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2014/02/25

この【何か】とは、自身が期待・想像していた【変化】だと思います。

1つは、ゴロンタロ大学の変化。

もう1つは、自身の変化。

 

変化とは目で見えるものもあれば、見えないものもあります。

変化とは、私を含む他人が客観的に見て・判断することだと思います。

例えば、前回お伝えした【(目で見える)変化】として、ゴロンタロ大学が“大学らしくなった”ことが挙げられます。

校舎などの建物が新たにできたことなどを理由として挙げましたが、これは誰が見ても分かる最も分かりやすい【変化】だと思います。

ただ、フォーカスは何と言っても“ヒト”にあると思います。

なぜなら、大学で勉強するのも働くのも結局ヒトですし、何かを作り上げるのもヒトだからです。

 

私が初めてこちらに来て感じたことは、当たり前ではありますが、文化・考え方などすべてが違うと言う事です。

当たり前です(2回言うくらい当たり前!)、ここはゴロンタロですから!

二国間(以上)において協定がある、一緒に働くなどといった活動はすでにインターナショナルなお付き合いなわけです。

したがって、勝手ながら“インドネシア感を全面に出してこないだろう”と言う思いでやってきました。

ふふふ、これが甘かったのです。

少しずつ伝えていこう!と思い、取り組み始めました。

 

習慣というものは、ちょっとやそっとで変わるものではありません。

教室に時計がない→ゴロンタロ大学では当たり前→買えばいい

上記の様に、お金を出して解決することもあります。

これでは根本的な部分が解決しません。

どうして時計がないのか→時間を見る習慣がないから→時計を置いても意味がない

ここで、どうして時計が必要なのかを説明します。

しかし、時計なしでの生活(習慣)が“普通”なため、理解してもらえないのです。

初めにも言いましたが、何事もヒトが作り上げていくと私は考えています。

非常に些細な事ですが、1つずつ粘り強く続ける(伝える)事が大事だと自身に言い聞かせ、何事も話し合いをしてきました。

授業をしない理由、期限・時間を守ること、研究・試料採取方法など多岐に及びました。

 

正直なところ『私がゴロンタロを変えてやる!』とすこぶる意気込んで乗り込んできました。

何かあったら、話せば伝わるだろう!と思って過ごしてきました。

今、どうしてこの【何か】がしっくりきていないのか。

【変化】がなかったから、です。

正確に言うと、私が想像していたボーダーまでの【変化】がなかったのです。

私の考えが甘かったのは認めるも、それを捨てることが出来なかったために残ったこのモヤモヤ感…

言っても仕方ないだろう、と諦めてしまった部分もあり…

言葉を覚えて伝えるも、ネイティブまでは程遠く…

最終地点・目標のために1つ1つ小さな段階を設定して伝える方法もイマイチ…

 

国際協力とは何なのか?

授業やってくれてありがとう、単なる人材補充では意味がないのです。

今回任期が終了するように、私はいずれいなくなります。

ゴロンタロ人の力だけで、何事も進めなくてはいけない時が必ず来ます。

この時に果たして私がいた事が意味を持っていたのかが問われると思っています。

そして『この時』のために、私がいる期間に出来ることをしなくてはならなかったのです。

私が想像していたボーダーとは、私の任期中に伝えたい必要不可欠だと思われる事柄だったのです。

一方的に考えを巡らせると少し悲しい気持ちになるので、ゴロンタロ人が客観的に見て感じた【変化】について今しばらく見ていたいと思います。

私が気づかなかっただけで、【目に見えない変化】が【目で見える変化】になることを期待して。

今回は、ゴロンタロ大学における【変化】をお伝えしました。

 

次回は、自身における【変化】について考えたいと思います。

もうしばらく私の反省・思いにお付き合い下さいませ。

2014/02/15

私がゴロンタロ大学で授業を受け持ったのは5学期分です。

実に二年半(5学期分)と言う、ほどよく長い期間でした。

 

私が赴任してから変わったこと。

大きく違う点としては、新しい校舎が建ち、インターネットが使用できるようになり、車両入校などに時間制限も設けたりと、以前と比較できないほど【大学】っぽくなったことです。

地質学科1つとっても、教室もでき机なども配置されました。

生徒数も年を重ねるごとに増加しています。

 

しかし残念なことに、なかなか【質】がついてこないことです。

新しく校舎や教室は出来ても、すぐに雨漏りしたり、赤道直下の暑さに対応するためのクーラー(せめて扇風機!)設置がなかったり、ともう一歩踏み込んだところまでの整備はされませんでした。

実験装置・設備も導入されましたが、この機器を用いた授業や研究開始には至っていません。

 

授業ついては、バンドン工科大学の講師の方々のご協力により、私の不十分な点を補っていただきました。

普段の授業のように毎週開講というわけにはいかないので、集中講義形式でゴロンタロへお越しいただきました。

この形態・協力は現在のゴロンタロ大学・地質学科には欠かせません。

生徒には負担が大きかったと思いますが、必要な教員を確保するまで続くと思います。

気がかりな点は、講師の方をお招きする際の予算が学期ごとに確保できるかどうか、と言うことです。

見積もりや提案書を提出していても、いつ許可が下りるか分かりません。

したがって、いつも急に来ていただくことに。

講師の方にもそして生徒にも、さらなる負担を強いる結果になっています。

私としても不安定な状況のため、すべての科目準備を講師の方が来ない前提で進める必要がありました。

 

これよりもっと深刻な事態は、学生が卒業出来ないと言うことです。

2013年9月に入学した生徒は、ゴロンタロ大学に地質学科が出来て第五期生にあたります。

本来ならば、第一期生は第五期生が入学する前に卒業していなければなりません。

しかしながら、第一期生が一回生・二回生の時に授業が開講されなかった、卒論指導が出来る講師がいない、などの理由により、現在も大学に残っています(しかも、半年ごとに授業料を納めている!)。

これは第二期生にも当てはまることで、早急に対応すべき最も重要な事柄です。

以前、バンドン工科大学の講師の方にお願いすると言う案が上がりましたが、予算の問題により断念。

現在は別の大学の講師の方にご協力いただけるよう、打診中です。

 

また、ゴロンタロ大学・地質学科における講師不足の問題。

私が赴任する以前より、前期課程(院)を別大学にて取得中の方が数名いらっしゃるとのことでした。

しかし、私の任期中に戻ってきた方は1名に留まりました。

戻ってきた方は、来学期より授業受け持ち開始となります。

つまりは、私が受け持っていた科目を引き継ぐだけなのです(現状、変わらず!)。

他の講師の方の前期課程が少しでも早く修了し、ゴロンタロ大学に戻ってくることを祈るばかりです。

 

このように書いていくと、私がここで活動してきた時間(期間)に出来たことがあるのかと、甚だ疑問です。

私が愛媛大学より与えられた任務は【ゴロンタロ大学で地質学科目を教える事】です。

この任務だけを取って考えると、活動してきたことは意味を持ちます。

しかしただの教員不足を補ったに過ぎず、次につながる【何か】を行うことが出来たのでしょうか?

 

次回は、この【何か】について考えたいと思います。

 

2014/01/31

あれよあれよと言う間に更新した契約も、残り少しとなりました。

2013年9月から始まった新学期も、先日期末テストを終えました。

 

私が教えた最後の授業は【結晶・鉱物学】です。

この科目はゴロンタロ大学に来た1年目から毎年受け持っていました。

高校を卒業したばかりの1回生相手だったと言うこともあり、最も試行錯誤した科目でした。

今年は最後まで生き残った(笑)学生も多く、40名以上が期末テストを受けました。

 

最後の授業はもちろん期末テストなわけです。

テスト時間の2時間、試験監督をしていると見せかけ、生徒を見ていました。

一人ひとりの顔を見て勝手に思い出に浸っていたのです(笑)

この時こうだったな、この学生からの質問はするどかったな、などなど。

 

あっという間に2時間は過ぎ、採点して評価をつけるまでが仕事です。

同じ科目でも毎年少しずつ授業(スライド)内容を改善していたので、試験は毎年違いました。

採点して評価し終った時、気づいたのです。

全体的にテスト点数と評価が上がっているではありませんか!

授業(スライド)内容を改善すると言っても、大事な内容は変わりません。

評価方法にも変更はありません。

期末テスト内容の核になる部分の回答が、一年目より二年目、そして三年目と回答率が上がっているのです。

実は毎回のテストを保存しており、比べてみたのです。

 

これは私だけの成果ではないのです。

生徒の協力なしには、授業(スライド)内容の改善なんて出来ません。

私のつたない英語・インドネシア語を理解して、授業についていこうという熱い気持ちがなければ、今回の様に数字に表れることはなかったと思います。

2013/12/16

先日、2014年秋入学予定者向けのskype入試の準備を行いました。

日本で試験を受けることが出来ればいいですが、費用の面でなかなか難しいものです。

したがって、我が大学ではskypeを用いた入学試験を実施しています。

 

入学試験ともなれば、どこで開催しても定められた試験における規定は守らなくてはいけません。

skypeを用いるので、第一にネット環境が十分である必要があります。

インドネシアでは、公共施設・レストラン・コンビニ・スーパーなど大抵の場所に無料wi-fiが設置してあり、比較的容易に携帯やパソコンでネットを使用できます。

ゴロンタロにおいても同様ですが、非常に回線が遅いです。

これは大学施設内でも同様です。

例えば、私が日々連絡をやり取りしているヤフーメール。

就業時間になると繋がらなくなります。

狙い時は深夜・早朝・昼休み・お祈りの時間です。

メールを開けても添付ファイルがあるとまたまた時間がかかります。

 

そして次に挙げられる問題が、停電です。

今は雨季に突入し、時間帯を問わず大雨が続いています。

こうなると、停電が起こらなくてもまずネットが使用不可になります。

豪雨だと停電が起こってします。

例えネットがダウンしていなくても、停電になれば結果は同じです。

 

skypeに対応できるネット回線を確保するためには、晴れの日であっても大学ではなかなか難しいというのが私が今まで生活してきて実感した結果です。

私は停電になったりメールチェックすらできなくなったりした場合には、すぐにcaféに移動します。

私が知る限り、ゴロンタロで一番ネット回線がいいです。

 

しかし、入学試験をcaféで実施するわけにはいきません。

試験会場として、人が出入りしない静かな場所である必要もあるからです。

例え大学ですばらしい速度のネット状況であっても、上記の規定が守れないのです。

インドネシアの文化でしょうか?

どこに行っても、車内や店内から大音量でビートの効いた音楽が流れています。

事務所でカラオケもしていたり、パソコンでイヤホンもつけず音楽を聴いていたり。

人の会話の声も非常に大きいです。

このような騒音(ごめんなさい)から受験者や試験場所を守るすべがなく、大学構内での試験実施は出来ないのです。

 

上記の規定を守れる場所はどこか。

skypeに対応できるネット環境と静かな場所。

ズバリ、ホテルの一室です。

ゴロンタロ市内だけでも、大小10以上のホテルがあります。

小さいホテルだと、室内でのネットが出来ないことが多いです。

室内でネットができ、回線に問題がないホテルと言うと2つしかありません。

クオリティーホテル(Hotel Quality)かマグナホテル(Hotel Maqna)です。

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両ホテルは英語が出来るスタッフがいるので、日本人の方がでも安心して宿泊できます。

マグナホテルはゴロンタロで一番大きなモール(Matahari)と建物続きなので、買い物は便利です。

各種アルコールを取り揃えているのは、クオリティーホテルです。

 

今回の試験会場には、私の独断と偏見でクオリティーホテルを選択しました。

去年の第一回skype入試もクオリティーホテルだったこともあります。

そして何より格安料金で部屋を借りることが出来たからです(笑)

このskype入試には、ネット回線チェックが試験の数日前に行われます。

このネット回線チェック日、いつも通りの大雨でした。

このホテルは自家発電機があるので停電しても大丈夫ですが、自家発電してもネット回線は復活しません。

タイミングよく、チェック時間に停電となってしまいました。

待つ、と言う原始的手段しか残っていないのですね。

今回の停電は30分弱で復旧してくれたのでよかったです。

電気が使えるようになったからと言ってすぐにネットが使用できるとは限りません。

これも待つこと10分弱。

やっと、ネット回線チェックの開始です。

それでも、途中で何回もストップしてしまいましたが…

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本番はまだ数日後ですが、時間を早朝にずらしていただきました。

ゴロンタロタイムで7時開始です。

7時だとまだネット回線も大丈夫だろうと言う、思惑です(笑)

受験する生徒は非常に緊張していますが、私としてはネット状況が不安で仕方ありません。

ゴロンタロにおけるインフラ整備もまだまだ不十分だな、と改めて感じるこの頃でした。

2013/10/07

さて、9月中旬より新学期が始まりました。

今期もいつもながら大量な授業科目数です。

日本では秋から始まる学期は“後期”ですが、こちらでは前期です。

前期にはタイトルにあるように、3回生対象に地震学の授業があります。

毎年、この回生は全員履修したいたので気づかなかったのですが…

 

地震学の第1回目の日、教室に行くと…誰1人としていないのです。

また遅刻か、と待つも一向に来る気配がないのです。

やっと見つけた3回生に話を聞くと“履修していません”の返事。

他の3回生にも同様の質問をするも、答えは一緒。

ここでやっと真実を知ったのです。

“先生、地震学は選択科目だよ”

よくよく聞くと、以前から選択科目だったとか!

 

非常に衝撃を受けました。

私の授業内容を先輩から聞いて選択しないように言われたのではないか…などとネガティブな考えに陥ったためです。

しかしそうではなかったのです(かなり、安心!)

理由は2つ。

①この学年は5人しかおらず、そもそも人数が少ない

②卒業に必要な単位をすでに取得または取得予定である

そう言えば、昨年の地震学の授業で履修していた現3回生がいたな~などとやっと記憶が戻ってきているところです(笑)

 

なぜ地震学を教えることが出来なくて、残念がっているのか。

①インドネシアは日本と同様、地震大国であると言う事

②単純に地震学に対する私の思い入れが熱い(笑)

 

生徒もインドネシアが地震大国であることは知っています。

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上の図は1999年から2000年までに全世界で発生したマグニチュード4.0以上、震源の深さ100km以下の地震分布を表しています。

インドネシアはこの赤い点で完全に覆われ、インドネシア国土を見ることは出来ません。

日本も同様です。

しかし、私が教えたいことは別の部分です。

2004年12月26日に発生したスマトラ島沖

そして、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震。

両地震に共通したこととして、大部分の犠牲者が津波によってだったと言う事です。

地震と津波、両者の性質や地震が起こった後の対応方法など、様々な視点から“防災の大切さと心構え”を教えたかったのです。

ゴロンタロ地域でも上記の2点と比較すると小規模ではありますが、地震が発生した後に津波が起こり犠牲者を出しています。

災害の大小を比較することなんてナンセンスなのですが…

 

どのような場所にいても安全ではないこと、地震だけでなく様々な自然災害が起こるということ。

このことを常に念頭に置いて生活すると、いざと言う時に冷静に対応できることを知っておいてほしかったのです。

2013/09/30

ゴロンタロ大学創立50周年記念式典の一環として、生徒同士の交流の場を設けました。

交流と言っても、お互いの国について紹介すると言った内容ではありません。

“研究と発表”、この期間・時間の中でお互いに交流してもらおうと言うものです。

主な研究テーマは4つ。

・ゴロンタロの地質

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・リンボト湖(ゴロンタロ州にある大きな湖)の水質調査

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・リンボト湖の生態調査

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・カポック(繊維)を用いた水質改善方法

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上記のテーマは大きなゴールなだけで、具体的な調査対象や研究手法は一切伝えませんでした。

各テーマに配属された両大学の生徒同士で話し合い、問題点を発見し解決・調査方法を議論してほしかったのです。

この議論する時間が文化交流でもあったわけです。

今回は調査開始から発表まで10日余りと言うタイトなスケジュール。

発表は4日の国際セミナー内で時間を設けました。

 

まず愛媛大学の学生がゴロンタロに到着する前に、skypeを用いて顔合わせをしました。

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なかなかネット回線が安定せず、うまくいかなかったのですが…

そののち、メールでやり取りしてもらいました。

お互いに慣れない英語で必死に意思疎通しようとしている姿が非常に微笑ましい光景でした。

 

ゴロンタロに到着し、両大学学生による顔合わせと言う名の議論!

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各チーム、お互い辞書片手に臨みますが、やはり緊張してさぐりさぐりの状況。

言葉の壁もあり、うまく議論が進みませんでした。

 

ですが、数日間一緒に過ごすうちに徐々に打ち解けてきたようでした。

調査はこうやってするんだ、ゴロンタロの食べ物はどうしてこう辛いのか、など調査期間を通してお互いに学ぶことが多かったようです。

調査期間が終わり調査結果を発表する日になり、生徒たちの緊張はピークに達していました。

調査時間・発表のスライド作りなど、すべてにおいて時間が足りない中での国際セミナー。

しかしどのチームも協力し発表を成功させていました。

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初めての取り組みで、準備不足な部分はたくさんありました。

事前協議や語学問題、調査における準備などです。

今回はゴロンタロ大学創立50周年記念式典の一環プログラムと言う扱いでしたが、この交流・調査方法が有効であれば来年以降は別の形で続けていきたいと思います。

2013/09/30

2013年9月1日はゴロンタロ大学にとって大変重要な日でした。

タイトルの通り、大学創立50年の日だったのです。

 

以前は東隣にある北スラウェシ州と1つの州でしたが、2001年2月16日にゴロンタロ州として独立しました。

ゴロンタロ州として独立する前のゴロンタロ大学は、短期教育大学でした。

北スラウェシ州の州都であるマナドにある大学の支部大学としての位置付けでした。

そののち独立直前の2001年2月5日、5学部25コースを有したゴロンタロ教育大学に格上げされました。

そしてゴロンタロ州が独立した3年後の2004年6月23日に、現在の国立ゴロンタロ大学が誕生したのです。

現在は教育学部・社会学部・理学部・文学文化学部・工学部・農学部・経済学部・健康スポーツ学部の計8学部、全生徒数10000人以上の非常に大きな大学です。

正確にカウントするなら来年の2014年6月23日がゴロンタロ大学創立10年記念じゃないかな…という疑問は置いておきます(笑)

 

5月に大学長を始めとして先生方が愛媛大学を訪問した際に、この9月1日に開催される記念式典への招待状をお渡ししていました。

残念ながら愛媛大学長の出席はかないませんでしたが、愛媛大学前学長をはじめ、数名の教授および学生と共にこの晴れの日を祝うことが出来ました。

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ゴロンタロ大学創立50周年記念式典は9月1日の朝から夜遅くまで続きました。

朝はインドネシア教育省長やゴロンタロ州知事、各県知事、歴代ゴロンタロ大学学長などが出席される格式の高い式典でした。

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もちろん愛媛大学前学長である小松正幸氏も出席され、祝辞を述べられました。

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夜の祭典はゴロンタロ大学の職員対象の祭典でした。

カラオケありライブありの大盛り上がり!

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ゴロンタロ大学学長もステージで1曲披露されていました。

 

 

次の日からは大学や各学部主催による様々なセミナーが開催されました。

構内では初の試みである生徒向けの就職セミナー。

構外では小・中・高の先生向けの教育セミナー。

ゴロンタロ州との共同開催であるココナッツに関する国際セミナー。

ゴロンタロ大学の職員や生徒だけでなく、地域住民や世界に開かれた大学にしたいと言う大学長の想いから実現したこの企画。

準備段階では様々な問題がありましたが、終わりよければすべてよし!

どのセミナーも好評を得ることが出来ました。

 

これからはこの成果をきっかけとし、より開かれた大学になることを祈るばかりです。

そして、残り少ない私の任期をフルに活かし、ゴロンタロ大学のために活動して行こうと心に決めた期間でした。

2013/07/13

先日の12日放送分の朝日放送【世界の村で発見!こんなところに日本人】をご覧いただき、ありがとうございました。

私はゴロンタロにいるので、どんな旅だったのか・どんな風にゴロンタロという街が映し出されたのかは、全くもって分かりません。

ですが、少しでも“ゴロンタロ”という街を日本の皆様にご紹介出来たことを嬉しく思います。

ただ不安な部分としては、ゴロンタロの魅力を十二分にお伝え出来たかどうかと言う点です。

いざテレビカメラや藤田さんを前にすると、言いたかったこと・伝えたかったことが上手く口から出てこないのでした(笑)

汗まみれの顔などハイビジョンに耐えられず、見苦しかった部分もあったかと思います。

申し訳ありませんでした。

 

今回私が取材を受けた理由はただ一つ。

日本にいる両親に私がどんなところに住んでいるか・どんな風に生活しているのか、をダイレクトに知ってもらおうと思ったためです。

写真を見せるより、話して伝えるより、テレビを通して動画として見てもらうのが1番だと思ったのですね。

そしてこのような機会がなかったら、普段生徒たちや先生方がどのように私について思っているかということも知ることはなかったと思います。

【こんなところに日本人】の番組制作スタッフの方に感謝、です。

 

そして、どうやって私をスタッフの方が見つけたかと言うと、このJunk Stageを通してでした。

Junk Stageのスタッフの方々が怒りもせず飽きもせず、ゴロンタロでのダラダラした日記のような内容の掲載を許して下さっているおかげです。

このような私にJunk Stageの貴重なスペースをお貸しいただき、本当にありがとうございます。

 

最後に私がゴロンタロで働き、生活し続けることが出来るのは、ゴロンタロ大学の皆さん・ゴロンタロに住む住民の皆さん・愛媛大学の職員の皆様・榊原 正幸教授、そして友達・両親・家族が私を想い力強く支えて下さっているからです。

本当に…本当にありがとうございます。

皆さんがいなかったら、私はずーーーーーーと前に帰国していたと思います。

大変貴重で素晴らしく今までにない体験したことのない経験が、私自身に与えた影響は言葉で表すことは出来ません。

これからも、ここゴロンタロで元気に楽しくダラダラと私の持ち味を活かして頑張ります!

藤田朋子さん、番組スタッフの方々とニサさんファミリー

 

2013/06/14

突然ですが、黒丸で囲っている鉱物の色は何色ですか?

 

今学期の授業も終わり、残るは期末テストの採点のみとなりました。

1番大変だった授業は【記載岩石学】でした。

この授業では、岩石薄片を顕微鏡で観察する授業なのです。

先ほどの写真は偏光顕微鏡で見た岩石薄片です。

岩石薄片を偏光顕微鏡で観察し、岩石に含まれている鉱物名を決定します。

この岩石薄片を観察する時に、記入するシート(表)があります。

どんな形・大きさ・色なのかなど、鉱物ごとの情報・特徴を記入していきます。

この情報に基づいて鉱物名を決定します。

 

岩石薄片の記載をしているとたくさんの質問があります。

この形の名前は何か。

どのように記載したらいいのか。

うまくピントが合わない。

顕微鏡の使用法以外の質問は、すべてが鉱物基準になります。

“どの鉱物について質問しているのか”

質問したい鉱物を顕微鏡の中心に配置してもらいますが、似たような形態が近くにあると困った事態が起きます。

形も色も大きさもすべて似ている。

右(写真中・A)の鉱物についての質問なのか、それとも左(写真中・B)なのか…

極めつけに、何色と表現したらいいのかすら分からない…

この鉱物写真の色、日本語でも正直分かりません(笑)

紫…?

いや、青…?

ちなみに、この写真を生徒に見せて聞いたところ、“Aは紫でBは黄色”との答えでした。

黄色…?

確かに黄色かな…

1人では分からないので、続けて質問します。

“Aは青紫でBは暗い青”

私が想像していた色の名前と近いな、という印象です。

しかし、暗い青ってもっと違う色だと思うけどな…

紫と青や紫とピンクの区別(境界?)。

“濃い・薄い”を言い出すと、キリがありません。

 

最終的には、絵を描いてもらってどの鉱物について質問したいのか聞きます(笑)

しかし、記載欄に色を記入するのですが、これがまたバラバラ!

ハッキリ決まった色なんてないからです。

岩石薄片は厚さが大切で、同じ鉱物であっても薄片の厚さによって色が変わります。

最後の授業では生徒たちで作成した自前の岩石薄片も観察したので、薄片内で厚さにバラつきがあり、またまた一苦労しました。

部屋中にある色を指さし、“この色の鉱物?右の鉱物?”“違うよ、その隣のもっと黄色っぽい緑の鉱物!”このやり取りを何回繰り返したことか。

途中の授業から指定したサイトの色標本を印刷して持参するように言うも、また失敗です。

プリンターの質が…

同じサイトから印刷しているはずなのに、生徒によっては全く違う色なのです。

印刷をケチった私が悪かったと、自分に言い聞かせて再度挑戦です。

よく考えれば、日本人同士であっても“色”に対する呼び方・イメージは人それぞれですよね!

鉱物写真の色、皆さんだったら何色と答えますか?

2013/05/19

日本での黄金週間が明けたと同時に行ってきました、愛媛県っ!

今回の堅苦しいタイトルの通り、訪問目的は調印式です。

ゴロンタロからの訪問団は私を含めて21名の大所帯です。

ゴロンタロ州・北ゴロンタロ県知事さんやゴロンタロ大学学長を始め、各部署から重要な人物が同行しています。

今回の覚書にはゴロンタロ州は入っていませんが、ゴロンタロ州からも1人参加していました。

 

どのような共同研究なのかは、また別の機会にお話しさせて下さい。

 

愛媛大学での調印式や松山観光をしていただいた後は、松山市より南に車で1.5時間ほどの場所にある西予市へ。

ここでも、共同研究のための勉強として様々な場所を訪問させていただきます。

屋形船に乗って昼食をいただき、県知事さんのご希望でゴミ処理施設の見学もしました。

 

西予市滞在ののち、みなさんお待ちかねの東京観光です。

東京観光と言えば、黄色いバスでおなじみのはとバス。

外国人コースも充実で、皆さんにも楽しんでいただいたようでした。

 

インドネシアに戻り、バリでも勉強を続けます。

バリでの時間は皆さんが1番キラキラしているように見えました。

何と言っても、すでに自分たちのテリトリーです。

言葉・文化・食べ物…すべてです。

 

日本滞在中は、皆さんの興味・好奇心は止まることがありません。

・ETCカードを搭載していたためチケットフリーで入場できる高速ゲート

・道路が山を突っ切っていること(トンネル)

・木々や花々の種類や名前

・街中がきれいに保たれていること

・人々が時間を守って行動していること

・相手に見えていないのに電話口で頭を下げる私

・写真を撮るときにピースサインをすること

・注文していないのに水やお茶が出てくること

・日本語でこれは何と言うのか

挙げていくとキリがないので、このへんで。

疑問に思うと、私にすぐに質問してきます。

恥ずかしいことですが、答えることが出来ないのです。

どうして【おはよう“ございます”】【ありがとう“ございます”】なのに【こんにちは“ございます”】は間違いなのか。

能を鑑賞した際には、演目の内容や言葉の意味。

私がいかに日本を知らないか、私には当たり前だけで考えたこともなかったこと。

改めて勉強になりました。

 

ゴロンタロ空港に到着する飛行機の中で、北ゴロンタロ県知事さんが、日本で見て勉強して感じたことすべてを職員に伝えて取り入れていきたい、と話してくださいました。

共同研究のためだけでなく、今回の日程すべてが有意義であったようで今後に期待したいと思います。

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