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2012/06/10

今週は週末のワイドショーに至るまで、
水曜日に結果の出たAKB総選挙一色でしたね!
まあ僕、テレビあんま見ないんで適当に言ってるだけですけど。←

んでこれを天下の日経新聞まで取り上げたので、
政治周りの世界でもちょっとした話題(?)になったようで。

バカバカしくないAKBの総選挙
http://www.nikkei.com/article/DGXBZO42302970X00C12A6000000/

日経新聞は「世代交代」という点にフォーカスして記事を書いていますが、
僕もせっかくなので選挙にこじつけてなんか書きたいと思います。

この企画の何が凄いって、「選挙」という言葉を
ここまでセンセーショナルに使いこなしたことでしょう。
これに対して、

「1人で何票も投票できるんだから、選挙じゃない!」

という意見が多く聞かれますので、
ココらへんを切り口に選挙制度を見てみましょう。
とかく日本人は「一人一票!」という固定観念がありますからね。

■多数代表制と比例代表制

そもそも選挙とは主に投票を用いて代表や役員などを選び出す行為ですが、
これには凄いざっくり言うと制度的に二種類しかありません。
「多数代表制」と「比例代表制」です。

日本では、衆議院選挙がわかりやすいですね。

・自分の選挙区(小選挙区)で候補者個人に投票し、定数(1名)が当選する制度
・政党名を投票して、得票数に比例して政党から当選者が出る制度

が併用されています。
前者が「多数代表制」で後者が「比例代表制」です。

じゃあこの「多数」と「比例」ってなんじゃらほい?
何に対して「多数」や「比例」なんでしょうか??

結論から言うと、
多数とは「大多数」「多数決」の多数で、
比例は「民意と比例する」という意味の比例です。

解説しましょう。

まず多数代表制。
日本では「小選挙区制度」として定着していますが、
選挙区で個人名に投票する制度では、当選者が決まると当然他の候補者は落選します。

たとえ100万1票 対 100万票 であろうとも、
定数が1なら当選者は前者の1名だけであり、後者の
100万票の民意は「無」となります(これを死票という)。

この根底に流れる思想は「多数決の原理」です。
民主主義とは、「多数決」だ!数が多い方が勝ちを「総取り」し、世間の意見を代表する!
まあ『弱肉強食』に近いのがこの考え方です。

翻って比例代表は御存知の通り、政党単位で投票させて
その票数に比例させて議席数を各政党に割り振っていきます。

かなりの票数を取る政党があっても、すべてを総取りできるわけではありません。
逆に言えば小政党でも、それなりの議席数を確保することができます。
これにより、世論を鏡のように「比例した」当選者を選出することができます。

こちらの考え方の基調となっているのは、
少数の意見を汲み取ってこその民主主義!」というものでしょう。
多数決が弱肉強食なら、こちらは『多様性重視』とでも言いましょうか。

単なるテクニカルな違いではなく、この2つの制度には民主主義の根幹にも関わる
天と地ほどの隔たりがある思想・哲学が内包されているのです。

さて、ちょっと強引にAKBの話しに戻りましょう。
では選挙とは、常に1人1票なのでしょうか?

そうとは限りません。

多数代表制においては、
定数(当選者の数)が2以上の場合は定数分だけ有権者が票を持っている
大選挙区・完全連記制という制度があります。

日本の衆議院選挙はいま「小選挙区制度」といって
当選者は1人なので、有権者は1票でまあこれは普通です。

アメリカやイギリスではこの選挙制度で
国から地方までほぼすべての選挙が一本化されています。

ですが日本の場合、地方議員の選挙では自分の選挙区の定数は3だったり4だったり、
市・区議会レベルにいたっては20だったり40だったりします(!)。

でも、有権者は1人1票しか持ってない。
するとどうなるか?

数百票レベルの争いでポっと出の候補者が当選したり、
支持政党に入れようにも政党から4、5人候補者が出ているもんで
決め手がなくて最後は適当に投票してみたり…。

地方議会の選挙に関しては「何かおかしくね?」と感じている方は
少なくないと思うんですが、はっきり言っておかしいです。

今の地方議会の選挙制度では「多数決」にもなっていなければ、
民意を比例して吸い上げる「政党政治」にもなっていません。

このため大選挙区を用いる海外では、定数毎に有権者に票数があるのがスタンダードです。
定数が3の選挙区なら、有権者は3人に投票することができます。
この場合は、どうなるでしょう。

政党側は、きっちり3人枠には3名ずつの候補者を立ててきます。
ガチガチの支持政党がある方は当然その3名に投票するので、
政党政治も機能します。

また、曖昧な支持をしている人は「A党の候補者2名と、B党の候補者1名に」
という選択も可能であり、「勝者総取り」になる多数代表制の欠点を多少解消した、
比例代表制との折衷案のような制度にもなるのです。

これが多数代表制における「大選挙区・完全連記制」です。

ただ、折衷案のようでどっちつかずなのが嫌われるのか、
こうした大選挙区制度をとっている国はそれほど多くありません。

しかしながら、そこではほぼ例外なくなんらかの連記制がとられており、
定数が2以上なのに1票しかない日本は世界から見ると相当に「異常」なようです。

そんなわけで、AKB総選挙においては、
仮に8名の選抜メンバーを選ぶ選挙であって、
有権者は8票ずつ持っていますよ!

…というルールであれば、別に1人1票じゃなくても立派な
「大選挙区・完全連記制」として認められる選挙なのである!

ところが。

まあAKB総選挙って、票が金で(CDで)買えるよね。
しかも、同じ人に何票投票してもいいよね。。

というわけで、やっぱり残念ながら選挙には成り得ないのでした!
惜しいぃぃ!(惜しくねえよ)

ていうかこれ、AKBにこじつけて論じる意味あったんすかね…。

まあとりあえず、AKB総選挙の制度にふさわしいネーミングは
「人気投票」もしくは「株主総会」であるのだけど、そこにあえて
『選挙』というワーディングをした秋元康にはひたすら頭がさがるわけであります。

さて、話しを戻します。
もうどっちが本題だかわからなくなってきました

現在国会では、「議員歳費のコストカット」「一票の格差の是正」ということで
衆議院選挙における議員の削減を計っており、

「小選挙区をもっと減らせ」
「いや、比例選出を減らすべきだ」

という議論が行われておりますが、
どうにも党利党略のみが先行し、前述のような
選挙における思想・哲学の話しまで踏み込んでいるように見えません。

多数の意見が代表されるのが、民主主義なのか(多数代表制)。
少数の意見をできるだけ汲み取るのが、民主主義なのか(比例代表制)。

これはまさに、民主主義の根幹を揺るがす論点です。

「とりあえず、一票の格差を是正しなければならないから」
「連立を組んでる◯◯党に不利だから、比例代表の数は減らせないな」

とか、そんなレベルで結論を出してよい問題ではないです。
そもそも日本はこの二択に結論が出しきれずに、どっちつかずの
「小選挙区比例代表並立制」という折衷案に逃げ込んだという歴史的経緯があります。

そしてこれは本当に難しい問題です。
一般的にイギリスやアメリカなどのアングロ・サクソンの国は多数代表中心、
欧州各国は比例代表が中心の考え方と言われています。

多数代表は、二大政党制になりやすく意思決定が早いが、少数を犠牲にし独善を招く。
比例代表は連立政党を招き、多用な意見を汲み取るが不安定で意思決定も致命的に遅い…。

果たして日本は、どちらの道に進むのか。
それとも今のような、「選挙制度のデパート」と海外から揶揄されるような
中途半端でどっちつかずの、国から地方まで異なる選挙制度を維持していくのか…。

20世紀で結論が出せなかった議題は、
どうやら21世紀を担う我々の宿題となったようです。


ちなみに長くなるのでまた機会を改めますが、
僕は現時点では比例代表制を支持しています。
これ、本当に本が一冊書ける議論になるのでね…実際書いてる人沢山いるし。。

世間を賑わしたAKB総選挙という祭りは終わってしまったけれど、
その結果を眺めながら時には、政治の選挙に想いを馳せるのもいかがでしょう?

次はA党とK党とB党で政党選挙やって、
比例代表制・拘束名簿式で争ったらどうかな?!

なんてこと言っていると世間からますます疎まれ置いてかれるのであるよ。
嗚呼。

【第4回AKB総選挙】大島優子が1位を奪還
http://news.livedoor.com/article/detail/6632242/

P.S.
板野に5位以内に入って欲しかった。
(知らないよ)

2012/03/20

先日、元タリーズコーヒージャパン社長で、
現在みんなの党参議院議員の松田公太さんが主催する

「首相公選制」

についての勉強会に参加してきました。

第9回 公太sフェロー勉強会 (前半)
http://ameblo.jp/koutamatsuda/page-4.html#main

なんとなんと、僕がプレゼンしている場面を掲載していただきました!
(ブログの下の方)

-首相公選制とは??-

現在の日本ではご存知の通り、首相を国民が直接選ぶことはできません。
我々は国会議員を投票によって選出し、その最大多数が所属する政党が与党になり、
そして主に与党が中心となる国会で首相が選出されます。

いわゆる「議院内閣制」と言われるシステムで、
これは先進諸国の主流と言っても良い制度です。

しかしながら日本では、この議院内閣制がうまく機能しておりません。
過去20年間(1992年~現在)の間に、各国のトップ(首相or大統領)に
なった人数をカウントしてみましょう。

アメリカ:4名
イギリス:4名
フランス:3名
ドイツ:3名
韓国:5名

日本:13名

…何事ですか。いやマジで。
ダブルスコアどころの話じゃねーぞ!

平均すると在籍期間は約1.5年ということになり、
最長はご存知小泉首相の5年半。その他はほとんど任期を満了できていません。

ちなみに豆知識ですが、実は日本の首相に「任期」とゆーのは定められてません
与党(≒自民党)の総裁就任期間が事実上の任期であり、これまでは
自民党総裁選をひとつの区切りとして首相が選ばれてきたわけですね。

まあこの失われた20年では、それすら満了できた人材が
小泉純一郎ただ一人だったわけですが…。

この「コロコロと首相」が変わる原因の一つとして

「国民の乖離」

が挙げられるわけですね。
御存知の通り、日本では世論調査で首相の支持率が
ジェットコースターのように目まぐるしく上下(基本的には下降)します。

世論の支持を得られなくなった首相は求心力を失い、
野党との調整に失敗して法案を通すことができなくなり、
にっちもさっちも行かなくなった首相が退陣、または衆議院を解散する…。

そうならないためには、どうしたらいいのか?
安定した基盤と支持を集める首相を立てて、長期政権を築くためには??

この切り札が、「首相公選制」です。

要は支持率があっという間に急下降して、やめろやめろの大合唱になるのは、
国民が自らのトップを選んでいるという意識が希薄なのではないか?

国民自らが首相を選ぶ(または選ぶのに加担できる)仕組みがあれば、
国民の政治への関心も高まり、また責任感も生まれることから
長い目で政権を見守るようになるのではないか?

また、公選され民意(世論)を味方につけたリーダーは、とても強力です。
この例は、大阪維新の会の橋下市長を考えていただければわかりやすいでしょう。

政治改革には抵抗がつきものですが、「公選」「民意」という金看板があれば、
首相は大手を振って既得権益と闘うことができます

首相に強力なリーダーシップを与え、また国民の政治離れを防ぐ効果も兼ね備える
強力な解決策が、この首相公選制の導入とも言えるのです。

そんな期待がある一方で、おそらくここまで読んだ皆さんも
少なからず感じている通り、この制度にはいくつか欠点が指摘されています。

・国民人気投票になってしまうのではないか?

ヤワラちゃんが一瞬で参議院にトップ当選する国です。
かつては、横山ノック某が大阪府知事になったこともあります。

ところが彼らが強力な民意をバックに、リーダーシップを発揮して
大きな功績を残したという話しは寡聞にして聞かないですよね?

キムタクあたりが出馬しちゃったら、どうしましょうね。

・首相候補の条件は、どうやって決めるの?

誰でも出馬できるとなれば、売名行為目的のいわゆる
東京都知事選状態」になりかねません。
まあドクター中松は出ますね、確実に。

では候補になるハードルとして

「国会議員(または市長や知事)であること」
「国会議員の推薦を◯◯人以上あつめること」

などを設けてしまうと、結局は現在の
政党政治の延長となり、純粋に国民が選ぶことにはなりません。

この設定条件は、非常に繊細かつ悩ましい問題です。
ここが公選制の制度設計の非常に大事なポイントだと思うのですが、
長くなってしまうのでこの点はいずれどこかで書きたいと思います。

・そもそも、首相公選制って政治的に機能するの?

これは、わかりません!(きっぱり)
先進国で、首相公選制を導入している国は皆無です。

実はイスラエルでかつて(1988年~)首相公選制を導入していたのですが、
選出された首相と与党が違う「ねじれ」が生じて議会運営が行き詰まることが多く、
2001年に廃止されたという経緯もあります。

民意がトップを選んだからと言って、
リーダーシップを発揮して決定できるとは限らない好例です。

・「民衆の熱狂は、長く続かない」という格言があるよ?

この点が実は、僕が一番重要だと思うポイントです。

「国民の政治的関心が高まる」
「一人ひとりが責任感を持つようになる」

というのがウリの首相公選制ですが、
果たして本当にそううまく行くのでしょうか?

よく言われる事例として、前回の衆議院選挙で大勝し選ばれた
民主党の鳩山由紀夫は間違いなくあの時の民意が選んだ首相でしたし、
それに対して国民が意識や責任を持ったかと言われれば、残念ながらNOです。

結局のところこれは、ニワトリタマゴの話しではないかと思うのです。

国民の政治意識を高めるためには首相公選制の導入が起爆剤になりえますが、
国民の政治意識が高くなければ、首相公選制は機能しません。

首相が公選制になるからうまくいくのではなく、

「自らが選んだ首相だから、うまくいくように支えよう!」

という気持ちを一人ひとりが持たなければ、
魂の入っていない人形のようなものなのです。

実際に首相公選制を導入するには憲法改正も必要ですが、
松田公太さんらは憲法改正が必要にならない範囲の国民投票という手段で
事実上の公選制を実現しようとしており、また維新会の橋下市長も公選制への意欲を示しています。

僕は上記のような様々なデメリットは承知しつつも、
何らかの形で国民自らがトップの決定に携わるべきだと思っています。
それに対して、国民ひとりひとりが責任を保ち続けることを望みます。

決めるという行為には、責任を伴います。
それは、とてもとても重たいものです。今までのように

「政治家の誰ソレが悪い」
「勝手に決まった首相なんて知らない」

と、国民が野党化することも安易にはできなくなるでしょう。

皆さんは、いかがでしょうか?

自分たちのトップは、自分で選びたいですか?
その決定に対して、真摯に責任を持ちますか?

2012/02/27

政治塾、2262人を選抜=維新の会
http://bit.ly/y0R68Z

大阪維新の会のニュースが世間を賑わせていますね。
国政対策でまとめられた維新の会の政策

「維新八策」

は、まさにわれわれ若者世代にとって
「これしかない!」と思わせる内容になっており、
否が応にも期待が高まるというものでしょう。僕も大いに期待しております。

しかし、上記のようなニュースをご覧になり、
また「国政に200人擁立目標!」という威勢のいい掛け声を聞いて、

「おいおい、維新の会200人だってよ!こりゃ凄いことになるんじゃないの?!」

と思われる方も多いかと思いますが、
年内選挙であればほぼ不可能、来年でもかなり厳しい数値目標
だと考えられます。というわけで、今日は維新の会から見る選挙のお話。

政治塾に2000人以上の申込があり、
大阪維新の会から出馬したい人は相当程度いると思います。

それでもなぜ、200人の候補者が擁立できないのでしょう??
理由は大きく2つあります。


出馬に際する資金が拠出できない

まあお金です。カネ。
毎回選挙の話題になるたびに出てくるので
いい加減イヤになりませんか?僕は超イヤです。

維新の会が200人擁立を目指す国政(衆議院選挙)ですが、
出馬するだけで最低どれくらい必要かご存知でしょうか?

小選挙区に立候補するのに300万、比例代表に立候補するのに300万
両方に立候補すると600万もの「供託金」を納めなければならないのです!
正確に言うと

小選挙区のみ…300万
比例代表のみ…600万
両方に立候補…600万

となっておりまして、
小選挙区のみだとしても300万円のお金を積むことが
選挙に出馬するための最低条件となります。

なおこの供託金、これはご存じの方も多いと思いますけど
一定の得票を得れば返還されます。「一定の得票」というのは
選挙の種類によって変わるのですが、まあ概ね有効投票数の10分の1(10%)です。

余談ですが、前回の衆議院選挙では「幸福実現党」なる政党が
小選挙区に337名の候補者を乱立。そのすべてが供託金没収点を
圧倒的に下回る得票数で落選を決め、12億弱の供託金はすべて没収

「宗教法人って、ガチでお金が唸ってるんだな…」

という事実を全国民に知らしめるという
宗教史上もっとも謎のブランディングに成功したことは
我々の記憶に新しいところです(?)。

…話を戻しまして、ではなぜこのお金の話が
維新の会につながってくるのでしょう。
彼らが200名の立候補者を目指すとします。

300万 × 200 = 6億円!

もの資金が必要になりまして、
出来立てホヤホヤの政党にそんな軍資金はありません。
そう考えると幸福実現党ってやっぱマジで凄いですね。入信しようかな

そもそも300万は「出るのに最低限必要」というだけで、
実際の選挙活動を鑑みたら軽く1000万のオーダーになります。

ということは、大阪維新の会としては
「これは!」と思う候補者がいたとしても、

「公認は与えます。けど、資金面は自分の持ち出しでなんとかしてね」

と言わざるを得ないわけです。
これは大衆や若者を支持基盤とする政党にとってかなりの痛手です。

普通の20代で、300万+選挙資金を捻出できる人はほぼいません。
30代、40代でも、家庭や子供があれば相当キツいでしょう。

志のある人々が塾生に多数いたとしても、
資金力を兼ね備えているとなると、相当数は絞られます。

供託金が返ってくるかはフタを開けてみないとわかりませんし、
返ってくるとしても選挙が終わってから一定期間が経過して、所定の手続きを踏んだ後。
やっぱり先立つものがないと、選挙に出る踏ん切りはつけられませんよね。


候補者の多くが職業持ち(サラリーマン)である

新興政党には、「職業政治家」が多くありません。
自民党あたりには政治家二世やタレント候補がウヨウヨしてますし、
前回の衆議院選挙に落選して「浪人中」の元議員も腐るほどいます。

こういう人たちが、いつでも政治活動(選挙活動)を始められますし、
立候補も比較的用意です。

ですが、大阪維新の会をいま支持しているのは
改革を望む若者層や、普通の民間人労働者です。
この点がなぜ不利になるかというと、

衆議院は、いつ選挙があるかわからない!
(いつ解散するかわからない!)

からです。これに尽きます。
ただでさえ選挙資金の拠出に悩むであろう候補者たちに、

「6月に選挙がありそうだから、もう会社はやめておいて下さい」

と言って、首を縦に振れる人が何人いるでしょうか?

色々な事情があって仕事をすぐにやめられないのはもちろん、
仮に早めに仕事をやめてしまって、来年9月まで選挙がなかったら
1年間無収入で過ごすハメになり、生活資金や選挙資金はおそらく途中で枯渇します

いわゆる普通の会社勤めから政界を目指す人にとって、
このタイミングは非常に悩ましいものなのです。

こうした状況から、民主党や自民党は
大阪維新の会の体制が整う前に解散総選挙をしかける動きを見せています。
(もちろん、それ以外にも様々な思惑があるのですが)

実際の解散がいつになるのかわからないというのは、
民間人候補者を新興政党にとってそれほど致命的です。

お金と人材で板挟みになる中で無理やり候補者を選定しようとすると、
怪しいところからお金を引っ張ってきている候補者に公認を出してしまい、
後に政治資金を突かれて政党自体が壊滅してしまうかもしれません。

極端にいうと他政党からのスパイがいるかもしれませんし、
候補者選定というのはとてもリスキーな作業であると言えます。

個人的には解散の時期はなるべく後ろに引き伸ばして
なんとか維新の会には粒ぞろいな候補者を揃えて欲しいと思いますが、
そもそもこんな問題が起きるのは選挙制度が悪いとしか言えません。

供託金一つとっても、普通の民間人が拠出できる金額ではありません。
いまの選挙人資格は

「財産又は収入によって差別してはならない。」

という憲法の条文に明らかに触れていると思います。
売名行為による立候補を防ぐためであれば、
50万円程度で充分ではないでしょうか。

なお、この供託金を減額して没収点も緩和する改正法案は
2008年~2009年にかけて当時政権与党だった自民党から提案されたのですが、
民主党と国民新党の反対によって否決されたことを、われわれ若者は忘れてはいけません。

その他、選挙にお金がかかる事実は枚挙に暇がありませんし、
結局のところ現行の制度は

「君は出馬するとだけ言ってくれればいい!
 資金面その他は、すべて党で面倒をみるから!」

なんてことが言える大政党や既得権益者たちに有利にできており、
この壁を突き崩すのは用意ではないのです。
なお、供託金の減額に反対したのは小沢一郎だそうです。あんニャロ。

それでも維新の会旋風は、旧体制に風穴を開ける大きなチャンスです。
解散がいつになるかはわかりませんが、その時まで興味を保ち続け、
気鋭の候補者たちに投票することが、改革を目指す我々の勤めだと言えます。

そして維新の会の「維新八策」には選挙制度(公職選挙法)についての
言及はありませんが、ぜひ政権を取った暁には(!)自分たちが苦しんだ分、
若者や民間人が政界にチャレンジしやすい制度を整えて欲しいものですね!

それではー。

2011/11/30

海外出張、国内出張と立て込んでいるうちに、
案の定大阪の選挙が終わってしまいました(死)。

しかしながら、結果は大阪維新の会が市長選、府知事選ともに大勝利と、
日本政治の未来にとって明るいものになったと言えるでしょう。

大阪からどんな変革が始まるのか。二重行政の解消や公務員制度改革も重要ですが、
僕が注目しているのは「ニア・イズ・ベター」というキーワードです。

前回の記事に

>また、大阪市は東京同様に「区」がありますが、東京都と違い
>区長たちは選挙で選ばれる政治家ではなく、市長が指名する役人です。

>260万人もの市民を「大阪市長(市役所)」が一手に引き受けるという、
>非常に非効率的かつ独裁的なシステムが構築されています。

>これらを抜本から改革しよう、府も市も一端解体して、クリアでわかりやすいシステムにしましょう、
>というのが橋下さんの言う「大阪都」構想(の一部)なのです。

と記載しました。

大阪都構想では、この現在260万人という市としては大きすぎ、
また世界で闘う「都市」としては中途半端という大阪市を、堺市と共に解体して
8つの「特別区」にしようという政策があります。

特別区というのは、東京都同様選挙で選ばれた「区長」がいます。
そして一つの行政単位ですから、これまでは大阪市役所でなければできなかった
行政の仕事や決済をできることになります。

おそらくこの行政単位の人口は、一つあたり30万~50万というところでしょう。
このレベルに細分化した自治体にどんどん権限を移譲し、住民に根ざしたキメ細かな行政を任せて、
大阪都は広域行政として戦略的な政策を行なっていく…。

これ、何かに応用できませんか?

そう、現在箇条に中央集権が進み、1億2千万にも膨れ上がった人口を
一手にコントロールしようとしている日本政府と霞が関の官僚たちに、です。

大阪市が260万人をコントロールできず衰退していったのと同様、
日本も一つの国家として1億人以上の国民を司ることに、とっくに限界がきています。

「ニア・イズ・ベター」というのは、国際的には基本とも言える地方自治の考えです。
住民に近いところのほうが、よりニーズにあった政策が実行できる…当然のことです。

日本の人口がまだ少なく、また時代も高度経済成長期であれば、国家が強力な推進力で
中央からトップダウンで国を導いていく戦略も正しかったのかもしれません。

しかしながら、強大な権力はもはや腐敗し、既得権の温床となり、
地方や都市細部まで行き届かない政策がまかり通っているのが今の日本です。

大阪市民や大阪府民の「民意」を受けて、より有権者に「ニア」な部分に
権力が移譲され、改革が進むことを僕は心から切望しています。

今回の選挙では、60代以上は半数以上が平松支持、
30代の若年層では6割以上が橋下知事を支持すると
世代間の意識差が綺麗にあらわれたそうです。

東京都知事選では逆の結果となりましたが、
今回の勝利は現状の改革を望む我々若者世代にとって
特に意味のあるものと言えるでしょう。

橋下さんにはぜひ、志を突き通して進んでいただきたいものです。
記者会見は感動モノですので、見ていない方はぜひ動画でご覧下さいね。

http://www.ustream.tv/recorded/18777802

それでは!

2011/11/09

「国政選挙で、あなたの一票は何票ですか?」

なんて質問をされたら、

「はぁ?一票は一票に決まっているだろ?
 日本語を勉強しなおしてこい、このオタンコナス!」

と思われる方も多いのではないでしょうか。
ところがどっこい、日本人の大半の方の一票に、一票の価値はありません
これが最近、とみに話題になっている「一票の格差」問題です。

◆一票の格差とは?◆

現在の日本の選挙(ここでは国政を指します)では、「選挙区」というものがあり、
住民票のある場所で選挙区が別れ、選挙区ごとに候補者・投票者がいます。

日本の選挙区は主に都道府県などの自治体が基本になっているため、人口の偏りが生じます。
例えば有権者の最も多い衆議院千葉県4区の有権者は49万人、最も少ない高知県第3区は21万人。
それでも当選者は同じ1名なので、なんと一票に2.3倍もの差がついています(2009年衆議院選挙に拠る)。

完全に都道府県で選挙区が別れる参議院選挙では、この差はもっと顕著になり、
なんと神奈川県民の一票の重みは、鳥取県民の5分の1しかありません。

「一人一票実現国民会議」をされている升永弁護士によると、
現在の衆議院選挙では全有権者の42%を獲得すれば過半数取れるそうです。
つまり、日本は事実上の「少数決」になっています。これが一票の(質的な)格差です。

◆◆

僕は毎回、口を酸っぱくして「選挙に行け」「参政権は、誰もに保証された平等な権利だ」
と述べていますが、実はその投票権は厳密に言えば平等なものではないのです!
なんてことだー!

当然、これは由々しき問題で、すぐにでも是正されるべきだと思います。
しかしながら、僕が一票の格差是正に求める観点は少し違うかもしれません。

前提として憲法に保証された一票の質が保たれてないことは論外だとは思いますが、
だからと言って「少数者によって物事が決められる!」「政策が歪められている!」
という事態になっているかというと、正直、そうでもないと思います。

しかしながら、一票の格差是正は現在の腐敗政治の作り出している
「選挙制度」「多すぎる国会議員の数」を是正する起爆剤として、大きな意味を持っています。

日本の選挙制度の最大の問題点は、地域ごとに選挙区が分けられる点です。

「地域(自治体)の代表として、地域の意見を国政に届ける云々」

という美辞麗句がその根拠として声高に語れますが、
そもそも国会議員の仕事は広域に渡る国政です。地方のことを行うのは、地方議員です。

その住み分けができないから、地元に高速道路や鉄道を作った政治家が持てはやされ、
国会議員の役割が地方住民の御用聞きに矮小化されていくのです。

百歩譲って高度成長期に地方に力を分散するためなら意味があったかもしれませんが、
今の日本において国会議員が地方を代表する意味はほとんどありません。

なぜこの選挙区の話が一票の格差と結びつくのかというと、
一票の格差を解消するのにベストに近い解決策に一つが、
日本を一つの選挙区として、すべての議席を比例代表制度で争わせることだからです。

政党または政党に所属する個人単位で投票し、得票に応じて当選者数を配分する比例代表制度。
得票数と率に応じて議席を配分する比例代表制度を日本という単位で行えば、
一票の格差という問題は完璧に解消されます。

国会議員も、「全国から政党と政策によって選ばれる議員」になりますから、
地方の御用聞きになり、毎週末は地元にとんぼ返りするという無駄をなくすことができます。

さらにこの制度なら理論上、大幅な国会議員の削減が可能です
やれ選挙区だ、人口の割合だのを既得権益者に口実として与えるから、
どの政党も「8増9減」だの「7増7減」だのと言って国会議員をほとんど減らすことができないのです。

この際思い切って、ばっさり国会議員を半分くらいにしてしまいましょう!
なーにあふれた仕事は、暇そうな顔をしている(失礼)地方議員に権限と一緒にあげればいいのです。
地方分権化も進み、一石三鳥ではないですか。

というわけで比例代表制への統一は

格差の解消、国会議員の削減、地方分権化の促進

という3つの改革につながる一手なのです。
他にも比例代表のメリットとしては、死票が少ない、少数政党が議席を確保しやすいなど
少数者の民意を掬い上げて多様性を担保できることが挙げられます。

反面、「無所属」という出馬方法が失われてしまいますが
政治の世界では本当に無所属の一匹狼ではまず何もできませんし、
今も「無所属」といいながらほとんどの候補者が既存政党に紐づいてる状態ですから、
いっそのこと政党から公認を取らせるフローで候補者の質を上げた方が良いと思います。

ちなみに僕の考え方に最も近いのが『みんなの党』の指針で、この党は

「全国をブロックに分けてすべて比例代表制に統一、衆議院の議席は300人」

という政策を掲げています。
衆議院議員選挙制度改革案「一人一票比例代表制(ブロック単位)」
http://www.your-party.jp/file/press/111021-01a.pdf

選挙活動や投票行動の合理性からブロック分けの導入は現実的ですから、
かなり理想に近い、具体的な改善策と言えるでしょう。

政治を変えるには政治家を変えなければならず、
その政治家を選ぶのが選挙です。

「政治とは、選挙である」

と言い切る政治家もいるほど重要な制度であるにも関わらず、
日本の選挙制度は既に多くの矛盾と老朽化で限界を迎えています。

そして毎回毎回しつこいようですが、その選挙制度を変えるのにすら、
まず我々が現行の選挙に行き、正しい政策を行う政治家と政党を選ばなければならないのですよ!

今は一票の価値がないかもしれなけれど、
正しき未来のために、今ある一票を捧げましょう。ではでは。

2011/09/01

9月に突入してしまいましたが、8月の終わりについに日本の新首相が誕生しました。仮にも政治コラムを名乗る以上これに触れないわけにはいかないので、候補者が乱立した代表選についてなんか書きたいと思います。

代表戦後、新聞やテレビでは代表選に対する厳しい総括が行われていました。「急な日程で議論が深まらなかった」という批判はもっともだと思いますが、「新小沢・脱小沢という論点に終始し、政策が見えなかった」というマスコミの意見に関しては

「そんな下らん質問に時間や紙面を割いたのは、おまえらだろうがぁぁ!!」

と叫びたくなってしまうのは僕だけですかね?

はっきり言って、マトモな国民ならもう小沢か否かどうかなんてどーでもいいと思ってるでしょう。それよりも財政(増税)やTPP、震災復興などについてもっと知りたいはずです(きっと)。

じゃあなんで、そんな部分にスポットが当たるんでしょう?
これについて知り合いのマスコミ関係者の方から、面白い話しを伺いました。

「政治部の記者たちに良く言えばベテラン、悪く言えば年寄りが多く、その人脈も古い。だから彼らが自信を持っている情報網は小沢系ばかり。であれば自然と、報道の中心が『小沢』になる」

そうです。
なるほどね、と。

ちょっと違う分野ですが、美容・ファッション業界では「今は逆にライター(or雑誌編集者)の評価するものは売れない」という説があります。

これは、現在美容雑誌などのコンセプトや紙面を決める力を持っている「実力者」たちの高齢化が進んでしまい、そのセンスが消費の主役である若者とズレてきているためだと言われています。

政治報道にも、同じことが起こっているのではないでしょうか?

本当に国民が知りたい情報にリーチできず、自分たちが得やすい・重要だと思う情報を押し付ける。それが「世間のニーズだ」と言わんばかりにスポットを浴びせ、挙句「政治の舞台では未だに『小沢』が焦点」だと結論づける。

こんなことが起こっていては、議論が「国民不在」になるのも当然というものです。

高齢化しているのは、政治の世界だけではない。その権力の監視機構であり、国民に情報を届けるマスコミにも、新しい世代の台頭が望まれるのかも知れませんね。

そんな代表選から新首相誕生への一連の流れの中で、僕がポジティブだと思ったことが2つあります。

一つは、戦後3人目の50代首相が誕生したこと。53歳の野田首相はいわゆる「現役」世代。これは素直に寿ぐべきことだと思います。やはり、未来に責任の持てる世代がトップに立つべきだと、僕は強固に確信しています。

二つめは、衆議院の首班指名(新首相が正式に決まる投票)において、29歳の横粂議員が自らに一票投じたこと
-議場内騒然…「横粂君」1票-
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20110831-828162.html

最初にこのニュースを聞いたとき、「なんてアホだ!」と思いました。首班指名で自分に投票するなんて、これまでの「政界の常識」ではありえないことだからです。

でも、そう最初に思った僕の思考もすでに、政界のしがらみに染まっていたのかもしれません。総理にふさわしいと思った人間に、素直に投票すること。それが「世界の常識」です。若き横粂議員の行動は、政界という荒波に少なからず一石を投じるものであったと思います。

…まあ彼が次の選挙に受かるかどうかは別として、まずは若き首相、そして僕の大学の先輩筋にあたる野田首相に、大いに期待してみたいと思います。がんばれ新首相!

2011/06/15

イタリアの「国民投票」で、脱原発が可決されました。

原発凍結賛成は94% イタリア国民投票、開票終わる
http://www.asahi.com/international/update/0614/TKY201106140106.html

ちなみに、多くのニュースの見出しに「9割以上が原発凍結に賛成」等と書いているので
勘違いされている方が多いのですが、この国民投票の投票率は55%前後です。

原発凍結に反対する人は、国民投票の無効(投票率50%以下)を狙って
「棄権」という投票行動を取るので、実際には9割以上のイタリア人が
原発を拒絶したわけではありません。世論はそれなりに拮抗していると言えるでしょう。

「イタリアでは9割の人が反原発!それに比べて日本は…」

なんてうっかり言っちゃうと、
ちょっとアレな人だと思われちゃうから気をつけようぜ!

…いきなり話しがそれました。
これを持ちまして、日本でも

「国民投票で、原発の是非を問おう!」

という機運が一部で盛り上がりをみせておりますが、
僕はここから原発には一切触れず華麗に別の話しをします。←

「国民投票」というと、日本では一度も行われたことがなく、
憲法改正の是非と問うための制度なので、原発の賛否などには
制度上使用することができなかったりするのですが、それもさておき。

国民投票に関わる法律、所謂「国民投票法」を見てみると、
多くの人が知らない(もしくは忘れている)興味深い条項に気が付きます。
長くなりますが、引用しますね。

投票権者は18歳以上の日本国民(3条)。ただし、《18歳以上の者が国政選挙で投票できるように公職選挙法の選挙権の年齢や民法の成人年齢(20歳以上)などの規定について検討し必要な法制上の措置を講じて、18歳以上の者が国政選挙で投票することができるように改正するまでは》、国民投票の投票権者も20歳以上とする(附則3条)。

太字にした部分と、特に《》部分にご注目下さい。

こちらの法律、安倍内閣時代の2007年5月に公布されたものなのですが、
18歳以上に選挙権を与えることを前提にした法律なのです。

「ただし」と但し書きがついているように、公選法や民法での規定が20歳以上となっている間は
暫定的に20歳以上で実施することになっているが、できるだけ速やかに両者を改正し
18歳以上に投票権を与えましょう、と。そういう意味合いを持つ強力な法律なのですね、コレは。

2007年当時、高齢者の激増に伴い世代ごとの数のバランスを取るため、
選挙権の年齢引き下げの必要性が指摘・議論され、ようやくこの法律が可決されたのです。

ところが。

ご存知の通り、安倍内閣は志半ばで早期崩壊。
続く福田政権、麻生政権もイニシアチブを握れず、
公職選挙法と民法の改正はひたすら先送りになりました。

で、民主党政権はというと…。

2009年の「民主党政策集」には、こんな記載があります。

「選挙権年齢の引き下げ」
選挙権を18歳から付与する法律を国民投票法に合わせて施行します。
わが国の民主主義をより成熟したものにするためには、国民が政治に参加する機会を拡大し、
多様な意見を政治に反映できるようにすることが必要です。
http://www.dpj.or.jp/policy/manifesto/seisaku2009/05.html

うむうむ、よくわかってるじゃないか!まったくもってそのとーり!
では、政権を取ったし迅速に実施してくれるんですよねっ?!

千葉景子法相(当時) 「拙速な結論は出せない(キリッ)

…なんだったんでしょーね、この人は。

勿論、成人年齢の引き下げに色々な議論はありますが、
政策集に掲げたことをあっさり反故する姿勢はどこでも変わらないようです。

というわけで、2007年から我が国では法律に反し(但し書きがあるので違反ではないけれど…)
選挙権が18歳~19歳に与えられない状態が続いているのです。

もちろん、僕の主張はただ一つ。

若い意見を反映させるため、18歳以上への一刻も早い選挙権を!

数は力なり。これを恐れる既得権益者たちはありとあらゆる手段で
これからも成人年齢引き下げの先延ばしを仕掛けてくるでしょう。

しかし、忘れてはいけません。国民投票法は、18歳以上の選挙権を明示していることを。
そして時代は、若い意見を求めていることを。

未来を作るのは、老人ではない。

「若者に夢を」「将来世代にツケを回すな」「命ある限り、子どもたちのために尽くす」

そう言って下さるオトナたちには申し訳ないけど、未来は自分の手で掴みとるよ。
僕らが求めていることは、自分たちの意思が反映される政治なのだから。

そんなことを思った、今回の国民投票なのでした。
ではまた来週!

2011/04/17

4月24日が投票日となる
統一地方選挙の後半戦が、本日スタートとなりました。

今日から一週間が「選挙戦」となり、
お馴染みの選挙カーや街頭演説の姿が見られるようになります。
(この期間以外、選挙活動はやっちゃ駄目なのですよ。念のため)

今回、僕はとある現職の市議会議員さんとご縁があり、
その方のお手伝いをしています。ってなわけで、具体的に
選挙戦初日は各候補者、どんな活動をするのでしょうか?

朝9:00頃 「抽選会」

なんの抽選かって?選挙戦が公示されている看板、ありますよね。
あれに番号が書いてあります。どこにポスターを貼ることになるか、
貼る場所を決める抽選会が朝に行われます。

「そんな、たかがポスターを貼る場所くらいどこだって…」

と思うなかれ!これがけっこう重要。

場所によって明らかに目立つ、目立たないがあるし、
上の段になると張りに行くのに脚立が必要になるし、
下の段だと貼るのは楽だけど目立たないし子どものいたずらを受けやすい…。

うーん、とっても悩ましい。
悩ましいけど、結局抽選なので考えてもどうにもなりません(笑)。

今回、僕が応援する候補者が引いたのは
真ん中の段の右はじという、かなりベストなポジション!
ちなみに抽選会は本人が行っても、代理人が行っても良いそうです。

9:00~昼頃

ポスターを貼る番号が決まると、
後援会のメンバーは複数のグループに別れて
一斉にポスターを持ってすべての看板へと散って行きます。

選挙管理委員会から予め看板の場所は知らされて
地図が渡されているものの、住宅街の入り組んだ所にある
目立たない看板などは発見するのが超大変…。

自転車で回るチーム、原付で回るチーム、車で回るチーム、根性で走る人など様々。
行く先々の看板で、色々な候補者の支援者と鉢合わせします。
おつかれさまでーす!

張り方にも戦略が出て、某◯◯党なんかは
その政党の候補者分を全部まとめて貼るからとっても効率的。
こんなところにも、政党所属のメリットがあるとは…。

無所属の人は無所属同士でアライアンス(協定)を結んで、
ポスター張りをお互い手伝ったりすることもあるようです。
2種類ポスター持って回れば、回る場所が半分で済みますからね。

だいたい、このポスター張りで午前中は終わります。
候補者本人は、街宣車で街を巡り演説などをしています。多分。
(この時間に見たことないw)

昼過ぎ~17時頃まで

後援会事務所でお昼ごはん(女性スタッフが作ってくれる、おにぎりやいなり寿司が定番)
が済むと、事務所でハガキの宛名張りになどに勤しむ事務チームと
街宣車で外回りをするチームに分かれます。

街宣車には、有名な「ウグイス嬢」の他にも
「手フリ」という役職があって、白手袋をはめてひたすら車外に手を振ります。
マクドナルドもびっくりなスマイルがコツ。

今回は特別なはからいでウグイス嬢役もやらしてもらい、
「ウグイスメン」になってみたりして…。

夕方頃、決起集会を兼ねて支援者を集めた
一番大規模な街頭演説をし、初日終了。という流れになります。

最近は夕暮れ以降の選挙活動に対して風当たりが厳しいため、
どの候補者も遅い時間の活動は避ける傾向にあるようです。

…とまあ、こんな感じの毎日が続くのが「選挙戦」です。
街頭演説のあまりの回数に、選挙戦終盤はどの候補者も
喉が枯れているのが定番の光景となります。

若者の皆さんは

「選挙の手伝いなんて、地味でやりたくねーなー」

と思ってるかと思いますが、本当に地味(苦笑)。
でもこれはこれで世の中の、また違った一面が見れて面白いものです。

明日から投票日まで、気合を入れて応援がんばるぞ!
…と言いたいところですが、サラリーマンの僕は普通にお仕事。
次またお手伝いに行けるのは土曜日となりそうです。ちーん。

皆さんも街で候補者を見かけたら、少しだけ耳を傾けて
自分の大切な一票をしっかりとした候補者に投じて下さい!
それではー。

08:51 | 選挙 | No Comments
2011/04/12

こんばんは。音喜多です。
二回目の投稿となりますが、勝手がわからず緊張しますね。。

先の日曜日に、統一地方選挙の前半戦である
都道府県知事選挙が終了致しました。

私は東京都在住ですので、今回は
東京都知事選挙について筆を取らせていただきます。

結果はみなさんご存知の通り、公約を翻して出馬した
78歳の四期目、石原慎太郎氏の当選となりました。

石原慎太郎  2,615,120票
東国原英夫  1,690,669票
わたなべ美樹 1,013,132票
小池あきら   623,913票

ただ、20代、30代の若者層の間では
東国原氏への支持の方が高く、40代でも互角の闘いでした。
それなのに、結果は100万票の大差がつく石原氏の圧勝。

これの意味するところは何か。

若者が選挙に行かなかったのです。

こうした「近頃の若者は選挙に行かない」議論があがると、
当の若者たちからこんな反論が出ます。

「絶対数として、年配層の方が多いから無理」
「数が少ない若者が頑張ったって、結果は変わらない」

確かに、少子高齢化が著しく進む日本全体で見れば
一見このロジックは正しいように思えます。

しかし、日本中から夢を持った若者が集まる街、
東京ではこの事実は当てはまりません!

東京都の有権者数(人数/シェア)

20代 165万人(15%)
30代 218万人(21%)
40代 187万人(18%)
50代 147万人(14%)
60代 164万人(15%)
70以上 181万人(17%)

一番の多いのは30代。
20代の数だって、50代、60代に負けていません。

しかしながら、実際に投票した
「有効投票数」となると、こうなります。

本都知事選の世代別有効投票数(人数/シェア)

20代 55万人(9%)
30代 95万人(17%)
40代 102万人(18%)
50代 92万人(16%)
60代 119万人(20%)
70以上 119万人(20%)

なんと、

20代は100万人以上が投票を放棄、投票率は約30%です。
30代も半数以上が選挙に行っていません。

人数比では互角の闘いだったはずが、
有効投票数であっさり50代以上に水を空けられてしまっているのです。

このデータから見れば、少なくとも東京に関して言えば
「老人が多いから、選挙に行ったって無駄」という理屈は
破綻していることが一目瞭然です。

選挙の度に何も変わらず失望し、政治不信になってしまった…
そんな若者が数多くいることも確かです。しかし、だからといって
投票を放棄する行為は「天に唾する」に等しいことだと思います。

「若者は、どうせ選挙に来ない」とタカをくくられれば
ますます高齢者主体の政策が採用され、進んでいきます。

「投票が無駄」ということはありえません。
若者の投票率が上がることそれ自体が、
政策の意思決定に少なからず影響を与えるのです。

24日は、市議会・区議会議員選挙があります。
(もちろん、若者に限りませんが)一人でも多くの方が
選挙権を行使して政治に意見表明することを、強く願ってやみません。

08:42 | 選挙 | No Comments

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