« 「三度(みたび)死にかけた男」 下地一明 ・・・ その18 『勝つことが全てなのか』 | Home | 【bjリーグ】新潟アルビレックスBB公開練習@横越体育センター(2007.10.30) »

2007/11/01

A2の道のりは決して平坦ではありませんでした。しかし、その苦労は最後になってついに報われます。そして、それを掴み取ったのは、間違いなく彼ら自身の努力でした。

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下地(以下、下):屈辱はこの次ですね。クラブ選手権の北信越大会決勝、富山グラウジーズ戦(※1)での敗戦です。これは言い訳しません。勝つつもりだったし、この試合のために準備してきただけに、あの点差で負けたのは自分自身もへこみましたね(69-98で敗戦)。吉田(※2)も寺下(※3)も水町(※ 4)も大輔(※5)もみんなよく戦ってくれたんですが、誤算は須貝(※6)でしたね。彼は戦うことが出来なかった。酒匂(※7)にあれだけやられましたからね。試合後、彼は泣いていたんですけど、彼にはこう言いましたよ。「今は泣いてもいい。いずれこの成果は出るから。でも、絶対に見返りを求めるな。人は見返りを求めたらうまくいかないから。それを絶対に忘れるな」って。
後援会員(以下、後):約1ヶ月後、全国クラブチーム選手権の全国大会が東京体育館で開催されました。
下:ここまでの準備期間もしばらくあったんですが、この頃には僕もあまり怒らなくなってましたね。笑う機会が増えたというか。彼らにも僕の気持ちが通じてきたと思うんですよね。僕は、彼らが上手くなったのは彼ら自身の努力だと思うんですよ。僕は確かに教えたけど、お前らが頑張ったからここまで上手くなったんだろう、と。
後:トーナメントを見ると、2回戦でファミリー・テンス(※8)が。前年度のクラブ選手権全国大会(三重県)で1点差で敗れている相手ですね。
下:これは1回戦をクリアしないとだな、と思いましたね。しかし1回戦で当たる松江工業クラブ(※9)は伝統あるチームだし、サイズはないけど粘り強いバスケをやる。しかもA2のメンバーは当日に自家用車で新潟から移動してくるから、これは手こずるなと思いましたね。
後:この試合は全く体が動いてませんでしたよね。
下:これは檄を飛ばして気合いでやるしかなかったですね(笑)。そうでもしないと体が動かないなと思ったので、試合中はず~っと怒鳴り続けてました。僕はこの大会は優勝するチャンスがあると思ってたんですよ。でも怖かったのはこの1回戦だけですね。どんな選手も初戦ってのは緊張するし。
後:案の定、ハーフでビハインド(笑)。
下:こりゃマズイな~と(笑)。この時だけは言いました、「ここは勝たないとダメだ、ここで勝たないと次はないぞ!」って。そして「ここで頑張らないとお前ら、成長するチャンスを失うことになるんだぞ!」って言ったら、彼らは「あ、そうだ!」って(笑)。ここから踏ん張って、なんとか勝ってくれましたね。この日はこの1試合だけでしたけど、もし2試合あったら負けていたかもしれません(笑)。
後:この試合だけ見ると、なんだかな~って感じでしたからね。
下:ホテルに帰って選手と試合のビデオを見ながら「お前ら、やれって言われたこと出来てるか?」って聞いたら、みんな「いや~・・・」って感じで。なのでこの日は早く寝かせましたね。翌朝は早めに起きてみんなで散歩して、いいムードで試合を迎えられたと思います。
後:そして2回戦はファミリー・テンスとのリベンジマッチ。
下:僕は絶対に負ける気はしなかったですね。だから普通に、いつもどおりにやれって言いましたね。ここで成長したければ遠慮するなよって。そして、思い切ってやってくれたのが水町でしたね。前半から大きくリードして勝ちましたからね(99-62で勝利)。すると彼らは調子に乗るわけですよ。「俺たち強いんじゃないか?」って。だからこう言ったんですよね、「お前らは強いんじゃなくて、上手くなったんだ」って。「お前らスーパーリーグとか日本リーグのチームとやったら間違いなくボロ負けするんだよ。でもファミテンだって、少なくとも関東の大学でプレイしていた選手がいるんだから、お前らはそれだけ上手くなったんだよ、だから次も大丈夫だよ」って言ってやりましたね。
後:3回戦は青森の鶴田クラブ(※10)です。
下:予想通り苦戦しましたけど、勝てましたね。この試合は大輔に助けられて。大輔はファミテンの試合は全然ダメで、一人だけ取り残されたみたいになってたんですよ。だから大輔に「お前は元々固いんだから、固くなる必要ないだろ?」って言ったら、「あ、そうッスね」って笑ってくれて。この試合はリラックスしてのびのびやってくれましたね。試合も楽しめたし。だからその夜はみんな笑顔でしたね。みんなで風呂入って。「いや~、下地さん、嬉しいッス。去年は1回戦負けだったのに。明日が楽しみです」って言うから、「お前ら明日の何が楽しみだ?」って聞いたんですよ。そしたら「バスケです」って答えるので、これはもう大丈夫だと思いましたね。
後:しかし大会最終日の3日目、準決勝で対戦するのはエクセレンス(※11)です。
下:正直言って、勝てないと思いましたね。大西(※12)がいて、稲野辺さんがいて、ワイス団(※13)ですからね。強いんですよ。でも前の晩、僕は寝ないで彼らが力が発揮できるようにずっと考えていたんですよ。相手がこう来たらこうしよう、と。試合は一進一退だったんですけど、なんとかうちのディフェンスが機能してくれて、最後は10点差で勝つことが出来ました(68-58)。この時は優勝したみたいに嬉しかったですね。いい試合でした。
後:決勝は福太郎クラブ(※14)ですが、須貝選手がすでに手首を痛めてましたね・・・。
下:もうやれる選手でやれるだけやろうって感じでしたね。須貝はボールを握れない、キャッチできないって状態だったので(後の検査の結果、彼の手首は骨折していました)。でも、もし須貝が元気だったら十分勝てたと思いますよ。須貝なら三友(※15)を抑えられたと思うし。なんと言っても竹田謙(※16)を8点に抑えた男ですからね(笑)。
後:ハーフではリードしてたんですよね。
下:いい試合でしたけど、実質A2は全員で8人しかいませんでしたからね・・・。8人で5試合は相当、ハードだったと思います。
後:最終的にA2はクラブチーム全国2位という結果を残したんですが、正直に言うと、最初にこのメンバーを見たときにこの結果は予想できましたか?
下:いや、思ったより上でしたね。ここまでやってくれると思いませんでした。僕にとって嬉しかったのは、彼ら自身が「真剣に取り組む」という事に気づいてくれた事ですね。僕はそのきっかけを与えはしましたけど、実際にやったのは彼らですから。

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※1 ・・・ 現在はbjリーグに所属する富山グラウジーズだが、その前身は2000年の富山国体に向けて強化された同名のクラブチーム。富山国体で優勝し、その後も北信越地区では圧倒的な力を誇っていた。クラブ選手権で全国制覇の実績もあり(第29回沖縄大会)、bjリーグ加入初年度の富山グラウジーズでプレーした石橋貴俊(北海道出身、ジャパンエナジーや全日本選手としても活躍。身長210センチ)と黒田祐は同クラブチームからのメンバー。

※2 ・・・ 吉田平、大阪府出身。初芝橋本高校から大阪産業大学へ。トライアウトで新潟アルビレックスBBのA2でプレーした後、bjリーグドラフトで仙台89ersに指名される。今季は琉球ゴールデンキングスに移籍。1981年5月21日生まれ。身長190センチ。

※3 ・・・ 寺下太基、和歌山県出身。和歌山工業から大阪産業大学へ。卒業後、JBL松下電器で1年プレーした後、新潟アルビレックスのトライアウトを受ける。A2で2年のプレー後、トップチーム入り。1980年2月25日生まれ。身長190センチ。

※4 ・・・ 水町亮介、佐賀県出身。学習院大学卒業後、新潟アルビレックスA2に入団。1年後、bjリーグのドラフトを経て大分ヒートデビルズへ。1981年9月10日生まれ。身長185センチ。ニックネームはA2時代にチームメイトに付けられた「まっちょ」。

※5 ・・・ 田村大輔、大阪府出身。北陽高校から大阪体育大学へ。卒業後、新潟アルビレックスのトライアウトを受験し、A2として2年間プレーした。現大阪エヴェッサ。1981年1月22日生まれ。身長181センチ。

※6 ・・・ 須貝智、新潟県出身。新潟大学卒業後、A2で2年間プレーした。現在は新潟県内のクラブチームでプレーするが、新潟県の青年国体メンバーでもある。1980年9月25日生まれ。身長180センチ。

※7 ・・・ 酒匂博臣、日本体育大学出身のシューター。当時のグラウジーズはインサイドの石橋、アウトサイドの酒匂が両エースとも言える存在だった。身長182センチ。

※8 ・・・ ファミリー・テンス、東京都代表のクラブチーム。

※9 ・・・ 松江工業クラブ。島根県代表のクラブチーム。

※10 ・・・ 青森県代表のクラブチーム。当時は長谷川聖(193センチ。その後bjリーグの埼玉ブロンコスでプレーし、今季はJBL2栃木へ移籍)が在籍していた。

※11 ・・・ NPO社団法人エミネクロススポーツワールド(代表:辻秀一)のトップチーム、エクセレンス。東京都のチームだが、同大会は開催地枠として出場。

※12 ・・・ 大西裕之、東京都出身。国立高校から電気通信大学。エクセレンスでプレー後、bjリーグドラフトを経て仙台89ersでプレー。今季からJBLレラカムイ北海道。1981年9月2日生まれ。身長195センチ。

※13 ・・・ ワイス団、カリフォルニア出身。1996年には日本国籍に帰化し、トヨタ自動車などでプレーする他、全日本選手としても活躍した。1966年2月28日生まれ。身長206センチ。

※14 ・・・ 福太郎クラブ、福岡県。三友康平らを擁し、同年のクラブ選手権で優勝した。

※15 ・・・ 三友康平、福岡県出身。鞍手高校から鹿屋体育大へ。福太郎クラブでプレー後、bjリーグ大分ヒートデビルズにドラフト指名される。1980年3月19日生まれ。身長179センチ。

※16 ・・・ 竹田謙。國學院久我山高校から青山学院大学へ。卒業後は日本リーグの東京海上でプレーしたが、新潟アルビレックスのトライアウトを経て同チームへ入団。現在はJBLパナソニック。1978年10月5日生まれ。身長187センチ。文中の「8点に抑えた」というのは、アルビトップチームとA2の練習試合での事だそうです。


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