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2007/10/25

選手としての道が完全に絶たれてしまった下地さん。結局、OSGでの3年目のシーズンはアシスタントコーチとしてベンチに入ることになります。その後、下地さんのコーチとしてのキャリアに転機が訪れます。それは、世界トップレベルのコーチングを学ぶという事でした。

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後援会員(以下、後):結局、下地さんはこの3年目のシーズンが終わった後にOSGを去る事になるのですが、それは、全日本のアシスタントコーチとしてジェリコ・パブリセビッチヘッドコーチ(※1)の元に行くのと時を同じくしていますね。これはどういった経緯だったのでしょうか?
下地(以下、下):これも話すと長くなるんですけどね。最初、佐藤久夫先生(※2)がジェリコの下でアシスタントをやっていたみたいなんですけど、佐藤先生くらいのキャリアだと間違いなくヘッドコーチですよね。そこで佐藤先生から電話がかかってきて、「下地。お前、全日本でやらないか?」って。僕は最初、高校生だと思ったんですよ。ジュニアで佐藤先生にいろいろ教えてもらうのもいいな、と。ところが聞いてみたらナショナルチームなんですよね。「え?ナショナルなんて無理に決まってるじゃないですか!」って思ったんですけど、「いいから来てみろ」って言われて。で、メンバー表を見てみると、先輩では古田さんや節政さん、あとは直人や青野やイートンとか、知っている選手ばっかりなんですよ。だから、最初は「俺なんて何も出来ない」と思ったんですけど、逆に「彼らなら俺の事も理解してくれるかもしれない」とも思えたんですよね。
後:全日本の一員として活動するとなると、OSGとの兼ね合いがいろいろ出てくるわけですよね・・・。
下:そうなんです。会社でもいろんな意見があったんですよね。ごく普通のサラリーマンが全日本のアシスタントコーチになるってのは凄い事だし、でも、なぜそこまで社員がバスケのために会社以外で時間を費やすのかというのもあって。で、会社でも結構もめたし、私もこれ以上会社に迷惑かけたくなかったんで、退社することにしたんですよ。
後:そこから1年間、全日本チームの一員として活動した訳ですね。
下:はい、ジェリコには感謝してますね。ジェリコは凄いですよ、僕よりもっとしゃべりますから(笑)。6時間でも7時間でも延々と話し続けますからね。
後:日本やアジアのバスケ、そしてアメリカのバスケにはそれまでにも接したことはあったと思いますが、下地さんにとってもヨーロッパのバスケというのは初めての体験だったと思います。ジェリコから学ぶヨーロッパ流のバスケにはどんな印象を受けましたか?
下:緻密ですね。よく考えられているというか。アメリカのバスケはどうしても最初に「能力」の部分があると思うんですよね。でも、ヨーロッパの選手はそれほど能力がないから、だからこそ細かくいろんな事を考えているんですよ。ジェリコも細かい性格してますからね。
後:そんな感じですよね(笑)。
下:たとえば試合に負けるじゃないですか。練習試合でもいいですけど、選手が情けないプレーをしたら、食事を取らないんですよ。3時間も4時間も。そして、ずっと選手をにらみ続けてるんですよ。
後:それはまた・・・(笑)。
下:ジェリコは喜怒哀楽がはっきりしているんですが、そんな時は怒りにふるえてるんですね。ジェリコと同じテーブルにいる僕らスタッフも食べられないんですよ。ずっと無言で。この無言というのがまたキツイんですよね。クロアチアとか食べ物が美味しいのに。生ハムとか。あ、トレーナーさんとかは食べますけどね。選手にマッサージしなきゃいけないんで。
後:ジェリコといえば同じクロアチアのオシム監督と似ているという話を聞きますが。
下:似てますね、そのものですよ。理屈っぽい部分があるし、よく「あなたはどう思いますか?」と聞いてきますからね。僕ははっきり自分の意見を言いましたけどね。だからジェリコにも可愛がってもらいましたし、「下地は若いのに自分の意見をしっかり持っている」って言ってもらいましたね。
後:下地さんは誰が相手でもはっきり言うんですね(笑)。
下:はい。だから僕もジェリコに自分の気持ちをよくぶつけていましたね。ジェリコもその気持ちに、本当に親身になって応えてくれました。
後:ジェリコとのコミュニケーションは英語なんですか?
下:クロアチア語なんで通訳さんですね。あと、ジェリコはクロアチア語、スペイン語、ドイツ語、英語とか話せるし、地元じゃ会社の社長やってますからね。頭いいし、賢いんですよ。セルビア・モンテネグロに行った時は過去の紛争について詳しく教えてくれましたし、もちろんバスケについても多くのことを学びましたね。私自身、ジェリコと過ごしたおかげで自分自身が変われたような気がしますね。人としての生き方というか、人のありがたみを教えてもらったと思うし。ジェリコとの時間は本当に楽しかったですね。
後:ジェリコとの印象的なエピソードはありますか?
下:そうですね・・・。全日本とアルビが新潟で試合をやりましたよね?
後:えーと、2003年の9月ですね。新潟市体育館で2試合やりました。
下:その時、僕は試合に行かなかったんですよ。というのは、メンバーと一緒に新潟に到着したその日に、ジェリコが「下地さん、フィリピンで大会があるので、偵察に行って来てください」って。新潟に到着して、ホテルに着いてすぐにですよ(笑)。
後:罰ゲームみたいですね(笑)。
下:「今からですか?」、「はい、今からです」って、アホかと(爆笑)。僕はそのまま東京に戻って、次の日からフィリピンに行って1週間ず~っと偵察ですよ。ま、これもジェリコならではですかね。
後:ある意味「プロ」ですね(笑)。
下:クロアチア遠征から戻ってすぐにスペイン合宿にも行きましたね。あの時は相手にガソルとバルボザ(※3)がいたんですよ。試合は凄いですよ、94対31だったかな。もう話にならないですね。そしたらジェリコは激ギレでしたね(笑)。
後:それは相手がねぇ(笑)。
下:あと、ジェリコはヨーロッパじゃ有名人だし、もう英雄なんですよ。クロアチアを優勝させた名将なんで。ジェリコが来ただけでテレビ局は来るわ新聞社は来るは、新聞には1面に載るわ全日本の記事だけで3面も載るわ。
後:思ってた以上に凄い人なんですね・・・。
下:ジェリコにはいろんな事を教えてもらったし、感謝していますよ。僕自身も全日本メンバーにはいろんな事を伝えましたし。直人にしても青野にしてもイートンにしても。山田大治(※4)にしても五十嵐圭にしてもそうだし、柏倉(※5)なんかもそうですね。カッシーとは仲がいいんですよ。よくこの頃の思い出話するし。この時の直人とのエピソードはいっぱいあるんですよ~。

※後援会員より注・・・ここから下地さんと仲村直人の楽しい話がしばらく続くのですが、割愛させていただきます。お二人ともお酒大好きなんですね~(笑)。

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※1 ・・・ 佐藤久夫、宮城県出身。16年間に渡って指揮した仙台高校のキャリアの中で3度の全国制覇を達成し、その後、全日本ジュニアの指導など日本バスケの強化に専念。現在は仙台の明成高校で監督を務める。

※2 ・・・ ジェリコ・パブリセビッチ、クロアチア出身。若くしてコーチとしてのキャリアをスタートさせ、NBAシカゴなどで活躍したトニー・クーコッチを育てた事で知られる。ヨーロッパでは英雄的な実績を残し、2003年から全日本男子ナショナルチームの指揮を執る。2006年、初の地元開催となった世界選手権日本大会でグループリーグ(予選リーグ)を突破できず、その後解任された。1951年3月23日生まれ。

※3 ・・・ パウ・ガソルとレアンドロ・バルボザ。いずれもNBAで活躍するスペイン出身のバスケット選手。

※4 ・・・ 山田大治、大阪府出身。大阪高校から日本大学へ。その後はトヨタ自動車、今季よりパナソニック。1981年6月8日生まれ。身長200センチ。

※5 ・・・ 柏倉秀徳、宮城県出身。仙台高校から筑波大学へ。卒業後は三菱電機。1980年8月6日生まれ。身長173センチ。


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