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2014/01/09

明けましておめでとうございます。

2008年の1月にトンガに渡り、その後は一度2010年の夏に帰国しただけなので、日本の正月は6年ぶりでした。改めて、中々日本の正月というものは、かなり日本固有なものであることを痛感してます。いや、一応日本人なので、「これぞ日本!」という感じなんですが。今年もよろしくおねがいします。

海外というのは、特にキリスト教国では、クリスマスがメイン(当然教会行事として)でして、正月という概念はありません。元旦はさすがに休みになりますが、別に正月固有の風習や食事があるわけでもなく、翌日2日は平日に戻ったりします。なので、正月気分というものを味わうのは6年ぶり。今年は実家で過ごしたわけですが、我が家の隣には神社がありまして、3ヶ日の間は、ひたすら宮城道雄の「春の海」がエンドレスで繰り返されてました。「春の海」は言わずとも知れた箏と尺八の名曲、正月の代名詞的な楽曲でありまして、恐らく日本人であるならば「絶対知っている一曲」だと思います。というわけで、新年一発目は日本の音楽から書いてみたいと思います。

さて、絶対知ってる一曲ですけれども、「春の海なんて知らない」という方は、こちらをどうぞ。↓

どうですか?聞いたことありませんか?この曲が「春の海」です。

この曲を三日間エンドレスで、朝9時から夕方6時まで聞き続けるといい加減に「勘弁してくれ…」という気持ちになったのは事実ですが、そう思いながらも、ちょっとじっくり聞いてみると意外と面白いというか、思いっきり日本を代表するような曲なのに、結構西洋音楽(クラシックですね)っぽいなぁと思うことが度々ありまして…。

そういうわけで、とりあえずネットで行く先は、wikipedia先生。
びっくりしたのは、意外や意外、この曲昭和に入ってからの作品だったんですね。作曲は1929年、昭和4年。てっきり江戸時代の作品だと思ってました。なるほど、そうなると日本にも西洋音楽が入ってきてますから、そういう香りがしてもおかしくない。そして、この曲が世界的に有名になったのは、本人宮城道雄とフランスの女流ヴァイオリニスト、ルネ・シュメーとの共演で、この録音が日本、アメリカ、フランスで発売されたことによる。へぇ…。ちなみに、その録音はこちら↓

音楽構造的には、驚くほどソナタ形式。ソナタ形式とはベートーベンの時代あたりに確立したクラシック音楽の「超」基本的な音楽形式で、提示部ー展開部ー再現部という三部形式で、どうも人間の耳には、メロディーが繰り返されることによって安堵感を与えるというものがあるそうです。なので、提示部で主題を奏で、それを基に展開部で自由に膨らませ、再び提示部で示した主題を奏で曲を終えるというもの。日本のJポップスとかでも、「サビの部分」とかがその繰り返しに相当すると思うし、ジャズでも、最初に主題を演奏し、2回目、3回目…と自由に即興演奏をし、そして、最後に主題を演奏して終わりますよね。再現では多少おかずがついたり、曲を収めるに最後が変わったりはしますが。音楽学での楽曲分析をする際に、まず、この曲の形式はなにか?ということに着目しますが、そして、「とりあえず、ソナタ形式じゃないか?」と疑って、外れたらその他の形式の可能性を探ります。そのくらい基本で、誰もがやってることなんです。大きく形式的な繰り返しの他、ほんとに短いフレーズやリズムの繰り返しという技法もよく用いられます。

こういう技法が、春の海でもふんだんに用いられておりまして、多分、そういう点から「西洋音楽っぽいな」と思ったのかも知れません。

というわけで、このへんで。

あ、こういう変わり種もありましたので、挙げておきます。

05:17 | 日本 | 2 Comments
2013/12/08

元トンガ在住の鈴木です。
タイトルを「古今東西音巡り」と変えて、全く「音」に触れてないのが心苦しいのですが…

12月1日のJUNKSTAGEパーティー、ついに参加でき、スタッフさん、他ライターさん方と初めてお目にかかることが出来ました。いろんな刺激も受けました。大分からはるばる出かけていった甲斐がありました。一流の皆さん方の中に「何故自分が???」という思いが一段と強くなってしまいました(笑)そして、数日後、「11月は更新が一回だったため」と月ごとに格下げされました。頑張ってネタを探さなければ…。

さて、先週大分の別府にある立命館アジア太平洋大学(以下APUとします)の太平洋諸国からの留学生を中心にオセアニアウィークが開催されました。APUは学生総数の半分以上が留学生で、授業のすべて日本語と英語の両方で開講され、大学構内の公用語は「日本語か英語で」という決まりがあるという、メッチャクチャ国際色豊かな大学でして、世界中から学生が集まってきています。(ちなみに就職率95%以上という脅威の数字を残してたりもします。)なので、秋から年明けにかけて、一週間単位で地区や国別のイベントを行なって、異文化紹介を常としています。で、先週からオセアニアウィークを皮切りに始まりました。ちなみにオセアニアからはトンガから10人、フィジーから5人、あとはパプアニューギニア、オーストラリア、ニュージーランドから。以前はサモアとかクック諸島、タヒチ、ソロモン諸島、ヴァヌアツと言った国からも来てたそうですが、今現在は在籍していないとのこと。

僕が参加、鑑賞したのは、水曜日と金曜日の2日だけ。

水曜日はオセアニア、特にポリネシア(ハワイ、ニュージーランド、イースター島の3点を結んだ三角形の中にある国々)固有の文化であるカヴァセレモニー。僕がトンガにいる時に毎晩やってたあのカヴァです。僕にとっては日常的で、当たり前のことなんですけど、やはり日本、しかも大分ではかなりレアな催し物。参加者は大学生ばかりですけど、サラッと入ってきました。ちなみにトンガ人10人ですけど、トンガ在住時会ったことあるのは一人だけで、後は知らない人たちだったんですけど、とりあえずサラッと入って、サラッとトンガ人とトンガ語で挨拶交わした所、初対面のトンガ人たちが「えっ?なんで????」「あの人俺の国の言葉喋ってるよ!!!」みたいな感じで寄ってきて、更に初めて会ったくせに、その他の留学生や日本人学生に「この人は〜」みたいにあたかもずっと前から知ってるかのごとく紹介しまくってる(笑)。その辺さすがオセアニア人だなぁって。おかげでなんの違和感もなく入ってきましたけど、さすがに大学生、若いね。おじさんは中々ついていけませんわ…。
ソロモン諸島に行く前に、ボランティアで3週間ほどパプアニューギニアの結構山奥に行ったことがありまして、パプアの留学生がいたので、喋りかけた所、なんと自分が行った地区にほど近い場所出身だったとかで、その留学生曰く「その地名を出して、話が通じたのは、日本で初めて!!!」と喜んでました。こういうことってあるんですねぇ。ちなみにシンブ州と行って、標高1500mほどで、赤道に近い国でありながら椰子の木が存在しない地区だったりします。朝10度以下まで下がって寒かったなぁ…。

カヴァセレモニー
これはカヴァセレモニーのカヴァです。カヴァボウルという木製のボウルの中でカヴァを作り、ココナツの殻で作ったカヴァカップで回し飲みします。ちょっと日本の茶道に通じるものもあるかも。

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こちらはトンガ人留学生と。一人オーストラリア人が混じってますけど。最近の学生はドッカ〜ン!!!と大きい人が減ってきたなぁ…。ラグビー留学生じゃないからかな?

翌日木曜日は取り立てて特別なイベントはなく(昼間学校のカフェテリアなどで民芸品の紹介、販売などやってたらしい)、鹿児島からわざわざやってきた元JOCV(海外青年協力隊です)で、トンガでも交流のあった人、APUの卒業生で、そのまま大学事務に残ったトンガ人とその奥さんと4人でディナー。別府でインドネシア、バリ料理店に行ってきました。当然APUの卒業生。

金曜日がオセアニアウィークのハイライト、グランドショー。
歌、踊り、ファッションショーといったステージパフォーマンスを披露してくれました。7年前にオセアニアウィークが行われ、今回は7年ぶり。7年前、丁度ソロモンから一時帰国してた時で、その時も見に行きました。その時はオセアニアの学生だけのパフォーマンスでして、ステージの上で一人もしくは少人数で踊り、歌うという感じだったのですが、今回は日本人をはじめ、オセアニアと関係ない学生たちも巻き込んでの一大イベントとなっており、予想以上に盛り上がり、予想以上にハイレベルなパフォーマンスとなり、かなり驚かされました。ステージ上の学生だけでなく、裏方も含めて協力者を求めたら、初日だけでなんと250人に達し、初日で募集を撃ち切ったとのことです。オセアニアが日本に知られてないので興味がある現れ、そして、オセアニア学生が大学内で存在感ある現れですかね。これらを文章でうまく伝えることは不可能なので、実際に見てもらいましょう!

こちらです。

実はUstreamで生中継されまして、その録画を見ることができます。結構面白いので、是非見てください。オセアニアのいろんな踊りが見られます。
しかし、トンガの学生が多かったせいか、なんとトンガ色の濃いことか!!!(笑)きっとわからないと思いますが。結構トンガトンガしてました。

中々オセアニアのイベント映像を見ることができませんし、特に一つのイベントの中で多くの地区の様々な違いを一度に見ることができないので、こういうイベントは中々意味の濃いものだと思います。でもやっぱり会場での臨場感は超えられません。知り合いがいなくても、是非来年以降開催されるようでしたら、別府までお越しいただけると嬉しいのですが。その価値はあると思います。

というわけで、今週やたらとトンガ語と英語三昧で、寒くても暖かい週でした。やっぱりオセアニアはいいですね。

あ、今週12/9からはスリランカウィーク、12/16からアフリカウィーク、年明け1/6からネパールウィーク、1/14から台湾ウィーク、そして最後は日本ウィークと続くそうです。興味のある方は是非大分別府のAPUまでどうぞ。

2013/07/23

暑い夏が続いてます。お元気ですか?

さて、土曜日より東京より在日トンガ王国特命全権大使が九州を訪問しておりました。最大の目的は土曜日に行われた「アジア太平洋子供会議イン福岡」というイベントに招待されていたとのことですが、それと同時に、各地に滞在するトンガ人及びトンガにいた日本人との交流を深めるという目的もあったようです。僕は現在大分にいますが、大分の別府には立命館アジア太平洋大学(APU)という学校があり、ほぼ毎年トンガからの留学生がここで学んでます。というわけで、福岡に来たついでに大分別府まで足を伸ばしてくれました。

さて、この来訪はトンガ時代の友達がFBで九州在住のトンガ経験者たちに呼びかけられましたが、大分でトンガに明るい日本人は僕のみ。というわけで、予定が決まってから会場探し。せっかくだから美味しい日本食レストランなんかいいなぁ、と候補を探していた所へ新情報…

「大使は大分に宿泊せず、その日にバスで福岡に戻る。だから、軽くお茶程度でOK」

えぇ〜〜〜〜〜???そうなの?全然ゆっくりできないじゃん…。バスはどこから出るんだろう?大分?別府?そのへんもグダグダ…。ま、トンガ人だからいっか…。APUから来るから別府でいいや…

というわけで、ガイドブックでカフェを探す…。このへんから、FB日本人経由でのやり取りが面倒になり、直接大使とeメールに変更。「予約取るから、バスの時間、出発場所などを教えてくれ…」
すると大使は「3時頃日本人と会って、4時過ぎのバスで帰る…」
そんなに短いのか????ゆっくりしたいんじゃないの???というわけで更にメール
「忙しいの?実は僕、その日英語の試験を受けて、終了するのが3時過ぎ、急いで移動しても4時頃になる。バスの時間が気になるんだったら、車で福岡まで送っていくよ」
とメールしましたけど、よく考えると相手は国を代表する全権大使。本来なら黒塗りの車に旗立てて走るような人だよね?そんな人乗せていいのか?と若干心配しましたが、彼女の返事(トンガ大使は女性です)は
「えっ?ホント?じゃ、そうして。ゆっくり話したいし…」
さすが、トンガ人。「超」軽いノリで僕が車で福岡まで送ることにあっという間に決定しました。
というわけで、ゆっくりできるカフェ。別府に純日本風建築をカフェに改築したというところがあったので、早速電話予約。
「個室は和室になりますけど、よろしいですか?」
という事でしたけど、トンガ人、正式にはあぐらなんですよね。大丈夫でしょう。一応、年のために「個室は和室だけど、椅子が良ければ個室じゃないけど、そういう場所に変更できるよ」とも伝えておいたけど、返事はなし…。ま、いいや。

そんな訳で、予約できて、関係者には場所を伝え、しかもホストの僕は遅れていくという状況が決定。

当日午後2時間の英語の試験を受けて「あ〜、しんど〜〜〜〜」と思う暇もなく30分車を飛ばして現地入りし、合流。個室に入ると大使は足を伸ばして、畳部屋を満喫してました。
「スズキ!こんな素敵な部屋取ってくれてありがとう!何かおすすめはない?」
「あ〜、僕、お昼ごはん食べてないんで、食べていい?ここのおすすめはだんご汁という大分の郷土料理なんだけど。僕はそれ食べる。」というと大使は「じゃ、私もそれ食べてみる」
だんご汁は大分の郷土料理で、根菜類と味噌のほうとうのようなものなんですけど、大使これまたご満悦。今回のセッティングは完璧でした。本来は4時過ぎ終了予定でしたが、しっかり6時近くまでゆっくりしました。僕が車提案を出したのは、実は、やってきた日本人が、宮崎と種子島からわざわざやってきたので、そんな1時間程度でパッと終わるのは悲しすぎるので。宮崎の人は電車の関係で一足先に帰って僕は会えませんでしたけど。僕はほぼ地元なので、APUのトンガ人との交流もすることを約束して終了。

しかし、僕はまだ終わらない。これから2時間大使と福岡までドライブ。これが日本の大使とかだと敬語バリバリで、粗相がないか心配しながらなんでしょうけど、もう完全にタメ状態。

大使「この車サンルーフ仕様?」
僕「そうだけど、開ける?」
大使「いや、いい。私ね、日本に来て白くなりたいの」
僕「ハハハハハハハ!無理だよ、トンガ人には。白くなりたければ京都の舞妓さんみたいにお白い塗ればできるけどね。あ、そうだ。途中で文房具屋に寄って白い絵の具かペンキ買っていく?」
大使「それ、ひどくない?(笑)」

日本人相手だと考えられないですね。ま、OKでした。
6時に出発して8時に着けば大丈夫かな?そしたら、帰りは博多ラーメンでも食べて帰ろう…
と思っていましたが、博多につくとホテルでトンガへボランティアに行っていた歯医者さんと福岡でラグビーをしているトンガ人がいまして、「夕食の予約とってるから」という事で、ここでもご一緒するはめに。ホテルのビュッフェでたっぷり食べて、その後他のカフェに移り11時の閉店までお茶。そして、彼女の泊まるホテルのロビーで更に雑談。結局12時過ぎまで。そして、2時間ドライブでしたが、念の為、2,3度休憩を取りながら僕は戻りました。

その後大使とFB経由で何度か会話しましたけど、大分の来訪はかなり満足してもらえました。トンガに帰ってきて久々に英語とトンガ語を使い、更にトンガに戻りたくなった鈴木でした。

2013/06/18

蒸し暑い時期になりましたね。もうすでにトンガより過ごしにくい季節になりました。帰国して3週間、既にトンガに戻りたくなってきています。

5年半に及ぶトンガ生活を振り返る前に、帰国記を買いてみようと思いましたので、しばしお付き合いください。いろいろてんこ盛りだったので、シリーズ化します。

トンガを出国したのは5月24日。フライトは12時10分、NZのオークランド行き。そのため空港に2時間前の10時についておく必要がありました。実は3ヶ月ほど前に、元同僚の音楽教師が奨学金を得て、NZの音楽大学で勉強をすることになり、出発しました。出発したはずの、その翌日の日曜日、教会に行くと彼がコルネット(トランペットの仲間楽器)を吹いてまして、「あれ!?機能出発じゃ…???」と聞くと、空港に行ったんだけど、1時間前に到着したけど既に締め切られ、行けなかったということがありましたので、確実に2時間前に行くことを決め、隣に住んでいた学校の教頭先生が送ってくれるということになっていました。

当日、朝5時半に起き、6時からの教会のミサに参列し、7時前に戻り、部屋の最終掃除。そして、近くのゲストハウスに滞在している大使館職員さん(来たばかりで家を探してました)に、トンガパアンガを日本円に換金してもらうために出向き、お別れ。8時頃、教頭先生は「職員朝礼があるからちょっと出かけてくる。すぐ戻るから。」と出かけていった。再度、念のために、「10時には空港についておきたい。でも、その前に学校と消防署と警察音楽隊に挨拶しておきたいから」と念を押していたが、その辺、さすがトンガ人、8時半になっても帰ってこない。ケータイは「譲ってくれ!」というトンガ人に譲ってしまったので、連絡取れないので、待つしかない。で、9時になっても帰ってこない…。挨拶に行けないじゃん!渡すものもあるのに…。

結局9時20分になっても戻って来なかったので、教頭は諦め、重い荷物を持って大通りに出て、流しタクシーで行くことを決定。でも、普通電話するんだよねぇ。トンガ人歩くの嫌いだし。でも、なんとか数分で見つけることができてラッキーでした。タクシーの運ちゃんに「学校に行って、消防署に行って、警察に行って、それから空港に」ということを伝え、とりあえず学校に出向く。ま、そこで教頭に会えばタクシーをキャンセルすればいいし…、と学校にいくけど、教頭とはすれ違ったみたい。でも、もう結構頭に来てたからそのまま。学校でちょろっとだけ挨拶して、すぐさま学校の隣の消防署に向かい、そこでも、サクッとお別れ。教頭がもっと早く帰ってきてたら、もう少しゆっくりできたのに…。そして、同じ敷地内にある警察音楽隊へ。トンガに遊びに来た時からホントお世話になりました。ここでもサクッと。警察からのおみやげは、演奏会などで譜面台にかける警察音楽隊のバナーでした。警察バナーはこれでソロモンと合わせて2つ目。また、ここに戻ってこれるかな?

というわけで、タクシーに乗って…と思ったら、警察官の一人が「何?タクシーで行くのか?送っていくよ!!」ということになり、タクシーとはそこでお別れ。ま、タクシーはどうでもいいや。

警察官に乗せられ(残念ながらパトカーではなかった…)空港へ急ぐ。教頭がさ…(以下省略)。空港まで約30分。さて、間に合うか?ま、2時間前には間に合うから問題はないだろうけど。
この道を通るのもこれが最後か…。と感傷的になりながらの道。すると、途中で「スズキさん!!!!!」と呼びかけられて振り返ると、日本でラグビーをしてて戻ってきたトンガ人。僕の日本語教師の後釜候補ナンバーワンの人。そういえば、教頭がその日の午後、理事会で僕の後釜に彼を押すことになってましたけど、会ったことがなかったらしく、一押しする前に会っておきたいから、途中で拾っていくということになってたんだった!!!というわけで、とりあえず彼を拾って一緒に空港に行きまして、彼には事情説明。(その後どうなったは知らない…)そして空港へ。余裕で間に合いましたけど、半分くらいは既にチェックイン終わってましたね。日本人もチラホラと。JICA関係者で、休暇で4,5日NZに行くとか…。僕はいつ戻ってこれるのかな~。で、そこで警察官と後任候補生君とお別れ。これからはネット上の付き合いになりますね。

実は空港に、元トンガ人力士の警察官が見送りに来てくれるという事になってましたが、忙しかったんでしょうね、残念ながら…。彼とはソロモン諸島時代から仲良くさせてもらいました。最後会えないのは残念。でも、時間なので出国審査を通って、いざ飛行機へ。これでしばらくトンガとはお別れ。帰ってくる気まんまんですけど、もしかしたら、もう戻ってこない(これない)かもしれない…。ちょい寂しいです。そして、カウンターから飛行機まで歩いて向かう途中、2Fの展望台から「お〜〜〜〜〜い!スズキさ〜〜〜〜ん!!」と。元相撲取りさん、忙しい中、わざわざやってきてくれましたよ。次会うのは、日本かな?トンガかな?また、いずれ会いましょう!

というわけで、NZ行きの飛行機に乗り込みます。3列3列の飛行機、僕は窓側席でしたが、その隣、真ん中と通路席に、これまた「THE TONGAN」なおばさんが二人…。

あの…

席からはみ出してますよ…。

というわけで、3時間僕は、物理的に、字のごとく「肩身の狭い思い」を強いられます。何度も飛行機になりましたが、申し訳ないですけど、最悪…。一気にテンション下がりました。そして、おばさんにボールペン渡され

「私のNZの入国審査のカード書いて!」

自分でかけ!

文字が読めなかったり、困ってるのならしょうがないけど、どうして全くの赤の他人にそういう重要な書類を書かせようと思えるんでしょうね。最後の最後までトンガ人にはびっくりさせられました。悪い意味で。

というわけで、長くなりましたの、一旦このへんで。

2013/05/29

南太平洋ならぬ、北太平洋、いや、豊後水道からこんにちは。

5月25日の夜、26日に日が変わる頃、無事実家に到着しました。これで私のオセアニア生活は、一旦これで完全終止という事になります。帰国の事や、今こうやって日本に戻って思う事がたくさんあります。トンガ生活は終わってしまいましたが、もうしばらく、ここにお邪魔します。

帰国中もいろいろあって、面白かったので、その事も後日書きます。

とりあえず、今回は、無事に帰国して、トンガ産日本人となった事をご報告します。

2011/03/22

地震、津波の発生から一週間が過ぎました。いかがお過ごしですか?トンガの鈴木です。こちらは一旦は涼しくなってきた気がしてたのですが、また暑く蒸し暑い日々がぶり返しております。シー◯リーズを体全体にぶっかけたい気分です。

さて、トンガでもやはり日本の地震、津波のことには関心がありまして、先週末はトンガの赤十字が中心になり募金活動が行われました。赤十字には日本のJICAボランティア隊員も入っており、JICA関係者、日本大使館関係者、そして、赤十字スタッフらを中心に募金活動が行われました。ラジオではその様子がライブ中継され、募金の累計の報告やまとまった額や団体からの寄付は名前や団体をアナウンス…ということをしていたみたいです。僕もちょっとだけですけど…。トンガで出来ることといえば、とりあえず、募金以外浮かばない…。後は応援するとかお祈りするとか、無形な物。それも必要だと思いますし、大切な事だと思いますが、有形な面でも何かしたいと思ってましたので、いい機会でした。

さて、私事ですが、JICAの美術隊員のもとで鉛筆デッサンを先月ほどから習い始めました。そして、その中で「私たちで何かできないか?」という話になり、強制ではないが、自分たちでトンガの素材を使ってポストカードを制作販売し、その売上を募金しよう!という話になりました。本当は、そういう話は募金云々は抜きにしてありました。トンガのデザインがあまりにもマンネリで、しかも、伝統という名のもとで、何も手が加わらず、それでいて「雑」。だから、土産屋に行っても、とても買いたいと思えない、買いたくない(爆)悲しいことに…。

ひとつの理由としては、圧倒的な情報不足じゃないかと。音楽もそうですが、みんなが同じ音楽を聞き、新しいものを知らない、視覚的、聴覚的な情報量が不足しているので、新しいアイデアが浮かばないんじゃないか?という既に帰国してしまったJICAの美術隊員の意見。全く賛同!どうも未知な物にはとっつき難いみたいです。音楽でもそうですね。僕はブラスバンドを指導していますが、新しい曲を指導するのは全くもって時間がかかります。というか、簡単な曲でも楽譜をちゃんと読めないので、誰かが演奏して、耳から覚えていくしかないんです。音楽を教えている自分としては全くもって不満の根源ですが。

ま、そのことはひとまず置いといて、「トンガの素材を使って、トンガを日本に紹介しよう」というコンセプトで自分たちでなにか製作してみよう!という提案が出されました。いいですね、こういう行動的な企画は。問題は自分たちに「商品」に値するものが制作できるかどうか(爆)というわけで、いろいろと神に落書きをしながら構想中です。トンガを日本に紹介するってどういう事か?日本はトンガのどういうものを知りたいのか?例えば日本人がトンガに遊びに来て、どういうものをお土産にして帰りたいのか?自分、こういう国に住んでまして、実はほとんど「旅行者」としての経験がないため、よくわかりません(爆)

でも、この企画が実現すれば、この離れた土地から金銭的な募金だけでなく、もっと行動的参加ができそうなので、発想力のない自分の頭を使いながら搾り出してみます。

もしも…

もしも、うまく出来ましたら、ここで発表してもいいですかね?買ってくれますかね?商品に値するものを目指して、こちら南の島から日本の大変な皆様のことを思いながら頑張ります。

ガンバレ、東北!!!

ガンバレ、日本!!!

2010/06/21

まだまだ日本滞在中のトンガの鈴木です。今回も前回に引き続き日本で活躍するトンガ人シリーズ。今回はラガーマンではありません。体は超でっかいですが(笑)

彼と初めて会ったのは2006年12月。大分県にある別府駅前のブロックパーティー(屋台?)でした。それも「駅前で世界の屋台を食べ歩こう!」的なクリスマスブロックパーティー(笑)。正式なタイトルは忘れました。ちょうどソロモン諸島から一時帰国中で、そういうチラシか広告を見まして、面白そうだと思って別府駅に行って来ました。すると出店はブラジル、ドイツ、メキシコ、ヴェトナム、韓国、トンガ、アフリカのどこか(忘れた…ガーナかどこか)と10カ国くらいの出店がびっしり。

「何で、別府にこんな国際的なブロックパーティーが出来んの????」

と疑問に思う人が多いと思いますが、この別府には立命館アジア太平洋大学(以下APU)という大学がありまして、学生の半数が留学生で、授業もすべての科目が日本語と英語の両方で開講されており、大学構内の公用語は日本語か英語という国際的な大学で、このブロックパーティーもAPUの生徒が中心に企画されたものらしいです。僕はソロモンからの一時帰国中だったので、当然オセアニアに興味がありまして、そこで「トンガ料理」のブースがあったので、立ち寄りまして、その人に出会いました。ちなみに、トンガのブースでしたがサモア人留学生と共にトンガ料理というかオセアニア料理のブースでしたね。そこでであったのがフナキ・カイトゥウ(Funaki Kaitu’u)さん。この大学の第一期生で、大学、大学院修士課程を修了し、そのまま大学に残り、そして大学職員になり、現在は大学の入試課で、世界各国を飛び回り募集活動をしているそうです。ちなみに日本語検定一級ということで、日本語は完璧。

大学の募集活動をしているというので、どの辺を担当してるのか聞いてみると、彼はさらっと

「僕が担当しているのは、ヨーロッパと、インド、ネパール、モンゴル、それから東南アジアのいくつかと北アフリカと…」

おいおい、どれだけ回ってんの?来週から韓国に行くとか、来月はモンゴルだ…とか超国際的。驚きです。こういう特色の大学だからなんでしょうね。

そんな彼と先日夕食を食べて温泉へ。まぁ、別府ですから当然温泉ですよ。ちなみに帰国して初めて温泉へ。あぁ、至福の一時。日本はやっぱり温泉ですよ。別府最高!!

でフナキさんといろいろしゃべっておりましたが、フナキさんから痛烈な一言

「鈴木さんはトンガをもっと理解してくださいね、2年以上その地に住んで全然分かってませんね。何してるんですか?鈴木さんが『トンガが好き』という言葉やトンガを語る言葉に説得力ありませんよ。」

僕は結構トンガに馴染んで楽しんでいるつもりでしたが。彼の言うのは次の点

  • 2年以上住んでトンガ語がしゃべれないのはどういうこと?トンガ語がしゃべれてそういう言葉を語るのならともかく…
  • 僕がトンガを喋るとき、それは「ヌクアロファの一部」で、トンガそのものではない
  • 自分の主観を「トンガ」としゃべるのは危険すぎる
  • もっとトンガ人、ローカルと関わってください!

痛烈でした。僕は結構ローカルとの付き合いを大切にしていたと思ったんだけど、いろいろ話すうちに反省すべきことが山ほど出てきました。と、こうやってwebマガジンで発信している僕ですが…。というわけで、この辺で

「Junkstageやめます…」

というのはあまりにも乱暴なので、一言注意書きを

「僕の記事で書かれたことがトンガを表しているとは思わないでください。あくまでも、わたくし鈴木真一が見た、感じた「トンガの一部」であり、思いっきり主観が入ってますので、ご注意ください。」

まぁ、僕的には観光ガイドを作ってるつもりはないので、 こういうのもありかな?と思っておりますので、今後僕の記事は鈴木の主観程度に留めて置いてください。そして、しばらく後、もっと客観的にトンガを語れる日を迎えることが出来るように精進します。まずはトンガ語ですね。がんばります。

ということをたしなめたフナキさん。大学職員という立場とは別の顔を持っているんです。それは

「歌手」

2年ほど前、NHKの喉自慢大分県大会で見事優勝し、平成20年度NHKのど自慢チャ ンピオン大会の出場者。聞けば

「一度聴いた曲は覚えてしまうんですよ。だから2,3回目はハモれます!トンガ人は結構出来る人が多いんじゃないかな?だから、ネイティブに出来るからわざわざ学校で理論の勉強とかしなくてもいいなじゃないかなと思うんだけど」

根本的に僕のトンガでの存在意義を否定する意見ですね、それは(爆)そこには全く同意すること出来ませんが、そういうことが出来るという事実は事実。すごいです。実は多くの日本人がハモリ苦手な理由は民族音楽学的に理由があるんです!多くは環境によるものです!だから日本人は楽譜を読んで、理論的な裏づけを元にハモるように勉強するんです!

とここは、音楽論をかます場所でないので、この辺にして話を戻して、フナキさん。NHKの喉自慢優勝のアマチュアではなく、実はプロとして活動を始めるとのこと。今は大学職員ですので、そちらと両立させながら、大分を中心に考えているそうです。さぁ、フナキさんはどう進むんでしょうね。楽しみです。どこかでこの名を聞きましたら、応援してあげてください。ちなみにフナキ(Funaki)という名は本名で、彼の苗字でして、日本で言う「鈴木、佐藤」位多い名前です。

最後に平成20年度NHKのど自慢チャ ンピオンで彼のステージがYoutubeにありましたので、どうぞ。

http://www.youtube.com/watch?v=JN0h1AYV2gk

さ、トンガ帰国まで後2週間ちょっと。もうトンガ人と出会うことはないかなぁ?大分にいる限りトンガ人に会うにはAPUしかなさそうだし、APUにトンガ人はフナキさん以外に一人博士課程の人がいるけど、現在帰国中らしいし…。Facebookでトンガ人で、僕が教えている学校のOBが大分の宇佐にいるということだったので、連絡を取ったけど、実は今アメリカに移ってしまったと…。残念。 というわけで、日本のトンガ人シリーズはこれで終わりかなぁ…。東京に行けは、もう少しトンガ人情報は集まるんだけど…。

では、また。

2010/06/07

皆さん、こんにちは。一時帰国中のトンガの鈴木です。トンガでも相当ゆっくり過ごしておりましたが、一応仕事をしておりました(笑)。しかし、一時帰国のこの身分、完全なプータロー、もしくはニート街道まっしぐら。朝から晩まで何にもしておりません。やってることといえば、家の留守番と姉の仕事のお手伝い程度。トンガ以上にゆっくりと、何もしておりません。トンガ帰国まで後一ヶ月、暇すぎてやばいかも…。

そんな私ですが、日本に帰っても何とかオセアニアと接点を持ち続けたいと思っておりまして、そういうケースと探しております。といっても、そういう話が勝手に舞い込んでくるわけない。そりゃ普通はね。東京近辺だと、トンガ人が結構いるんですけどねぇ。なんせ、大分だから。

でも、私は一応、トンガ暦2年半。そうすると、日本にも何人かトンガ人の知り合いができるもんなんですよ。友達の兄弟とか、一時帰国してきたトンガ人とか…。というわけで、在日トンガ人の何人かにメール出したりFacebookなどでコンタクトをとったり。「今帰国中です。大分にいます。大分に来ることありますか?」など(爆)そう簡単に大分に来ることないって(笑)

そうしていると大阪で活躍するプロラガーマンの子が「大分には行きませんけど、今度福岡で練習試合があります」とメッセージを寄越して来たので、折角九州に来るわけだから行って見るか。ついでにJunkstage記者として、在日トンガ人に突撃インタビューしてみようじゃないか!と思い立ちまして、軽くその旨をメールして、ラグビー観戦してきました。ウォームアップ前に彼と一年ぶりに会って、雑談をし、彼は試合へ。試合は福岡のコカコーラ・レッドスパークスと大阪のNTT Docomo・レッドハリケーンズ。僕の友達はNTTの方。ちなみにコカコーラの方にもトンガ人が二人いました。

実は日本でラグビーを見たのは初めてで、その日本ラグビーを見た感想は、

「日本のラグビーっておとなしいね…」

トンガのラグビーはよく言えば豪快で、あたりも強く、悪く言えば大雑把で荒い。まぁ、僕個人的な素人感想ですが。そして、テレビでよく見るのはオーストラリア、NZ、南アフリカという世界ランキング上位3位という超強豪軍団。そして、この間見たのは、昨年日本のトップリーグ8位と2部リーグの練習試合。ま、しょうがないか…。

ちなみに外国人選手枠があり、二人だけグランドに立てる。しかし、メンバー表を見ると、カタカナ名が二人、そして、明らかに韓国人選手が二人。???なんで?二人じゃなかったんかい?

後で聞くと、外国人枠とアジア人枠があって、アジア人枠一人、外国人枠二人、そして、一人の韓国人選手は日本国籍をとってるとのこと。なるほどね。

NTT vs Coca Cola

っと、なんか全然話がずれまくってるので、話をトンガ人に戻すことに。

僕の予定では、試合の後、彼が大阪に帰る前に一時間ほどお茶でもしながらJunkstage用のインタヴューをしようかと思っていたんです。試合前、自分の手帳に質問事項を書き留めておいたりコカコーラのトンガ人一家(奥さんと娘と息子の4人)と合流して、いきなり飲み会開始、とてもインタビューできる環境でなく、Junkstage記者はいきなりの挫折を味わい、トンガ人たちに流されるまま流されることに…。つまり、一緒に飲んだくれましたとさ…。

そんな飲んだくれ会話で面白かった話をひとつ。

彼は今プロ契約して、プロ選手として活躍していますが、昨年までは社員契約だったようで、午前中、午後の早い時間まで普通に仕事をして、それからラグビーの練習に向かうという生活だったらしく、どんな仕事をしていたか聞いてみました。すると、

「うち、NTT Docomoでしょ?お客からの電話を受けて、ケータイに関する質問とかの受け答えとか…。超面白いっすよ!(笑)」

マジ?トンガ人が電話の受け答え?それは傍から見たほうが面白そうだ。でも、今はもうプロなので、ラグビーだけらしいです。もう一人のコカコーラの方のトンガ人は、社員契約で、午前中はトラックを運転して、配達とか(笑)ちゃんと仕事してるんだね。

ちなみに、彼らは普通に日本語をちゃんと使えるので、こういう仕事に回ってくる。ラグビー目的で呼ばれた外国人で、日本語がしゃべれない人は、一般社員たちが仕事をしている間、日本語を勉強してるらしい。へぇぇぇぇ…。で、給料は?日本語を勉強してる選手の方が安いそうです。そりゃそうか…。ちなみにコカコーラの例です。

というわけで、楽しく一緒に飲んで食べて、最後の一緒に写真を…

with Tongan

当然センターが僕ですが、僕ってこんなに小さいの???そりゃ普通にしゃべってるときから、「こいつらデカッ!」とは思いましたけど、まぁ、普通にトンガ人との会話に慣れてるので、気にしていませんでしたが、こうやって並ぶと、165cmの僕なんて、こんなもんなんだ…。トンガ人が僕のことを「小さい、もっと食え、大きくならないぞ!」というわけだ…。普通にしゃべってると気にならないんだけどなぁ…。

写真右からNTT Docomoのイノケ・モリテカ(Inoke Molioteka)君、僕、コカコーラのエローネ・タキタキ(Elone Takitaki)君。ちっこいのは二人ともタキタキの子供。イノケもタキタキも僕より一回り年下になります。応援してあげてください。

というわけで、日本にいるトンガ人紹介第一弾はこれで終わり。さて、何弾までいけるのか?この企画(爆)

2010/05/24

皆さん、こんにちは。一時帰国中のトンガの鈴木です(笑)せっかくですので、2年半ぶりに帰国した印象を書いてみたいと思います。 帰国の理由は、プライベートで、プライバシーにかかわることなので、ここでは伏しておきます。

  • 日本語うざい!
  • 日本人ちっちぇぇ!

とりあえず、この2点。

まずは「日本語うざい!」

あらかじめ言っておきますが、これは別に日本語が嫌いとかそういうのでは全然ありません。今回の帰国は2008年1月半ばにトンガに渡って以来初めて。トンガにいる間、日本人や日本語を話せるトンガ人などと日本語をしゃべっておりました。なんですが、その日本語がうざい(笑)

その理由は「自分の対話者以外から聞こえる会話が全部分かってしまう」というこの状況(爆) 日本人としては当たり前なんですが、トンガ滞在中、トンガ語がほとんど分かっていない僕にとって、トンガ語は「ほとんど意味を為さない音」。ぶっちゃけて言えば、その辺で鳴いている虫の鳴き声と大して代わらない(言い過ぎか?)。と言うわけで、周囲の会話が分かってしまうという環境から丸々2年以上離れていたわけです。それが日本に帰ったとたん、つまり、空港に降り立って以来、電車内での会話、バス内での会話、商店街ですれ違う声などなどすべて一時的なものですが、聞いて理解できてしまう(爆)情報量が一気に頭の中に流れ込んでくるんですよ。その環境がうざい(爆)海外から帰ってくる人はそうなのかな?でも、ソロモンから帰ってきたときは、そんなに気にならなかったけど…。あ、ソロモンの場合は、英語およびピジン英語だったから、多少気を抜いても意味分かってたからかな?母国語って、こんなに情報量を知らず知らずのうちに得てたんですねぇ。思ったより気になります(笑)

そして、次の「日本人ちっちぇぇ!」

そのままです(爆)

僕は165cm、70kgですけど、僕の視線と街中ですれ違うちととの視線がほとんど同じ。もしくは僕より小さいおっちゃんとか普通にたくさんいるし…。 これは正直びっくりでしたねぇ。まぁ、今まで平均177cm、95kgという相撲取り軍団の中で生活してましたから当たり前か…。日本人って、ホント太ってませんね。こんなに小さくて、細いのに体型を気にしてるんですよねぇ…。何を気にしてるんでしょうか?全然分かりません(爆)

そして、知人(特におばちゃん、おばあちゃんたち(笑))から

「鈴木さん(下の名前で)あんた大きいなぁ!」「やっぱり男は大きくないとなぁ…」

この僕が大きいと言われるこの環境は一体なんだ(笑)ここにトンガ人たちがやってくるとどうなるのか(爆)日本人がトンガ人の中に入って「おっきいなぁ」より、トンガ人の集団が日本にやってきて「おぉぉ!」の方が絶対インパクトがあると思うなぁ。それもスポーツマンじゃなくて普通のおっさんたち(爆)いつかトンガ人たちが気楽に日本にやってこれるようになるといいんだけど、いかんせん、旅行費がかかりますからねぇ、無理か。

2年半ぶりに帰国した日本の第一印象ですね。自分でもこういうリアクションが出るとは思ってもみませんで驚きです。日本には夏休み前あたりまで滞在する予定です。その間、地元のおいしい料理を食べて、中学校時代の友達などと会ったりしながらゆっくりしております。

では、また。

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