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2017/06/23

「自然への興味の行き着く果ては自分自身が生きていることの不思議さへと通ずる。」
ある人物がそんな事を語っていた。
決してこのような言葉に導かれた訳ではないのだが、近頃は僕自身も自分の祖先達の事が気になっている。
今、自分が生存しているということは、20万年前に新人類がアフリカで誕生してからいつの時代も途切れることなく命を繋ぎ止めてきたという事実に他ならない。
少し大げさに聞こえるかもしれないが、考えてみるとそれは本当に奇跡のようなことである。
私達はいつの時代にどこからやってきたのか、そして私達の住む土地の歴史について先人達が残した遺跡を巡りながら、現代までの「自然と人間の成り立ち」について調べている。

オホーツク人の存在。
かつて北方から北海道に渡来し、北部から東部にかけての海岸沿いに広く暮らしていた人々。主に海での狩猟採集を生業としていた民で、縄文人やアイヌとは全く違う「北海道の先住の民」である。

どの遺跡を見ても、同年代に彼らの特徴ある住居跡とアイヌの住居跡が重なることは決して無く、オホーツク人はオホーツク海岸沿いに、アイヌは内陸の川沿いなどに住居を構え、しっかりと棲み分けができていたと言われている。
しかし、彼らが北海道で築いた独特の文化、「オホーツク文化」はアイヌ民族の文化形成に大きな影響を与えていったという。

先日、網走の博物館に足を運んだ時の事。
小さなヒグマの彫刻の前で足を止めた。
北海道のオホーツク海沿いの集落跡から出土したものでオホーツク人が残したものである。

海での狩猟生活が主だったオホーツク人であるが、ヒグマに対しても特別な信仰を持っていたと言われている。
彼らの住居跡の内部からは壁際の特定箇所にヒグマの頭骨の集積が見つかることが多く、中には一軒の住居から数百体分もの頭骨が見つかったこともあるという。
他にもクマ意匠の彫刻や木製品が多く出土していることから、彼らのヒグマに対する強い信仰心が窺える。
実はこの彫刻には非常に興味深い事実が隠されていた。
一つ目はこの彫刻の素材が北氷洋にしか生息していないはずのセイウチの牙で作られているということ。他にも礼文島でオホーツク人によるセイウチの牙で作られた彫刻品が出土しているのだが、一説によるとこれらはオホーツク人が北方地域との交易によって入手した牙や骨に加工を施したものであるという。
現在ではこの説が有力視されているが、北極に住む憧れの動物であるセイウチの骨が北海道から出土していること自体に不思議さを感じるのである。
二つ目はヒグマの背中に彫られている文様である。
アイヌのクマ送りの儀式では、クマの胴に”削り掛け”を巻き付けて神の国に旅立つ晴れ着に見立てている。
つまり、オホーツク人もクマ送りの儀式を持っていたということである。それどころか、アイヌ文化がまだ形成される以前の出土物であることから、オホーツク人のクマ送りの方が先行していて、アイヌに影響を与えた可能性が高いということだ。
これまで北海道にアイヌ以外の民族がいたことさえも知らなかった自分にとって、それは衝撃的な内容だった。

果たして、はるか昔に北方からやってきたオホーツク人とは何者なのか・・・。
歴史上では10世紀頃になって忽然と姿を消してしまったとある。
これもまた、故郷へ引き上げたという説もあれば、次の時代の擦文文化時代に吸収されてしまったという説もあり、謎に包まれている。

その後、僕は専門家の方々の書籍を見つけては何冊も読みふけっているのだが、次々と興味深い内容を知ることとなり、この個人的研究は遅々としていてなかなか前には進まない。
まだしばらくは「オホーツク人」から離れられないだろう。

2017/06/23 01:01 | エッセイ | No Comments

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