2013/09/20

JunkStageをご覧のみなさん、こんにちは。
秋と言えば“食の秋”“運動の秋”等々いろんな表現がありますが、JunkStageが得意なのは何と言っても“文化の秋”!

今回はそれにちなんで、このライターさん達をご紹介したいと思います。

■vol.23 古典文学研究・らっこの会の皆さん

――何百年、あるいは千年以上昔の「ことば」が楽しくて仕方が無くて、すっかり日本の古典文学に魅了されてしまった3人が、なにより「楽しみながら」皆さまに古典文学の魅力をお届けしたい。その上で、読者の皆さまが私たちと一緒に「いにしえのことば」を楽しんでくださったら、これ以上の喜びはありません。(らっこの会)

日本古典文学専攻の院生グループ「らっこの会」によるコラムシリーズ。なお(平安文学)、諒(上代文学)、タモン(中世文学)の3名が日本古典文学の世界を分かりやすく紹介。
http://www.junkstage.com/rakko/

 

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らっこの会、というちょっと音で聞くと可愛らしい響きのこのライター名義は、それぞれ専攻分野が違う三名の大学院生・なおさん、諒さん、タモンさんのコラムユニット。その由来は「楽在古辞」という言葉から来ています。「たのしみはいにしえのことばにあり」という言葉をタイトルに掲げる三名のコラムは、それぞれの分野の専門を中心に日本古典文学の奥深さ、物語の時代背景などを知る楽しさ、日本語の不思議さを感じさせてくれるものばかりです。

今回は簡単に三名のプロフィールと、扱われている話題などを私の主観に基づいて説明してみたいと思いますので、特に「文学って苦手で…」という方は是非お目通しください!
(注・一部私の曲解が入っていますが、らっこの会の皆さんの責任ではありません)

 

なおさんは「源氏物語」を中心に平安文学を研究しており、話題も「源氏」に関するものが多数。ロシア語訳を完遂したタチアーナ女史に寄せる深い尊敬、赤ちゃんの「吐き戻し」現象が描かれている新鮮な感動など、研究対象へ向けられる感情は率直かつ真摯な愛に溢れています。
しかし、なおさんのコラムの面白さは非常に、ものすごく真面目にこれらの文献と向きあって行くところにあると私は思う。例えば有名な和泉式部の「帥宮挽歌群」を“なんというか「やりすぎ」”と感じたり、ビックネームである「源氏」の解釈をめぐる煩悶をさりげなく愚痴ってみたり、物語のなかで研究者が変人扱いされてへこんだり、なおさんの率直な視点かつ真面目にそれを考えて綴っている態度には、本当にすぐそばにいる友人のような“体温”を感じます。

 

一方、諒さんは奈良時代の文学である上代文学を専攻。一般に「おおらか」「素朴」と称されることの多い古代日本の文学はあくまでも「文学」であるということを念頭に、それらを理解するための周辺トピックに常に目を光らせています。例えば古代、女性はどんな座り方をしていたのか?、古代を扱った漫画を読めばルビに首をひねり当時の氷はどうやって作られたのか、また利用したのかと調べ、日本における春の花の変遷などを丁寧に拾い上げる。
その姿勢は流石、研究者だなあと思わせられます。
でもやっぱり、諒さんのコラムの面白さはこれら真面目な考察の中に時折混じるユーモアのセンス。“ますらおぶり”と習ったはずの「万葉集」は「第一首目からしてナンパの歌」とさらっと言ってのけたりできるのは、やはりそれだけ言葉に対するセンスが鋭敏なのだろうなあと感じます。

 

そしてタモンさんは曰く「メディアの多様化が行われた時代」である中世のなかでも最先端のメディアミックスジャンルである能・狂言を専門としている研究者。
当時既に成立していた物語素材から想を得た文芸作品であり、舞台芸術として今日でも人気の高いこのジャンルからタモンさんが読みとろうとしているのは、生と死が身近にあった時代の人々が何に救済を求めてきたのかという心のありようです。それだけに、コラムで扱う内容も多岐にわたるのは当然のことでしょう。ご自身でも仕舞を習われているということから「足袋」「袴」に関するものや、昨年の大河ドラマ「平清盛」に関する考察など、ざっと挙げただけでもこれだけの多様さ。
勿論、能の素材ともなった物語(例えば卒塔婆小町で知られる小野小町などにもきちんと目配りがされています。

タモンさんのコラムは三名の中で比較的時事ネタが多いこともあって、自分が目にしたものに対する素直な感想が綴られていることも多いのも特徴。例えば先に挙げた「清盛」など、わたしは低視聴率にも関わらず全部見て楽しんでしまったので目から鱗を大量に落して読んでしまいました。笑

 

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3名のコラムは勿論独立して読めるものばかりですが、ときどきお互いの話題からトピックを選んだり、話を構成したりしている様子も見受けられ、それもまた読んでいて楽しい仕掛けです。

学術的な内容かと構えている方にこそ、私は是非そういう仕掛けに気付いて欲しいと思います。古典文学を書いた人も、それを読んで楽しんだ人も、今古典を学ぶらっこの会のみなさんも、今このコラムを読んでくださっているあなたも私も、みんな同じ人間だよなあ、とふと思ったりするからです。

消えていった言葉を追いかけることも、それでもしぶとく残って愛され続けた物語を知ることも、人間を知る営みなのだと教えてくれるこのコラム。是非是非、文化の秋にかこつけて読んで頂ければ幸いです。

2013/08/14

JunkStageをご覧のみなさま、こんにちは。

連日猛暑を通り越して酷暑日が続いておりますが、この時期は夏休みやお盆休みなどご家族で外出したり集まったりという機会も多いのではないでしょうか? 久しぶりに過ごす家族との密な時間は新しい発見や経験も多いもの。夏は価値観が激変、とまではいかずとも「ああこんな意見もあるなあ…」という気付きもあったりする、そんな季節でもあると思います。

本日取り上げるこのコラムも、読み手にとって柔らかな変化を与えてくれる作品群です。

 

■vol.22 山ポエマー・渡辺和彦さん


山中に家を建て、ウィークデーは東京で、週末は山での生活を送る一家の家長。20年以上にわたる山生活の魅力を連載。
http://www.junkstage.com/watanabe/

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渡辺さんは、山中に家を構え、ウィークデーは都内で、週末はご家族で山で過ごすという道を選んだ詩人です。
しかし、ここで私が声を大にして言いたいのはそのようなご経歴そのものではなく、その生活の中から滲みでてくるような物語そのもののことなのです。

渡辺さんの作品には多くのバリエーションがありますが、その多くは演劇のモノローグのような独白の形式を取っています。嬉しい時も、楽しい時も、さみしいときも、かなしいときも、作中の「私」あるいは一人称さえ与えられない語りの主は、まるで息を吐くように自分とまわりの出来事を語ります。
それを聞いている私は共感することもあるし、ああそうなんだと納得することもあるし、全く考えもしなかった生活の一端を見せられたりもする。

例えばこの一節。

「あなたは、上着を重ね着するように恋する事が出来ると言うけれど、
私は上着を脱ぎ捨てるようにしか恋が出来ないの、
どんなに着心地が良い上着を着ていても、
それはいつの日か脱ぐ日が来る事を知っているの」(「左の頬に赤い線」より抜粋)

終わりを知りながら恋をする女の子の独白の、圧倒的なリアリティ。

また、例えばこの一節。

「屋内の水道とトイレと暖房は、
冬の山の生活の基本的人権だよね!!
山友の中で囁かれている言葉でした、
人間というものは欲深いものです、
基本的人権が満たされると次に思いつくのは欲望と言う名の満足感、
次は蛇口からお湯が出たらどんなに便利なんだろう、
毎回薪ストーブで湧かしたお湯で洗いものをするなんて」(「欲望の報酬」より抜粋)

 

氷点下の中、給湯器の配管工事をする場面での情けないほどのコミカルさと率直さ。

 

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これらの作品が、生身のライターとしての渡辺さんに起こる出来事全てと直結しているとは思いません。
ただ、よく登場する「ママ」や、無邪気に笑いかける娘、愛犬たちの影が、もしかしたら渡辺さんにとってのご家族の投影である可能性はあると思います。
けれど、それら登場人物たちは、読んでいるうちに読む私の「ママ」になり、いつか持つであろう娘になり、共に過ごすだろう家族になります。
現実の渡辺さんの生活を越えて、コラムとして投稿された言葉が独立した物語になって、ふんわりと目の前に差しだされる。

でも、渡辺さんのコラムで面白いなと思うのは、そうしたリリカルな情景だけではなくて例えばバーベキューや、麻雀大会といった言葉が生活の匂いとともに現れてくるところです。山小屋は別天地ではあるけれど、私達の生活と地続きで、日記のような創作のようなコラムの中にこうした出来事が綴られるとと、なんだかその言葉さえ新鮮に思えるような、そんな気が私はしています。

最後に、わたしの大好きな渡辺さんのコラムの一節を引用して、この手紙を締めくくりたいと思います。

「本当の喜びって、
見つける事でも与えられる事でもなくて、
時間をかけて積み上げて作って行く事に気が付いたのさ、

たくさんのお金を持っていれば、
大きな家に住んでいれば、
社会的地位が高ければ、
今の世界では他人と比べやすいし、
他人よりも優位な立場に立てるし、
幸せになれるような気がするけど、
誰もが幸せになれるとは限らない、
誰もが幸せになる為には、
喜びを感じる事が出来るのか、
喜びを与える事が出来るのか、
それに気がつく事のようなような気がするんだ、
誰もが不思議な世界で彷徨っているけれど、
誰もが最後には辿り着けるような気がするんだ、
誰もが日常では忘れていても、
きっと辿り着ける道のような気がするんだ」(「終わりの始まりが始まりの終わり」より抜粋)

蓋し、真実ではないでしょうか。

2013/07/20

JunkStageをご覧のみなさま、こんにちは! スタッフの桃生です。
先日開催しましたClubJunkStageではお客様にも恵まれ、大盛況のうちに終了することが出来ました。ご来店くださった皆様、応援の言葉をくださった皆様に心からお礼申し上げます。

で、そのイベントの準備中からふと気になっていた、「いい女」という言葉。
いわゆる“クラブ”には当然のこと綺麗な女性が沢山いるわけですが、彼女たちはただ綺麗なだけではない、俗に言う「いい女」なのではないか。じゃあいい女ってなんだ、と考えたときに、ふと「いい香りがする」女性なのではないかと思いました。

香りは目に見えはしないけれど、それ以上に記憶に残るもの。だからこそ、香りについてもっと意識的に自覚的に戯れたり取り入れたりしていけば、より「いい女」を目指せるのではないか?

今回は、そんな「香り」のスペシャリストであるこのライターさんを紹介したいと思います。
(もちろん、ご本人も文句なしに「いい女」です!)

■vol.21  匂いのアーティスト・上田麻希さん

――どうやったら「アーティスト」になれるのでしょうか。
カンタンです。「あなたは何をやってる人?」と聞かれて、堂々と「アーティストです」と答えられれば、あなたは立派なアーティストなのです。(上田麻希)


現代アート・シーンにおいて世界的に流行中の「嗅覚アート」における第一人者として活躍する匂いのアーティスト。出産をきっかけに始めたという作品制作のほか、オランダ王立美術学校などにて教鞭も取る。
http://www.junkstage.com/maki/

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上田さんは“匂い”をテーマにした作品を発表しているアーティスト。
日本ではまだなじみのない分野ではありますが、海外では評価が高く、美術館に絵を飾るように匂いを通して五感を揺さぶる作品を作り続ける、稀有な活動を続けています。

そのきっかけはこちらに譲りますが、上田さんが“匂い”というものを意識したのはデザイナーをしている叔母様がよく見に纏っていた香りがきっかけだったそう。有名なシャネルのNo.5の香りに満ちたアトリエで“匂い”を発見した上田さんがご自身で初めて買った香水も、やはりシャネルNo.5だったとのこと。

2012年には、そんなシャネルの原体験を活かしたユニークな展示をロッテルダムで展開しています。

 

上田さんはご自身の仕事について「匂いを素材として『新たな体験を提供するアート』」と語っていらっしゃいますが、 仕事として本格的に取り組まれるようになったのは出産後。育児に追われながら手掛けた初仕事はある展示会のお品書きを匂いで作るというものでした。

上田さんはお料理も非常に上手そうなのですが、それもそのはず、「匂いのアート」に携わるようになったきっかけは毎日の料理だそう。
料理に想を得て作品を制作されることも多いという上田さんのコラムタイトルは「味噌汁の香水」ですが、おそらくは日常生活と切っては切り離せない「匂い」について読者に考えるきっかけを与えるための周到なフックなのではないかと、わたしはひそかに想像しています。

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ところで、ここまで読まれた読者のかたのなかには「でも匂いなんて嗅いでみないとわかんないじゃないの?」と思われる方も多いでしょう。

でも、そう思った方は是非一度上田さんのコラムを読んでみてください!

実は匂いというのは相当デリケートな話題に発展しがちなモノでもあります。
例えば体臭。「どうしてもどうしてもあの人の匂いは好きになれない」というネガティブなものから、「私はあの人の脇の匂いが好きで好きでたまらない」というポジティブ(?)なものまで、匂いに対するアンテナは人それぞれです。

そういう匂いの捉え方についても上田さんは決して否定することはありません。自らを“「歩く「匂いの十字架」”と呼びさえする上田さんは、そういうカミングアウト発言を共感を持って聞き集め、分析、考察をしてコラムに書きつづっています。

もちろん、上田さんご自身も実験材料。自分の体臭をどこまで魅力的に変えられるか、好ましい異性の香りとは何か、日本に置いて遊女たちがどれだけ香りを効果的につかっていたか…これらはわたしが今適当にピックアップしたものですが、いずれも非常に面白く読めるコラムばかり。
「体臭改善計画」なんてタイトルからして興味をそそられますが、「最近旦那の匂いがどうも気になる」なんて方は必読ではないかと思われます(笑)

もちろん、例えば「匂い」という言葉と共に想起されるフェロモンに関する記事や、匂いの嗅ぎ方嗅覚をリセットする方法までフォロー。

読むだけでふむふむと納得でき、ついでに自分の匂いについても改めて意識させられる、これらのコラムは夏にこそ是非読んで頂きたいと思います。

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コラムを通して匂いについて目覚めた後は、上田さんがこの夏都内で行うこちらの展示へどうぞ。

「白い闇」と銘打たれた会場では外部をゆるやかに遮断する建物とその中にある“匂い”をインスタレーション形式で体感できます。日本では例のない展示とのこと、是非足を運んでみてください!

2013/06/20

JunkStageをご覧のみなさま、こんにちは! 運営スタッフの桃生です。
遂に北海道を除き梅雨入りになりましたが、本日はそんな季節にぴったりなイベントのご案内をさせてください。

既にメールマガジン、公式サイトではご案内をしておりますが、今年の7月6日&7日の七夕に、JunkStageでは2日間限定で“クラブ”をオープンさせることになりました!

Webマガジンがなんでクラブ?とお思いの方も多いかと思います。
でも私は今回のイベントがJunkStage の本質をすごくなんじゃないかと思うのです。

JunkStageのライターは、面白い人が多い。これは私が日々実感していることでもあり、今までなんとかして皆様にその魅力を伝えられないかと四苦八苦しているところでもあります。声を大にして言いますが、JunkStageのライターさんは、本当に本当に凄いのです!

コラムを読んでいるだけでは分からない魅力をなんとかして伝えたい、だからこそこのイベントを須藤と二人して思い付いたときは本当に本当に嬉しかった、のです。

今回のイベントについて、コンセプトを示すプロデューサーの言葉を引用します。

――人は、自分がもっていないものを、人に分け与えることはできません。
わたしたちは、誰かからもらったものを誰かにあげて、生きています。
このキャバクラでJunkStageが売るものは、夢でも酒でもありません。
有名でも、えらくもない、ちっぽけなひとりの人間がどうにかこうにか生きている、
そんな、ひとりの人間の「生」という、すばらしさと奇跡です。

すごいパフォーマンス、素晴らしい技術。
JunkStageは今までのイベントで、そういう目に見える「一芸」をお届けしてきました。
でも今回は、目に見えない力、会って話して初めて伝えられることを、このイベントでお伝えしていけたらと思っています。

キャストに扮するのは、スタッフとライターの有志の女性たち。
キャラクター演出を手掛けてくださったスージーママことスギ・タクミさん、ナンバーワンの人気(実際にもそう!)な葵さんことメグミさん。過去のJunkStage公演で主役を演じてくださっためめちゃんこと帯金ゆかりさんに加え、今回は須藤もキャストとして参加します。

また、黒服陣にはJunkStageきってのイケメン牧場主・山本高志さん、日舞名取&浄瑠璃名取の酒井孝祥さんをメインに、小間使い役で気鋭の劇作家・ゲームクリエーターのイトウシンタロウさんをお迎えしました。スタッフからはメタル大好き新婚ほやほやのスタッフ黒田、国籍不詳に定評のある藤原が参加して、女性客の皆様をおもてなし致します。

今年7年目を迎えるJunkStageの新しい挑戦。
是非ご予定ご調整の上、コラムだけでは伝えきれない魅力にあふれたキャストたちに会いに来てください!

▼公式ページ(全てFBアカウントなしで閲覧できます。)
http://www.facebook.com/JunkStage#!/ClubJunkStage

キャストご紹介ページ
http://www.junkstage.com/club/?p=134

コンセプト
http://www.facebook.com/JunkStage#!/ClubJunkStage/notes

ご予約先:http://www.junkstage.com/club/?p=129

2013/06/20 11:50 | ・おしらせ | No Comments
2013/05/20

JunkStageをご覧のみなさま、こんにちは。
ほぼここの更新を独占しているスタッフの桃生です。

夏が近くなるのでダイエットを心がけているのですが……今日ご紹介するライターさんのコラムはダイエット中の桃生には美味しすぎて目に毒なほど。
読むたびに「食事」について考えさせられる、今日はこのライターさんを取り上げたいと思います。

■vol.20 百姓・川口巽次郎さん
――こんな暮らしをしてみて本当に驚嘆するのは、ご先祖様方は本当に働き者で
いらしたのだなぁ、という事。家事も全て手作業で、洗濯機も掃除機もない。
私はその何れの仕事も免れて暮らしているのに、こんなに忙しく感じている
のですから。(百姓・川口巽次郎)

外資系サラリーマンを経て、瀬戸内海近辺の片田舎へ。農民として、畑仕事で自給自足的生活を送る日々を綴る。
http://www.junkstage.com/kawaguchi/

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川口さんは現在、奥様と共にほぼ自給自足で食生活を賄っている(!)という驚異の農民生活を行っていらっしゃいます。自らを「百姓」と自認し、農家であれば当然のように導入されている農具機械類も出来るだけ排して手作業で営まれる食卓を私も昨年体験させていただきましたが、その過程は食の有難さを痛感すると同時に「これ毎日とか無理…!」と悲鳴をあげそうになるほどのストイックさでした。

その際の模様は同行して頂いたユウさんのコラムにも詳しいですが、実はこのような自給自足生活に突入される前は川口さんは外資系のサラリーマン。毎日往復2時間の通勤を行い、自宅で食事を作って採るのはせいぜい土日くらいだったと云います。

けれど今、川口さんのコラムは旬の野菜や食べ物が満載!

更新が途切れると「まさか雨で収穫できなかったのだろうか…」「よもや暑すぎて稲が死んだか…!?」と思うほど、春はスナップエンドウから始まり、初夏にはマルベリー、秋にはワイン用のブドウの収穫、そして冬には実ったお米の脱穀の様子など、普段私達が忘れがちな旬の食べ物の話題が満載。
素材そのもののお話もさることながら、川口さんのコラムに登場する料理が非常に!おいしそうで、読むだけでおなかがすいてきそうです。

が、勿論、こうした「おいしい」食事にはそれだけの手が掛かっています。

例えば毎日食べているお米にしても、川口さんのコラムに従えば田植え→草取り→草取り→草取り…とエンドレスで続く夏。気が遠くなるほどの手が掛かり、収穫してもそのまま食べられるわけではありません。川口さんのお宅では「自然農」といっていわゆる農薬を一切使っていないので、雑草は伸び放題、つまり朝夕の草取りは必須項目。また前述した通り農具と呼ばれる機械類もない。つまりそれだけ時間も体力もかけている大切な「食べ物」なのです。

こうして収穫したお米をお伺いした私達も頂いたわけですが、これがまた精米に大変な労力を費やします。
茶碗一杯の白米をつくるために私達が費やした時間はほぼ一時間。
精米機を使えば一升10分の世界ですが、おそらく今は一升という単位それ自体もピンとこない方も多いでしょう。

スーパーには1キロいくらで精米されたお米が並び、パック詰めされた野菜がたくさん並びます。農業から離れた私達には便利なものですが、その蔭にこれだけの努力があることを忘れてはならないと感じさせられる次第です。
(※もちろん、川口さんの言によればプロ農家の方々は機械もちゃんと使ってらっしゃいますが)

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川口さんのコラムを読んでいていつも感じるのは「自然」に対するスタンスの特殊性です。

天気が良いと「あぁ晴れた」と思い、雨が降ると「神様が田んぼに水を入れてくれた」と感じるという川口さんですが、それが押しつけでもなく伝わってくるのはきっと川口さんが本当にそう思っていらっしゃるからなのでしょう。川口さんにとって、自然は食べ物を育ててくれる大切なパートナーなのだなと思わされる。そのめぐみの一端が旬の食べ物であり、育っていく稲や苗や、ご褒美のように与えられる木の実なのでしょう。

この感覚を得るには「ただ買って食べる」という生活では難しいのかもしれません。

川口さんのようにハードなスローライフを営めば可能なのかもしれませんが、それには当然時間も体力も掛かります。そこまではちょっと…というのは自然な感情だと思うのです。

でも、そんな方にこそ、私は川口さんのコラムを読んでほしい。
大事なのは想像すること。
今日口にした食べ物が、どんな風に誰かの手を掛けられたものなのか、を考えるだけで食事はぐんとおいしくなるのですから。

 

2013/04/20

JunkStageをご覧の皆さん、こんばんは。
4月も下旬に差しかかり、早くも大型連休がスタート目前となってきましたね!
GWにはご旅行へ行く予定の方も多いと思いますが、今回ご紹介するライターさんも筋金入りのトラベラー。年に1・2回旅行をされているのですが、その行先がまたすごい。
コラムで読むたびに「なぜまたそこへ……」と慄かされる、今日は稀有なこのツーリストをご紹介したいと思います。

■vol.19 僻地トラベラー・ユウさん

― 人(=個人的交流)と、国(=政治的云々)と、自分の思い(=折り合い)とが、
まるで交差しないから、こそ、そのことに学ぶのである。
そして、それこそがわたしを惹きつけてやまない、旅というものなのだ。(ユウ)


北朝鮮、バルカン半島など、世界の僻地を旅する。19歳のときにキューバのナルシソ・メディナ舞踊団に留学し、居住。
http://www.junkstage.com/yuu/

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北朝鮮イスラエルネパールブータンカナダチベットインドイエメン
ぽろぽろと挙げてみましたが、これは全てユウさんが自身で足を運び、旅の記録や思いをコラムで綴ってきた国々です。2013年現在20カ国を超える国々を、しかもその殆どが日本人旅行者には馴染みのない場所ばかり、ユウさんは彷徨うように訪れてきました。

そのきっかけは、高校生の時に修学旅行で訪れたニューヨーク
がちがちに行動を縛られた異国で17歳の女子高校生が「もっと広い世界を見たい」と思ったこと。それがユウさんのキューバへの留学、そしてその後の旅の行先を決めるうえで大きな指針となったことは想像に難くありません。

ユウさんのコラムの大きな特徴は、「行く前に考えたこと」「現地で思ったこと」が、帰国してからの感想と共に丁寧な筆致で綴られていくところです。
そして、その中で最もウエイトを置かれているのが、現地の人々との会話や見聞きした風景。
海外に出れば「だって私は一人の日本人のオンナノコだもん」とは言えないことも多々あると思うのですが、それでもユウさんは果敢に会話をし、彼らと交流をしてくるのです。

―別れ際の私の最後の質問に、彼はやはり私にはわからない答えを言った。
「どうして統一を望むのですか?」
「同じ民族だからです」(北朝鮮にて http://www.junkstage.com/yuu/?p=16

――ユニセフで働く日本人のTさんは、何カ国をも巡ってきており外国人との子どもを日本に残してきている方。そのTさんが自らの経験を語りつつ、つぶやいたことがある。
「やっぱり、死体は見たくないよ…」
当たり前すぎるその言葉は、あまりに現実味を帯びていて、そしてあまりに、深かった。(イエメンにて http://www.junkstage.com/yuu/?p=520

―― 一番印象的というか、この街を顕著に表していると自分でも思ったのが、わたしが「国会議事堂かなにかですか?」と聞いた大きな建物に、彼が答えた 「金持ちの“家”です」という台詞だったろう。(インドにて http://www.junkstage.com/yuu/?p=344

上記にピックアップしたのは私が印象に残っている部分ですが、政治的・宗教的、そして物理的にも日本と隔たった場所で、異なる価値観に触れた体験を、ユウさんはあくまで自分一個人のものとして消化し、消化できない部分をコラムに書いているのかなと思います。

その、“一個人感”こそが、私はユウさんのもっとも得難い部分なのだと思うのです。

*  * *

旅に出る、それはつまり、あくまでも余所者としてその場所にお邪魔するという立場です。
けれどこのことを、旅行中は割合に忘れてしまいがち。あるいは覚えていたとしても、第三者におおっぴらに云うことまではしない、そういう方は私を含め多いのではないかと思います。

だから、基本的にユウさんは謙虚なのだと思うのです。

その姿勢は旅先での様子を綴ったコラムでも勿論充分に伝わってくるのですが、端的にそれを示しているのは自衛の姿勢。宿も取らずに旅行している場所もあるようですが、蚊取り線香、虫よけスプレーなどの感染症対策を怠らないという姿勢は「何が何でも戻ってくる」という気概を感じさせます。

そして、帰国した後にコラムを書く。
旅自体を消化するように、自分が掴んで来た違和感や不思議さや嬉しかったことを反芻するように、書く。

この書くという行為に置いて、ユウさんの文章は基本的に「ひとりごと」なのです。
私はこう思った。私はこう感じた。
一般化せず、日本人だから分かるだろうと言う共感も求めず、それでもユウさんは、書く。
その文章の端々に感じられる、ユウさんの目線、ものの見かた、考え方。
それらは水のように、読む私たちに一人の「ユウ」さんという女の子の目線を教えてくれます。このひとの発言なら信じられる。そんな意識を、いつのまにか持たせられているのです。
だからこそ読む私たちは、ユウさんの目を通して、訪れたことのない異国の気配を感じるのではないでしょうか。

2013/03/20

JunkStageをご覧の皆さん、こんにちは。
温かい陽気が続き、関東地方では既に桜も咲きだしたとか。3月と言えば新しい習いごとや勉強をスタートさせる方が多い時期でもありますが、年度替わりを期にずっと気になっていたけれど…ということを始めてみようかなという方も多いのではないでしょうか。
今日取り上げるのはそんな「気になっていたこと」を遂に実現させてしまったこの方です!

■vol.18スポーツカーファン・岩崎太朗さん

――夢は、はかなくもろいものかもしれません。
だからこそ大切に育て、持ち続ける必要があるんです。
夢は見るものじゃなく、叶える為にある。(岩崎太朗)


平凡なサラリーマンながら、小学3年生の頃から憧れた、スーパーカーの代表「ランボルギーニ・カウンタック」車を所有。スーパーカーのある生活を連載。
http://www.junkstage.com/taro/

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スーパーカーといえば、殆ど代名詞的存在になりつつあるランボルギーニ社のカウンタック。バブル期は7千万円という価格で取引され、現時点でもお値段2千万円越えもザラという言わずと知れた超・高級スーパーカーです。
珠に見かけることはありますし、その実在は認識していても、あまりの出現頻度の低さに「こんな高級車に乗るっていったいどんな大金持ちなんだろう……」と想像を膨らませている方も多いのではないでしょうか。

本日ご紹介する岩崎さんは、そんなスーパーカー、カウンタックのオーナー。

それはさぞかし大富豪、あるいは成功された実業家、もしくはどこかのおボンボン……ではありません。岩崎さんは、ご自身のコラムでも書いていらっしゃる通り、れっきとした会社員。サラリーマンでありながら、この高級車を所持し、愛する生活を送っていらっしゃいます。

平凡なサラリーマンが、いかにして非凡なスーパーカーを所持するにいたったのか?
これが岩崎さんのコラムの最大の魅力であり、また、そこまでの憧れを掻き立てるスーパーカーとはどういうものなんだろう、と読者を引き込む最大のフックだと思います。

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岩崎さんとカウンタックの出会いは小学生時代にまでさかのぼります。

真っ赤なカラー、美しいシャープなフォルム。テレビで見たカウンタックに衝撃を受けた岩崎さんは、その日から憧れの車への夢を育て始めます。大学浪人中のある日、ショーウィンドウの中のフェラーリに吸い寄せられ、そこでディーラーとこんなやりとりをするのです。(中略ありなので、原文を是非こちらでご覧ください!)

「サラリーマンでも買えますか?」
「ええ。みなさん、この車に乗りたくて一生懸命頑張られて、中には10年かけて買いに来て下さる人もみえるんです。」

岩崎さん曰く、「10年先のお客となるひとのために」言われたように感じたという、この言葉。
まるで背を押されるように、岩崎さんはひたすら夢の実現を目指して働き始めます。月に1回か2回しか休まなかったという勉強とバイトに明け暮れた大学時代、社会人となってからは空いた時間で副業三昧
勿論日常生活において発生する家賃や食費などの必要経費は抑えつつ(具体的な抑え方はこちら http://www.junkstage.com/taro/?p=32)、念願かなって手にした車への愛は留まるところを知りません。
岩崎さんご自身も「完全に趣味の世界」を言いきっておられますが、スーパーカーは維持費だけでも年間100万円近く掛かるのだそう。とすれば勿論所持上の問題は金銭面だけでなく、家族の理解や周囲の環境等にも影響してくることになります。

2002年に岩崎さんは長年の夢を実現されるわけですが、思い描いているだけでは夢は絵空事と同じこと。
数々の問題をクリアされた方だからこそ言える、冒頭の言葉はまさに岩崎さんが叶えるための努力を惜しまず実現までされた方だからこそ、力を持って響くのです。

*  * *

そんな岩崎さんのコラムには、夢を実現したが故の力に満ちた言葉が満載。

「自分なりではなく、成功者なりに考える。」http://www.junkstage.com/taro/?p=162
「人生は常に選択の繰り返し。その選択の仕方によって、豊な人生にもなるし、そうでない人生にもなる。」http://www.junkstage.com/taro/?p=154
「人は、想い考えた通りの行動をする。実際に自分の目で見て感じて判断していくと、自分の思った通りの結果になる。」http://www.junkstage.com/taro/?p=212

ざっと挙げただけでも既に自己啓発本の表紙になりそうな言葉ばかりですが、それらの発言のベースとなるものは、岩崎さんがご自身で憧れを手になさっているからです。

自分には無理、わたしには出来ない。
大人のふりをして諦めていたことに気づかされる、岩崎さんのコラムはスーパーカーファンならずとも一読の価値があります。自分が諦めていたことに気づくこと。そのうえで、夢を夢のまま終わらせてもいいのかと考えること。

だれしもが出来ることではない、そう思われたことを実現させた岩崎さんのコラムには、そんなエールが沢山こめられているのです。

2013/02/20

JunkStageをご覧のみなさま、こんにちは。
2月も下旬ということで、寒い日が続くながら春の兆しを感じられる季節になってきましたね。都内では気の早い梅がもう咲き出したそうですが、この季節、学生さんであれば進学・進級、社会人であれば歓送迎会など沢山の人に囲まれるイベントが非常に増えることと思います。
そんな季節、女性必見のこのライターさんを本日はご紹介したいと思います!

■vol.17 ネイリスト・星野麻紀子さん

――TPOという最低限のルールを守ることが大切で、それはネイルに限らずといったものです。
そこを踏まえてこその美意識、これを大切にしている人が本当に美しいと私は思うのです。(星野麻紀子)


スクール講師業を務める傍ら、自身でもサロン施術を行うネイリスト。職人として「指先の美容」に拘り続ける日々を通してネイルに関する正しい知識を啓蒙している。
http://www.junkstage.com/makiko/

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今やすっかり市民権を得た、指先のお洒落。
セルフネイルの商品は高額なものから100円のものまでと幅広く陳列棚に並び、また、昨今は男性向けの商品も登場しています。ネイルサロンで定期的に施術を受けるという方もずいぶんいらっしゃるのではないでしょうか。

今回ご紹介する星野さんは、茨城県でネイリストとしてサロン運営を行う傍ら、コンペティションにも参加したり講師業でも活躍されるなど、まさに第一線で指先の美を産みだしているスペシャリスト。そのコラムは正確な知識と技術力に裏打ちされ、女性読者からの熱い支持を得ています。(勿論、私もその一人です!)

その星野さんとネイルの出会いは、今をさかのぼること20年前、日本における「マニキュア黎明期」とも呼ぶべき時期でした。
女性なら一度はマニキュアを施した経験があるのではないかと思うのですが、幼少期、私は美しく色づいた桜色の爪に憧れ、母の鏡台から勝手に失敬したマニキュアを塗ったことがあります。もちろん子供なので爪の形とは関係なく、手全体にまぶしてエライことになった記憶があるのですが、その時の幸福感はいまでもはっきり覚えています。

が、まさかトップネイリストの星野さんにも似たような経験があったなんて、と驚かされたコラムがこちら
国産のメーカーは僅か数社、ほとんどが輸入品という状況の中でご本人いわく「遊び盛り」の年齢の爪を真っ赤に塗り、両面テープで貼ったネイルチップを付けて遊びに出掛けた日の高揚感。そのわくわくした様子は、このコラムからも充分に伝わってくるほどです。

その後、星野さんは当時主流であった人工爪のスクールに通い、技術試験を突破。その後自宅でサロンを開業し、講師業もスタート。現在はネイリストの登竜門である技能検定対策の講座を持ち、色彩心理学も勉強されながら現役のネイリストとして活躍していらっしゃいます。

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星野さんのコラムの特徴は、ネイルサロンを運営する経営者でありながら、同時に「サロンはちょっと敷居が高いかな」「ちょっと時間が取れないけど爪を綺麗にしたいな」と思う読者のために、ふんだんにセルフネイルの技術を披露してくれるところにあります。

例えば、星野さんも利用されたというネイルチップの装着法。あるいは、安価だけれど意外と使えるネイルシール、「そんな爪で家事が出来るの?」という疑問に答えたこちらのコラムセルフジェルネイルに関する注意など、星野さんのコラムのバリエーションはこんなにも懇切丁寧、かつ種類豊富です。

もちろん、現役ネイリストならではコラムも満載。
手に汗握るコンペの模様や、サロンで施術を受けた後のケアの方法モデルの確保などの問題について説明した後は、サロンでの働き方のイメージも提示。イメージもついていよいよ開業したい!という方には自宅サロンの開業方法まで幅広く教えてくれる星野さんのシリーズは、女性なら(男性でも)読むだけでわくわくしてくるのではないでしょうか。

まったく私事ですが、最近、数年来の友人が星野さんの連載に感化されてネイルスクールに通いだし、無事合格を果たすという出来事もありました。
これはほんの一例ですが、一人の女性が「やりたい」と憧れ、それを実現させる力、というものが確かに星野さんのコラムに備わっている力であり、魅力であるということを、再認識させる出来事でした。

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美容というのは、多くの場合、ごく個人的な欲望を充足させるものであり、また、それでいいのだと思う。けれどだからこそ、自身の「美」に関する価値観は信頼できる人に委ねたい。そう考えられる方も、多いのではないでしょうか。

星野さんはご自身の職業は「常にお勉強が必要」と仰っています。上手いのか下手なのか、常に客観的に判断し、その技術に磨きをかけていくことが必要な仕事なのだと。
既に「先生」でもある星野さんがこのように断言される姿は、プロと呼ぶにふさわしい、非常にはっきりした職人魂を感じます。

だからこそ星野さんは多くの生徒さんに選ばれているのだし、現在も多くの女性の指先を幸せで満たしているのではないか。そんな想像さえ浮かんでくる、星野さんのコラムは「ネイルなんか」と思う方にこそぜひ読んでほしい。
こんなにも女性の「きれいになりたい」という欲望を刺激するコラムは、他に例がないのですから。

2013/01/20

JunkStageをご覧の皆様、 こんにちは。
新年明けましておめでとうございます、スタッフの桃生です。
7年目となる今年も、JunkStageをどうぞよろしくお願いします。

さて今回は、年始にもぴったりなこのライターさんを取り上げたいと思います。

■vol.16  音楽家僧侶・梵智惇声さん

――布教の方法というものは、法話だけに限ったものではありません。
坊さんの生き様そのものが、それを見る信者さん、檀家さんには布教なのです。(梵智惇声)


音楽家にして高野山真言宗の沙門(出家した僧侶の意)。オペラ、声楽のほか作曲なども行うプロの音楽家として独立後、出家。現在は宗教と芸術の両面を糧としている。
http://www.junkstage.com/bonchi/

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音楽家でありながら、僧侶。
あるいは僧侶でありながら音楽家。

一見、矛盾とは言わないまでもどこかそぐわない印象の肩書をお持ちなのが、今回ご紹介する梵智さん。しかも音楽の活動分野はオペラを主に指揮から楽曲選曲、編集、演出、声楽家としての活動など多岐にわたります。
どんな経歴を経て、こんな経歴を身に付けたのか? というのはだれしも疑問に思うところ。そのあたりの経緯はこちらに譲りますが、それにしても波乱万丈な人生です。

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さて、梵智さんといえば特筆すべきが「言葉の強さ」。
僧侶として法話を行うことも多い梵智さんですが、その明晰かつシンプルな言葉は、宗教家としての面目躍如たるところです。
私を初め、現代日本において宗教というものをどこか漠然としたイメージ化している人、あるいはクリスマスを楽しみつつお正月は神社に詣でお盆にはお寺へ墓参、という人は多いのではないかと思いますが、しかし日常生活においても仏教はどこか遠巻きにされているもの。そんな人にとって、梵智さんのコラムは身近に触れられる法話の一形態といえます。

しかし! 優しいお坊さん、を期待される方にとって、梵智さんのコラムは、決して甘くはありません。

峻烈な言葉で時代にモノ申し、厳しい言葉で現実を語る。
web媒体という場において、それはむしろ珍しいことといえるでしょう。
特にJunkStageではライターは基本的に実名参加。不用意な発言をすればバッシングにも成りえる条件はそろっています。

しかしながら、梵智さんは曖昧なものを曖昧なままにしておかない。
それは、おそらく冒頭に掲げた言葉そのものを、梵智さんが目指しておられるからだと思います。

人は、なぜ宗教を必要とするのか。
なぜ、信仰というものをよりどころにしてしまうのか。

そういう方にとって、梵智さんのコラムは幻想を打ち砕きつつ、それでも希望を与えてくれるのではないでしょうか。

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音楽家としても、精力的に活動を続ける梵智さん。
今年は既にモーツァルトの室内楽の指揮を終え、2月にオペラ「ドン・ジョヴァンニ」、4月に同じく「フィガロの結婚」を控えていると言います。
その多忙な日々の中、梵智さんはそれでも立ちどらまず、次へ、次へ、と考えておられることでしょう。

梵智惇声、という名前は、実は改名なのだそうです。
より正確に言えば道号が「梵智」、戒名が「惇声」。それはご本人が書いてくださっているところなので割愛しますが、そういう部分も一般には知られていない仏教の一部。
宇宙の深い叡智と真心のある声。
梵智さんは、その名の通り、全てを語り尽くそう、としていらっしゃるようにも見受けられます。

だからこそ、その強い言葉が、読む私達にも響くのではないでしょうか。

2012/12/20

JunkStageをご覧のみなさま、こんばんは。
このコーナーも1月空いてしまいましたが、気が付けばもう年末なのですね。
早いなーと思いつつ、年末年始のお休みはコラムを読んで楽しもうと思います!
さて、年内最後のご紹介となる今回のコラムは師走という字面にふさわしい、全力で奮闘するこの先生を取り上げたいと思います。


■vol.15 地質学者・高倉清香さん

――鉱物の形や岩石を構成している鉱物名なんて、後からでいいんです。
  勉強を始めるきっかけなんて単純に越したことはない、と思っています。(高倉清香)

愛媛大学修士課程卒業後、インドネシアの国立ゴロンタロ大学の地質学科で講師として勤務中。地質学やゴロンタロでの生活について執筆。
http://www.junkstage.com/sayaka/

 

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自明のことではありますが、人は、教育によっていろいろなものを学ぶ生き物です。
教育、といっても学校で教えることだけではない。例えば生活習慣や、テーブルマナー、身を置いた環境も含めて、その人の価値観や生活スタイルが作られていく。意識的にしろ、無意識にしろ、「その人っぽさ」の背後にある文化というものは、こういうところから滲むものではないでしょうか。
急にこんな話をしてしまったのは、今回ご紹介する高倉さんが日本とは文化も教育のやり方も全く違う、インドネシアで「教える」ということをし、またご自身でもかの地を「知る」という姿勢を貫いていらっしゃるからだと思います。

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高倉さんは、現在赤道直下の国・インドネシアにて、ゴロンタロ大学の地理学科の講師として勤務されています。

そのあたりの経歴はこちらに詳しいので譲りますが、着任当初から今に至るまで主に大学の中で東奔西走していらっしゃるのは、ひとえに異文化、というものが具体的に教育の場において現れるからではないでしょうか。
確かに、日本の大学制度から考えると、「えええ!?」と驚くようなことがままある、大学での授業風景。
例えば授業のスケジュールを生徒が知らなかったり、そもそも教科書がなかったり、大学教授と言えば研究というイメージがありますがかの地ではどうもそうではない模様。

上記の例は本当にごく一部ではありますが、日本で学生生活を送った多くの方は仰天されるような、ゴロンタロ大学での“常識”と“普通”。こうした事態に直面するたびに、高倉さんは「 私の普通は通用しない、ここはゴロンタロだ、日本じゃない」と自分に言い聞かせている、とのことでした。

そんななかでも課外授業(しかも生徒に人気だそう!)を行うなど学ぶ楽しさを自ら模索し与え続けている高倉さんですが、そこでも文化の壁、というか、文化の違いをまざまざと感じることがあると言います。

例えば、ラマダンまっただなかのフィールドワーク。水も飲めないという陽中の作業、もちろんランチで休憩も不可。それから、生徒への呼び方や呼びかけられ方。これはまさに異文化のための悩みや問題ではないでしょうか。

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また、文化そのものと言う点への高倉さんの好奇心は留まるところを知りません。
例えば、かの地でのお給料事情。なぜかお掃除の度に濡れる、トイレットペーパー。果ては無駄毛の処理の方法まで突っ込んで聞く、あるいは確認をする高倉さんは、本当に楽しそうにその様子をコラムにちりばめています。

文化が違うのは、当たり前のこと。
その上で、自分が何が出来るのか、あるいは何を出来るのか。
高倉さんのコラムには、「教える」ということ以上に、そのようなきらきらした視点があるように思います。

その根底にありそうな、この言葉

「自身もこんな都会に住めたらいいのになぁ、と強く思ったことも事実です。
しかし、なぜでしょう。
ゴロンタロ空港に到着した時の安心感と帰ってきた感。」

高倉さんは自分が今住んでいる、この場所が本当に好きなのだなあ、と思わせられる部分です。

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異文化のギャップと、それを埋めるための努力。
まさに走り続ける「師」である高倉さんのコラムには、そんなヒントがたくさん溢れています。

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