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2009/06/24

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私が早稲田大学の第1政経学部、政治学科を目指したのは、矢張り赤い絨毯への憧れでブラジル移住と云う人生の選択をしていなければ国会議員は無理だったかも知れませんが多分県会議員か市会議員程度にはなっていたのではないかと思います。早稲田ではESSに入り1年目の夏季合宿までは参加しましたが合宿先の野尻湖で先輩が30分以上英語でしゃべり続けると云う練習を見ていてこれは付いていけないと諦めてしまった。現在はポルトガル語で一日中生活しているのですから語学は、コミュニケーションの手段であり目的ではないと思うのですが。。。政治学会と云うサークルで理論付けをして雄弁会で実戦活動として淡路島を中心とした関西遊説に参加したり、新宿駅で伊勢湾台風の犠牲者への義捐金集めを大きな酒樽を並べて遣ったりしていました。 

60年安保が強硬採決された晩に国会議事堂前に泊まり込んだ事は前回触れましたが、安保闘争後は、良い意味で政治への挫折感も感じ在学中に海外に行こうとの気分が目覚め世界地図を広げて「さてどこにするか?」と迷いました。ビジネスの世界ならアメリカ、芸術の世界ならヨーロッパ、水があればアフリカ(政治学会の先輩がエジプトに出向いていた)とか選択肢があるが何と言っても日本以外で日本人が一番沢山住んでおり移住と云う形で比較的簡単に行け且安全性に富むブラジルと云う選択が自然な帰結として浮かび上がって来たのは矢張り中学2年生の時にテープ拾いに神戸の埠頭に移民船を見送りに出掛けた時の事が頭に残っていたのでしょうか? 

2年の秋の早稲田祭で海外移住研究会と云う泥臭い名前のサークルの存在を知り「これだこれだ」とばかりに入会、汚い部室に入り浸りすることになりブラジル移住関係の書物を読み漁った。翌年の春休みには前述の予備校から一緒だった九州出身の谷 広海君、坂本 翼君に加藤 広文君、黒木 麓君、田辺 重徳君を誘い九州7県を各3日づつ合計21日間を掛けて『移住思想啓蒙遊説』を実施した。各弁士がどうすれば移住出来るか?海外移住の意義、移住の形態とその手続き方、沢庵貿易と移住の経済効果、各国の移住の歴史、ブラジルの見所(観光案内)等書籍から得た知識の受け売りの話を大きな講堂で丸刈りの目を輝かせて聞いている農業高校、漁業高校、商工業高校等の高校生の中から何人かは移住した者もいたかも知れないと思うとその罪滅ぼしとしても谷君や私はブラジルに移住せざるを得なかった次第です。 

早稲田の3年目の生活は、ブラジルへの移民船に東京都の移住者として乗り込む為の農業従事証明書を取得する為に保谷にあった酪農農家の桜井牧場に住み込みで入り千葉県の農家出身で夫婦で牛の乳絞りを遣っている方の役に立たない助手として毎朝、早く起きて乳絞りを手伝った。移住研の仲間や学生移住連盟のメンバーの拓大の松田潤一郎君等が面白がって泊まりがけで良く手伝いに来て呉れた。夜遅く良く冷えた牛乳を勝手に取りだして飲んでいる所を主人の桜井さんに見付けられてこっぴどく叱られたり凍てつく寒い日に近くの銭湯に行くと下駄をはいて満天の空を仰ぎながら戻る道で手拭いが凍りついて棒に成ったのに驚いた事があった。当時はまだ東京の空も星が輝き綺麗な空だと感心したのを覚えている。 

ブラジルに渡るのに東京都の農業移住者として『南米旅行社』を通じて南伯の農業移住者としての呼び寄せ状を取り寄せて貰った。幾ら手数料を払ったか記憶がないがそれ程高額ではなかったと思う。コロニアで結構有名な佐渡金工業という豆電球を作っている会社の山本勝造社長のカッポン・ボニートと云う町にある農場で働くと云う名目の呼び寄せ状でサントスに到着後は自由に遣って良い(働きたければ農場で使っても良いし豆電球工場で仕事をしても良い)との事でしたが農場には行かなかった。山本さんが存命中に何かのレセプシオンでお会いした時に呼び寄せて頂きブラジルへの道が開けた事に対し感謝しているとお礼を述べた時にブラジルに来たい若い人たちに門戸を開けた事は大変幸せだったと屈託なく答えて居られたのを覚えています。 

昔は、若い者に夢を与え人生の選択として移住と云った道を渡航費の10万2千円を貸し付けて移民船に乗せて呉れる海外協会連合会と云う県単位の組織があり移住者の窓口を扱っていた。学生の身分で潜り移住者として早稲田を3年で休学2年間の予定で南米を回る計画を経て趣意書を回し金まで集めて勇躍あるぜんちな丸の第12次航に乗り込む事になった。

 簡単にと思っていたが結構長く成ってしまったが、次回は、やっとあるぜんちな丸での船内生活に入れる見込みとなった。写真は、早稲田在学当時参加していた政治学会の夏季合宿の写真、雄弁会の関西遊説の写真、樺美智子さんを悼むとのプラカードを持っての抗議デモの写真と下記URLで紹介されている『早稲田大学海外移住研究会実習研修生派遣。』掲載の写真です。http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/biografia.php?cod=75

2009/06/24 10:11 | ブラジルと私 | No Comments

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