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2007/10/27

ジェリコの下でコーチングを学んだ1年はあっという間に過ぎ、下地さん自身はしばらくバスケから離れようと考えていたようです。ところが、思いがけない人から連絡が来ます。それは、大学の先輩からの電話でした。

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後援会員(以下、後):全日本の一員として働いた1年も一段落し、その後はどうしたんですか?
下地(以下、下):実は沖縄に帰ったんですよ。もう一生、沖縄で暮らそうかと思って。安里先生と一緒にバスケ教えながら、半年くらいかな、いろいろ調べたりしてたんですよね。普通に就職して、高校生にバスケ教えるだけでもいいかなって。その時に声をかけてもらったのが中央大の先輩でもある岐津さんです(※ 1)。
後:ここでアルビと繋がる訳ですね。
下:岐津さんに「スクールやってみないか?」と言われて、「子供たちか、面白そうだな」って思ったんですけど、聞いてみたら対象が年中さんからなんですよ。よく考えてみたらこれは難しいぞ、と。それまでクリニックとかはやった事ありましたけど、そんなに小さい子には教えたことなかったし。でも、教えるのは大変そうだけど、子供たちなら大丈夫かなと思って決めましたね。で、翌日には新潟に行きました(笑)。新潟に行ってみたら「A2(※2)というチームがあるから、こいつらにも教えてもらえないか?」って言われたんですよね。
後:A2についてはご存じでしたか?
下:聞いてはいましたが、詳しい話は知りませんでしたね。そういった夢を追いかけている若者達がいるというのは。なので、スクールとA2と両方を教えることになりました。
後:スクールで子供達に教えるというのは、実際にやってみてどうでしたか?
下:最初は凄く大変でしたね・・・。戸惑いましたし。子供達というのはとても純粋で素直だし、好き嫌いが激しいんですよね。で、子供達の立場で考えようと思って、私が最初にやったのは子供達の名前を全部覚えることですね。スクールの子供達の名簿を見て、全部覚えました。でも、初めてスクールに行った時は「うわ~、こりゃ俺には無理だな」って思いましたよ。最初はすべてが手探り状態でしたね。子供達に伝えることが出来なかったんで。「これじゃあかんな、子供の事を本当に考えてあげないと」と思って、やっと慣れてきたのは1ヶ月くらいしてからですかね。子供達も僕のことを「しもコーチ」って呼んでくれるようになったし、僕も真剣でしたね。相手が子供でも怒るし、泣かせるし、褒めるし。子供でもダメなものはダメって言いました。生徒の親御さん達にも一人一人挨拶しましたね。今回、埼玉で倒れたときもスクール生のみんなから寄せ書きが来て、写真や手紙もいっぱい頂いたんですよね。ホントに嬉しくてありがたくて、頭が上がらない思いでしたね。なので、スクール生280数人全員に色紙を書きましたね。一人一人全部コメント書いて。それが終わるまでは廣瀬さんHCにもチームの話は待ってくれって言ったくらいで。みんなに気持ちが伝わっているって思うと凄く嬉しかったですね。だから、新潟に来て自分にとって一番大きかったのは、こうやって子供達と接して、親御さん達と接して、そしてA2の若い選手達と接して・・・これら全てのおかげで、今の自分があるのかな、と。この出会いがなければ自分はここまで変わってなかったと思いますよ。
後:子供達と接していく時に、下地さんが一番大切にしていたことは何ですか?バスケを通して何を教えようとしていましたか?
下:そうですね、やはり1番大事なのは、「真剣になれるかどうか」だと思うんですよ。怒ることも真剣に、褒めることも真剣に。そして、子供達だからどうしても「私が、私が」ってなってしまうんですよね。でも、その気持ちを全部受け止めてあげてあげないと子供達はついてこないと思うんですよ。もしかしたら、親御さんにとっては「下地さん、厳しすぎるんじゃないですか?」と思うかもしれませんけど、実際、怒られて僕のことを嫌いになった子はいないし、次の週にはもっと好きになってくれるんですよ。子供だから分からない、子供だから感じないんじゃなくて、子供だからこそ感じることがあると思うんですよね。大人だと変なしがらみがあったりしますけど、子供だからこそ「本当に怒ってくれているんだ」って感じてくれると思うんですよね。だから、怒ってスクールの生徒を泣かせたことは何回もあるし、その代わり、帰りには必ず「今日のことは忘れるなよ」ってきちんと声をかけたし。やはり中途半端に怒ると敏感な子供は直ぐに分かると思うんですよ、真剣さが。大人でも子供でも関係なく、同じ人間として接してあげること。真剣に向き合うことですね。

052.JPG

1997年5月5日、拓殖大学戦での下地さん

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※1 ・・・ 岐津知平、福井県出身。北陸高校時代は庄司和広と同期。その後、中央大学へ。卒業後、大和証券バスケットボール部のマネージャーを務めていたが、同チームの廃部から新潟への譲渡、そして日本初となるプロバスケットボールチームの設立に河内敏光、廣瀬昌也らと尽力する。アルビレックス新潟(Jリーグ)の池田弘とプロバスケチーム設立のきっかけを作った張本人。新潟アルビレックスではチーム運営でも常に最前線に立つなど活躍してきたが、2006年からは同じbjリーグの埼玉ブロンコスへ。現在は同チームのGM補佐を務める。1974年6月28日生まれ。

※2 ・・・ 新潟アルビレックスのサテライトチーム、通称A2。このチームの出身者には寺下太基(新潟アルビレックスBB)、勝又英樹(仙台 89ers)、吉田平(琉球ゴールデンキングス)、田村大輔(大阪エヴェッサ)、水町亮介(大分ヒートデビルズ)、喜多誠(高松ファイブアローズ)らがいる。


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