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2009/01/13

JunkStageのライターは、「ユーザー」じゃなくて「コンテンツ」。
日々コンサルティングとか恋とか駆け引きとかたまに恫喝とかで成り立っている
JunkStageのライターとスタッフの裏側をご紹介するこちらのコーナー。

ライター紹介第2弾はゆかりである。
このコラムは、2007.09.25に書いた須藤のプロデューサーコラムを踏襲している。

◆ゆかりは、会ったときから女優だったよ。
私が始めて帯金ゆかりに会ったのは、18歳のとき。演劇の聖地と言われている早稲田大学で私は演劇にはまった。とはいっても、演るほうじゃなくて、見るほう。そんな早稲田大学には老舗の劇団がいくつかあって、その中でも一際格違いな「早稲田大学演劇研究会」というものがある。通称、「劇研(げきけん)」。サークルでも同好会でもない。まして、早稲田大学の人間なんて、半分くらいしかいない(どゆこと?!)。全国各地から劇研をねらって、人々は集まる。鬼の稽古は、100人いたら2人くらいしか生き残れない。新人稽古の期間は、アトリエ前に毎日救急車が来る。稽古は毎日、午前中いっぱい。つまり午前中の授業は自動的に出られないので、そこに必修科目がぶつかった場合、留年するか良い友達を持つしかない。
で、私はその“良い友達”だった。友人Aが劇研と知って、私は自分のレポートよりも彼女のレポートに命を賭けた。その女優Aが所属したのが、「北京蝶々」という劇団だ。私は毎回、北京蝶々の舞台を観に行った。取材もした。主宰にして演出家の大塩さんは、話がわかりづらく脳内カオスな天才。その「北京蝶々」に、とんでもない女優がいたのだ。叫ぶ。飛ぶ。いや、飛んでいる。すべてが。言葉では言い表しようのない、台風のような女優がいた。それが、帯金ゆかりだった。
ゆかりとは直接の知り合いではなかったが、お互いよく見たことはあったので知っていた。私がキューバ留学から帰ってきて久しぶりに大学へ行ったとき、15メートルはあるスロープの下で、ビラ配りをしていたゆかりは私を見つけると、ありえないオーバーリアクションで獰猛に走ってきて、しかし私のそばまで来るとそこにきて若干の遠慮が生じたのだろうか、「キュ、キューバっ! おかえりっ!」と、妙にしなを作って言った。これが、私とゆかりの初めての、2人で交わした会話である。

◆文章も、とんでいた。
それから時を経て、私は人探しをしていた。ジャンクステージで演劇を書いてくれそうな人間を探していた。演劇をやっている人間は大抵面白いのが多い、と知っていたからだ。そんなとき、ふとしたきっかけから、mixiでゆかりのページを見た。一部抜粋して勝手に載せるが(たぶんゆるしてくれるだろう)。

“山梨の盆地のど真ん中で産声をアレしました!
双葉中学で、えんげきへの思いを胸に秘めつつバスケ部で毎日死ぬほど走る。
試合中に顔がどんどん青ざめていく私に、真っ赤な顔をして汗だくの同級生は「ゆっかは頑張っていない!」とマジギレ。頑張ってるのに…。顔色が悪いのは生まれつきなのに…。汗が出ないのは私のせいじゃない…。ああ、えんげきがやりたい。小中あわせて都合5年くらいバスケに浸るも結局ドリブルすらマスター出来ず、トラベリングの女王という不名誉な称号だけをもらい、引退。
それから演劇部がまともに機能してるらしいという噂を耳にし、甲府西高校に入学。そりゃあもう演じる。駐輪場で狂ったように発声練習をし、訳の分からないエチュードを繰り広げる。もう、他に興味があるのはモスバーガーのホットココアか、あとは演劇だ!
というわけで、おもに演劇をする人ですよ!!おもじゃない時は、間違えたり早とちりしたりミスしたり、それはそれで忙しいです!夜中はたいてい、高円寺の寿司屋のホールをうろうろしています。たいていうろうろしているだけなので、「この給料泥棒!」と板前から踏んづけられる日々です。
365日あったらねえ、150日くらい、舞台に立っていたい! ”

私はこの文章に、度肝を抜かれたのだ。舞台に立つゆかり、オーバーリアクションで走ってくるゆかりにも度肝を抜かれたが、この文章には本気で度肝を抜かれた。
なんだ? この、正体不明な疾走感は。読了の、スカっと通る爽やかさは。
そんなわけでゆかりは今ではジャンクステージになくてはならないキャラだ。演じる演劇。観る演劇。そしてJunkStageでは、「読む演劇」。

◆ゆかりと、いろいろする。
JunkStageにゆかりを迎えてから、いろいろした。飲み会もいっぱいしたし、あんなことやそんなこともした。そして去年の8月2日、JunkStageで主催した舞台でまた、違うゆかりを見た。ゆかりは8月2日の舞台でイトウシンタロウさんと2人劇をしたのだが、作演出を手がけたイトウさんが突然「ぼく、台本の書き方忘れちゃって」と公演の1週間前になって言い出しても、罵倒したりはしなかった。きわめつけに倒れたイトウさんを介抱し、イトウさんのかわりにミーティングに出て、イトウさんのかわりにJunkStageの記事を書いた(ゴーストではない)。そこにはいつもの奔放な珍獣であるゆかりの姿はなかった。ゆかりはイトウさんを全面的に信頼していた。これが役者と演出家の関係か、とわたしはそんなゆかりを見ながら感慨にふけった。思い出したのは、ベルリン国立バレエ団芸術監督のウラジーミル・マラーホフと、彼の秘蔵の姫君から世界のプリマに飛翔したバレリーナ、ポリーナ・セミオノワの関係である。

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(ウラジミール・マラーホフとポリーナ・セミオノワ)

023.jpg
(イトウシンタロウと帯金ゆかり)

そうか、イトウさんにとって、ゆかりはミューズなのだな…
当日、スターパインズカフェ入りしたわたしたちの中でも、ゆかりは違っていた。いつものゆかりは無駄口でできているようなものなのだが無駄口ひとつ叩かず、無口なのである。これだけで異常だ。そしてスタッフが配線を確認するのなどお構いなしにまだセッティングされていない舞台に立ち、位置取りのようなものを確認しながらふと台詞を口にする。口にしては途中でやめて、何事か考え込む。もはやゆかりの目には、なにも映っていないようだった。わたしはそんなゆかりを見れば見るほど「ああ客が入らなかったらどうすんだ」と思っては気持ちが悪くなり、サルサの廣川さんが控える天井裏の楽屋へ行っては「イェーイ優さ~ん、だいじょ~ぶだよ~、もう成功したようなもんだから~、飲み~」と言って一緒に酒をかっくらっていたのだが。
女優のゆかり。彼女の人生はたぶん、「えんげき」だ。

>>帯金ゆかり「帯金ゆかりの軽はずみ」

2009/01/13 11:55 | ■ライターにおもう | No Comments

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