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2018/02/17

昨日はたくさんの雪が降った。

待ちかねたたくさんの雪。

雪がたくさん降ったら出掛けると決めていた場所。

エゾフクロウの住む老木。

先日、家族で見に来た時には雪が少なくて、撮った写真も冬らしさに欠けていた。

そして今日は木の枝にモコモコとくっつき、想像通りの素晴らしい雪景色。

フクロウも首をくるくると回したり、毛づくろいをしたり、あくびをしたり。

極寒の朝、とても温かい光景に出会うことができました。

2016/05/27

早朝、撮影先へと車を走らせていると原野の中にポツンと小さな動物の姿が目に入った。

すぐに車を降りてカメラを持って原野の中を歩いてゆくと、既に先程の動物の姿がない。

「やっぱりもう逃げてしまったな・・・」と諦めかけた時、数メートル先の笹薮がガサガサと揺れた。

その動物を驚かさないように忍び足で距離を詰めて上からそっと覗き込むと・・・。

動物は笹藪の中で体を丸めて小さくなり、顔だけはしっかりとこちらを向いてじっと僕の方を見据えていました。

「エゾタヌキ」だ。

足の遅いタヌキはこれ以上逃げられない事がわかると、藪の中でじっと動かなくなります。

ちなみにタヌキは更に激しく驚くと気を失うことがあります。

俗に”死んだふり”ともいわれていますが、これは動物学的には自分の意志によるものではなく、反射的に起こる「擬死」行動だといわれています。

難しい話はさておき、この生態こそがあの「狸寝入り」の所以です。

さて、本州ではキツネよりタヌキの方がよく目にするといいますが、北海道ではその逆で通常あまりタヌキを見かけることはありません。

タヌキは愛嬌のある動物として古くから物語の主人公や置物や言葉の形容として用いられてきましたが、身近な動物でありながら人目に触れる機会も少ない為、細かい生態はあまりわかっていないといいます。

人目に触れず森の奥深くでひっそりと生きるエゾタヌキ。

解明などされなくとも良い。

どうか日本古来の動物として、豊かな森の中に、物語の中に、私達のココロの中に生き続けてほしいと願う今日この頃です。

さあ、彼らはこれから大切な繁殖の季節を迎えます。

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2016/05/02

所用で道北方面へ向かった帰り道、通りがかった川を見下ろすと夕闇の川が水鳥で埋め

尽くされていた。

あまりの数の多さに目を疑い、翌日改めて撮影の準備をして再び同じ川を訪れてみた。

川面に下りると、彼らの声がひとつの和音となって周囲に響き渡っている。

水鳥はオナガガモの群れだ。

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ユーラシア大陸北部や北アメリカ大陸で繁殖し、冬季に南へ渡って越冬する。

生息地、越冬地が比較的広範囲に及ぶ為、日本国内でも各地で越冬する姿が見られる。

それにしても見事な数だ。

河原に群れる鳥たちを観察してみると、目を閉じて気持ちよさそうに寝ている者もいれば、

ガーガーと叫びながらあちこち歩き回って、辺り構わず寝ている鳥たちにちょっかいを

掛けている者もいる。

そして、どういうタイミングなのか、時々一斉に飛び立っては頭上をぐるぐると周って

また着水する。

僕にはわからないが、遠くに猛禽でも飛んでいて警戒しているのだろうか・・・。

彼らが水面から舞い上がるたびに空一面が黒く埋め尽くされ、その圧倒的な光景に目を

奪われた。

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人間が「社会」という無数の構成の中で生きているように、鳥たちの世界にも私達には

知り得ない集団の中の自分の位置というものがあるのだろうか。

自然に対する興味や不思議さは尽きることはないが、科学的な視点ではない生き物のココ

ロの内を探るのはなんだか楽しいものだ。

今年も圧倒的な春を実感することができた。

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2016/03/19

久しぶりに森の奥地に入った。

雪の上には小動物の足跡があちこちにある。

大木を見つけるたびに上を見上げ、フクロウやモモンガが営巣しそうな樹洞を探すが、

そう簡単に出くわすものではない。

だいたい、いつも動物との出会いは偶然や不意が多いもの。

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でも、今回はある動物に出会う為にこの森へやってきた。

果たして出会うことはできるのだろうか・・・。

カンジキで森を歩いた後は日没を待って車の中に寝袋を広げてひと寝入りした。

 

目を覚ますと午後5時。窓の外は夕日の残照がゆっくりと闇に変わっていくところだった。

三脚に望遠レンズをセットしている時、少し先の木立の中に小さな動物が走り去るのを

見たが、その後しばらくなにも起こらなかった。

いつのまにか空には丸い月が浮かび、星が瞬き始めてている。

そう、こんな時は動物への期待は捨て、きれいな夜空でも眺めていよう。

山奥で一人静かに満点の星空を眺めるとは、なんて贅沢な時間だろうか。

30分、1時間・・・。

日常とは違うこの時間の流れの中で自然のことや、これから自分がやりたい事などたくさん

の事を考え、いつのまにか撮影の事など忘れて想像の世界へと入り込んでいった。

やがてちらちらと雪が降りだしてきて、ふっと我に返った。

長い時間雪の上に寝そべっていたせいで、すっかりと体が冷えてしまった。

さて、そろそろ戻ろうかと体を起こしてみると・・・、

なんと、ずっと待っていたあの動物が雪の上に立ち止まってじっとこちらの様子を見ている

のだった。

一体いつからこちらを見ていたのだろう・・・。

しかも、近くにもう一頭いるようだ。

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“エゾクロテン”

イタチの仲間で愛嬌のある顔に似合わず、実は肉食でかなり獰猛な動物だ。

これまで偶然何度か目にすることはあったが、夜行性で通常は滅多に人前に姿を現さない

為、今まで本格的にカメラを向けることがなかった。

やっと出会うことができたという喜びを抑えながら、落ち着いてすぐに撮影を開始する

が、これまた難易度が高い。

はじめから想像はしていたが、闇の中で素早く走り回る彼らを写真に収めるのは容易

なことではなかった。

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しかもストロボ光源は眼の反射が起きてしまう為に正面からは当てられない。

ストロボ2灯をそれぞれ別な三脚に取り付けて斜め方向から光が当たるように置いて、

カメラのシャッターにリモートで発光するようセットする。

これで決まればきれいに写るのだが、なにせ彼らはとにかく走り回るので、ストロボの位置

を何度も置き換えての撮影となった。

そんな状態で撮影は夜中まで続き、結局最後まで彼らに遊ばれたまま終わりとなった。

クロテンが目の前から姿を消し、再び辺りが静まり返った。

天を見上げると今も無数の星が輝いている。

今日は山奥深くで素敵な物語を見ることができた。

それだけでココロが充分に満たされていた。

また次回の出会いを楽しみに思いながら寝袋に潜り込んだ。

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2016/02/25

2月、北海道では一年で一番寒い「厳冬期」を迎えるが、今シーズンは

オホーツク海での流氷の接岸が例年以上に遅く、つい数日前のことだ。

そんな中、北海道内の中でも一段と冷え込みの厳しい十勝地方の海岸では

ある自然現象が冬の風物詩となり始めていた。

 

夜明け前。

雪原を越えて海岸に出ると沖合から流れてくる冷たい空気が容赦なく頬を刺した。

まだ暗い海岸を砂浜に沿ってしばらく歩いた。

久しぶりの冬の海はなんと気持ちの良いことだろう。

波の音、冷たい風、凍った砂浜の感触、水平線まで広がる星空。

それは冬の厳しさを越えてここにやってきた者だけが体験できる世界。

程なくして一日の始まりを告げる光が水平線の向こうから昇ってきた。

そして目の前には自然から送られてきた”Gift”。

海岸に打ち上げられた氷が光を受けてオレンジ色に輝き始めたのだ。

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どこまでも透き通り、複雑な形をした氷塊はまるでガラスの彫刻のようだ。

砂浜の上にそっと置かれた氷は、波が寄せるたびに海の中へ消え去り、

そしてまた新しい”Gift”が送られてくる。

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僕は海岸に座り、静かにその情景を見つめた。

いつまでも見ていたい美しい冬の景色。

この景色を見た瞬間、改めて北海道という豊かな土地に感謝し、改めてこの土地

の自然に惹かれてゆく自分をココロの中に感じた。

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2015/12/18

12月に入ってもなかなか雪が降り積もらなかった。

思い描く絵の中にどうしても雪がほしかったのだ。

結局、雪を待っていても時間が過ぎ去るばかりで、

ソワソワしていた僕は我慢できずに出発することに

した。

ここは北海道北部の山間部。

暗闇の湖畔に車を止めて寝袋の中に潜り込んでから

まもなく、遠くから微かにたくさんの鳥の鳴く声が聞こ

えてきた。

耳を澄ましてみるとそれは冬の使者、ハクチョウの声。

その夜は”冬の北の自然”を象徴する声を聴きながら深い

眠りに就いた。

 

夜明け前、まだ暗闇の中をさらりと雪のかぶった草原を

抜けて河原にたどり着くと、突然静寂を破って流れの中

からバシャバシャと激しい音が聞こえてきた。

ドキッとして川の中をのぞき込むと、産卵を終えたサケ

達が最後の力を振り絞って川の流れに抵抗しているの

だった。

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やがて空が白み始めたころ、力尽きたサケを狙って河原の

木に止まるオオワシやオジロワシの姿をあちこちに見つけた。

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彼らは冬になると極東ロシアから北海道に渡ってくる

世界最大級の海ワシ。

体高が90㎝、翼を広げると2.5mという巨体は、遠く

の木の枝に止まっていても存在感は充分だった。

その姿は北方の野生生物の象徴とも言える。

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僕は金色の空がワシの姿を影絵のように映し出す瞬間を

待った。

そして、その時がやってくる。

首を回す、鳴く、羽ばたく・・・。

どんな小さな瞬間も見逃さない様、長い時間ファインダー

から目を離さなかった。

とにかく、青空に変わるまでのわずかな時間が今回の撮影

のすべてだった。

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次回は雪の降り積もった景色の中で彼らを捉えたい。

 

 

 

 

 

 

2015/07/31

北海道の自然や野生動物を写真に記録するという活動を続ける中で、いつの頃からか

北海道の昔のことが気になり始めた。

それは、この北海道の豊かな自然や野生動物達は、昔の人達にとってどのような存在

だったのか、そしてどのように関わってきたのか・・・という素朴な疑問から始まった。

様々なことを調べていく内に先住民はいつ頃から、そしてどこから北海道にやってきて

どんな生活をしていたのかということが気になりはじめた。

思えば北海道に生まれ育った自分でさえ、学校教育では北海道の歴史は明治時代以降の

ことしか教わらなかったように思う。それ以前の時代といえば先住民族が自然と共に暮らし

ていた時代であるが、この時代の事については当時の国の政策や政治的背景が要因で「北

海道には先住民族が住んでいた」という過去形の表現が短く教科書に記されていただけで、

深く触れることはなかったのである。

近頃は博物館や資料館に足を運び、また研究者の方の文献を読み漁る中でアイヌ民族のこと

や、それ以前の時代の人達のことが少しずつわかってきた。

その中でも僕が興味を抱いたのは先住民の精神世界や自然との関わり方であった。

 

先日、博物館を見学していてとても興味深いことを知った。

それは、過去に日本国内で2ヶ所の古代の壁画が発見されたというのだが、驚くべきことに

2箇所のいずれもが北海道内に現存しているという。

早速、その内の1ヶ所に足を運び、実物を目の当たりにした。

それは今から1600年前、本州の弥生時代の終わり頃から古墳時代の初期、北海道の時代

区分では続縄文時代の頃に作製されたものだという。

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(洞窟内に描かれた壁画)

 

岩盤には「角のある人」や「仮面をつけた人」が多数刻まれているが、どんな人が何の為に

刻んだものなのか、現在でもはっきりしたことはわかってはいない。

しかし、シベリアの岩壁画によく見られた「角のある人」が刻まれていることから、当時の

シャーマンを描いたものではないかという説が有力だという。

だとすれば、この頃から北海道に暮らしていた続縄文文化の人達が北東アジアの人々と交流

していたということか・・・。

そして北海道にもシャーマニズムが存在していたということだろうか・・・。

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(写真は上記壁画写真をわかりやすく示した全体図)

 

この壁画は北海道の古代人のたくさんのことを物語っているように思えた。

当時の精神世界を知る上でもとても貴重な遺跡といえるだろう。

古代北海道の探求に更なる興味が募る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015/04/05

近頃は野山にも暖かな風が流れ始めて急速に春が進んでいる。

つい先日までフカフカの雪の上をスノーシューで歩き回っていたはず

なのに、今はもう積雪がぐんと下がって笹の葉が立ち始めてる。

近頃は森の中や田園にキツネの姿を多く見かけるようになった。

この日森の中で出会ったこのキツネはどうやら食べ物を探しているらし

かった。

地面の匂いを嗅ぎながら、忙しそうに木の間を縫うように歩き回っている。

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予期せぬ出会いであったが、僕はとっさに首からぶら下げていたカメラの

ファインダーを覗いて狙いを定めてシャッターを切った。

幸いにもこの日はカメラに300mmの望遠レンズがセットしてあり、

瞬時に程良い大きさでキツネをファインダーの中に収めることができた。

 

捉えたかったのはキツネの可愛らしい姿ではなく、野生らしい表情。

常にせわしなく動き回るキツネであったが、連射した写真の中にわずかに

数カットだけ狙い通りの表情が捉えられていた。

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動物との出会いはいつも不意に訪れる。

そんな時、決まってシャッターチャンスは一瞬だ。

その一瞬を捉えられるかどうかが野生動物写真の決め手であり、

醍醐味である。

この日、野生らしい表情を撮らせてくれたキタキツネに感謝する。

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2015/03/31

高台から沖合を望む。

海を隔てて見えるのはユルリ島。

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無人島であるが、希少な海鳥達の繁殖地として北海道の天然記念物

に指定されている。

本土からはわずか数㎞。本当に目の前に見えるが、残念ながら

島全体が保護されている為に上陸することはできない。

ここは根室市郊外の海岸。

周囲には北海道東部特有の草原が限りなく広がっていた。

海岸から続くなだらかな丘陵地帯にはエゾシカの群れがゆっくりと

移動しているのが見えた。

彼らの足取りにはどこか厳しい冬を乗り越えたことによる安心感が

感じられる。

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ある時、広い草原に座り込んだエゾシカと出会い、少しずつ接近

を試みた。

警戒されないようにしゃがみこんで時間を掛けて一歩、また一歩・・・。

結局、3mまでにじり寄ったが王者は立ち上がる気配もなく、巨大な

角をアピールするようにどっしりと構えてこちらを見据えていた。

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間近でみる巨体に少々圧倒されながらも、彼らの様子に集中しすぎて

おかしな殺気が出ないように、時々視線を遠くに向けてリラックスを

心掛ける。

周囲にいた数頭の若いオスジカも一定の距離を置いている。

どうやら彼らも一目置いているようだ。

刺激しないように少しの間撮影を続けていると、意外にも王者は

暖かい日差しの元でウトウトと居眠りを始めた。

こちらもすっかりとリラックス状態となり、その様子を撮り終えて、

驚かさないようにまたゆっくりと後退してその場を離れた。

自然と一体になって野生動物と対峙できた瞬間は本当に嬉しい。

早春の風に乗って流れてくる潮の香りがなんとも心地良かった。

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2015/03/17

先日、久しぶりにタンチョウの姿を求めて鶴居村を訪ねた。

今年は2月以降に例年にない気温の高さが目立ち、なかなか厳冬の世界を表現できない。

タンチョウの背景にはしんしんと降る雪や早朝の樹氷がどうしてもほしかったが

残念ながら今回の遠征中にその願いを叶えることはできなかった。

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実はここ近年はタンチョウの撮影はご無沙汰していたのだが、最近はもう一度彼ら

の美しさを表現したいと思うようになった。

それにはあるきっかけがあったのだが、彼らの「舞」には言葉を必要としない美しさがあり、

且つ、彼らこそがこの北の大地を象徴する生き物であることを改めて実感したからだ。

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自然はなかなか思い描くような写真を撮らせてはくれない。

でも、だからこそ写真を撮ることの面白さと自然の奥深さを強く感じるのである。

自分の中で自分なりの「追及することの意義」を問い直しながら、これからまだまだ撮影に

挑んでいきたい。

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