« 我、弱ければこそ。 | Home | 第2話) 一人っ子の6年間。 »

2010/02/23

海外で働いている人を見たり聞いたりすると、「生まれつき素質があったんだろう」とか、「子供の頃から、クラスで飛びぬけて目立つ存在だったのだろう」と か思いがちである。他に海外で活躍している人達はどうだったのか分からないが、自分の場合は目立たない普通の子供だった。

幼少の頃は近所 のガキ大将に叩かれて泣いて家に駆け込むような子供だったし、女の子とママゴトをしている方が楽しかった。野蛮な事は好きではなく、木登りとか鉄棒でさえ も怖くて登れないような男の子。自分から「○○ちゃん、遊ぼう!」と友達の家に行くことができず、行くくらいなら一人で遊んでいた方が楽しいという子供 だった。

だからと言って、絵はかけない。図画工作は大嫌い。粘土の時間でヘビを作って先生に怒られたくらいだ。夏休みの自由研究は最悪、 こんなものは世の中から消えてくれと子供ながらに毎年思っていたし、宿題はやらない、できない、作文は3行以上書いた事がない。感想文なんてもってのほ か。

それじゃ、運動神経は?と言いたいところだが、サッカー少年団に10歳の時に入ったきり、これまたチームメイトから虐められて辞めてしまった。足は遅い、鉄棒できない、球技もボールを持って何をしていいかわからず、回りから罵声を浴びる。

自 分の胸の骨は奇形なので、普通の人よりも肺活量が少なく、心臓の位置も中心より外側にずれていて肋骨に圧迫されているので、普通の子供よりも運動量はどう しても少なくなる。漏斗胸といって、胸の溝が普通の人より窪んでいるのだ。何らかの理由で体の骨より肋骨だけが先に伸びてしまい、後から体の骨が成長する ので長い肋骨は内側に食い込んでしまうという1000人に1人の割合で起こる先天性の奇形だとか。

運動音痴、芸術性なし、社交性なし、虐められっ子。唯一人よりできたものは珠算2級、書道5段(小学生の部)。そして興味があったものは、電気工学と天文学という変な子供(笑)でも成績はいつも中の中。

他 の児童より計算が速くできたのだが、小学校高学年の算数のテストの時、暗算で答えがでてきちゃうので途中の計算式を書かないで提出したところ、先生から 「隣の学級委員長の答えをカンニングしただろう、A男と同じ答えだ」と頭ごなしに決め付けられ、言い返す事もできずに0点だった事もあった。

虐められていることを先生に訴えても、「甘えるな、お前が悪い」とクラス全員の前で怒鳴られたり。「授業中にお喋りするから、お前の唇はどんどん分厚くなっているんだ」とか、小学校の先生からも虐めの対象になっていた。

子供ながらにも「こんな大人になりたくない」、親の前では良い顔をして、子供の前ではコロリと変わる。この頃から、きっと表裏のある人間が嫌いになったのだろう、今でもこのタイプの人間は好きにはなれない。

中 学校に入学すると、一年生の1学期で勉強は挫折。落ちこぼれの仲間入り。タバコの味も覚え警察から呼び出しが来たこともあった。バスケ部に入るも1年経た ずに退部、集団行動が苦手だった。何をやっても中途半端。将来の夢なんて、そんなの無かった。今思えば勿体ない少年時代をすごした。

中学卒業、高校入学を境目に何かを変えなくてはと、ボンヤリ思っていたのかもしれない。

つづく。。。

2010/02/23 12:15 | 第三章 われ、弱ければこそ | No Comments

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