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2015/11/04

昨日まで、佐渡裕さんの指揮で、シエナ・ウインドオーケストラのツアーでした。

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ツアーといっても、今回は岩手・福島・長野の3箇所。これまで佐渡×シエナといえば毎年8月に2週間近いツアーがあったのですが、佐渡さんがウィーンのオーケストラを指揮する事が決まって多忙になった事もあり、ツアーを何回かに分けて行う事になったようです。

巷では、佐渡さんがテレビ朝日「題名のない音楽会」を降板した事で一部の方は「拠点を海外に移してシエナも振らなくなるんじゃないか」と言われているようですが、佐渡さん自身「これまでも国内と海外同時に活動をしてきているので、今までと何ら変わらない」と仰っていましたし、ベルリンフィルを振る前にも「今の僕があるのはシエナとの関係があってこそ。忙しくなろうともシエナに戻ってくる」と話していましたから、佐渡×シエナのコンビはずっと変わらないと思います。

さて、演目は夏にも演奏したレスピーギのローマ3部作。8月にも書きましたから、曲については細かい解説は必要ないですね。

コントラバスは今回も2本。前回は大学の後輩をお願いしましたが、今回は気心知れたオーケストラの友人で東京交響楽団のメンバー北村君にお願いしました。

これには個人的な狙いもあって、僕が感覚で弾くのに対し彼は理論がしっかりしているので、自分にないものを持っている人と弾きたいというのが一つ、もうひとつは僕が普段吹奏楽の中で演奏している時に感じている感覚は、オーケストラの団員でも同じように感じるのかどうか知りたいというところでした。

結果から言えば、リハーサルと本番を終えた彼と話してみて、僕の感覚は決して間違っていなかったというところが確認出来たのと、演奏技術においてお互いに有意義な話出来て大いに勉強になったというところで、彼にお願いして良かったなあと強く感じたのでした。

さて、ツアーはといえば大盛り上がりでした。

ローマ三部作に加え、佐渡×シエナではほぼお馴染みとなったマンボNo.5。決して硬派を気取らず、こうした学芸会スタイルを全力で出来るのもシエナの魅力だと思います。

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岩手・福島は終演と同時にスタンディングオベーション。お客さまの笑顔を生み出す佐渡×シエナのツアーは、毎回参加出来て良かったなあと心から思える演奏会の一つです。

そして千秋楽の松本公演、シエナ恒例、お客様も加わっての星条旗では、舞台が埋め尽くされるほどの人数になりました。

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あまりの人数にコントラバスが舞台上で演奏するスペースが無くなり、花道へ。なんとコントラバスも総勢7名になりました!

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こうして熱狂のなか、今年最後の佐渡×シエナツアーが終了しました。

来年も同プログラムでツアーがあるようです。まず僕はまたご依頼が頂けるよう、しっかりと目の前の演奏会に全力を尽くし、準備しておきたいと思います。

楽しかった!!

2011/09/19

先日、母のリサイタルが終了しました。

2年に1度のペースでリサイタルを開催してきた母も、この10年くらいは満身創痍で、手術などもあり今回は5年ぶりの開催。

私は費用や事務など諸々の負担をかけないよう、少しでも力になれればと、チラシやプログラムのデザインを担当。「ひたすらシンプルに、読みやすいように文字は大きめで」という要望は、実に母らしいものでした。

さて、ヴァイオリンそして音楽一筋だった祖父同様、母もまた音楽に真摯に向かい合ってきた人です。私はなぜ二人の血を継がず多趣味になってしまったのか…という話はともかく、音楽家、演奏家、教育者としての母には尊敬の一言しかありません。

そんな母は決して日本のマスコミが大好きな「天才」タイプのピアニストではありません。いや、「努力する事の天才」と言えば良いのかな。真面目に輪をかけたような性格で、本当に音楽が好きだからこそ、よくありがちなレパートリーを回して頻繁に演奏会を行うような事をせず、二年に一度のリサイタルに全力を傾けてきました。

その一方で教師として本当に多くの生徒を抱え、ピアノの技術だけではなく人間教育として礼儀から教える厳しさで、コンクール入賞者を輩出するだけでなく、素晴らしい教師をも育てています。

今では音大の教授という立場にあり、リサイタルをしなくても名前に傷がつく訳でもないのに現役に拘る、それはただ母が音楽を愛しているからなんだと思います。

私も演奏家の端くれとして、年齢を重ねる毎に音楽の難しさや怖さを知り、体力や技術の衰えを感じてきていますから、あの年齢で、そしてあの過密スケジュールの中でソロリサイタルを開催する勇気には感服するばかりです。

そんな母も、先月会った時は体力と暗譜能力の衰え、そしてブランクの長さによる本番感覚の欠如が不安だと話していました。私もそんな弱気な発言をする母は初めてだったので、数日前からはほとんど連絡をしないようにすらしたくらい。

いざ会場に到着して驚いたのは、開場前にも関わらず既に長蛇の列が出来ていたこと。事務所によれば完売だったとのこと。小ホールといえど東京文化会館完売はなかなか無いこと。始まる前から、改めて母の凄さを思い知る事になりました。

事務所側から招待客指定席を用意して頂きましたが、私は目立たない端の席へ移動。母のリサイタルは毎回異常に緊張するので端から静かに聴きたいこと、それから真ん中に座っていると関係者への挨拶で落ち着けないのが理由。いや、挨拶が面倒な訳ではなく、あくまでも主役は母なんで、あまり自分が前に出たくないんです。

そして始まったリサイタル。

母が入場してきた瞬間、その雰囲気から今までにない緊張を感じました。それと同時に手足が震え始め、痺れすら感じ始めた私は「あ、そういえば俺は毎回、母のリサイタルでこんなに緊張感を味わってきたんだよなあ」と徐々にその感覚を思い出してきました。

1曲目のバッハでは母としては珍しくかなり危ない場面もあり、もはや私は自らの心臓の鼓動で演奏に集中出来ない状態。ひたすら「無事に通ってくれ」と祈るばかりでした。しかし次のブラームスは流石の内容。不覚にも涙が止まらなくなりました。やっぱり、母のブラームスは最高です。

前半のバッハとブラームスを終わってちょうど一時間経過。先月まで母はこのまま前半でウェーベルンまで弾くつもりだったのですから、今考えても変更して正解でした。

ブラームスで落ち着いたのか、後半は一気に安定しました。ベートーヴェンもまた素晴らしい内容でした。ただ、私の場合緊張で冷静ではなく、半分くらいしか聴こえていないかもしれませんが。

終演後、打ち上げのパーティーに顔を出し、一瞬だけ母と話す時間がありました。「心臓止まりそうになったでしょ」と笑いながら話す母を見て何だか一安心、終電で帰途についたのでした。

終わってみて私は物凄い安堵感に襲われていますが、母にとってリサイタルの終了はまた多忙な日々への再スタート。これからも全身全霊で音楽に向かい合っていくに違いありません。そして次回リサイタルがあるなら、私はまた客席の端で必要以上の緊張と闘う事でしょう。

とにかく今の母には、心から「お疲れさま」と言いたいと思います。