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2010/04/06

リーダー論

宏昌が4歳5歳のころ、自分は小学校4年・5年生だった。ここまで年の差が離れていると、正直一緒に遊んでいても面白くない、興味を持つものが違いすぎるのである。しかし、僕と一緒に遊んでいないと、親はお客さんをしているので「ママ~~」と仕事の邪魔になるというのも分かっている。

近所には弟と同じ年齢のイツギ君という男の子がいて、仲良く遊んでくれてるのはいいのだが、どうしても4歳5歳児同士の遊びでは限界が出てくる。そうなると「お兄ちゃん、遊んでぇ~~」となるわけだ。

しかし、一緒に遊ぶと言っても、兄の興味のある事は6才下の弟達は面白くない。弟の面白い事は僕はつまらない・・・。しかし、自分が経験をしている遊びや虫取りなど、教えてあげると「へぇ~凄い!」となるわけで、これが単純なんだが優越感に浸れる。そうすると、「もっと遊びを教えてあげるよ!」となり、また「お兄ちゃん凄い!!」となるわけだ(笑)

こなると、もうサル山番長である。自分が同級生のクラスメイトや先生から虐められていても、学校から家に帰り弟を保育園まで迎えに行くと、その瞬間から弟達のボスに変身する。「この遊びは3人集まらないとできないからもう1人誰か探して来い!」と言うと、弟たちは「遊んでもらえなくなるかも!?」という焦りで、友達を見つけてくる。そして兄の僕は、この三人の子供に遊び方を教え、ルールを説明しながら、個々にあったポジションを与えて、皆で楽しく遊べるように指示をする。

リーダーに必要な、1、支配性がある。2、優れた対人技能を持っている。3、部下を公平に気遣う。4、目標達成を強調する。この4つは、僕の弟とイツギ君達によって自然と鍛えられたのである。

支配性は、6才も年上のヒロ君のお兄ちゃんだから当然だし。対人技能は、怖かったり殴られたりしたら子供たちは寄って来ないので、笑顔で「一緒に遊ぼう!」という姿勢でいなくてはならない。部下を公平に気遣うのも、何人も子供たちがいる中で自分の弟だけ優位になるようなことはできない、逆に弟だから厳しくしないと周りが納得しないというのも学んだ。そして最後に皆に目的意識を持たせて遊ばせないと、直ぐに「つまらない・・・、面白くない・・・、もう帰る・・・。」となるのだ。

自分が高校生になると部活に入ったり、バンド組んでスタジオでドラムを叩いたり、同級生との時間が楽しくて、家に帰るなんて夜の10時11時だった(笑)。この頃は、兄弟で何をしていたのか、あまり覚えていない。もう大人と子供の違いが出てくる。

自分が高校3年生になると、弟は小学校6年生。我が家の場合、学校の行事は親は仕事があるので来てもらえることは殆ど無く、運動会の日は、朝からお弁当は作ってくれるのだが、場所を取って子供の走りを見に行くなど不可能に近かったので、お昼の時間は、家族で楽しそうにお弁当を広げている友達の姿を横目にしながら、自宅へ帰って1人でお弁当を食べていた。急いで食べ終えて、午後の運動会に戻るというのが毎年恒例のだった。父兄参観だって、偶然にお客さんの切れ間ができれば教室まで来 てくれたが、来るか来ないかなんて誰にも分からない、来てくれる保障はなしという家庭だった。

そこで、自分が親代わりになれば弟に寂しい思いをさせないですむと思うようになり、運動会の朝は従姉弟の美香と公義を呼んで、一緒に場所取り、カメラを持って弟の写真を撮るという、父親のような事をしていた。この従姉弟の2人も年下、僕はお兄ちゃんと呼ばれて慕われていたので、運動会開場でもサル山の大将発揮である(笑) おやつを食べて良いかの許可を出し、お昼のお弁当は弟が昼休みにはいるまでお預け、トイレに行って帰ってくる時に迷子にならないように、時間を見計らって手を振るなど、すっかり保護者であった。

父兄参観だって、兄と言う文字が入っているのだから、兄が父兄参観に出て何が悪い!と言っては、小学校の授業参観に出席をして、他のお父さんやお母さんに混じって、高校生の兄が弟の授業を見ている。誰かが「あっ!田中の兄ちゃんだ!」と発すると、全員が僕を見る。全く恥ずかしいとも思わず、僕は弟の授業を父兄として参観日に出向く事を誇りに思っていたし、弟も同じ思いで、自分だけ違うという劣等感ではなかったはずだ。

そうやって僕の育った環境は、リーダー論を身につけるには最適だったように思える。弟の宏昌の存在、従姉弟の美香と公義の存在、偶然にも自分が一番年上で、「お兄ちゃんだから」という責任を押し付けられたのが良かったのだろう。

フリーペーパー会社の裏社長をやっていた時、20人以上の若いインターンシップを動かせたのも、FMラジオの運営で若いスタッフを引っ張って行けるのも、親が忙しかった環境下の下、更に、この6才年下の弟がいたお陰で、幼少のころから自然に身に付く事ができたのだと自己分析できる。

2010/04/06 09:15 | 第三章 われ、弱ければこそ | No Comments

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