« 【bjリーグ公式戦】新潟アルビレックスBB vs 高松ファイブアローズ@高松市総合体育館(2007.11.4) | Home | 「三度(みたび)死にかけた男」 下地一明 ・・・ その22 『歩けない、立てない』 »

2007/11/06

トップチームのアシスタントコーチとなり、指導者として更なるステップアップを重ねる下地さん。ところが、またしても下地さんは生死の狭間をさまようことになります。下地さんにとって3度目の発症は、過去にない苦しみを伴うものでした。

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後援会員(以下、後):そして、3度目の発症はチームに帯同していた所沢で。11月18日の事でした(2006年)。
下地(以下、下):今回は自分でもヤバイと思いましたね。前回と痛みが全然違うんですよ。激震ですね。胸もお腹も背中も痛いし、耳鳴りもする。「なんだこれは?俺、死ぬんちゃうか?」と思いました。自分でホテルのロビー行って救急車呼んで、平岡さんと圓山さん(※1)に連絡して、「チームには絶対に話さないでくれ」と伝えて。圓山さんに付き添ってもらって病院まで搬送されたんですが、痛みが痛みなんで冷静に考えられないんですよね。もう覚悟決めて「俺、もうダメだな・・・」なんて思ったんですけど、一方では、「いや、俺には運が付いているから大丈夫かもしれない」とか思ったり。で、いろいろと検査してもらうと、「これはもう大変だ」という状態らしくて。話を聞くと、「もう歩けなくなるかもしれない」と。先生に「治りますよね?」と聞いても「いや、分からない」。「命は助かりますよね?」と聞いても「いや、分からない」としか言ってくれない。「たぶん大手術になるから、覚悟はしておいてくれ」と言われました。
後:中野社長(当時)も駆けつけてくれたとか。
下:中野さんは泣きながら、「心配するな、俺が全部面倒見るから」って言ってくれましたね。手術室に運ばれると時に、僕は中野社長にVサインしながら笑顔で運ばれいったんですよ、「また会いましょう」って。でも、いざ麻酔をかけるときになると、麻酔が効かないんですよ。もう怖いんですよ、今回ばっかりは自分でもヤバイって感じているんですね。このまま2度と目が覚めないかもしれないって思うと、眠れないんですよ。先生に「麻酔のかかりが悪い」って言われたんですけど、自分では「そうだろうな~」って思ってましたね。それでも徐々に麻酔が効いてきて・・・そこからは覚えてないです。
後:今回の手術は15~16時間に及んだそうですね。
下:はい。で、僕自身は3日しか寝てないと思ってたんですよ。今回は自分がアシスタントコーチなんで、早くチームに戻ってみんなに教えたくてしょうがないんですよね。早く退院して復帰することしか考えてなかったんですよ。でも、目が覚めると何かおかしいんですよ。「今日は何日ですか?」と聞いてみたら、「12月19日」って言うんですね。「はぁ?」と思ってもう1回聞いても、「12月19日だよ」って。「僕が入院したのいつでしたっけ?」と訪ねると、「11月の19日だね」って。「僕は1ヶ月も寝てたんですか!」って。
後:その間も大変だったみたいですね。
下:僕は覚えてないんですけど、昏睡状態の時にかなり暴れてたらしいんですよ。それで、人工呼吸器を外さないように手足を縛られて・・・。これは目の覚める2日くらい前の話なんですけど、その時も凄く暴れたらしくて、看護婦さんが僕を押さえつけながら「下地さん!あんた死んでもいいの!」って怒鳴りつけたそうなんですよ。目が覚めた後にその話を看護婦さんから聞いたんですけど、僕もなんか怒られたの覚えてたんですよね(笑)。
後:深層意識の中に残ってたんですかね。
下:目が覚めた後はとにかく体が動かないんですよ。タンも自分で取れないし、特に足が全然動かなくて。自分でも「情けないな~」って思ってました。自分で動けないからストレスもたまるし、僕は時間つぶすのとか大っ嫌いなんですけど何も出来ないし、もう自暴自棄になってバスケもやめようかと思ったりしましたね。

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※1 ・・・ 圓山剛、新潟県出身。設立当初から新潟アルビレックスBBのトレーナーを努める。1967年9月1日生まれ。


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