宮崎の口蹄疫は終息宣言がでましたね。これで移入禁止も解かれて正常化に向けての第1歩が始まりました。
試験的に少数の家畜を導入して経過を見ながら、徐々に拡大するみたいです。
まだまだ、暑い日が続きますが、本州のみならず北海道も暑いので生乳生産が追いつかなくなってきているようです。
北海道の乳牛では猛暑の影響がでています。
生乳生産量は前年対比で飲用乳で0.9%増加しているそうですが、内地府県はのきなみ2~3%減少のようです。乳牛はもともと暑さに弱く、気温が25度越すと乳量が落ちてきます。これから、新学期が始まり給食の需要期が始まると、生乳不足になるのではないでしょうか?現在は北海道でもトンネル換気や大型扇風機の整備で以前よりは暑熱対策がいいですが、それでも牛にとってはつらいでしょうね。冷夏の予報から一転して猛暑となったが、乳製品の増産にも追いつかないでしょう。生き物ですから蛇口を開けばでるもんでなし・・・・・一方で加工用製品であるバターはだぶついて、関係団体に消費協力がきています。
なんとか、この需給のバランスどうにかならんもんでしょうか?
さて、アニマルセラピーですが・・・
訪問させていただいている、ある病院のナースさんやOTさん(作業療法士)が共同でアニマルセラピーの研究報告をしてくれたみたいです。
A「意思表示がやや良好で犬が好き」なグループ2名(脳出血後遺、認知症)
B「意思表示がやや困難で犬が好き」 〃 (脳梗塞後遺、心不全)
C「意思表示がやや良好で犬がやや苦手」 〃 (脳出血後遺、パーキンソン氏病等)
○血圧、プルス:どの群でもセラピー開始後15分に血圧が低下して、生理的効果があった。
○心理的効果;A群ではOT時にはやや集中を欠く場合もあるが、アニマルセラピ-時は自発的運動と自発語があった。
○C群では自発的発現や笑顔が見られた。 このほか、拘縮した手を伸ばそうとしたり、言動の増加が見られたとのこと。
こういう研究もっともっとしてほしいですね!
済みません。
前回の宮崎行きのメールが、なんらかの原因で事務局に行き、大変な誤解を招きました。
お詫びします。
謹んで、更新させていただきます。
蒸します。これが北海道?って感じです。あと、1週間の辛抱ですが。お盆が過ぎると急激に涼しくなるはず・・・なんですけど。
トンボです。いつの間にか我が家の庭に姿を現しました。もう、秋はすぐそこです。
今、熱中症が問題になっていますが・・・熱中症になると発熱するのですが、当然解熱剤を投与しても下がりません。熱中症による体温上昇は、発熱ではなくうつ熱、発汗機能の低下により体温がうっ積している状態です。体温調節機能のセットポイントが上昇しているわけではないので、熱中症のとき解熱剤によって体温は下がりません。
人間の場合は氷やアイスノンなどで、太い血管のある脇の下、首、足の付けね、股の間を冷やすのがいいですね。
これに対して風邪など感染症による発熱は、発熱という名の通り動物が熱を発しているのです。体温調節中枢のセットポイントを上げることにより体温を上げて、感染症の原因となっているウイルスをやっつけようとしているのです。そのため、体温調節中枢のセットポイントを下げる働きのあるNSAIDsなどの解熱剤によって体温が下がります。
ちなみに、熱さまし(解熱剤)で風邪の発熱を無理やり下げるのは、かぜの自然な治癒に必要な発熱を妨げていることになります。解熱効果の優れている解熱剤をかぜの初期に使うのは発熱による初期の防衛力を弱めることになるといわれています。
小児科では解熱剤の投与は38.5度以上で考えているようで、しかも状態がよければ無理して投与しないそうです。発熱は食欲不振・睡眠障害・不安などで体力を消耗させます。ですから解熱剤の使用は、これらの症状の改善という目的を持って行うということです。高熱であるにもかかわらず、“寒さ”を感じ“フルエ”を経験したことはありませんか?体温調節中枢が発熱物質などによって錯誤的に高い水準にセットされ、あたかも低温環境下に置かれた場合と同様の体温調節機構を営むからです。熱産生促進には“フルエ”に見られるような筋緊張亢進と体動の増加が特徴的です。同時に放熱機構が抑制(末梢血管収縮)され、血流量が減少するために、末梢の手、足は冷たく発汗は認められません。
こんなときは身に着けるものを多くして暖めて、解熱を待つか、解熱剤で所謂セットポイントを下げてやると発熱するはずです。
結構、この「発熱」ってやつは勉強すると面白いものです。
発熱ひとつとっても、医師に考え方の違いも多いのかもしれません。
JunkStageをご覧の皆様、こんばんは。
いつもJunkStageをご訪問いただき、ありがとうございます。
「癒し系獣医師を目指して!」執筆中のライター、獣医師のシゲノブさんのコラムにつきまして、著者急務のため10月初旬まで休載とさせていただきます。
連載を楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ございませんが、再開をお楽しみにお待ちくださいますよう、お願い申しあげます。
(JunkStage編集部)
昨日は、NPO北海道ボランティアドッグの会のセラピーの関係の役員会でした。
トンボです。いつの間にか我が家の庭に姿を現しました。
もう、北海道の秋はすぐそこです。
それにしても蒸します。これが北海道?って感じです。あと、1週間の辛抱ですが。お盆が過ぎると急激に涼しくなるはず・・・なんだけど。
今年の牛の熱射病の統計を見ますと、ここ数年の涼しい夏からすると相当数発生しています。平成18、19年も暑い夏だったようですが、8月の第1週としてはここ5年間で最高のようです。
暑くて熱中症になると発熱するのですが、当然解熱剤を投与しても下がりません。熱中症による体温上昇は、発熱ではなくうつ熱、発汗機能の低下により体温がうっ積している状態です。体温調節機能のセットポイントが上昇しているわけではないので、解熱剤によって体温は下がりませんので誤解のないように。
ところで、アニマルセラピーの普及は、日本においては欧米にくらべて日本で進んでいない感じがします。もう10年以上関わっていますが、それほど普及したというものでもないのが実態です。じわじわ浸透はしていますが。欧米人に比べて、日本人は動物を「利用する」と言う考えが少ないのです。あまり、使うと動物に対するストレスになると考えます。もちろんこの考えが悪いわけではありません。むしろ好ましいのかもしれません。動物を利用することに慣れていないのです。日本人は、対等に動物と付き合おうとしてきたような考えがあり、食肉禁止令、仏教の輪廻の考え方、殺生を嫌う民族性などからもそれらは見てとれます。日本人は、もともと牧畜民族ではありませんので、お互い人と動物は、干渉せずに生きようという考え方もあって、実際、自由に野生の動物はそっとしておいてあげたいという気持ちがあります。自由にさせてあげることが動物にとっていいことだと考えますよね。欧米人は、動物を人間が支配することを許可されている存在であるとされています。このような、文化の考え方の違いが根底にあるのでしょうと言われる方も多く、僕もそのとおりだと思います。文化の差こそあれ、とにかく普及を目指します。今年も動物愛護週間3連荘です。
ここ数日北海道も猛暑です。
昨日は道東の北見市で37度、札幌でも32度と暑いです。
北海道も今年の夏は高温多湿で内地ほどではありませんが、異常な感じです。
まあ、お米は豊作でらしくほっともしますが、他の農作物への影響が心配です。
この暑さで、牛や犬、猫も暑さバテが続出です。
特に高齢の犬や猫の発生が多いようです。
酷い場合は病院で点滴受けなくてはなりませんね。
さて、口蹄疫の話もそろそろ終わりです。 殺処分中はなるべく何も考えず、ひたすら効率的に処理することしか考えませんでした。これはすべからく、皆さん同じ気持ちではなかったでしょうか。 しかし、どんなに気持ちを強く持っても、切ない場面はあります。特に子牛の処分は嫌でした。子牛は親に付いていますから母親と一緒の場所で処分することになります。ある日
「先生、母子の場合はどちらかが先になるのでなく、同時に処分してください」
これには参りました。切ない、気持ち的に動揺しました。
別の獣医師と組んで希望に沿うよう同時に殺処分しました。
今もそのときの場面が目から離れません。正直その日は夜中にうなされて起きてしまいました。
それと、処分した後の風景はなんとも言えません。
飼槽にさっきまで食べていた餌だけが残されている風景もいたたまれませんでした。
よく新聞に農家の方ががらんとした牛舎を見るのはつらいと新聞記事で読みましたが、実感した思いです。
殺処分しているときは、極力なにも考えずに一心不乱に作業しますので、ふとわれに返り、周りに牛が倒れている風景を目にして愕然とした思いがありました。
大げさに言えば、「無常」の思いにとらわれたものです。
家畜は人間に食べられて命を繋ぐものです。
命を繋ぐことができないで、ただ殺される動物のことに思いを寄せざるを得ません。
飼い主の人たちも一定程度金銭的な補償はされますが、つらい思いの補償はされませんし、できません。
6月24日午後1時32分に全ての擬似患畜の殺処分が終了した、その場所に僕はいました。この牧場が宮崎の最後の殺処分の場所であることを、夜のニュースで知りました。
その牧場では、その場の作業従事者全員で黙祷をささげ、石灰で真っ白になった牧場を後にしました。
翌日から東京都内でダウンタイムと呼ばれる自身の清浄化のための時間になりましたが、なんとなく心にポッカリと穴が開いたような気持ちになったことを思い出します。
長い期間、口蹄疫の記事を読んでいただきありがとうございました。
7月5日に職場復帰し、今はいつものように仕事をさせていただいています。
宮崎県の復興を切に願っています。
防疫作業従事何日目かの日
現場に向かうバスの中で、隣の某獣医師に話しかけた 私「どちらの方ですか?」
某「地元です」
私「大変ですね。どちらの家畜診療所ですか」
某「正にここです」
私「えっ、では診療はされていないのですね」
某「そうです。もう2ヶ月近く・・・」
私「では、今は何を・・・」
某「このとおり、殺処分ばかりしています。診療はありませんから」
そうなのです。自分で自分の生活の糧を殺処分しなくてはならない、矛盾です。その日は一日同じ現場で働きましたが、彼は冷静に殺処分していました。そして、殺処分が終わったとき、家畜はいなくなるのです。 曰く、宮崎の農家が再建するためには家畜を導入しなくてはいけないのですが、宮崎に牛を導入するにも感染に対する抵抗から、中々導入が進まないことも想定されるとか。
なんとか、早く終息宣言が出て、再建に向かってほしいものです。 彼が最後に「ああ、診療はしていませんが、農家からの相談に応じる機会は多く、殺処分だけではないです」と話したのは、今後に向けた希望を見る思いでした。殺処分する一方で、清掃作業も体験しました。殺処分が終わって牛がいなくなった牛舎は、牛舎の糞や堆肥となるものを機械等で除去した跡に、消毒して石灰を撒くのですが、機械で取れない部分は人力でスコップ等を用いて除去します。これがやると大変きつい。15分も続けていると汗が吹き出ます。まして、タイベックス2枚着ていますからなおさらです。
30分くらいで休憩しないと持ちません。都城の陸上自衛隊の若い隊員でもきつそうでした。人力できれいになったら、炭酸ソーダで消毒して、その後消石灰を撒きます。 堆肥にも石灰を撒いて、その上にブルーシートをかけます。また、残った飼料はすべて回収して、専用の袋にいれて廃棄するのです。
ですので、殺処分が終わり清掃も終わった牛舎は真っ白です。その風景も殺伐としたものです。 この清掃作業に2時間くらい従事した日はかなり疲労しましたね。
新富の本部にはこんな標語が掲げてありました。
「清掃作業も重要な防疫対策です。積極的に参加しましょう!」
うーん、やはりみんな嫌だったんだろうな・・・
移動制限も解除され、宮崎の清浄化宣言ももうひとふんばりです。
あの、大量の堆肥をクリーンにしないと新たな家畜は導入できません。
なんとか、耐えてほしいですね。
次回で口蹄疫派遣シリーズ?は終わりにしたいと思います。
今、保護している子猫です。
推定3ヶ月くらい。
かわいいでしょう。こんな猫が捨てられているのですからねえ・・・・・
里親を探していますが、子猫で健康ならほぼ見つかります。
思い起こせば・・・
10年前にも宮崎で口蹄疫が発生して、北海道でも宮崎の牛が異動していたので、検査したところ2頭(約7カ月齢の乳雄)から口蹄疫ウイルスの遺伝子の断片が検出され、当該牛2頭とその同居牛全頭を口蹄疫に感染した疑いがある「疑似患畜」と診断されことがありました。
今回の宮崎の口蹄疫は臨床症状が結構強くでていました。特に豚では症状が強くでたようです。現地の豚の処分に関わった職員に聞きますと、口腔内の病変のほか蹄の症状が酷かったらしいです。豚舎内には脱落した蹄がおちていたとそうです。
7月5日に一件新規発生農場がでましたが、悔しかったですね。この牛は以前から血液検査によるサーベィ検査で引っかかっていたこともあり、割と早く発見された方でしょう。僕らが殺処分に関わったときでも第1○○農場と割と早くに発症した農場でも処分しました。予防はいかに早く処分するかです。先に発生した農場も夜中に処分したようです。宮崎にいるとときは、毎日僕にとっては戦争のような日々が続いたのです。宮崎に着てからは、必ず夜中3時頃に目が覚めて、シフトの確認をしていました。それは皆さん同じだったようです。それは、どの現場に誰がどのくらい行くかを知ることは重大な関心事だったのです。
現場には○○○例目と番号がついていて、感染が判明した順番に付されています。僕が行った現場で一番小さな番号で14○だったと思います。これだと結構前に発生しており、実際感染して臨床症状の跡のある牛はいましたし、見ました。やはり、目の当たりにすると驚きます。
処分をスムーズに進めることにおいて一番重要なのはチームワークと正しい情報と指示です。この点では手前味噌ですが北海道のチームは、抜群によかったし、それは周りも認めてくれました。それで期間の延長を申し出られたときも少し面食らいましたが、皆さん特別な理由がない方は同意してくれました。でも体力的には1週間がちょうどいいくらいだと思いました。集中力がきれたら危ないですから。事実、後半は僕も農場で転倒したり、倒れた牛に挟まれたり、牛に後ろ蹴りを喰らい、持っていた連続注射器が吹っ飛んだこともありました。
僕は派遣中疲労という点ではあまりなかったのですが、派遣期間が終わり東京でダウンタイムを過ごしている間に、遅れてあちこちが痛み始めました。気づくと、手とか膝とか転倒したときに強打した胸が痛み出しました。宮崎にいるときは気づかなかったですね。
もう、発生してほしくありませんが、何せ最大の予防と対策は発生農場の家畜も迅速な処分です。判明したら夜中でもなんでも、間髪いれず処分することです。7月5日にも発生が判明しましたが、迅速な処分がなされたので、もう大丈夫でしょう。
蒸し暑い日が続きますが、昨日は町内会のレクでサクランボ狩りを実施しました。私は町内会の総務部長も仰せつかっているので、このレクの担当です。お子さんもたくさん参加してくれましたし、総勢35名と想像よりたくさんの人が参加してくれました。この手の行事は本当は苦手なのですが、人間関係のつながりも大切ですからこれからも企画しようと思います。おかげで我が町内は仲がいいと思います。
口蹄疫の続きですが、撤収は当然ながらウイルスを拡散させない方法で行わなくてはなりません。農場から去るときは、後片付けをして廃棄するものは専用の大きな袋にいれて、それから全身の消毒をします。感染管理区域内ぎりぎりのところでダイベックを着たまま消毒液を強力な噴霧器で吹きつけます。目を保護するためにゴーグルをします。その後、感染区域外にでて着ていたものはパンツと長靴以外は専用の廃棄袋にいれて捨てます。顔や手もさらに水洗します。その後パンツ一枚の姿で着替えするテントに行き、そこではパンツも替えて、新しい下着とタイベックスを身に付けて帰路用のバスに乗りますが、そのときもサンダルを消毒します。
ですから、バスには全員新しいタイベックを着て乗り込み、バスも本部へ帰る途中で消毒されますし、本部に到着した時点でも入り口でもバスは消毒されてから、我々が降りるのですが、その降りた場所でサンダルの消毒、うがい、顔と手の洗浄、めがねの消毒を行い、最後に履いてきたサンダルを専用の容器にいれます。本部では現地から帰ってきた作業者が入る専用の部屋スペースがあり、そこでタイベックスを脱いでホテルに帰る服に着替えます。本部には看護士も常駐していて体調が悪いとか、軽い怪我などに対応してくます。
最後はホテル行きのバスを待って、着たら乗り込むのですが、ホテルに着いてもホテルロビーから入るのでなく、専用の裏口が用意されていて、そこから直接自室にもどり、即シャワーを浴びてからようやく開放されるのです。
この間待ち時間も含めて2時間程度はかかります。宮崎市内は消毒ポイントが多く、夕方は渋滞することも多いのでその場合はさらに時間を要します。
ともかく、このような毎日が繰り返されるのです。
帰って、夕食を摂ると10時には自然に寝ていましたね。
第一日目は高鍋町で新富の本部から30分ほどのところです。この時点では処分農場は新富町と西都市に集中していました。進捗率も50%未満でしたから。現地に着いたのは10時近くなっていました。バスが誤った農場に向かってしまい途中で引き返したので作業開始がやや遅れました。
先に県内のグループが到着していましたので、作業は開始されていました。大概県外チームと県内チームがセットのことが多く、県内は県内、県外は県外で作業して、スピードに差があればお互い手伝いあうという感じです。
その農場は肥育農家で処分対象の牛は大きなものが多く、作業は難航が予想されました。僕の班の6名は新参者でしたが、そく作業。保定チームが牛を繋ぎ、まず麻酔を投与していきます。僕はまず麻酔をするほうに「立候補」しましたが、この麻酔の加減が難しいものでした。キシラジンという薬を使うのですが、あまり軽くても、余り深くてもいけないので、その加減を考えながら投与していくのですが、投与の際牛が暴れることも多く、肢が飛んできます。2回くらい蹴られましたが、うまくかわしたかな?
麻酔で十分沈静されたことを確認したら、殺処分になります。頚静脈から薬剤を投与するのですが、和牛は表皮が厚く、頚静脈を探し当てるのが難しい場合もあるので、駆血帯を利用する場合もあります。薬剤が完全に投与されると、5~10秒くらいで牛は倒れるのです。この倒れる際もお互い気をつけて作業しないと牛の下敷きになったり、倒れた牛の肢で蹴られることもあるので注意が必要です。
しかも、作業は騒然とした中で行われますから、本当に危険です。人も牛も殺気立っていますから。非常に緊張を要する作業でした。気がつくと2時間はあっという間に過ぎていて、昼食の時間に気がつくと極度の脱水状態でしたが、アドレナリンにより何とか立っていたのかもしれません。
昼食の時間もダイベックス(つなぎ)を脱ぐわけには行きませんので、ほとんどそのままの姿でお弁当を食べます。それと、給水です。給水は電解質の補給できる飲料物やお茶、水で行いますが、この日は暑い日であったこともあり、500mlのものを6本飲みました。
昼食もそこそこに午後の作業にかかりましたが、疲れは感じませんでした。極度の緊張がそうさせているのでしょう。無我夢中で作業していましたし、他の人もそうです。多少蹴られたり、ぶつかったりしていても余り気づきません。
この日は作業も埋める場所の確保もうまくいったのか、順調に処理が進みました。気がつくと予定の200頭を越していましたが、時間もあるので予定以上に処分されました。気がつくと午後5時頃だったでしょうか。
5時だと意外と早く終わった感覚になりますが、実際は「撤収」に非常に時間を要するのでそんなに早くないのです。
つづく
話を続けましょう・・・・・
現場作業第1日目の朝。ホテルの朝食は6時から用意されていて、皆さん6時頃から食べ始めます。なぜなら、集合は7時20分と結構早い時間だからです。
ホテルロビーで朝礼。私の宿泊したホテルはバス3台分くらいの防疫班の人がいました。朝礼はホテルにある、県の畜産分室の担当者が行います。交代でほとんど24時間体制で詰めているようです。朝礼の内容は現在の殺処分進捗率や新聞報道の概要を伝えてくれ、怪我や作業上の注意事項を話します。怪我は実際多く、軽いものを含めると結構な人数になるでしょう。最も重い例は眼球破裂した獣医師がいたことです。絶命寸前で絶命しきれない牛に再度薬剤を注射しようとして、牛に顔を蹴られたのです。
バス3台に分乗して、新富町の本部に向かいます。当然ですが、ホテルからそのまま現場へ行くのではなく、一旦「本部」いき、現地に行く装備をします。この本部は初発の川南町と新富町の2ヶ所にあり、行き先の現場により新富町か川南町のどちらかに降ります。私は最後までホテルからバスで30分ほどかかる「新富」の本部でした。本部は町の区民センターのような場所でした。
そこで、玄関に入り、「Tシャツ2枚」「タイベックス3枚(ツナギのような防護服で帽子付)」「パンツ2枚」「タオル」「靴下」を取りながら、着替えの専用の部屋に行きます。獣医師用、県庁職員用、経済連用等いくつかの部屋が用意されています。その着替え用の部屋で我々の団体から派遣された獣医師と遭遇し、着替えの方法や現地での留意事項を聞くことができてラッキーでした。着替えは非常に忙しく、皆さん早い。
着替えができたら、出発するための部屋に移動して、それまではいていた衣服、履物はそこに置いて、現地に向かうため専用のサンダルに履き替えます。それから、現地毎のテントが用意されていて、そこで「点呼」を受けます。それぞれの現地(農場)ごとにチームリーダーがいます。このチームリーダーが大切な役割を担います。現地にもって行く飲料も移動用のバスに積み込み(大量です!)、それぞれの現地(農場)毎に指定されたバスに乗ります。我々は県外の獣医師のくくりでバスに分乗します。
現地は高鍋町で新富からさらにバスで30分くらいかかるところです。途中、消毒ポイントで消毒を受けます。ここには、県庁町職員や各県の警察やNOSAI等団体職員が24時間詰めています。
第一日目は連れて行かれる囚人のような気持ちでした。実際何をどうするか分かりませんから何となく不安な気持ちになるものです。現地に着いたら、農場から少し離れた場所に、着替え用のテントが用意されているのでそこでさらに装備します。つまり、ゴーグル、作業用の手袋(2重)、キャップ、長靴、マスクを身に付けます。手袋は2重ですが、それぞれガムテープで巻きます。タイベックス(つなぎ)の両足はガムテープで長靴に固定して、密封します。なお、タイベックスは防疫上2枚重ねて着ます。ここまで装備するとすでに汗が体中充満するので、水分補給をまめにしないと熱中症にかかります。実際体調を崩す方も少なくないようです。
装備が完了したら、タイベックス(つなぎ)に獣医師は「V」、保定の方は「H」などと赤や黄色のスプレーで書きます。タイベックには他に予めマジックで所属、氏名を書いておきます。
これだけそろってやっと農場入りするのでが、農場入りする前にはチームリーダーから本日の作業の概要が説明されます。処分予定頭数や留意事項が話されます。で、いざ出陣なのでした。何かキンチョーしました。
作業第1日目の農場は総勢100名以上いました・・・
ここでつづきとしましょう。










