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2008/12/25

さて、前回の続きです。
ちぃの恋愛観、そのまえにこうなっちゃったわけ、について語らせていただきます。

今だからご主人様にも会えましたし、いろいろな人と会えたので、
卒業した大学に行けてよかったな、と心から思えるのですが、
母の期待に応えられず、東京大学にいけなかったことは入学した後も
尾を引きました。結果的に、ちぃは破滅型恋愛の道を歩み始めるのですが、
さてそれは置いておき。ここまで行くとちぃの母が鬼母のようですが、
実は彼女はパチンコとエヴァンゲリオンが大好きな、
携帯絵文字を使いまくる50代前半の若作りなマダムです。
ここまでこれて、本当によかった。

けれど、
「怒られていないと不安」
「気付いてもらえないと不安、怒ってくれる人が好き」
結果
「誰かのために何かをしたい」
という奉仕型恋愛のスタートは、ゆがんではいるものの、
母の影響なくして語ることはできません。

逆にいえば、自主的に「何かをする」ということが本当に苦手になりました。

「母が喜んでくれるからいい成績を取る」
「彼が喜んでくれるから、ご飯を作りたい」
そのベクトルは、幼児期に形成されたのだと思います。

愛情たっぷりに育てること、言葉だけを聞くと、決して悪いことではないのですが、
方向を間違えば「自律と自立」からは完全に離れていきます。
「なぜ悪いのか」を考える前に、完全にまず「怒られてしまう」ことの
ほうが先に立って身構えてしまうのです。

今よく聞く「モンスターペアレント」問題や、
過保護に育てられた人が起こした不幸な事件などを聞くと、人事とは思えないほどです。

ただ、ひとついえることがあります。
そこに、子どもに対する愛情がないわけではないのです。
むしろあふれんばかりの愛がある。
その「愛」を感じ取ると、「いつも見てもらっていた」過保護に育てられた子どもは
その人から離れられなくなる、つまり依存していくのだと、
ちぃは思っています。

親になったことがないので、本当に恐縮ですが、
親もやはり、かつてはあたりまえですが子どもとして育てられていて、
その影響は大きい、と実感として思います。
三つ子の魂100まで、というけれど、ちぃはできるなら、子どもには
怒る前に考えさせる、という時間を作りたいな、と心から思っています。
もし、ご主人さまとの間に、赤ちゃんが授かることできたなら。

(続く)

2008/12/25 11:23 | その他 | No Comments

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