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2012/01/30

先週末は、JunkStageライター総会&新年会に参加してきました。

twitterやFacebookでもすでにお伝えさせていただきましたが、
なんとなんと、当コラムが「JunkStageアワード」の副賞を受賞しました!

JunkStageアワード2011、発表!
http://www.junkstage.com/fromstaff/?p=444

「JunkStageを代表するにふさわしいコラム」という誤解(?)を招いてしまったようなので、
看板に偽りのないよう、2012年はコラムの質と更新頻度を上げていく所存であります!

…まあ、その後の新年会は早速へべれけでひどかったんですけどね。
てへ。そのあたりの様子はコチラで↓

新年会をしましタ。 | ジャン子の部屋
http://www.junkstage.com/juncco/?p=142

さて、それでは前回の続きです。
待機児童の問題は、以前も一度コラムで取り上げました。

待機児童っていつまで待機しているの?
http://www.junkstage.com/syun/?p=84

今回の消費税をアップする口実にも使われる「子育て支援の充実」。
増税分を原資に、7000億円が投資されると言われています。

ではこれを有効活用して政府・与党は待機児童を解消し、
また女性の社会進出や少子化解決を促すことができるのでしょうか?

結論から申しますと、もうまったくもって無理です。
むしろ悪化します。なんじゃそりゃ!

そもそもの始まりは、民主党のマニフェストです。

現在、保育園の不足で待機児童が増え続ける一方、
子どもが集まらない幼稚園では定員割れや廃園になる事例が続出していました。

では不足する保育園と過剰な幼稚園の問題を一挙に解決するため、
これを統一(一体化)して「こども園」なる総合施設にしてしまおう!というのが
民主党のマニフェストに書かれた子育て支援策の肝でした。

これは、普通にいいアイディアだと思います。
物事はシンプルな方が、往々にしてうまくいくものです。
しかし、ここから政権を取った民主党の迷走が始まります。

そもそも保育園は厚生労働相、幼稚園は文部科学省の管轄です。
お互いの縄張りを荒らされる互いの組織は、一致団結して猛反発します。

そこに、現状ぬるま湯のような公費投入でぬくぬくとしている
認可保育園や公立幼稚園の関係者たちが乗っかります。

「改革などとんでもない!」「保育の質を落とす気か!」
「保育園と幼稚園では、その意義も役割も違う、云々」

こうした紆余曲折を経て、ようやくまとまった素案は

「総合施設への転換を目指しつつ、保育園も幼稚園も希望すればそのまま存続を認める」

というものでした。
…ありゃりゃ?「一体化」どころか、2つだったものが
「保育園」「幼稚園」「こども園(総合施設)」の3つになっちゃった?!

そしてここからが、投入される公費の問題になってきます。

政府の働きかけにしたがって、総合施設(こども園)に移管する施設は
施設費や運営費で補助金を受け取ることができるようです。

ところがこの総合施設、既存の幼稚園業界に大幅に譲歩して
3歳~5歳のみが対象でも総合施設として認可され、補助金が降りる流れになりつつあります。
しかもこれまで幼稚園としてもらっていた「私学助成」という補助金は、そのまま継続でもらえます

ええと、0歳~2歳をあずからないのでまったく待機児童の解消にならない上、
これまでの私学助成に加えて総合施設としての補助金までもが支給される…だと?

さらに、話はこれで終わりません。

幼稚園が補助金を二重取りできることに、既存の認可保育園業界が猛反発。
強烈なロビー活動を展開し、保育園が総合施設に移管する場合には
これまで幼稚園が対象であった「私学助成金」を受け取れる方向で話しが進んでいます。

つ ま り 、

幼稚園が「総合施設」に移管する場合、
3歳~5歳のみが対象でもOK。つまり、待機児童解消にはまったく寄与しない。
でも、私学助成も総合施設としての補助金も二重でもらえる

保育園が「総合施設」に移管する場合、
これまで通り0歳時から対象となっているのでその機能は変わらない。
しかし、私学助成も総合施設としての補助金も二重でもらえるようになる

こんな「総合施設」を作るために投資される公費が
増税を原資として捻出される7000億円というわけです。

…これで「子育て支援」が充実するのでしょうか?
さぞかし「保育の質」が上がって、一気に少子化が解決したりするのでしょうか?

どなたか、その道筋が見える方がいらっしゃれば、ぜひ教えて下さい。。

というわけで、政府・民主党の子育て支援は著しく間違った方向に進んでおり
まったく待機児童解消に貢献しなさそうなことはおわかりいただけたかと思いますが、
ではこの問題解決のためにはどうしたら良いのでしょうか?

ポイントは、補助金の出し方にあります。

日本の子育て支援における補助金政策は、
サービスの供給者側(事業者側)に過剰に偏っているのが最大の特徴です。

保育園や幼稚園の運営者・事業者に補助金を出し、
「公立」というお済み付きを与え、サービスをさせる。
これが我々は「普通」だと思いがちなので、

「もっと政府は子育て支援に出資して、
 子どもを預かる施設を増やせ!安くしろ!」

と叫びたくなるわけです。

しかしながら、このシステムの欠陥は明らかです。

補助金システムでは国や行政が供給者(事業者)を選定するので、
一度固定すると利権や癒着が生まれます。また自由競争が起きないので、
サービスの質の向上やコストダウンが望めません。

しかもこれから少子化が進む一方の日本では、
例え補助金を出してバカバカと箱物(施設)を作ったところで
それがいずれ無用の長物となることは火を見るより明らかです。

ならば、方法を変えるしかありません。
補助金をサービスの受給者側(利用者側)にシフトさせるのです。

その例が、教育・保育バウチャー(クーポン)です。

政府が認可している子育て期間は公費が投入されているので
月数万円といった破格で運営されいますが、まずこれを段階的にとりやめる。
当然、保育の価格は上昇します。

そこで、これまで施設に投入されていた公費を、
保育にのみ使えるバウチャーとして子育て家庭に支給します。

金額を仮に5万とすると、各家庭はその5万円のバウチャーを使って
自由に子育て施設を選んでディスカウント価格で通えばよいのです。

今は「保育の質」を金看板に政府が業者の認可・不認可を行なっていますが、
そんなものは利用者に選別してもらえばいいだけの話です。
実際に子どもを預ける利用者たちの目は、行政などよりよっぽど確かです

すると保育業界も、クーポンを持ったお客様にたくさん来ていただくために
他の施設よりも優れたサービスを生み出したり、価格を安くしたりして競争します。
儲かるとわかれば、民間の企業も進出してくるでしょう。

これは目新しいアイディアではなく先進国では普通の考え方でもありますし、
病児保育NPOのフローレンス代表の駒崎さんなども病児保育への導入を訴えています。

あるべき病児保育政策とは
http://komazaki.seesaa.net/article/248845729.html

通常の保育にもまったく同じことが当てはまりますよね。
いや補助金が事業者側に偏っている、すべての補助金事業に対して
概ね該当する政策だと言えるのではないでしょうか。

補助金の出し方を変え、「事業者」ではなく「利用者」を補助すること
これこそが業界の利権構造を断ち切り、待機児童問題を一気に解決に導ける
切り札とも言える改革なのです。

それが実現される日まで、もう少しだけ頑張れ、子育て世代!
国の政策に影響を与えられるよう、僕らも頑張ります!
(僕も子育て世代だけど!)(独身だからっ!)

2012/01/08

「職業選択の自由、人生選択も自由」
http://www.sony.co.jp/SonyInfo/Jobs/newgrads/concept/contents1.html

今年のソニーの新卒採用スタンスがネット上で話題になっています。
端的に言うと、

「来年3月に卒業する学生のみの一括採用をやめて、
 卒業から3年以内の学生をすべて「新卒」とみなして採用活動する」

というもの。
この制度は海外では「Gap Year(ギャップ・イヤー)」として知られており、
日本よりはかなり一般的のようです。

実は僕が学生のとき(6年前)にも少しだけ話題になった時期がありまして、
「日本にもギャップイヤーを!」という運動をしていた団体もあったのですが(今もあるけど)、
その時は今ほど話題にならず、ソニーのような企業も現れず、その動きは沈静化しました。

ギャップイヤーをどう思うかと言われれば、もちろん賛成です。
そもそも「新卒一括採用」というシステム自体が極めて日本的で特異なシステムですし、
多様性という観点からもこうしたキャリアの選び方は推奨されるべきだと思います。

しかし、一部で盛り上がっているような

「革命的な制度だ!」
「ギャップイヤーこそが、働き方を変える!」

というのは、少し違うと感じています。
ギャップイヤーが重要なものであるのは間違いありませんが、
厳しい見方をすれば多岐に渡る労働問題の各論の一つに過ぎません

この「ギャップイヤー」という制度を初めて聞いたとき、僕は何かに似てるなと思いました。
何と似ているのでしょう?

そう、産休(育休)を取得する女性のキャリアです。

ギャップイヤーの要点は、一本のレールに縛られず、
少しくらい寄り道や空白期間があっても、そこで得てきた経験を
仕事に活かしてキャリアを築こう!というもの
です。

この考えを何よりも求めてきたのは、出産を希望する女性たちでしょう。
欧米では、妊娠・出産をきっかけに退職するものの、子育て期間で貴重な経験を積み、
また違う企業に(日本でいうところの正社員として)再就職することも珍しくありません。

ところが日本では、キャリアの空白は許されません。
妊娠を機に退職すれば、ほとんどの人は再度働くとしてもパートタイマー。
子持ちの女性が正社員として再就職することは、極めて難しいのが現実です。

もともといる企業に残ったとしても、あってはならないことですが、
妊娠・出産前と同様のキャリアを築いていくことは難しくなります。
一戦から退いた期間を理由に閑職に回される例は、枚挙に暇がありません。

ことほど左様に日本の労働市場は、「道から外れる」ことを極端に嫌います。

大学生は卒業したら、正社員として企業にすぐ入る。そして、定年まで過不足なく勤め上げる。
一度でもその「正社員」というレールから外れたら、元に戻るのは極めて厳しい。
転職も留学もダメ。産休取得にも、目に見えないプレッシャーがかけられる…。

そう、つまり最大の問題点は、労働市場が硬直化していることなのです。
転職や退職、そして再就職という「流れ(流動性)」がしっかりと確保されることが、
これからグローバル化・多様性の時代に何より求められていることです。

であれば、このキャリア・労働問題における「ボーリングのセンターピン」はどこか?
僕は「解雇規制の緩和(≒正社員特権の剥奪)」だと考えます。

何度か本コラムでも言及しましたが、日本は正社員の待遇が手厚すぎ、既得権益化しています
有名な「整理解雇の四要件」のように、いちど正社員という「身分」を獲得すれば、
(法的には)企業はまずその従業員を解雇することができません。

高度経済成長期に日本を支えたこの「終身雇用を前提とする仕組み」は、
しかし、限界を迎えていることは明らかです。

これからはその状況と必要に応じて、人材を流動化していかなければなりません。
「企業が簡単に人をクビにできる」と言えば聞こえが悪いですが、転職が一般的になれば、
そもそも一つの企業に拘泥する理由もなくなるでしょう。

左派政党は派遣社員の正社員化などを主張しますが、逆です。
乱暴な言い方をすれば、「同一賃金、同一労働」の大原則に基づき
すべての人々が派遣社員になると考えれば良いのです。

そこで生まれるのは、健全な競争です。
必要なスキルを持った人が、必要とされる場所で働く。
それが終われば出ていく。また新しいニーズのあるところに異動する。

「レール」はなくなり、ギャップイヤーだろうが産休だろうが自由。
大事なのは紙の上での経歴や「正社員」などという肩書きではなく、
本当の意味での『経験』やその人が持つスキルになる…。

これが、硬直化した今の日本を活性化させる、
ほとんど唯一無二の方策だと言えるでしょう。

話を元に戻します。

労働市場が硬直化してもっとも割を食っているのは、言うまでもなく学生(若者)です。
企業はオジサンたちを解雇するためには、新卒採用を停止しなければいけません。
若者は職を失い、正社員は定年まで会社に居残り、退職金をたっぷりもらってゆっくり退場する。

こうした状況下で、「新卒」という枠ではすでに3割以上が職を得られない中、
出てきた悲鳴のような叫びが「ギャップイヤー」なのではないでしょうか

しかしながら述べてきたように、根本的な問題は内部にあります。
いくら入り口で改革(ギャップイヤー)を叫んでも、出口(解雇規制)をしっかり開けなければ、
行き詰まってしまうことは残念ながら目に見えています。

それでもこれは、大きなチャンスです。

この日本の硬直化したシステムは、特に出産を考える女性たちにとって、
これまでも決して小さくない問題でした。しかしそれは単に「問題のごく一部」として扱われ、
大きく社会問題化することも話題に取り上げられることも、あまり多くありませんでした。

この労働市場の問題が若者全体にまで波及したことで、
いま社会はこれまでにないほどこの問題に注目を集めています。

それが今回、ソニーが話題にのぼっている理由の一端だと思います。

就職難も、ギャップイヤーも、産休取得困難も、再就職難も、すべての根幹は一緒です。
若者や女性たち、利害関係者は一致団結して、「正社員」という特権にNOを突きつけて、
労働市場の流動化を進めるべく声をあげていくべきではないでしょうか。

…なんか終盤が市民団体のスローガンみたくなっていまいましたが、
最後に英国王立員会の発言を引用して終わりにしたいと思います。

「若者が減る社会は危険なほど革新的でなくなり、
 技術や豊かさ、知識や芸術面でも遅れを取る」
 (英国王立委員会報告/1949)

若者たちの就職難や、女性のキャリア問題も解決して、
彼らが持っている本来の力を発揮できる社会を創っていく。
願うだけではなく、自らも主体性をもってこうした問題に取り組んでいく1年にしたいと思います。

というわけで、今さらながら明けましておめでとうございます!
何気にtwitterやFacebookのリアクションを楽しみにしてますので、
本年もオトキタ並びに本コラムを、どうぞ宜しくお願い致します。

敬具

2011/08/07

前回のコラムにて待機児童の問題を論じたところ、

「病気や介護などの特段の事情なく保育園に預けている家庭に、どうして税額免除がつくんですか?」

という質問をいただきました。ポイントを突いた質問なので、こうした税控除の根拠となり、また保育所への入所規定などを定めている「児童福祉法」について若干補足させていただきたいと思います。

補助金がジャブジャブ出ている保育事業を担保している法律が「児童福祉法」なのですが、なんとこの法律が制定されたのは昭和22年(1947年)!戦後まもない頃に制定された法律で、小さい改正がいくつかあったものの、この法律の根底に流れる定義や哲学はまったく変わっていません。

この法律の中では、名前の通り児童は「福祉」として扱うものです。父親が稼ぎ、母親がつきっきりで育児することが「普通」であり、それができないのは「不幸な家庭」であり、そんな家庭にいる児童は国によって救済が必要な「福祉(保育)に欠ける子ども」なのです

-児童福祉法 第22条より抜粋-
配偶者のない女子又はこれに準ずる事情にある女子であつて、その者の監護すべき児童の福祉に欠けるところがある場合において、その保護者から申込みがあつたときは、その保護者及び児童を母子生活支援施設において保護しなければならない。

この法律においては、女性が社会で活躍することも、保育所を利用してバリバリ働くことも、男性が育児をすることもまったく前提とされていません。一言で言えば、時代にまったくそぐわない化石と化した法律です。

ここまで書けば、冒頭の質問に対する答えもおわかりですね。子どもを保育園に預けること自体が「不幸な境遇」なので税控除が受けられると、そういう解釈なのです。

前回の記事では「規制緩和」「自由競争」という解決策を提示しましたが、そもそもこんな保育を「母親が働かなくてはいけないという、不幸な境遇を救済する福祉」で「お上が対象者を決める『配給制』」にしている化石のような法律を時代に合わせて改正することが、法律を作ることを仕事とする政治家の最たる役割なのです。

「そんなバカな…こんな法律がまかり通ってるなんて。。」

と思う方もいるかもしれませんが、日本の制度設計は戦後や高度経済成長期に形成され、そのままの状態になっているものが本当に沢山あります。破綻が目に見えている年金などの社会保障が、その最たる例と言えるでしょう。

何度か書いていますが、立法府につとめる政治家の最たる役割は「法律を作る(変える)」ことです。それによって社会の枠組みを決め、よりよい方向へと導いていくのが彼らの務めです。

こうした責任がしっかり果たされていくよう、われわれ若手有権者も最適に一票の力を行使していきたいものですね。補足記事なのに長くなっちゃったわ。おほほ。

2011/08/04

子ども手当の来春廃止、民・自・公が正式合意
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110804-00000538-yom-pol

悪名が高かった民主党の目玉施策「子ども手当」が廃止されることがほぼ確定し、民主党の存在意義がますます疑われる今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか?

以前、この子ども手当でも記事を書かせていただきましたが、

「子ども手当」の何が問題だったのか?
http://www.junkstage.com/syun/?p=37

制度設計に問題はありまくったとはいえ、「子どもは社会で育てるもの」という崇高な理念や、少子化対策の起爆剤として期待された政策が無に帰ってしまったことは、子育て現役世代(私は独身だがな!)として非常に悲しいことでもあります。

というわけで、今日はそんな子ども手当へのレクイエム(追悼記事)として、子育て支援問題に直結する「待機児童」について書きたいと思います。

職を探す「就活」、結婚相手を探す「婚活」と並んで、保育所を探す活動が「保活」という言葉で定着していることをご存知でしょうか?少子化が進み子どもの絶対数が減っているにも関わらず、保育所に入れない待機児童の数は増加の一途を辿り、2009年には過去最高の4万6000人に達しました。

しかしこの数はあくまで国に承認された「認可保育園」に入れず待っている子どもたちの人数です。やむなく無認可の保育所に通う子どもの数や、潜在的な希望者は一節によると80万人にものぼると言われています(厚労省アンケート調べ)。保活という言葉が誕生する理由も頷けます。

こうした状況の中、政府は「待機児童0!」と勇ましい目標を掲げ、選挙になれば多くの候補者たちが「子育て支援」「保育所の充実」を訴えるにも関わらず、保育所が増える気配は一向に感じられません。

なぜなのでしょう??
ここでもまた、悲しい「既得権益」というキーワードが立ちはだかります。

目先の理由としては大きく、次の2つに集約されると言って良いでしょう。

・公立認可保育所の異常なる高コスト

公立認可幼稚園に通う児童一人あたりのコストをご存知でしょうか??東京都内であれば、平均して40万~50万円です。…年間ではありません。なんと月間です。つまり児童一人あたりにつき、年間で約500万もの育児コストが発生しています。

これに対して、運良く公立認可幼稚園に通えた保護者が払うのは平均して2万円程度。つまり、月々38万円以上は税金で賄われている、補助金漬けジャブジャブの事業が保育所なのです。こんな高コストな事業が、財政が火の車である日本において拡大するはずがありません。

なお、この高コストを支える最たるものが保育士の人件費です。保育士というとハードな職務に安い賃金、というイメージが定着していますが、公立保育所の保育士は立派な「公務員」。その平均年収は800万を超えています。

補助金漬けになった事業は採算を取る必要はありませんから、一般企業であれば常識的に改善されるはずの賃金体系も、ほぼ手付かずのまま放置されているのが現状といえるでしょう。

※あまりに高いとの批判から2000年に賃金体系が一部見直され、以降保育士になった若手の給与は常識的な金額になっているが、すでに高所得を得ていた保育士の賃金にはほぼ手が加えられていない。もはや。

・事業認可への参入障壁

こうした事業を効率化していく最も簡単は方法は、自由競争です。株式会社やNPOなどの民間組織に保育所事業を認可し、サービスとコストの両面で競争をさせる。これにより保育所のコストは下がり、すぐに補助金を撤廃することが難しくても、いずれは常識的な金額に落ち着くことが予想されます。

ところが現在、株式会社やNPOが保育所事業に参入するには果てしなく高いハードルがあります。施設に求められる一定以上(これが厳しい!)の面積や設備、規定されている保育士の人数、そしてそれを養う多大な人件費。

仮にこれらを乗り越えたとしても、新規参入団体には補助金を獲得するのにまた厳しい規定があります。事実上、民間団体が利益を出すのはとても難しい状態になっており、新規参入を締め出しているに等しいのが現状です。

このような明白な問題点があるにも関わらず、一向に改善しない理由はなにか?簡単です。既存の保育所を筆頭とした既得権益者の強行な反対です。彼らは保育士の給与改定や事業の自由競争に、ことあるごとに反対してきました。

前述の通り、補助金漬けになった事業はサービス向上も効率化もコスト削減も必要ありません。お客様(待機児童)はうなるほどいるのだから、待っていれば高い利益を手にすることができます。

自由競争ということになれば、こうは行きません。すぐには補助金がなくならないにしても、サービス・コストの両面から様々な団体と競争をすることになります。そうなれば今のような放蕩な賃金体系を維持したり、だまっていてもお客様が獲得でき、またせっかく入所できたお客様たちはサービスに一言も文句を言わない、などという夢のような状況にはならないでしょう。

もちろん彼ら(既得権益者)は、「賃金が下がるから嫌だ!」「ほっといてもお客さんがくる状況を手放せるか!」などとは言いません。改革反対の旗印には常に「保育の質」なる美辞麗句が持ち出されてきました。

政権奪取後は威勢よく子育て支援を訴え、「こども園」の導入に積極的だった民主党政権も、この「保育の質」を掲げる既得権益者たちの強行な反対に骨抜きにされたのは記憶に新しいところです。

しかし、一人あたり月50万もの税金を導入し続ける保育が、果たして「質の良い保育」などと言えるのでしょうか?
よしんばそれが無認可や営利団体がなんとか経営する保育施設より「質が高い」としても、80万人ものぼる待機児童を放置する理由になりえるのでしょうか?

自由主義経済である日本で「質」を選ぶのは、提供する側ではなく我々サービスの受け手側であるべきです。その当たり前の形を作る「規制緩和」「自由競争の導入」こそが、待機児童解消のために一刻も早く望まれる政策です。

なお、公務員の労働組合を最大の支持基盤とする民主党政権には、一生かかってもこの既得権益を突き崩すことはできないでしょう。

業界、政界のしがらみの少ない、若手政治家を国政に送り込み続けること。それが結局のところ問題解決の近道なのです(というわけで結論はいつもと同じ。笑)

2011/05/25

前回に引き続き、財源関連のお話し。
復興財源に関連して、

「子ども手当をやめれば、5兆円の財源が捻出できる」

という内容に前回触れました。

しかしながらこの子ども手当、本コラムの(一応のw)テーマである女性の社会進出や
少子化対策にも関わる重要な部分でして、もう少し詳しく掘り下げたいと思います。

「子どもは社会で育てるもの」

という理念を持って作られたこの民主党の目玉施策。
この理念はたいそう素晴らしいものだと思います。

しかしこの子ども手当、なぜここまで評判が悪かったのか。
(というより、まだ廃止されたわけではないので現在進行形なのですが)

僕は大きく、以下の3つに大別されると思います。

1.対象者が不適格
→所得制限がない、外国人も支給対象

2.現金支給である

3.財源がない

1に関しては、散々関係各所で叩かれていました。
高所得者へも一律支給するのは、バラマキではないか?
(政府のもつ重要な役割の一つは「資源の再配分」です)

また、「子どもは(日本?)社会で育てるもの」と言いながら
母国に子どもを残してきた外国人にも支給されますし、
その支給条件はかなり曖昧です。

ただ、この問題点は自公政権時代の
「児童手当」のころから共通の問題で、今に始まったことではありません。

ゆえにオトキタが特に問題視しているのは2と3の項目になります。

2.現金支給である

実は子ども手当のような政策は、先進国ならどこでも行われている
「当たり前のこと」です。ではなぜ、日本では『バラマキ』と批判されるのか?
それは、使用用途の定められていない、現金で支給する部分が問題なのです。

他国で多く導入されているのが「バウチャー制」と呼ばれるものです。

これは現金ではなく、用途を限定したクーポン券を配布するイメージです。
例えば子ども手当なら、教育や養育に限ったものに使用用途が限定されています。
学習塾の月謝や学芸品の購入のみに使えるなど、ルールが設定されているのです。

現金で支給してしまえば、それが必ず子どものために使われるとは限りません。
むしろ、目先の生活費に消えていく可能性の方が相当高いと思われます。

「手当を支給することにより、時代の社会を担う
 子どもの成長及び発達に資することを目的とする」

とうたうのであれば、使用用途はそれに限ったものに
限定するのが政策の筋というものではないでしょうか。

3.財源がない

そして、またここに行き着きます。

子ども手当の支給にあたり、政府は扶養控除と配偶者控除を廃止しましたが
これで得られる財源は1.5兆程度。現在の半額支給ですら2.6兆円が必要なのに
その額にすら1兆円届きません。

「予算の組み換えにより、国債の発行なしにマニフェストを実現する」

とぶちあげていた民主党政権が出した結論は、
過去最高額の国債発行でした。

このコラムでも何度も書くように、
国債は

将来世代へのツケの先送り

です。次世代を担う子どものために行う政策が
その子どもたちへの膨大な借金を作り上げているのです。
何か、大きな矛盾を感じませんか?

自民党参議院議員の佐藤さん(ヒゲの隊長)がとある中学校で
中学生に子ども手当について話したところ、こんな答えが返ってきたそうです。

「ちっとも嬉しくないや。もらえるのはお父さんお母さんで、僕たちじゃない。
 それにそのお金は、将来僕たちが返す借金なんでしょう?ちっとも意味がないじゃないですか

このセリフにまさに、子ども手当の問題すべてが凝縮されていると思います。

結局のところ、この国の多くの問題は
こうした世代間格差の問題に行き着くことが多いのです。
声なき子どもや若者の声は抹殺され、ツケは未来に回されていく。

「子ども手当」も少子化対策の名のもと、現金支給を行うのであれば
単なる子育て有権者世代への優遇策なのではないか…とも邪知してしまいます。
本当に子どもに投資される仕組み作りは、本気になればいくらでもできるはずです。

目先の有権者のみを厚遇し、子どもたちや10代20代を軽視する政権運営。
このままでは若者が力を発揮する国も、女性が活躍できる社会にもなりません。

マイノリティの声を届けるため、一人でも多くの若者や
女性の議員を国会へと送り込むこと。それがいま我々ができる唯一の処方箋なのかもしれませんね。

若手政治家候補の応援、どうぞ宜しくお願い致します(笑)。

2011/04/27

統一地方選挙が終わり、生活も落ち着きを取り戻してきました。

今回の選挙を見ていて、また実際に
選挙活動に携わっていて思ったことをつらつらと。

そういえば「女性主導の世界」なんてサブタイトルがついているのに
まったくそれらしいことに触れていないので(苦笑)、今回は子育て支援策について。

これまでは、地方議員の公約というと
もっぱら「福祉」が中心でした。理由は簡単。

投票者のほとんどが高齢者だからです。
前々回の記事に、いかに若者に比べて高齢者の
投票率が高いかを書きました。それゆえ、当然政治家はそこを重視する。

ですが、昨今の世論の流れもあり、最近は福祉の一環として
「子育て支援」を掲げる候補がだいぶ増えました。ある調査によると、
10年前に比べて3倍程度になったとか…(ソースがどこか忘れました。すいません)

子育て支援は女性や若者に直結する施策なので、
それを訴える候補が増えることは良いことです。
ですが、今回の選挙なんかでも良く見てみると、子育て支援を訴えるのは

・女性の候補者
・実際に子育てをしている「子育て現役世代」の候補者

ほとんどこのどちらかなんですね。

何が言いたいかというと、
子育て支援に関してはなぜか

実際に当事者でもない奴がウダウダ言うな

的な空気がまだまだある気がするんですよ。
僕なんかも子育て支援には強い興味があるのですが、
そういう政策について論議すると

「君はまだ独身?じゃあ早く家庭を作って、経験しないとねー」

と諌められることが大半です。
ちょっと待ってくれと。

確かに、経験することは大事です。しかしですよ。
この「当事者だからこそ言える」という論理に拘泥する限り、
所詮は当事者同士の馴れ合いにしかならないのではないでしょうか。

実際、なぜ声高に叫ばれている子育て支援が
なかなか改善・進行しないのかと言うと、当事者以外の人々が無関心だからです。
つまり、当事者以外の人間を巻き込んでいかなければならない。

それには、「当事者ではない候補」こそが子育て支援を訴え、
当事者でない人々を納得させる論理と言葉で語ることが大切なのではないでしょうか。

以上、結婚の予定もなく、ましてや子どもなんて夢のまた夢の
モテない独身男性の遠吠えでしたー。子育てがんばるぞー…(遠い目)