2015/01/28

第28回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2014/2015』(その6) ( ラテンアメリカ ) – 『私たちの50年!!』関連ブログ – Yahoo!ブログ// // <!–

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第28回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2014/2015』(その6)
(その6)は、2015年に入ってからの正月の出来事です。今年は、久し振りにサンパウロの文化協会主催の新年会に砂古さんが蝶ネクタイで出席されマリコさん、徳力さんとご一緒に写真を送って呉れていますので今回は、これを使わせて頂く事にしました。松村さん、五十嵐さんも出席しておられたとの事で賑わったようです。
77歳で現役に復帰され新しくアトム電器チエーン泉南岬店、店長として起業され『岸和田健老大学』に100歳まで在学、世界放浪を120各国に設定されて今後の残りの人生を謳歌すると賀状に宣言された井ノ口宏さんの心意気が清々しいです。第28回バーチャル座談会は、その7、その8で終了する事に成りそうです。1月10日(土)に一応皆さんのご発言受付を終了しており出来るだけ早く残りの部分をホームページに収録したいと思います。
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2015/01/27

第28回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2014/2015』(その5) ( ラテンアメリカ ) – 『私たちの50年!!』関連ブログ – Yahoo!ブログ

第28回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2014/2015』(その5)

 

http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=1736

 

(その5)は、前田さんの入院日記を4000字近く収録しました。年末の関心事の話題として残して置く事にしました。既にご自宅に戻られてイぺー君達の待つ畑でリハビリに努めて居られる事でしょう。愈々新しい期待の2015年に突入し皆さんの新年の御挨拶を取り上げていますが、昨年の最後を飾るトロントに置ける丸木夫妻の新年を迎える舞踏会に置ける写真が届いており(その5)をこの写真で飾らせて頂く事にしました。【行く年来る年】として皆さんの年末年始のご発言をホームページに残して置くと何年後かに紐解くとこの時期の事を思い出す縁になるでしょう。是非皆さんのご発言を記録しておきましょう。

aaaa 無題 marukisan

 

2015/01/27

第28回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2014/2015』(その4) ( ラテンアメリカ ) – 『私たちの50年!!』関連ブログ – Yahoo!ブログ// // <!–

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第28回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2014/2015』(その4)
(その4)は、しゅくこさんの午年の元旦に生まれたピーナッツと年末の別れの2014年最高の写真と共に≪ありがとう≫から始まりました。写真もこのしゅくこさんとピーナッツの写真を使わせて頂いています。
普段はお仕事で忙しく投稿が少ない内田さんが年末のご自宅でのリラックスで色々と書き込んで呉れています。
愈々『私たちの50年!!』の皆さんへの賀状公開と共に年末年始の挨拶が飛び交っています。これからがバーチャル座談会の佳境に入って行きます。皆さんのご発言をお待ちしています。
写真は、今年2014年を飾るしゅくこさんとピーナッツの皆が認める今年最高の写真で飾ります。
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2014/12/31

第28回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2014/2015』(その3)

 

http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=1734

 

(その3)は、前回の(その2)の書き直し追加書き込み等により『花咲爺さんの会』の年次報告的な井川会長関係の書き込みがずれ込みました。伊豆山さん、相田さん、砂古さんのグリーチングカード党もこの(その3)にずれ込んでいます。 その他は、私事で恐縮ですが私のカトリック大学卒業40周年関係、恵子の書道に置ける最優秀賞受賞等の後、しゅくこさんのヨーロッパ旅行の第1報が入りました。この2014年末に砂古さんの思いつくままに富田さんの渾身を込めたメキシコ小話、駒形さんのブラジル小話?等が届いていますが、別枠としてHPに残す事にして敢えてバーチャル座談会には収録していません。御了承下さい。 (その3)の写真は、これも私事になり恐縮ですが11月4日に生まれた3人目の孫、洋君(HIRO)の両親と散歩を楽しむ写真を記念に残して置きたいと思います

PHOTOS POA 049 075

 

2014/12/31
第28回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2014/2015』(その2)
(その2)は、また身分証明書関係と術後の手当ても兼ねて来伯、暑いブラジルのクリスマスを楽しんでおられる中平マリコさんがグラマード、カシアスから長いお便りを寄せてくれており、その後の交信が届きそれを同じ場所に掲載する事にした為、字数制限の為一部の書き込みを(その3)に譲る事になり公開していた≪その2≫を書き換える事になりました。従い『花咲爺の会』の年次報告的な井川会長のお便りととコメントが総て収録出来なくなり有隅先生のご発言以下が(その3)に廻ってしまいました。。
(その2)の写真は、恵子が描いた花咲爺の会のメンバーの皆さん宛のイぺーの花を使わせて頂きました。
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2014/12/31
第28回バーチャル座談会『新春放談、行く年来る年2014/2015』を開始します。(その1)
今年は、昨年より1週間遅れで12月12月13日(土)から1月10日の第2土曜日までの皆さんの書き込みを拾って今年もバーチャル座談会として残して置きたいと思います。余り溜まると整理が付かなくなるのでせっせとBLOG掲載分を集めてホームページに収録して置きたいと思います。その1は、西郷さんの腰痛手術とその経過報告が中心に成りました。2014年の出来事、2015年への展望をこの時期に語りあい記録に残して置く良い機会ですので是非お便り下さい。
(その1)の写真は、しゅくこさんが送って送ってくれた『落ち葉の散歩道』を使わせて頂きました。
aaaa 14.12.8 落ち葉の散歩道
2014/12/30

少し早いですが、MLの皆さんに新年の挨拶状を送ります。

新年に入ってからにしようと思っていたのですが、12月26日(金)の午前中に事務所に出てイぺーのカードを井川さんに送る時にこの私たちの50年の皆さん宛の謹賀新年のカードも井川さん宛に送って置きました。多分1月10日のバーチャル座談会終了日までに届かないかも知れないのでいち早く投函と同時に皆さんに送って置く事にしました。

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2014/11/30

ベレン・トメアスー訪問記(終) 日本への郷愁感じた取材旅行 14/11/24  サンパウロ新聞WEB版より 

           

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敬老会前に行われた高齢者向け健康診断
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川幅が短いアカラーのバルサ乗り場
  【一部既報】梅田大使一行は笹原農場を後にし、トメアスー(クワトロ・ボッカス)へと戻る。
 帰路、CAMTA(トメアスー総合農業協同組合)の坂口フランシスコ理事長の車に再び便乗させてもらっていると、来年3月ごろからトメアスー市から3キロ、クワトロ・ボッカスから約10キロ離れた間の場所に大学の分校が完成するという話を聞かされた。
 その土地は戦前、坂口理事長の母方の父親(祖父)がトメアスー市から購入したものだったという。第二次世界大戦で没収されて同市の土地となっていたが、その後坂口家に返還。このたび大学の分校を建てるため、一族にとって思い入れのある38ヘクタールの土地を寄付した坂口理事長は「今後一生、トメアスーの歴史に残ると思う」と個人の目先の利益よりも地域の将来を考えて決断したようだ。
   ◎   ◎
この日(9月20日)午後7時半からは、トメアスー文化農業振興協会(ACTA、乙幡敬一アルベ ルト会長)会館で梅田邦夫大使夫妻の歓迎夕食会が開催され、会員ら約200人が出席。梅田大使は、同日トメアスーの各機関等を視察したことに触れ、現在ア グロフォレストリー(森林農法)などで世界から注目されている同地の日本人・日系人の活躍を褒め称えた。さらに、第2移住地に続く舗装道路の整備など日本 政府としてできる限りの協力を行っていくことを強調していた。

 主催者及び来賓のあいさつに引き続き、平成26年度公館長表彰として在ベレン領事事務所を通じて日本政府から、長年トメアスー地域で農業に従事してきた峰下興三郎氏(75)、高橋茂雄氏(63)、伊藤ジョージ氏(59)の3人に梅田大使から表彰状が手渡された。
 また、乾杯の音頭を取った第1回アマゾン日本移民の山田元(はじめ)さん(87、広島)は、入植から85年がたったことについて「感無量の一言に尽きます。人間持ちつ持たれつで、皆さんのお世話になって生かされております」と述べ、充実した表情を浮かべていた。
   ◎   ◎
 翌21日は午前9時半から同地での敬老会が行われたが、予定時間から約40分遅れて開催。敬老会の前には、会場となったACTA会館でアマゾニア日伯援護協会の巡回班が高齢者を対象にした健康診断を実施していた。
 記者はその日の夜の便でサンパウロに戻るため、トメアスー発ベレン行きの午前10時半のバスに乗らなければならない。時間の都合上仕方なく、敬老会の取材をあきらめて帰路のバスに乗った。
 サンパウロに戻るのは夜だが、往路のブジャルーのバルサ(いかだ)に1船乗り遅れた経緯から、できるだけ早めにベレンに戻っておきたかった。
 ところが、帰路のバスは今まで乗車したことがなかったアカラー回りだった。結局、約3時間と往路の半分の時間でベレンに着いたのには拍子抜けした。途中、アカラーでもバルサで川を渡るのだが、こちらはプジャルー経由の往路と比べて川幅が200メートルほどと短い。
 炎天下の中でバルサに乗っていると、60代前後と思われるブラジル人女性がなぜか弁当に入ったおにぎりと卵焼きを「食べないか」と勧めてくれた。不思議に思っていると、トメアスーに住む日本人の家からの帰りだと聞いて納得した。
 バルサの船上で日本式のおにぎりと卵焼きを食べられるとは夢にも思わなかったが、アマゾンで日本への郷愁を感じることができた取材旅行だった。(おわり、松本浩治記者)

2014年11月22日付

2014/11/30

ベレン・トメアスー訪問記④ 森林農業を親子で実践する笹原家族 14/11/21  サンパウロ新聞WEB版より

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EMBRAPAで関係者の話を聞く梅田大使(左から2人目)ら
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笹原さん(後列中央)の農場を訪問した梅田大使一行
 CAMTA(トメアスー総合農業協同組合)の坂口フランシスコ理事長の車に便乗し、車内で話を聞いているうちに午後2時半にEMBRAPA(ブラジル農牧調査研究公社)に到着した。
 同施設敷地内で梅田大使一行を囲んで、EMBRAPA関係者の話を聞く。それによると、日本人のアマゾンの農業への貢献は主にコショウ栽培とジュート(黄麻)栽培が挙げられるが、1970年代にパラー州GDP(国内総生産)の30%を占めていたコショウ栽培は現在、2%にも満たないという。
 同公社は現在、クプアスーやアサイーなど熱帯果樹の新品種を研究しているが、今後は農業技術員の育成施設に変えていきたいとの考えもあるそうだ。

 梅田大使からの「JICAとの協力関係については」との質問にEMBRAPA関係者は、JICAを通じて第3国へのアグロフォレストリー(森林農法)の技術移転を挙げ、コロンビア、エクアドル、ペルーの3カ国に今年だけで30人の育成を行っていると答えた。

 梅田大使は「せっかく良い生産物を作っても道路が悪ければ運べない。日本政府もできる限りの協力をしますので、ぜひEMBRAPAからも(伯側に)働きかけていただきたい」と要望していた。

 同敷地内には「ムルシー」と呼ばれる熱帯果樹の実や花を付けたさまざま樹木が試験用に植えられており、梅田大使夫妻は「良い匂いがしますね」などと言いながら表情を和ませていた。
 一行は第2トメアスー移住地内にある「笹原農場」へと向かう。
 午後3時、同農場に到着。主人の笹原富雄さん(75、山形)と一人息子の邦一(くにかず)さん(47、2世)が出迎えてくれた。
 時間が限られているので、農場の一部を車で案内された後、大きな家の軒の下で梅田大使一行に冷たい飲み物や果物が振る舞われた。
 その間、梅田大使が笹原さんに質問し、熱心にノートを取っていた。
 CAMTAの組合員である笹原さんの土地には、ドミニカ産とブラジル産を交配したマホガニー(モギノ)と、カカオ、バクリの熱帯果樹やカスターニャ・ド・パラーなどが一緒に混植されており、25ヘクタールは原始林としてそのまま残しているという。
 現在、息子の邦一さんがカカオ生産を中心とした森林農法を継いでいるが、7人いる孫のうち、2人が農業関係で働き、1人は農大に通い、別の1人は森林技師として従事しているそうだ。
  1962年に第2トメアスー移住地の第1次入植者として同地に入った笹原さんは、「当時は逃げ出したくても経済的に逃げ出せなかった。その辛抱が今の形に なった。金は残せなかったが、開拓してきた土地を孫の代になって元の原始林に戻すことができた。自分がやって来たことを子や孫が理解してくれることがあり がたい」と充実した表情で語り、陽に焼けた顔をほころばせた。(つづく、松本浩治記者)

2014年11月20日付

2014/11/30

ベレン・トメアスー訪問記③ 何とか梅田大使一行に合流 14/11/18  サンパウロ新聞WEB版より 

 

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CAMTAのジュース工場で何とか梅田大使一行に間に合った
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坂口理事長の車に便乗し、次の目的地へ
 梅田大使のトメアスー各施設の訪問予定では、午後1時にトメアスー総合農業協同組合(CAMTA)のジュース工場を視察した後、午後2時には約30キロ離れたEMBRAPA(ブラジル農牧調査研究公社)に向かい、その後第2トメアスー移住地の日本人農業生産者の農場に行くと事前に聞いていた。
 何とかCAMTAのジュース工場で梅田大使一行に合流しないと、その後の取材は全くできないことになる。時計を見ると既に午後1時半。
 地元のバイク・タクシーを頼んだがなかなか来ないので、投宿した店番のブラジル人の若者が「10レアル出せば俺がバイクでジュース工場まで行ってやる」という。時間も迫っていることもあり、仕方なくバイクの後ろにまたがった。
 十字路(クワトロ・ボッカス)を通り過ぎ、幹線道路をバイクで15分ほど行くと右手にCAMTAの工場が見えた。工場内敷地にバイクごと入れてもらい、地元文協関係者たちに事情を説明すると、丁度梅田大使夫妻一行が乙幡会長と、CAMTAの坂口フランシスコ理事長の説明を受けて工場から出てきたところだった。
 工場の説明は聞けなかったものの何とか一行に合流でき、次の訪問地に向かうため、坂口理事長の車に便乗させてもらった。

 車内で坂口理事長にジュース工場の生産量や過去最高に値段の良い(9月20日時点)コショウやカカオについて聞く。
  それによると、冷凍ピューレ(ポルパ)の生産量は昨年5000トンで年々増えているという。アサイーが全体の40%を占め、残りはクプアスー、アセロラ、 マラクジャなど。特にアサイーは日本のフルッタ・フルッタ社(東京)と業務提携しており、数年前からトメアスーに同社の事務所も開くなど、CAMTAでの アサイーの生産量は「3年前に比べて3倍に増加している」(坂口理事長)そうだ。
 コショウは「今まで見たことがない値段」と坂口理事長が驚くほどで、生産者の手取り分で黒コショウが1俵1000レアル、白コショウが1俵1500レアル。その7割がアルゼンチン向けで、残りの3割はアメリカ、ドイツ、日本に輸出されるという。
 また、カカオはニューヨーク市場の値段で、1トン当たり3000~3200ドルで取引されている。
  現在のCAMTAの組合員数は約160人。うち、3割は非日系で全体の会員数も増えている。「一番のポイントはいくら生産性や値段が上がっても、会員数が 伸びないと持続性も止まる。何と言っても持続性が最も大事」と坂口理事長。「値段が上がるのはうれしいが、下がった時のことも考えて対応していく必要があ る」と気を引き締めている。
 1989年から6年間、日本で出稼ぎ経験のある坂口理事長は、95年にトメアスーに戻ってき た時、防犯対策として地元の日系人たちと当番でパトロールを行ったことがある。その中で「盗難防止を完全に解決するためには、地元の住民に農業を教えてい かなければならない」と悟った。
 CAMTA会員の小長野道則氏(55、鹿児島)が地元民たちになぜ窃盗を行うのか聞いたところ、「自分たちは日系人の下で働いているだけで、自ら農産物を作ることはできない」との返答で「農業を覚えたい」との希望があることを知ったそうだ。
 小長野氏はそのことをきっかけに20年以上にわたって地元民に農業生産技術を教授。そうしたことを踏まえてCAMTAでは、トメアスーの各地に農業技術指導員を派遣して毎年2軒ずつ育苗施設を増やし、現在は13軒の施設がある。
 地元民の生活を農業によって安定させることで、地域の治安維持を図っている。(つづく、松本浩治記者)

2014年11月18日付

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