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2011/05/22

皆様こんにちは、JunkStageスタッフのReinaです。

さて、先日momoさまのこの記事でもお伝えしていたJunkStageのリニューアルが、GW開け、ついにお目見えしました。

毎回更新が楽しみな、同性愛者専門の行政書士・中橋さんの記事や、ゆるーい文面で爆笑を誘う水族館人・こばやしさん、いつもじんとさせて下さる文章のバイリンガル・理紀さん、ジャグリングの楽しげな世界を覗かせてくださる竜半さん、大自然の美しい写真を届けてくださる山田さん、一夫多妻という驚きの形態ながら、幸せそうなご一家の様子を教えて下さる由佳さん、ほんわかした文でミュージシャンを身近に感じさせてくれる外山さん…などなど、JunkStageお薦め記事が一望できるページ構成になりました!

 

また、各記事にfacebook「イイネ」、Twitter「つぶやく」、mixi「チェック」、はてな「ブックマーク」ボタンが付きました。気になった記事をクリップしたり、コメントしたりとご活用くださいませ。

 

感想やコメントは、記事上部のTwitter(@JunkStage)、facebookでもお待ちしてます。

皆様に伝わりやすいレイアウトになっていれば幸いです。

 

そしてそして…今回初登場なのが、JunkStage CCO・ジャン子ちゃんのお部屋です!

(CCOって何?という説明はコチラ

今後はこれまで明かされなかったJunkStageの裏の顔が、どんどんジャン子ちゃんに暴露されてしまうとか…私も戦々恐々としています(笑)。

 

スタッフ間では、すでに秋に開催のイベントも始動しはじめているJunkStage。

これからも、魅力的なヒト=コンテンツをお届けできるようスタッフ一同&ジャン子ちゃんで頑張ります。

 

 

06:00 | reina | No Comments
2011/02/10

JunkStageをご覧のみなさま、こんにちは。
メルマガ・Radio担当のreinaです。

さて、私はメルマガで毎月「今月の新規ライター」をご紹介しているのですが、
新規の時から注目していたのがこの方、東京最古漫画喫茶経営の西川嘉津美さん。
実は私、無類の漫画好きなのです。
東京最古という響きと漫画喫茶という言葉がちぐはぐで面白くて、どんなところだろう…と
気になっていたものの、前回momoさんがレポートしてくれた新年会では、
場が盛り上がりすぎていてあまりお話しできなかったので、実際にお邪魔してきました。

場所は、本の町、神田神保町。メインの交差点から一本入った商店街の中です。
その店、「漫楽園」は雑居ビルの2階。入口にはちょっと間の抜けた看板が立っていて、
「チェーン店ではないよ」というのを主張してきます。

img_2.jpgimg_3.jpgimg_4.jpg

入口に入るとまず目を引くのが、デザイナー・挿絵画家の宇野亞喜良さんのポスター。
中に入ると…壁際にずらっと本棚が並んでいるものの、今“漫画喫茶“と聞いてイメージする個室タイプではなく、オープンスペースにソファが並んでいる、ひらけた空間のある店内でした。
旅館のロビーのような感じで、なんだかちょっと懐かしい、「休憩する・待ち合わせする場所」っていう雰囲気があるなと思いました。

パソコンはないけど、無線LANはある。ドリンクバーは有りますし、そして珍しいことに
食べ物持ち込みOKだそう。電子レンジも使っていいらしいです。
壁に並んでいる本棚の奥には分煙席もありました。
蔵書はさすが!という感じで名作が多いですね。
かと思えばランキング入りしたものや話題作などの最先端の作品もしっかり押さえてある、
そして、書店には売っていないミニコミ雑誌の常設棚も…という絶妙なバランス。

なによりここは、西川さんがJunkStageのコラムにも書かれていたとおり、とにかくいろんなイベントをやっていらっしゃるのです。

もちろん神保町の漫画喫茶としては、絶版本専門古書店と取引があったり、
入り口の看板や店内の諸々は日本イラストレーター協会の方が描いていたり
(というか遊びでいつのまにか作ってくれていたらしい…。)、
トキワ荘プロジェクトと組む企画があったりもするそうですが、
他にも、漫画を通じて交流しようという読者同士のリアルイベント「マンガナイト」。
漫画喫茶なのにUstremラジオ?「おさんぽ神保町」を店内から配信したり。
今で言うJIN即売会?の「ミニコミ紙フリーマーケットby模索社」。
ほかにも石ノ森章太郎プロと組んでトークショーをやっていたり、
ドラマや雑誌の特集ページの舞台になったりと…。(他にもこんなことしてます!はコチラ

「漫画喫茶」という枠をとうに超えている活動をされていて、いったいなぜ?と驚きました。

西川さんはもともとこの業界出身ではなく、飲食業に長く携わっていて、
以前はミシュランの星をとったこともある和食店の支配人をされていたとのこと。
漫画との関わりは、当時の経営者から経営難だったこの店の立て直しを手伝ってほしいと言われたのが初めてだったそうです。
売り上げは上向いたものの、前経営者が一身上の都合でやはり店を畳むと言いだしたのをきっかけに、西川さんが経営者となったのだそうです。

なぜ、既に成功している仕事があるにも関わらず、経営を引き継いだのか…。
「何があるって言われると難しいんだけど、潰しちゃうと二度と戻ってこなくなる何かがあるんですよ、ここには。」
とはご本人の談。その空気感は、お店に行ったりイベントに参加したりすれば分かるのかもしれません。

「それにね、一回だけの人生、やりたいと思った事はやっておいたほうが良いでしょ。」とも。

「色々やってきているのも、きっとがむしゃらだったからですね。壁に貼ってあるサインも僕が作家さんに直接体当たりでもらってきたりしました(笑)。個人的な宝物はコレです。」と、宇野さんのサインを見せてくれる西川さん。どうやら70年代アヴァンギャルドがお好きとのこと。

「何だか中野っぽいですね」と私が言うと、
「そういうカオスな雰囲気は、目指している部分です」と仰っていました。

そう言われて店内を見渡すと、久しぶりに「サロン」という言葉を思い出しました。
店内でやる様々なイベントでは、その道の強者が集まって、夜な夜な熱い議論が続くそう。
たぶん70’・80’年代に「アングラ」と呼ばれ、90’・00’年代に「サブカルチャー」と呼ばれていたもの。
その続きがここに息づいて、現在進行形で脈打っているのを感じて、また来よう、と強く思いました。

そして、そのパワーでいまや神保町の地域振興活動も牽引している漫楽園。
幸いなことに(?)今進んでいる企画は「神保町ハイボール」という、
なんとも神保町らしい、呑み好きには嬉しいサービス。

一人で漫画を読み耽りながら呑むか、噂の猛者と乾杯するか…。
いづれにしても、また週末がひとつ埋まりそうです♪。

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2010/10/15

 JunkStage読者のみなさま、こんにちは。
やっと涼しくなってきましたね、今回は秋らしいイベントに行ってきたレイナです。

10月某日、世田谷プラネタリウムで行われた、JunkStageライター・天文学者の阿部新助さんの講演会に行ってきました。

「小惑星探査「はやぶさ2」へ向けて」

実は阿部さんには先日、JunkStageRdioにも生出演して頂きました。
そのときはMCとしてお話させていただきましたが、収録では聞けなかった話をもっと知りたい!と、今回の講演にお邪魔してきました。
(収録した番組は10月15日(金)23時から公開です!番組ページはこちら

小雨の中向かった世田谷区の教育センターは、駅から徒歩15~20分ほどの閑静な住宅街にあり、図書館が併設されている、落ち着いた雰囲気の建物でした。
ここのプラネタリウム、入口のイラスト入りポスターで改装したばかりだというのは分かったのですが、中で解説を聞いてびっくり!なんと現在世界最多の1億4千万個の星が投影できる最新機器が設置されているのですって!
(数年前話題だったメガスターが170万個だったことを考えると、いかに凄いかがわかります。)
そんなに必要なのかな?という疑問も頭をかすめますが(笑)、ともあれ世田谷で世界一が体験できるなんて、とテンションが上がります。

さて、講演タイトルで分かる通り、阿部さんは「はやぶさ」に開発時から関わったという気鋭の天文学者さん。
はやぶさ帰還のときも、撮影・データ採取をする光学班としてオーストラリアのウーメラ砂漠へ行かれた方です。

前半は小惑星のタイプや、阿部さんが開発時に関わった搭載機器について、はやぶさ、イトカワ、他の小惑星のサイズなどの学術的な内容でした。

ちなみにはやぶさは業務用冷蔵庫、イトカワはスカイツリーと同じくらいだそうですよ。思ったより小さい!
資料映像で、イトカワの写真の横にスカイツリーの完成予想図を並べて見れてくれるおちゃめな阿部先生(笑)。

中盤の見どころは、はやぶさのロケット発射のときの映像!搭載カメラからの映像が大迫力でした。
阿部さんが、
「このとき、行ってらっしゃい!とはいったものの、正直帰ってくるとは思ってなかった。」
と話されたのが印象的でした。
後から他のスタッフにも質問した所、何人かは同じように感じていたらしいです。
それだけ難しいミッションだったんだ、ということが伺い知れますね。

後半は実際にオーストラリアでの体験について。
プラネタリウムのドームの大画面で見る、赤い砂漠。その中央を通る、果てしなくまっすぐな道の写真や、車の前に飛び出してきたカンガルーの写真は大迫力。
(ちなみにカンガルーが飛び出してきた場合は「轢け」というレクチャーを受けたそうです。)

そして「はやぶさ、おかえりーっ!」の動画

webで公開されている映像2種類の他に、研究資料用のスペクトル映像も見せて下さいました。
どの映像で見ても、はやぶさの最後の光は、とても美しく輝いていました。

hayabusa1.jpg
(C)JAXA

最後は南半球の満天の星空を投影して、けぶる天の川と南十字星を見ながら、
「僕らが見ていた場所からは、はやぶさはここを通ったんだ」
と指し示してくださる阿部さん。
7年の歳月と、砂漠への遠路を伴った旅路、おつかれさまでした。

 kids.JPG
(質疑応答では子供に大人気の阿部先生。館長さんいわく、こんなに子供が集まるのは珍しい、とのことです。)

打ち上げの飲み会では熱い天文トークが交わされたり、阿部さんの学生時代のやんちゃ話とかもありましたが、それはまたの機会に。
そして今まさに「はやぶさ2」の予算が取れるか取れないか、という瀬戸際らしいです…!
「政策コンテスト」ページ内で10/19までパブリックコメントを受付ているそうで、ネットからも意見可能です。
(ユーザ登録が必要ですが、登録すれば他の事業に関しても意見を投稿できます。)

興味が有る方はぜひ。私も一筆書いてみました。
阿部さんの記事「はやぶさ2からのお願い」はこちら
政策コンテスト、はやぶさ2に関係する事業の意見募集のURLはこちら

講演会の最後の資料はこんなページでした。
onegai

05:00 | reina | No Comments
2010/07/31

JunkStage読者のみなさま、こんにちは。
前回はゆうさんがEarthについて書いてくださってますが、
(勝手制度なんて言い方をされてましたが、ほんとは「スピンアウト企画」っていう名称です。)
私のほうはというと、なんとRadioでお喋りしています。

JunkStageRadioという企画は、女子部でもおなじみ桃生苑子さんプロデュースで始まったwebラジオです。

事の発端は…実はももさんが去年、諸事情で地方にあるご実家に帰られてしまったのですね。
「地方からでもJunkのライターさんやスタッフに会いたいよう」というももさんの心の声と、
「まだまだ桃生さんとはいろいろやりたいよう」という本部スタッフの意見が一致し、
ももP(ももうプロデューサー)の掛け声のもとで、このwebラジオは始まりました。

ほかのメンバーは現在のところ、ラッキーなことにパーソナリティとしてお声掛けいただいた私と、
テクニカル担当の山田P、「アシスタント(A)MC」もとい、「遊びにきた(A)MC」としてオフトークに来ていただいているフィルコさん、の4人体制でお送りしています。

(山田Pがホームページも作ってくれましたよ!)
Radioホームページ

ラジオと銘打っていますが、企画会議を重ねるうちに「なんか音声情報だけっていうのももったいないよね」と話はふくらみ、
本放送をUStreamにて動画生放送+生放送の後におまけで記録しないオフトークを放送→記録したものを後日配信、という贅沢仕様に。

正直、MCの私のしゃべりはまだまだですが、ゲストにお会いするたびにJunkStageって本当に多才なヒトの集まりだな、と感じいってます。

うれしかったのは、はやぶさ帰還の直後、オーストラリアから帰国後すぐの天文学者・阿部新助さんとお話できたこと!
記録した部分でもされなかった部分でも、スケールの大きいお話をたくさん聞くことができて感激!
これから配信になる本放送部分では、なんと現地の様子を本邦初公開(音声のみ・生放送時)してくださいました。

ほかにも、これまでは美人!癒し系!というイメージが強かった日本画家・池上紘子さんの、とっても意外な熱〜い一面を垣間見たり、
ミュージカル女優・鈴木希彩さんの生歌を目の前で聞いたりと、とても役得な思いをしております。

また、遠くオーストラリアからも美容師ヤスユキさんが、現地の様子を伝えてくれています。

これからどんどん、文字だけでは伝えきれないJunkライターの魅力をお伝えする場として、
またJunkの理念「ヒトの情熱がコンテンツになる」、…つまりは面白いヒトを紹介していく場として活用していく予定です。

皆さんもぜひ一度アクセスして、聴いてみてください!


Twitteでも随時放送予定ほかをつぶやいてます!⇒ @junkstageradio

HomePageはコチラ
Ustreamはコチラ

12:00 | reina | No Comments
2009/11/30

読者の皆様、こんにちは。
紅葉の美しい今日此の頃、いかがお過ごしでしょうか?
今月の雑記は、照山がお送り致します。

先月、コラム「日本画の手引き」連載中の日本画家・池上紘子さんの個展にお伺いしたのですが、ちょっと不思議な、心和む体験でしたのでそのことを。

場所は、文学の香り高い文京の、千石駅から徒歩8分。「千石空房」という下町のちいさなギャラリーと聞いていたのですが…到着してみると、昔の長屋作りの木造建築に、外壁にはたくさんのお面やおもちゃがかかっていて驚きました。
千石空房
「??駄菓子屋さん??」
と不思議に思いながら足を踏み入れると…広い土間におもちゃやお菓子、本やCD、なぜか芸能人のサインまでがずらりと並ぶ、とても不思議な空間でした。

こちらのギャラリー、すぐ隣で万年筆屋を営む職人のオーナーが有志を募り、工房・ギャラリー・カフェとして改装したお店だそうです。
牡丹
土間を上がり、畳部屋の奥にある急な階段を見上げるとそこに、池上さんの牡丹の絵がありました。蹴上げのない急な階段を上ります。
すると、「いらっしゃいませ」と、なんと着物で出迎えてくださる池上さん。
2階 ギャラリー 色紙

2階の部屋には、ちゃぶ台、藤座布団、ローソファに水屋とアンティックなTV、そして壁面ぐるりと池上さんの美しい日本画が。
昭和初期にタイムスリップし、絵の好きな方のお家に遊びにきたような不思議な空間でした。

池上さんの煎れて下さったお抹茶とお菓子を頂きながら、制作秘話や展示会の話など作品についてお話を伺いました。
碧瑠璃
池上さんの絵は、写真で見るよりも暖かみがあって、素敵でした。
中央にあった、深い碧が印象的な湖の絵は、志賀高原国立公園だそう。
現地での感動のあまり、30号の大きさ(910×727mm)をたった2週間で描き上げてしまったという力作でした。
また写真左上、今年の市販の年賀状のデザインに使用されているという、後ろ姿の虎の絵がキュート!
年賀状
その場にいらしたほかのお客様(勿論初対面)とともに、なんだかお茶飲み友達のような雰囲気で和やかに過ごさせて頂きました。

ちなみに、ちゃぶ台にあった芳名帳を捲ってみると…なんとJunkStageにて連載中の、仏師の紺野さん、映画評論の東出さん、ミュージカル女優ののあさんが来場していた様子。
スタッフ陣には全く連絡が入っていなかったのですが…(笑)。

こうして人との交流が勝手に生まれて行くのもJunkならではですね。
来年5月には、なんと池上さんの個展会場で、のあさんが歌うというイベントの企画もあるとのこと。
また、年末に向け参加される展覧会も沢山あるそうで、なんと今日からまたこの千石空房で、干支をテーマにした4人展を開催されるとのこと!(詳細は→コチラ
ご興味のある方はぜひお立寄りくださいませ。

若手の芸術家が忙しいというのは、とても素晴らしいことだと感じ、
また、池上さんの心づくしに癒された秋の一日でした。

12:00 | reina | No Comments
2009/10/08

今、輝いている女性に会いたい、お話を聞きたい――そんな思いからJunkStage女子スタッフが各界をリードする女性にインタビューをするこちらの企画。第2回目のゲストは、ポールダンサーのATSUMI(あつみ)さん。
ポールダンスに出会うまでを伺った前回に引き続き、今回の後編はスタジオ設立、すぐに起こった一大ブームとその後についてお伺いしました。

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■スタジオ開設からブームを経て

ースタジオが開設されて、ポールダンス自体の注目度がもの凄く上がったと思うのですが、そのころと今とでポールダンスを取り巻く環境というのは変わりましたか?

それまでは、取材といってもいかがわしい内容のものもあったのですが、そういういったものはお断りして、フィットネスとしての部分を前面に出していった結果、この頃には一般紙や TVでのニュース番組、バラエティ番組、ラジオなどからも取材が来るようになりました。
あの時はもうほんとうに忙しかった!幸いなことに沢山のメディアが注目してくださって…その頃は、ポールダンスの地位を上げたいという思いでがむしゃらだったので、とにかく沢山仕事をしました。

ークラブシーンでも、ポールを設置してくれてレギュラーでポールダンサーが出るというイベントも一気に増えた時期でしたね。

そうですね。当時、私も出演・監修した大手ランジェリー企業のイベントや、その他にもフジロック、サマーソニック等の音楽フェスなどの大きなイベントでも、ポールダンスを取り入れるオーガナイザーが増えていきました。同時期に持ち運びできる、つっぱり型のポールの販売が始まったのも大きかったと思います。
最近はファッションフォトや、ポップアーティストのPVなんかでもずいぶん目にするようになりました。

ーまさに、ご自身が目標とされてきた地位の向上が行われてきたのですね。その当時の目標は叶ったとお考えでしょうか。

確かに、その当時目標としていたことは予想よりもずっと短い時間でクリアすることができました。私が始めたころは、ほんとうにストリップのことだと思われていた位だったので、そこから考えたら、かなり変わったと思います。

ただ、現在の状況についていえば、今は、やりたい!という子が沢山いるけれど、受け皿は結局深夜イベントや夜のお店が多かったりしていて、、、私は以前から、ポールとお酒はもう少し切り離しても良いのではないか、という意識があるんですね。

もちろんショウの現場の数自体はどんどん増えていますが、そういった方向性のままだと、全体としてはやはりいかがわしいイメージを抜けきれなくなってしまうのではないかと思っていて、その辺りにはジレンマを感じています。

ポールダンスというのはそれ自体でやっぱりとても美しくて、主役になれるダンスですしね。
たとえば音楽イベントなどに出演させて頂いての経験談なのですが、バックダンスという位置づけでもポールを始めるとお客さんは結構こっちを見てしまうんですね。

それだけ強烈なものだと思うし、だからこそやりたいと思ってくれる人が多いのだと思います。

■スタジオについて、経営者として

ーポールダンスの美しさ、アクロバティックな凄さなどはだいぶ浸透してきましたが、実際に習いにくるのはどういう方々が多いのでしょうか?

そうですね、もちろんショウに出たい、プロになりたいという方や、既にアーティストとして何らかの活動をしていて芸域を広げたい方もいらっしゃいますが、うちのスタジオでは8割くらいが「習い事」として初められる方です。
「ちょっと人とちがうこと」をしてみたいという動機でいらっしゃる方が多いみたいですが、中には「ショウに出るなんてとんでもない!」と仰る方も居ます。

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ーそういう方でも続けられるのでしょうか?

続けてくださるかたは、ずっと通ってくださっていますね。
あと意外と、やってみると結構無邪気に楽しかったりもするんです。小さい頃、登り棒や回るジャングルジムに夢中になったような感覚だったり(笑)。それとやっぱり「主役になれる」感があるのだと思います。

ー女性らしさを表現するのにも、ポールダンスはとても有効な気がします。

以前はフィットネスという方向で売出していたのですが、最近になって思うのは、やはりポールダンスは「踊り」なんだなということ。

私は男女問わず「踊り」=「色気」が大事だと思っているので、そういった部分が発揮し易いダンスかなと思います。
最近はレッスン内容も、より振り付け部分を多くしたり、技と技のつなぎを意識してもらったりしています。

ースタジオ運営にあたってのモットーなどはありますか?

それは当初から変わっていません。「楽しく、長く踊れる身体づくり」です。生徒さんを見ていても、身体ができてきたら自分のやりたい技も、表現もどんどん決まるようになっていくんですよ。それが素晴らしいな、と。

ー大変だった事などはありますか?

まさか物件が借りられると思っていなかったので、スタジオ開設当時は、経営に関しては全くの素人で、やっぱり大変でした。最初は手探りで、同じく個人事業主の美容師さんやスタイリストさんなどに相談したり、経営者向けの堅い内容のセミナーに通ったりもしました。

また、スタッフが増えるにつれて、代表として振る舞う難しさに悩んだ事もありましたし、つい最近までは株式会社にするかどうかでかなり迷っていましたね。会計士さんなどに何度も相談しに行きました。そんなふうにして試行錯誤してきて、いまは自分のなかでは経営者としてのスイッチが80%を占めています。なんというか、もう、お母さん気分ですね。スタジオが子供、そんな感覚でいます(笑)。

■ダンサーとして、また女性として

ーATSUMIさんご自身は今後はどのような活動をされていく予定でしょうか。

私は自分はとてもラッキーだったと思っています。色んな方との出会いがあって、また色んな方の協力があって、おかげさまで比較的短い時間のなかで、ポールダンスをメジャーにするという当初の目標は叶ってきたように思います。

ポールダンサーATSUMIとしてのいまの私に今後できることは、後進を育てる、ということなのかなと感じています。

ありがたいことに、今、生徒さんの中から地方から通って下さっている方が何人かいて、

「地元でスタジオを開きたい、教え方を教えてほしい」という声があるんですね。まずはそいういった声に答えていければと考えています。

また、私本人の活動としては…私は年齢を重ねてもずっと踊っていきたいと思っているので、実はポールダンスという形にはこだわっていないんです。踊っていけるのであれば、ポールダンスでなくても良いかもしれない、と思っています。

実は去年の夏、練習中に腕を痛めてしまって…しばらく活動を控えていたんですね。ちょうどそれがやっと完治したところで、昨日、治った腕で自主練習をしていたら、とてもわくわくしてきて想像力が湧いてきて…

やはり私の人生の優先順位は「ダンス」が一番なのだなと実感したところだったんです。でもちなみに、昔とはちょっと変化した部分もあって…今まではダントツで1位・ダンス、2位・ダンス、3位・ダンス……10位・恋とかだったんですが、

30歳をこえて、少し意識が変わってきました。今はちょうど、その変化も含めて、表現者としても女性としてもネクストレベルを模索しているという感じです。

ーエポックメイキングな存在だったATSUMIさん。どんな道程でそこに至ったのかを伺ったのですが、ご本人は鮮やかな笑顔が印象的な、気さくな女性でした。

ポールダンスを世に出した女性はどんな方だろうと思っていたのですが、試行錯誤しながら「ダンス」という軸を離さなかったら辿り着いた、というお話が印象的でした。

今後のご活躍をお祈りしています!

(聞き手:照山怜奈)

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<ATSUMI(高倉 温味) 略歴>

日本初ポールダンススクール「HYPE POLE WORKS」の講師を経て、2007年1月に自身のスタジオPole&Dance studio 『grace a』を東京・三軒茶屋に設立。日本で数少ないプロ・ポールダンサーとして活動。これまでに日本、韓国、上海、台北などでショーを行う他、多くのメディアを通じてもポールダンスを普及してきた第一人者の一人。→http://www.poledance.jp/media_2007.html

2006.12よりGOLD FINGER ポールダンスショー監修、指導を担当。現在は、ダンサー、インストラクター、スタジオ経営、ショーステージ監修などを基盤に、各種メディアにも露出。

2009/10/01

今、輝いている女性に会いたい、お話を聞きたい――そんな思いからJunkStage女子スタッフが各界をリードする女性にインタビューをするこちらの企画。
第3回目のゲストは、ダンサー・ポールダンススタジオ主催のATSUMI(あつみ)さんの記事をお届けします。
9歳からダンスを始め、2007年1月、都内で初のポールダンススタジオを設立。
一大ブームとなったポールダンスについて、日本ポールダンスシーン第一人者のATSUMIさんにお話を伺ってまいりました。

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ー(スタジオにお邪魔して)こんにちは、今日は宜しくお願いたします。
とても明るいスタジオですね。

ありがとうございます。こちらこそよろしくおねがいします。(と言いながら、ポールから降りてくるATSUMIさん。)

■ポールダンサー・ATSUMIになるまで

ーダンス自体を始められたのはいつごろですか?また、本格的にダンスを職業にと思ったのはいくつくらいのときですか?

最初は部活だったんですよ。9歳のときに、ダンス部に入りました。小学校3年生のときかな。職業として意識したのは11歳のとき。部で、だんだん代表グループに入ってやるようになって…11歳・小5のときに群舞の主役に抜擢されて、小6の時に独舞で賞をとったんですね。
そのころから、将来の夢を書くときには「舞踊家」って書いてたみたいです。たぶん、ほかに思いつかなかったんですよ(笑)。

ーすごく小さいときからですね、ではその後もダンス一本だったのですか?

いえ、高校生くらいのときに、いわゆる夜遊びを覚えてしまって(笑)。おかあさんのお化粧品を使って、バッグとか勝手に借りたりして、こっそり家を抜け出して…っていう。 最初は雑誌でみたクラブに電話をかけて、オープン時間を聞いて、18時だっていうから、18時きっかりに行ったりしてました。

ー当時はまだいわゆるクラブは少なかったのでは?

そうそう、ちょうどディスコ世代のジュリアナが下火になって、その後HipPopが流行る前だったから、ちょうど谷間の時期でしたね。でも、通っているうちに顔見知りができて…その店が、カウンターをお立ち台にしてたんですね、で、行くと皆が「あつみちゃん、踊りなよ」って、場所を空けてくれるようになったんです。

ー携帯電話とかもまだないような頃ですね。

そう!だからそのお店に行かないと皆には会えなかったし、今となってはどこの誰だったのかわからない。でも、小娘だった私にもすごくあたたかく接してくれて。このころは、本格的に習ったりっていうのはお休みしていた時期だったんですが、それがきっかけで、またダンスが楽しくなったっていうのはありますね。

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ーではそれでストリートダンスに傾倒していったという感じしょうか。

傾倒というか…そうこうしているうちにちょうど進路を考える時期になって、進学か、就職かと迷っていたんです。…就職活動もして、NHKに面接に行ったりとかしてたんですけれど、なんか違うなと。就職じゃない、進学じゃない、じゃあ、やっぱりダンスをやろう、と。実は、結構消去法で決めたんです。

ーそれは意外な…。

でも、やるからには徹底的にやろう、と思っていろんな活動をしました。ちょうどブームと重なった事もあって、ずいぶんお仕事をさせて頂きました。 就職活動で行ったNHKなんかも、紅白歌合戦のバックダンサーとして行かせて頂いたし。
ー順調にキャリアを重ねられていたのですね。
でもね、25歳のときに腰と足首を痛めてしまって…。いわゆるぎっくり腰と捻挫ですね。それで、そのとき来ていた色んなお仕事も泣く泣く断って…実家に帰ったんです。
ーええっ、でもそこからすぐ復帰されたんですよね、比較的軽い怪我だったんでしょうか?
いえ、結局仕事は全面的にお休みして、2年半ほど実家に住んで居ました。でもまた東京に出てくるつもりだったから、営業の仕事をしたり、アルバイトをしたりしてお金を貯めてたりとかしていました。

ーそこからポールダンスの現場に至る、というのはどういう経緯があったのでしょう?

身体が治ってからリハビリという意味もかねて、フィットネスクラブでと、カルチャーセンターでキッズクラスを教えるというのを始めたんですね。
それが、フィットネスクラブというのは女子大生から、ご年配の方も同じクラスで教えるんです。キッズクラスは、3歳~中学1年生までが同じクラスだったり。それが衝撃的でした。人に教える方法は、そのときにずいぶんと勉強させてもらいました。
前後して、ダンサーとしての現場にも徐々に復帰していったんですが、その仲間のうちの一人が、たまたまショークラブでポールダンスをやってたんですね。初めて見たときに感動して、これは凄い、もっと世に出すべきだ!と思って。 その使命感に突き動かされた感じです。

ーその後、クラブシーンやインディーでの活躍を経て、東京で初めてのスタジオを設立された訳ですね。スタジオ設立にかける思いなどがあれば教えてください。

当時はショークラブを借りてレッスンをしていたのですが、そこが潰れてしまうという話があって…。とにかく、練習場所が欲しかったんです。 で、ラッキーなことに物件が見つかったんですね。ここのスタジオの窓が大きくて明るい雰囲気にひとめぼれしたので、載った雑誌とかの資料と、生徒さん達に書いてもらっていたアンケートを持って、ダメもとで申し込みました。大家さんも、よくこんなその当時まだ世間では怪しげと思われていた業種に貸してくださったなと思うんですけれども(笑)。生徒さんたちのおかげだな、と思ってます。

—後編へつづく—

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<ATSUMI(高倉 温味) 略歴>
日本初ポールダンススクール「HYPE POLE WORKS」の講師を経て、2007年1月に自身のスタジオPole&Dance studio 『grace a』を東京・三軒茶屋に設立。日本で数少ないプロ・ポールダンサーとして活動。これまでに日本、韓国、上海、台北などでショーを行う他、多くのメディアを通じてもポールダンスを普及してきた第一人者の一人。→http://www.poledance.jp/media_2007.html
2006.12よりGOLD FINGER ポールダンスショー監修、指導を担当。現在は、ダンサー、インストラクター、スタジオ経営、ショーステージ監修などを基盤に、各種メディアにも露出。

2009/07/31

JunkStageをご覧の皆様、こんにちは。
茨城県の写真館「スタジオ ラ・フォーレ」さんのご協力で
女子部の4人が月に1回、ウェディング撮影会をモニターして参ることになりました!

第2回は私、照山が「和の結婚式」をテーマに実際の撮影をして頂きました。

*         *         *

今回は、前回掲載の6月1日にオープンしたばかりの衣装館にて全撮影を行いました。
実は、現在この衣装館と同じ敷地に、スタジオを新築工事中なのです。
今年秋にオープンの新スタジオに備えて、機材の移動を先に行ったとのこと。
光栄な事に、私が撮影第一号でした。

外観1外観2スタジオ建設予定地

[古民家を改装した、写真館とは思えない、雰囲気のある建物]
*         *         *

【ヘアメイク】
ヘアメイク担当は、前回もやって頂いた中川愛さん。
今回は、ウェディングの撮影ということで、お衣装に負けない華のあるメイクにして頂きました。
ちなみに、こうしたところでは珍しく、一般にも流通している見覚えのあるメーカーのアイシャドーがあったので、お薦めなのかと聞くと、ベースメイクは肌に負担のない専門品を使用しているが、カラーアイテムは発色重視でチョイスしているとのこと。
また、カラーアイテムは白や黄、ゴールドを置いてから重ねつけすると、発色が良くなるのはもちろん、色素沈着を防ぐのにも有効というアドバイスを頂戴しました。

ショートヘアの私ですが、エクステンションを足してあっというまに写真映えするロングスタイルに。
エレガントな巻き髪にうっとりしながら、衣装チェンジ。今回は、ミスインターナショナルも着用したという打ち掛けをドレスに仕立て直したもの。
マーメイドラインが女性らしいシルエットを作ってくれました。

メイク中ヘアメイク

*         *         *

【撮影】
ヘアメイクが済むと、一回目の撮影。
カメラマンは前回と同じく藤原翼さん、カメラアシスタントの小野寺里美さんと、今回は代表の岩田力三さんもご参加いただけました。

撮影第一号とのことで、照明のセッティングに少々時間がかかったのですが、これは今後改善されるはず。
実際にとれた写真は自然光を活かした優しい仕上がりになりました。

[こちらは撮影中の様子]

撮影1撮影2撮影中3

[実際にできあがった作品がこちら]

打掛ドレス1 打掛ドレス2 打掛ドレス3
ここでいったんお昼休憩。スタッフ皆さんは仲が良く、いつもみんなでお昼を取っているとのこと。
和気あいあいとした雰囲気の中、私も一緒にちゃぶ台を囲ませていただきました。
*         *         *

【着付】
2カット目は本振袖での撮影。メイクを直し、着付け室へ。
担当してくださったのは、ベテランの真鍋寿子さんと海老原清子さん。

着付1着付2かんざし
本振袖とは、袖の内側に「振り」と呼ばれる別布が二つ折りの状態で入っている贅沢な仕立てで、白無垢などと同じく婚礼衣装に使用できる着物です。おはしょりは作らないのが特徴で、裾を引きずるように着ることも多いそうですが、今回は愛らしい印象を重視して通常の丈とし、かわりに帯の下側に添えて結ぶ、おかかえ(かかえ帯)を加えてくださいました。カメラマンの藤原さんと、おかかえの色についても入念な打ち合わせをしながら進めます。
そして、日本髪の鬘をつけて、簪を挿します。もっと違和感があるかと思ったのですが、意外なほどフィット感が良くて驚きました。

撮影は、古民家の木のぬくもりを活かして行いました。
足もとに置く花などにも気を配っていただいています。

[本番の撮影でできあがったのがこちら。]

本振袖1 本振袖2 本振袖3

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実は、今回の移転とスタジオ新設には理由があったとのこと。
実はJR取手駅にも支店があったのですが、2008年の集中豪雨による利根川の増水で床上浸水してしまい、やむなく閉店となったそう。(スタッフ小野寺さんは実際その場に居合わせたそうで、水圧で扉が開かなくなったこと、近所の人達と二階に避難したことなどの体験をお話してくれました。)
そのような天災に遭いながらも、それを機会と捉え、衣装館とスタジオの新設に踏み切ったとのこと。
もともと代表の岩田力三さんは戦場カメラマン。帰国後写真館を始めてから「ご家族の笑顔が撮りたい」と始められた「こどもフェア」も、毎年好評だったそうですが、「もっともっと、皆さまに写真館を楽しんでもらえる場所にできないか」と構想を練っておられたそうです。

実際に、何度でも気軽に立ち寄れる雰囲気があり、「妥協せずに良いウェディンウドレスを探したい」という方はもちろん、「子供を連れての買い物ついでに、七五三写真の下見に来ました」「仲間と成人式の袴を選びに集まった。このあとは普通にみんなで遊びに行く」という方もお見かけしました。

オーナーの岩田真理子さんは「ただ写真を撮るためだけの場所ではなく、「ちょっと衣装を着てみたい」という方でも気軽に来られるような、テーマパークのようにしたかった」とおっしゃっていました。
スタッフの温かいお人柄も魅力のこちらの衣装館&写真館。ぜひ一度お立ち寄りいただければと思います。

2009/06/22

JunkStageをご覧の皆様、こんにちは。
この女子部コンテンツに早速オファーを頂き、これから月に1回、
茨城県の写真館「スタジオ ラ・フォーレ」さんのご協力で
私たち女子部の4人がウェディング撮影会をモニターして参ることになりました!

初回の今回はまず、ウェディング写真の前に撮影などの基本技術を体験してほしい、
ということで、それぞれが私服のまま写真を撮っていただくことになりました。
そして去る週末、都内中心部よりわずか1時間もかからず茨城県の佐貫駅へ。
駅までは、写真館の方が迎えに来てくださいました。

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【衣裳館/レポート:桃生】
まず私たちスタッフがお伺いしたのは、2009年6月1日にオープンしたばかりの衣裳館。
敷地総面積670坪(!)のなかにある衣裳館は古民家を改築したものとのことで、
オーナーのこだわりに溢れた柔らかい雰囲気になっていました。
その部屋の一角にこれでもか!と吊るされたウェディングドレス、カラードレス、内掛の数々。
なんとここだけでも1,500点以上の衣装があるのだそう。
キュートなドレスやクラシックな内掛にテンションの上がるスタッフ一同。

衣装館1衣装館2

個人的にはウェディングドレスや内掛を展示されていたコーナーが一番見ごたえありました。
やっぱり写真で見るのと、トルソーが着用しているのを見るのとでは迫力が全然違います。
カラードレスだけでなく、ウェディングドレスを着たトルソーもちょっと見たい……と思っていると、
なんと「広げてご覧になってください」というスタッフの方のお言葉が!
眼の保養とばかりに広げまくることしばし。
着物をリメイクしたというドレスを拝見していたら、
さらりと「それはミス・インターナショナルが着用したものなんですよ」なんてコメントが飛び出してきます。そうかこれはミス・インターナショナルが……などと感慨にふけりながらも完全に目的を見失った私たちは、それぞれ好みのドレスを試着させていただくこともできました。

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【ヘアメイク/レポート:蜂須賀】
そして場所を移して撮影スタジオへ。
スタジオ2階でヘアメイクをしてもらいます。
入学式や成人式など記念写真を撮る際や結婚式に出席する際にはいつも美容院でヘアメイクをお願いしていたので、写真館でのヘアメイクは初めての体験でした。
今回、私たちのヘアメイクを担当して下さったのは中川愛さんと増尾悦子さん。
写真撮影時だけでなく、成人式当日などのみのヘアメイクもされるということで、
繁忙時には20分に1人のペースでつぎつぎとヘアメイクをされるそう。
さすがにお2人とも手際があざやかでした。

メイク1 メイク室メイク2

今回の撮影にあたり、ヘアメイクは担当していただけると聞いていたので、
ほぼノーメイクにブローだけのぼさぼさ頭で伺った私でしたが、
増尾さんの手にかかってあっという間にお目目ぱっちり、華やかなスタイルに。
はじめに具体的な希望をお伝えしないでいましたが、4人のそれぞれの服装や雰囲気を見て、
きれい目に、かわいらしく、セクシーに…と各々に合ったスタイルに仕上げていただきました。
誰しも女性はきれいになりたい!と思っているはず。
本日のメイクポイント(アイシャドウの色やアイライン、チークの入れ方など)や
どんな髪型が似合うのかなど、ワンポイントで良いので
教えてもらえると普段に役立てられてうれしいなと思いました。

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【撮影/レポート:照山】
ヘアメイクが済むと、いよいよスタジオへ。
今回撮影を担当してくださったのはカメラマンの藤原翼さんと久保田直子さん、
カメラアシスタントの小野寺聡美さんとヘアメイクを担当してくれた中川さん。
撮影に入って驚いたのは、丁寧なポーズ指導。
実際に、「こんな感じ」とポーズをとって指示してくれる藤原さん。
さらに「こちらの膝をちょっと前に出して」「肘はこっち」「ヘアメイクさん、ちょっと前髪直して」など、いかにきれいに見えるかを、全員で細かく追求していってくれます。

撮影1撮影2撮影3

また、モデルがどんな状態かをよく分かっていて、ちょっと疲れるポーズだと「それじゃ辛いね、ここに台を足そう」などの配慮も。
ちなみに私は、写真館で言われる「笑ってください」という言葉が大嫌い。
ポーズが決まればあとの撮影自体はとってもスピーディ。
少ない枚数で、ばしっと決めてくれました。
撮影に入る前にどういう風に撮りたいかの打ち合わせがあると、安心できるのでは?と思いましたが、
実際には進行を見ていて、汲んでくださっていると感じたので何も言いませんでした。
結果、出来上がった写真はとっても美しいものに。
うるさ型の私でも、これは評判を呼ぶ訳が分かるな、と唸らされた瞬間でした。

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【総括/レポート:須藤】
こうしてできあがった写真がこちら。
hati1 hati2.jpg(蜂須賀)rena1.jpgrena2.jpg(照山)

momo2.jpg momo1.jpg(桃生)yuu1.jpgyuu2.jpg(須藤)
撮影スタッフとは初対面にもかかわらず、特徴とキャラをバッチリ押さえた
「見る目」はさすがプロ。
オーナーの岩田真理子さんの姉御肌キャラにも注目です。
ちゃっかり昼ご飯などご馳走になりながらお話を伺ったのですが、もう○年も昔、このあたりが瓦礫の山しかなかった頃に写真館を始めたとのこと。
こんなところで写真館なんてやってお客さんが来るわけがない、とも言われていたそうです。
でも今や地域を代表する規模に。逆に東京では実現し得ない広い敷地を贅沢に利用した写真館です。

さて、次回はいよいよウェディング写真を体験させていただきます。
第1回のモニターは照山。是非ご期待ください!

そしてこの日、衣裳館ですでにどれを着るかを吟味した私たち。
「ウェディングドレスを結婚前に着ると結婚できない」というジンクスなど気にもせず…
というかむしろ「しばらく見込みがなさそうなので今のうちに!!」と張り切っている女子部でした(笑)。