その人物が言うからには素晴らしいに違いない、と騙されたつもりで海に向かったのです。

果たして、向かった真鶴の沖合のボートには、ロープが垂らしてありました。簡単なレクチャーをしてもらって、さあ潜ってみて、という感じ。これが私が初めて体験した「フリーダイビングらしきこと」でした。なかにはすぐに15m、20m潜れる人もいましたが、私は耳抜きが上手く出来ず10mも潜れなかった。何となく海に「君はこれ以上来てはダメです」とシャットアウトされてしまったような感じがしました。そして、素潜りからも海からも、知らず知らず遠ざかってしまいました。

●再開のきっかけ
しかし、ひょんなことから2006年に再び真鶴を訪れました。この、いつだか思い出せない「ひょん」が、私がフリーダイビングを本格的に始めるきっかけになった日です。暑い夏だったので、深く潜らなくて良いから、まあ海に漬かりに行こうと数年ぶりに訪れた「東京フリーダイビング倶楽部」は見違えるほときちんとした倶楽部になり、色々な選手が練習していました。30m、40m潜る人たちに圧倒されながらも「私は5-6mで」とマイペースで遊んでいると、これまでびくとも抜けなかった耳が、何となく抜け始めたのです。最初に壁を越えたのが「17m」。かつて10mで通行止めだったのに、海から「もっと潜ってみたら」と言われたような気がしました。翌2007年には沖縄での篠宮龍三選手の講習を受けに行き、秋には真鶴の大会で-30mを潜りました。その後は新しいフィンを買ってしまったり、ウェットスーツを新調したり、プールでの大会にも出てみたり。そして2009年にはバハマでの世界大会に補欠で参加、昨年2011年には代表選手としてギリシアでの世界大会に参加することが出来ました。そして海を通じて出会う人たちが急速に増え、フリーダイビングも海も、私の生活の、人生の一部になっていました。 

こう振り返りながら「グラン・ブルー」のサントラなどを聴いていると、不思議です。あの時、映画の世界でしかなかった、地中海の青い海に自分が潜ることになるとは。私にとって、フリーダイビングの第一印象は「ふ~ん」だったのに、2度目の再会で惚れ直し、ノックアウトされてしまったという感じです。

「何故、始めたの?」という問いの答えはやはり、「いつの間にか」です。ちょっとしたきっかけが繋がり、いつの間にか思いもよらぬ方向に進むものですね。

       AIDA Individual Depth World Championship 2011(2011年9月ギリシア/カラマタ)
       photo by sachiko iizuka

「フリーダイビング初めて講座」
さて、先日、私が主催するフリーダイビングサークルリトル・ブルーでは、「フリーダイビング初めて講座」という入門講習を実施しました。今年になって2回目の開催ですが、のべ30名近くが参加。フリーダイビングに興味があるけれど、始めるきっかけがない人、素潜りが好きだけれど、上達の方法がわからない、という人が、意外に沢山いることがわかりました。これはたった一日の講座ですが、これが「ちょっとしたきっかけ」になるかもしれない、そしてちょっとしたきっかけが繋がって「いつの間にか」が生まれてしまうかも・・しれませんね!

 「フリーダイビング初めて講座」プール実習の様子(2012.4.21)
photo by littleblue

2011/12/23

はじめまして、武藤由紀(むとう ゆき)と申します。
私はフリーダイバーです・・・と自己紹介をする前に。

「フリーダイビング」というスポーツ、ご存知ですか?

きっと、こんな答えが返ってくると思います。

- 何ですかそれ?⇒はい、一般的な反応です。
- 空から飛び降りるやつ?⇒これはスカイダイビング
- 沖縄で体験ダイビングやったことありますよ。⇒これはスキューバダイビング
- おお「グラン・ブルー」ですね!⇒はい!ビンゴ!

フリーダイビングを一言でいうと、
「水の中で息を止めたままプールで泳いだり、海で素潜りしたりする」
スポーツです。息を止める長さ、泳ぐ距離、深さを競います。
リュック・ベッソン監督の80年代の映画「グランブルー」やジャック・マイヨールの
名前はご存知の方も多いでしょう。
この競技、地中海発祥だけあって、ヨーロッパでは馴染みがあるようですが、
日本では競技人口300人程度のマイナーなスポーツの一つです。

トップクラスのフリーダイバーは8分以上息を止めたり、
プールでは200m以上(25mプール8往復)を呼吸なしで泳ぎます。
そして、海では-100mを超える深さを、足ひれ一つ、呼吸一つで潜ります。
100mを往復して水面に戻ってくるので、その距離は200m以上。
ちょうど新宿の高層ビル街の高さを、一呼吸で泳ぐ人間
・・・想像出来るでしょうか?
水圧で押しつぶされてしまうのでは、と思いきや、
実はその姿は、とても美しいのです。
普段は大気中の重力の中で暮らす人間が、水の中で自然な流線型になる。
まるで、人魚のようです。
人間は遥か昔、海から来たんだな、ということを感じます。

私はふとしたことから数年前にこの競技に出会い、
何時の間にかすっかり魅せられてしまった一人です。
現在の公式記録は海でフィンを付けて潜る種目で-57m。
トップクラスには到底及ばないレベルですが、日本代表として
世界大会に出場したこともある、現役フリーダイバーのはしくれです。
とはいえ本業は霞が関のIT企業で働くOL。
地下鉄ラッシュに揉まれ、書類の山に悶え、新橋あたりでビールを
かっくらったりする、どこにでもいる会社員生活を送りながら、
人魚を目指して日々こっそりと奮闘しています。

「息を止めて苦しくないの?」
「どこが楽しいの?」

こんな質問を必ずされます。
実は私も、肺活量は人並み以下。息を止めることが苦手です。
にもかかわらず、続けてしまうフリーダイビングの魅力とは一体何なのか。
このコラムを通じて、私自身も改めてそれを見つめたいと思います。
そして日本ではまだあまり知られていない、フリーダイビングの楽しさと美しさを
少しでも多くの人に知ってもらいたいと思います。

2012年9月にはフランスで世界大会が開催されます。
国内の予選などもありますので、その選考過程や、
個性豊かなフリーダイバーたち、これまで潜った海の話、
サラリーマン・アスリートとしての苦労などを、ご紹介していきます。

縁あって、このお話をいただいたjunkstageに感謝します。
どうぞ、お付き合いくださいませ。