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2015/03/31

リオ五輪まであと500日=間に合うか競技場建設=メダル数10位を狙う伯国 ニッケイ新聞WEB版より

リオ五輪の準備状況を説明する、エドゥアルド・パエス・リオ市長(Beth Santos/Prefeitura do Rio de Janeiro)
リオ五輪の準備状況を説明する、エドゥアルド・パエス・リオ市長(Beth Santos/Prefeitura do Rio de Janeiro)
 24日に五輪開幕まであと500日となったリオ市だが、環境保護区に建設中のゴルフ場への反対運動や、ヨット競技の行われるグアナバラ湾の浄化など、開幕までに解決するべき課題がまだ多く、メダル獲得数上位10位以内に入るという目標もある。南米初の五輪開催の準備状況や競技力の展望を24日付伯字各紙が報じている。
ヨット競技会場のグアナバラ湾に流れる下水の80%を五輪までに取り除くという目標は09年に出されたが、未だに半分も達成されておらず、同湾に流れ込む水で浄化処理がされている水は35%にすぎない。
14年に始まった湾に浮かぶゴミの回収計画も今年2月に予算不足で中断されたが、カルロス・アルトゥール・ヌズマン伯国五輪委員会(COB)委員長は、「過去の五輪でも水質問題はあった。リオ州はかなり浄化を進めてきたし、昨年8月のプレ・イベント時も不満は出なかった。条件は皆同じ、実力、準備、コンディションが一番勝ったものが勝つ」と楽観とも詭弁ともとれる発言を繰り返すばかりだ。
112年ぶりに五輪に復帰したゴルフ競技も、リオ五輪開催にあたっての悩みの種の一つとなっている。リオ市が自然環境保護区の一部をゴルフ場建設用地に決め、高層建築なども認めたため、リオ州検察が建設中断を求める訴訟を起こしているからだ。
リオ市では、五輪向けに170億レアル規模の公共交通への設備投資計画がある。最大の投資対象はイパネマ区とバラ・ダ・チジュッカ区を結ぶ16キロに及ぶ地下鉄の延伸工事だが、伯国設計院(IAB)はリオ市郊外を走る鉄道の駅を整備し、地上を走る地下鉄にする方がよほど重要でコストも安いとしている。
競技面に目を移すと、COBは10年にリオ五輪で獲得メダル数上位10位に入るという目標を掲げている。そのためには30個程度のメダル獲得が条件だが、伯国の過去3大会でのメダル獲得数は10個、15個、17個にとどまっている。
COBは、男女階級別で19個のメダル獲得のチャンスがある柔道をはじめ、およそ10種目にメダル獲得の可能性があると見ている。
2015/03/29

≪得した気分に≫ 山下さんからのお便りです。

山下@リオです

ある方に、オリンピックの記念通貨が流通していますよと、耳打ちされ、手元の硬貨を調べたら2枚ありました。

得した幸せな気分です。

bbbb yamasita kouka Sem título

中銀のサイトによるとこれだけ種類があるようです。

bbbb yamashita kuka 2 Sem título

なぜ、そんなに大騒ぎするかって?

Mercadolivre.com.brで価格を見てください。

2015/03/29

RS州に置ける修好120周年記念オープニングセレモニの招待状が届いていました。

 JOSE IVO SARTORI州知事と梅田 邦夫ブラジル日本国大使名で47日午後4時半から修好120周年を祝う式典を州知事公邸(PALACIO PIRATINI)の大広間で開催されるとの事でその招待状が留守中に届いていました。式典前に州経済開発、科学、技術担当ブランコ長官と日本企業家との懇談会が行われる予定で後藤領事からポルトアガル語から日本語への通訳をするようにとの依頼を受けておりお手伝いに行く予定にしています。

届いていた招待状を貼り付けて置きます。

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http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada/48100514.html

 

2014/12/30

少し早いですが、MLの皆さんに新年の挨拶状を送ります。

新年に入ってからにしようと思っていたのですが、12月26日(金)の午前中に事務所に出てイぺーのカードを井川さんに送る時にこの私たちの50年の皆さん宛の謹賀新年のカードも井川さん宛に送って置きました。多分1月10日のバーチャル座談会終了日までに届かないかも知れないのでいち早く投函と同時に皆さんに送って置く事にしました。

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2014/11/30

ベレン・トメアスー訪問記(終) 日本への郷愁感じた取材旅行 14/11/24  サンパウロ新聞WEB版より 

           

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敬老会前に行われた高齢者向け健康診断
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川幅が短いアカラーのバルサ乗り場
  【一部既報】梅田大使一行は笹原農場を後にし、トメアスー(クワトロ・ボッカス)へと戻る。
 帰路、CAMTA(トメアスー総合農業協同組合)の坂口フランシスコ理事長の車に再び便乗させてもらっていると、来年3月ごろからトメアスー市から3キロ、クワトロ・ボッカスから約10キロ離れた間の場所に大学の分校が完成するという話を聞かされた。
 その土地は戦前、坂口理事長の母方の父親(祖父)がトメアスー市から購入したものだったという。第二次世界大戦で没収されて同市の土地となっていたが、その後坂口家に返還。このたび大学の分校を建てるため、一族にとって思い入れのある38ヘクタールの土地を寄付した坂口理事長は「今後一生、トメアスーの歴史に残ると思う」と個人の目先の利益よりも地域の将来を考えて決断したようだ。
   ◎   ◎
この日(9月20日)午後7時半からは、トメアスー文化農業振興協会(ACTA、乙幡敬一アルベ ルト会長)会館で梅田邦夫大使夫妻の歓迎夕食会が開催され、会員ら約200人が出席。梅田大使は、同日トメアスーの各機関等を視察したことに触れ、現在ア グロフォレストリー(森林農法)などで世界から注目されている同地の日本人・日系人の活躍を褒め称えた。さらに、第2移住地に続く舗装道路の整備など日本 政府としてできる限りの協力を行っていくことを強調していた。

 主催者及び来賓のあいさつに引き続き、平成26年度公館長表彰として在ベレン領事事務所を通じて日本政府から、長年トメアスー地域で農業に従事してきた峰下興三郎氏(75)、高橋茂雄氏(63)、伊藤ジョージ氏(59)の3人に梅田大使から表彰状が手渡された。
 また、乾杯の音頭を取った第1回アマゾン日本移民の山田元(はじめ)さん(87、広島)は、入植から85年がたったことについて「感無量の一言に尽きます。人間持ちつ持たれつで、皆さんのお世話になって生かされております」と述べ、充実した表情を浮かべていた。
   ◎   ◎
 翌21日は午前9時半から同地での敬老会が行われたが、予定時間から約40分遅れて開催。敬老会の前には、会場となったACTA会館でアマゾニア日伯援護協会の巡回班が高齢者を対象にした健康診断を実施していた。
 記者はその日の夜の便でサンパウロに戻るため、トメアスー発ベレン行きの午前10時半のバスに乗らなければならない。時間の都合上仕方なく、敬老会の取材をあきらめて帰路のバスに乗った。
 サンパウロに戻るのは夜だが、往路のブジャルーのバルサ(いかだ)に1船乗り遅れた経緯から、できるだけ早めにベレンに戻っておきたかった。
 ところが、帰路のバスは今まで乗車したことがなかったアカラー回りだった。結局、約3時間と往路の半分の時間でベレンに着いたのには拍子抜けした。途中、アカラーでもバルサで川を渡るのだが、こちらはプジャルー経由の往路と比べて川幅が200メートルほどと短い。
 炎天下の中でバルサに乗っていると、60代前後と思われるブラジル人女性がなぜか弁当に入ったおにぎりと卵焼きを「食べないか」と勧めてくれた。不思議に思っていると、トメアスーに住む日本人の家からの帰りだと聞いて納得した。
 バルサの船上で日本式のおにぎりと卵焼きを食べられるとは夢にも思わなかったが、アマゾンで日本への郷愁を感じることができた取材旅行だった。(おわり、松本浩治記者)

2014年11月22日付

2014/11/30

ベレン・トメアスー訪問記④ 森林農業を親子で実践する笹原家族 14/11/21  サンパウロ新聞WEB版より

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EMBRAPAで関係者の話を聞く梅田大使(左から2人目)ら
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笹原さん(後列中央)の農場を訪問した梅田大使一行
 CAMTA(トメアスー総合農業協同組合)の坂口フランシスコ理事長の車に便乗し、車内で話を聞いているうちに午後2時半にEMBRAPA(ブラジル農牧調査研究公社)に到着した。
 同施設敷地内で梅田大使一行を囲んで、EMBRAPA関係者の話を聞く。それによると、日本人のアマゾンの農業への貢献は主にコショウ栽培とジュート(黄麻)栽培が挙げられるが、1970年代にパラー州GDP(国内総生産)の30%を占めていたコショウ栽培は現在、2%にも満たないという。
 同公社は現在、クプアスーやアサイーなど熱帯果樹の新品種を研究しているが、今後は農業技術員の育成施設に変えていきたいとの考えもあるそうだ。

 梅田大使からの「JICAとの協力関係については」との質問にEMBRAPA関係者は、JICAを通じて第3国へのアグロフォレストリー(森林農法)の技術移転を挙げ、コロンビア、エクアドル、ペルーの3カ国に今年だけで30人の育成を行っていると答えた。

 梅田大使は「せっかく良い生産物を作っても道路が悪ければ運べない。日本政府もできる限りの協力をしますので、ぜひEMBRAPAからも(伯側に)働きかけていただきたい」と要望していた。

 同敷地内には「ムルシー」と呼ばれる熱帯果樹の実や花を付けたさまざま樹木が試験用に植えられており、梅田大使夫妻は「良い匂いがしますね」などと言いながら表情を和ませていた。
 一行は第2トメアスー移住地内にある「笹原農場」へと向かう。
 午後3時、同農場に到着。主人の笹原富雄さん(75、山形)と一人息子の邦一(くにかず)さん(47、2世)が出迎えてくれた。
 時間が限られているので、農場の一部を車で案内された後、大きな家の軒の下で梅田大使一行に冷たい飲み物や果物が振る舞われた。
 その間、梅田大使が笹原さんに質問し、熱心にノートを取っていた。
 CAMTAの組合員である笹原さんの土地には、ドミニカ産とブラジル産を交配したマホガニー(モギノ)と、カカオ、バクリの熱帯果樹やカスターニャ・ド・パラーなどが一緒に混植されており、25ヘクタールは原始林としてそのまま残しているという。
 現在、息子の邦一さんがカカオ生産を中心とした森林農法を継いでいるが、7人いる孫のうち、2人が農業関係で働き、1人は農大に通い、別の1人は森林技師として従事しているそうだ。
  1962年に第2トメアスー移住地の第1次入植者として同地に入った笹原さんは、「当時は逃げ出したくても経済的に逃げ出せなかった。その辛抱が今の形に なった。金は残せなかったが、開拓してきた土地を孫の代になって元の原始林に戻すことができた。自分がやって来たことを子や孫が理解してくれることがあり がたい」と充実した表情で語り、陽に焼けた顔をほころばせた。(つづく、松本浩治記者)

2014年11月20日付

2014/11/30

ベレン・トメアスー訪問記③ 何とか梅田大使一行に合流 14/11/18  サンパウロ新聞WEB版より 

 

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CAMTAのジュース工場で何とか梅田大使一行に間に合った
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坂口理事長の車に便乗し、次の目的地へ
 梅田大使のトメアスー各施設の訪問予定では、午後1時にトメアスー総合農業協同組合(CAMTA)のジュース工場を視察した後、午後2時には約30キロ離れたEMBRAPA(ブラジル農牧調査研究公社)に向かい、その後第2トメアスー移住地の日本人農業生産者の農場に行くと事前に聞いていた。
 何とかCAMTAのジュース工場で梅田大使一行に合流しないと、その後の取材は全くできないことになる。時計を見ると既に午後1時半。
 地元のバイク・タクシーを頼んだがなかなか来ないので、投宿した店番のブラジル人の若者が「10レアル出せば俺がバイクでジュース工場まで行ってやる」という。時間も迫っていることもあり、仕方なくバイクの後ろにまたがった。
 十字路(クワトロ・ボッカス)を通り過ぎ、幹線道路をバイクで15分ほど行くと右手にCAMTAの工場が見えた。工場内敷地にバイクごと入れてもらい、地元文協関係者たちに事情を説明すると、丁度梅田大使夫妻一行が乙幡会長と、CAMTAの坂口フランシスコ理事長の説明を受けて工場から出てきたところだった。
 工場の説明は聞けなかったものの何とか一行に合流でき、次の訪問地に向かうため、坂口理事長の車に便乗させてもらった。

 車内で坂口理事長にジュース工場の生産量や過去最高に値段の良い(9月20日時点)コショウやカカオについて聞く。
  それによると、冷凍ピューレ(ポルパ)の生産量は昨年5000トンで年々増えているという。アサイーが全体の40%を占め、残りはクプアスー、アセロラ、 マラクジャなど。特にアサイーは日本のフルッタ・フルッタ社(東京)と業務提携しており、数年前からトメアスーに同社の事務所も開くなど、CAMTAでの アサイーの生産量は「3年前に比べて3倍に増加している」(坂口理事長)そうだ。
 コショウは「今まで見たことがない値段」と坂口理事長が驚くほどで、生産者の手取り分で黒コショウが1俵1000レアル、白コショウが1俵1500レアル。その7割がアルゼンチン向けで、残りの3割はアメリカ、ドイツ、日本に輸出されるという。
 また、カカオはニューヨーク市場の値段で、1トン当たり3000~3200ドルで取引されている。
  現在のCAMTAの組合員数は約160人。うち、3割は非日系で全体の会員数も増えている。「一番のポイントはいくら生産性や値段が上がっても、会員数が 伸びないと持続性も止まる。何と言っても持続性が最も大事」と坂口理事長。「値段が上がるのはうれしいが、下がった時のことも考えて対応していく必要があ る」と気を引き締めている。
 1989年から6年間、日本で出稼ぎ経験のある坂口理事長は、95年にトメアスーに戻ってき た時、防犯対策として地元の日系人たちと当番でパトロールを行ったことがある。その中で「盗難防止を完全に解決するためには、地元の住民に農業を教えてい かなければならない」と悟った。
 CAMTA会員の小長野道則氏(55、鹿児島)が地元民たちになぜ窃盗を行うのか聞いたところ、「自分たちは日系人の下で働いているだけで、自ら農産物を作ることはできない」との返答で「農業を覚えたい」との希望があることを知ったそうだ。
 小長野氏はそのことをきっかけに20年以上にわたって地元民に農業生産技術を教授。そうしたことを踏まえてCAMTAでは、トメアスーの各地に農業技術指導員を派遣して毎年2軒ずつ育苗施設を増やし、現在は13軒の施設がある。
 地元民の生活を農業によって安定させることで、地域の治安維持を図っている。(つづく、松本浩治記者)

2014年11月18日付

2014/11/30

ベレン・トメアスー訪問記② ブジャルーでバルサに乗り遅れ 14/11/17  サンパウロ新聞WEB版より 

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ブジャルーのバルサは満杯で1船乗り遅れることに
 翌9月20日午前7時、ベレン市のバスターミナルからトメアスー行きのバスに乗車。梅田大使一行が、同地に正午ごろに到着し、昼食後にトメアスーの日系団体及びブラジルの各施設や第2トメアスー移住地を訪問すると聞いていたので、事前にトメアスー文化農業振興協会の乙幡(おっぱた)敬一アルベルト会長に連絡し、同日午後0時半に協会前で待ち合わせすることになっていた。
 ベレン~トメアスー間はこれまでバスで何度も行き来した経験があり、20年前の土道とは違ってここ10数年で道路は奇麗に舗装整備され、ベレンからトメアスーまで4~5時間もあれば余裕で到着すると思っていた。しかし、この考えが甘かった。
 ベレンからグァマ川を渡るバルサ(いかだ)のあるブジャルーまで普段は約1時間強で行けると思っていたが、予想以上に時間がかかり、同地に着いたのが午前9時過ぎ。おまけに、バルサには既に数多くの大型車が満載状態で、着岸していたバルサには結局、バスは乗ることができなかった。
 バルサは約1時間ごとにしか運航せず、バスの運転手に聞くと、次の午前10時のバルサに乗るしかないと両手を広げた。さらにトメアスーの到着予定時刻を聞くと、早くても午後1時になるという。一瞬、頭の中が真っ白になった。
 「乙幡会長との約束時間に間に合えへんがな」―。
 今時不思議に思われるだろうが、記者は携帯電話というものを持っていない。慌てて、近くの壊れかけた公衆電話(オレリョン、今や死語か)に走ったが、案の定壊れていて通話ができない。仕方なく、次のバルサに同乗したブラジル人に「金を払うから、携帯電話を貸してくれ」と言うと、「番号を言ったら、コレクトコールで掛けてあげる」と言われ、仕方なくそれに従った。
 「あー、乙幡会長ですか。バスが午前9時のバルサに乗れずに、そちら(トメアスー)に着くのが午後1時ごろになるというので、約束の時間に間に合わないんですよ。すみませんが、後から追いかけますから、先に(予定先に)行っておいてください」と伝えると、「分かりました。CAMTA(トメアスー総合農業協同組合)のジュース工場には午後2時まで居ますから、それまでにジュース工場に来てください」と乙幡会長の憮然とした表情が頭に浮かぶ声が耳に響いた。
 「まあ、こうなった以上、慌てても仕方ないやろ」―。
 そう自分に言い聞かせて、はやる気持ちを抑えた。
 バスは午前10時のバルサに無事乗ることができ対岸へと渡り、トメアスーに向けて再び走り出した。しかし、途中の道沿いで地元民を何回も乗車させるので、バスの中は通路も含めて満員状態に。一応エアコンは付いているのだが、熱気で暑さが増してくる。
 それでもトメアスーには無事、午後1時前に到着した。
 まずは翌日ベレンに戻るバスチケットを購入。汎アマゾニア日伯協会で事前予約してもらっていたホテルに荷物を置くために投宿しようとするが、その場所が分からない。地元のブラジル人にそれらしきホテルを聞いてみるが、首を横に振るばかり。5年ぶりのトメアスー訪問でベレン市在住の人から「そのホテルはいい所ですよ」と聞いていたので、そちらに予約してもらったが、肝心の場所が分からないのでは話にならない。きちんとホテル名を聞いておかなかったことを後悔したが、「後の祭り」。そうしている間にも時間は刻々と過ぎていく。
 仕方ないので、以前泊まった目抜き通り(ジオニシオ・ベンテス通り)沿いの安ホテル(1泊40レアル)に泊まることにして必要のない荷物を置き、梅田大使一行が訪問中と思われるCAMTAのジュース工場へと向かうことにした。(つづく、松本浩治記者)

2014年11月15日付

2014/11/30

ベレン・トメアスー訪問記① 梅田大使夫妻も訪問、行事盛り上げ 14/11/14 

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ベレンでのアマゾン移民85周年式典で披露された琴の開幕演奏
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43年ぶりに再会した佐藤さん(左)と岩坂さん
アマゾン日本人移民85周年記念で
 【一部既報】去る9月19日、20日の両日、パラー州のベレンとトメアスーでそれぞれアマゾン日本人移民入植85周年記念関連行事が開催された。これらのイベントには、在ブラジル日本国大使館の梅田邦夫大使夫妻もブラジリアから出席し、節目の年を祝福するとともに、来年の日伯修好120周年に向けて同地域での協力を呼び掛けた。同記念イベントで梅田大使夫妻が歩いた訪問地などを取材し、同地域の現状について話を聞くとともに、記者が見聞きし体験した四方山(よもやま)話を紹介する。(松本浩治記者)
 9月19日は、ベレン市内の汎アマゾニア日伯協会でアマゾン日本人移民85周年記念式典が行われる日とあって、同協会内は15日から開催されていた第27回日本週間での各種イベントもあり、関係者たちは式典準備などで慌しい雰囲気に包まれていた。
 同日午後過ぎに梅田大使夫妻がベレンに到着し、生田勇治汎アマゾニア日伯協会会長と、同協会前事務局長の堤剛太氏が、空港まで出迎えた。

 その後、午後3時からは協会に隣接している「レストラン博多」で大使夫妻歓迎会が開かれ、地元日系団体関係者ら約50人が出席した。

 梅田大使はあいさつで、生田会長と堤氏が空港で出迎えてくれたことに触れ、「初めてお会いしましたが、これまで新聞などで何回も写真を見せてもらっていたので、懐かしい感じがしました」と述べ、会場の雰囲気を和ませた。
 さらに梅田大使は、生田会長が2009年の入植80周年時のあいさつの中で「苦労だけではなく、明るくなれなければやっていけなかった」という記述に触れ、「一人の人間として尊敬の念を禁じえない」と褒め称えた。 
 生田会長は歓迎会後、梅田大使の印象について「話し方がスマートで、過去のアマゾン関連の記念誌などをよく読んで勉強していましたね」と評価していた。
 同日夜は午後8時から、汎アマゾニア日伯協会内の神内講堂でアマゾン日本移民入植85周年を記念した第27回日本週間の開会式典が開催。延べ約500人が詰め掛け、梅田大使夫婦も出席した。
  式典では、ベレン琴の会(丸岡邦子会長)メンバーと元JICAシニアとして同会に琴指導を2年間行った山田裕子(ひろこ)さんらによる合同開幕演奏が花を 添えた。また、1929年に入植した第1回アマゾン日本移民の生存者4人に記念メダルが授与されたほか、日本政府の平成26年度公館長表彰も実施。ベレン 市内では及川定一氏(70、医師)、丸岡義夫氏(67、元日伯協会会長)、長島登志子ジュリア氏(49、ブラジル連邦裁判所事務官)、ルイス・フェルナン デス・ロッシャ氏(56、パラー州公安局長)の4人に表彰状が授与された。
 第1回移民でこの日唯一出席した山田イザウラさん(86)は、日々の生活で「ランの花を栽培するのが楽しい」と話し、「大分と年を取った気がします」と笑いながら、表彰された喜びを表していた。
岩坂氏と佐藤氏 43年ぶりの再会果たす
 また、この日の会場では、日本からの訪問者の案内などで来伯していた(株)アルファインテル南米交流(東京本社)の佐藤貞茂代表取締役が、ベレン市在住の岩坂保さん(97、福岡)と43年ぶりの再会を果たした。
  岩坂さんは1955年、ゴム移民としてパラー州ベルテーラに入植した経験がある。その後、数々の商売を手掛け、タバコの香料になる「クマルー」という実を アレンケールから船でベレンに持ち込むなど、高齢ながら今も現役で商売を続けている。 佐藤さんは学生時代にアレンケールで岩坂さんに会って世話になった といい、この日の式典会場では互いに驚きながらも旧交を温めていた。(つづく)

2014年11月14日付

2014/10/31
ポルトアレグレでもジャカランダの花が見頃になって来ました。
サンパウロより1ヶ月近く遅い開花ですが、ポルトアレグレでもジャカランダの花が見頃になって来ており目を楽しませて呉れています。あちこちにジャカランダのトンネルが見られるようになるでしょう。日本でも結構あちこちに咲いているようで熱海のジャカランダは有名です。もっと普及すれば嬉しいのですが。。。
ポルトアレグレの咲き始めのジャカランダを紹介して置きましょう。
水車小屋公園にある私のジャカランダはまだ3分咲きでしたがリオに行く前の恵子に撮って貰った1枚を最後に貼り付けて置きます。
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