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2007/10/06

高校3年生になり、ここまで活躍してきた下地さんは自然と大学バスケの世界へ進む事に。しかし、自らの進路を決めるまでには、かなりの悩みがあったようです。

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後援会員(以下、後):高校3年生です。
下地(以下、下):結局この年は北中城に全敗するんですよ。
後:全敗ですか?
下:はい、この年は彼らの年でしたね。競るんですけど、最後には負けてしまう。ある試合では20点差で負けてしまって、北中城の監督さんに「ウチの時代だ」って言われてしまったのを覚えています。悔しかったですね。
後:するとインターハイの県予選も・・・。
下:負けてしまいました。この状況には僕も安里先生もかなり危機感を感じて、ここからウインターカップ県予選に向けて、また地獄の練習が始まりましたね。
後:ところで、3年の夏と言えばそろそろ進路の話が出てきそうですが。
下:はい、その頃ですね、直人が「一緒にやろう」と言ってくれたのは。彼はもう日体大で決まっていたんですね。日体大の清水監督が「今年は沖縄からしか取らない」なんて言ったという話も聞きましたし。直人からも電話がかかってきて、「下地、一緒にやろう。中学も敵同士、高校も敵同士。大学では一緒に日本一を目指そうや」と。
後:いつかは一緒にプレーしたかったんでしょうね。
下:で、僕も最初は日体大に行くつもりだったんですよ。安里先生にも相談したんですが、「自分で決めなさい」と。実はその前にも、たまたま沖縄に来ていた倉石さん(※1)に声をかけていただいて、「実際に自分で見てみなさい」って言われたんですよね。周りの人はみんな言うんですよ。「下地は関東では通用しない、あのサイズで関東のインサイドは出来ない」って。でも、安里先生だけは言ってくれたんですよね。「下地は関東でも普通に通用する、あいつにはゴール下の天性のセンスがある」って。僕は全然能力なんてなかったんですけど、ボールを持ったらリングに向かうことだけは絶対に忘れなかったんですよ。とにかくリングに向かう。安里先生はそれを見ていてくれたんでしょうね。
後:実際には、下地さんが選んだのは中央大学でした。
下:関東の大学選手権を見に行って、たまたま目にしたのが中央大なんですよ。あのときは成田さんとか田名部さんとか凄いメンバーが揃っていたんですよね。で、この2人のプレーが直人と僕を見るような感じで、「あ~いいな。こんなプレーをやってみたいな、こんな先輩たちとプレーしたいな」って思っちゃったんですよね。その時は4年生に節政さん(※2)がいたんですけど、やっぱり下級生が主体のチームだったんですよ。とっても頑張るチームで、下級生が主力なのに上位まで行ったりして。それを見て、「このチームでやってみたいな」って。
後:日体大はどうでしたか?
下:これまた下級生チームなんですよ。鈴木浩平さん、大江さんあたりが1年でスタメンなんですよ。ここもいいな、と。結局最後は中央大と日体大、あと拓殖大で悩みましたね。
後:決め手となったのは?
下:実は沖縄のウインターカップ県予選なんですよ。ここまで北中城に負け続けているし、もう僕に失う物はないので、自然に北中城戦に臨めたんですよね。「勝たなきゃいけない」とかは全然なくて、ただバスケットを楽しもうって思ったんですよ。これがまたいい試合で、ハーフで6点リードしていたんですが、後半残り10分でキャプテンが退場。そこまでキャプテンが直人を抑えていたのに、退場したとたんにガラッと流れが変わってしまって。結局4点差で負けてしまうんですけど、この時ハッキリ思いましたね。コイツ(直人)は敵である、と(笑)。言うなれば、沖縄で勝ち組は直人、負け組は僕だったんですよ。だからこそ、直人とは別の中央大に決めたんですよ。
後:拓殖大はどうだったんですか?
下:その時の拓大は庄司さんがいたんですよ。一方の中央大には成田さん。どちらもチームを引っ張るタイプの選手で、僕の中では庄司さんと成田さんのどっちをとるか?って話になったんですよね。その時、僕が気になったのが中央大の田名部さんなんですよ。
後:下地さんと同じビッグマン(202センチ)ですね。
下:田名部さんともマッチアップしてみたいと思ったんですよね。あと、この時は日大に富永さん(211センチ)もいたんですよ。日大には他にも平岡さん、宮ノ腰さん(※3)、岡村さんと言った物凄いメンバーだったので、このチームを絶対に倒したいな、と思いました。
後:敵として倒したい訳ですね。
下:田名部さんはこの時ホント凄かったですからね。タップダンク(※4)決めたり。だから一緒にプレーすれば絶対に僕にとって勉強になると思ったんですよね。
後:すると、この田名部さんの存在が決め手になったんですね。

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※1 ・・・ 倉石平、新潟県出身。早稲田実業高校から早稲田大学へ。自身も全日本選手として活躍した後、熊谷組、大和証券、日立などでヘッドコーチを努め、現在は早稲田大学バスケット部の指揮を執る。1956年4月20日生まれ。

※2 ・・・ 節政貴弘、鹿児島県出身。九州産業大学付属九州高校から中央大学へ。卒業後は東芝でプレー、全日本選手としても活躍。1972年5月19日生まれ。身長180センチ。劇団ひとりに似ている。

※3 ・・・ 宮ノ腰達也、岐阜県出身。岐阜農林高校から日本大学へ。卒業後は大和証券、いすゞなどでプレー。現JBL2千葉。1974年4月24日生まれ。身長188センチ。

※4 ・・・ 味方が外したシュートを、リングから弾かれた直後にそのままリングに叩き込むこと。当然ながら、かなりの身体能力がなければ決めることは出来ない。外国人選手によるそれは珍しくないですけどね。


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