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JunkStageをご覧の皆さん、こんばんは。
4月も下旬に差しかかり、早くも大型連休がスタート目前となってきましたね!
GWにはご旅行へ行く予定の方も多いと思いますが、今回ご紹介するライターさんも筋金入りのトラベラー。年に1・2回旅行をされているのですが、その行先がまたすごい。
コラムで読むたびに「なぜまたそこへ……」と慄かされる、今日は稀有なこのツーリストをご紹介したいと思います。
■vol.19 僻地トラベラー・ユウさん
― 人(=個人的交流)と、国(=政治的云々)と、自分の思い(=折り合い)とが、
まるで交差しないから、こそ、そのことに学ぶのである。
そして、それこそがわたしを惹きつけてやまない、旅というものなのだ。(ユウ)

北朝鮮、バルカン半島など、世界の僻地を旅する。19歳のときにキューバのナルシソ・メディナ舞踊団に留学し、居住。
http://www.junkstage.com/yuu/
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北朝鮮、イスラエル、ネパール、ブータン、カナダ、チベット、インド、イエメン。
ぽろぽろと挙げてみましたが、これは全てユウさんが自身で足を運び、旅の記録や思いをコラムで綴ってきた国々です。2013年現在20カ国を超える国々を、しかもその殆どが日本人旅行者には馴染みのない場所ばかり、ユウさんは彷徨うように訪れてきました。
そのきっかけは、高校生の時に修学旅行で訪れたニューヨーク。
がちがちに行動を縛られた異国で17歳の女子高校生が「もっと広い世界を見たい」と思ったこと。それがユウさんのキューバへの留学、そしてその後の旅の行先を決めるうえで大きな指針となったことは想像に難くありません。
ユウさんのコラムの大きな特徴は、「行く前に考えたこと」「現地で思ったこと」が、帰国してからの感想と共に丁寧な筆致で綴られていくところです。
そして、その中で最もウエイトを置かれているのが、現地の人々との会話や見聞きした風景。
海外に出れば「だって私は一人の日本人のオンナノコだもん」とは言えないことも多々あると思うのですが、それでもユウさんは果敢に会話をし、彼らと交流をしてくるのです。
―別れ際の私の最後の質問に、彼はやはり私にはわからない答えを言った。
「どうして統一を望むのですか?」
「同じ民族だからです」(北朝鮮にて http://www.junkstage.com/yuu/?p=16)
――ユニセフで働く日本人のTさんは、何カ国をも巡ってきており外国人との子どもを日本に残してきている方。そのTさんが自らの経験を語りつつ、つぶやいたことがある。
「やっぱり、死体は見たくないよ…」
当たり前すぎるその言葉は、あまりに現実味を帯びていて、そしてあまりに、深かった。(イエメンにて http://www.junkstage.com/yuu/?p=520)
―― 一番印象的というか、この街を顕著に表していると自分でも思ったのが、わたしが「国会議事堂かなにかですか?」と聞いた大きな建物に、彼が答えた 「金持ちの“家”です」という台詞だったろう。(インドにて http://www.junkstage.com/yuu/?p=344)
上記にピックアップしたのは私が印象に残っている部分ですが、政治的・宗教的、そして物理的にも日本と隔たった場所で、異なる価値観に触れた体験を、ユウさんはあくまで自分一個人のものとして消化し、消化できない部分をコラムに書いているのかなと思います。
その、“一個人感”こそが、私はユウさんのもっとも得難い部分なのだと思うのです。
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旅に出る、それはつまり、あくまでも余所者としてその場所にお邪魔するという立場です。
けれどこのことを、旅行中は割合に忘れてしまいがち。あるいは覚えていたとしても、第三者におおっぴらに云うことまではしない、そういう方は私を含め多いのではないかと思います。
だから、基本的にユウさんは謙虚なのだと思うのです。
その姿勢は旅先での様子を綴ったコラムでも勿論充分に伝わってくるのですが、端的にそれを示しているのは自衛の姿勢。宿も取らずに旅行している場所もあるようですが、蚊取り線香、虫よけスプレーなどの感染症対策を怠らないという姿勢は「何が何でも戻ってくる」という気概を感じさせます。
そして、帰国した後にコラムを書く。
旅自体を消化するように、自分が掴んで来た違和感や不思議さや嬉しかったことを反芻するように、書く。
この書くという行為に置いて、ユウさんの文章は基本的に「ひとりごと」なのです。
私はこう思った。私はこう感じた。
一般化せず、日本人だから分かるだろうと言う共感も求めず、それでもユウさんは、書く。
その文章の端々に感じられる、ユウさんの目線、ものの見かた、考え方。
それらは水のように、読む私たちに一人の「ユウ」さんという女の子の目線を教えてくれます。このひとの発言なら信じられる。そんな意識を、いつのまにか持たせられているのです。
だからこそ読む私たちは、ユウさんの目を通して、訪れたことのない異国の気配を感じるのではないでしょうか。
JunkStageをご覧の皆さん、こんにちは。
温かい陽気が続き、関東地方では既に桜も咲きだしたとか。3月と言えば新しい習いごとや勉強をスタートさせる方が多い時期でもありますが、年度替わりを期にずっと気になっていたけれど…ということを始めてみようかなという方も多いのではないでしょうか。
今日取り上げるのはそんな「気になっていたこと」を遂に実現させてしまったこの方です!
■vol.18スポーツカーファン・岩崎太朗さん
――夢は、はかなくもろいものかもしれません。
だからこそ大切に育て、持ち続ける必要があるんです。
夢は見るものじゃなく、叶える為にある。(岩崎太朗)

平凡なサラリーマンながら、小学3年生の頃から憧れた、スーパーカーの代表「ランボルギーニ・カウンタック」車を所有。スーパーカーのある生活を連載。
http://www.junkstage.com/taro/
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スーパーカーといえば、殆ど代名詞的存在になりつつあるランボルギーニ社のカウンタック。バブル期は7千万円という価格で取引され、現時点でもお値段2千万円越えもザラという言わずと知れた超・高級スーパーカーです。
珠に見かけることはありますし、その実在は認識していても、あまりの出現頻度の低さに「こんな高級車に乗るっていったいどんな大金持ちなんだろう……」と想像を膨らませている方も多いのではないでしょうか。
本日ご紹介する岩崎さんは、そんなスーパーカー、カウンタックのオーナー。
それはさぞかし大富豪、あるいは成功された実業家、もしくはどこかのおボンボン……ではありません。岩崎さんは、ご自身のコラムでも書いていらっしゃる通り、れっきとした会社員。サラリーマンでありながら、この高級車を所持し、愛する生活を送っていらっしゃいます。
平凡なサラリーマンが、いかにして非凡なスーパーカーを所持するにいたったのか?
これが岩崎さんのコラムの最大の魅力であり、また、そこまでの憧れを掻き立てるスーパーカーとはどういうものなんだろう、と読者を引き込む最大のフックだと思います。
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岩崎さんとカウンタックの出会いは小学生時代にまでさかのぼります。
真っ赤なカラー、美しいシャープなフォルム。テレビで見たカウンタックに衝撃を受けた岩崎さんは、その日から憧れの車への夢を育て始めます。大学浪人中のある日、ショーウィンドウの中のフェラーリに吸い寄せられ、そこでディーラーとこんなやりとりをするのです。(中略ありなので、原文を是非こちらでご覧ください!)
「サラリーマンでも買えますか?」
「ええ。みなさん、この車に乗りたくて一生懸命頑張られて、中には10年かけて買いに来て下さる人もみえるんです。」
岩崎さん曰く、「10年先のお客となるひとのために」言われたように感じたという、この言葉。
まるで背を押されるように、岩崎さんはひたすら夢の実現を目指して働き始めます。月に1回か2回しか休まなかったという勉強とバイトに明け暮れた大学時代、社会人となってからは空いた時間で副業三昧。
勿論日常生活において発生する家賃や食費などの必要経費は抑えつつ(具体的な抑え方はこちら http://www.junkstage.com/taro/?p=32)、念願かなって手にした車への愛は留まるところを知りません。
岩崎さんご自身も「完全に趣味の世界」を言いきっておられますが、スーパーカーは維持費だけでも年間100万円近く掛かるのだそう。とすれば勿論所持上の問題は金銭面だけでなく、家族の理解や周囲の環境等にも影響してくることになります。
2002年に岩崎さんは長年の夢を実現されるわけですが、思い描いているだけでは夢は絵空事と同じこと。
数々の問題をクリアされた方だからこそ言える、冒頭の言葉はまさに岩崎さんが叶えるための努力を惜しまず実現までされた方だからこそ、力を持って響くのです。
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そんな岩崎さんのコラムには、夢を実現したが故の力に満ちた言葉が満載。
「自分なりではなく、成功者なりに考える。」http://www.junkstage.com/taro/?p=162
「人生は常に選択の繰り返し。その選択の仕方によって、豊な人生にもなるし、そうでない人生にもなる。」http://www.junkstage.com/taro/?p=154
「人は、想い考えた通りの行動をする。実際に自分の目で見て感じて判断していくと、自分の思った通りの結果になる。」http://www.junkstage.com/taro/?p=212
ざっと挙げただけでも既に自己啓発本の表紙になりそうな言葉ばかりですが、それらの発言のベースとなるものは、岩崎さんがご自身で憧れを手になさっているからです。
自分には無理、わたしには出来ない。
大人のふりをして諦めていたことに気づかされる、岩崎さんのコラムはスーパーカーファンならずとも一読の価値があります。自分が諦めていたことに気づくこと。そのうえで、夢を夢のまま終わらせてもいいのかと考えること。
だれしもが出来ることではない、そう思われたことを実現させた岩崎さんのコラムには、そんなエールが沢山こめられているのです。
JunkStageをご覧のみなさま、こんにちは。
2月も下旬ということで、寒い日が続くながら春の兆しを感じられる季節になってきましたね。都内では気の早い梅がもう咲き出したそうですが、この季節、学生さんであれば進学・進級、社会人であれば歓送迎会など沢山の人に囲まれるイベントが非常に増えることと思います。
そんな季節、女性必見のこのライターさんを本日はご紹介したいと思います!
■vol.17 ネイリスト・星野麻紀子さん
――TPOという最低限のルールを守ることが大切で、それはネイルに限らずといったものです。
そこを踏まえてこその美意識、これを大切にしている人が本当に美しいと私は思うのです。(星野麻紀子)

スクール講師業を務める傍ら、自身でもサロン施術を行うネイリスト。職人として「指先の美容」に拘り続ける日々を通してネイルに関する正しい知識を啓蒙している。
http://www.junkstage.com/makiko/
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今やすっかり市民権を得た、指先のお洒落。
セルフネイルの商品は高額なものから100円のものまでと幅広く陳列棚に並び、また、昨今は男性向けの商品も登場しています。ネイルサロンで定期的に施術を受けるという方もずいぶんいらっしゃるのではないでしょうか。
今回ご紹介する星野さんは、茨城県でネイリストとしてサロン運営を行う傍ら、コンペティションにも参加したり講師業でも活躍されるなど、まさに第一線で指先の美を産みだしているスペシャリスト。そのコラムは正確な知識と技術力に裏打ちされ、女性読者からの熱い支持を得ています。(勿論、私もその一人です!)
その星野さんとネイルの出会いは、今をさかのぼること20年前、日本における「マニキュア黎明期」とも呼ぶべき時期でした。
女性なら一度はマニキュアを施した経験があるのではないかと思うのですが、幼少期、私は美しく色づいた桜色の爪に憧れ、母の鏡台から勝手に失敬したマニキュアを塗ったことがあります。もちろん子供なので爪の形とは関係なく、手全体にまぶしてエライことになった記憶があるのですが、その時の幸福感はいまでもはっきり覚えています。
が、まさかトップネイリストの星野さんにも似たような経験があったなんて、と驚かされたコラムがこちら。
国産のメーカーは僅か数社、ほとんどが輸入品という状況の中でご本人いわく「遊び盛り」の年齢の爪を真っ赤に塗り、両面テープで貼ったネイルチップを付けて遊びに出掛けた日の高揚感。そのわくわくした様子は、このコラムからも充分に伝わってくるほどです。
その後、星野さんは当時主流であった人工爪のスクールに通い、技術試験を突破。その後自宅でサロンを開業し、講師業もスタート。現在はネイリストの登竜門である技能検定対策の講座を持ち、色彩心理学も勉強されながら現役のネイリストとして活躍していらっしゃいます。
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星野さんのコラムの特徴は、ネイルサロンを運営する経営者でありながら、同時に「サロンはちょっと敷居が高いかな」「ちょっと時間が取れないけど爪を綺麗にしたいな」と思う読者のために、ふんだんにセルフネイルの技術を披露してくれるところにあります。
例えば、星野さんも利用されたというネイルチップの装着法。あるいは、安価だけれど意外と使えるネイルシール、「そんな爪で家事が出来るの?」という疑問に答えたこちらのコラムやセルフジェルネイルに関する注意など、星野さんのコラムのバリエーションはこんなにも懇切丁寧、かつ種類豊富です。
もちろん、現役ネイリストならではコラムも満載。
手に汗握るコンペの模様や、サロンで施術を受けた後のケアの方法、モデルの確保などの問題について説明した後は、サロンでの働き方のイメージも提示。イメージもついていよいよ開業したい!という方には自宅サロンの開業方法まで幅広く教えてくれる星野さんのシリーズは、女性なら(男性でも)読むだけでわくわくしてくるのではないでしょうか。
まったく私事ですが、最近、数年来の友人が星野さんの連載に感化されてネイルスクールに通いだし、無事合格を果たすという出来事もありました。
これはほんの一例ですが、一人の女性が「やりたい」と憧れ、それを実現させる力、というものが確かに星野さんのコラムに備わっている力であり、魅力であるということを、再認識させる出来事でした。
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美容というのは、多くの場合、ごく個人的な欲望を充足させるものであり、また、それでいいのだと思う。けれどだからこそ、自身の「美」に関する価値観は信頼できる人に委ねたい。そう考えられる方も、多いのではないでしょうか。
星野さんはご自身の職業は「常にお勉強が必要」と仰っています。上手いのか下手なのか、常に客観的に判断し、その技術に磨きをかけていくことが必要な仕事なのだと。
既に「先生」でもある星野さんがこのように断言される姿は、プロと呼ぶにふさわしい、非常にはっきりした職人魂を感じます。
だからこそ星野さんは多くの生徒さんに選ばれているのだし、現在も多くの女性の指先を幸せで満たしているのではないか。そんな想像さえ浮かんでくる、星野さんのコラムは「ネイルなんか」と思う方にこそぜひ読んでほしい。
こんなにも女性の「きれいになりたい」という欲望を刺激するコラムは、他に例がないのですから。
JunkStageをご覧の皆様、 こんにちは。
新年明けましておめでとうございます、スタッフの桃生です。
7年目となる今年も、JunkStageをどうぞよろしくお願いします。
さて今回は、年始にもぴったりなこのライターさんを取り上げたいと思います。
■vol.16 音楽家僧侶・梵智惇声さん
――布教の方法というものは、法話だけに限ったものではありません。
坊さんの生き様そのものが、それを見る信者さん、檀家さんには布教なのです。(梵智惇声)

音楽家にして高野山真言宗の沙門(出家した僧侶の意)。オペラ、声楽のほか作曲なども行うプロの音楽家として独立後、出家。現在は宗教と芸術の両面を糧としている。
http://www.junkstage.com/bonchi/
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音楽家でありながら、僧侶。
あるいは僧侶でありながら音楽家。
一見、矛盾とは言わないまでもどこかそぐわない印象の肩書をお持ちなのが、今回ご紹介する梵智さん。しかも音楽の活動分野はオペラを主に指揮から楽曲選曲、編集、演出、声楽家としての活動など多岐にわたります。
どんな経歴を経て、こんな経歴を身に付けたのか? というのはだれしも疑問に思うところ。そのあたりの経緯はこちらに譲りますが、それにしても波乱万丈な人生です。
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さて、梵智さんといえば特筆すべきが「言葉の強さ」。
僧侶として法話を行うことも多い梵智さんですが、その明晰かつシンプルな言葉は、宗教家としての面目躍如たるところです。
私を初め、現代日本において宗教というものをどこか漠然としたイメージ化している人、あるいはクリスマスを楽しみつつお正月は神社に詣でお盆にはお寺へ墓参、という人は多いのではないかと思いますが、しかし日常生活においても仏教はどこか遠巻きにされているもの。そんな人にとって、梵智さんのコラムは身近に触れられる法話の一形態といえます。
しかし! 優しいお坊さん、を期待される方にとって、梵智さんのコラムは、決して甘くはありません。
峻烈な言葉で時代にモノ申し、厳しい言葉で現実を語る。
web媒体という場において、それはむしろ珍しいことといえるでしょう。
特にJunkStageではライターは基本的に実名参加。不用意な発言をすればバッシングにも成りえる条件はそろっています。
しかしながら、梵智さんは曖昧なものを曖昧なままにしておかない。
それは、おそらく冒頭に掲げた言葉そのものを、梵智さんが目指しておられるからだと思います。
人は、なぜ宗教を必要とするのか。
なぜ、信仰というものをよりどころにしてしまうのか。
そういう方にとって、梵智さんのコラムは幻想を打ち砕きつつ、それでも希望を与えてくれるのではないでしょうか。
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音楽家としても、精力的に活動を続ける梵智さん。
今年は既にモーツァルトの室内楽の指揮を終え、2月にオペラ「ドン・ジョヴァンニ」、4月に同じく「フィガロの結婚」を控えていると言います。
その多忙な日々の中、梵智さんはそれでも立ちどらまず、次へ、次へ、と考えておられることでしょう。
梵智惇声、という名前は、実は改名なのだそうです。
より正確に言えば道号が「梵智」、戒名が「惇声」。それはご本人が書いてくださっているところなので割愛しますが、そういう部分も一般には知られていない仏教の一部。
宇宙の深い叡智と真心のある声。
梵智さんは、その名の通り、全てを語り尽くそう、としていらっしゃるようにも見受けられます。
だからこそ、その強い言葉が、読む私達にも響くのではないでしょうか。
JunkStageをご覧のみなさま、こんばんは。
このコーナーも1月空いてしまいましたが、気が付けばもう年末なのですね。
早いなーと思いつつ、年末年始のお休みはコラムを読んで楽しもうと思います!
さて、年内最後のご紹介となる今回のコラムは師走という字面にふさわしい、全力で奮闘するこの先生を取り上げたいと思います。
■vol.15 地質学者・高倉清香さん
――鉱物の形や岩石を構成している鉱物名なんて、後からでいいんです。
勉強を始めるきっかけなんて単純に越したことはない、と思っています。(高倉清香)
愛媛大学修士課程卒業後、インドネシアの国立ゴロンタロ大学の地質学科で講師として勤務中。地質学やゴロンタロでの生活について執筆。
http://www.junkstage.com/sayaka/
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自明のことではありますが、人は、教育によっていろいろなものを学ぶ生き物です。
教育、といっても学校で教えることだけではない。例えば生活習慣や、テーブルマナー、身を置いた環境も含めて、その人の価値観や生活スタイルが作られていく。意識的にしろ、無意識にしろ、「その人っぽさ」の背後にある文化というものは、こういうところから滲むものではないでしょうか。
急にこんな話をしてしまったのは、今回ご紹介する高倉さんが日本とは文化も教育のやり方も全く違う、インドネシアで「教える」ということをし、またご自身でもかの地を「知る」という姿勢を貫いていらっしゃるからだと思います。
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高倉さんは、現在赤道直下の国・インドネシアにて、ゴロンタロ大学の地理学科の講師として勤務されています。
そのあたりの経歴はこちらに詳しいので譲りますが、着任当初から今に至るまで主に大学の中で東奔西走していらっしゃるのは、ひとえに異文化、というものが具体的に教育の場において現れるからではないでしょうか。
確かに、日本の大学制度から考えると、「えええ!?」と驚くようなことがままある、大学での授業風景。
例えば授業のスケジュールを生徒が知らなかったり、そもそも教科書がなかったり、大学教授と言えば研究というイメージがありますがかの地ではどうもそうではない模様。
上記の例は本当にごく一部ではありますが、日本で学生生活を送った多くの方は仰天されるような、ゴロンタロ大学での“常識”と“普通”。こうした事態に直面するたびに、高倉さんは「 私の普通は通用しない、ここはゴロンタロだ、日本じゃない」と自分に言い聞かせている、とのことでした。
そんななかでも課外授業(しかも生徒に人気だそう!)を行うなど学ぶ楽しさを自ら模索し与え続けている高倉さんですが、そこでも文化の壁、というか、文化の違いをまざまざと感じることがあると言います。
例えば、ラマダンまっただなかのフィールドワーク。水も飲めないという陽中の作業、もちろんランチで休憩も不可。それから、生徒への呼び方や呼びかけられ方。これはまさに異文化のための悩みや問題ではないでしょうか。
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また、文化そのものと言う点への高倉さんの好奇心は留まるところを知りません。
例えば、かの地でのお給料事情。なぜかお掃除の度に濡れる、トイレットペーパー。果ては無駄毛の処理の方法まで突っ込んで聞く、あるいは確認をする高倉さんは、本当に楽しそうにその様子をコラムにちりばめています。
文化が違うのは、当たり前のこと。
その上で、自分が何が出来るのか、あるいは何を出来るのか。
高倉さんのコラムには、「教える」ということ以上に、そのようなきらきらした視点があるように思います。
その根底にありそうな、この言葉。
「自身もこんな都会に住めたらいいのになぁ、と強く思ったことも事実です。
しかし、なぜでしょう。
ゴロンタロ空港に到着した時の安心感と帰ってきた感。」
高倉さんは自分が今住んでいる、この場所が本当に好きなのだなあ、と思わせられる部分です。
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異文化のギャップと、それを埋めるための努力。
まさに走り続ける「師」である高倉さんのコラムには、そんなヒントがたくさん溢れています。
JunkStageをご覧のみなさま、こんにちは。
9月も下旬と言うのに日本ではまだ残暑真っ盛りですが、そんなときこそ訪れたいのが水族館。
今日ご紹介するライターさんは、水族館で「アシカのお兄さん兼飼育員」として、水族館に掛ける気迫は気温に負けない熱さをもったこの方です!
■vol.14 水族館員・こばやしさん
―みんなを幸せにできる水族館を目指して!わしゃもっともっとやったるけん。(こばやし)
水族館員になるという保育園児の頃よりの夢を叶え、地元愛知県の水族館で飼育員兼アシカのお兄さんとして勤務中。
http://www.junkstage.com/kobayashi/
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こばやしさんの水族館での業務は多岐にわたります。
展示する生き物の収集(仕入れ、ではなく、むしろスカウト)、展示の解説ボード作り、アシカショーのお兄さん、生き物の飼育、水族館としてのイベントの企画立案実施、などなど。どのお仕事も生き生きとこなしていらっしゃるのはコラムにも表れているとおりですが、私が睨んだところ一番楽しんでいらっしゃる様子なのがスカウトです。
休日には山に行ってサワガニを獲り、夜には夜で港へ行ってウミケムシなるゲテモノ(失礼)を獲り、深夜未明には船酔いしながらトウゴロウイワシと格闘し、ドンコに展示品を食べられてしまい寂しくなった水槽のために近所でパンを餌にオイカワを釣る。
今、ざざっと例を挙げてみましたが、これらの記事の掲載スパンはなんとたったの3カ月!
勿論こばやしさんは以前よりスカウト行為に精力的に取り組んでいらっしゃるわけですが、こうやって列挙しながらひとつひとつの記事を眺めていくと、本当に本当にほんっとうに!こばやしさんはこの仕事を愛しておられるのだなあ、という気がひしひしとするのです。
(ちなみに自宅でもアピストグラマというきれいな熱帯魚を飼ってらっしゃいます。美女です。)
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また、こばやしさんといえば絶対に触れておきたいのがその文章力の高さ!
文句なしに面白いコラムは読んでいただけば実感頂けるので割愛することとして、その技術が余すところなく活かされた展示パネルを例に引きたいと思います。
魚名版と呼ばれる解説パネルは通常、学名や特徴などが簡潔に記されたスタイルであることが多いのですが、こばやしさんの勤務先の竹島水族館のパネルは一味もふた味も違います。
来場者へ展示された魚の特性を強く印象付ける方言パネル・シリーズ、食べられる魚の味に言及した味覚パネル・シリーズなど、読んでいるだけで「へえ!」と勉強になって、楽しくて、ついでに実際のお魚も見たくなって一石二鳥どころの話ではありません。
これらのパネルはこばやしさんを含む担当スタッフの皆さんが手作りしたものであり、正確かもしれないけれど記憶に残らないパネルではなく、「何が何でも読ませて見せる」という強い意識を感じさせるものです。
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冒頭に掲げた言葉は、そういう意味で、こばやしさんの情熱の源のようにわたしには感じられます。楽しんで水生の生き物たちと触れ合える場を、楽しんで学びが出来る場を、そして何より来場された方全員が幸せになって帰れるような場所を、つくる。
この決意を、こばやしさんは別なコラムでこんな言葉で表現もしています。
「ヒトが魚を見て、いろんなことを学んで(教科書的な勉強!じゃなくて)、喜んで、笑って、家族や好きな人と話をして、何かを感じとれれば、それが水族館の魚にとって幸せや喜びの一つであるかもしれない。と、思うわけだよな。水族館は奥が深い。(中略)
水族館の魚たちは、オレたちはここにいる!すごいんだぞ!だからオマエもいろいろ考えて頑張るんだぞ!自分以外には優しくするんだぞ!ということを人々に教える代表選手。イイ水族館にして、そういうことを来る人に溢れんばかりに伝えるようにしなきゃいかん。」
この、真摯な気持ちこそが、こばやしさんの熱意の原動力なのではないか。
読み返すたびに感じる、仕事への誇りと生き物たちへの愛情。
こばやしさんは、JunkStageが誇る水族館のお兄さんです。
JunkStageをご覧の皆さん、こんにちは。
日本ではまだまだ暑さが続いておりますが、本日ご紹介するこのライターさんのお住まいのインドネシア共和国ではぎりぎり乾季の期間中。気温は同じように高いそうですが、それを感じさせないほどコラムからは爽やかな日常が感じられます。
今日ご紹介するのは、もはやここで取り上げる必要も個人的には感じられないくらい、JunkStageの看板ライターのお一人である、由佳さん。
日本国籍を持つ女性としては非常に珍しい経歴である「一夫多妻の本妻」として、2007年から今に至るまで約5年間もの間、ほぼ毎週の連載を続けてくださっています。
■ライターへの手紙。vol.13 一夫多妻の本妻・由佳さん
―私はその時、初めて『信頼』という言葉の重さを知り、
また、結婚に対しても「覚悟」をしたのでした。
「ぜったいに離婚はしない。この人を信頼し、一生添い遂げる」と。(由佳)
バリ島にて、日本人だけの一夫多妻ファミリーの本妻として生活中。島での生活や家族のことをお届け中。
http://www.junkstage.com/yuka/
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さて、読者の皆様は「一夫多妻の本妻」というとどんなイメージをお持ちでしょうか?
「なんかすごい人間関係がドロドロしていそう」とか、「いったい何でまたそんなことに……?」とか、それこそ火曜サスペンス劇場的な妄想を瞬時に繰り広げることができるのではないでしょうか。
実は。何をかくいう、わたし自身がそんな風に思っていました。
なので、当初由佳さんの参加が決まった際、「それコラムに書いちゃっていいの!?」と思ったりもしたのです。結果的には全く杞憂だったのですが、それぐらいこの肩書から受ける印象は強烈だったのです。
でも、コラムを読むにあたり、本当に一ミリもそんな心配をする必要はありません。
読んで頂ければ分かることなのですが、由佳さんのコラムには随所に「信頼」という言葉が出てきます。主に日本とバリを行き来する御主人に向けて、そしてご自身のお子さんを含む子供たちに向けて、第二夫人である「ゆっちゃん」や第三夫人である「あやかさん」へ向けて、また、お屋敷で働いている使用人の方々へ向けても。
それは由佳さんが御主人をはじめとする家族を大切に思い、その人間関係を維持していこうと考えているからこその、言葉ではないでしょうか。
* * *
由佳さんはもともと、社労士として事務所を経営していたという経歴を持つ女性。
ご主人との結婚を機に退職し、キャリアを捨てて家庭に入ることを選んだ由佳さんですが、それでも当初は御主人の夢でもある「一夫多妻」に対しては、本妻として迎えられることに罪悪感があったそう。
「わたしは、二番目の方がわたしに対して抱く罪悪感がとても嫌でした。(中略)わたし自身も自分が本妻でなかったら出来ません。」
「(主人と)別れることは簡単です。でも、主人を愛しているし愛されているのに、離婚するのはおかしいと思うのです。それにみんな主人を愛していますから、みんなが幸せであればいいと思って生活しています。」
これは、JunkStageが初めて出したフリーペーパー(2008年)でのインタビューに対する回答ですが、原稿を担当したスタッフは由佳さんをはじめとする家族全員に「絶対的な信頼関係と満ち足りた愛情」を感じたと言います。
由佳さんは、このコラムでは、ご自身のことをこんなふうに称しています。
「もし、私が嫌な波動を出せば、それは家族全員に波及していずれ崩壊するかもしれません。ある意味、私はキーマンなのかなって思います。だからこそ、夫を信じて、ど~んと構えていればいいのですね。」
* * *
「おかあさん」は人間関係の要でもあります。
だからこそ、由佳さんのコラムに描かれる方々はどこかほんのりと温かい。
それは、信じ難くとも確固たる信頼関係に根差した互いへの愛情が感じられるからこそ、ではないでしょうか。
JunkStageをご覧のみなさま、こんばんは。
まずはじめに、先日大きな被害をもたらした豪雨にて避難を余儀なくされている方、そして大切なものを失われた方々に、心よりお悔やみ申し上げます。
私自身、東日本大震災では自然の猛威を肌身に感じた一人でもあります。
自然というのはこのように恐ろしく、ときに牙を剥くものでもあるのですが、その一方で私たちに大きな恩恵を与えてくれる存在でもあります。
良くも悪くも人と自然との関わり方について考えざるを得ない日々が続く中、そんな自然に常に目を向けている、今日はこのライターの方をご紹介したいと思います。
■vol.12 北の写真家・山田雅幸さん

――僕達にはきっとまだまだ知らない自然の世界がある。
私達が自然に惹かれる一番の理由とは、人間界とは違う時空の中に存在する
生命の不思議さなのかもしれない。(山田雅幸)
自然写真家。札幌で生まれ育ち、20代前半で改めて地元北海道の自然に感慨を受け、撮影活動を始める。自身が大雪山等の山に登り、森を歩いて自然や野生動物の姿を記録している。
http://www.junkstage.com/yamada/
* * *
山田さんがJunkStageに参加することになったのは、2008年の冬のこと。
以来、現在に至るまで平均月2回のペースで写真入りのコラムを掲載し続けています。
発表された写真は100枚を超え、そのどれもが北海道の山を歩き、自ら見つけた「自然」の姿。地元であるということを差し引いても、この量・質ともに揃った写真の素晴らしさはJunkStageの主催した公演やcaféイベントでも多くの方の関心を惹いていました。
その写真の魅力は、被写体である北海道の時に厳しく、ときにあたたかくある雄大な自然だけではありません。
サラリーマン時代の楽しみは仲間とのドライブだったという山田さんですが、その頃は「人間の気配のない野生の世界」という視点を意識して写真を撮っていたのだそう。
そのスタイルが変わったのは、大雪山公園で出会った、一匹のナキウサギの姿を目にしたときからでした。

(写真引用:自然との出会い)
この愛らしい野生動物に魅かれ、追いかけ続けた山田さんはナキウサギそれだけでなく「原始自然」とも言うべき山の姿に魅かれ、またその存在を常に感じる生活がしたいと強く願っている自分に気付きます。
そしてそれは、自然を通して自分自身を知りたい、という願いにも繋がっていきました。
その山田さんの決意を端的に伝えるこの記事から一部抜粋させていただきます。
「「自然」を見つめながら「人間」というものを知る。僕はこの2本の線の交わるところに浮かび上がる、なにか本来の人間にとっての大切な「心」というものを、今後も深く感じてゆきたいと思います。」
* * *
重さ30kgにも達するザックを背負い、標高2000mの山に昇り続けるうち、「生かされている」という感覚を得た山田さん。自然の中に身を置くことで、自分の力で楽しみを見つけだし、自分の力で身を守るという人間本来の本能の様なものがよみがえってくるのだと語るこの記事には、その素直な感動が率直に綴られています。
そんな山田さんの数多い写真の中から、もう一枚、わたしの好きな写真を紹介したいと思います。

(写真引用:動物にとっての「春」と人々にとっての「春」)
暦の上では春が近づいてきてもまだ寒さ厳しい2月の、キタキツネの深い眠り。
身をぎゅっと縮めて眠るキツネの姿は、北海道という土地の冬の厳しさ、春に焦がれる気持ちを端的に表して見る側の感情にダイレクトに訴えてくるのです。
* * *
だからこそ、山田さんの写真は、本当に自然に近い。
物理的にも、心理的にも自然によりそうファインダー越しの視線が観客にも伝わってくるのです。
そして、写真と合わせて掲載される言葉の豊かさといったら!
饒舌であることがすなわち感情を上手に伝えると言うことではない、と思わざるを得ない、シンプルかつ、実感に溢れた言葉が綴られたコラムは、自然と自分との関わり方を考えさせる確かな力があるのです。
Junkstageをご覧のみなさま、こんにちは。
JunkStageには様々な職業、ご経歴を持ったライターさんが多数いらっしゃいます。その稀有な言葉から、中には、安易な「想像」を寄せ付けない想いを持っている人も。
その中のお一人であるメグミさんを、今日はご紹介させていただきます。
■vol.11 乳がん闘病中・メグミさん
―乳がんという病気は、自分とはまったく無関係だと思っていた。
その私が何の知識もないままに、乳がんになった。(メグミ)

プロポーズを受けた直後の2008年3月、乳がんであることが発覚。現在も闘病中ながら、若年性がん患者団体「STAND UP!!」の運営に携わる。
http://www.junkstage.com/megumi/
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メグミさんは2008年10月、同年11月27日に手術を控えた時期にJunkstageに参加されました。
その手術とは、乳がん細胞の除去手術。
29歳という、体力にも自信のあった時期の出来事でした。
韓国式アカスリのおばちゃんに言われてはじめてしこりらしきものに気付いた3月12日、告知を受けた衝撃をつづった3月14日。これらの記事は入院前のメモを基に描かれたものですが、手術を控え、不安や動揺を紛らわせるかのように更新が続きます。
そして、4月からは通院での治療が開始。
「皮膚につくとただれてしまう」という強い薬剤の入った点滴をメインした闘病記録には「ただひたすら涙を流しながら時間が経つのを待った」という記載があります。 告知のときも、点滴を受けている間も、ひたすら泣いたという淡々とした記述。
そして、その強い点滴の副作用として、髪が抜けるという現象が起こります。
同年に考えていた結婚式のために伸ばしていた髪が、抜ける。
これがどれだけ辛く、悲しいことだったのか。
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冒頭に挙げたのは、メグミさんが闘病中初めて迎えた乳がん啓発イベント・ピンクリボンデーの日に感じたという言葉。
そして、その言葉は次のような決意に繋がっていきます。
「だからこそ、誰にでも起こりうる身近な病気だ、と訴えたいし、
腫瘍が大きくなれば大きくなるほど、生存率が低下してしまう病気であるからこそ、
早期発見がどれほど重要か、それを一人でも多くの人に知ってもらいたい」
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この言葉を実践するために描き続けられる、闘病の記録。
メグミさんのコラムには、こうした記述が至る所に現れてきます。
けれど、その悲しみに溺れないところもまた、メグミさんのコラムの大きな特徴です。
副作用を隠すためにウイッグをつけ、黒ずんだ爪にネイルアートを施し、女性であるということを諦めずに毎日を過ごす。同じく乳がんと闘う女性同士でフリーペーパーも発行し、「Relay For Life」というチャリティイベントにも参加するなど、自身の悩みのもとでもあった若年性乳がんの情報の普及にも尽力。だけでなく、闘病前からの趣味であるマラソンも再開。手術から半年後には休職していた会社にもアルバイトとして戻ったメグミさんは、現在再発もなく、2010年には休職前と同じ職務で正社員に復帰しています。
仕事に旅行にと、とてもアクティブに過ごしているその姿は、コラムの恬淡とした記述のイメージを裏切るほど、爽やかで溌剌。
その姿は、ひとりの女性としてもとても眩しく見えるのです。
JunkStageをご覧のみなさま、こんにちは。
長いような短いような連休も終わってしまい、なんとなく気が抜けている桃生です。
が、世の中には連休なんてとんでもない!というお仕事についていらっしゃる方も多数。
その最たる職種が生命に関係する仕事ではないでしょうか。
今回ご紹介するこのライターさんも、命の現場で、日々奮闘なさっているのです。
■vol.10 獣医師・シゲノブさん
――獣医師としての定年はありません。何年でも何歳まででも働けます。
世間が許してくれるなら僕は75歳くらいまで働きたいです。
働かないとだめなのですね、性格的に。いつも、走っていたい。(シゲノブ)

北海道生まれ、北海道育ちの獣医師。農業団体で牛や馬を中心に仕事をする傍ら、アニマルセラピーと救助犬活動を行う「北海道ボランディアドッグの会」でも活動。
http://www.junkstage.com/shigenobu/
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シゲノブさんはキャリア20年以上(!)のベテラン獣医師。
現在は農業団体に勤務し、家畜(豚、牛、馬など)の体調管理などのほか、NPO北海道ボランティアドッグの会でアニマルセラピーのボランティア活動にも積極的に活動の場を広げていらっしゃいます。
シゲノブさんはセラピー犬の適性検査から老人介護施設等への慰問まで実際にかかわっていらっしゃいますが、そこから伝わってくるのは仕事に対する研究熱心さと人への温かな視線。
アニマルセラピーという注目されやすく、期待を集める分野に携わっているだけに、問題点についても誠実に検討するという姿勢がしっかりと伝わってきます。
前者については言わずもがなですが、シゲノブさんのコラムに登場する沢山の動物の病についてのコメントからもご納得を頂けるのではないでしょうか。
乳熱、子宮脱、乳腺腫瘍、犬インフルエンザ、猫の免疫不全、果てはペットの認知症まで、動物の病を一手に引き受ける万能感もさることながら、勉強熱心な獣医さんだからこそ最近の臨床事例や研究などの引用も豊富。
こうした専門的な内容のコラムを参加当初からほぼ毎週1回以上更新し続けるということからも、いかにシゲノブさんが稀有な存在であるかお分かりいただけることと思います。
* * *
そんなシゲノブさんが本領を発揮されたのは、2010年に宮崎県を中心に大きな被害をもたらした口蹄疫被害への派遣でした。
2010年6月に宮崎に赴き、同年7月の更新はすべてそこで見聞きし、体験されたことをコラムにまとめていらっしゃいます。
200頭以上もの牛に麻酔を施し、自身も怪我を負いながらチームワークで乗り切ったというシゲノブさんですが、その場にいて辛い仕事をしなければならなかった悲しみは本当に大きなものだったでしょう。
それを端的に伝えるエピソードがあります。
「先生、母子の場合はどちらかが先になるのでなく、同時に処分してください」
…これは、シゲノブさんが実際に農家の方に言われたことだそうですが、子牛と母牛を一緒に殺すというのは病の流行を食い止めるためとはいえ、本当にむごいことだったと思います。そして、シゲノブさんはそのエピソードに続けて、こんなことをおっしゃっています。
「家畜は人間に食べられて命を繋ぐものです。命を繋ぐことができないで、ただ殺される動物のことに思いを寄せざるを得ません。飼い主の人たちも一定程度金銭的な補償はされますが、つらい思いの補償はされませんし、できません。」
安易な共感を寄せ付けない、シンプルで、強い言葉です。
それでも、シゲノブさんは獣医師でいて一番良かったことはこの口蹄疫の作業に従事することができたことだとおっしゃっています。この言葉からは、獣医師としてプロの仕事を全うされたという強い信念がうかがえるのです。
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しかし、シゲノブさんは真面目でお堅いお医者様というわけではありません。
学生時代は「女装&うどんくい競争」なる不思議イベントに参加していたり、たまにちらっと好物を主張してみたり、もしかしたらシゲノブさんの言う動物のなかには人間もしっかり含まれているのではないかと思えるほど、ご自身に対する好奇心も旺盛。
そのアンテナの広さが、獣医師という幅広い職域としっかりマッチしているのです!
専門的な内容なのに読んでいてちっとも小難しくはなく、しかもユーモラス。
それが、シゲノブさんの凄いところの一つでもあります。
たとえば「ちょっけん」こと直腸検査の模様(でもよくよく読むと相当凄い絵になるような…!)、野良の子猫の捕獲に一喜一憂したりしている姿は真摯な動物愛護の精神だけでなく、シゲノブさんの温かい人柄が伝わってきます。
プロの仕事、の素晴らしさを、私はシゲノブさんのコラムからいつも感じます。
獣医師を目指す方だけではなく、動物好きな方、そして何より人が好きな方に、ぜひ読んでいただきたい。
シゲノブさんは、いつも走り続ける、JunkStageのトップランナーなのです。











