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2009/10/01

今、輝いている女性に会いたい、お話を聞きたい――そんな思いからJunkStage女子スタッフが各界をリードする女性にインタビューをするこちらの企画。
第3回目のゲストは、ダンサー・ポールダンススタジオ主催のATSUMI(あつみ)さんの記事をお届けします。
9歳からダンスを始め、2007年1月、都内で初のポールダンススタジオを設立。
一大ブームとなったポールダンスについて、日本ポールダンスシーン第一人者のATSUMIさんにお話を伺ってまいりました。

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ー(スタジオにお邪魔して)こんにちは、今日は宜しくお願いたします。
とても明るいスタジオですね。

ありがとうございます。こちらこそよろしくおねがいします。(と言いながら、ポールから降りてくるATSUMIさん。)

■ポールダンサー・ATSUMIになるまで

ーダンス自体を始められたのはいつごろですか?また、本格的にダンスを職業にと思ったのはいくつくらいのときですか?

最初は部活だったんですよ。9歳のときに、ダンス部に入りました。小学校3年生のときかな。職業として意識したのは11歳のとき。部で、だんだん代表グループに入ってやるようになって…11歳・小5のときに群舞の主役に抜擢されて、小6の時に独舞で賞をとったんですね。
そのころから、将来の夢を書くときには「舞踊家」って書いてたみたいです。たぶん、ほかに思いつかなかったんですよ(笑)。

ーすごく小さいときからですね、ではその後もダンス一本だったのですか?

いえ、高校生くらいのときに、いわゆる夜遊びを覚えてしまって(笑)。おかあさんのお化粧品を使って、バッグとか勝手に借りたりして、こっそり家を抜け出して…っていう。 最初は雑誌でみたクラブに電話をかけて、オープン時間を聞いて、18時だっていうから、18時きっかりに行ったりしてました。

ー当時はまだいわゆるクラブは少なかったのでは?

そうそう、ちょうどディスコ世代のジュリアナが下火になって、その後HipPopが流行る前だったから、ちょうど谷間の時期でしたね。でも、通っているうちに顔見知りができて…その店が、カウンターをお立ち台にしてたんですね、で、行くと皆が「あつみちゃん、踊りなよ」って、場所を空けてくれるようになったんです。

ー携帯電話とかもまだないような頃ですね。

そう!だからそのお店に行かないと皆には会えなかったし、今となってはどこの誰だったのかわからない。でも、小娘だった私にもすごくあたたかく接してくれて。このころは、本格的に習ったりっていうのはお休みしていた時期だったんですが、それがきっかけで、またダンスが楽しくなったっていうのはありますね。

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ーではそれでストリートダンスに傾倒していったという感じしょうか。

傾倒というか…そうこうしているうちにちょうど進路を考える時期になって、進学か、就職かと迷っていたんです。…就職活動もして、NHKに面接に行ったりとかしてたんですけれど、なんか違うなと。就職じゃない、進学じゃない、じゃあ、やっぱりダンスをやろう、と。実は、結構消去法で決めたんです。

ーそれは意外な…。

でも、やるからには徹底的にやろう、と思っていろんな活動をしました。ちょうどブームと重なった事もあって、ずいぶんお仕事をさせて頂きました。 就職活動で行ったNHKなんかも、紅白歌合戦のバックダンサーとして行かせて頂いたし。
ー順調にキャリアを重ねられていたのですね。
でもね、25歳のときに腰と足首を痛めてしまって…。いわゆるぎっくり腰と捻挫ですね。それで、そのとき来ていた色んなお仕事も泣く泣く断って…実家に帰ったんです。
ーええっ、でもそこからすぐ復帰されたんですよね、比較的軽い怪我だったんでしょうか?
いえ、結局仕事は全面的にお休みして、2年半ほど実家に住んで居ました。でもまた東京に出てくるつもりだったから、営業の仕事をしたり、アルバイトをしたりしてお金を貯めてたりとかしていました。

ーそこからポールダンスの現場に至る、というのはどういう経緯があったのでしょう?

身体が治ってからリハビリという意味もかねて、フィットネスクラブでと、カルチャーセンターでキッズクラスを教えるというのを始めたんですね。
それが、フィットネスクラブというのは女子大生から、ご年配の方も同じクラスで教えるんです。キッズクラスは、3歳~中学1年生までが同じクラスだったり。それが衝撃的でした。人に教える方法は、そのときにずいぶんと勉強させてもらいました。
前後して、ダンサーとしての現場にも徐々に復帰していったんですが、その仲間のうちの一人が、たまたまショークラブでポールダンスをやってたんですね。初めて見たときに感動して、これは凄い、もっと世に出すべきだ!と思って。 その使命感に突き動かされた感じです。

ーその後、クラブシーンやインディーでの活躍を経て、東京で初めてのスタジオを設立された訳ですね。スタジオ設立にかける思いなどがあれば教えてください。

当時はショークラブを借りてレッスンをしていたのですが、そこが潰れてしまうという話があって…。とにかく、練習場所が欲しかったんです。 で、ラッキーなことに物件が見つかったんですね。ここのスタジオの窓が大きくて明るい雰囲気にひとめぼれしたので、載った雑誌とかの資料と、生徒さん達に書いてもらっていたアンケートを持って、ダメもとで申し込みました。大家さんも、よくこんなその当時まだ世間では怪しげと思われていた業種に貸してくださったなと思うんですけれども(笑)。生徒さんたちのおかげだな、と思ってます。

—後編へつづく—

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<ATSUMI(高倉 温味) 略歴>
日本初ポールダンススクール「HYPE POLE WORKS」の講師を経て、2007年1月に自身のスタジオPole&Dance studio 『grace a』を東京・三軒茶屋に設立。日本で数少ないプロ・ポールダンサーとして活動。これまでに日本、韓国、上海、台北などでショーを行う他、多くのメディアを通じてもポールダンスを普及してきた第一人者の一人。→http://www.poledance.jp/media_2007.html
2006.12よりGOLD FINGER ポールダンスショー監修、指導を担当。現在は、ダンサー、インストラクター、スタジオ経営、ショーステージ監修などを基盤に、各種メディアにも露出。

2009/10/01 05:00 | reina, ・世界を変える女性たち | No Comments

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