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2014/08/31

4月にこんな記事を書きました。

http://www.junkstage.com/toyama/?p=313

「上手いんだけど、何か伝わってくるものがない」という言葉をよく聞くけれど、これは
演奏者の「聞かせよう、上手く見せよう」と
という邪念が出て音に力が入って、受け止める側が疲れてしまう、ということなのでは?
と書きました。

でも私の個人的感情なのですが、「上手いけと伝わってこない演奏」という言葉がとても嫌いなんです。上手いこと、技術的な努力をしてその成果を出すことに否定的なニュアンスがあることがおかしいと思うんです。でもそう言う人が後を絶たないのはなぜだろう…
事あるごとに考えていましたが、
「上手い」ということ自体が違うニュアンスで捉えられているんじゃないかな、と思ったわけです。
テクニック的に凄いことをしているんだなーと感心させる演奏をすること、これが上手い、ということになるでしょうか?
私の答えはノーです。
本当に上手い人は、難しいことをやっている、ということすら人に気づかせない人なんだと思います。サラッとやっているから、専門家から見ると凄いことをやっているけれど、見た目(聴いた目?)目立たない。簡単にシンプルに聴こえる演奏こそ、裏でそう聴こえるための様々な努力と工夫が凝らされているんです。美しいメロディーは運指が難しい、と良く言われます。そしてまさにこのブログの題名とも繋がりますが、美しく見える白鳥は水面下の見えないところでバタ足をして必死に美しい姿をキープしているんです!
だから「上手いんだけど…」と言われる人の演奏は、まだ巧い、に達していないのではないか、と思います。やっぱり巧い人の演奏は心を打ちます。

2014/08/31 11:24 | 未分類 | No Comments

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