2014/08/31

本日8月31日、札幌パークホテルにて私の小1から高1までのピアノの先生の還暦パーティーがありました。門下生のみなさんの楽しいスピーチ、演奏、先生の毒舌的ツッコミ(笑)と、終始笑いの絶えないリラックスムードの、でもどこか緊張感のある、まさに先生のお人柄そのもののような会となりました。私も門下生の一人としてジャズのスタンダードから「酒とバラの日々」オリジナルの「誰もいなくならない」小5の時のオリジナル曲「ラベンダーの丘」そしてそれをジャズアレンジした「ノスタルジア」を演奏をしてきました。

ヤマハ札幌センターというところに毎週、夏休みや冬休みはほぼ毎日通い、同年代の仲間たちと、コンクールやコンサートで切磋琢磨した日々。私以外は(^^;;練習熱心でほとんどの子が芸大に入った、凄い門下生の集まり…そんな中、練習はサボる、先生には反抗しては迷惑をかける、オマケに高校で突然ピアノをやめてしまったこんな私が、門下生の代表として演奏なんてしても良いのか、とても戸惑い緊張しました。
大人になってピアノを再開して、ジャズピアノの演奏活動をしている、と先生にも面と向かっては言い出せずにいたある日、品川のレストランで演奏していたらリクエストカードが来ました。そこに「ラベンダーの丘を弾いて下さい」との見慣れた文字。「!?」一瞬頭が真っ白になり、客席に先生の姿を見つけてからはもうドキドキドキドキ…。ホームページのスケジュールをチェックして、東京での用事に合わせて寄って下さったのでした。
随分不義理ばかりしていたのに、こうして気にかけて下さって、その後も札幌でライブがある度に来て下さり…。先生の懐の深さと今迄のご指導に改めて感謝の気持ちでいっぱいになったのでした。
オリジナルの2曲は先生からのリクエストで特に思い入れとエピソードの詰まった曲でもあったので、先生への感謝の気持ちを込めて楽しく演奏しました。

今日の出席者は100名。ほとんどが指導者であったり、孫弟子の方もいらしたり…数多くの生徒に、一人一人に深い愛情と厳しい目を注ぎ、見守られて来た先生、改めて尊敬の念を覚えます。

2014/08/31 11:58 | 未分類 | No Comments
2014/08/31

4月にこんな記事を書きました。

http://www.junkstage.com/toyama/?p=313

「上手いんだけど、何か伝わってくるものがない」という言葉をよく聞くけれど、これは
演奏者の「聞かせよう、上手く見せよう」と
という邪念が出て音に力が入って、受け止める側が疲れてしまう、ということなのでは?
と書きました。

でも私の個人的感情なのですが、「上手いけと伝わってこない演奏」という言葉がとても嫌いなんです。上手いこと、技術的な努力をしてその成果を出すことに否定的なニュアンスがあることがおかしいと思うんです。でもそう言う人が後を絶たないのはなぜだろう…
事あるごとに考えていましたが、
「上手い」ということ自体が違うニュアンスで捉えられているんじゃないかな、と思ったわけです。
テクニック的に凄いことをしているんだなーと感心させる演奏をすること、これが上手い、ということになるでしょうか?
私の答えはノーです。
本当に上手い人は、難しいことをやっている、ということすら人に気づかせない人なんだと思います。サラッとやっているから、専門家から見ると凄いことをやっているけれど、見た目(聴いた目?)目立たない。簡単にシンプルに聴こえる演奏こそ、裏でそう聴こえるための様々な努力と工夫が凝らされているんです。美しいメロディーは運指が難しい、と良く言われます。そしてまさにこのブログの題名とも繋がりますが、美しく見える白鳥は水面下の見えないところでバタ足をして必死に美しい姿をキープしているんです!
だから「上手いんだけど…」と言われる人の演奏は、まだ巧い、に達していないのではないか、と思います。やっぱり巧い人の演奏は心を打ちます。

2014/08/31 11:24 | 未分類 | No Comments
2014/07/31

ピアノは低音域から高音域を備えた、幅広い表現ができる楽器です。一人でオーケストラの音を表現できるとも例えられています。
それゆえ、一人で演奏することが多い楽器でもあります。
クラシックをやっていた頃はほとんどがソロ。コンサートもコンクールもソロでやることが多いですし、他の楽器と演奏する時は「伴奏」という形になることが多く、あくまで脇役(色々異論はあると思いますが)。他の楽器と合わせたり、オーケストラとやる機会もありましたが、ピアノソロ用の楽曲が膨大なこともあり、まずはその楽曲たちに取り組むことで精一杯。基本は孤独な戦いでした。
ジャズをやってから、ジャズの現場ではソロよりもアンサンブルのほうが主流だと知って軽くカルチャーショックでした!
もちろんジャズの演奏の現場でも、BGMからライブに至るまで、ソロピアノの要請は多いですが、それはぶっちゃけ大半が予算の問題で、多分本当はバンドを呼びたいんだろうな、という依頼が3分の2くらい(笑)
その反面、演奏者の中にもソロピアノが好きでその世界を突き詰めたいという人も多いようです。ようです、と書くのは私自身は今のところあまりソロピアノにそれほど魅力を感じていないかかも…。

ソロピアノはなんと言っても自由自在に音楽の方向性を決められるフレキシブルさがあり、ピアノの魅力も最大限に伝えられる、そんなよさがあります。
でも私は多少不自由でも、ひとと一緒に作る音の中で自由さを楽しみたい。そして他の楽器と演奏することでピアノの魅力が一層引き立つように演奏したい。そう思うのです。
その中でも特にトリオ(ピアノ、ベース、ドラムス)という編成に拘っているのは何か理由があるのか、良く聞かれますが…。まあ一番の理由はより自由に自分のサウンドを濃く描きたいという理由だと思います。人数が多くなれば表現されるカラーが多様になります。フロントプレイヤーが入ることでそのプレイヤーのカラーが加わるのも楽しいですが、今は自分のサウンドを深めたい時期なのだと思います。かと言ってベースとドラムスがそのサウンドに色を加わるという役目だけではなくて、それぞれが独立した3つの楽器として表現しつつ調和したり反発したりしながらそれぞれの役割を果たす…そんなトリオが出来たらいいな。と思います。
このことにも通じますが、ソロピアノの仕事があってもなくても、ピアニストとして独立してジャズが出来る力量というのはつけて置くべきだと思います。一人でSwing感を出す、テンポキープしながらも自由に遊ぶ、そういうことが出来ていないと人と演奏した時に誰かに頼った演奏になってしまうので。(もちろん安心して他人に任せるということも必要なのだけど)

まあ結局何よりいままで孤独なことが多かったから、人と演奏するのが楽しくて仕方がないのです。

2014/07/31 11:57 | ジャズのお仕事 | No Comments
2014/07/31

CDを作る時、もちろん聴いていただくことを考えながら構成などを練るわけですが、でも基本楽曲や演奏は自分達がやりたいこと、表現したいこと、なわけです。
それを聴いて、ファンになって下さったり、ライブも聴いてみたい、と思っていただけることは、なんて奇跡なんだろう、といつも思います。さらに、自分が行ったことごない場所にもCDは行ってくれるんです。そしてそれを偶然、手に取ってくれる方々…ツアーはそういう方々との対面でもあるわけです。住むところも、年齢も性別も境遇も違う人たちが、私のCDをきっかけに集まってくれる…そんな空間で演奏することは、いつも本当に幸せです。だから、いつもツアーに行く時には、知らない土地、初めての場所で不安も沢山あったり、やる前にはもうツアーなんてやめよう、と思って悩んだりするけれど、行って演奏すると「またこの喜びを味わいたい」と思って病みつきになってしまうんですね(笑)

今年も5月の北海道、6月の大阪、名古屋、静岡、本当に楽しくてまた行きたいと思ってます。
そして、まだ見ぬ地へも、どんどん行って演奏してみたい、そう思うのです。

2014/07/31 11:56 | 未分類 | No Comments
2014/05/31

5月21日から4日間の北海道ツアー、無事終了して帰ってきました!
函館「想苑」札幌「くう」「ニューオータニ」千歳「栄光教会」の各所で
お世話になった皆様、本当にありがとうございました。
一つのコンサートを開催するまでにかかる労力は本当に多く、そして
ライブは一瞬で終わってしまいます。その一瞬に良い演奏をすることが、
お世話になった方々への恩返しだと思いながら演奏しましたが、ちゃんと
できたでしょうか(^^;;
今回初めて演奏した函館、千歳でもまた来て下さいね、と言っていただけて
嬉しかったです。また行けるようにさらに頑張ります!

札幌ニューオータニには、私が小学1年の頃からピアノを辞めるまで
習っていた先生も来て下さいました。もう第二の母といっても過言ではありません。
先生もこの8月に還暦を迎えられますが、還暦パーティーで私が小5の時に作った
「ラベンダーの丘」のジャズアレンジ版「ノスタルジア」を演奏して、
と先生が仰った時には感激しました。目をかけて下さっていたのにワガママで
ピアノの辞めて不義理していましたが、先生をご招待して良かったと思いました!

2月に実家に帰った時に出てきた譜面の数々、、、
(記事はhttp://www.junkstage.com/toyama/?p=301にアップされてます)
これらが私の今を作っているのだな、と感慨深く思いました。

2014/05/31 03:23 | 自己紹介 | No Comments
2014/05/31

ジャズスタンダード、とよばれるものには
映画音楽やポップスから派生したもの、ジャズマンがジャズとして
作ったもの、など色々ありますが、大半は歌詞が付いていて
歌われることも多いです。インスト(楽器のみの曲)で作られた
ものにも後から歌詞がつけられて歌われるものも多いです。
それだけ「歌」というものが親しみやすく、また聴き手にも求められて
いるものだ、という証拠でしょう。

ボーカルがいない楽器だけのライブでも、もちろんそれらの
スタンダードが演奏されるわけですが、このとき、楽器奏者は
その曲の歌詞を知っている必要があるか???これは楽器奏者にとって
必ず考える命題だと思います。

ある人は「歌詞をしらない曲は演奏すべきではない」とまで言い切るし
ある人は「歌詞なんて演奏の邪魔になるだけだ」と言い切る。
(ちなみにこの二人、世界的に有名なミュージシャンですが、正反対の
この二人が一緒のバンドで演奏したりしているところがまた面白いところ)

私は、、というと、、、たとえば演奏する時にMCで「○○という曲を演奏します」
というだけではつまらないな、と。一応どういう由来で作られているか、
作者のどういう想いがこめられているか、これは歌詞がついていようが
いまいが調べて演奏するようにしています。それを踏まえた上で、関係ない、
と思い切ってまったく別のイマジネーションの世界に飛び立つのもアリ
だと思います。歌詞の世界や作者の想いから自由になって演奏できる
ところもまた楽器演奏の楽しいところだと思うからです。もちろん、歌詞の
内容や作者の想いに触れてより深くその曲が好きになることもあります。

歌詞の内容を知ることは、楽器を演奏する際の情感の入れ方に違いが生じる
だけでなく、メロディーの節回しにも違いが生まれてきます。歌詞の通りと
考えると、言葉が当てはまるようなメロディー表現になるだろうし、歌詞と
関係なくその楽器の特性に合わせた歌い方もできます。どちらがよいとは
一概にいえません。声や管楽器は「伸ばしながら強くする」ということも
できますが、ピアノではできませんから、ピアノ特有の節回しというものも
あると思います。

つい先日、ボサノバの「イパネマの娘」をピアノで演奏しました。真正面
からピアノでこの曲のメロディーを奏でる、というのはありそうであまり
なかったのですが、ふと気がついたのです。この曲は「ポルトガル語」と
「英語」の2つの歌詞がありまして、ボーカルの方もどちらを歌うか
分かれるところです。両方歌う方もいます。きちんとは覚えていませんが、
ずっと伴奏をしているとだいたい両方の歌詞を覚えてきます。そこで
どちらの言語の歌詞を思い浮かべながら弾くか、でメロディーの節回しも
リズムもノリも、ぜんぜん違うことに気がつきました。その言語が持つ
リズム、というものがあるんですね。もちろんその二つとも無視して
インストとしてメロディーを奏でることも可能です。

結局結論はどうなんだ、ということなのですが、楽器は色々選べてより
自由に演奏できるからそれも楽しいな、個性の現れるところなのだな、
ということなのです(笑)

2014/05/31 05:30 | ジャズのお仕事 | No Comments
2014/04/30

ジャズというのは元々ニッチな音楽というか、難しそうだとか、暗いとか、そんなイメージが強いみたいです。わからないから耳を傾けなくて済むということで飲食店のBGMに良く使われるくらい(笑)です。

でも、良く使われ始めると流石に「最近お店で良くジャズっぽいものがかかっているよね、あれってどんな音楽?」と思われるようになります。そして、初心者にも分かり易いジャズを演奏して裾野を広げよう、みたいな機会が増えてきます。
そんな時、知っている曲じゃないと耳を傾けてもらえないから、歌謡曲やポップスや知っている曲をジャズっぽくやろう、とか、アドリブは長いと飽きられるから聴きやすく短めにやろう、とか、ジャズを知らない人のほうに擦り寄る(言い方は悪いですが)方法を取ることも多い。また、そうするように主催者側から頼まれることも多いです。

でも、本当にそれでジャズが好きな人が増えるのかな、と疑問に思うのです。

ジャズを知らない人はまず「◯◯をジャズっぽくアレンジしました」と言ってもジャズっぽいって何よ?ということになりかねない。知ってる曲をやると「私の知ってるポップスやってるけどあの人たちのやってることって、ジャズなの?」となる。やる側の問題もあって、本当に自分がその曲を魅力的に思って、ジャズプレイヤーとしての自分のフィルターを通して昇華させて演奏しているならそれは立派なジャズと言えるけれど、「これやれば受けるな、聴いてもらえるな」という目的で演奏していても、それは聴き手の心に真に迫る演奏にならず、返って素通りすることにもなってしまう。聴き手はシビアなのです。

自分がジャズを好きになったキッカケを思い出してみると、どジャズを聴いたインパクトなのです。全くジャズを知らずに、そして聴いてもその音楽の内容がどんなもので何をやっているのかわからなくても、かっこいい!もっと聴きたい!という衝撃。演奏者の本気のパッションに胸を撃ち抜かれて、ジャズの魅力に取り込まれていく…。
今ジャズを聴いたり演奏したりしている人には必ずそういう瞬間があったことと思います。
ジャズ好きを増やそうとするなら、ジャズという音楽を人気が出るような方向にねじ曲げるのではなく、本気のジャズを聴いてもらえる機会を増やすことなのではないでしょうか?

自分がそういう本気のジャズを届けられるのか、ジャズを魅力を本当に伝えられるジャズミュージシャンだという資格があるのか、常に厳しく問い正しながら活動しています。

2014/04/30 11:51 | ジャズのお仕事 | No Comments
2014/04/30

最近はあまり言われなくなった、というか、おかげさまで演奏を聴いて「訴えかけるものがあった、情熱が伝わった」と言っていただけることも多くなりましたが、昔は「うまいと思うけど伝わらない、もっと心がある演奏をしたら」と言われて悩んだものです。

心がこもってないって何よ、こんなに一生懸命やってるのに!皆に聴いてもらいたい、私の思いを伝えたいのに!

この当時は必死だったんです。一回一回のライブが、自分のこれからに繋がる、一回一回のチャンスを無駄にできない。そうすると聴いてほしい、これだけのことができると分かって欲しい、という気持ちがこもり過ぎて、音に力が入って、受け止める側が疲れてしまう。はいはい、わかりました、となってしまう。

ある時、もういいや、と開き直ったんです。自分のありのままを出して、それで認められなければ、しょうがない。好みが合わなかっただけ。ありのままを受け止めてもらえるまで気楽にやればいいんだ…。心が無になりました。音の前に、ただただ無心にその時出したい音が出てくるよう自分の心と向き合い、空間と向き合い、集中する。
そうしたら、「何かが伝わってくる演奏ですね」と言われることが多くなりました。

心がこもっていないと感じられる演奏は、実は心がこもり過ぎていたんだな、と思いました。

たとえ自分の素直な心であっても、曲への思い入れであっても時には邪魔になるのです。曲への個人的な、勝手な思い入れは、たとえ自分の曲だったとしてもその想いが邪魔になることもある…。音楽に向き合うのは本当に難しいです。油断してはいけないんだな、と思いながら日々演奏しています。

2014/04/30 07:08 | ジャズのお仕事 | No Comments
2014/03/30

ライブ活動をしていると「いかに多くの方に聴いていただけるか」
ということはよっぽどの有名人でない限りずっと付いて回るもの
だと思います。いい音楽だけやっていてもダメ、知ってもらって
注目してもらってナンボ。そのためにもっとこういう曲を作ったら、
とか、何かとコラボして企画を立てたら、とか、外見を磨いてビジュアル
で売ったら、とか、共演者で話題を作れ、とか、、、、色々×100
くらいアドバイスをいただくのですが。
「無理して売れてもしょうがない」
これが今の私の心情です。いずれ変わるかもしれません(笑)
もちろんライブハウスも共演者も生活があり、まったくお客様の
いないところで演奏するつもりもなく、自分の音楽を知っていただく
ための努力は続けていきますが、でも自分のやりたい音楽や表現と
離れて付随する条件や状況で売る、ということはしたくないんです。
不幸な話をつけたら売れる?賞と獲って話題になれば売れる?ビジュアル
をきれいにすれば売れる?こうやってエスカレートしていけばどんどん
実像の自分から離れていって最後にはペテン師になっちゃうんじゃない??
究極はそう思うんです。

最近複数のライブハウスで、私のプロフィールも性別も国籍もわからない
状態でCDを流していただいていて、お客様が注目してくださった、と
いうお話を聴き、とても嬉しかったです。自分のいないところで、まっさらな
状態で音楽を聴いて気に入ってもらえる、それは音楽の力だけでお客様の
心に訴えることができた、ということではないかと。。。。

やっぱり「いい音楽だけやっていても」ではなく「いい音楽をやっていくだけ」
しかないんだな、と思います。

2014/03/30 08:38 | ジャズのお仕事 | No Comments
2014/02/28

前コラムで小さな頃から曲作りには美しいメロディーが大事と叩きこまれてきたことを書きましたが、昨年11月に発売した4枚目のCD「Nobody Goes Away」から表題作の「誰もいなくならない」がジャズ批評誌の2013年度ディスク大賞メロディ部門で賞をいただきました。
2枚目の「All is in the Sky」3枚目の「Ambition」に続き連続して3回目の受賞となりました。

どこかのコンクールに応募したり、売り込みするのが不得意な私ですが、こうして自然な形で選んで下さる方には毎回感謝の気持ちでいっぱいです。
これからもこの気持ちを忘れずに良いメロディーが作れるように頑張りたいと思います!

2014/02/28 11:58 | 未分類 | No Comments

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