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2013/11/17

お久しぶりです。
少し更新に間が空いてしまい申し訳ありません…。

さて、色々な識者がコメントをしているので今更感もあるのですが、
私も自分なりに小泉さんの「脱原発」記者会見騒動について
考えたことを述べてみようと思います。

基本的に、時に政治にはストーリーがあって、役者がいると思っています。
最近、一番優秀で役割が明確な役者さんは小泉進次郎さんです。

例えば、自民党が選挙の時に「70歳以上は原則公認しない」と決めてるのに、
組織票目当てにそういう方に公認を出したりする。

すると、小泉進次郎氏が

「そんなことをやっていては、古い自民党体質は変わらない」
「国民の信頼を得られない」

とか党内批判をして、国民の溜飲を下げるわけです。
が、ここでのポイントは溜飲を下げるだけで、
あくまで自民党の決定は覆らないところです。

この流れと筋書きの中で、自民党と小泉進次郎氏は見事な共演者です。
自民党は、ルールを曲げてでも物事を通したい。でも、国民の信頼も損ねたくない。

そこで、人気のある小泉進次郎氏にご登板を願う。
小泉進次郎氏としても「若手改革者」のポジションから発言が
大きく取り上げられるし、国民の人気も上がって一石二鳥、と。

そんなわけで今回のお父上、純一郎氏の登場も
大きな筋書きの中の一幕であると考えるのが妥当です。
(本当に安倍首相に伝えたいだけなら、記者会見する必要ありませんしね)

もちろん個人の推測ですが、おそらく自民党自身が
原発推進政策に手詰まり感があるのではないでしょうか。
でも、今さら撤回も方向転換もし難い。そこで、純一郎氏に役者として白羽の矢が立つ。

さてここで、段階的に依存度を下げていくにせよ、即時原発ゼロを目指すにせよ、
避けて通ることができないのは最終処分場の問題です。オンカロ待ったなし。

先ごろ、政府与党は福島への「全員帰還」が困難であることを
認める見解を示したとの報道がありましたが、ここから一気に
福島を最終処分場にする提案まで持っていくんじゃないかと思います。

もちろん、極めて、極めて難しい政治的ハードルがある問題です。
そこで原発ゼロカードに加えて、最後のジョーカー小泉純一郎を切ってきた…。

なんてね。

まあ先送りが大好きな日本の政治に限ってありえそうもないし、
小泉さんが独特の政治嗅覚で何も考えずに立ち回っている可能性もあります(苦笑)。
しかしながら、この問題に大きすぎる一石を投じたことは確かでしょう。

私は原発ゼロというのは「結果」であって目標ではなく、
電力自由化によって淘汰していくのが筋であると考えていますが、
これからの政界の動向と世論の流れを注意深く見守っていきたいと思います。

ではでは、今日はこの辺で。

05:45 | 政治 | No Comments
2013/10/07

今年に入ってからの都議選、参院選で共産党さんが
躍進を遂げたのは記憶に新しいところですし、昨今の世論調査では
共産党の支持率が野党No1を取る場合すらあります。

「どうしてですか?」

とよく聞かれるので、今日はこれに関連した小話をば。

都議会議員に着任し、
委員会の配属が決まる際、

「文教委員会(教育分野を専門とする委員会)は、伝統的に共産党の力が強いですよ」

と言われ、ああここでもやっぱりそうなのか、と思った覚えがあります。
共産主義や社会的主義なイデオロギーを持ついわゆる「サヨクっぽい人」は
知識人に多いのですが、特に教育界やマスコミに多数存在します。

教員の労働組合である「日教組」なんてその象徴ですし、
朝日新聞、毎日新聞なども左掛かった思想を反映している大新聞です。

これにはちゃんとした理由と、彼らの「生存戦略」が背景にあります。

共産主義が台頭してきた時、まだまだこれを支持する人数は少なく、
民主主義の議会において過半数を取ることは当面不可能であると
賢明な彼らは早くから看過していました。

そこで彼らは、こう考えました。

「今は多数派になれないかもしれない。
 しかし四半世紀後、半世紀後に勢力図を逆転すればいい。
 そのためには思想を司る職業に、多くの人材を送り込むことが必要だ!」

こうして彼らが目をつけたのが
そのものずばり「教育」の世界と、
大衆の思想に大きな影響を与える「マスコミ」でした。

後のインテリ左翼と呼ばれる知識人候補の大学生たちは、
積極的に教育関係や報道関係機関などを就職先として選びました。

政界でも、政権与党がお金になりそうな経済方面にばかり根を張る間に、
彼らはお金にならず、目に見える成果が出にくいため人気のない
「教育」分野に注力し、確固たるポジションを築いてきました

こうして、日本の教育現場では反日教育が堂々と行われ、
日本の大新聞は靖国問題や慰安婦問題などを積極的に創りだし、
議会の場で共産主義・社会主義が後退を続ける中でも一定の存在感を保ちます。

ソ連が崩壊し、東西冷戦が集結して

「共産主義は終わった」

と言われてからも、彼らは粘り強くチャンスを待ちました。

「議会で勝てないならば、他の場所で勝負すればいい」

議会に依らない市民運動や住民直接投票に
左系の方々が熱心なのも、こうした考えによるものです。
彼らは現時点では、議会で勝つことはハナから諦めていたのです。

議席がどれだけ少なくなり、「確かな野党(笑)」などと小馬鹿にされても、
彼らは戦略に忠実に人材を創りだし、存在感を保ち、静かに時を待っていたのです。

そして今…

圧倒的な勢力を持つ与党を前に、太刀打ちできない既存の野党。
増税、原発促進の流れに、国民の気持ちは一つではない。

50年以上前から彼らが巻いてきた「タネ」が、
静かにその芽をもたげ始めた…

なんてね。

僕個人としては共産党さんの考えに共感するところはありませんが、
確固たる政治思想と組織を築いている稀有な存在だとは思います。

時代の要請によって、求められる政治思想は変わるもの。
共産主義がもう一度台頭するとは考えづらいと思っていますが、
彼らの戦略と世論の流れには注意を払っていたいと考えています。

それでは、また次回。

2013/01/28

「政治家志望・音喜多駿」としてジャンクステージで
約2年間に渡ってコラムを連載し続けてまいりましたが…。

先日のみんなの党渡辺喜美代表の記者会見にて、
わたくし音喜多駿は次期東京都議会議員選挙の
北区における公認内定者として発表されました。

http://www.youtube.com/watch?v=-zsv_srtLBM&feature=youtu.be&t=6m21s&noredirect=1

(6:21~の公認内定者発表シーンに飛びます。セリフはありません。。)

現在勤めている会社は1月末で事実上の退職となり、
2月より生まれ育った東京北区にてみんなの党の理念を伝えていく政治活動に入ります。

「政治家になる!」

と最初に言い始めてからどれくらい経ったのかは…
自分でも忘れてしまいましたが(苦笑)、
ようやく闘いのスタートラインに立つことができました。

そしてこの政治コラムを連載していく中で本当に
いろいろなことが勉強になったし、堅苦しい話題でもいつも
読んで下さった方々には感謝にたえません。

…と、なんか卒業するみたいな書き方になりましたが、
まだ闘いのスタートに立っただけで、「議員」という意味での
政治家になれたわけではありません。

まだまだ「政治家志望」ですから、政治活動を開始しながらも
何らかの形でこのコラムも継続できればいいな、と考えております。

どうぞみなさま、この「ジャンクステージ」のコラムから
政治家(議員)が誕生する瞬間を見守っていただき、
応援やご支援などもいただければ幸いです。

取り急ぎ、ご報告まで。
今後とも宜しくお願い申し上げます。

音喜多駿

2013/01/15

日本では多くの人が選挙に行きません。
地方選挙では、下手したら6割以上の人が行かないことすらあります。

民主主義国家なのに。
自分たちのことを、自分たちで決める、大事な選挙なのに。

どうしてでしょうね?

「よくわからなくて、めんどうくさいから」

色んな言い訳があっても、だいたいこの言葉に
その理由の八割くらいが集約されている気がします。

そんな人たちには、どういう言葉で説得したらいいのでしょう?

「行かないと、自分たちが損をすることになる」

これは、それなりに説得力のある戒めです。
だからこそ、高齢者の投票率は若者のそれに対して格段に高い。

でも、今は政治なんかの保護に頼ることなく、
毎日を楽しく生きる若者の心には届きません。

「民主主義は、先人たちが血を流して勝ち取ってきた、貴い制度だ」
「昔の人は、選挙に行きたくても行くことができなかった」

そんな高尚な理念で攻めてみるのはどうだろう。
でもここで、民主主義の根幹にぶち当たります。

そもそもみんな、政治に参加したい(選挙したい)んでしょうか?

民主主義にまつわる、3つの歴史を見てみましょう。

古代ローマでは貴族の圧政に苦しむ人々が貴族制を打倒し、
世界最古の民主主義制度を築きました。しかしその後、三頭政治や
カエサルの独裁を経て、アウグストゥスをもってローマは帝政へと移行します。

近代フランスでも、重税に苦しむ大衆の不満が引き金となってフランス革命が起こりました。
しかしその後、革命の指導者たちが先鋭化し粛清の嵐が吹き荒れ、社会は不安定になりました。
そこに颯爽と登場したナポレオンは圧倒的な支持を得て、ほどなくしてフランスは帝政になります。

第一次世界大戦後のドイツは、世界で最も民主的な憲法を持っていましたが、
戦争によって負った賠償金で国の経済はガタガタ、プライドはズタズタになりました。
そんな中で台頭したヒトラーを民衆は諸手を上げて迎え、ドイツはファシズムを体現します。

いずれの例でも民主主義がもたらしたのは
安寧や理想の社会ではなく、新たな帝王や独裁でした
しかもそれは、「民主的な」選択によって選ばれたのです。

このことから論理的に導き出される帰結はずばり、
民衆は民主主義など求めていない、政治になんかできれば関わりたくないということです。

ローマの民主政もフランス革命も、
圧政に苦しむ人がそこからの解放を求めて始まっただけで、
何も「政治に参加したかった」わけではなかったのです。彼らはただただ、

「今よりもっとマシな暮らし」

を求めていただけなのです。
だから同じ理由で、帝政や独裁へとまた回帰していきました。

したがって、

「民衆は本来政治に参加したいと思っているはずだし、参加するべきだ」
「そのために歴史上多くの血が流れ、民主主義はその犠牲の上に立っている貴い制度だ」

というロジックはまったく成り立たないどころか、
むしろ民衆が選挙を忌避することさえ納得できてしまうのです。

そう考えると、投票率が低いことは寿ぐべきことかもしれません。
民衆は

「マシな暮らし」

ができている限り、政治になど関心は持たないのです。
つまり、投票率が低いことは、社会が安定していることの裏返しなのかもしれません。

それでも僕は、今の現状を看過する立場に与しません。
選挙には行くべきだし、政治にはもっと参加するべきです。

民主主義は我々に安寧も理想ももたらさなかったけれど、
それでも世界がこのシステムを採用したのには理由があります。

誕生以来何千年かけて人類が学んだ最新最強の知見は、
一部のエリートたちが起こすシステム・クラッシュよりも、
愚かにも少しずつ損をする民主主義の方がよっぽどマシということです。

民主主義下で民衆の関心が政治から遠ざかることで、
この社会はゆっくりと劣化していきます。恐らく、破綻は突然訪れるでしょう
その時、大衆は独裁を望み、そこにはもれなく戦争と混乱が付いてきます。

戦争や混乱を望む人など多くないはずです。
しかし何度も、何度も、歴史の中でこうした流れが繰り返されてきました。

そんな中でも。

今度こそ、同じことは起こらない!
今の日本人の教養レベルと、現代のIT技術を持ってすれば、
民主主義は次なるステージに必ず辿り着ける!

そう信じて、信じて、愚直に政治参加を訴え続けることだけが、
政治の道を志したもののレゾンデートル(存在意義)なのだと、僕は思います。

だから最後に、しつこいようでも
(そして伝えたい層はこんなコラムを読まないんだけども)

「よくわからなくて、めんどうくさいから」

選挙に行かない将来世代の仲間たちへ。

「行かないと、自分たちが損をすることになる」

ことに薄々気づきながら、選挙を忌避する若者たちへ。

いま選挙に行っていなくても、

「学生時代にもっと勉強しておけばよかった」

なんて後悔をしている人はいると思います。
そうした後悔と、選挙に行かないことで被る損害は
まったく別次元のものであることをお伝えしておきたい。

あなたが「勉強しなかった」ことで被る被害は自分だけのものですが、
選挙に行かないことで被る被害は同世代全員、そして将来世代にまで渡る大損害です
自分たちの子どもや孫にまで、ツケを包装して贈呈する明白な選択ミスです。

民主主義は、恐ろしいシステムです。
政治家は、みんなの代表ではありません。
政治家は、選挙に行く人たちの代表です。

1票では、何も変わらないと思わないでください。
1票でしか、この社会は変わらないのです。
なぜなら、日本が民主主義だからです。

入れたい人がいないかもしれません。
選びたい政治家がいないかもしれません。
それでも、もうちょっとだけ辛抱して、選挙に行き続けて下さい。

その「選びたい政治家」が一人でも多くなるように、
僕も牛歩の歩みながら、研鑽を積んでいきたいと思います。
少しでも早く、前へ。前へ!

というわけで皆さま、明けましておめでとうございます!(遅っ)
今年の決意表明も兼ねた新年一発目のコラムですが、
なんだか重たくてゴメンナサイ。

ここまでお付き合いくださった皆さま、ありがとうございます。
本年も本コラム及びオトキタシュンを、どうぞ宜しくお願い致します!

2012/10/15

以前にヒップホップの指導資格新設の件で
「政治とダンス」について記事を書きましたが、

ヒップホップが狙われた理由 -政官マスコミ、腐敗の果てに-
http://www.junkstage.com/syun/?p=250

まだダンス絡みで政治(法律)にちょっとした動きがありますので、
ダンサーの端くれとして今回もなんか書きたいと思います。

僕がノロノロしており募集は締め切ってしまったのですが、
警察庁が先週末までとある風営法(の中の政令)改正案について
パブリックコメント(要は世間のご意見)を募集しておりました。

「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行令の一部を改正する政令案」等に対する意見の募集について
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=120120009&OBJCD=&GROUP=

とリンクを貼り付けておいてナンですが、せっかく飛んでもらって
わざわざPDFファイルを開いていただいたとしても、おそらく99%以上の人には
まったく意味不明だと思いますので、解説させていただきますね。

(なんで官僚ってのはこういう書き方しかできないのか・・・ブツブツ。。)

まず衝撃的な事実をお伝えしなくてはならないのですが、今現在、
わが国でダンスを教えることは風俗に当たります。なんだってー!!
(風適法第2条第1項第4号)

これには色々と歴史的背景がありまして、かつての社会では
社交ダンス場が売春斡旋やドラッグの売買の温床となっていた時期があり、
お酒を出す所謂「キャバレー」だけでなくダンスホール自体も風俗規制の対象としたようです。

法律というのは強力な硬直性を持っておりますので、
時代が変わってダンスが「スポーツ」「文化」となった(かな?)今でも法律上は
それらをスタジオ等で踊ったり教えたりすることは「風俗営業」になると、こういうわけですね。

半年ほど前にクラブが「客を躍らせた」ということで検挙された事件が
話題になりましたが、そもそもダンスそれ自体が風俗だとみなされているので
それを厳格に適用すれば深夜0時以降に客が踊ってる店は全部アウト。

ちょっと話はそれますがこのクラブ摘発事件は、

・風営法の許可を取れば、深夜0時以降は営業できない
・深夜営業の許可を取れば、ダンスという行為ができない

という現実と法律が乖離しているジレンマから生まれたものだったわけですね。

風営法ってのは本当に適用が曖昧な法律で、時の為政者や官僚の胸先三寸で
運用のルールが変わって街の様子が一変します。首長が替わる度に、その都市の繁華街の
雰囲気が変化することは、その辺に明るい人は薄々察しているのではないかと思います。
(その辺に明るい人?)

なお大阪では、橋本徹さんが市長になってほどなく
宗右衛門町(東京でいう歌舞伎町)から「セクキャバ」という業態が消え去ってすべて
「ツーショットキャバクラ」へと姿を変えており、客引きも締め付けに嘆いておりました。

…話をダンスに戻します。

というわけでダンス教室は区分でいうとキャバクラやソープに近い扱いなので、
ダンススタジオという存在はなんとなく繁華街の胡散臭いところにあるのですね。
ちなみに僕が通っているスタジオも歌舞伎町の端っこの方で、ラブホテル街のど真ん中です…。

そしてきちんとしたスタジオはちゃんと風営法の許可を取っていると思いますが、
フリーのインストラクターで貸しスタジオで生徒さんに教えているダンサーの方なんかは
そもそもこういう事実や法律をまったく知らなかったりします(危ない!)。

深夜練とか、お金取って教えてたら厳密には完全にアウトですな・・・。

とはいえ、ダンスが「風俗」とみなされ続けることに対して
ダンス業界も無抵抗でいたわけではありません。

かつてはビリヤードも同じく風俗とみなされ、
玉突き場(ビリヤード場)には厳しい規制がかけられていましたが、
時代の変遷の中で風俗規制から外されたという事実もあります。

そして一部ダンス関係者たちのロビー活動が実りついに1988年、
一定の条件を満たしたダンス教室は風営法の対象外となりました。
その一定の条件というのが、条文の中では長ったらしいのですが要は

国が認定する特定団体から講習を受けて、資格を取得した指導者がいること

なんか、どっかで聞いた流れだな…。
そしてその「国が認定する特定団体」というのが1988年から現在まで

・社団法人全日本ダンス協会連合会
・財団法人日本ボールルームダンス連盟

の2つだけなのです。

そしてコレ、名前を見ればなんとなくご想像がつくかと思いますが
どちらも社交ダンスの団体です。つまり今、社交ダンス以外のジャンルは
風俗規制から抜け出すことはできない
のです。

さあ話が冒頭にグルっと戻ってきました。

この状況を変えましょう、というのが今回の
警察庁がパブリックコメントを募集している改正案。

端的に言うと、今現在2団体だけになっている
「国の認可団体」の幅を広げて、色んなジャンルのダンスを
救い上げて認可団体を作れるようにしよう!ということ
らしいです。

これは果たして、喜ぶべきことなのでしょうか?
前置きがすんごく長くなりましたが、今日の論点はここです。

確かに一見、社交ダンス以外のジャンルにも認可団体を
増やして認めていこうという姿勢は、ストリートダンスやサルサやタンゴ、
民族舞踊などにも理解が広がってきた前向きな姿勢にも思えます。

しかし逆から見れば、これまでは社交ダンスに限定され
それ以外はグレーゾーンで放置をしていた領域まで、
国の監視を行き届かせようとしているとも取れる
のです。

僕の意見を結論から申し上げると、このような小手先の改正ではなく、
風営法からダンス規制自体を撤廃するべきであると考えます。

ジャンルが多岐にわたり、そもそも「芸術」の分野であるダンスを、
「国が認定する団体」を通じてコントロールしようとすること自体に
そもそも無理があるし、現実と法律はどんどん乖離して破綻寸前です。

いま現在もダンスがアングラな文化で犯罪の温床になっているならともかく、
ダンスはいまやスポーツや文化として一般的に認知されおり、
中学の体育の授業にも取り入れられるなどむしろ健全化が進む一方です。

国や行政の規制はあくまで消費者保護に限るべきであり、
その必要性がほとんどなくなった今、ダンス教室やクラブの運営は
市場原理に任せて競争主義の下で淘汰されていくべきです

今の現状を鑑みればビリヤード同様、ダンスも規制対象から外すのが筋なのに、
警察利権はまだ苦し紛れに政令を改正し、様々なジャンルにまで監視の目を広げ、
自らの権力を手放そうとしないどころかますます強化しようとしているように見えます。

これを許して「特定団体」制度がますます強化されれば、
官僚の天下りの温床となる組織が雨後のタケノコのように誕生するでしょう。
「ストリートダンス検定」なんて実施する例の厚生省外郭団体は大喜びですね。

しかしこの動きには、ダンス業界でも意見が分かれています。

「確かに、風営法からダンスが除外されるのが理想。
 でもそうは言っても、そうなるまでの道はまだまだ険しい。
 それなら一旦この改正を受け入れて、風営法の規制から抜け出したい…」

そのように考えるダンスインストラクター、ダンススタジオ経営者もいらっしゃいます。
またレバ刺し規制が一部の人々に歓迎されたように、

「国がしっかり監視して、守って欲しい」
「いかがわしいクラブやダンススタジオは、行政が淘汰して欲しい」

と思う人々も、決して少なくありません。
自由な選択には常に、重たい責任が伴います。

ダンスの法律ひとつ取っても実は
社会のあるべき姿、これからの国が進むべき姿が垣間見えるのです。

皆さんは、どう思いますか?
ダンスはまだ、いかがわしい風俗でしょうか?
国に守られた規制の中で、ずっと踊り続けますか?

ダンスに関わる風営法に興味を持った方は、
こんなサイトも参考にしてみてください。
http://www.letsdance.jp/

それでは、また次回。

03:08 | 政治 | No Comments
2012/09/17

今回はすこし趣向を変えて、
画像中心のリポートなんかをば。

ふと思い立って、三連休の空き日を利用して
飯館村(福島県南相馬郡飯舘村)に行ってきました。

てっきり部外者は立ち入れないのかと思い込んでいたのですけど、
実は案外と普通に入れるということを知り、物見遊山との批判も覚悟で
その実態をこの目で見るべく向かったわけです。と最初に言い訳。。

ほとんどの方はニュース等でご存知かと思いますが…
飯舘村は原発から30km圏内ではありませんが、風向きの関係で
福島原発から大量の放射性物質が降り注いでしまった悲劇の自治体です。

放射線量の議論が紆余曲折あった末、多くの村民も反対する中、
原発事故から実に二ヶ月後に「計画的避難区域」に設定されることが決定。
6000人の村民全員が今は村外で避難生活を送っています。

近くの幹線道路までは普通に車の往来があるものの、
道を一本曲がって飯舘村に入ると、途端に人気も交通量もなくなります。

事前情報は色々と調べて覚悟をして行きましたが…
実際に目で見て、肌で体感した飯舘村の中は
筆舌に尽くしがたいものでした。

地震や津波の直接被害があったわけではないので、
街並みは普通そのもの。でも、お昼時だというのに
当然のことながら人の気配は一切ありません。

友人と三人で街(村)の中を歩いていたのですが、三人が一斉に黙ると
本当に物音ひとつしなくなり、ただヒグラシの鳴く声のみが響き渡るその状態には、
まだ明るいのに鳥肌が立つほど。

人の手が入らないと、側溝とかもあっという間に雑草で埋もれてしまうんですね…。
憩いの場であったであろう、公園もこんな有様。

なかなか綺麗な建物である村役場の敷地内。
しかし人が一切通らなくなったアスファルトからは、雑草が伸びています。

水などのインフラは、そのまま生きているようでした。

役場の入り口には、モニタリングポストも。
数値は0.75前後を推移していましたが、東京のおよそ15倍の数値。

ただこれでも、役場の周りは後述するように集中除染地帯であり、
山や田畑の中ではこの数十倍を記録する場所もあるそうです。

なお、村役場のとなりにはもともと特養ホームだった建物があり、
ここだけには多くの人たちの気配と車がありました。

「見守り隊」と名付けられた村民の方々が交代で常駐し、
村内のパトロールや保全を定期的に行なっているそうです。

使用されなくなってしまったポスト。

2011年の4月までの情報は貼りだされていた掲示板。

そして村役場の近くには、震災後に建てられたと思われる
プレハブ小屋が集中している地帯がありました。

「え、仮設住宅?!誰が、何のために??」

と思い近づいてみていると、

成程…

どうやら除染作業に従事する方々の拠点らしく、
この日は日曜日のため人はいませんでしたが、
平日にはある程度の人が常駐している模様。

そして見守り隊が常駐している特養ホームや
村役場の近くを中心に、除染作業を行なっているようです。

何事も、行ってみないとわかりませんね…。

そして今回、もっともショックだったのは、田畑。

美しく、村に恵みをもたらしていたであろう田畑は
その原形も留めぬほど、荒れ果てた耕地へと姿を変えていました。

一度こうした状態になってしまった農地が再び
恵みをもたらすようになるには、多大な時間が必要だそうです。

考えさせられるのは、飯舘村は原発立地体ではないので
いわゆる「原発マネー」の恩恵も一切受けず、
原子力と無関係の農業中心の生活をしてきた
ということです。

二番の歌詞が、胸に突き刺さります。

原発に故郷を追われ、恵みをもたらす農地を放棄させられ、
荒れ果てていく土地を見ることしかできない
村民の方々の心中はいかばかりでしょう…。

わずか2時間あまりの滞在でしたが、
心に大きなしこりを残したまま、我々は飯舘村を後にしたのでした。

そして田畑の状態と並んで、もう一つ最も衝撃的だったのは、
帰り道に見た光景と事実でした。

飯舘村の隣の自治体は川俣町なのですが、行政区分を一つ跨いだこちら側では、
飯舘村から5キロと離れていないのに普通に人々が生活し、
田畑も手入れが行き届き、美しい光景を残しているのです。

正直なところ、単純な放射線量だけの国際基準から照らし合わせれば
このあたりまで(むしろ福島全域が!)避難区域になっていても
おかしくないわけです。

もちろん、政治のリーダーは放射線量だけでなく
諸々さまざまな状況や条件を考えて決定を下します。
でも…

行政区分ひとつで。
政府が「ここ!」と決めた線引で。。

残酷なまでに、目の前の光景が二分されていること。
この現実が、重く心にのしかかってきます。

原発の維持・放棄を含めたエネルギー政策は複雑で難解な問題を多々含み、
今後どういった方向に向かうかはまだ予断を一切許さない状況です。

僕は原子力政策には比較的中立な立場の人間ですが、
今後(たぶん)政治の世界に関わっていくものとして、

一つの事故で、何万人もの生活と故郷を一瞬にして奪うこと。
非常事態の政治の決定は、とてつもなく大きく、重い結果と責任を伴うこと。

このことには、常に自覚的でありたいと強く思ったのでした。

飯舘村の人々は、故郷に帰ることができるのか。

現在の原発の状況と除染技術ではそれは極めて困難と言われており、
また村を実際に見た感想としても、難しいのではないかと感じたのが正直なところです。

それでも。

劇的に事故状況や科学技術が改善して。いつか彼らが故郷を取り戻し、
美しい山河で暮らすことを、僕は願わずにはいられません。

では、また次回。

11:01 | 政治 | No Comments
2012/09/10

橋下徹氏が率いる「大阪維新の会」が正式に国政進出を宣言し、
文字通り政界には激震が走っております。

衆院定数を半減 「維新八策」最終案の全文
http://www.nikkei.com/article/DGXNASHC3103B_R30C12A8000000/

報道では飛ぶ鳥を落とす勢い、イケイケ(死語)の彼らですが、
果たして死角はないのでしょうか?なんか加熱報道に食傷気味の僕は
敢えてここで冷水でもぶっかけてみたいと思います。

「この国の統治機構の在り方を変えるため、政権奪取を目指す!」

そう威勢よくうたって船出した『日本維新の会』。
政権奪取、具体的には次期衆院選での議席数過半数を目指し、
350人以上の候補者を擁立するそうな。

そんな彼らを待ち受けるワースト・シナリオとして、
それも結構な確率でありそうなのが、単なる少数野党になるケースです。
もっと言うと、自民+公明が過半数の議席を取る場合です。

順を追って説明しましょう。

まず、維新の会の最大の弱点は何か。
それは彼らの党綱領とも言える「維新八策」が
他のどの政党とも連携できないほど過激なものである点です。

「議員数を半分にすると言うと、みんな波が引くように逃げていく」

橋下代表自らがそう自嘲気味に語るように、
彼らの「統治機構を変える」という政策は既存政党の目指すものと
あまりにもかけ離れており、それだけ妥協することが難しい代物です。

戦後一貫して「大きな政府(福祉国家、中央集権)」を目指してきた
既存政党たちとは180°違う価値観を提言したわけですから、
それには相応のリスクが伴います。

民主主義における政治というものは、一つの価値観が他を
圧倒するということは滅多にありませんし、また望ましくもありません。

違う考えを持った政党同士が意見をぶつけあい、調整し、折り合っていく。
ここに政治のダイナミズムがあるとも言えます。

ところがここに、受け入れに充分な時間もなく
まったく異なる価値観とそれなりの勢力を持つ政党が誕生したらどうなるか?

他の政党はこれと歩み寄るよりも
徹底的に叩き潰す、無視することを選ぶのが定石でしょう。

以上を踏まえて、最悪のケースを見てみます。

過去最大の新党ブームと言われた「日本新党」が旋風を巻き起こした
1993年の衆議院選挙で、彼らの獲得議席は35議席。
新党のデビュー戦では、これがレコードとなっています。

今回「日本維新の会」がこの記録を上回り50議席近くを獲得したとして、
それでもまだ「自民+公明」が過半数を取る可能性はあります。

すると、「日本維新の会」はキャスティング・ボード(※)を握れず
単なる「少数野党(one of them)」として埋没。

※キャスティング・ボード
同等の勢力が拮抗している状態で、第三の少数勢力が影響を及ぼすこと。
最近では公明党がその代名詞である(?)。

自前の法案を提出してみたり、政府案に反対してみたりするも、
過半数を抑える与党の前では大きな抵抗にならず半ば無視。

そうこうするうちに人気は「賞味期限切れ」を迎え、
大阪府政の運営と引換にあらゆる局面で妥協を迫られ、
何もできないまま有権者から見放されて空中分解…。

これが、僕が考える「最もありえそう」な
日本維新の会がむかえるワースト・シナリオです。

では逆に、ベスト・シナリオはどうでしょう?

もちろん、本当に過半数の議席を得て政権奪取!
…と言いたいところですが、以前にも書いた理由から
それはほとんど不可能だと僕は睨んでいます。

次善のベター・ケースとしては、
『日本維新の会』や、唯一彼らが提携可能な『みんなの党』らの
第3勢力が大きく議席を伸ばして、単独過半数の与党出現を防ぐ場合です。

これで俄然、国政運営は熱を帯びてきます。

政権与党はそれぞれの法案提出するのに
第二極、第三極との交渉・折衷が重要になりますから、
「維新八策」の内容が少なからず政策形成に影響を与えることになるでしょう。

またこのケースでは自民・公明・民主が野合(※)して「大連立」することも
考えられますが、そうなったらそうなったで維新の会らが第二極に浮上。
次期総選挙では日本憲政史上初の

「大きな政府」VS「小さな政府」

の対立軸が争点となる選挙戦が展開され、
米国や英国のような真の二大政党制が確立されるかもしれません。
(まあ、日本が2020年くらいまで破綻しないことが前提ですけど)

※野合(やごう)
共通するものもないばらばらの集団が、まとまりなく集まること。
類義語に「民主党」、「国民の生活が第一」などがある(半分ウソ)。

…いずれにせよ、このタイミングで「国政進出」という
大博打に出た維新の会は、おそらく今回は与党になるであろう自民・公明に
イニシアチブを握られる(過半数を取られる)か否かが生命線となるように思えます。

少し話がぶっ飛んでいるので想像しにくかったでしょうか(ゴメンナサイ)。
ではこうした中で、我々有権者が取るべき行動はなんでしょう?

もしあなたが若く、今の日本の政治を憂い、

「このままじゃダメだ!」「何かを変えたい!」

と思っているとすれば、
「民主がダメだったからまた自民」という投票行動は
最悪のケースを招くと考えて良いでしょう。

昨今の長老政治の跋扈や郵政民営化の後退などを見るに、
自民党はかつての歴史を反省するどころか反動の一途を辿っており、
これまでの政治の延長、既得権益が緩やかに維持されていくことは間違いありません。

もっとも、それは悪いことばかりではないかもしれません。

いくらこのままでは日本がダメだと言っても、
仮に今回維新の会がぶちあげた「維新八策」の社会が実現して、
居心地の良い人ばかりとは限らないからです。

彼らの理念の中で多様される

「自立」
「責任」

という強い言葉たちは、
我々国民一人ひとりに大きな負担を強いることになります。

これまでのように「誰か偉い人」に任せていれば、
それなりに平等な社会で生きていけることもなくなるでしょう。

そしておそらく待っているのは、いま以上の「格差社会」です。
(もっともそれは、「努力した人と、しなかった人の差」になるはずなのだけど。)

それを、

「これぞ自由で平等な社会!」と取るか、
「そんな熾烈な競争社会…」と捉えるか。。

次の選挙の投票行動は、そんな価値観で決まってくるのかもしれませんね。

ちなみに。

「自立」「(自己)責任」というワードを聞くと
小泉純一郎氏を思い出される方もいらっしゃると思います。
そうした価値観の権化とも取られる彼ですが、彼がもともと使っていたのは

「自律(自分を律する)」

という言葉の方でした。

自立、自立と言われるよりも、
こちらの方がこれからの日本のあるべき姿として
僕にはしっくりきたりするんですけどね。

それでは、また次回!

2012/08/26

夏休みを利用して、沖縄に行ってきました。

台風の迫り来る最中、1日だけ写真のような青空に出会えまして。

まあ政治家を志すものとして、今回はビーチリゾートもそこそこに
基地問題や戦争当時の様子などの勉強を目的に行ってたわけです。
…ほんとですよっ!

沖縄といえばリゾート、癒しの観光地である反面、
政治的には非常に複雑な問題を抱えた地であることは皆さんご存知かと思います。

そんな沖縄について勉強する中で、基地問題などメジャーでない部分で
少し興味深いものを発見したので、今日はそのあたりについて書きたいと思います。

今年は沖縄返還50週年にあたる年で、
政治的には沖縄は1972年まで日本ではありませんでした。
なのでその前後の時期まで、本土の制度や法律が及んでいない部分があったわけです。

このことが意外な部分にも影響を及ぼし、今日まで尾を引いているようです。
そう、それが昨今ずっと話題の「年金」です。

国民年金が導入されたのは1961年。
この時、沖縄はまだ日本ではなかったのですね。
このために紆余曲折があり、沖縄で年金制度が始まったのは1970年になります。

国民年金を受け取るためには、20歳~60歳までの間に
最低25年間、支払を続けなければなりません。

ところが沖縄では始まったのが9年も遅いわけですから、
年金スタートから真面目に払っていても25年に到達できない世代が出てくると。
「同じ日本国民なのに、不公平ではないか?」そういった意見が聞かれるようになります。

そこで制定されたのが、「沖縄特別措置」です。
これは1961年~1970年の間、沖縄に住んでいた期間が証明できれば
その期間中の年金支払いは免除する(納めたと見なす)というものです。

納めていないのに「見なす」ことが逆に公平性を阻害するという見方も
ないわけではないと思いますが、歴史的にいろいろな事情を抱える沖縄の方々に対し、
これはそれなりに適切な処置だったのではないかと個人的には思います。

ところが、問題はここからです。

この年金の「沖縄特別措置」。
どうやらその存在がそれほどメジャーではないらしく、
当の沖縄の人たちの中にも知らない人が多いようなのです。

いわんや本土の人間をやということで、
僕も年金についてはひと通り勉強したつもりでしたが、
この法的措置についてはまるで知りませんでした…。

そして年金保険事務所も故意か過失か、この特別措置を
沖縄の該当者に積極的に告知しなかったという説があり、

「措置の存在を知らず、もう収め続けても25年に到達しないと諦め、
 国民年金から途中で脱退してしまった」

という沖縄県民を少なからず産みだしてしまった、と。
(参考文献:新書沖縄読本/講談社現代新書)

「知っていれば、あと◯ヶ月年金を納めればもらえるようになったのに!」

上記の参考文献の中では、そんな沖縄県民のオジィを
助けるべく奮闘する著者の姿が描かれています。

この本の中の事例では、最終的には年金保険事務所が
「本人が脱退を決める前に、職員が充分な説明をしなかった」というミスを認め、
脱退を取り消しさかのぼって年金を納める特例を認めたそうです。

このような事情も関係があるのかわかりませんが、
沖縄県民の「年金」に対する信頼度は極端に低く、国民年金の納付率を見ると
全国平均の62%に対してなんと40%(2009年データ)。これは全国でも最下位のようです。

少し話しは広がりますが、こうした事例一つからでも見えてくるのが
「国家」と「沖縄」の本当に複雑で難しい関係です。

かつては琉球として独立国家であり、
「琉球処分」後に日本に組み込まれてからも
どこか同一になりきらなかった沖縄。

一時はアメリカにまでも帰属し、そのために法制度が複雑になり
年金ひとつにしてもこのような特別措置が生まれたわけですけれど、
「年金への信頼関係」を見ても、沖縄の方々は少し違う感覚を持っているのかもしれません。

言葉にするのは難しいのですが…

僕らはブーブー文句を言いながらも自分たちが当然「日本国民」だと思ってて、
「日本」が最終的にはなんとかしてくれると思っている。

年金などの社会保障システムは、その「日本」が運営するシステムとして
とりあえずは当たり前のように目の前にある。だからまあ、過半数の人は
心配しながらも大人しく納める側に回る。

ところが沖縄の人にとってそれは、もしかしたら当たり前じゃないのかもしれない。
僕らが思っている以上に沖縄の人たちはもとから「国家」なんてものを信用してなくて、
それが40%という低い年金納付率につながっているのではないか…。

なんてことを、ちょっと感じたりするのです。

このあたり、非常に繊細かつ難しい問題なので、
いずれ改めて必ず取り上げたいと思います。

また、僕は年金というのは非常に優れた
今世紀最大の制度的発明の一つだと思っているのですが、

50年、100年を広い国家単位で運営する制度って
本当に複雑怪奇で難しいものなのだな、と改めて思わせられる事例でした。

そんなこんなで観光も含めて非常に充実していた沖縄滞在。
もっともっと勉強して、いつか沖縄についてもっと語れるようになったら、
(その時はもしかして政治家として?)必ずまた再訪したいと思います。

その日までしばらく、バイバイ沖縄!
台風15号には、くれぐれもお気をつけて…。」

09:14 | 政治 | No Comments
2012/08/03

改正労働契約法が可決されたとのことで、
今日のトップニュースになっていましたね。

改正労働契約法 待遇改善へ大きく前進 5年を前に解雇…“抜け道”指摘も
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120803-00000112-san-bus_all

要は派遣の期間を規制して、一定以上の期間を同じ企業に勤めたら
正社員にしてあげなければダメですよ、というルールを
さらに厳格に運用させるものです。

それで思い出したんですが、
ていうか仕事に直接影響して思い知ったんですが、
10月から「労働者派遣法」の改正も実施されます。

名前が紛らわしいんですが、こっちは
「日雇い派遣(30日以内)」を原則禁止するというものです。

つまりこの「労働契約法」と「労働者派遣法」の改正で、

・長期間働いた派遣社員は正社員にしなければならなくなり、
・そもそも「短期」の派遣はその存在そのものが禁止される

ということにあいなりました。

特に後者の方が個人的に影響がありましてね…。
これによって繁忙期の2週間だけとか、イベントを行う
5日間だけの契約ということができなくなっちゃうわけです。
俺はイベント屋なんだよコンチクショウ

一見、

「おお、つまり世の中すべていずれは正社員になるってことか?!」

という超脳天気な見方が出来なくもありませんが、
普通の人がちょっと考えれば到底不可能な妄想であり、
端的に言ってとんでもない改悪法案であると思います。

当たり前ですが、企業の資源(資金)は有限です。
もっともコストが高い正社員を雇える数は限られています。

その中でこれまで派遣であった人を正社員にしたり
新たに雇おうとすれば、当然のことながら今いる正社員を減らしたり
少なくともお給料を下げるという努力が必要になります(右肩上がりの業績でない限り)。

ところが、今の日本の法体系では
この当たり前のことが極めて難しい状況にあります。

日本企業が正社員を解雇するためには
労働契約法第十六条、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、
 その権利を濫用したものとして、無効とする。」

という厚い厚い壁を突破しなければなりません。

一例を上げると、正社員を解雇するためにはまず
「新卒採用の抑制」を行なって企業努力をしなければならなかったり、
とにかく今の日本では正社員の権利は強固に守られています。

(…これってすごいよな。解雇するために新卒採用を抑制したんじゃ
正社員が増えるわけもないし、しわ寄せは若者に行くに決まってんじゃん。ボソボソ)

えー、何が言いたいかと申しますと、
今回の改正は「入り口」だけの改正で「出口」にまったく手をつけておらず
こんな規制をしても正規雇用が純増したり失業率が下がるはずがないということです。

パイの大きさが同じなら、削る方法も一緒に提案しなければ
イタチごっこが繰り返されるに決まっています。

僕は常々日本に必要な処方箋の一つは
「労働市場の流動化」であると唱えてきましたが、
今回の改悪はこの本題に切り込まないまさに「小手先」のものです。

こういう改正が通ってしまうあたり、
本当に政治家たちは

「これで本当に物事が良くなると思っている」真性の◯◯なのか、
「無駄だとわかりつつ仕事をしたフリをしている」怠慢の塊なのか…

いずれにせよ、末期的な症状であるとしか申し上げられません。

なんか「大企業=悪」「企業はいくらでもカネをもっている」と
半ば本気で思っている老害リベラルが多いのも日本政界(社会?)の
大いなる欠点だと思うんですけどね、個人的には。いつまでマルクス気取りかと。。

物事が変わらないどころか、短期雇用にふさわしいスキルで収入を得ている人や
そうしたライフスタイルを選択したい人を虐げる今回の改悪。

非正規雇用で力を発揮できない人材にチャンスを与えたいなら、
やはり今の立場にふさわしくない人たちには退場してもらわなければなりません。

能力とやる気のある人がそれにふさわしいポジションを
得られる環境を整え、競争を活性化させ経済を伸張させていく。
結果、市場が広がり雇える正社員の数自体が増える

こうした「改正」を行なっていくのが本来の政治の役割のハズです。

なお、日本と同じく失業率の高さに苦しむイタリアでは
先ごろ(3月)解雇規制の緩和が閣議決定され、労働市場の流動化に向けて
失業対策に苦しむ先進国の中でいち早く走り出しています。

解雇規制の緩和案決定=労働市場改革、難航も-イタリア
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201203/2012032400087&g=int

ヘタリアとか馬鹿にしてる場合じゃないよ!
日本、後塵を拝してるよ!!

既得権益をお持ちの正社員の方々には少々刺激的かもしれませんが、
どこかに負荷がかかる改革を推し進めない限り、

「全員がハッピーになる(非正規雇用が改善されて、みんな正社員!)」

なんてことは、残念ながら起こりえないのです。

なお、労働市場改善の話題に置いては最近
フレキシキュリティ(flexicurity)という造語が注目されています。

これはフレキシビリティ(柔軟性)とセキュリティ(安全性)を
組み合わせた造語であり、労働市場の流動性とそこから漏れてしまった人への
セーフティーネットの強化が重要である、ということを示唆した単語です。

これはデンマークの成功例から着目されているのですが、
デンマークでは上記2つに加えて「積極的労働政策(職業訓練強化など)」
という要素を重視しており、この3つの仕組みを称して

「ゴールデン トライアングル」

というそうです。

解雇規制を緩和し人材の流動性を高める。
仕事がない間は、政府の支援で職業訓練が受けられ、また雇用される。
それでもダメな期間は、福祉によって救済される…。

特に失業者へ職業訓練をして再チャレンジをバックアップする施策は
安倍政権あたりで熱心に取り組んでいたのですが、いつの間にやら
少々下火になってしまったようです。

小泉政権の労働市場自由化改革

そこから漏れてしまった人に再チャレンジさせる、安倍政権の労働政策

という流れは、けっこう理想的だったんですよね。
今考えると…(遠い目)。

いずれにしても日本の今回の改悪、

「ダメなものはダメっ!」

というだけの法案は
労働市場の流動化に真っ向から逆らうものと言えますが、
こうしたことにかかる労力や資金を、職業訓練や失業対策に当てて欲しいものですね。

それではー。

11:38 | 政治 | No Comments
2012/07/31

以前にデモについて結構とんがった記事を書いたのですが、

アンチデモ宣言 -日本のデモが嫌い-
http://www.junkstage.com/syun/?p=132

まあちょっと表現は過激だったと思いつつ、
デモに好意的な印象は持てないという立場は変わっておりません。

そんな中、毎週金曜日に行われている
官邸前の反原発デモが盛り上がりを見せているようです。

先週末に行われた山口県知事選挙でも、落選こそしたものの
「反原発」という(ほぼ)シングル・イシューで打ってでた飯田氏が
18万もの票を集めるなど、政界も安易に無視できない民意であることは確かです。

だ が し か し 。

この「民意の汲み取り方」を著しく間違っちゃった男ありけり。
その男の名は…

第93代内閣総理大臣、鳩山由紀夫!!

鳩山元首相が脱原発デモに参加 「思いは同じ」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120720/stt12072019160008-n1.htm

前の記事でも言及しましたが、デモというのは政治に意見を
届かせることができない大衆たちの、最終手段の1つなわけです。

百歩譲って地方議員や、少数政党の野党議員なら話はわかります。
でも鳩さん…

あなた、政権与党の現職議員でしょ。
しかも、仮にも(ほんと仮にも)元首相でしょ。。

代議士には国民を代表して、それなりの権限があります。
できることも、知識も一般国民のそれより圧倒的に多いはずです。

実際のところ、鳩山さんはデモで演説をぶった後に
首相官邸に単騎突撃して官房長官に意見を具申したわけで、

最初からそうしろよ

という総ツッコミが全国から入ったことと存じます。
なんでデモ会場経由してんの?ヒマなの?

なお鳩山氏は首相当時、いきなり

「CO2排出量25パーセント削減」

を国際公約。目標達成に向けて火力発電抑制するため
原子力発電を推進し将来的には原発の割合を50%まで引き上げる施策
決定していたことを、我々国民は忘れてはいけません。

閑話休題。

与党政治家がデモに参加して、パフォーマンスを行うこと。

これこそ民意や決死の行動をバカにした行為であり、デモ参加者は
もっと彼の行動に対して怒った方がいいと思います。
登壇を認める主催者も主催者ですね。話題作りでしょうけど。

ただちなみに、面白い現象として。

その翌週にデモに参加した民主党議員たちは、
「帰れ」コールで追い返されています。こっちのがまともな対応ですよね。

反原発デモ議事堂包囲 民主議員には「帰れ」コール
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/07/30/kiji/K20120730003789720.html

なぜ鳩山由紀夫は拍手で迎えられ、
他の民主党議員たちは追い返されたのか?

色々と論理的に考えてみましたが、
結論はこれしかありませんでした。

芸人だから。

デモという大衆の行為さえ一人の芸…政治家の気まぐれで
茶番劇に追い落とされてしまうなら、やはり我々は選挙によって
一人でも多くマトモな政治家を選出するしかないのかもしれません。

組織票・組織選挙もだいぶほころびの見えてきている昨今、
投票率が向上し、これまで選挙に行かなかった層の浮動票が流れ込み、
既存の古い政治家たちが一層されることを願うばかりです。ハイ。


なお、山口県知事選挙では投票率が前回より8%上回ったそうです。
デモ→投票率向上につながる循環が生まれるのなら、
デモに対する見方も少し変わりそうですね。

08:43 | 政治 | No Comments

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