2012/10/20

JunkStageをご覧のみなさま、こんにちは。
もはやここを占有していると言っても過言ではない、運営スタッフの桃生です。

先日、こちらにてリリースをさせていただきましたが、本年12月1日を持って、JunkStageは6周年を迎えることとなりました。これだけ続くことができたのは、ひとえに読者の皆様の温かいお声のおかげです。本当にありがとうございます。
その記念すべき日を是非読者の皆様と迎えたく、JunkStageの6歳のお誕生パーティを、12月1日に行うこととなりました。
今はその準備でてんやわんやな状態ではありますが、皆様に「楽しかった!」「来てよかった!」と言って頂けるよう、スタッフ一同精一杯ホストさせていただきたいと思います!

ついては、というわけではないですが、今回はそちらのイベントについて簡単にご紹介をさせて頂きたいと思います。

JunkStageは2006年12月、ごく数名のメンバーで発足した団体です。
翌2007年3月に「JunkStage」を公開。ライターはわずか8名での、スタートでした。

そして2008年、JunkStageは初めてのリアルイベントである舞台公演を行います。
手探りの公演で至らぬところも多々あったとは思うのですが、読者の皆様に好意的な反応を頂き、またライターからも直接お客様と交流が出来たことを喜ぶ声もあり、素人であった運営スタッフは本当にほっとして公演を終えることが出来たのでした。

このイベントの成功は、スタッフに「形を変えてでも是非続けていきたい、もっとこういう場を作りたい」と強い想いを抱かせました。
JunkStageに集まっているのは、非常に強い個性を持ったメンバーです。
とにかく実際に、読者の方とライターを出会わせたい。その魅力を、目に見える形で伝えたい。
その思いこそが、2009年の舞台イベント、2010年のcaféイベント、2011年の舞台イベントとして続いている原動力の源です。

翻って、今年のイベントは初めてのパーティスタイル。
今までは「JunkStageがライターの魅力を読者の皆様に伝える」ことを主眼に置いてきましたが、今年はお客様に主役になって頂き、ライターと一緒に楽しんでもらうことがメインです。

JunkStageには、本当に沢山の方がかかわっています。
発起人、及びJunkStageの看板として走り回っている須藤。
Web構築から会計まで、裏方を一手に引き受けている藤原。
そして何より、JunkStageの掲げる「人そのものがコンテンツであり、情報ではなく感動を伝える」という理念に賛同してコラムの執筆を続けてくれ、こうしたイベントに協力してくれるライターたち。
これが、今わたしの考えるJunkStageの誇るべき財産です。

このパーティでは、その宝物のようなライターたちと、読者の皆様にぜひ一緒に楽しんで頂きたいと思っています。
開催まで、あと1月あまり。
皆様と会場でお会いできることを、わたしたちも今からとても楽しみにしています!

<JunkStage 6周年記念パーティ>

■日時  2012年12月1日(土) 14:00~18:00(予定)

■会場  ギャラリースペース「さくら 原宿竹下口店」
地図:http://goo.gl/maps/7PrVI
アクセス:JR原宿駅竹下口より徒歩10分

■参加費 2000円(1ドリンク・軽食込)

■お申し込み方法
参加者名、参加希望人数をinfo@junkstage.com宛にお知らせください。
※なお、上記は予定であり、今後変更の可能性がございます。 変更状況等につきましては、こちらのスペースでご連絡をさせて頂きます。

2012/10/20 10:37 | momo, ・おしらせ | No Comments
2012/09/20

JunkStageをご覧のみなさま、こんにちは。
9月も下旬と言うのに日本ではまだ残暑真っ盛りですが、そんなときこそ訪れたいのが水族館。
今日ご紹介するライターさんは、水族館で「アシカのお兄さん兼飼育員」として、水族館に掛ける気迫は気温に負けない熱さをもったこの方です!

 

■vol.14 水族館員・こばやしさん
―みんなを幸せにできる水族館を目指して!わしゃもっともっとやったるけん。(こばやし)

水族館員になるという保育園児の頃よりの夢を叶え、地元愛知県の水族館で飼育員兼アシカのお兄さんとして勤務中。
http://www.junkstage.com/kobayashi/

*  * *

こばやしさんの水族館での業務は多岐にわたります。

展示する生き物の収集(仕入れ、ではなく、むしろスカウト)、展示の解説ボード作り、アシカショーのお兄さん、生き物の飼育、水族館としてのイベントの企画立案実施、などなど。どのお仕事も生き生きとこなしていらっしゃるのはコラムにも表れているとおりですが、私が睨んだところ一番楽しんでいらっしゃる様子なのがスカウトです。

休日には山に行ってサワガニを獲り、夜には夜で港へ行ってウミケムシなるゲテモノ(失礼)を獲り、深夜未明には船酔いしながらトウゴロウイワシと格闘し、ドンコに展示品を食べられてしまい寂しくなった水槽のために近所でパンを餌にオイカワを釣る
今、ざざっと例を挙げてみましたが、これらの記事の掲載スパンはなんとたったの3カ月!
勿論こばやしさんは以前よりスカウト行為に精力的に取り組んでいらっしゃるわけですが、こうやって列挙しながらひとつひとつの記事を眺めていくと、本当に本当にほんっとうに!こばやしさんはこの仕事を愛しておられるのだなあ、という気がひしひしとするのです。

(ちなみに自宅でもアピストグラマというきれいな熱帯魚を飼ってらっしゃいます。美女です。)

*  * *

また、こばやしさんといえば絶対に触れておきたいのがその文章力の高さ!

文句なしに面白いコラムは読んでいただけば実感頂けるので割愛することとして、その技術が余すところなく活かされた展示パネルを例に引きたいと思います。

魚名版と呼ばれる解説パネルは通常、学名や特徴などが簡潔に記されたスタイルであることが多いのですが、こばやしさんの勤務先の竹島水族館のパネルは一味もふた味も違います。

来場者へ展示された魚の特性を強く印象付ける方言パネル・シリーズ、食べられる魚の味に言及した味覚パネル・シリーズなど、読んでいるだけで「へえ!」と勉強になって、楽しくて、ついでに実際のお魚も見たくなって一石二鳥どころの話ではありません。
これらのパネルはこばやしさんを含む担当スタッフの皆さんが手作りしたものであり、正確かもしれないけれど記憶に残らないパネルではなく、「何が何でも読ませて見せる」という強い意識を感じさせるものです。

*  * *

冒頭に掲げた言葉は、そういう意味で、こばやしさんの情熱の源のようにわたしには感じられます。楽しんで水生の生き物たちと触れ合える場を、楽しんで学びが出来る場を、そして何より来場された方全員が幸せになって帰れるような場所を、つくる。

この決意を、こばやしさんは別なコラムでこんな言葉で表現もしています。

「ヒトが魚を見て、いろんなことを学んで(教科書的な勉強!じゃなくて)、喜んで、笑って、家族や好きな人と話をして、何かを感じとれれば、それが水族館の魚にとって幸せや喜びの一つであるかもしれない。と、思うわけだよな。水族館は奥が深い。(中略)
水族館の魚たちは、オレたちはここにいる!すごいんだぞ!だからオマエもいろいろ考えて頑張るんだぞ!自分以外には優しくするんだぞ!ということを人々に教える代表選手。イイ水族館にして、そういうことを来る人に溢れんばかりに伝えるようにしなきゃいかん。」

この、真摯な気持ちこそが、こばやしさんの熱意の原動力なのではないか。
読み返すたびに感じる、仕事への誇りと生き物たちへの愛情。
こばやしさんは、JunkStageが誇る水族館のお兄さんです。

2012/08/20

JunkStageをご覧の皆さん、こんにちは。
日本ではまだまだ暑さが続いておりますが、本日ご紹介するこのライターさんのお住まいのインドネシア共和国ではぎりぎり乾季の期間中。気温は同じように高いそうですが、それを感じさせないほどコラムからは爽やかな日常が感じられます。

今日ご紹介するのは、もはやここで取り上げる必要も個人的には感じられないくらい、JunkStageの看板ライターのお一人である、由佳さん。
日本国籍を持つ女性としては非常に珍しい経歴である「一夫多妻の本妻」として、2007年から今に至るまで約5年間もの間、ほぼ毎週の連載を続けてくださっています。

 

■ライターへの手紙。vol.13 一夫多妻の本妻・由佳さん

―私はその時、初めて『信頼』という言葉の重さを知り、
   また、結婚に対しても「覚悟」をしたのでした。
「ぜったいに離婚はしない。この人を信頼し、一生添い遂げる」と。(由佳)

バリ島にて、日本人だけの一夫多妻ファミリーの本妻として生活中。島での生活や家族のことをお届け中。

http://www.junkstage.com/yuka/

 

 

*  * *

 

さて、読者の皆様は「一夫多妻の本妻」というとどんなイメージをお持ちでしょうか?
「なんかすごい人間関係がドロドロしていそう」とか、「いったい何でまたそんなことに……?」とか、それこそ火曜サスペンス劇場的な妄想を瞬時に繰り広げることができるのではないでしょうか。
実は。何をかくいう、わたし自身がそんな風に思っていました。
なので、当初由佳さんの参加が決まった際、「それコラムに書いちゃっていいの!?」と思ったりもしたのです。結果的には全く杞憂だったのですが、それぐらいこの肩書から受ける印象は強烈だったのです。

でも、コラムを読むにあたり、本当に一ミリもそんな心配をする必要はありません。
読んで頂ければ分かることなのですが、由佳さんのコラムには随所に「信頼」という言葉が出てきます。主に日本とバリを行き来する御主人に向けて、そしてご自身のお子さんを含む子供たちに向けて、第二夫人である「ゆっちゃん」や第三夫人である「あやかさん」へ向けて、また、お屋敷で働いている使用人の方々へ向けても。

それは由佳さんが御主人をはじめとする家族を大切に思い、その人間関係を維持していこうと考えているからこその、言葉ではないでしょうか。

 

*  * *

 

由佳さんはもともと、社労士として事務所を経営していたという経歴を持つ女性。
ご主人との結婚を機に退職し、キャリアを捨てて家庭に入ることを選んだ由佳さんですが、それでも当初は御主人の夢でもある「一夫多妻」に対しては、本妻として迎えられることに罪悪感があったそう。

「わたしは、二番目の方がわたしに対して抱く罪悪感がとても嫌でした。(中略)わたし自身も自分が本妻でなかったら出来ません。」

「(主人と)別れることは簡単です。でも、主人を愛しているし愛されているのに、離婚するのはおかしいと思うのです。それにみんな主人を愛していますから、みんなが幸せであればいいと思って生活しています。」

これは、JunkStageが初めて出したフリーペーパー(2008年)でのインタビューに対する回答ですが、原稿を担当したスタッフは由佳さんをはじめとする家族全員に「絶対的な信頼関係と満ち足りた愛情」を感じたと言います。

由佳さんは、このコラムでは、ご自身のことをこんなふうに称しています。

「もし、私が嫌な波動を出せば、それは家族全員に波及していずれ崩壊するかもしれません。ある意味、私はキーマンなのかなって思います。だからこそ、夫を信じて、ど~んと構えていればいいのですね。」

 

*  * *

 

「おかあさん」は人間関係の要でもあります。
だからこそ、由佳さんのコラムに描かれる方々はどこかほんのりと温かい。
それは、信じ難くとも確固たる信頼関係に根差した互いへの愛情が感じられるからこそ、ではないでしょうか。

2012/07/20

JunkStageをご覧のみなさま、こんばんは。
まずはじめに、先日大きな被害をもたらした豪雨にて避難を余儀なくされている方、そして大切なものを失われた方々に、心よりお悔やみ申し上げます。
私自身、東日本大震災では自然の猛威を肌身に感じた一人でもあります。
自然というのはこのように恐ろしく、ときに牙を剥くものでもあるのですが、その一方で私たちに大きな恩恵を与えてくれる存在でもあります。
良くも悪くも人と自然との関わり方について考えざるを得ない日々が続く中、そんな自然に常に目を向けている、今日はこのライターの方をご紹介したいと思います。

 

■vol.12  北の写真家・山田雅幸さん


――僕達にはきっとまだまだ知らない自然の世界がある。
  私達が自然に惹かれる一番の理由とは、人間界とは違う時空の中に存在する
  生命の不思議さなのかもしれない。(山田雅幸)

 

自然写真家。札幌で生まれ育ち、20代前半で改めて地元北海道の自然に感慨を受け、撮影活動を始める。自身が大雪山等の山に登り、森を歩いて自然や野生動物の姿を記録している。
http://www.junkstage.com/yamada/

 

* * *

 

山田さんがJunkStageに参加することになったのは、2008年の冬のこと。
以来、現在に至るまで平均月2回のペースで写真入りのコラムを掲載し続けています。
発表された写真は100枚を超え、そのどれもが北海道の山を歩き、自ら見つけた「自然」の姿。地元であるということを差し引いても、この量・質ともに揃った写真の素晴らしさはJunkStageの主催した公演やcaféイベントでも多くの方の関心を惹いていました。

その写真の魅力は、被写体である北海道の時に厳しく、ときにあたたかくある雄大な自然だけではありません。
サラリーマン時代の楽しみは仲間とのドライブだったという山田さんですが、その頃は「人間の気配のない野生の世界」という視点を意識して写真を撮っていたのだそう。
そのスタイルが変わったのは、大雪山公園で出会った、一匹のナキウサギの姿を目にしたときからでした。


(写真引用:自然との出会い

この愛らしい野生動物に魅かれ、追いかけ続けた山田さんはナキウサギそれだけでなく「原始自然」とも言うべき山の姿に魅かれ、またその存在を常に感じる生活がしたいと強く願っている自分に気付きます。
そしてそれは、自然を通して自分自身を知りたい、という願いにも繋がっていきました。
その山田さんの決意を端的に伝えるこの記事から一部抜粋させていただきます。

「「自然」を見つめながら「人間」というものを知る。僕はこの2本の線の交わるところに浮かび上がる、なにか本来の人間にとっての大切な「心」というものを、今後も深く感じてゆきたいと思います。」

* * *

 重さ30kgにも達するザックを背負い、標高2000mの山に昇り続けるうち、「生かされている」という感覚を得た山田さん。自然の中に身を置くことで、自分の力で楽しみを見つけだし、自分の力で身を守るという人間本来の本能の様なものがよみがえってくるのだと語るこの記事には、その素直な感動が率直に綴られています。

そんな山田さんの数多い写真の中から、もう一枚、わたしの好きな写真を紹介したいと思います。


(写真引用:動物にとっての「春」と人々にとっての「春」

暦の上では春が近づいてきてもまだ寒さ厳しい2月の、キタキツネの深い眠り。
身をぎゅっと縮めて眠るキツネの姿は、北海道という土地の冬の厳しさ、春に焦がれる気持ちを端的に表して見る側の感情にダイレクトに訴えてくるのです。

* * *

 だからこそ、山田さんの写真は、本当に自然に近い。
物理的にも、心理的にも自然によりそうファインダー越しの視線が観客にも伝わってくるのです。
そして、写真と合わせて掲載される言葉の豊かさといったら!
饒舌であることがすなわち感情を上手に伝えると言うことではない、と思わざるを得ない、シンプルかつ、実感に溢れた言葉が綴られたコラムは、自然と自分との関わり方を考えさせる確かな力があるのです。

2012/06/20

Junkstageをご覧のみなさま、こんにちは。
JunkStageには様々な職業、ご経歴を持ったライターさんが多数いらっしゃいます。その稀有な言葉から、中には、安易な「想像」を寄せ付けない想いを持っている人も。
その中のお一人であるメグミさんを、今日はご紹介させていただきます。

■vol.11  乳がん闘病中・メグミさん

―乳がんという病気は、自分とはまったく無関係だと思っていた。
  その私が何の知識もないままに、乳がんになった。(メグミ)

プロポーズを受けた直後の2008年3月、乳がんであることが発覚。現在も闘病中ながら、若年性がん患者団体「STAND UP!!」の運営に携わる。
http://www.junkstage.com/megumi/

 

*  * *

メグミさんは2008年10月、同年11月27日に手術を控えた時期にJunkstageに参加されました。
その手術とは、乳がん細胞の除去手術。
29歳という、体力にも自信のあった時期の出来事でした。

韓国式アカスリのおばちゃんに言われてはじめてしこりらしきものに気付いた3月12日、告知を受けた衝撃をつづった3月14日。これらの記事は入院前のメモを基に描かれたものですが、手術を控え、不安や動揺を紛らわせるかのように更新が続きます。
そして、4月からは通院での治療が開始。
「皮膚につくとただれてしまう」という強い薬剤の入った点滴をメインした闘病記録には「ただひたすら涙を流しながら時間が経つのを待った」という記載があります。 告知のときも、点滴を受けている間も、ひたすら泣いたという淡々とした記述。
そして、その強い点滴の副作用として、髪が抜けるという現象が起こります。
同年に考えていた結婚式のために伸ばしていた髪が、抜ける。
これがどれだけ辛く、悲しいことだったのか。

*  * *

冒頭に挙げたのは、メグミさんが闘病中初めて迎えた乳がん啓発イベント・ピンクリボンデーの日に感じたという言葉
そして、その言葉は次のような決意に繋がっていきます。

「だからこそ、誰にでも起こりうる身近な病気だ、と訴えたいし、
腫瘍が大きくなれば大きくなるほど、生存率が低下してしまう病気であるからこそ、
早期発見がどれほど重要か、それを一人でも多くの人に知ってもらいたい」

*  * *  

この言葉を実践するために描き続けられる、闘病の記録。
メグミさんのコラムには、こうした記述が至る所に現れてきます。
けれど、その悲しみに溺れないところもまた、メグミさんのコラムの大きな特徴です。

副作用を隠すためにウイッグをつけ、黒ずんだ爪にネイルアートを施し、女性であるということを諦めずに毎日を過ごす。同じく乳がんと闘う女性同士でフリーペーパーも発行し、「Relay For Life」というチャリティイベントにも参加するなど、自身の悩みのもとでもあった若年性乳がんの情報の普及にも尽力。だけでなく、闘病前からの趣味であるマラソンも再開。手術から半年後には休職していた会社にもアルバイトとして戻ったメグミさんは、現在再発もなく、2010年には休職前と同じ職務で正社員に復帰しています。
仕事に旅行にと、とてもアクティブに過ごしているその姿は、コラムの恬淡とした記述のイメージを裏切るほど、爽やかで溌剌。
その姿は、ひとりの女性としてもとても眩しく見えるのです。

2012/05/20

JunkStageをご覧のみなさま、こんにちは。
長いような短いような連休も終わってしまい、なんとなく気が抜けている桃生です。
が、世の中には連休なんてとんでもない!というお仕事についていらっしゃる方も多数。
その最たる職種が生命に関係する仕事ではないでしょうか。
今回ご紹介するこのライターさんも、命の現場で、日々奮闘なさっているのです。

■vol.10 獣医師・シゲノブさん

――獣医師としての定年はありません。何年でも何歳まででも働けます。
 世間が許してくれるなら僕は75歳くらいまで働きたいです。
 働かないとだめなのですね、性格的に。いつも、走っていたい。(シゲノブ)


北海道生まれ、北海道育ちの獣医師。農業団体で牛や馬を中心に仕事をする傍ら、アニマルセラピーと救助犬活動を行う「北海道ボランディアドッグの会」でも活動。
http://www.junkstage.com/shigenobu/

*  * *

シゲノブさんはキャリア20年以上(!)のベテラン獣医師。
現在は農業団体に勤務し、家畜(豚、牛、馬など)の体調管理などのほか、NPO北海道ボランティアドッグの会でアニマルセラピーのボランティア活動にも積極的に活動の場を広げていらっしゃいます。
シゲノブさんはセラピー犬の適性検査から老人介護施設等への慰問まで実際にかかわっていらっしゃいますが、そこから伝わってくるのは仕事に対する研究熱心さと人への温かな視線。
アニマルセラピーという注目されやすく、期待を集める分野に携わっているだけに、問題点についても誠実に検討するという姿勢がしっかりと伝わってきます。
前者については言わずもがなですが、シゲノブさんのコラムに登場する沢山の動物の病についてのコメントからもご納得を頂けるのではないでしょうか。
乳熱子宮脱乳腺腫瘍犬インフルエンザ猫の免疫不全、果てはペットの認知症まで、動物の病を一手に引き受ける万能感もさることながら、勉強熱心な獣医さんだからこそ最近の臨床事例や研究などの引用も豊富。
こうした専門的な内容のコラムを参加当初からほぼ毎週1回以上更新し続けるということからも、いかにシゲノブさんが稀有な存在であるかお分かりいただけることと思います。

*  * *

そんなシゲノブさんが本領を発揮されたのは、2010年に宮崎県を中心に大きな被害をもたらした口蹄疫被害への派遣でした。
2010年6月に宮崎に赴き、同年7月の更新はすべてそこで見聞きし、体験されたことをコラムにまとめていらっしゃいます。
200頭以上もの牛に麻酔を施し、自身も怪我を負いながらチームワークで乗り切ったというシゲノブさんですが、その場にいて辛い仕事をしなければならなかった悲しみは本当に大きなものだったでしょう。
それを端的に伝えるエピソードがあります。

「先生、母子の場合はどちらかが先になるのでなく、同時に処分してください」

…これは、シゲノブさんが実際に農家の方に言われたことだそうですが、子牛と母牛を一緒に殺すというのは病の流行を食い止めるためとはいえ、本当にむごいことだったと思います。そして、シゲノブさんはそのエピソードに続けて、こんなことをおっしゃっています。

「家畜は人間に食べられて命を繋ぐものです。命を繋ぐことができないで、ただ殺される動物のことに思いを寄せざるを得ません。飼い主の人たちも一定程度金銭的な補償はされますが、つらい思いの補償はされませんし、できません。」

安易な共感を寄せ付けない、シンプルで、強い言葉です。
それでも、シゲノブさんは獣医師でいて一番良かったことはこの口蹄疫の作業に従事することができたことだとおっしゃっています。この言葉からは、獣医師としてプロの仕事を全うされたという強い信念がうかがえるのです。

*  * *

しかし、シゲノブさんは真面目でお堅いお医者様というわけではありません。
学生時代は「女装&うどんくい競争」なる不思議イベントに参加していたり、たまにちらっと好物を主張してみたり、もしかしたらシゲノブさんの言う動物のなかには人間もしっかり含まれているのではないかと思えるほど、ご自身に対する好奇心も旺盛。
そのアンテナの広さが、獣医師という幅広い職域としっかりマッチしているのです!
専門的な内容なのに読んでいてちっとも小難しくはなく、しかもユーモラス。
それが、シゲノブさんの凄いところの一つでもあります。
たとえば「ちょっけん」こと直腸検査の模様(でもよくよく読むと相当凄い絵になるような…!)、野良の子猫の捕獲に一喜一憂したりしている姿は真摯な動物愛護の精神だけでなく、シゲノブさんの温かい人柄が伝わってきます。

プロの仕事、の素晴らしさを、私はシゲノブさんのコラムからいつも感じます。
獣医師を目指す方だけではなく、動物好きな方、そして何より人が好きな方に、ぜひ読んでいただきたい。
シゲノブさんは、いつも走り続ける、JunkStageのトップランナーなのです。

2012/04/20

JunkStageをご覧のみなさま、こんにちは。
毎月桃生の独断によりライターさんをご紹介していくこちらのコーナー、今月はまずこちらの3枚の絵をご覧いただきたいと思います。

これらの絵は全て日本画だと言ったら、驚かれる方も多いのではないでしょうか?
真ん中の絵なら日本画だって分かるけど…という方にこそ、是非読んでほしい、そして出来ればギャラリーや展示会で実際の絵を見てほしいと思います。
この三枚の絵を描いたのは、日本画家の池上紘子さん。
今回は、このライターさんをご紹介したいと思います。

■vol.9 日本画家・池上紘子さん
――ひとつ乗り越えると、また、次が見える。もっとも、一番大切なことは、本人の、どんなことが
  あっても創作を続ける、表現したい核がある、という強いこころざしであることは、いうまでも
  ありません。(池上紘子)


世界遺産・仁和寺へ作品奉納、気鋭の日本画家。日本画院展をはじめ、精力的に作品の発表を行っている。
http://www.junkstage.com/ikegami/

*  *  *

池上さんとJunkStageのご縁は、2009年3月。
開設されたwebサイトに掲げられた「オーダー絵画承ります」の文字にまず驚き、そして掲載されていた「日本画」は今まで私が感じていた「日本画」のイメージとあまりに違う絵本の絵のような作品群。

池上さんの日本画は、どこかノスタルジックで優しい、甘い夢のような気配がします。
勿論、それだけではなくて(例えば上記に挙げた「東京」という絵はちょっと怖いようなところもあって)美しい、目が覚めたら見られないようなものだと思うのです。
私は美術にあまり造形が無く、日本画といえば古臭くて、なんだか垢抜けないという印象を持っていたのですが、そしてそういう方は割と多いんじゃないかなと漠然と感じているのですが、池上さんの日本画はそうしたイメージを明確に裏切る柔らかさを持っています。
だからこそ、人をこれだけひきつける、新しい「日本画」を生み出しているのではないでしょうか。

*  *  *

池上さんが日本画の世界に足を踏み入れたのは、菱田春草という日本画家の描いた一枚の絵がきっかけでした。心理学や哲学の道にも心が揺れていた高校生だった池上さんが、初めて心が震えるほど「自分は、これを描きたい」と思ったという、白牡丹の絵。
その後は反対を押し切って美術大学に入学し、主席で卒業したというのですから、絵の力というのは壮絶だなと感じます。
仁和寺に「孔雀明王」薬師寺に「吉祥天」を奉納し、天皇皇后両陛下のお迎えにも参加されたという実績に加え、公募展の受賞経験も多数ある池上さん。
そのキャリアは堂々たるものであり、気鋭の若手日本画家の名にふさわしいものと思います。

しかし、最初からすべてが順風満帆だったわけではありません。
池上さんは「周囲に恵まれていたので」と仰っていましたが、契約社員やアルバイトなどをしながら絵を描き続けるのは並大抵の苦労ではなかったことと思います。日本画の顔料は決して安くはないうえ(何しろ天然素材!)、働きながら描き続けるための時間や体力を確保することの難しさ。
また、JunkStageとのご縁のきっかけになったwebサイトは池上さんが24歳のときに友人の女性と立ち上げたものですが、閉鎖的な日本画壇からは嫌味や嫌がらせめいた電話もあったとのこと。その後、28歳で日本画教室を開講した際には「師匠の許可なく教室を開くなどもってのほか」と言った暗黙のルールもあったそうです。
でも、池上さんはそれら全ての圧力をはねのけて、日本画を描き続け、そして結果を出し続けているのです。

*  *  *

夢は現実ではないからこそ、美しいし、怖いし、優しいものです。
池上さんの絵を見ていると、その夢の持つ力を柔らかく包んで、繋ぎとめたもののような気がします。それは強さだと思うのです。圧倒的な意志の強さが夢を画布に引きとめて、私たちの前に差し出されている、そういう気がしているのです。
勿論、古典の修復を学んだと言う経緯やその過程で身に付けた技法がベースとなっているのでしょうが、池上さんの絵の魅力は、それだけではきっと言い表せない。
ご紹介するコラムの中には、そんな池上さんの意志の強さが宝石のように転がっています。
日本画なんて、古いしださいし、と思っている方にこそ、読んで頂きたい所以です。

2012/03/20

JunkStageをご覧の皆さま、こんにちは。
突然ですが、皆様はトンガ王国という国がどんなところにあるかご存知ですか?

過分にして、根っから日本生まれ日本育ちのわたしはこのライターさんに出会うまで、この国のことをよく知りませんでした。
南太平洋に浮かび、世界で一番朝が早く来る(でもいまはサモアに1時間先を越されていることが若干悔しい)首都・ヌクアロファを持つトンガ王国。毎年「ジャスミンちゃん」こと猛威をふるうサイクロンが吹き荒れ、ざっくりした警察がいて、お葬式の際には必ずブラスバンドが出動する、そんな国。
そんな南太平洋に浮かぶ国に、本日ご紹介するライター・鈴木さんは住んでいらっしゃいます。

■vol.8トンガ王国在住・鈴木真一さん

――学校の音楽の授業はこちらが一方的に教えるものでしたが、警察音楽隊は一緒に音楽を
  作り上げていくもの。

   この両方を同時に体験することが僕にとっての一番の収穫だったかも知れない。(鈴木真一)


ソロモン諸島国での3年間の教育活動を経て、2008年よりトンガ王国在住。 現在は中学校で音楽教員として勤務。
http://www.junkstage.com/suzuki/

 

*  *  *

 ボランティア組織「ドンボスコ海外青年ボランティア」から要請を受け、鈴木さんがソロモン諸島に音楽教師として赴任したのは2004年の9月のこと。高校教育課程に「音楽」が存在しないその地で五線譜など見たこともない生徒たちに音楽を教え、そして2008年1月からはトンガ王国にて教鞭をとっておられます。
勿論、トンガ王国でも「音楽」のカリキュラムはないとのことで、ここでも現地で唯一の正規の音楽教師。トランペットからバイオリン、フルートな様々な楽器を演奏される根っからの音楽好きの鈴木さんは、新しい楽器を手に入れた瞬間の興奮も本当に楽しそうに報告してくださいます。

そんな方とはいえ、楽譜の読み方さえ知らない現地の子供たちにカリキュラムにない音楽を教えることは並大抵のことではできないのではないか、と素人目にはだいぶ大変そうに思うのですが、ここが鈴木さんの凄いところ。
教科としてはないけれどもともと聖歌隊やブラスバンドなど音楽に素養も親しみもある彼らと一緒に合同演奏会を開催したり、警察隊のブラスバンドに参加したり、とにかく音楽を通じて立体的にコミュニケーションを図っているのです。

もちろん、教え方も色々と工夫を凝らしていらっしゃるご様子。
トンガの学生さんたちがときに羨ましくなるほど多様な授業を展開し、今では日本人教師の指導教官を務めるほど、先生としての鈴木さんは生き生きと働いていらっしゃるのだということがコラムの随所から感じられます。

 

*  *  *

 

が、その経歴もさることながら鈴木さんのコラムはトンガ王国という国での暮らしがものっすごく面白く、生き生きと描かれているのです!
サイクロンの時期の停電の乗り切り方トンガ流・書類審査の乗り切り方運動会でのアバウトな測定や日本語OSのない携帯に悪戦苦闘おもむろにちゃんこ鍋を囲んだりラグビーの大盛り上がりの様子など、拾い上げるのにきりがないほど面白いエピソードが満載。
(ちなみにトンガ王国の面白ルールについては鈴木さんがこちらに纏めてくださってます。爆笑必至です…!)

鈴木さんが取り上げるのは主に日常のちょっとした出来事なのですが、それを読んで笑っているうちにトンガという国がどんどん身近に感じられて、まるで近所に住んでいるしたしい知人のようにすら感じられてくる。この親しみやすさが鈴木さんのコラムの最大の特徴であり、面白さであると思います。

日常を面白く書く、というのは実は難しいことです。
誰にだってその人なりの日常があって、生活がある。だからこそ「どこかで聞いたような話」になりがちですし、ただの日記になってしまうこともある。これは異文化に身を置いている方だって同様のことだと思います。
その異文化圏での日常を、第三者に分かるように伝え、かつ面白い、というのは、だからとても凄いことなのです。
鈴木さんは、きっと日常を愛しています。
だからこそ楽しさをおしみなく伝えてくれるこのコラム、鈴木さんの目を通して見る日常は光り輝いているのですし、読んでいる私たちは遠い国に住む人々のことを好きになるのだろう、と、いま、そんな風に感じています。

 

*  *  *

 

JunkStageが目指している、「情熱の可視化」。
そのポリシーをもっとも体現しつつ、でも肩ひじの張らない楽しさで視界を広げてくれる鈴木真一さんのコラムは、そんな私たちの理想の形。
音楽に対する溢れる情熱、日常を豊かに過ごすヒントが満載のこの連載から今後も目が離せません!

2012/02/20

JunkStageをお読みの皆さん、こんばんは。
先日、2011年のJunkStageアワードが発表になりましたが、ご覧になって頂けましたでしょうか?(まだの方は是非こちらからチェックしてみてください!)
本日はこちらの受賞者の中から、一人の稀有な物語作家の方を紹介します。

■vol.7 物語作家・細川亮さん

――ブロックをジッと見ていると、どうも家に見えてきて仕方ないんです。
  以後、様々な物を見ては、これは小さい人ならこう使うんじゃないか?
  こんな事もできるか!ってな感じで毎日を過ごしています。(細川亮)

26歳から絵を描き始める。オリジナルのイラストに物語をつけた創作作品「小さい人シリーズ」を連載公開。
http://www.junkstage.com/hosokawa/

 

 

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こちらに掲げたイラストには小さい人がわらわらっと出てくる場面が描かれていますが、これ、どこから出てきているかお分かりになりますでしょうか?
なんと、描かれているのはコンテナに作られた小さい人たちのための町役場なのです。

細川さんの手掛ける「小さい人」シリーズには、こうした小さな人たちの暮らしや時には冒険譚が丹念に丹念に描かれています。
主人公の「私」も当然、小さい人。
画家志望の吉田さんの絵から逃げ出して住所不定となり、スポンジの家にときめき、ティッシュ箱の高層マンションの住人に驚愕し、杓子のお風呂に入ったりしながら旅を続けています。その間にも匂い調査団の一行と遭遇したり、素敵な老夫婦に脅かされたり、プラスチックカップの糊の池にはまってしまった人を救助したり。それだけでなく毛糸の家に住む小林さんと交流を深めたりと、「私」の周囲にはたくさんのドキドキが溢れているのです。

もちろん、この物語の魅力は物語だけではありません。
細密画のように緻密に描かれた小さな人たちの世界。丁寧に塗られた色彩やそこに佇む小さな人たちの姿は驚嘆の一言。
今年、細川さんから頂いた年賀状もものすごくきれいな手書きイラストが添えられていて、元旦から「すげえ!」と感動させていただきました。
このイラストは物語と勿論一体であるものであるわけですが、それをずっと、定期的に描き続ける、というのはよほどの情熱と愛がなければ続かないのではないでしょうか。

この連載に登場する「私」のドキドキは、読むわたしのドキドキでもあります。
まるで子守唄のようにどこかノスタルジックで温かい、細川さんの世界は眠れない夜にひっそり楽しむのに最適な物語です。

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先に引用したとおり、細川さんは26歳のときに、本格的に絵と物語創作を始めました。
イラストも物語も書くというのは一見簡単そうに思えるかもしれませんが、それを隔週で続けるとなるとほとんど驚異的なことだとお分かり頂けるのではないでしょうか。
しかも細川さん曰く、物語を付けるのは苦手なのだとか。
だからこそ、「私」の旅は続いているのでしょうし、その一つ一つが丁寧で愛にあふれたものなのかもしれません。

細川さんはメールでよく、「読んで頂けるように頑張ります!」と仰います。
もっと読んでほしい、とストレートに。それに返す言葉は、わたしたちの力不足ですいません、という言葉です。だってこれは沢山の方に読まれるべき物語であると思うからです。

煽情的な情景も言葉もなしに、淡々と紡がれる細川さんの物語世界。
眠れなくて寂しい時に、寒くて凍えそうな夜に、ホットミルクみたいなこのコラムを是非読んで頂けたらと思います。
緻密なのに温かい色合いと「私」たちの過ごし方が、読むものをほっとさせる、このシリーズはそんなぽかぽかしたお日様のような連載なのです。

2012/01/20

遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。
本年もJunkStageをどうぞよろしくお願いいたします。

さて新年1回目のこちらのコーナーでは、時間を作ってでもじっくり読んで頂きたい、このライターさんをご紹介させていただきます。

■vol.6 バイリンガル11年・理紀さん

――大事なコトは大事なヒトだけに伝えればいい。
皆に伝えたいことは、きちんと言葉や色を練って世の中仕様に仕立てて出したい。(理紀)


高校卒業と同時に渡米。大学卒業後ニューヨークでデザイナーとして働く。会社帰りにはタイムズスクエアで映画鑑賞が習慣だった。2002年帰国。
http://www.junkstage.com/masaki/

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映画、というジャンルは難しいものです。
メディアの影響力が非常に大きいので、例えば映画の専門サイトに行けば量も質も雑多な感想が膨大に連ねてありますし、書きこむまでは行かないけど一緒に見た友人知人と感想合戦をする、という方はきっとたくさんいらっしゃるでしょう。特にいわゆる洋画になれば、その人数が膨れ上がることに間違いはありません。
けれど、そこにあらわれてくるエピソードや言葉、字幕に出ない表現をどれだけくみ取れているのか?と聞かれると、すこし疑問が残ります。違う文化を描いた作品であれば、なおさら。

現在、日本での英語に対するニーズは非常に高まっています。習っている方もいるでしょうし、facebookで海外の友人とは英語でやりとりする方も増えているように思います。
理紀さんは、10年間のアメリカでの生活を経て、「突然英語を『肌で感じる』瞬間」がある」と仰っていました。なぜ行ったのかも分からないまま、アメリカの大学に進学し、そこで働く。そして帰国後に英語圏の映画を見ているときに、字幕には訳されない言葉の存在に気づきます。

「少しつきつめたら、こぼれたセリフにちゃんと意味があり
新発見的で時に感動的なコトだったりすると、誰かに伝えたくなる」

そして、もともとお好きだったと言う映画の字幕から零れてしまった言葉たちと、その言葉たちから気づかされる日本語と英語の違いを、丁寧に書きとめている。
それが冒頭に紹介した理紀さんのコラムです。

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実際にお会いする理紀さんは非常に有能で洗練されていてとっても素敵な方でいらっしゃるのですが、コラムの中の理紀さんはそのイメージを裏切らない、常に冷静な視線をお持ちです。
単純な「悪」とみなされがちな“Dark”という言葉には全てを内包する「不明」という概念があることや告白のシーンで字幕では単純に「愛している」と訳されていた言葉が実はそれまでのストーリーを踏まえての「this kind of certainty」というより切実さをあたえる言葉であったりといったバイリンガルならではの気づきは多く、映画そのものを見ていなくても十分たのしい。もちろん映画を見れば、「ああこの台詞はこんな意味があったんだ!」といった楽しみ方も出来て二度おいしい。
もちろん、そのほかにもアメリカでの生活の中で得たエピソードも豊富。
例えばスーパーで買った新品の牛乳が痛んでいたり地下鉄の駅に時刻表が無かったり、こういうことはまずガイドブックには載らない、素顔のままの「アメリカ」の生活の一部でもあります(もちろん、こういうことばっかりではないと思いますが)。

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JunkStageの発起人である須藤は、かつて理紀さんのコラムを指して「人の体温」を感じると言ったことがありました。
それは云い得て妙な言葉であると思います。
理紀さんはあの9.11のときにもニューヨークで仕事をしていらしたとのこと。
そのときの思いもこちらに綴っていますが、昨年日本を大恐慌に陥れた3.11のとき、何を書くべきなのか、どんな言葉で言えばいいのか、「普通」とは何なのか、誰もが考えたことと思います。
1月近く悩んだすえ、理紀さんはこんなメッセージを書きました。

「人の生活って、なんて不安定なモノなんだろう、
人の心って、なんてもろいモノなんだろう、と、そう強く実感した。
(中略)
それでも私タチにできることはたくさんある。
震災者の方の今の悲しみやこれからの苦労を思えば、頑張れることがある。」

この言葉からは、真剣に悩んで真摯にじぶんと向き合った末の感情がストレートに伝わってきます。東京にいて、当事者でない自分が何を話せばいいのかと必死に考えた末の言葉として、わたしはこのメッセージを受け取りました。
これはほんとに嘘のない言葉だと思うのです。

だからわたしは理紀さんのコラムを、誰にでもお勧めします。
気軽に読めて、でもいつの間にか固まった価値観を変えられて、読後感は爽快。
アメリカという国をとおして自分の視界を変えてくれる、理紀さんはJunkStageが自信を持ってお勧めするライターさんです。

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