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2008/05/07

先日、メジャーリーグへの復帰に挑戦していた元ジャイアンツの桑田真澄投手が、引退を表明しましたが、印象深かったのは彼の引退に寄せられた永遠のライバルであり親友清原和博選手のコメントでした。

「お前格好良かったよと言ってやりたい。俺にとっての『エース』は生涯アイツだけやから」

これは深く胸に響きました。

きっと良きライバル関係とは彼らのように、ある程度の距離感を保ちながらもどこかで意識して刺激を与えあう、そんな絶妙なバランスの上に成り立つ関係を表すのでしょう。

さて、いざ自分の歩んできた道を振り返ってみると、これといった「ライバル」が思い当りません。いや、「他人をライバルと思った事がない」というのが正しい表現でしょうか。

演奏において「他人」を意識する事は、少なくとも私にとってプラスに働きません。他人の評価を気にするあまり緊張したり、他人の演奏に影響されて自分の音楽を見失ったり。そもそも「誰かに負けたくない」と思った瞬間、音色が、音楽が汚れるのではとすら思います。だから音楽に点数をつけるという行為である「コンクール」というものが嫌いなんですが。

私を含め演奏家には「過剰なまでの負けず嫌い」が多いんですが、それは特定の「誰か」に向けられるものではないような気がします、しかしそこであえて「ライバル」を挙げろと言われたら、やはり「自分自身」になるでしょう。ありがちな回答かもしれませんが、一般的な表現とは若干意味合いが異なります。

おそらく演奏家であれば誰であろうと、自分の理想像を持っていると思います。自らが追い求める究極の「音」や「技術」「音楽性」など。

私も自分の中に確固たる理想像があります。楽器を始めた頃からいろいろと形を変え、最近ようやく芯が見えてきた理想。当然、まだまだ現実の自分は理想の欠片にも届いていませんが、何か曲を演奏するとき、「理想の自分」ならどんな音色でどのように歌うだろうかと必ず考えていますから、その「理想の自分」がライバルと言えるでしょうし、おそらく一生届くことのない目標とも言えるかもしれません。ただ、その目標を追い続ける限り成長は続くのだと思います。

皆さんにも「理想の自分」、いませんか?

 

2008/05/07 11:14 | 居酒屋トーク | No Comments

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