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2009/09/13

営業ウーマンほど、人間くさい生き物はいない。
ちぃは時々、そう思います。

実はちぃ、この一週間、絶不調でした。(気分的に)
営業にとって、一番やっぱりつらいのは「数字がたたないこと」
だと思うのですが、ちぃは実はそうでもありません。(会社の皆様、すみません)

どちらかというと、「お客様に会えないこと」が一番悲しかったりします。
こういうとき、ちぃは非常に「人間だなあ」と思うのです。

先週は、お客様にアポイントのご連絡をしても、
ちっともご連絡がつかず、
「…もしかして、嫌われたのでは…。
知らないうちに、何か悪いことをしたんじゃ」
と邪推をはじめ、あれよ、あれよといううちに落ち込んで、
まったく仕事にならず、ふらふらと机の上でぼぉっとしたり、資料をまとめたり。

ですが、不思議なことに。
こういう気持ちのとき、忙しくもなんともないときに限って、
仕事ははかどらないのです。
もともと、机の上で仕事をするのが不向きなタイプなのですが、
気持ちが後ろ向きになっているせいか、集中すればいいのに心がそちらへ向かいません。

ちぃは、固く信じていることがありまして。
それは、かのドイツが生んだ社会学の巨人、マックス・ウェーバーの提唱した、
「仕事は天職(Calling)である」ということ。

(※仕事=Callingとは。
ちぃの理解ですが、「仕事はみな、神様から与えられた天職」という考え方が、
プロテスタントの考え方にあります。
神が呼んだ仕事をまっとうすることが信仰につながる、そう考えたまじめな大昔の
プロテスタントたちは、一生懸命働きました。
その結果、プロテスタントたちが働くアメリカをはじめとする諸国は栄え、資本主義は正しいもの、
とし、現在も続いている。というようなことを、ウェーバーは著書「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
で説明をしたのでした。
そして、ちぃはその考えにいたく納得し、感動し、たまに読んでいる、というわけです)

ちぃはすべての著作を読んでいるわけでもなく、マックス・ウェーバーの
研究をしたわけでもありません。
ですが、かつて学生時代に悩んでいた時、ウェーバーを実は(非常に勝手なことに)心の師と仰ぎ、
仕事で悩み疲れるとたまに、「職業としての学問」をひも解くことがあるほどなのでした。

「自分が今、なんでこんなことをしているのだろう…」
と悩むとき。
「いや、これはきっと天職、すなわち神様(がどこにいるのかわかりませんが)
が呼んでいる仕事、Callingにつながるに違いない」
と意味不明なことを唱え、心が復帰することがあるのです。

これは、ちぃが「自分で決める」ことができない半端ものゆえに、
「ご主人さま」だとか、「神様が呼んでいる」だとかに由来を探して
よりどころを求めて生きているからにほかありません。
まったく弱い人間です。

だからこそ、ちぃは仕事がうまくいかないと、
突如として「向いていないんじゃ…」などと、へこみ始めるのです。
ほかに、実は「Calling」があるのではないかと。

が。

営業って本当にメンタル。
急に「ふってわいたように、いいこと」があるのです。
大昔に、なんとなしに提案していたことが急に決まる、とか。
そういういいことがあると、「連絡がこなかった」大好きなお客様が、
「実は忙しくて。今度の×日なら会えますよ」と連絡がきたり、だとか。

そういうときに、ちぃの心は急に軽くなるのです。

やっぱり、「呼ばれている」んだ! と。
…なんてゲンキンなのでしょうか。

でも、そのくらいゲンキンなほうが、営業は向いているのだ、と思います。
正直、「Calling」されているか、なんて、わからないとちぃは思います。
けれど、いつかつながる「Calling」に、向かって走っているのかもしれない。
そう思えば、少しは前向きになれる。

タフであること。
鈍感であること。
そして、どこかに拠り所があること。
メンタルなジョブである営業を切り抜けるためには、もしかすると必要なことなのかも、
しれません。


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