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2007/11/14

先日、後輩S君とのベルリン留学生活の間に起きた珍事件「深夜の逃走劇」を書きました。今回もまた、留学時代のエピソードを公開しましょう。

S君が一時留学を訴えてきたのはベルリンでもシャツが汗ばみ始めた初夏でした。日本で4年間学んだ事を基礎からやり直す事に苦痛を感じてノイローゼ状態だった私が、多少希望の光に立ち直り始めたころ。

 
家庭の事情により大学を辞めなければならなかった彼ですが、当時から非常に音楽の才能には光るものがあり、先生方の間でも「何とか残そう」という会議でのやり取りがあったそうです。

先日も書いたように、私は先生が日本で仕事をするため、一緒に日本へ帰国し、その後先生とは別行動でNHK交響楽団の演奏会に出演して再び渡独、というスケジュールだったため、ついでにS君をドイツに連れて帰ることにした訳です。

とにかく英語の基礎すら苦手なS君はドイツ語も分かるわけがありません。私はフランス経由でベルリンに入るルートを選択していましたが、ここでも大騒ぎ。まず機内では浴びるようにビールを注文し、しまいにはアテンダントさんから「もうビールが無いです」と言われる始末。

その後日本から持ち込んだ漫画を読み漁り、二人して機内で熟睡し、到着にすら気づかず爆睡して再びアテンダントさんに迷惑をかけるような乗客となってしまいました。

フランスのシャルルドゴール空港では「このチケットを見せれば入れるから」と教え、私がさっさと乗り継ぎ便に乗り込もうとしていたら背後から「せんぱ~い!!」という悲鳴が聞こえ、慌てて戻ると彼は違うチケットを指し示しており、「それじゃない、他にあるでしょう?」という係員の言葉が理解出来ず動揺しきり。喧嘩最強の彼も、目の色が違う相手はかなり苦手なようでした。

そしてベルリン・テーゲル空港に到着し、「とりあえず所持金を交換しとけば?」と言った私に「すいません、俺今回これしか持ってきてないです」と彼が差し出したのは一万円札一枚。その後我々が切り詰めた生活を送ったことは云うまでもありませんね。

  
さて、S君を連れてベルリンに戻った私でしたが、実は到着後10日ほどで今度は南ドイツ、バーデン・バーデンでの講習会に向かうことになっていました。そしてそれをS君に伝えると・・・「えっ?ありえないっすよ、俺言葉も地理も分かってないのに!」とさすがに怒っていましたが、それまでの間に外を連れ回し、近所を把握してもらって基本的な応対の為のドイツ語は紙にカタカナで書き出しました。

さらに、「ほとんど料理をした事が無い」というS君のため、講習会に向かう前夜には野菜や肉を買い出してきて全て一口大にきり、焼くか煮るか蒸すか、とにかく何でも出来る状態で冷蔵庫へ。出張前のお母さん状態で万全の準備を済ませ、講習会期間の2週間の間の生活費という事で、多少キビシいかなと思いつつお金も無いし野菜や肉は大量に冷蔵庫に入れたから、と100マルク(当時1万円くらい)渡して私はバーデン・バーデンへ。

 
何とかオーディションに合格し受講する事になったバーデン・バーデンでの講習会は実に楽しく厳しいものでした。

その後ドイツ国内のオーケストラで活躍するトビアスや、気が強くテクニックがずば抜けているのに本番に弱いブドゥツィンスキ、これまでに出会ったコントラバス奏者の中でも3本の指に入る柔らかく美しい音の持ち主マヌエラ、名前は忘れましたが音楽について先生と激論を交わしていたイタリアのプロ奏者などハイレベルな受講生は全部で8人。

そういえば当時ベルリンフィルだったあるヴァイオリン奏者がヴィオラの生徒として受講おり「何してんの?」と思っていましたが、彼は今ミュンヘンでヴィオラの首席を務めているのですから、きっとあれがきっかけだったのでしょう。

さすが低音王国ドイツだけあって受講生のレベルが高く、私は必死でした。先生は朝から晩までレッスン室に篭り、生徒はホテルや練習室でひたすら曲を練習して完成したら持って行き、アドバイスを貰って再び練習の繰り返し。優秀な生徒は毎晩地元の市民を招いて開催される「若き演奏家たちのリサイタル」に出演して経験を積み、各楽器最優秀の生徒は最終日オーケストラをバックに協奏曲を演奏出来るのです。

途中、バーデン・バーデンに自宅があるマヌエラ宅でコントラバスメンバーによるパーティーなどもあり、充実した毎日を過ごすうちに、私は当初心配していたS君の事もすっかり忘れていました。

受講1週間目でお腹をくだして体調が悪くなった私は、レベルの高い周囲についていこうと必死だった事でストレスもあったのか、講習会の間に5kgのダイエットに成功。頬はこけ、ヒゲも伸ばし放題で先生に「何か悩みでもあるのか」と心配されるほどでした。

それでも最後まで何とか終え、最終日の演奏会で最優秀受講生に選ばれたギリシャのヴァイオリン奏者ナターシャの演奏するブルッフの協奏曲に酔いしれ、さてホテルに帰って明日ベルリンに戻る準備を・・・という段階で、私はS君の事を思い出しました。

とりあえず明日帰る旨を伝えなければ、と自宅に電話をすると留守番電話。こりゃ出る気が無いな、と判断し留守電に向かって「お~い俺だ~!」と叫ぶと、S君が電話に出てきました。
「明日の正午に戻るから」と伝えると、「じゃあ迎えに行きますよ」と嬉しい言葉。

翌日、楽器と荷物を抱えベルリン中央駅に降りたち、S君を探しますが見当たりません。あれ?と思いながらウロウロしていると、彼に良く似た、しかし痩せていてヒゲを蓄えた男性が近寄ってきます。先方も、私の様子を伺っているようでした。「まさか・・」と思いながら私が口を開きました。

「Sか?」

すると、彼は頷きます。

私も講習会で激やせするなど外見にかなりの変化を起こしていましたが、彼もまた、この2週間で激痩せし、ヒゲによって別人のようになっており、お互いがすぐに判別出来ないという信じ難い状況だったのでした。

しかし、そこそこ準備をしていったはずなのになぜそんなに痩せたのか話を聞くと、生まれて初めての料理に夢中になった彼は、私が用意した肉や野菜を全てカレーにしてしまい、最初の2日間で材料を使いきりカレーも食べてしまったのだそうです。そして置いていったお金はあっという間に酒代に消え、気づいたときには残り10日で材料無し、一文無しの状態になったのだとか。

ちょうど夏は日本人もみんな帰国してベルリンには居ないため誰にも救いを求められず、彼は日々塩と小麦粉を舐めて飢えに耐え、ウイスキーで感覚を鈍らせ、楽器を練習することで気を紛らわせていたのだそうです。

「楽器の練習が出来ない夜になると、なぜか涙が出てくるんすよ・・・」

という彼の言葉に、私は爆笑したものでした。

  
その翌日、ピアニストの女性から「ご飯作ってあげるからおいでよ」と声をかけられた私たちは、二人でコロッケを8個ずつ、合わせて16個たいらげたのでした。
 
 

2007/11/14 01:33 | 居酒屋トーク | 1 Comment

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Comment & Trackback

Sさんファンになってしまいそうです。今回も笑わせていただきました♪
天才肌の方ってこういう感じなのかなあと思いました。
塩と小麦粉とウイスキーと楽器があってよかったですネ・・・!

Posted at 2007.11.17 1:42 AM by ふさこ
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