« | Home | »

2008/10/09

先日、あるオーケストラの公演を聴きに行った会社員の友人たちからこんな質問を受けました。

「コントラバスに、やたらと激しく動きながら弾く人が居て、音楽的じゃなくて見ていて不快だったんだけど、あれはどうなの?」

これは答えにくい。

おそらくその奏者は友人の一人であり、また友人たちが聴きに行ったのはテレビ局絡みの寄せ集め、言わば「お祭り」みたいな公演なので、奏者たちは普段より過剰に大きなアクションで弾いていた可能性が大きいのです。

ここで演奏者の「アクション」について考えてみましょう。
演奏中の動作には2種類あります。

まず、音楽に対する情熱や感情が溢れ出る事からくるアクション。
ピアニストのラン・ランなどはその代表格ではないでしょうか。私の友人であるチェロ奏者金子鈴太郎君なんかもそうですね。

次に、誰かの真似や、或いは「目立ちたい」という若さからくるアクション。

おそらく今回の場合は後者だと思います。
私もドイツ留学から帰国し、あるオーケストラに呼ばれた際、ある奏者の激しいアクションに刺激を受けて、しばらくは弓を振り上げたり楽器を右に左に振り回したりしながら彼を真似て弾いた時期がありましたが、ある先輩に「物真似はオリジナルを超えられないし伝わるものが無い、あの人は身体の奥から滲み出るものがアクションに出ているだけなんだよ」と言われて目を醒ました思い出があります。

今回聴きに行った友人たちも「コントラバスは不自然だったけどコンサートマスターの激しい動作は気にならなかった」と言ってましたから、クラシック通で無くても音楽的か否か雰囲気で伝わってしまうんでしょうね。

そういえば、私のドイツでの師匠ツェパリッツ教授なんかは、余計なアクションをせずとも、弓を全て使って弾く姿だけで魅了されましたし、ピチカート一つにその音符の意味を感じられるような動作だったものです。本物の演奏家は、その佇まいだけで存在感を醸し出すんですよね。

弾く側としては難しい部分もあるんです。
友人たちは私が出演する演奏会にも何度か来場していますから「オーケストラはこうして弾くものだ」という既製概念がありますが、今回彼らが行ったような企画モノの演奏会の場合、聴衆のほとんどはそれほどクラシックに馴染みが薄い。そんな状況下では、ある程度激しいアクションで弾いたほうがウケたりするんです。

ただ、友人たちのように不快に感じた方は他にも居たでしょうし、あっちを立てればこっちが立たない、全ての聴衆を満足させる事が如何に難しいか、改めて感じた今回の質問でした。

   

2008/10/09 12:31 | 居酒屋トーク | 1 Comment

Trackback URL
Comment & Trackback

[…] 弦楽器に使用する松脂に関するこだわりなどのフィジカルな面から、「完璧な演奏」に対する葛藤、自分の中にしかない理想の音楽への想い、アスリートとも共通する記憶と感覚。アクションを交えながら弾く演奏家の心情を解説し、楽器を抱えての移動の苦労話(特に打ち上げの飲み会に参加できない理由に涙が……)はまさに当事者ならでは!また、引っ越しに関する悩みや自作の弓ケースに関するこだわりを熱く語ったり、サッカーや野球の結果に一喜一憂する姿も。 ことにW杯の時期のコラムは演奏家というより人間・鷲見精一としての姿がのぞき、寝不足に悩みながらも仕事に足を運ぶ姿はほほえましさすら感じられます。 また、音楽業界ならではのお金に関するコラムも秀逸。 […]

Comment




XHTML: You can use these tags:
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">