2008.11.09

大きいのが好き

cimg4523.JPGcimg4523.JPGcimg4523.JPGcimg4523.JPGcimg4523.JPG

毎回、画像をアップしようとしても

なぜか、うまくいかずできなかった・・・のです。

が、本日とうとうできました~!!!

と喜びたいところですが、なぜに5枚???

*** 

外国人っていうだけで、女性にもててしまう日本。

 そう思いませんか?

その昔、米軍人の友達とよく話題になっていたことです。

アメリカでは、ぜ~んぜん冴えない男でも

日本では、すぐに彼女ができてしまうと。

そんな話で盛り上がった頃から15年以上たった今

うちのセネガリーゼも同じことを申しております。

彼曰く、自分はセネガルにいた頃もモテモテだった。

だから、日本に来たから女性にチヤホヤされるわけではない、と。

ま、100歩譲りましょう。

 笑

 

まっそうやって外国人好きな女性はごく一部なんですが

目立ってしまうんでしょうね。

 

 

では、彼ら外国人はどんな女性を好むのでしょうか?

 

まず、内面的なところでいえば

なんといっても日本人女性は優しくて献身的だというところ。

 

日本人としてはピンと来ないかもしれませんが

他国の気の強い女性をご存知の方なら納得されるでしょうね。

日本人女性が優しくて献身的というのは

イメージだけが先行していることもありますが

日本人が当たり前と感じていることが

外国人にとって感動的だったりもするようですよ。

我が家の例を挙げてみると・・・

雨の日やセネガリーゼが疲れている時駅まで迎えに行く

といった何でもないことです。

 

 

次に、外面的な好み。

これまで知り合った外国人のほとんどが口をそろえて言っているのは

 

「大きなお尻」 と 「大きな胸」

 

なんですね。

「大きな」というのは個人差はありますよ。

大きな大きな女性が好きな人もいれば

細身で出ているところは出ている女性が好きな人もいます。

特にアフリカ系の男性の多くは大きめサイズがお好みらしいです。

ですから、日本人女性は細ずぎるともよく耳にしますね。

そんなことから

大きいお尻と大きな胸が強調されるようなファッションを好みます。

でも、セネガリーゼ(特にうちの夫)に関して言えば 

下半身を露出したファッションはNGなんです。

ものすごく軽いと思われてしまいますから。

大きなお尻に合わせて、しっかりした太ももも大好きなんですが

それは、公衆の面前で露出するものではなく

二人きりの時に・・・ですって。

 

渋谷のコーヒーショップやクラブなどに

戯れている外国人が多くいます。

もし、彼らの目を引いてみたいと思ったら

やはり、「お尻」を強調してみるといいかもしれませんね。笑

 

女性の好みに関しても

日本人と外国人には差があるようです。

 

簡単に日本人と外国人というくくりを作るのは好きではないですが

一般的な大きな違いは確かにありますね。

もちろん人それぞれで個人差はあります。

どこの国の人も同じ人間で赤い血が流れています。

みんな違って、みんないいわけですから

誰かの好みに合わせることも楽しいかもしれませんが

やはり自分らしくイキイキしていることが

一番の魅力なんだろうな~と思います。

 

 

2008.10.11

恥ずかしがり屋

爽やかな秋の空、気持ちがいいですね~。

今日は末娘の運動会でした。

イベントが大好きな娘は数週間も前から運動会を楽しみにしていて

 数日前からは、運動会当日に着る体操服をいつの間にか家で着ていたり

毎晩のように「明日、運動会?」と母に聞いてくるほどだったんですよ。

末娘と同じくらい運動会を楽しみにしていたのは、

母であるワタシよりも、セネガリーゼ(夫)でした。

楽しみにしていたはずなのに、会場に来ても入口近辺から奥には入ろうとせず

まるで『巨人の星』の星ひゅうまのおねえさんが木の蔭から弟の姿をこっそり見ているように

末娘の晴れ姿をこっそりと眺めていました。

なぜこっそりかというと、外国人は目立つのであちこちから視線を感じるのが嫌だから、ですって。

そんな恥ずかしがり屋のセネガリーゼなんですが・・・・・

女性用の洋服屋とか下着屋に入ることは全く恥ずかしくないようです。

というのは・・・・・・・

ちょうど一ヶ月ほど前、ワタクシタチ夫婦は夫婦の危機に陥っていました。

大喧嘩をしてワタシは子供達を連れて家出していたんです。笑。

ケンカ直後セネガリーゼからの電話は着信拒否にして、もちろんメールもすべて無視。

毎日何度も何度も電話をかけてきましたが3日間無視していました。

そして4日目、本格的に荷物をまとめようとセネガリーゼが留守にしている間に家に戻ったのです。

すると、キレイに片付いた部屋のテーブルの上に一通の手紙が・・・。

ありのままを表現したような内容の手紙にほんの少し立ち止まってしまいました。

それから徐々に自分も考え直し、自分自身改めるべきことがあったし、

怒っていたけど嫌いになったわけでもなかったので手紙を読んでから一週間後に家に戻りました。

その間、セネガリーゼは必ず戻ってくると信じて毎日を過ごしていたそうです。

ワタシが戻ったら渡そうとプレゼントまで用意してくれていましたから。

ケンカする少し前に、「新しい下着がほしいな~」とぼやいたのを覚えていたようで

ワタシ達が家に戻るとタイミングを見計らって下着を渡してくれました。

こんな風に、彼はワタシにハッピーになってほしいとケンカしたからという訳でなくても色々プレゼントしてくれます。

けして高価なものではありませんが。

プレゼントだけでなく、休日にはゆっくり寝かせてくれたり、掃除をしてくれたり・・・・

こう挙げてみると、申し分のない夫ですね。

アリガタイことです。3人の子連れを拾ってくれるだけでもアリガタイというのにね。

まっ、そんな訳で女性用の下着店に一人で堂々と行けるけど恥ずかしがり屋のセネガリーゼは

直球型の愛情表現をしてくれます。自分自身に正直に。

ワタシの知っている日本人は皆、変化球型でした。

外国人の中でもうちのセネガリーゼはちょっと特別な感じかな。

感謝感謝です。

2008.09.26

お初もの

初めて出会った外国人とのお話をひとつ。

どうやら自分の記憶の中でインパクトがそれほど大きくないらしく

あんまり覚えてないんだよな~。

あれは確か・・・・

  1990年

  名前は、Frank

若干薄れいている過去の記憶をほんの少し引っ張り出してみたら

 ズルズルと出てくるね・・・・

  軍人なのにちょっと長い髪

  カーリーヘアーだからびよ~んって伸びるんだよ、引っ張ると

  遊んでる時は、前髪をびよ~んて垂らしてたね

  で、仕事のときはかっちり固めて短髪っぽくしてたんだよ

どうでもいいくだらない情報が記憶の引出から出てくる

  そういえば、いつも着ていたパンツは

  最近も流行ったような気がするサルエルパンツ

嗚呼懐かしや・・・

  そうそう、米軍基地近くのクラブで会った

  楽しく踊ったんだっけ、初めて会った日

  腹抱えて笑ったのは覚えてる

奴は何系アメリカ人だったかな

  ネイティブと白人が混ざったような

  でも、ブラックもちょっと入っていたような

  顔は、可愛かった

  日本語は、ほとんど喋れなかった

あら?あたしも英語はほとんど喋れなかった

どうやってコミュニケーションしてたんだろう?

  まだ実家にいたあたしは、自分の部屋からよく電話してたよな

ホントに、どうやって喋ってたんだろう?

   ・・・・・・・

   あっ男と女の英会話みたいな本買ったんだよ

   そうそう、その本片手に一生懸命話したんだよね

それまで興味がなかった英会話を

あの頃から独学で勉強したんだったね。

でも、なんだかわからないアメリカ人の陽気さに惹かれたのか

今まで交際した日本人と違う何かの感覚が excite させていたのか 

Frank と一緒にいると楽しくて楽しくてたまらなかった。

残念ながら、彼とは長続きはしなかったけど。 

 なぜ別れたのか全く覚えてないな。不思議ね。笑。

まっFrankは楽しい思い出の1ページとして

また元の場所にしまっておこうかな。笑。

2008.08.19

■いつも見ているもの(ファル京子)

本日もうだるような暑さです。

我が家の楽しい楽しい夏休みはあったような無かったような。

上二人の子供は、父方のおばあちゃんと旅行に行き

末娘と私は『崖の上のぽにょ』を観に行き、

セネガリーゼは自宅で北京オリンピック観戦。

なんともまとまりのあるファミリーです。

文化の違う者同士、お互いの楽しみを強要しないんですね。

子供たちと川遊びに行こうとか映画に一緒に行こうとか

花火大会に行こうとか、日本人の夏の楽しみに誘っても

我が家のセネガリーゼは行きません。
  なんで?
単純に「イキタクナイカラ」ですって。笑。

相手に無理に合わせようとしないその姿勢、尊敬してしまいます。

なぜかと言うと、ついつい相手に合わせて行動してしまう傾向は

心の健康にはあまり良いとは言えないからです。

生粋の日本人な私は、これまでの人生ほぼ相手に合わせた生き方です。

でも、彼の背中を見ているともっと自分に正直に生きないとな~と思うのです。

彼の背中を見ている私の背中は、子供たちがず~っと見ていますからね。
 
 

2008.08.09

ぶったまげたこと

真っ青な空、もくもくの入道雲、夏ですね~。

いつの間にやら、北京オリンピックなんかも始まっていてビックリしました。

みんな頑張ってますね。

頑張っているといえば、先週はJunkStageのイベントでしたね。

残念ながら参加できませんでしたがJunkの皆様も頑張っていらっしゃいました。

お疲れ様でした。
 

いつだったか、遅く帰宅した夫が空腹だと訴えてきましたが

家の中の食べ物はほぼ食べつくされている時期だったので

何を食べさせようか頭を抱えていたら

  「イイヨ、ジブンデヤルヨ」

 と言いながら、炊飯器の方に向かって行きました。

どんぶりにご飯をよそった次に向かった先は冷蔵庫でした。

日本人なら、何を取り出すでしょうね。

漬物とか梅干しとかマヨネーズとか納豆とか、ですかね。

私なら間違いなくマヨネーズですが。

ところが、うちのセネガリーゼは

【プレーンヨーグルト】を取り出しできました。

それと、お砂糖をもって食卓につくと

どんぶりご飯に、プレーンヨーグルトをかけて、お砂糖をかけて

混ぜ混ぜ混ぜ混ぜ・・・・・・

開いた口がふさがらない私と長女の目の前で

ヨーグルトご飯を「オイシイ、ンーオイシイ」とむしゃむしゃ食べておりました。

でも、本当に美味しいのか疑問に思っているのです。

だってだって、後にも先にもヨーグルトご飯を食べる姿を見るのは

あの時の一度きりでしたから。

チャレナジャーなあなた、是非ヨーグルトご飯をお試しください。

そして、その感想を教えてくださいな。

2008.07.28

■経験を重ねるだけのこと(ファル京子)

日常的に岩盤浴をしている気分になってしまうほど暑い日が続いております。

アタクシはこの暑さ、好きです。

 陽に焼けようが、汗でべとべとしようが、二の腕がプルプルしようが

暑い夏が好きなんですよ。
 

女性の大半は、『老い』に対して不安を抱いているのでしょうね。

日焼け止めも塗らず、毎日スッピンで歩き回るこの私でさえも

『老い』への多少の不安はありますよ。

なんてたって、セネガリーゼの夫は10歳年下ですからね。

そりゃ~敏感にもなりますよ。

だからと言って、老化防止のなんちゃらは何もしてません。

若さって内面から出るものだと思うからです。

どんなに高級な化粧品を使っても

どんなに高価なサプリメントを飲んでも

補正下着で重力に逆らっても

それらが『老い』に対しての不安が原動力ならば

効果は半減されますよね、きっと。

この化粧品の香りや使い心地が大好きで

これを使うのが楽しいとか嬉しいとか、

このサプリメントを飲むととっても元気になる気がするからとか、

この補正下着をつけると体が楽だとか、

そういったことが理由ならば効果は倍増ですよね、きっと。

自分が50歳になったとき、夫は40歳の男盛り。

はたして、若いオナゴへの興味はどうなのか。

 な~んてことを考えたって、どうにもなりません。

そりゃ~若い方がシミやしわもなくお肌プルプルだし

ボディラインもお美しいだろうに。

50年後はどうなんだろう・・・。

もう二人ともお爺ちゃんとお婆ちゃんです。

私はこの世にいない確率の方が高いですね。

先を考え出したらきりがないです。

今を楽しまなくて、どうやって若々しくいられますかって。

ねえ、そう思いませんか?

年齢差に全く抵抗のない夫は

付き合い始めたころ、よく言ってました。

 「誰デモ年ハトルダヨ。人間ダカラネ。」と。

今若い人だってやがて年をとるのだ、

人間は外見ではなく、中身が大事なのだ、

ということを意味のことを何度も何度も言ってくれました。

そうだった、そうだった。

じゃあ、『老い』って恐れる嫌なことではなくて

素晴らしい経験を重ね、どんな教科書にも辞書にも

載ってないような知識が豊富になる喜ばしいこと。

だから、やっぱり心から笑える毎日を過ごせば

いつまでも若々しいし楽しいじゃありませんか。

ということで、多少の不安も今なくなりました。笑。

50年後がとっても楽しみですよ。

生きていれば。爆。

2008.06.30

■生きるって、そもそも(ファル京子)

小さい頃、空を見上げては不思議に思っていたことってありませんか?

私は星空を見上げるたびに考えることがありましたよ。

まず、 

    人は死んだらどうなるんだろう・・・?

どこかの大人から聞いた話によると、人は、死ぬと星☆になる、と。

では、

     毎日毎日世界中でたくさんの人が死んでいる。

    本当に人が死んで星になるなら

    何年も、何十年も経ったら星だらけになって

    いつか夜空が落ちてくるんじゃないか・・・・・

なんて、よく考えていたものです。

もう一つ。

    自分が死んでしまったら、

    今、いろいろ考えている自分はどうなるんだろう・・・?

    自分のすべてが消えてしまうのか・・・。

なんてことも、考えておりました。笑。

人種や宗教によって死後の解釈がそれぞれのようですが

モスリムの信じる死後も独特ですね。

天国だの地獄だの、どうのこうのとね。

で、自分はどんなふうに信じているかというと

ズバリ 『輪廻転生説』 ですよ。

  肉体は滅びても、魂はまた違う新たな肉体をまとい人生を歩む。

なんか難しく書いてるか・・・?

要は、人は何度も生まれ変わるってことですね。

魂だけの状態だと、ものすごく自由で喜びに溢れていると言われています。

ってことはですよ、

生きるってこと自体、そもそも束縛なんじゃないかしら?

なんだかでっかい束縛だよな~。

誰かを束縛したり、束縛されたりなんて

カワイイ話なのかもしれませんね。

当事者は大変でしょうけど。

私がカチャカチャPCに向かっている横では

いつものお祈りをしている夫がおります。

彼らは、死後極楽浄土(これは仏教用語か・・・)の

世界へ行くために、神様のために

毎日5回の祈りを捧げているのでしょうか・・・。

これもまた、生きるという束縛のような気がしてなりません。

まあ、全般的に生きることはなかなか楽しい束縛だと思いますが

この肉体では限られた人生です。

思いきり楽しもうじゃありませんか。

2008.06.25

大きくなったら何になる?

こんばんは。

梅雨らしいお天気に包まれて植物たちは潤っているであろう今日この頃です。

セネガル人についてばかり記してきましたが本日はちょろっとアメリカの血をもつ娘ネタで。

うちの末娘、生まれも育ちもそれはそれは大きくて大きくて・・・・です。

3人目のお産だというのに、この末娘ったら母の尾骨を折ってから

この世に舞い降りてきた大きな大きな天使なのです。

はいっ、上二人は2700g前後でした。

 大きな大きな天使は、3800gでした。

驚くほど大きくはないのですが、ワタシが小ぶりなもので・・・。

上二人とは1kgも違うのですよ。

3人目のお産を考えると、上二人はひどい便秘だったかなと思わせるくらいでした。笑。

ハーフの子供は、3歳までは大きいと聞いていましたが

うちの娘は3歳を半年以上過ぎても大きいままです。

この子の父親は、でっかい人でしたからね~。

お産の後に聞いた話ですが、子供の父親と母親の身長差が

30cm以上ある場合、帝王切開を勧めることが多いそうです。

 ふむ・・・・。

この娘に、「大きくなったら何になりたい?」と

3歳になる前に聞いたことがあります。

すると、子供っていうものは大抵自分が大好きなキャラクターだの

アイドルだの先生だの看護婦さんだのというものです。

しかし、わが娘の答えは

「お肉屋さん!^^」

なんとな?

はいっ、うちの末娘は何よりもお肉が大好きなのです。

可愛いじゃありませんか。

お肉屋さんになったら、好きなだけお肉が食べられると思っているのでしょうね。

で、最近はセネガル人に「お肉作って!(お肉焼いて)」と度々言われることがあるので

人に作ってあげるのが嫌なのか、お肉をあげるのが惜しいのか、

「やっぱりアイス屋さんになる。。。」

と。

気が変わっても食べ物屋さんが基本のようです。

我が多国籍ファミリーは、顔も性格も食の好みもみんな違うのです。

『みんな違って、みんないい』

救われます。

2008.06.09

■心に矢が刺さった瞬間。

夫の愛を心地良く感じた数日後には、「いつか君から去るかもしれない・・・」なんて夫に言われてしまった京子です。
こんにちは。
5年前の私なら、そんなことを言われたら撃沈してこの世の終わりかと思わせるくらい暗~くどんよりした面持ちになっていたことでしょう。
でも、今の私は違います。全
く動じないわけでもありませんが、結構へっちゃらです。
けして図々しくなったわけではありませんので、悪しからず。(笑)

甘く切ない恋の味・・・と言えば、確かレモンの味でしたよね。
レモンの果実というよりは、レモンキャンディーのイメージなのかな。
あらっ?レモンの味は、ファーストキスの味でしたっけ?ん~。

ファーストキス、忘れもしない中学一年生の・・・何月だったかな?
・・・いつかは定かでないですが、あの時のビジュアルとハートの感覚は鮮明に覚えてます。
もちろん、唇の感触も。
多くの人が同じような思い出をもっているのでしょうね。

その、ファーストキスの相手が初恋の相手かというと、ちょっと違いますね。
その子に告白され、恋に憧れていた少女がなんとなく付き合い始めてしまった、といったところでしょうか。
では、初恋はいつだったか。
何十年分もの記憶の回路を辿ってみたら、光り輝く思い出の扉がありました。

あれは、二十歳の誕生日パーティーと称して仲間と米軍基地内のクラブへ行ったときのことでした。
ある友人のボーイフレンドが友達を何人か連れてくると聞いていたので、彼氏募集中だった私はウキウキワクワクしていました。

当時は週末になると夕方からいつもの仲間が私の家に集まり、シャワーを浴び、マニキュア(今のようにネイルアートなんてない時代です。笑)を塗り、化粧をして、ヘアを整えながら、みんなでおしゃべりしながら何時間も鏡に向かっていました。
当然、音楽をがんがんに流しながらです。
あの頃流行っていたのは、GUY、HiFive、アンボーグ(スペル忘れました)、それからBOYZⅡMENなんかの曲でした。
特に好きだった曲は、HiFive の I like the way でしたね。
知ってる人いるかな・・・。
我が家でのおめかしが終わると、私の小さなポンコツ車に乗り込み、やはり音楽をがんがんに流しながら米軍基地に向かって行ったものでした。

友人とそのボーイフレンドと待ち合わせをしていたクラブの入り口に着いた時です。
友人とそのボーイフレンドにsay helloをし、隣に初めて会うブラックアメリカンらしくないライトスキン(肌の色が薄めのこと)で大きな瞳の長身のブラックアメリカンを目にしたその時、生まれて初めて何かが私の胸にズキュ~ンと刺さった瞬間でした。
ファーストキスの思い出よりも、リアルに刻まれている感覚なのは言うまでもありません。

そして、いつも一緒におしゃれをしている友人の一人も、胸に何か刺さったのかどうかはわかりませんが、同じ人を気に入ってしまったのも同じ瞬間だったようです。
それから、クラブに入り、踊ったり飲んだりして楽しい時間を過ごしつつ、友人を気にしながら、片時も私に矢を射止めた彼から目を離さなかったのでした。

Slowな曲がかかり始めカップルは更に甘い時を過ごす頃、私と友人とその彼は同じテーブルを囲みました。
「出身地はどこ?」「いつから日本にいるの?」「日本は好き?」
そんな在り来たりの会話を弾ませ、友人も私も彼を気にっていることはお互い承知のこと。
でも、「今回だけはごめんね、あたし譲れない」なんてことを友人に言った記憶もチラホラ蘇ってきました。
恐らく、友人も「ごめん、あたしも譲れない」なんてことも聞いたような・・・。
それで、どうしたかって?
ふふふ
その彼に、友人と私のどっちがいいか選ばせたのです。
後にも先にもこんな経験たった一度きりでした。
もちろん、友人とはどっちが選ばれてもお互い恨みっこなしという約束も交わしました。
「さあ、あなたはどっちを選ぶ?」
その数秒後、私は二つ目の何かを彼に指されたのでした。

思い出すたびに、あの時のドキドキがリアルに蘇り、時折あの時に戻れたら・・・なんて思うこともある素敵な初恋の思い出でした。

2008.06.02

■Happy Birthday to ME!!!(ファル京子)

関東地方、梅雨入りしたようですね。昨年より20日も早いそうですよ。
晴れると暑い、雨が降ると寒い・・・寒暖の差が応えてしまうほど大人になった京子です。
いつからか、ちょっと寒いだけで無意識のうちに暖房のスイッチに人さし指が届いている気がします。

先日、ワタクシはまた一つ大人になったのです。
年を重ねるごとに、誕生日を喜べない人もかなりいるのではないでしょうか。
「お誕生日オメデトウ♪」とお祝いの言葉を伝えても「めでたい年でもないけどね・・・」と返してくる人も少なからずです。
誕生日はいくつになってもめでたいでしょ?私はそう思いますよ。
だって、あなたがこの世にやってきた最初の日。
その日から今までず~っと頑張って生きてきたのですからね。
誕生日には、一年間よく頑張ったね、これからまた一年楽しもうね、と自分にエールを送ってあげないと。

ワタクシのお誕生日当日、なんと夫は仕事を休んでくれたのですよ。
ビックリしましたね。嬉しいことです。ありがたいことです。
一カ月も前から、出かける度にあちこちのお店を歩き回り私へのプレゼントを探していたのです。
そのプレゼントのほかに、ケーキも数日前に予約してくれていたし、外食にも連れて行ってくれました。
そうそう、夫は床屋に行き身だしなみも整えていました。

セネガル人、粋なことするじゃん!

率直な感想です。
しかし、セネガルでは人の誕生日に重きをおいていないようです。
親は子供の誕生日を覚えていないし、夫婦でもお互いの誕生日を覚えていない、
でも、子供は親の誕生日を覚えているのだとか。
当然、子供やパートナーの誕生日祝いなんてするわけもないですね。

そんな国の人に今回のようなお祝いをしてもらうと本当に感涙モノです。
37回目の誕生日にして、初めて他人から自分の存在価値みたいなものを評価してもらったような気がします。

いくつになっても、お祝いしてもらうのは嬉しいものです。
自分の子供たちが生まれてきてくれた時の喜びと感謝の気持ちを思い出して、今年の子供たちの誕生日は大切なお祝いを意識してみようかと思いました。

来月には長女の誕生日がきます。とっても難しい思春期の娘は何をしてあげたら喜ぶかな。

Next »