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2015/03/31

2010年の夏、mixiでちょこちょことヘンな記事を書いていた私に
一通のメッセージが届きました。

「大変多才で貴重なご経験をされている方と思い、 私のサイトでコラムを
書いていただけないかと思いご連絡させていただきました。(JunkStage編集長)」

 文章を書くのは好きでしたが、当時「ジャズピアニスト」としてコラムを
書くにはあまりに無名で(某ライブハウスのマスターには「無名だけど素晴らしい」
と書かれていたくらい)躊躇もしましたが、編集長の

「読み物としておもしろいものよりも(それも重要ですが^^;)、情熱を感じるような、
ありのままのご活躍を書いていただければきっと面白いに違いないと思う方にお声がけ
しておりますのでご心配なさらなくても大丈夫かと思います!」

という言葉に後押しされて書き始めました。

 自分の考えを文章にするという行為は、いつも漫然と仕事に向かいがちな自分に改めて
その意義を問うてくれる良い機会でした。
 コラムと共に自分の活動もどんどん広がっていき、その都度その都度思うことを
包み隠さず飾らずに書いてきました。
 自分のライブのMCもそうなんですが「人前で話すにはちょっとフランクすぎるのでは?」
と言われることもあります。コラム内容も「こんなに赤裸々に書いちゃっていいの?」とも
よく言われます。

 でもでも、ジャズを演奏するって、作曲した曲を演奏するって、これほど赤裸々に
自分を出す行為ってないんじゃないかな、と思っています。だからいくら外面を飾っても
きっと内面は出てしまう。だったら最初から飾らず自分を出すのが一番だろうな、と思って
やってきました。
 飾らない自分を出す、というのは、突き詰めると自分の今までの生き方、そして今の
自分が真正面から評価されるということ。否定されることもままあります。
それに怯まないで今までやってこれたのは、音楽が好きだから、そして音楽をやっている
自分が好きだったから、だと思います。

 ジャズピアノだけに人生掛けてみる!こう決心して奇しくも今年で10年。
当時を振り返ると、ここまでやってきた自分を褒めてあげたいな、と思います。
「ジャズピアノって何?」「ライブってどうやるの?」「CDってどう作るの?」
「毎日演奏の仕事が入るにはどうすればいいの?」
こんな想いを抱えながら、少しづつ願いを叶えてきました。
まだまだピアニストとしては半人前。まだまだ目標も沢山あります。活動を始めた
当初の自分のように「○○するにはどうすればいいの?」と日々悩みながら進んでいます。
 ジャズが好きという想い、そしてそれを応援してくれて支えてくれる周りの方々の
力が、今の私の原動力です。

 そして、このコラムに自分の想いを整理したり表現することで、ジャズに興味を
持ってくださる方が少しでも増えてくれたら、本当に嬉しいです。

 2015.3.31 外山 安樹子

PS 先日、JunkStage編集部の桃生さんが「ライターへの手紙」として
私のコラムについて書いてくださいました!こちらもご一読ください!!

http://www.junkstage.com/sp/?p=814

2015/03/31

3月、卒業、そして新しい一歩を踏み出す季節ですね。
ニュースや記事を読んでいてふと思ったことがあったので
書いてみようかなと思います。

 ジャズのアドリブの練習方法、、、これについては
色々なメソッドがあるものの、最終的にはその人の個性、センス
といわれています。好きなミュージシャンを沢山聴きまくる、
コピーする・・・色んなことをやっても、なかなか自分の
満足がいくアドリブができない。指練習をしても、それは
直接アドリブの出来不出来に表れてこない。自分のやっている
ことは全部無駄なんじゃないか。。。そういう悩みを持つ人も
沢山いると思います。
 でも、結局はアドリブに出てくるのは、今までの自分の
バックボーンにあるもの、なのです。あの時に聴いていたあの
フレーズ、、、、意図せずに急にふと沸いてくるもの、それは
沸いてくる、というより滲み出てきたのですね。こんなところで
今までの努力が出てきたのか、ということが沢山あるはずです。
だから、どういうものを聴いてきたか、練習してきたか、そして
どんなものが好きか、重きを置いているか、そういうものが
アドリブに出てくるんだな、と思います。音に人生が出る、って
そういうことなんだな、と。(逆にそういうものが感じとれない
システマティックな教則本的アドリブはちょっと面白みがない
ですね)

新しい環境に進む時、今までのスキルをそのまま活かしていける人も
いれば、今までとまったく別の新天地に行く人もいるでしょう。
学んだことがまったく役に立たない、そんな風に焦ったり、今まで
何をしていたのだろう、と悩んだりすることもあると思います。
でも、今まで学んだこと、やってきたことは、いつどういう形で
自分の役に立つかわかりません。だから自分を信じて、自信を持って
進んでいってほしいな、と思います。

2015/01/31

今から書くことは、まだ自分の中でもちゃんとした答えが出ていないことなんです。

JAZZミュージシャンで食べていく、ということについてです。

ミュージシャンの間でも、そして一般の方からも、「音楽だけで食べているか」ということはとても気になることの一つのようです。
音楽で食べていく、ということにも、演奏だけで食べているのか、講師などの演奏以外の音楽関係に携わりながらなのか、ここでも別れるのですが…。

風潮としては、音楽だけで食べているということが専門的に優れている、ということとイコールに考えられることが多いのではないでしょうか?
苦労して、競争に勝ち抜いて、それだけに打ち込んで極めてこそプロのミュージシャンになっている、ということなのでしょうか。

もちろん、音楽だけで食べていくことは並大抵の苦労ではなく、素晴らしいことです。
でも、それ以外の人は音楽をやっていてもプロではない、というような見方はどうなのだろうか、と思うのです。

演奏だけ、音楽だけに毎日触れることは、あらゆる現場、あらゆる音楽に毎日触れることであり、経験を豊かにします。仕事としてやるからには、お金のためにいやなこともやらなければならないことも多いですが、それを乗り越えて自分の好きな演奏だけでやっていけるように努力するハングリー精神がミュージシャンとしての成功につながっていくことも多いでしょう。
その考えでいくと、音楽以外の仕事で稼いだり、色々な副業をすることを否定したり軽んじたりすることにもなったりします。驚くことに、演奏の仕事の中でも、定期的にどこかと契約して一定の報酬を安定的に得る仕事をしていると「ミュージシャンとしてダメになる」なんて言う人も少なくないのです。ハングリー精神がない演奏になるってことでしょうか?

アーティストとして、たとえ恵まれた環境でなくても自分のやりたい演奏、表現だけを追求していく。。。これもとても立派なことで素晴らしいことです。でも、そうでない人がアーティストとしての表現に劣るのか、、、、これは私としてはとても疑問です。
音楽だけでなく、日常の社会生活の中で色々な体験をし、研鑽を積むことも、芸術表現にとってはプラスになることだと思います。聴き手も、もちろん自分とかけ離れた芸術性の高い音楽を求めることもあれば、なにか自分の心の中に寄り添ってくれる、日常に溶け込む音楽が必要なこともあると思います。ギリギリ限界まで追い詰められた表現にだけ芸術性があるとはいえないのではないでしょうか。

聴き手も演奏家も、みな、その人の国籍、性別、キャリア、などに拘らず純粋に音楽だけを聴いて良し悪しを自分の価値観で決める、ということは、とても難しいのだと思います。

でも、まっさらな気持ちで聴いてもらって、自分の音楽を気に入ってもらえたら、そんな幸せなことはないと思います。
音楽だけで、アーティストとしてだけで、生活しているか否かは、関係ないんだと思います。

2014/10/31

今日10月31日は渋谷でライブでした。
いゃ〜スクランブル交差点が仮装な方々だらけで全然歩けず…いつからこんなことになってしまったのでしょう(笑)

さて、先日とある共演者とJAZZの指導方法について話しをしていまして…スケール、コード、リズム、基本的なこともどうアプローチするかその人によって全然違ったりします。もちろん先生と同じ考え方、アプローチでなくても全然良いと思います。でも実際にみていると「先生のように弾きたい」と思って下さる方は上達が早いように思います。
そして、それは引いて言えば「JAZZを愛している」ということになるんではないか、という結論なのです。

習いに来る方にも色々な方がいらっしゃいます。

ピアノの技術が十分にあって譜面に書いてあることは弾けるけれどアドリブがとれない、という方、ピアノはほとんど弾けないけれど昔からJAZZが好きで良く聴いてました、という方、もちろんピアノの技術がある方でJAZZをずっと聴いて来た方もいらっしゃるし、ライブ活動をしていてワンポイントアドバイス的にブラッシュアップさせたい、という方まで、本当に様々です。

でも、これは多分共通…
ピアノが弾けても、本当にJAZZを愛していないと、途中で挫折しちゃうんです。「譜面に書いてあるもの弾いていればいいか…」
「JAZZそのものに憧れている」のと「JAZZが弾けることに憧れる」のは似ているようで全く違うんですね。
JAZZ愛は人によって程度も違うし、違って当然です。でもJAZZを愛している人は、JAZZのあんな所が好き、この音弾くともうたまらない!なーんて、具体的にどんどん見えて来て、自分のチャレンジしたいことも見えてくるんです。「先生のように弾きたい」と思って下さる方も、身近に具体的目標が出来ている、ということですから、同じなんですね。目標が見えなくなる時期もあって、辛いと思いますが、それを乗り越えたら、また楽しい世界が待っていて、やめられない止まらない!そして果てしない!(笑)

ということで、JAZZが上手くなりたいんですけどどうしたらいいですか?と訊かれたら
「JAZZを愛して下さい」と答えます。

2014/10/30

 私アレ好きなんですよね~女性ファッション誌で良く見る
「オシャレ女子の鞄の中身、大公開!!」みたいなの。

ミュージシャンといっても、ピアニストは楽器も持ち歩かないし
特殊な持ち物はあまりないのですが、いつもマジメなコラムが多い(?)
ので、たまにはこういうのもいいかな~と思いたって書いてみました。
ではいってみよう!!

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何はなくてもまず譜面!その日のライブ内容によりますが、
リーダーの時は厚さ2~3cmのファイルを2~3冊もって
行きます。普段のトリオの時はメンバーも私の譜面を持って
きてくれるので自分の分だけです。

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五線譜、筆記用具、iPod nano・・・五線譜は必携ですね。
突然電車の中で今日やりたい、という曲を思いついたり
するので。書くのはもっぱらフリクションボール(消せる
ボールペン)筆入れの中にはレッスンに使う赤ペン、消しゴム、
定規、修正液、セロテープ、はさみ、のり、が入ってます。

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CD販売セット(笑)何枚持ち歩くか、もその日によって
違いますが、少なく持っていった時に限って売れるマーフィーの
法則!サイン用のペン、おつりの500円玉、販促用のポストカード
も。

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 手帳はもう10年ほど「ほぼ日手帳」です。仕事のすべてが書かれています。
何より見られたくないかも(笑)そして、名刺入れ。ちょっと大きめなので
iPhoneケースで代用してます。名刺は海外のサイトで安く作れます♪

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化粧ポーチ、アクセサリー類。化粧品類は少ないほうかな。今回はポーチの
中身はナイショです(笑)アクセは服に合わせられるよう常に何種類か
持ち歩きます。iPhoneの充電器は忘れると生きていけない!(笑

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譜面類とは別のバッグに入れている、普段使いのものたち。
PHS、本、財布、Suicaケース、ポイントカード入れ、化粧ポーチ
(こちらは簡易的な良く使うもの)、アメちゃん、ウェットティッシュ
(ピアノは色々な方が触るので除菌ティッシュは風邪予防)そして
この写真を撮っているiPhone!!

この他にも絆創膏、薬etc細々したものもありますが、ほぼ中身全部です。
ドレスを着る時にはこの他に着替え、靴、ハンドドライヤーなども
持ちあるくこともあります。

この他に楽器があるプレイヤーは大変だなあ。。と思った次第でした。

2014/07/31

ピアノは低音域から高音域を備えた、幅広い表現ができる楽器です。一人でオーケストラの音を表現できるとも例えられています。
それゆえ、一人で演奏することが多い楽器でもあります。
クラシックをやっていた頃はほとんどがソロ。コンサートもコンクールもソロでやることが多いですし、他の楽器と演奏する時は「伴奏」という形になることが多く、あくまで脇役(色々異論はあると思いますが)。他の楽器と合わせたり、オーケストラとやる機会もありましたが、ピアノソロ用の楽曲が膨大なこともあり、まずはその楽曲たちに取り組むことで精一杯。基本は孤独な戦いでした。
ジャズをやってから、ジャズの現場ではソロよりもアンサンブルのほうが主流だと知って軽くカルチャーショックでした!
もちろんジャズの演奏の現場でも、BGMからライブに至るまで、ソロピアノの要請は多いですが、それはぶっちゃけ大半が予算の問題で、多分本当はバンドを呼びたいんだろうな、という依頼が3分の2くらい(笑)
その反面、演奏者の中にもソロピアノが好きでその世界を突き詰めたいという人も多いようです。ようです、と書くのは私自身は今のところあまりソロピアノにそれほど魅力を感じていないかかも…。

ソロピアノはなんと言っても自由自在に音楽の方向性を決められるフレキシブルさがあり、ピアノの魅力も最大限に伝えられる、そんなよさがあります。
でも私は多少不自由でも、ひとと一緒に作る音の中で自由さを楽しみたい。そして他の楽器と演奏することでピアノの魅力が一層引き立つように演奏したい。そう思うのです。
その中でも特にトリオ(ピアノ、ベース、ドラムス)という編成に拘っているのは何か理由があるのか、良く聞かれますが…。まあ一番の理由はより自由に自分のサウンドを濃く描きたいという理由だと思います。人数が多くなれば表現されるカラーが多様になります。フロントプレイヤーが入ることでそのプレイヤーのカラーが加わるのも楽しいですが、今は自分のサウンドを深めたい時期なのだと思います。かと言ってベースとドラムスがそのサウンドに色を加わるという役目だけではなくて、それぞれが独立した3つの楽器として表現しつつ調和したり反発したりしながらそれぞれの役割を果たす…そんなトリオが出来たらいいな。と思います。
このことにも通じますが、ソロピアノの仕事があってもなくても、ピアニストとして独立してジャズが出来る力量というのはつけて置くべきだと思います。一人でSwing感を出す、テンポキープしながらも自由に遊ぶ、そういうことが出来ていないと人と演奏した時に誰かに頼った演奏になってしまうので。(もちろん安心して他人に任せるということも必要なのだけど)

まあ結局何よりいままで孤独なことが多かったから、人と演奏するのが楽しくて仕方がないのです。

2014/05/31

ジャズスタンダード、とよばれるものには
映画音楽やポップスから派生したもの、ジャズマンがジャズとして
作ったもの、など色々ありますが、大半は歌詞が付いていて
歌われることも多いです。インスト(楽器のみの曲)で作られた
ものにも後から歌詞がつけられて歌われるものも多いです。
それだけ「歌」というものが親しみやすく、また聴き手にも求められて
いるものだ、という証拠でしょう。

ボーカルがいない楽器だけのライブでも、もちろんそれらの
スタンダードが演奏されるわけですが、このとき、楽器奏者は
その曲の歌詞を知っている必要があるか???これは楽器奏者にとって
必ず考える命題だと思います。

ある人は「歌詞をしらない曲は演奏すべきではない」とまで言い切るし
ある人は「歌詞なんて演奏の邪魔になるだけだ」と言い切る。
(ちなみにこの二人、世界的に有名なミュージシャンですが、正反対の
この二人が一緒のバンドで演奏したりしているところがまた面白いところ)

私は、、というと、、、たとえば演奏する時にMCで「○○という曲を演奏します」
というだけではつまらないな、と。一応どういう由来で作られているか、
作者のどういう想いがこめられているか、これは歌詞がついていようが
いまいが調べて演奏するようにしています。それを踏まえた上で、関係ない、
と思い切ってまったく別のイマジネーションの世界に飛び立つのもアリ
だと思います。歌詞の世界や作者の想いから自由になって演奏できる
ところもまた楽器演奏の楽しいところだと思うからです。もちろん、歌詞の
内容や作者の想いに触れてより深くその曲が好きになることもあります。

歌詞の内容を知ることは、楽器を演奏する際の情感の入れ方に違いが生じる
だけでなく、メロディーの節回しにも違いが生まれてきます。歌詞の通りと
考えると、言葉が当てはまるようなメロディー表現になるだろうし、歌詞と
関係なくその楽器の特性に合わせた歌い方もできます。どちらがよいとは
一概にいえません。声や管楽器は「伸ばしながら強くする」ということも
できますが、ピアノではできませんから、ピアノ特有の節回しというものも
あると思います。

つい先日、ボサノバの「イパネマの娘」をピアノで演奏しました。真正面
からピアノでこの曲のメロディーを奏でる、というのはありそうであまり
なかったのですが、ふと気がついたのです。この曲は「ポルトガル語」と
「英語」の2つの歌詞がありまして、ボーカルの方もどちらを歌うか
分かれるところです。両方歌う方もいます。きちんとは覚えていませんが、
ずっと伴奏をしているとだいたい両方の歌詞を覚えてきます。そこで
どちらの言語の歌詞を思い浮かべながら弾くか、でメロディーの節回しも
リズムもノリも、ぜんぜん違うことに気がつきました。その言語が持つ
リズム、というものがあるんですね。もちろんその二つとも無視して
インストとしてメロディーを奏でることも可能です。

結局結論はどうなんだ、ということなのですが、楽器は色々選べてより
自由に演奏できるからそれも楽しいな、個性の現れるところなのだな、
ということなのです(笑)

2014/04/30

ジャズというのは元々ニッチな音楽というか、難しそうだとか、暗いとか、そんなイメージが強いみたいです。わからないから耳を傾けなくて済むということで飲食店のBGMに良く使われるくらい(笑)です。

でも、良く使われ始めると流石に「最近お店で良くジャズっぽいものがかかっているよね、あれってどんな音楽?」と思われるようになります。そして、初心者にも分かり易いジャズを演奏して裾野を広げよう、みたいな機会が増えてきます。
そんな時、知っている曲じゃないと耳を傾けてもらえないから、歌謡曲やポップスや知っている曲をジャズっぽくやろう、とか、アドリブは長いと飽きられるから聴きやすく短めにやろう、とか、ジャズを知らない人のほうに擦り寄る(言い方は悪いですが)方法を取ることも多い。また、そうするように主催者側から頼まれることも多いです。

でも、本当にそれでジャズが好きな人が増えるのかな、と疑問に思うのです。

ジャズを知らない人はまず「◯◯をジャズっぽくアレンジしました」と言ってもジャズっぽいって何よ?ということになりかねない。知ってる曲をやると「私の知ってるポップスやってるけどあの人たちのやってることって、ジャズなの?」となる。やる側の問題もあって、本当に自分がその曲を魅力的に思って、ジャズプレイヤーとしての自分のフィルターを通して昇華させて演奏しているならそれは立派なジャズと言えるけれど、「これやれば受けるな、聴いてもらえるな」という目的で演奏していても、それは聴き手の心に真に迫る演奏にならず、返って素通りすることにもなってしまう。聴き手はシビアなのです。

自分がジャズを好きになったキッカケを思い出してみると、どジャズを聴いたインパクトなのです。全くジャズを知らずに、そして聴いてもその音楽の内容がどんなもので何をやっているのかわからなくても、かっこいい!もっと聴きたい!という衝撃。演奏者の本気のパッションに胸を撃ち抜かれて、ジャズの魅力に取り込まれていく…。
今ジャズを聴いたり演奏したりしている人には必ずそういう瞬間があったことと思います。
ジャズ好きを増やそうとするなら、ジャズという音楽を人気が出るような方向にねじ曲げるのではなく、本気のジャズを聴いてもらえる機会を増やすことなのではないでしょうか?

自分がそういう本気のジャズを届けられるのか、ジャズを魅力を本当に伝えられるジャズミュージシャンだという資格があるのか、常に厳しく問い正しながら活動しています。

2014/04/30

最近はあまり言われなくなった、というか、おかげさまで演奏を聴いて「訴えかけるものがあった、情熱が伝わった」と言っていただけることも多くなりましたが、昔は「うまいと思うけど伝わらない、もっと心がある演奏をしたら」と言われて悩んだものです。

心がこもってないって何よ、こんなに一生懸命やってるのに!皆に聴いてもらいたい、私の思いを伝えたいのに!

この当時は必死だったんです。一回一回のライブが、自分のこれからに繋がる、一回一回のチャンスを無駄にできない。そうすると聴いてほしい、これだけのことができると分かって欲しい、という気持ちがこもり過ぎて、音に力が入って、受け止める側が疲れてしまう。はいはい、わかりました、となってしまう。

ある時、もういいや、と開き直ったんです。自分のありのままを出して、それで認められなければ、しょうがない。好みが合わなかっただけ。ありのままを受け止めてもらえるまで気楽にやればいいんだ…。心が無になりました。音の前に、ただただ無心にその時出したい音が出てくるよう自分の心と向き合い、空間と向き合い、集中する。
そうしたら、「何かが伝わってくる演奏ですね」と言われることが多くなりました。

心がこもっていないと感じられる演奏は、実は心がこもり過ぎていたんだな、と思いました。

たとえ自分の素直な心であっても、曲への思い入れであっても時には邪魔になるのです。曲への個人的な、勝手な思い入れは、たとえ自分の曲だったとしてもその想いが邪魔になることもある…。音楽に向き合うのは本当に難しいです。油断してはいけないんだな、と思いながら日々演奏しています。

2014/03/30

ライブ活動をしていると「いかに多くの方に聴いていただけるか」
ということはよっぽどの有名人でない限りずっと付いて回るもの
だと思います。いい音楽だけやっていてもダメ、知ってもらって
注目してもらってナンボ。そのためにもっとこういう曲を作ったら、
とか、何かとコラボして企画を立てたら、とか、外見を磨いてビジュアル
で売ったら、とか、共演者で話題を作れ、とか、、、、色々×100
くらいアドバイスをいただくのですが。
「無理して売れてもしょうがない」
これが今の私の心情です。いずれ変わるかもしれません(笑)
もちろんライブハウスも共演者も生活があり、まったくお客様の
いないところで演奏するつもりもなく、自分の音楽を知っていただく
ための努力は続けていきますが、でも自分のやりたい音楽や表現と
離れて付随する条件や状況で売る、ということはしたくないんです。
不幸な話をつけたら売れる?賞と獲って話題になれば売れる?ビジュアル
をきれいにすれば売れる?こうやってエスカレートしていけばどんどん
実像の自分から離れていって最後にはペテン師になっちゃうんじゃない??
究極はそう思うんです。

最近複数のライブハウスで、私のプロフィールも性別も国籍もわからない
状態でCDを流していただいていて、お客様が注目してくださった、と
いうお話を聴き、とても嬉しかったです。自分のいないところで、まっさらな
状態で音楽を聴いて気に入ってもらえる、それは音楽の力だけでお客様の
心に訴えることができた、ということではないかと。。。。

やっぱり「いい音楽だけやっていても」ではなく「いい音楽をやっていくだけ」
しかないんだな、と思います。

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