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2016/07/13

いよいよNBDL最後の年。

3連覇を目指したシーズンがスタート。

外国人選手は日本初のインド人プロ契約選手。
インドのナショナルチームの代表選手の、
身長213センチのAJと204センチのAP選手が参戦。

ヘッドコーチの田方くんは来年度は福岡大学の
講師となることが決まっていてラストシーズンとなります。

ご存知のようにサッカーの川淵さんの登場による
永年の問題であったBJとの統合が解決され、
2016年の秋よりJリーグのような、
バスケットリーグのBリーグがスタートします。

参入条件には、
1)独立法人の運営母体の存在、
2)経営上の収支状態、
3)行政の全面支援(80%のホームゲーム開催など)、
4)収容人数3000人あるいは5000人のアリーナ確保、
が4つの柱としてあります。
エクセレンスもこの参入条件をクリアし、
Bリーグに参戦する方向でシーズンを戦う一方で
その準備が始まりました。

参入の障壁は高く、フロントスタッフは
3年前のエクセレンスの立ち上げや
2年前の資金難の時に負けず劣らずの
多忙状況に陥りました。

おかげ様で川淵さんのご理解も得ることができ、
Bリーグ、2部の中地区に参入許可を
いただくことができたのです。

まだまだクリアしないといけない条件が残っています。
アリーナの問題は最大の問題です。
とりあえず、シーズンオフに小豆沢体育館の
改修工事をして1200人程度にはなるようですが、
3000人や5000人のアリーナはできるのかは
まだ確定ではありません。
板橋は全面協力いただけますが
アリーナ問題は一筋縄ではいかない課題です。
経営上の問題をクリアするために、
Bリーグでは現状の社団法人ではなく
運営母体は、あらたに立ち上げる株式会社へ
興行権を譲ってやっていくことを決めました。

次年度の対応にこれほど追われた1年は
なかったといえますが、
Bリーグのリーグスポンサーにソフトバンクも決まり
バスケ界が何か変わるかもしれない予感はあります。

2016/05/06

2シーズン目が始まりました。
西山共同代表を主体とした経営方法にシフトして
わたしはなるべく表に出ることなく、
東京エクセレンスの選手とチームそのものを価値として
スポンサーを取りお客を集めグッズも売っていく
という最も理にかなったやり方で進むことになりました。

私がハーフタイムで話すことや
スラムダンク勝利学と結びつけることや
ホームページにおけるわたしのコメントもなしにして、
進んでいくことになったのです。

わたしは0年から1年目に作ってしまった
多大の借金を背負って
全力でエミネクロスで返していくという
重い課題を背負ってやっていくことになりました。
すべては私が決めて始めたことですから、No Excuseです。

チームは外国人選手ジョーだけが移籍し
マッカーリー選手1人は残ってくれました。
他の日本人選手は全員が残留。
ヘッドコーチのマイクは日立のヘッドコーチに昇格移籍
アシスタントの田方コーチがヘッドコーチとなり
チームはスタートし、シーズンを戦いました。

レギュラーシーズンは豊通に続き2位でしたが
昨年に続きプレイオフで優勝し二連覇。
天皇杯でもベスト8入りをかけて
インカレ優勝の筑波大学を破りベスト8進出。
経営は西山さんの方法で安定してきました。

板橋区でも少しずつ地域に根付きはじめ
アカデミーの生徒も着実に増えて
基礎の基礎が整え始めた2014年シーズンでした。

1年目の悩みとはまた違い、理念の浸透や私の立場の模索など
別の悩み多き2年目だったと今にして思います。

集まり散じて人は変われど仰ぐは同じき理想の光
というわたしの好きな言葉がありますが、
どうやって”仰ぐは同じき理想の光”を輝かせるのかに悩みが大です。

2016/02/03

いろいろな課題を抱えながら1年目のシーズンは始まりました。

開幕戦は板橋区の小豆沢体育館に入りきれないほど満杯で、
クレームが出てしまいましたが、嬉しい悲鳴です。

しかし、その後の集客は思ったようにいかず、
入場料収入が、見込みより大幅にダウンして誤算が続きます。
資金繰りが次第に苦しくなってきました。
さまざまな対策を私の方で講じながら、対応して行く日々が続きます。

チームは順調に白星を重ね、リーグ戦は前半が終わって
豊通と優勝争いを演じるほどに好調でした。

お正月の天皇杯。
天皇杯への出場は、クラブエクセレンスの頃から、
いいえ、子どもの頃からの夢でしたので感無量でした。
1回戦、2回戦と勝ち抜き、ベスト8をかけて
三菱電機とやりましたが10点差ほどで力尽きました。

選手たちは本当によくやってくれていました。
天皇杯も終わり、後半戦に突入し、いよいよ資金繰りが苦しくなり、
チームスタッフ全員を呼んで状況を話し、
みんなにも協力してもらうことになり、
しばらくは苦しい中、皆でしのぐことになりました。

シーズン終わりにOFというIT会社の西山社長とお会いして
助けていただけることになりました。
救世主です。

バスケをもともとやられていた方で温厚なビジネスマンです。
私の理念主導の経営から、西山さんには共同代表になっていただき
ビジネス的に経営を見直すことになりました。

1年目のシーズンはあっという間に終わり、
プレイオフでは決勝で豊通を破り、見事優勝することができました。

たくさんの苦労がありましたが、
優勝することで選手もスタッフもフロントもエネルギーをもらうことができ、
2年目に突入していくことになります。

2015/12/01

とにかく理念共有型の新しいプロチームを
誕生させたかったので理念を語り続けました。

スポーツは文化である。
耕し人間として豊かになる人間活動だと。

チームの次はフロントスタッフたちです。

彼らこそがプロスポーツチーム成功の
キーパーソンたち。

東海大学のマネージャーとして
しっかり仕事をしてきた今村洸太、

昔私の秘書をやっていた石川純子、

わたしのオフィスで広報していた
日大女子バスケのマネージャーだった津野真理子、

関東学連で剛腕を振るっていた水野晴菜、

学連で水野の後輩だった小田愛美、

そしてキッズやクリニックのコーチとして
鹿屋体育大学卒の金本陽、

通訳志望の立教大学卒業の
バイリンガル阿部モニカ、

チアディレクターの
慶應大学チア経験のある新條恵美子、たちです。

超頼りになるどんなことにもくじけずに
楽しくやれるメンバーたちです。
よくこんなに素晴らしいメンバーが集まってくれたと心から感謝します。

そして、理念の共有者として行政です。

板橋区長はいち早く私たちの理念に賛同いただき
東京のホームタウンの1つとして名乗りを上げてくださいました。
本当に感謝申し上げます。

行政の理解なくして、地域に根差した理念共有型の
プロスポーツは実現できないですから。

区のスポーツ振興課、教育委員会、産業振興課はもちろん体育協会、
観光協会、商店街、町会の重鎮たちも区長のご紹介で挨拶周りが始まったのです。

さらにはスポンサーです。
いわゆる広告露出性のスポンサーは取れないことがわかっていたので、
まずは私との人間関係から始まるお願い、
CSRとしての価値、理念への賛同、
私の本業でのキックバック、プラス少しの広告宣伝価値を
理解いただく企業さん周りを日夜行いました。

スポーツの理念を届けること、
スポーツを地域に根差したものにすること、
そして収益を上げるようお金を集めることなど
人生最大の試練が日々続きます。

ドクターとしても小さな会社の経営者としても
メンタルトレーナーとしてもやったことのない道の
とてつもないプロジェクトです。

2015/10/06

チーム参入とそれを動かす社団法人の設立。
東京エクセレンスのスタートです。

まずはチームづくり。
選手の獲得など理念への理解者、
あるいは理解できるポテンシャルのある選手、
そしてもちろんチームスタッフもそうでなければなりません。
核となる安心の選手たちが何よりも大事です。

クラブエクセレンスの時からの付き合いのある宮田論選手
慶應大学でもクラブでも交流のある石田タカキ選手
キッズのチームエミネで育った西山選手
やはりクラブで数年交流のある斉藤豊選手です。

それにもともともメンタル的にもしっかりしている
東海大学キャプテンの狩野祐介選手と、
その代の新卒メンバーが加わりました。

選手獲得のためのトライアウトも実施。
60人ほど受けて飛田選手だけ合格。

フロントスタッフは、ヘッドコーチのこれまたクラブエクセレンスで
選手だった付き合いの長いマイケルオルソン氏。
少しずつチームの形が見えてきました。

マイクがヘッドコーチになったことで、
エイジェントを通すことなくアメリカへの直接のルートができ
人格的に優れていて、安くても日本でプレイしてくれる
外国人選手が探しやすくなりました。
ありがたいことです。

その結果、ジョーヲルフィンガー選手211センチ、
マッカーリサンダース選手200センチを獲得することができました。

試合だけでなく、エクセレンスに相応しいこと、
理念をさまざまな形で伝えていくことをコミットした、
若手からベテランのチーム編成のコアが整いました。

その後、少しずつ選手とチームスタッフが、
エクセレンスのチームに相応しいメンバーとして集結。

6月に初めての合宿を行い、向かう方向の確認を行いました。
プロチームの運営には、まだまだやらなくてはならないことが死ぬほどあります。

2015/07/28

2012年に東京初の
NBDLプロチームとして参入決定し、
運営母体として
一般社団法人カルティベイティブスポーツクラブを
立ち上げました。

スポーツは文化であるという理念を
具現化する使命を果たすために
立ち上げたプロチームですが、
その思いを東京新聞に掲載いただいた記事を
板橋区長がご覧になって
ご連絡いただきました。

板橋区と協定を結ぶことができ
ホームタウンも決定。

選手は慶應大学の時にメントレをしていて
その後さまざまなところで活躍の石田剛規選手、
クラブセクセレンスから長い付き合いの宮田論選手、
クラブエクセレンスでこの数年活躍の斉藤豊選手、
そしてチームエミネのバスケ塾で育ち
能代工業から駒澤大学で活躍した西山達哉選手を
中心にチームが誕生しました。

プラス新卒の3人。
東海大の狩野選手、日大の飛田選手、
専修大の樋口選手です。

理念への理解とともにチームも出来上がっていきます。

ヘッドコーチはクラブエクセレンスの選手
でもあったマイケルオルソン。
アシスタントコーチと育成コーチは
九州人のナイスガイ2人が決定。
田方コーチと金本コーチ。

フロントスタッフも
東海大学のOBOGでスタート。
人は最低限揃いました。

やらなくてはいけないことは
予想をはるかに超える量で
エミネクロスの仕事やスタッフも
巻き込まれてしまいました。

社会的意義のある活動と
信念を持ってスタートしていますが、
資金繰りなどは多難です。

人生最大の勝負といえる活動が
2012年始まったのです。

▼東京エクセレンスのホームページはこちら
http://tokyo-excellence.jp/

2015/05/28

 
個人のアスリートや経営者への
メンタルトレーニング。
 
関係のないさまざまな個人が集まって
集団でトレーニングするワークショップ。
 
ライフスキルを磨いて
マインドマネジメントに
個人として活かしていただいている方々が
徐々に増えてきました。
 
本当にありがたいことです。
 
 
一方、企業からは
産業医やメンタルトレーニングの依頼も
多くなってきましたが、
 
社風をフローに導くような
コンサルティングというか
プロジェクトの依頼も増えてきました。
 
会社をフローカンパニーに導くことで、
会社の雰囲気はもちろん、
業績や変革対応力やモラルの向上に繋がります。
 
社風を変えるシステムや仕組みは重要ですし、
経営トップからのメッセージや思いも大事です。
 
わたしの社風創りは
個人の変革を重視しています。
 
個々が組織の風土を生み出しているからです。
 
One for Teamが結局
Team for Oneを実現していくのです。
 
個は何でできているかといえば、
脳と心。
 
揺らがず・とらわれずのフロー状態の心が
いい社風を生み出していくので、
 
1人でも多くの個が
セルフマインドマネジメントできる脳を磨くことが
何よりも大事になります。
 
その脳づくりに企業が投資してくれるのです。
 
個が脳の習慣、
即ち思考の習慣を新たに身に着けて行くことで、
個の心に変化が生じ、
それが組織全体の風土に影響していく
という仕組みです。
 
 
どのプロジェクトでも
社内に2割程度の個人変革を積極的に
自分のため、会社のためにやれる人を見つけ
トレーニングしていくのです。
 
チェンジエージェントとも呼びますが、
わたしはフローリーダーとも呼称しています。
 
このような企業の社風変革プロジェクトは
わたしの遣り甲斐でもあり、
そのような企業とのご縁を願ってもいます。
 
このような見えないものへの投資をする企業が
明らかに増えているようにも感じるこの頃でもあります。
 
 
 
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フローカンパニープロジェクトへのお問い合わせはこちらまで。
お気軽にどうぞ!
 
【Mail】info@doctor-tsuji.com
【Tel】03-5459-1572

2015/03/30

 
長らくお世話になっていた
港区・乃木坂のオフィスから、
渋谷区・代官山のオフィスに引っ越しました。
2011年の冬のことです。
もう3年半が過ぎます。
 
私のクライアントの方で
代官山の駅前に
住宅兼オフィスを構えて
バリバリデザインの仕事をされていた
女性経営者の方より
お話しをいただいた物件です。
 
当初は、特別の価格で
入ることができました。
 
代官山はおしゃれな場所だとは
知っていましたが、それまでは
行ったことがありませんでした。
 
 
不思議と私のオフィスの周辺には
あとから人が集まる名所が誕生します。
 
乃木坂の頃は、
六本木ヒルズ・六本木ミッドタウンが誕生し、
閑静だった場所が変貌しました。
 
代官山は高いビルは建ちませんが、
私が引っ越してから
あの有名な蔦屋の本屋さんが誕生し
代官山の名物の1つになりました。
 
六本木ヒルズ内のTSUTAYAさんを
大学生の娘たちは気に入っていましたが、
最近は代官山蔦谷がお気に入りです。
 
 
オフィス内もフローな空間を
少しでも創造したいと
かなりこだわって改装しました。
 
お気に入りの空間であり、
お気に入りの場所になりました。
 

青山はファッションの香りのする
素敵なところでした。
 
とても気に入っていました。
 
しかし、代官山はファッションに加えて
文化的な香りのする街です。
 
 
今、CCC蔦屋さんとコラボで
2020年の東京オリンピックに向けて
スポーツを文化にするイベントを企画しています。
 
スポーツ選手との対談ではなく、
文化人と言われる方をゲストにお招きして
私がファシリとなって、
彼等とスポーツを語るという
ユニークなイベントです。
 
今ゲストの選定と出演交渉の段階です。
 
スポーツを文化にする
面白いイベントが出来そうなので
ワクワクしています。
 
みなさんもお楽しみに。

 
これも代官山にオフィスを移したからこそ
実現したことだと思っています。
 
代官山をもっと楽しみたいと思います。
 
 
図1

2015/01/26

ワークショップの誕生については
以前述べさせてもらいました。
 
その後、ワークショップの中味については試行錯誤。
 
みなさんの大切な時間とお金を
投資してもらうわけですから・・・。
 
目的は人生の質を上げるため、
パフォーマンスの質をあげるため、
人間関係の質をあげるために
極めて重要な心の状態をフローというようなご機嫌な感じに
マネジメントするあるいは切り替える、
あるいは整えるメソッドを提供します。
 
知識と意識と体感とシェアがキーワードなので
それぞれが決められた時間の中で実行できるように
プログラムしないといけません。
 
全部で6日間のプログラムを
ベーシックとステップアップとワンデーとで
分けて行う内容で伝えたいことはぎりぎりです。
 
結構ハードな内容になってしまいましたが、
いくら熟考してもそれよりも削るところはないのです。
 
 
今では17期生までに広がり、
400人くらいの方がすでに受講していただき
人生に変化を感じてくださいました。
 
ありがとうございます。
 
プログラムの内容自体は大きな変化はないのですが、
わたし自身の考え方とプレゼンの方法、
持ち出す事例、
みんなでディスカッションするスポーツ選手の話題は
変化しています。
 
特に私の考えに進化があります。
 
当初はフロー化のために行動型のメソッドを
ライフスキルとして伝えていましたが、
今ではライフスキルの醍醐味は
思考そのものにあるのだということに気づかされました。
 
わたしの辻メソッドの売りはまさにそこにあります。
 
思考にはエネルギーがあり、
行動をしなくても心の状態に変化が生じるのです。
 
心にフローな風を吹かせる思考の習慣は人生を変えます。
 
しかもそれは従来のプラス思考やポジティブシンキングとは
全く違う思考です。
 
わたしはこれを禅脳思考と呼んでいます。
 
宗教とは関係ないですが、
禅的な思考のエッセンスが取り入れられているからです。
 
ワークショップは参加者がもっとも変化する
わたしの最も好きな仕事です。
 
2015年さらにブラッシュアップしていきますのでお楽しみに。

【Dr.辻のワークショップ 詳細はこちらから】
 
 

2014/11/21

スラムダンク勝利学が実質上の処女作になり、
おかげ様で35万部のベストセラーになりました。

そして、集英社インターナショナルから
痛快シリーズで『痛快みんなのスポーツ学』を
出版させてもらいました。

もともと論文を書くのが好きでした。
医者の頃や慶應大学スポ研にいる頃も論文はたくさん書いていて、
日本語論文だけでも90本、英語は6本くらいあります。

アイディアを出して検証して
過去のエビデンスを調べてまとめて書くというわけです。
論文は起承転結がしっかりしているので
モノを書くための頭の使い方には最適です。

そういえば、慶應病院の研修医の頃は
入院患者のサマリーを決められたスペースに
先輩のドクターにOKと言われるまで赤を入れられて
泣きながら書いたことも書く力を養えたのだと思います。

その後はアイディアはどんどん湧き出てくるし、
訴えたいことや書きたいことがあるのですが、
どうしたら出版できるかわからず、
いつも本屋に行って考えていました。

私の書きたい分野に興味を持ちそうな出版社はどこなのか?
その出版社からすでにあまり被りすぎるものは出てないのかなど、
書籍の傾向と出版社の関係を考えるのです。

当時はまだ出版社の方から声を掛けてもらえる
というようなことはなかったので、
出版したい書籍のアイディアをまとめて
出版社の方にプレゼンに行っていました。
よく断られていました(笑)。

どの出版社さんに断られて、
どの出版社さんからどんな本を出したか今では忘れていますが、
少しずつ書籍が世の中に出るようになりました。

もちろんスラムダンク勝利学のようなベストセラーは出せませんが、
ほぼどの書籍も少ないながら重版がかかるような感じでした。

音楽関係の分野にメンタルの素材で
書かせていただいた書籍は6冊くらいありますが、
どの書籍も無茶売れました。

渇望していたのでしょうね、音楽分野の方々が。

弱さを強さに変えるセルフコーチングや
ゾーンに入る技術もよく売れました。

書籍はその出版社の営業の方がこれは行けると
思ってもらえることが鍵のような気がします。

最近ではありがたいことに出版社の方から
出版のアイディアを持って依頼に来られます。

この数年はだいたい年に3から5冊ですね。
4から2か月に1冊書いていることになります。

書籍はどのようにして書くのかといえば、
アイディアの芽をまず仮タイトルで表現します。
その後、そのイメージを目次に反映して枠組みと棚を創ります。

この時に編集とのやり取りを盛んにして両者納得のものを創ります。
その時点でいろいろ他の書籍を読んだり調べものをします。
これが確定したら、執筆の時間を取ります。

昔は少しずつ書いたりしていましたが、
最近は忙しいのでそのためだけの時間を
ホテルに籠ってやらないと書けません。
大体3日で1冊を一気に書きます。

そのたたき台原稿を編集にあげて編集と再び揉みます。
これに時間がかかる書籍もあればすんなり進む場合もあります。
編集の方との共同作業ですね。
夜中までよく打ち合わせします。

その間に表紙や帯の案が出てきてそれも話合います。
新しい目次と原稿が上がってきて、それを2回くらいやりとりします。

その頃にはじめにとかおわりにとかプロフィを送り、
書籍に近い形のものが最後にやってきて目を通して完成。

書くのは早いのですが、読み直すのが好きではありません(笑)。

昔の書籍は忘れてしまっていますが、
最近ではサンマーク出版の「自分を「ごきげん」にする方法」、
フォレスト出版の「禅脳思考」、
大和出版の「一生ブレナイ自分のつくり方」がわたしのお気に入りです。

2015年もまだ4冊くらい出版する予定がすでに決まっています。
お楽しみに。

▼書籍のご紹介はこちら
http://www.doctor-tsuji.com/activities/writing/books/

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