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2012/03/09

「EU、上場企業に女性役員登用の義務づけ検討」

という記事が、一昨日の日経朝刊に掲載されました。
ウェブでは有料記事になっており、アクセスできないのですが…

「努力目標だけでは、女性の社会進出が進まない」と業を煮やした欧州議会が
罰則規定をつけることまで視野に入れた法制化を検討し始めるようです。
可決されれば上場企業には、30~40%の登用義務を課されるとのこと。

うーん…

女性の社会進出が進むことは、とても素晴らしいことだと思います。
何せ僕のコラムのサブタイは「女性主導の世界の作り方」だもんで。

欧州でも女性の取締役がなかなか増えず苦労しているようですが、
それでも大抵の国では10%~の比率をKeepしています。
我が国の上場企業の女性役員比率は、なんと0.98%です。

げに恐ろしき、男尊女卑国家。

しかしながら女性の社会進出は、政府が法律を作って縛り、
無理やりに生み出されるもので良いのでしょうか?

政治は、制度や法律を作ることができます。しかしながら、
価値観を押し付けたり、変えたりすることはできません
(正確には、するべきではありません)

例えば、小子化問題。
国家が

「国民は25歳までに結婚して、生涯2名以上の子どもを生む努力をすること!」

と義務づけることには、ほぼすべての人が反対するでしょう。
これは明確に国家による、思想信条の自由への侵害です。

しかし、上記のように企業に登用義務を強いるような政策には
賛否両論が発生し、賛成に回る人もけっこう多いと思います。

ですが程度の差はあっても、やってることの根は同じです。

僕は「小さな政府」を支持する立場の人間です。
国家による経済活動への干渉は必要最小限に抑え、
人々が自由意志で活動できることに史上の価値を置きます。

国家は自由意志で動く国民の活動が円滑になるように、
法律やシステムを整える黒子であるべきです。

働きたい女性が増え、今の法律や制度がその実態に合わなくなってきた。
だから変えましょう!こういう流れが正しい順番のはずです。

女性の活動を制約する法律やシステムはどんどん取っ払うべきですが、
女性の活動を無理強いする政策は、新たな不自由を必ず生み出します

欧州の環境にはそれほど明るくはありませんが、
この法律の導入はあまりにも安易な気がします。

「じゃあ、どーすんのよ!自由に任せるって、今の状況を放っておくの?!」

と言われそうなので、日本については一言。

僕は現状の女性(及び最近の若者)を虐げているのは、雇用の硬直性だと考えています。
終身雇用のサラリーマンとその専業主婦が理想とされる価値観が支持され、
それを反映して制度やシステムが構築されています。

正社員は手厚く保護され、首にすることは事実上できません。
会社に忠誠を近い、長時間残業も厭わない社員の給与が年功序列で上がっていきます。
これが「女性の活動を制約する法律やシステム」の一つです。

以前の記事にも書かせていただいた通り、
労働市場(雇用)の流動化が進み同一の条件ですべての労働者が健全に競争を行えば、
やる気とスキルのある女性は男性以上のパフォーマンスを発揮できると思います。

そしてこの正社員を手厚く守っている「規制」を取っ払う
変革を起こすには、なんだかんだで日本にまだ蔓延している

「終身雇用のサラリーマンと、その専業主婦が理想とされる価値観」

が覆される必要があります。

「やっぱり大企業が安心だよね」
「あたし、働きたくないから家庭に入る」

という人々が大多数では、
制度も法律も変わるはずないのです。

そう、結局のところ

政治は、人々を映す鏡

どこかの優秀な誰かに任せておけば、
いい制度や法律ができて世の中が変わるわけではありません。
また逆に、政治や政治家が悪いから、社会が悪くなるわけでもありません。

この世界を良くするのに近道なんてたぶんなくて、
我々一人ひとりの意識と行動にかかっていると、僕は考えます。

仮に前述の法律が可決されて、表舞台に出てきた欧州の女性たちが得るのは
自由なのでしょうか。それとも、新たな不自由なのでしょうか。

もしも法律という不自由の力なくして、
マイノリティが自由に経済活動できないのならば、
それはそれでとても悲しい現実なのだけれども。ね。

2012/02/11

今日はまず、本のご紹介から。

働きながら、社会を変える。
―ビジネスパーソン「子どもの貧困」に挑む / 慎泰俊
http://amzn.to/wf90cy

著者は普通のビジネスパーソン(サラリーマン)でありながら、
「働きながら社会貢献(パートタイムでの社会貢献)」という
新しいライフスタイルを考案し、NPOを立ち上げて活動されている方です。

マイクロファイナンスと教育のLIVING IN PEACE(LIP)
http://www.living-in-peace.org/

フルタイムではなく、自分の本業を持ちながら
いわゆる「空き時間」で子どもの貧困などの社会問題に取り組んでおり、
この本では主に児童養護施設を中心とした問題提起を行なっています。

さて、フツーのサラリーマンであった彼はなぜ
こうした活動に身を投じるようになったのでしょう?

経済学者のジェフリー・サックス氏によると、
極度の貧困、1日1.25ドル未満で暮らす人々を無くすために必要なお金は、
計算すると先進国に住む人々の支出の2.4%分/年に過ぎないそうです。

2.4%!

この数字をどう捉えるかは人によって様々でしょうが
日本のGDPで換算すると、日本のGDPは年間500兆円なので、
日本から12兆円のお金が貧困解決に回れば良いということになります。

12兆円というと到底集まらない気がするけれど、
組織や個人がその所得から2.4%ずつだけ出すだけと言われれば
解決できそうにも見える数字。。

単純に置き換えられるものではありませんが、
これを時間(労力)として考えてみたらどうでしょう?

24時間のうち2.4%なら、1日たったの35分。
人々が一日のうち半時間だけでも、社会問題解決のために動いたら…?
全員が難しいとしたら、じゃあ一部の人が1日2時間でも、社会貢献に時間を当てたら…?

アフター5や週末だけでも、真剣に社会問題にコミットする10%の時間は捻出できる。
そんな「パートタイム社会貢献」が増えて、全体の2.4%に到達すれば、
働きながらでも貧困を解決することができるのではないか?!

これが彼が、「パートタイム社会貢献」という発想にたどり着き
積極的な活動を始めた一つの動機だったそうです。
(あとの詳細は本をお読み下さい)(丸投げ)

著者の考えには色々と感銘を受ける部分が多かったのですが、
この2.4%という着眼点と発想は非常に素晴らしいと思います。

我々はいつも

「忙しい、忙しい」

と言って目先のことに夢中になり、
政治や社会問題から目を背けがちです。

「自分以外の誰かがやるだろう」
「こんな社会に誰がした!」

と言いながら、いつしか何も変えられないまま歳を重ねていく。
でも、本当にそれでいいのでしょうか?

朝寝坊する時間。飲み会で過ごす時間。なんとなくグダグダと流れる時間。
そうしたものを少しだけ、2.4%だけ社会のために使えないものでしょうか?

-世の中は、だれか一人の英雄によって変わるものではないけれど、
みんなが少しずつ変わることによって、ゆっくりと、でも確実に変化する。-
(本文より)

少しだけストレッチして、今の生活にない部分に手を伸ばすこと。
「政治」や「社会」に関わることは敷居が高いのかもしれないけれど、
その2.4%はひょっとしたら「投票に行くこと」なのかもしれませんね!

…と、強引に政治と結びつけて結論してみる。
(選挙の手間を考えると、本当に2.4%くらいかもしれないと思ったり)

さて、せっかくなので本書が触れている
子どもの貧困についても一言。

本書の中での問題提起として、子どもに対する社会保障の支出額が
先進国の中でGDP比ワースト2位(老人保障大国!)であること
なども
子どもの貧困の原因として取り上げられていますが、

中でも個人的に僕が最大の問題だと思うのはやはり、
母子家庭の貧困です。

先日も産経新聞にこんな記事が出たばかりです。↓

単身女性32%が「貧困」 男性は25% 20~64歳、国立研究所分析
http://bit.ly/zvcoKI

「なんだ、たった7%差か」とも見えますが、
これが母子家庭になると、なんと貧困率は48%に跳ね上がります

子どもが児童養護施設に送られてしまう理由は様々です。
けれどもやはり、経済的な要因がその中核となっているケースが多いと思います。
虐待や病気などは、親の貧困が原因となっていることが用意に想像できるからです。

母親が貧しいと、その子どもも貧しくなる。
悲しいくらいわかりやすい、貧困が再生産されるロジックです。

であれば、子どもの貧困解決の「ボーリングのセンターピン」は
女性の貧困を解決することだと、個人的に僕は思っています。

妊婦や子持ちになった女性が就労機会を奪われ、
所得が低下していくことが当たり前になっている日本社会。
これを打ち破らなければ、日本に明るい未来はありません。

「女性が真に力を発揮する社会」作りを目指すものとして(プロフィール参照)、
こうした問題に対する提起や政策提言を本コラムで行なっていけるよう
これからも自分の「2.4%」を捧げていきたいと思う次第です。

みなさんもぜひ、自分が捧げる「2.4%(1日30分!)」を見つけて下さい。
それでは、また次回。

2012/01/08

「職業選択の自由、人生選択も自由」
http://www.sony.co.jp/SonyInfo/Jobs/newgrads/concept/contents1.html

今年のソニーの新卒採用スタンスがネット上で話題になっています。
端的に言うと、

「来年3月に卒業する学生のみの一括採用をやめて、
 卒業から3年以内の学生をすべて「新卒」とみなして採用活動する」

というもの。
この制度は海外では「Gap Year(ギャップ・イヤー)」として知られており、
日本よりはかなり一般的のようです。

実は僕が学生のとき(6年前)にも少しだけ話題になった時期がありまして、
「日本にもギャップイヤーを!」という運動をしていた団体もあったのですが(今もあるけど)、
その時は今ほど話題にならず、ソニーのような企業も現れず、その動きは沈静化しました。

ギャップイヤーをどう思うかと言われれば、もちろん賛成です。
そもそも「新卒一括採用」というシステム自体が極めて日本的で特異なシステムですし、
多様性という観点からもこうしたキャリアの選び方は推奨されるべきだと思います。

しかし、一部で盛り上がっているような

「革命的な制度だ!」
「ギャップイヤーこそが、働き方を変える!」

というのは、少し違うと感じています。
ギャップイヤーが重要なものであるのは間違いありませんが、
厳しい見方をすれば多岐に渡る労働問題の各論の一つに過ぎません

この「ギャップイヤー」という制度を初めて聞いたとき、僕は何かに似てるなと思いました。
何と似ているのでしょう?

そう、産休(育休)を取得する女性のキャリアです。

ギャップイヤーの要点は、一本のレールに縛られず、
少しくらい寄り道や空白期間があっても、そこで得てきた経験を
仕事に活かしてキャリアを築こう!というもの
です。

この考えを何よりも求めてきたのは、出産を希望する女性たちでしょう。
欧米では、妊娠・出産をきっかけに退職するものの、子育て期間で貴重な経験を積み、
また違う企業に(日本でいうところの正社員として)再就職することも珍しくありません。

ところが日本では、キャリアの空白は許されません。
妊娠を機に退職すれば、ほとんどの人は再度働くとしてもパートタイマー。
子持ちの女性が正社員として再就職することは、極めて難しいのが現実です。

もともといる企業に残ったとしても、あってはならないことですが、
妊娠・出産前と同様のキャリアを築いていくことは難しくなります。
一戦から退いた期間を理由に閑職に回される例は、枚挙に暇がありません。

ことほど左様に日本の労働市場は、「道から外れる」ことを極端に嫌います。

大学生は卒業したら、正社員として企業にすぐ入る。そして、定年まで過不足なく勤め上げる。
一度でもその「正社員」というレールから外れたら、元に戻るのは極めて厳しい。
転職も留学もダメ。産休取得にも、目に見えないプレッシャーがかけられる…。

そう、つまり最大の問題点は、労働市場が硬直化していることなのです。
転職や退職、そして再就職という「流れ(流動性)」がしっかりと確保されることが、
これからグローバル化・多様性の時代に何より求められていることです。

であれば、このキャリア・労働問題における「ボーリングのセンターピン」はどこか?
僕は「解雇規制の緩和(≒正社員特権の剥奪)」だと考えます。

何度か本コラムでも言及しましたが、日本は正社員の待遇が手厚すぎ、既得権益化しています
有名な「整理解雇の四要件」のように、いちど正社員という「身分」を獲得すれば、
(法的には)企業はまずその従業員を解雇することができません。

高度経済成長期に日本を支えたこの「終身雇用を前提とする仕組み」は、
しかし、限界を迎えていることは明らかです。

これからはその状況と必要に応じて、人材を流動化していかなければなりません。
「企業が簡単に人をクビにできる」と言えば聞こえが悪いですが、転職が一般的になれば、
そもそも一つの企業に拘泥する理由もなくなるでしょう。

左派政党は派遣社員の正社員化などを主張しますが、逆です。
乱暴な言い方をすれば、「同一賃金、同一労働」の大原則に基づき
すべての人々が派遣社員になると考えれば良いのです。

そこで生まれるのは、健全な競争です。
必要なスキルを持った人が、必要とされる場所で働く。
それが終われば出ていく。また新しいニーズのあるところに異動する。

「レール」はなくなり、ギャップイヤーだろうが産休だろうが自由。
大事なのは紙の上での経歴や「正社員」などという肩書きではなく、
本当の意味での『経験』やその人が持つスキルになる…。

これが、硬直化した今の日本を活性化させる、
ほとんど唯一無二の方策だと言えるでしょう。

話を元に戻します。

労働市場が硬直化してもっとも割を食っているのは、言うまでもなく学生(若者)です。
企業はオジサンたちを解雇するためには、新卒採用を停止しなければいけません。
若者は職を失い、正社員は定年まで会社に居残り、退職金をたっぷりもらってゆっくり退場する。

こうした状況下で、「新卒」という枠ではすでに3割以上が職を得られない中、
出てきた悲鳴のような叫びが「ギャップイヤー」なのではないでしょうか

しかしながら述べてきたように、根本的な問題は内部にあります。
いくら入り口で改革(ギャップイヤー)を叫んでも、出口(解雇規制)をしっかり開けなければ、
行き詰まってしまうことは残念ながら目に見えています。

それでもこれは、大きなチャンスです。

この日本の硬直化したシステムは、特に出産を考える女性たちにとって、
これまでも決して小さくない問題でした。しかしそれは単に「問題のごく一部」として扱われ、
大きく社会問題化することも話題に取り上げられることも、あまり多くありませんでした。

この労働市場の問題が若者全体にまで波及したことで、
いま社会はこれまでにないほどこの問題に注目を集めています。

それが今回、ソニーが話題にのぼっている理由の一端だと思います。

就職難も、ギャップイヤーも、産休取得困難も、再就職難も、すべての根幹は一緒です。
若者や女性たち、利害関係者は一致団結して、「正社員」という特権にNOを突きつけて、
労働市場の流動化を進めるべく声をあげていくべきではないでしょうか。

…なんか終盤が市民団体のスローガンみたくなっていまいましたが、
最後に英国王立員会の発言を引用して終わりにしたいと思います。

「若者が減る社会は危険なほど革新的でなくなり、
 技術や豊かさ、知識や芸術面でも遅れを取る」
 (英国王立委員会報告/1949)

若者たちの就職難や、女性のキャリア問題も解決して、
彼らが持っている本来の力を発揮できる社会を創っていく。
願うだけではなく、自らも主体性をもってこうした問題に取り組んでいく1年にしたいと思います。

というわけで、今さらながら明けましておめでとうございます!
何気にtwitterやFacebookのリアクションを楽しみにしてますので、
本年もオトキタ並びに本コラムを、どうぞ宜しくお願い致します。

敬具