前回のコラムで。例年、この時期はとても忙しいと書きましたが
今年は、先月が出店先の一カ所が閉店。今月からは出店先が一カ所増える
という、例年以上にドタバタしてまして(汗)。それだけでも大変なのに
ブログを読まれている方はすでに知っていると思いますが、急遽引っ越しをする事になりました
これまた前回、少し触れさせて頂いた。いろんな方達と協力をして、食材&資材を大量に仕入れたり
いろんな企画を建てたり、業者間のつなぎ役をする為。その拠点を探していまして
たまたま寄った不動産屋さんにて、その役割をする場所としては最適な場所が見つかり。今週のアタマにその物件の中を見させて頂き、即決!つい先日、契約をしてきました。
あまりに急な展開ですが。この経緯がとても奇跡的な偶然というか、絶妙なタイミングで全て重なり。この物件を自分に使わせる為に全ての流れが計画されていたのかと思われるような、そんな運命を感じさられるような出会いが何度も重なり。この、スピード契約に繋がりました。
この経緯は、また後日じっくり書かせて頂きますが。本当に信じられないような偶然がいくつもあり、今でも興奮しています。
少しだけ物件の事を紹介させて頂くと。元々は塾で、中はとても広く
とても使い勝手(自分としては)がいい。
ただ、人が住む為の設備は無く。ガスはどうするのか?お風呂は何処に設置するのか?駐車場は?店舗として使う事も考えるのか?今は全く可能性はないけど、今後自分に家族が出来るような事があった場合はどうするのか?全くの独り身である今はよくても、もしもって事もある。あと、過剰設備もあるのでそれをどうするか。とにもかくにも、大幅な改築が必要なのは確実で、当然の事ながら膨大な出費を覚悟しなくてはい。
それでも、この広いスペースをなるべくなら有効的利用したい。只今必死に検討中で
せっかく、教室という設備があるので。定期的に解放し、いろんな~教室なんて開けたらいいなぁ~とか、会議や講習もしたい。お客さんや知り合いに音楽関係の事をしている方がいるので、プチライブやイベントもしたいし。職人さんも沢山居るので、個展やギャラリー的なスペースとしても使いたい。それと、旅人達を受け入れる事ができるライダーハウスとしても使いたい。やりたい事はいっぱいある。
自分も含め、周りには趣味人がとても多いので。みんなのしたい事やアイデアを沢山聞き、出来るだけその要望が叶うような作りをしていきたいと思っている。
ただ、借り物という事ですし。まずは自分の仕事と、住む為のスペースも確保した上での事。そして、一番は金銭的な面が大きく
新たな設備投資をするにも、限りがあります。なので、出来る限り自分達で出来る事は自分達で作り。大きい設備に関しては業者さんを入れる事になるので、後になってあぁ~しておけばよかったとか、ココはやっぱ邪魔だった、なんて事にならないよう。とにかく、今のうちにいろんな方からのアイデアを聞き、限られたスペースを有効利用できるよう、計画を練っている最中。
来週には、不動産屋さんと大家さんでもある業者さんを交え。外観を含め、内部にどのような設備を入れるのか、大幅な改造が必要な所は早めに決めないといけません。限られた時間内にいろんな事を決めないといけないので、日々頭を悩ませています。
すでに、一部荷物を搬入し。今月分の家賃をお渡ししているので、費用的な負担もあり。早急に話しを進めています。
ただ、とても重要な事が多くあり。いろんな方々の意見・アイデアを吸収し、何とか理想に近いお城!?を完成させたいと思っています。
今後もしばらく更新が遅れる事になると思いますが、新たな一歩を踏み出す貴重な時間なので、よろしくお願いします。
あっ確定申告、まだ終わってないんです(汗)。間に合うかな?
この時期、個人事業者にとっては昨年の〆でもある【確定申告】という、大事なお仕事をしなくてはいけません。自分の場合、一年で最も仕事が忙しい時期と重なるので、毎日が時間との闘い。まともに熟睡できる日は殆どありませんそれでも時間が足りず、仕事中お客さんが居ない時、ちょっとでも作業を進めたいので、領収書の確認や経費の仕分けを再確認。毎年『確定申告が夏だったらいいのに』なんて愚痴りながらやっています。
通常、店舗を構えている(借りている)場合は家賃が発生しますが、移動販売の場合、出店料(テナント料)が発生します。移動販売ならではの【経費】です。出店先によって金額は様々ですが、だいたい売り上げの10%~20%。一部、出店先によっては定額料金で支払う場所もあり。3000円~5000円ぐらい、フリーマーケットやイベント等の出店では、ごく稀に無料の場合もありますが、3000円~2万円ぐらいと、イベントの内容・規模によって金額は様々。当店では、売り上げのほぼ2割弱を出店料が占め。自分の場合、アパートとガレージを借りているので、その金額を合計するとかなりの額。そして、移動に掛かるガソリン代と有料道路の代金、車両の維持管理費。事務的に計算をすると、住居付きの店舗を借りた方が断然安上がりに感じてしまいます。それでもやはり“移動“するというのは、いろんな地域に出向き、いろんな方々に気軽に食べてもらえる事を考えると、”移動”する事のメリットというか、楽しみはとても大きく感じ。絶えず、新鮮な気持ちで出店ができるのは、気持ちの面でも支えになります。
いつかは店舗を持ちたいという目標もありますが。理想は、店舗を他の方に任せ、自分は出来る限り走り回っていたい。
移動するという事が、メリットなのかデメリットなのかはその方の考え方次第で、みなさんが思っている程安く運営できるとは思いません。それは、長く営業をすればする程感じます。ただ、初期費用の安さ・お客さんとの距離の近さ・出店先との交流・いろんな地域でお店を出せる。この事は、店舗を構えないからこそ味わえる楽しさだと思います。ただ、ココ数年は食材と資材の高騰があり。売り上げに占める経費の額が年々上がってきています。この事は何処の飲食店さんも頭を抱えている問題で、お客さんに提供する品目に限りがある移動販売では、コストの上昇を売値の価格に反映する事は難しい。そして、店舗が無く出店先が見えにくいので、どのように宣伝をし、効率よく集客をするか。移動販売の大きな課題。
そこで、自分の理想としては。同じ地域の移動販売をされている方達と協力をして、ある程度の資材や食材の仕入れを統一し、大量仕入れによるコストと管理の手間を削減。お互いの出店先を共有化し、出店先を安定して確保。HPやチラシも共同で作成し、個人負担が軽く効率のいい宣伝をする。出来る事なら、販売車両や設備もある程度同じモノを使用し、設備の維持・管理をし易くする。出店先や仕入れ先がある程度安定して確保できたなら、新たに移動販売を始める方達をバックアップする事もできますし。移動販売のリスクを最小限に抑える事もできます。出店先も、絶えずいろんな移動販売車を安定して迎える事ができ。仕入れ先業者さんも、今までより多くの商品を販売でき、同時に多くの顧客(販売先)を確保できる。車両に関しても、改装やメンテナンスを同じ業者さんに頼む事で、コストの削減や、緊急時の対応もスムーズにいくと思う。移動販売をされる方・出店先・取引業者、それぞれが協力しあって、お互いをサポートできるような体制が整えば、最終的にはお客さんにも安心して来店して貰えると思う。移動販売というのはお客さんとの距離も近いので、自分のお店と同時に、他の移動販売車や各出店先・取引業者さんの宣伝も一緒にする事が出来ます。当店では、常連さんのお店や取引業者さんのチラシをよく配っているのですが、それらをまとめて配る事ができれば、効率もよくなります。業者さんが一軒一軒ポスティングするよりは、遥かにいいはず。
移動販売をお店として見るだけではなく、一つのコミュニティとして考えれば、いろんな活用方法も考えられますし、営業の幅も広がるはず。
今はまだ、その土台作りの段階で。実現は当分先になると思いますが、目標や楽しみを作る事も自営には大切で、夢はドンドン広がります
前回、【新年早々いろんな事が】というコラムを書き。その後出店先へ行ったのですが、またまた予期せぬ出来事が。
お店を出してしばらくすると、店長さんから『ココ、閉店する事になったよ』って
2月いっぱいでココの店舗は閉店。なので、自分も出店できなってしました(涙)
こちらの出店先は、新城の(一番長い)出店先に次いで長い間お世話になっていて、とてもいろんな思い出のある場所。
昨年から、店長さんが『もしかしたら、そのうち閉める事になるかも』と、言っていたので、いつかはこのような日が来るんじゃないかとは思っていたんだけど・・・
こちらの店舗はブラジルの食材や衣料を扱っていて、働いている方もみんなブラジル出身の方
最初はちょっと戸惑いながらの出店だったけど、徐々に仲良くなって。プライベートでも会う事があるぐらい親しくして貰っていた 。
以前は、沢山のお客さん(殆どブラジル人)が入っていたんだけど、この不景気になって沢山のブラジル人が帰国。徐々にお客さんが減ってきていたので、危機感はあったのですが・・・
店長さん他、従業員の方達は閉店の約一カ月前に入ってから閉店の知らせを聞き、これからどうしたらいいのか、本当に困っていた。この時期に新しい仕事を探すのはとても難しい。みんな真面目に働いていたのに、いきなりの閉店。当然、みんな解雇って事になる
出店っていうカタチだけど、唯一の日本人として働かせて貰い
従業員の誕生日には、自分も一緒にケーキを貰い。たまにポルトガル語を教えて貰ったり、逆に日本語を教えたりも。日本語の郵便物が届いて、意味が解らない所は説明したり。本当にいい関係だったと思う。
日本人も突然解雇される事もあるから、当然ブラジル人だってあるとは思う。でも、ブラジル人が新たに仕事を探すのは本当に難しい。ましてやこんな時期に。一応、一ヵ月前の告知だから。法的には問題ないかもしれない。経営者だって、苦渋の決断だったと思う。
豊川店と同時に豊橋店も閉めるという事なので、愛知(本社は確か静岡)からは撤退するらしい 。
自分は偶然にも、新たな出店先が増えた所だから。仕事面に関しては救いがある
それでも、こちらで働いていた従業員の方達は本当に大変だと思う。もしかしたらブラジルに帰る方も居るかもしれない・・・辛いナ。
そもそも、どうしてこちらの店舗でお店を出そうとしたのかというと。元々、同じ市内の出店先で沢山のブラジル人の子供達が来てくれていたのですが、突然そこの出店先に出す事が出来なくなり。その時、その子供達から
『ここのたこ焼きが食べられなくなるのはイヤだ』
『他のたこ焼きは食べられないから、近くにお店を出して欲しい』
そんな事を沢山の子供達から言われ、近くの出店先をいろいろと探すもなかなか見つからず。そんな時に偶然会ったブラジル人の子供から
『TAKARAってお店があって、そこによく買い物に行くから聞いてみたら?』
そう言われ、たまたま近所にそこのお店の看板があり、電話番号も書いてあったので早速メモを取り、電話を掛けてみる事に。とりあえず話しを聞いてくれるという事になり、そちらの店舗へ。責任者は日本人の方でしたので、早速出店のお願いをしたのですが。責任者の方からは
『ウチはブラジル食材のお店で日本人は殆ど来ない、だからたこ焼き屋をやってもそんなに売れないよ』
『ブラジル人はたこ焼きみたいなモノは好んで食べないと思うし』
そのような事を言われました。
そこで、今までの経緯とどうしてもその子達にたこ焼きを食べて貰いたいと伝え、何とか出店許可を頂く事に
その時『じゃあ、是非頑張って貰いたいから出店料はいらないよ』
と言ってくれました。とても嬉しかったです
でも、自分から出店のお願いをしているので、出店料はしっかりと払いますとお願いをし、出店させて頂く事になりました。それから数日後、緊張の初出店。
責任者の方は普段店舗には居ないので、周りはみんなブラジルの方。初めての環境で、本当に戸惑いながら準備をし、出店を開始。殆ど宣伝もしていない状態で、ましてや周りはブラジル人ばかり。以前出店をしていた時の子供達にも伝えていない為、お客さん達からは全く相手にされない。時間ばかりが刻々と過ぎていく。
見るに見かねてなのか、店長さんが1パック買ってくれましたが。その日はその1パックが売れただけ。朝10時から夜10時まで出店(今は営業時間も変わり、3時から9時まで)をして、です。
初日がそのような状態で、本当に不安でしたが。それから出店を重ねる度に買ってくれる方が増え、常連さんもでき。本当に地道に、コツコツとお客さんを増やす事ができました。
それでも、やはり売り上げは思うように伸びず。数年経ったある時、店長さんから
『ウチよりもお客さんの多い出店場所も出来たから、そっちに出した方がいいでしょ』
って言われた事があり。それでも自分は
『常連さんも出来たし、今の自分があるのはコチラで出店させてくれたおかげだから』
と、出店を継続させて貰っていました。
当時、他の出店先での売り上げはコチラの数倍あり。売り上げだけの事を考えれば、他の出店先に多く出した方がいいのは解ります。移動販売をしている知人にも『いつまでも売れない場所に出していても意味がない』と、よく言われていました。
商売として考えれば、当たり前の事なのですが。自分は、たった一人でも自分のたこ焼きを食べたいと思って買いに来てくれる方が居るのなら、そこでの出店はずっと続けていたい。そう思って今まで続けていました。
新城の出店先を探していた時も、同業者の方から『豊川に居るのに、何も人口の少ない新城で探さなくてもいいのに』なんて言われましたが。どうして自分が新城にこだわったかと言うと。
以前、たこ焼き屋でアルバイトをしている時。よく買いに来てくれているおばあちゃんが居て、その方が『新城には美味しいたこ焼き屋がなくて、それで豊川まで買いに来ているんですよ』そんな話しを自分にしてくれていたので、自分が移動販売を始めたら絶対に新城にお店を出そう。そう思って新城での出店先を探していました。
その方が自分のたこ焼きを買ってくれたのかは解りませんが。いつか、あの方と再会し、たこ焼きの話しができたらな・・・そんな事を思いつつ、新城での出店を続けています。
出店先には、自分なりにいろんな思いがある場所で
ましてや、自分でいろんな所を走り回って探した出店先です。他の出店先の方がお客さんが多いからといって、簡単に出店先を辞める事なんてなかなかできません。
ある映画で
『憧れや夢 そんなもんで飯が食えるほど生易しい時代ではない』
そんなセリフがありました。
今までいろんな辛い経験をして、そのたびに『やっぱ商売ってのは冷たいモンなんだな』なんて思いました。
理想とか、信念とか。思いや情熱だけでは自営はできなと思う
でも、その思いがあったからこそ、辛い日々を乗り越えてきた訳で。それがなければとっくに挫けていたし、その思いがなければ、そもそも自営なんてしていないはず。
8年という月日はとても長く、それだけ多くのお客さん達と接してきた時間。沢山の思いが詰まっています
でも、いつまでも思い出に浸っている場合ではなく。店長さんから閉店の知らせを受け、自分もいろいろとやらないといけない事がある
来月からの出店予定の調整。それに伴い、仕入れや仕込みの段取りをまた考え直す
そして、ココに来てくれる常連さん達に2月いっぱいで出店が終わるという事を知らせないといけない
それでも、あと一ヵ月の間に全ての常連さんが来てくれる訳ではないので。恐らく、殆ど方には閉店の知らせをする事ができないと思う。
今までもそうだったけど。出店先が無くなるという事は、そこでのお客さんと別れるという事
車やバイク等があって、他の出店先に来れる人はほんの僅か。子供達や、近所のおじいちゃんやおばあちゃんとは、もう会えない可能性の方が高い。出店してから、何年間も定期的に来てくれ。いろんな話しができるようになったのに
小学生だった子が、今は社会人になっていたり。中学生だった子が、今は結婚して子供と一緒に来てくれていたり。いろんな子達の成長を見てきていました。8年というのは、それだけ長い時間。
ココが無くなると、他の出店先は近くても豊橋。これで豊川の出店先は一つも無くなってしまった
自分が住んでいる街での出店先が無くなるというのは本当に辛い。
今月で一つの出店先を失い、来月からは新しい出店先が増える。数字的には5か所と変わりはないものの、そんなに単純な事ではない
移動販売をしている以上、出店先があっての営業。今までも幾度となくこのような経験をしているけど、今回は本当に辛くて仕方ない。
残りの出店、いつもよりいろんな思いを込めてたこ焼きを焼こうと思う。
ちょっとご無沙汰していました。例年、この時期は尋常でない程忙しいのですが。いつもに増して忙しくなってしまい、寄稿が遅れてしまいました。どうもすいません。 遅れてしまった理由!?も含め、近況報告。
今年に入り、ある出店先で営業をしていた所。お昼になってから、1台の移動販売車が隣に。
初めて見る方でしたが『こちらの車、豊橋で見た事ありますよ』と声を掛けられました。その時出店をしていた場所は、豊橋から車で約1時間半も掛かるトコ。不思議に思い、『どちらから来られたのですか?』と聞くと『豊橋から来ています』と
この出店場所は、イカ焼き屋さん・焼き鳥屋さん・肉まん屋さん・クレープ屋さん、等々。定期的にいろんな移動販売車が来ているのですが、名古屋周辺の方が殆ど。自分の地元(東三河地域)から出店に来る方には会った事がなく、とても驚きました
そして、年齢も近い事が解り。自分の一つ上。地元も年齢も近いという事で共通の話題も多く、いろんな話しをしました。その方は昨年から移動販売を始め、まだ出店先も定まっていないようで
どんな出店先がいいのか?どうやって探せばいいのか?いろいろと聞かれ、一つ一つ質問に答えていました。夜になり、その方は先に帰られたので、その場でお別れを。
そして数日後。豊橋の出店先に、その方が突然来店。
今度は資材の仕入れ先や、車両の仕様・改造について、そしてまた出店先について聞かれたので、改めて答えさせて貰いました。
移動販売というのは、殆どの方が個人での営業で。仕入れ先や出店先探しは個々でやっている事が多い。仕入れ先に関しては、ネット環境さえ整っていれば、そこからいろんな情報を入手し、選ぶ事もできるけど。果たしてそこが本当にいいお店なのか?もっと他にいいお店はないのか?絶えず思う事だと思います。
自分のように、人を頼らず。ネットでも探し。電話帳でも探し。それも納得がいかず、全国を走り廻って食材を探すような人はあまり居ないみたいで。移動販売の方に会うと、仕入れ先に関してはよく聞かれます。
資材に関しては、恐らく【安い】という事がかなり大事だと思うので、教えやすいのですが。それでも、数量と値段のバランスや、家からの距離、緊急時の対応など、その方の使い方によって利便性は変わってきます。
食材に関しては、販売している商品によって違うので、共通の食材ならある程度は答えられる事もありますが。自分にしか仕入れる事ができない特殊な物や、自分にだけ特別な金額でお分けして頂いている物もあります。あと、北海道や大阪から仕入れをしている物もあり、通常では考えられない程のコストを掛けている物もあるので、教える事が出来たとしても、果たして使えるかどうか・・・なかなか難しい。 出店先に関しては、たまたま地元も近いし、かなり困っていた様子なので。自分がお世話になっている出店先に豊橋があったので、そこの店長さんに話しをさせて頂き。先週、出店契約を結ぶ事ができ、明日から出店する事になったようです。
出店先が増えれば仕事も安定するし、売り上げも増える。出店先も、移動販売車のバリエーションが増えればお客さんも喜んでくれる。お互いにメリットがあり、こんな自分でも少しはお役に立てたと思うと、とても嬉しいモノです。
そして、嬉しい事は続くモノで。自分にも出店先が増える事になりました。今現在、休日も無く出店予定はびっしりなので。何とか出店時間を作り、近いうちに出店をするつもり。その為に、仕入れ日程や、仕込みの段取りを調整している最中。毎日、あ~でもない、こ~でもない、と。悩み続けている毎日。嬉しい悩みですね。
と、嬉しい事が続いた後は、ちょっと悲しい事も。出店中に、通行人がたこ焼き号に接触し、自分がその事に気付き、窓から見ようとすると、その通行人(中学生ぐらいの女性3人組)と目が会い、その人は急に走り去ってしまいました。外に出てみると、悲しい事に車の部品が破損、一部が道路に落ちていました。故意ではないので、弁償しろとは言わないけど、一言謝ってくれてもいいのに(涙)余計な出費にも困りますが。忙しい時期なので、補修に費やす時間を考えると、頭を抱えてしまいます。嬉しい事が続いた後なので、悲しい事も続いてしまいました。ラジエーターの水が急激に減っていて、どうやらホース周辺の劣化が原因らしく、早急に修理が必要みたい。
と、こんな感じでちょっとドタバタしていました。次回の更新もちょっと間をあけてしまうかもしれず、申し訳ありませんがよろしくお願いします。
久々にVIBESでちょっとだけ写っていたので、このVIBESという雑誌とハーレーについて少しだけ書かせて頂きます。
ハーレーに乗られてる方でしたら、一度は絶対に耳にした事のある雑誌名で。乗られていない方でも、ハーレーやバイカーグッズに興味のある方なら、ハーレーやヘルメット、ショップの壁や窓なんかにVIBESステッカーが貼ってあったりするので、名前ぐらいは知ってる方も多いと思います。当然、自分のハーレー・ヘルメット・たこ焼き号にもVIBESステッカーは貼ってあります。
自分の中では
ハーレー=VIBES
ハーレー+VIBES=生き抜く為に必要なモノ
というぐらい、影響を受けていまして
VIBESを見て、ハーレーの事を知り。ますますハーレーが好きになり
VIBESを読んで、ハーレー乗りの事を知り。少数派でも、好きな事をして生きる事の素晴らしさを知り
VIBESに載る事で、人間の表と裏。いろんな意味で、影響力というモノを肌で感じる事になりました。
恐らく、自分が今こうしてたこ焼き屋を営み、いろんなバイク乗り達に囲まれて仕事をしているのも、VIBESとの出会いがあったから。まさに、人生を変えてくれた雑誌で。今現在も多大な影響を受け続けている雑誌
全くハーレーに興味の無い方からすれば、たかが雑誌と思われる方が多いと思いますが。自分にとっては、”たかが雑誌”ではないのです。
この『VIBES』という雑誌。[ハーレーダビッドソン ライフ マガジン バイブズ]という名の通り、ハーレーの専門誌。
今年の5月で200号、12月からは20年目を迎える事となり。最新刊は2010年の2月号Vol .196
ちなみに、自分が所有している一番古いVIBESは、1994年の10月号Vol.12。総ページ数は130ページ。(今は280ページ)当時でも、まだハーレーという乗り物がそれ程普及する前で。ハーレー専門のカスタムショップは数える程しかなく。当然、カスタムパーツやバイカーグッズを扱うショップも殆ど無い時代。スポンサー探しはもちろんの事、ハーレーに関する記事を書こうにも乗っている人が少なく、スタッフも少数な為とても苦労をされていたと思う。
しかしながら、その数少ないハーレー乗り&ハーレー好きにとっては貴重な情報源で。何処に行けばハーレーやグッズを買えるのか、ハーレー乗りのイベントは何時開かれるのか、自分でメンテやカスタムをするにはどうしたらいいのか。工具から始まり、キャンプグッズ・防寒具・レインウェアの紹介と、パッキングから野宿の仕方、旅先でのトラブルの対処法などが読者や編集部の体験談&写真と共に紹介され。読者(編集部)の考えたアイデアグッズや便利グッズがまたたく間に広がり、ついには商品化される事もあって、その影響力は計り知れない。
あと、毎月様々なハーレー乗りが紹介され。その方がどのようにしてハーレーと出会い、どのようにハーレーと関わり。その方の考え方や生き方、価値観なども書かれ。ハーレー乗りに関する記事や写真に割かれるページは非常に多く、時に共感し、時に疑問に思う事もあり、いろんな事を考えさせられる。そして、その紹介される殆どの方は有名人でも著名人でもなく、ごく普通(!?)のハーレー乗りであり、VIBES読者という事。
[ライフ マガジン]というタイトルにもあるように、どちらかというとこの雑誌は【ハーレー】というよりも【ハーレーと共に生きる人】を主体とした記事作りをしていて、編集部の方々も全てハーレー乗りという事もあり。どこまでもハーレー乗り目線の記事作りをしている。こう書くと、ハーレー(バイク)乗り独特の、我儘で傲慢な記事が多いのかと言うと、全くそんな事はなく。ハーレー(バイク)乗りの置かれている状況(環境)を客観的に捉え。主張すべきトコは主張し、反省すべき点は反省する、というストレートなスタイルで書かれ。時には、読者同士であったり、読者と編集部との間で熱いバトルが誌面上で繰り広げられる事もある。それもこれも、みんなが呆れるほどハーレーが好きだったりするから。ハーレー乗りには熱い人が多い。
極端なハナシ。ハーレーが好きというよりも、VIBESに掲載される熱いハーレー乗り達が好きで。その単純明快なカッコ良さに魅かれ、自分も同じように生きたいと思い、ますますハーレーに魅かれ続けている。
そんな毎月掲載されているハーレー乗りの中で、一番影響を受けた方が居まして。掲載当時、1年の殆どをハーレーでの旅をしながら過ごされているという方。それまで掲載されていた多くの方の中で一番興味を持って読まさせて頂いた。その記事が書かれていたのが、1996年8月号Vol.34。
その独特のハーレーと、今までイメージしていた、ハーレー乗り=派手というのとは、全く違う雰囲気、そして【旅】というキーワード。自分にとって、それまで別世界と思われていたバイクでの旅が、その方にとっては生活の一部で。全く普通の、当たり前の事として書かれていた。
自分の思い描く、アウトロー的なイメージと相反する、全く違うハーレー乗りの姿。とても衝撃を受け、単純にカッコイイ!と感じ。そして、自分もこのような生活が、イヤ、生き方がしたい!と。そして、いつかこの方と一緒に走ってみたいって。まっその時は雲の上のような存在で、会える事すら考えていなかったけど。
それからしばらくして、自分もバイク三昧な日々を過ごすようになり。秋から春までは仕事をして、夏には仕事を辞めバイクで走り回り、秋なるとまた仕事始める。そんな生活がしばらく続き。愛車もビラーゴからハーレーへ変わり。荷物も、旅の距離も徐々に増え始めた。
ハーレーを手に入れ、てしばらく経った時。お世話になっているショップで、雑誌に載っていたあの方が偶然ハーレーを修理しに来てて。急いで写真を撮らせて貰い、少しだけ話す事も出来た。記念すべき初対面。それから、VIBESの主催するVIBES・MEETING(毎年開催地が変わる、全国を巡るMEETING)高知や千葉で再会し、会話も少しずつ増え。いろんな事を話していると、その方の生活にはごく普通にハーレー(旅)が溶け込んでいるんです。ハーレー乗りによく居る、【ハーレー】というモノを全面に出す感じとは違い。心地いい程に、自然体でハーレーと付き合っている感覚に改めて好感が持て、そのライフスタイルに魅かれ。カッコ良さを感じた。
自分も徐々にハーレー漬けのような生活に変わり、気付けばVIBESに掲載される機会も多くなっていた。ところが、たこ焼き屋を開業した為に走る時間が少なくなり、全国のハーレー乗り達ともなかなか会う機会が無くなり。その方ともしばらく会えずに居ましたが、新城での出店をしていた時です。突然その方が知り合いのハーレー乗りと一緒に来店。愛知で働く事になり、コッチに住む事になったって。それから定期的にお店に来てくれるようになり、偶然ツーリング途中ですれ違ったり、ツーリング先で一緒になったり。事故をする前には、お客さん達と急遽長野へキャンプツーリングに行く事になり。その帰り、一緒に行った方がたまたま連絡を取り、ツーリング途中のその方と帰りに合流し、プチツーリングを楽しむ事もできた。念願が叶った。
VIBESはただの情報雑誌ではなく、いろんな出会いを演出してくれるとっても貴重なモノ。そして、自分も含め掲載されている方達の成長していく姿が見れるアルバムのような雑誌。過去のVIBESを読むと、自分の写った写真や寄稿した文章・イラストが沢山あり。その当時自分が置かれている環境や気持ちなどが手に取るように解り、恥ずかしくなる事もありますが、逆に勇気付けられる事もあります。
元々は、自分がハーレーを注文した時に悩んでいた事があり。周りに相談できる方が居なかった為、その事をFAXで編集部に送った所、すぐに手書きの返事が届き。こんな一人の読者の為に、忙しい編集部の方がわざわざ手書きで返事を書いくれた事に驚き、そして、その内容にはとても励まされました。それから毎月ハガキや封筒を送るようになり、各地のハーレーMEETINGにも参加。編集部の方々と会う機会も増え、VIBESを通していろんな方々と出会う事が出来ました。できれば、自分の出会った旅人達のありのままの姿を定期的にコラムに書きたいぐらい。旅人達の考え方や生き方というのは凄くストレートで、当たり前の事を淡々とこなしている。それも、全て一人で。その途中、いろんな出会いや別れを繰り返し。喜んだり、悲しんだり、時に切なくなったり。いろんな感情が溢れ出す。旅に出て経験、イヤ体験した事はあまりにも多すぎる。
今はハーレーが修理中で、ハーレーに乗る事も旅に出る事もできませんが。昨年末、編集部の方達が三重へ初詣へ行くと誌面に書いてあり。途中、愛知を通るという事でちょっとだけ顔を出させて貰い、その時の写真が掲載。本当に久々。
予定では、とっくにハーレーは完成しているはずでしたが。完成予定日が近づくと、ショップオーナーと連絡が付かなくなり。完成予定日が延び、再び近づくとまた連絡が取れなくなる。昨年はこの繰り返し。約束してた日にお店へ行っても休みだったり、とにかくイロイロとお互いの都合が合わず。ハーレーを預けてから3年以上、今年の夏が来ると4年目になってしまいます。1日でも早く走りたいのですが、全く予定が解らない状態。再び旅に出れるのは何時の事やら(涙)
今年も約1週間が過ぎ、慌ただしい正月での出店も一区切りがつきました
とはいえ、休日が取れるのはまだまだ先になりそうですが(涙) 気合い入れてやっていこうと思っています
昨年に引き続き、本年も5か所の出店先を廻りながら営業をしていくつもり。しかしながら、未だに景気の回復は見込めず、落ち込んだ消費が戻るとは到底思えない。一度、節約志向の生活に慣れてしまうと、その生活がいつしか通常の生活になり。例え、収入が戻ったとしても、『また、いつ減るか解らない』という不安がある為、恐らく今年いっぱいは今のままの状態が続くのではないかと
景気の回復を願う事よりも、今自分で出来る事をしっかりとやり。自力で何とか、現状より少しでもいい方向へ進むように努力をしなきゃいけません。不況というのはそうそう経験できる事ではないので、この機会にいろんな事を試し、いろんな経験を積んで、より一層自分のチカラを磨くチャンスだと思い。不況をめいっぱい楽しむつもりで営業をしてみようかと
あと、余裕があればイベント出店も徐々にやっていこうかと考えています。過去、ハーレーやMINIのイベントに出店したり。フリーマーケット・ガレージセール等にも定期的に出店していましたが。たこ焼き号の事故でしばらくの間出店ができず、出店先と多くのお客さん達に迷惑を掛けてしまった為。しばらくの間はイベント出店を控え、地盤である通常の出店をしっかりとやっていこうと決めていまして。事故からようやく2年も過ぎ、出店日も定着。そろそろイベント出店を再開をしてもいい頃ではないかなって
こういった時こそ”攻め”の姿勢も大事で。気持ちを切り替え、ガンガン攻めていかないとね。じっとしてたってダメな時はダメなんで、どうせダメなら攻めてみろって感じ(笑)プライベートでも、今まで消極的だった面を少しでも改善しながら、いい方向に向けていけたらいいかな
自営は自分の気持ち次第で、同じ仕事内容でも楽しく感じたり、辛く感じたりと。気持ちの持ち方一つで変わってしまいます。ましてや、絶えずお客さんと接する時間が多いので。暗そうにやってるよりも、明るくやってた方がいいに決まってます。せっかく好きな仕事をしているのですから、その時間を楽しめないなんてね。どんな事でも、考え方や気持ちの持ち方一つだと思います
いい事があると思えば必ずいい事があるし、その逆の事を考えればそうなってしまう
こんな時だからこそ、新たな楽しみを見つけ、新しい事に挑戦をする
『何に挑戦してみようかな?』『アレもいいし、コレもいいかも?』なんて考えてると、ちょっとワクワクしたりドキドキしたり
そして、挑戦できるって事はそれだけチャンスがあるって事。せっかくのチャンスを逃してはいけません。しっかりと掴み取らないと
今年は、昨年以上に沢山のチャンスに恵まれそう。どんな事が起きるのか、本当に楽しみです。
2010年になりました
昨年同様。本年も引き続き、たこ焼き屋の戯言にお付き合い頂きありがとうございます
そして、改めましてよろしくお願いします。
さて、新年早々のタイトル【めでたくもあり めでたくもなし】の句(歌)
知っている方も多数おられると思いますが、アニメ・一休さん(若い方は知らないかな?)でおなじみの一休禅師が元旦に読んだとされる句の一文。全文は
元旦は冥土の旅の一里塚
めでたくもあり めでたくもなし
冒頭の言葉が、【正月】や【門松】だったりする事もあり。そもそも本当に一休さんが作った句なのかも定かではありませんが、アニメ・一休さんの第9話【めでたくもあり めでたくもなし】のタイトルで放送され。一部内容を抜粋させて頂きますと
作中【元旦は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし】の句が現れ。安国寺の和尚さんが
『正月が来るとめでたいと言う。よく考えればそれだけ死ぬ日が近づくのじゃ
死にたくないくせに正月をめでたいといい、死を嫌うくせに争いをやめぬ
人間とは、何と愚かなもの。』
と、話し。次の場面では、一休さんが人間の頭蓋骨を杖の頭に挿し、『~ご用心なさい~ご用心なさい~』と叫びながら町を練り歩く、という場面があります。そして、ナレーション
人間死ねばみな同じしゃれこうべになる
お正月が来ればそれだけ死に近づく事になるのです
だから用心して、生きているうちに、良い行いをしなさいと・・・
昔のアニメは子供向けとはいえ、大人になってから改めて見ると、意外と奥が深く、考えさせられる部分が沢山あります。世界名作劇場やNHKでのアニメ番組、今見ると本当に名作ばかりだったのだと感心します。今とは大違い。
話しを戻します(汗)
お正月というのはめでたい事ばかりではないのです。年が移るという事は、また自分の寿命が1年縮んだという事
細かく言うと、今日1日経つとあなたの寿命はまた1日減る事になる
もしも、命のカウントダウンがあるとしたら。毎日・毎時間・毎秒、今この時も刻々と残りの数字が減っている事になります
10代で両親(共に40代)を亡くし。20代で、当時高校生だった弟が生死を彷徨うようなバイク事故をおこし。自分は仕事を辞め、約半年間病院に付きっきり。昨年は娘が交通事故に。離婚はしていますが、大切な娘なのでお店を数日休み看病をさせて貰いました。自分自身も、高校生の時にはバイク事故、その後も数年おきに車・バイクと事故をしてしまい。3年前には、たこ焼き号が廃車になる事故をおこし、その2カ月後には再びハーレーが廃車になる程の事故を。
今まで、何度も何度も(好きで事故を起こしてる訳じゃないけど)救急車に運ばれ。”死”の恐怖は何度も経験。今こうして(後遺症は多少ありますが)元気でいるのが不思議なぐらい。その為か、幼い頃から”死”というモノのがとても身近に感じ。自分は(根拠はありませんが)30歳ぐらいで死ぬのだろうと思っていまして。だからこそ、後悔の少ない人生を歩む為。今を精一杯”生き抜く”事を考えてきました。しかし、その考えが一時期悪い方に向かい。『いつ死んでもいいや』と、裏稼業に手を染め、道を外れた事もありましたが。娘が産まれたおかげで、軌道修正ができ。命の大切さと、生きる意味も少しは考えられるようになりました。”生きる”だけでははなく、”生かされている”面もあるのだと。
またまたちょっと逸れてしまいましたが、再び話しを戻し
【冥土】というのは死後の世界といわれ。人は産まれたその時から着々と死(未来)へと歩き始め、冥土へ向かう為にいろんな旅に出る。【一里塚】というのは距離を知る為の”道しるべ”で、【元旦】は生きていく中での”道しるべ”という事
”死”というのは、誰もが忌み嫌うものです。その”死”にまた1年近づいてしまった【元旦】とういうのは、決して嬉しい事ばかりではありません。ですから【めでたくもあり めでたくもなし】なのです。
一休さんは元日生まれなので、恐らく他の人よりも余計に1年の重みを感じたのかもしれません。
絶えず目の前の目標や希望があれば、例え”死”が近くなっても明るい正月を迎えられる。そして物欲も少なくなり、その少ない事に意識が集中するようになる。
【我が生涯に一片の悔いなし】とはいかないまでも、精一杯生きる事が大事。ただ、長く生きる事だけが幸せではなく。決して長くはないにしても、充実した、内容の濃い人生の方がいい。その姿勢で長く生きる事が出来たとすれば、より一層充実した人生になり、後悔の少ない生涯だったと思えるはず。
いろんな意味で、1年を見つめなおすのに正月というのはいい”道しるべ”になります。何も、堅っ苦しい事ばかりを考えて正月を迎えろという事ではなく。未来(死)の事、周りの事、客観的に視た自分の事。その事をちょっとでも考え、その上で、めいっぱい楽しい正月を迎えてみてはどうでしょうか。
それでは、よいお正月を。そして、よりよいお年を・・・
今年も残すところあと僅か
殆どの方が仕事も終わり、正月休みを満喫されてるかと思いますが・・・自分は当然の事、まだまだ出店が残っています
今年の出店最終日は30日。31日はたこ焼き号とガレージの大掃除、そして資材の在庫確認。領収書や伝票の整理。1年の売り上げを計算。毎年、年末は慌ただしく過ごします
そして、1日からは再び仕入れに出掛け、仕込み作業。2日からは出店開始
正月休みというモノは、全く実感のないまま過ぎていきますが(涙)アパートが豊川稲荷の近くなので、出店や仕入れに出掛ける度に参拝客の渋滞に巻き込まれ、その光景を見ると『正月なんだなぁ~』って実感が
自営を始めてからは、正月をゆっくり過ごす事はなくなりましたが。年末が近づくにつれ、常連さん達が
『今年もお世話になりました、来年もよろしくお願いします』
『1年、お疲れ様でしたっ』
と、沢山の方が挨拶に来てくれる。そして、今年1年を振り返っていろんな会話
『バーベキュー楽しかったね、来年はどうする?』『飲み会マジ楽しかった』
『今年は事故ったからなぁ~』
『今年は○○と○○へ行ったから、来年は○○まで旅する予定だから』
沢山の常連さん達とこんな話しができるのは、やはり自営をしているからこそで。いろんな会話をしながら『今年もいろんな人達と出会って、いろんな人達といっぱい話したなぁ~』って。お店を続ける限り、年々知り合いが増えていく。そして、たこ焼き屋の楽しみを改めて実感。ホント、たこ焼き屋で良かった!
今年は縁あってコラムも書かせて頂き、忙しいながらも充実した日々を過ごす事もできました
乱筆乱文が多く、決して読みやすい文章とはいえないコラムですが。こうして飽きずに読み続けてくれている方々にはとても感謝しています
来年も相変わらずこのようなペースで書かせて頂きますが、どうぞよろしくお願いします
それでは、よいお正月を・・・
出店先探しを長く続けていると、選ぶ場所はどんどん狭まってきます。当時使っていた電話帳は(断られたお店は黒く塗りつぶしていたので)黒い部分が段々と多くなり、あるページは広告欄以外ほぼ真っ黒になってしまい。自分は真っ青(汗)です。
”とにかくお店を出したい”この一心で探し続け、空き地までも出店先に考えてしまっていましたが。理想の出店先といいますか、このような出店先がベスト、もしくはベストに近い場所というのがありまして
まずは、誰でも解る事だとは思いますが・・・
【出店先自体の集客力】出来れば、その店舗のリピーター率が高い。
【年齢層が偏っていない】老若男女、様々な年齢の方が来てくれる。これは、自分がたこ焼きという業種の為ですが。別の業種ですと、購買層の違いがありますので、あくまで”たこ焼き屋”としてです。
【交通量の多い道路沿い】移動販売車がその道路から見える場所に出店できれば、普段その道路を通行している方からも認知してもらい。例えその時に寄ってくれなくても『あの車ってたこ焼き屋なんだ』って思ってくれれば、いつか何かのきっかけで寄ってくれる事もあるので、せっかくお店を出すなら多くの人が目にしてくれるような場所がいい。
【駅・学校が近隣にある】これも、上記のような理由に近いのですが。駅や学校というと、おもに歩きの方が多く。週末以外、ほぼ毎日目にしていると『今度寄ってみようかな?』って思ってくれる方が居たりします。似たような理由で、塾・スポーツジム・パチンコ店、公園や公共施設が近い場所もいいですよね。
【駐車場が屋内にある施設】雨が降るとお客さんの数は減ります。ましてや、お子さんを連れていたり、多くの買い物をしたいと思っている方は、屋内に駐車場のある施設を利用したいと思う場合があります。屋外の駐車場ですと、片手に荷物、もう一方には傘を持たないといけません。しかも、自分の車まで急いで帰ろうとします。そのような時ですと、一度立ち止まり、荷物を下し、そしてたこ焼きを買う。このうような動作はなかなか面倒。しかも、片手がふさがった状態で荷物がまた増えると思うと、余計な買い物は控えたくなるものです。その事を考えると、屋内に駐車場のある施設は悪天候に強く、逆に客数が増える事もあります。
【規模の大きい工場や会社】単純にその場所で働いている方が多い、というだけではなく。もし、誰か一人が買って会社で食べる事があり『これは美味しい!』と思えば、その場で同僚に宣伝をしてくれる事があります。すると、それを聞いた同僚が『じゃあ会社帰りに寄ってみようかな』って思ってくれたりします。あと、規模の大きい会社ですと、当然いろんな方が訪ねてきたり、運送業者さん等の出入り業者も多い。何かのきっかけで『あのお店は美味しいよ』って話してくれる事もあり。こういった効果はかなり大きいと思います。
あと、出店者に直接関係のある事ですが
■トイレ・水道・電源が近くにある
■移動販売車の出入りが容易
■雨、もしくは風をさえぎってくれる建物がある
全てが当てはまる場所というのはほぼ皆無だとは思いますが。このような事を少しでも頭に入れ、出店先を探してみると『あっココは結構いい場所なんじゃないかな?』って思える場合が見つかるかもしれません。
出店先の集客力プラス、周りの環境というのも結構重要だったりします。
今現在の出店先は5軒ですが、今までに出店交渉をした軒数は1000軒以上
これが多いか少ないかは解りませんが。1100軒ぐらいからは数えなくなったんで、正確な数字は解らないけど。これだけの数を交渉しての、結果5軒。出店先を見つける事がよっぽど難しいのか、自分があまりにも無能なのか
まっどっちも正解なんですけど(汗)
一応、その間でも『ウチにお店を出しませんか?』って言ってくれる方や、突然来てくれたお客さんから『出店先を紹介しようか?』って方も沢山居ました。でも、あまり面識の無い方からの紹介は一切断っていて。何故かというと、最初の頃にとても嫌な思いをしたからなんです。だから、やっぱ自力で頑張らなきゃダメだって思いましてね
まぁ~諦めずに地道に探せば何とかなります
とにかく走り廻ればいいんです、電話すればいいんです
当初、ハーレーで廻りながら交渉してたり。服装や段取りも気にせず突然行ってみたり。今思えば結構ムチャな事してまして、そりゃ~ムリだよなって。おかげで、何度も何度も断られ。怒られ。罵声を浴び
『何で?』『そんなに酷い事言わなくていいのに』『俺がナニしたっていうんだよ』なんて。あまりにも悔しくて、情けなくなって、涙が止まらない事もありました。本当にキツイですよ、本当に
『チンピラの来る所じゃない!帰ってくれ!!』
『ヤ○ザとは関わりたくない』
『お店のイメージが悪くなる!』
こんな事を言われると、さすがに凹みます。若い頃なら、そう言われても全く仕方の無い見た目をしていたので、返す言葉はありませんが。今はそんな事もなく、当然ヤ○ザではないし、チンピラと言われるような事をあなたにした事もない。そんな事を言うあなたがチンピラに見えてしまいます(汗)あと、本当にヤ○ザだったとしたら、そんな事を面と向かって言ってもいいものなのかな?とも
アパートや貸店舗を借りる時もそうですが、ウチの地元は何故か【たこ焼き屋】=【テ○ヤ】=【ヤ○ザ】みたいに思っている方が多く。当初は『是非借りて下さい』って事で進んでた話しが、自分の職業の事を話した後、不動産屋から断りの連絡があり。理由を聞くと、言わないでくれって言ってたんですけど、大家さんが『ヤ○ザ絡みの人には貸したくない』って言ってたんで、この話しは無かった事にして下さいって。仕事の事とはまた別の話ですが、派手なバイクに乗ってるからダメって断られた事も。
田舎だからなのか、そういう土地柄なのかは解りませんが。若い奴でたこ焼き屋なんてやってる奴はマトモな人間じゃない、そう考えてる人がとても多い。以前、偶然親戚の方がお店に来て『いいかげん、こんな仕事を辞めたらどうだ?』って言われました。自分が必死になって起こしたお店に対して【こんな仕事】って言われてしまうんです。その事を考えると、突然見ず知らずの人間が『たこ焼き屋を出させて下さい』なんて、いくら丁寧な言葉を使ったとしても。たこ焼き屋に対して、そのような先入観を持っている方には、全くもってムリな話しで。仕事以前に、人としての自分を全否定されてるような気に。もう、人間不信ですよ
それでも、やっぱたこ焼き屋が好きなので。何軒も何軒も廻りました。
スーパー・飲食店・薬局・酒屋・カメラ屋・雑貨屋・本屋・ビデオレンタル店・パチンコ屋・コンビニ・美容院・スポーツジム・クリーニング店・服屋・靴屋・銀行・携帯屋・車屋・カーテン屋・おもちゃ屋・駄菓子屋・ゲームセンター・月極め駐車場・・・
とにかくいろんなお店を廻り。お店の営業時間外、休業日でもいいので出させて下さいって。
空き店舗の、次の契約が決まるまでの間だけ貸して貰えるか交渉をしたり。空き地でも出せればいいと思い、その住所を調べ、法務局へ行き。土地の所有者を調べ、電話帳で電話番号を探し、連絡をする。そんな事までもしました。おかげで、いろんな知識!?が身に付き。いろんなトコを走り廻ったったおかげで、地理にも詳しくなりました。経験って大事(笑)諦めないって大事
おかげで、今はこうして5軒の出店先にお世話になる事になり。現在に至る、という事ですね。
100軒廻ってダメなら、200軒廻ればいいし。200軒廻ってダメなら300軒廻ればいい。999軒ダメでも、1000軒目で出店先が見つかれば、それまでの999軒は無駄じゃない。もし、そこで諦めていたら、それまでの999軒が何の意味も無くなってしまう。たとえ、その1000軒目で決まった出店先が、数カ月で契約を切られたとしても。【諦めなければ絶対に見つかる】という事実を実感でき、再び探し始める事ができるし。もうすでに、そこまで頑張れたっていう実績が【自分は頑張れるんだ、やれるんだ】って自信に繋がり。次の目標に向かう事ができる
この、【諦めない】という事。『諦めたら、そこで試合終了だよ』と、何処かの名監督もおっしゃっていた通り。とても大事な事で、どのような場面にも通じる事だと思いますが、ただ【諦めない】というのではなく。断られ続けている間にも、いろいろと考え。どうして断られるのか。どのようにしたら、相手側の印象を悪くする事なく話しを進める事ができるのか。試行錯誤をしながらしなくてはいけません。自分は全て独学なので、未だにどのやり方が正解で、どのやり方が不正解なのか、という明確な答えはできませんし。『そんなの当たり前の事だろっ』『営業廻りしてる奴はみんな知ってるぞっ』って事でも。やはり、自ら身をもって経験した上で、考え、悩み、そして出てきた答えというのは、何よりも大事だと思いますし、必ず糧となるような気がします。たとえそれが遠回りのように見えても、絶対に無駄ではありません。遠回りというのは、それだけ多くのモノを発見できるという事です。








