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2009/04/18

友達が家に遊びに来た。
部屋の中をジロジロと眺めまわしながら、一言。
「ほんとに男っ気がない部屋ね。」
なんと!まあ、実際ないけど。
「歯ブラシも一個しかないし、いや~おひとりサマのマンションね。」
たとえ彼氏がいたとしても、歯ブラシなんて・・・、
そんなわかりやすいものは目につくところに置きません!
「でも、男の子からもらったプレゼントくらいはあるでしょ。」
ええ、まあ、もう25歳だもん。
男の子にもらったものくらい・・・と、いうことで、並べてみた。

■ガンプラ
あまりにも有名なガンダムのプラモデル2体。
入社1年目に大阪支社の先輩から譲り受けた。
新規開拓のアポの時など、心細い時には
営業鞄に入れて連れ歩いていた。

 ガンプラ

■トカゲ

これも大阪時代の先輩からもらったバリのお土産。
「可愛がってや」
と言われたものの、
最初はリアルすぎて引いた。
でも、今はちゃんと可愛がってる。

トカゲ

■トミカ
弊社では、担当している顧客を愛するがゆえに
担当企業のミニカーを机に並べることが多い。
これは、当時好きだった人にもらった。
私も彼に、ミニカー(スポーツカータイプ)をあげた。
これが20代の愛の形だw

トミカ

■バズの人形
トイストーリーのバズ。
私がへこんでいた時に、大好きな同期がくれた。
彼にとってバズグッツは宝物なので、
私もとても大切にしている。

バズ

以上!

「主におもちゃね。」
ええ、主にというか、全部おもちゃですっ!
「今まで男の子からもらって一番うれしかったものは?」
・・・万華鏡がついたオルゴール。あと大量のぷーさん、
音に反応して踊るビンラディンの人形、変な掛け軸、
映画のポスター。
「ほんとに?(笑)」
当時は使い道に困ったものだって
キラキラとした思い出になるものです。
好きな人と一緒なら、マックでもワタミでもどこだって嬉しい、とか思っちゃうのと一緒。
「そんな志向だったとはね。」
なんだか、踊るビンラディンの人形とか
思い出したら、そんな気持ちも一緒に思い出したのだ。
「イイ恋しなさいね」
おう!
「でもその前に・・・日経ビジネスを部屋のあちこちに
置きっぱなしにするのはやめなさい!モテないよ!」

あうぅ。メーカー萌えしても許してくれる人がいいのに。。。

2009/04/06

檀上で受け取った両腕いっぱいの花束を、
もらった日の帰り道に全部捨てたことがある。

その夜は、本当に闇が深くて、疲れていて、
表彰状もトロフィーも、ましてや大輪の百合が咲き乱れる花束なんて
どうしていいかわからなかった。

まだ、景気がすこぶる良くて、本当に忙しかった頃。
仕事はどこまでも終わらなかった。
次々と舞い込む仕事に応じて作成する企画書はほとんどが汎用品で、
同じ企画を量産しているような気分だった。
でも、それが一番上司に通りやすかったし、新しいことをしようと
周りを説得する気力もなくて、流されていた。

帰りはどんどん遅くなって、
売上はどんどん積み重なった。

そうして売っている内に、ある四半期の末日に、会社から表彰されたのだった。
弊社では、高額の売上を上げた営業が、
最も顧客の事を考えて仕事をしているとみなす。
そして四半期ごとに、そんな営業を表彰するパーティーが開催される。

大ホールに首都圏の営業が全員集う中、
受賞者は皆の前で表彰されて、拍手をもらう。

あの秋の日、そんな身の丈に合わない舞台で表彰された
私のスピーチは、プロジェクトメンバーへのお礼の言葉以外、
全く薄っぺらなものだったと思う。

走って、怒られて、走って、怒鳴られてを繰り返した結果なだけだと思った。
何にも考えられてなかった。

だから表彰式の後のパーティーは、ものすごく居心地がわるかった。
自分の業績や仕事の質を過剰評価されているカンジ。
本当はデコボコな成果物だったのに。
お客様に喜んでいただける程まで、やりきれていなかったのに。
それにもう、疲れたし、眠たいし。

しかしそうしてテンション低く彷徨っているうちに、
いつも私の面倒を見てくれる先輩が泥酔したため、
先に先輩と帰ることになった。

この先輩を、私は営業として尊敬し、遊んでくれる兄貴分として慕っている。

先輩はよく、泥酔する。
それを適当に誘導して深夜タクシーに乗せてお送りするのが
いつもの私たち後輩の役目なのだが、
この日は、時間がまだ早かったので、少し歩いて外の風にあたることにした。
しかし・・・完全に千鳥足で先を行く先輩は、
やがて大企業の本社ビル前で立ち止まり、正面玄関横に座り込むと
そのまま仰向けに寝転んだ。
「ちょ、ちょっと!なにしてんですか!」

先輩は、長身である。
「ほんと、起きてください!」
私は何度も懇願しながらライトグレーのスーツを引っ張ったが、動かない。
なんとか起こそうと声をかけたり引っ張ったりと騒いでいると、
先輩はゆっくりと目を開けて
「まあ、君もここに座りなさい」と、言った。

・・・・・・・・・・・・・、なんでやねん(←関東人風関西弁)

だけどもう、正直どうでもよくなっていた。
私は常識人ぶって騒いだり、酔っ払いをたしなめたりするフリをやめて
大人しくその場に座り込んだ。

大手企業の本社玄関は、大理石が敷いてあって
座ると足がひんやりした。
意外なことに、警備員はやってこなかった。
なぜか寝ころぶ長身のサラリーマンと、
その横に座る営業女子。
少し離れたところの道を、同じような背格好のサラリーマンたちが
通っていく。
みな、私たちの奇行を興味深そうに眺めていた。

「あの、相当見られてますけど。」
「ふん。本当はみんな、こういうことをやりたいのだ。」
「いや、そうでもないでしょ」
「いや、きっとそうだね。自分が面白く生きていくのに
会社だのなんだのの枠から出られないなんて、
自分はすっきりしてないくせに、その枠の中で評価されることを目指すだなんて、
本当につまらない」

それは、確かに。
でも、本当に今日の先輩は、迷惑ですよ?

時々冷たい風が吹く。
私は、両手に抱えていた花束を、横たわる先輩の上に置いた。

本当は、もらってすごく嬉しいはずのおっきな花束。
綺麗で、香りも最高の、豪華な花束。

「おまえはいっつも、反省ばっかしてるな~。
あたしが一番!あたしが女王様!くらい思っちゃえば~?今日は褒められたんだから」
「だって、そんなこと本当に全く思えないですもん。」
「いいのにねえ。喜んで。」
「無理です。」

ちょうどその時、同期から私に電話がきたので、私は現状の報告をし、
彼女に援軍を要請した。

「先輩、援軍がきます。」
「なにっ。それじゃあその前に、これをなんとかしよう。」
「これ?」
「花束」
もらい主である私が納得できなかった花束は、
その秋の夜、都心のど真ん中に広がる日比谷公園に隠された。

正確にいえば、土に帰して差し上げたのだ。

「納得できない花束持って帰っても、ちっちゃな部屋の中で
息苦しいだけだろう。」というのが大先輩(酔っ払い)の主張だった。

そしてその日、色んなことに疲れていた私は
その提案に乗っかった。

ヒトは疲れると、正常な判断基準を失う。
私はあの日の自分を思い出す度に
本当に心底怖くなる。
あの、ひどく投げやりな感じ。
すべてがどうでも良いような。

その夜、私たちは花束を抱えて日比谷公園に入り、
美しく結ばれた花束のリボンをほどいて植え込みの中にお花をまいた。
盛大に、思いきりよく。

後悔はしなかった。
ただ、2度と同じ状況にはなるまいと思った。
とても悲しい気がしたから。

なるべく土に近いところにお花を落ち着かせて、
私たちは公園を出た。
少々の罪悪感と共に、気持ちのよい開放感に包まれながら。

翌日、さわやかにご出勤された先輩は
前日の事を何も覚えていなかった。
私が表彰式でスピーチをしているのを眺めていたのが
最後の記憶だと主張するのだ。

だからこの記憶は私だけのものだった。
だけど人は忘れてはいけない事を忘れるから
忘れないように、書いておく。

あの日の屈折したくやしさも、
酔っ払いにもらった優しさも
決して忘れてしまわぬように。

2009/01/26

大阪支社の同期が結婚式を挙げるということで
数十人いる同期の中でも、「拠点ズ」と自称する
1年目地方配属だった5人が大阪に集った。

結婚式は盛大に執り行われ、私たちは心底幸せ気分だった。
新郎となった同期は、この結婚式のためにずっと
3500~5000円の安すぎるスーツで働き通しており、
大阪の格安スーツ事情に最も詳しい男として有名だった。
しかし、そんな風にして長年貯金をした結果、
こんなに素敵な結婚式ができるなんて
人生ってやつぁー何てハッピーなんだろうか!とみんなで語り合った。

ただ、我々の仕事の癖で、結婚式のテーブル上にある備品や小さなプレゼント類まで
いちいちひっくり返しては製造元をチェックし、
自分の営業区域内かどうかを確認するという動きを
さりげなく全員が行っているのは恥ずかしかったが。
(見慣れない企業を発見した場合には、
新規開拓先候補としてメモっておくのである・・・。)

しかし、3次会のカラオケにおいては、
弊社営業マンズが、日々の鍛錬の成果を発揮し
よもや接待か?という勢いで新郎新婦の友人たちを持ち上げ、盛り上げ、
歌い踊り、シャウトした。
シゴトもたまには役立ちますな!

宴のあと、フワフワとした気持ちで大阪の街を歩き
拠点ズが全員大阪で研修を受けていた頃によく行っていた深夜営業のカフェに入る。
大阪は、意外と夜が早く、深夜の街中はガランとしてるのだが
ところどころ、隠れたような場所にあるカフェには
ぼんやりとした間接照明がともり、人々がこっそりと(しかし早口に)
おしゃべりを続けているのである。

懐かしいカフェで朝まで仕事の話をした。
転職活動をしているのは私だけでもなく、
皆が考える将来プランはそれぞれで、目指すスタイルも違うのだった。
それでもみんな、今の会社も事業も好きで、
組織への文句や不安を並べながらも「でも結局、好きなんだけどさ」という、
不器用な女の子が大好きな彼氏の話を素直に出来ないような
妙に可愛らしい状況となっていた。

深夜4時、ほっこりと訪れた沈黙の中で同期の肩に頭を乗っけてボーっとしていたら。
不意に、自分の転職活動に対する結論がボトンと降ってきた。

今の仕事には不安も不満もたくさんある。
だけどここには、こうして一緒に働く人たちと、共有できる理想がある。
実現したいこと、解決していきたいこともまだまだある。
だから今はもう少し、この会社や事業のために働きたい。

ここ数週間、あれやこれやと考え続けてきたわりには
その結論は既に動かしがたく重たくて
私の転職活動および海外逃亡計画はあっけなく終わりを告げた。

いつかお互い、今の場所からいなくなるかもしれない。
でも、今は。

きちんと決心をして、内定を下さった企業にも電話とメールで
結論を報告した。

すべてを完了させた後に、拠点ズに、実は転職活動をしていたこと、
しかし大阪の夜に決意を固めたことを話すと、彼らは口々にこう騒いだ。
「マジでー!ありえへんわ!俺やったら絶対シンガポール行ってたわ!なんでなん!?」
「たとえ入社してすぐリストラされたとしたって、全部捨てて行ってみちゃった!
ってのが面白かったのに~。もったいなーい」
「結局アンタも弊社系の女なのねー。結婚できないわよ~」

こいつら・・・。

でも、東京で、名古屋で、大阪で九州で北海道で、
同じ方向の想いを持って、今日もそれぞれ働いている。
キャリア形成上とか、人生設計上とかで言うと、
今回私は大きなチャンスを逃したのかもしれないけれど
でも、自分で下した意思決定だから、いったんはこの道で
がんばるか~と、思っている。

もしものときには、どこでだって、何したって、なんとかなる。
そんな気がするからこれからも、真剣に、興味本位で、
でも、自分が何を大切にするのかを意識しながら働いていく。
キャリアを積むことは、ある意味で自分を自由にするのかもしれない。

より自由に、面白い人生を!

東京サラリーマン生活は続く。。。

2009/01/16

真夏のクリスマス、とシンガポールで浮かれていた12月から
すでに半月もたってしまった。
めでたく年が明け、お笑い番組ばかりの冬休みもあっという間に過ぎ去り、
今年も仕事に戻ってきた。

しかし、引き続き多くのメディアは不景気に関する特集を組み
なんかもう、社会全体が暗い!気がする。
営業先のご担当者も、商談の途中で、
なにかにつけてすぐ「不景気だからさぁー」と、おっしゃる。
「不景気」はもはや立派な流行語である。

だが何故か、麻布や六本木のレストランやバーには
今夜もお客がいっぱいだ。
冷たい空気に洗われた東京の夜景は刹那的で、
加えて今年は心なしか投げやりな感じもして、
でもやっぱり、最高に美しい。

日本全国から、世界から、
何かしらの野望を抱いて集まってきた働き人が集う都市、東京。
不景気でも、面白い企画を考える人もたくさんいて、
相変わらず刺激的な街だ。

大好きだぜ東京!と、
今回妙にセンチメンタルなのは、
自分が海外に転職する可能性がゼロではないから、だ。

年末に滞在していたシンガポールで内定をいただいた企業は今と同業。
その上、新興国(にある意味数えられる)シンガポールでは
ここ数年だけでいうと、市場拡大の可能性は日本よりも高い。
また、ろくにTOEICのスコアも持っていない私を採用してくれる
外資企業なんて、今後現れるかわからない。

学生時代からアジア好きな私にとっては、
シンガポールに住める、ということも大きな魅力の一つだ。
特にマレー半島は、多様な宗教や文化を受け入れつつ発展してきた地域で
多様な価値観を受けいれる柔軟な社会構造に私は昔から興味を抱いてきた。
と、ちょっと文学部らしいことも言ってみたが、
まあ、要は、生活するだけでも面白そうだ!というワクワク感が大きいのだ。

また、日本で働く場合、総合職として仕事を任せてもらう以上は
過酷な残業にも耐えなければならない。
そしてそれはしばしば、仕事が終わらないから、というよりは
早く帰ったら先輩にキレられるから、というくだらない理由の場合も少なくない。
しかしシンガポール企業の場合、そうした若年社会人による丁稚奉公のようなこともなく
本当にみんな、早く帰る。
実際に私が2回目に先方のオフィスにお邪魔した際にも、18時頃には、
ほぼ全員が帰宅していた。
個人的に、現職の仕事は好きだし残業も構わないといえば構わないのだが、
毎日22時に会社を出られたら、どんなに豊かな生活ができるだろうと夢想している
私としては、残業時間のコントロールが可能な点も、大きなメリット。

以上、ここまでくれば、メリットだらけじゃないか!という状況だ。
私には扶養家族もいないし
結婚を迫るような男子もいない。
実際、ちょっと大事にしてる男の子(どんな関係なんだよ)に「海外にいくかもー」と打ち明けたところ、
「そうか・・・君にとってはチャンスだもんね!君がその道を選ぶなら!」と
やけに寛容なコメントが返ってきた。
いや、ちょっとはさ、引き止めてよ・・・。
客観的に見れば素晴らしいその寛容さに深刻な寂しさを覚えた私は、
「もうご飯食べに行かない」と、いつになく女子らしいイジケッっぷりを発揮し、
見当違いな仲違いまでしてしまった。
マジでちっちゃいな、自分。
どうすんだよ。

さて、そんな色々を繰り返しつつ、
悩み続けて半月間。
そろそろ先方にも回答をしなければならない。

これまで大して目につかなかった
人材紹介会社の広告があちらこちらで私を刺激する。
「転職するなら今がチャンス!」「自分にとってのキャリアアップとは!?」
電車でもネット上のバナーでも、
こんなに不景気なのに、よく煽るもんだ。
心の中でツッコミを入れながら、
気づけば自分も立派な転職活動者になってしまった。

現職企業や人への愛情、
新しい世界への好奇心、
タイミング。

もう少しだけ考える。
そして、どう転んでも自分が納得できるような
結論をださなければならない。

今週もやっと金曜日の夜。
悩み過ぎて眠れない、、なんてことはなく、
きっと呑んで騒いでぐっすり眠るのだろうけれども、
週末はまじめに考えなければ。

あ、しかーしっ、今週末はJUNKSTAGE新年会である♪

2008/11/22

とても短い恋をした。
これはその時の、ちょっとした小話。

地方の拠点から東京本社に異動した時、
社内で最も過酷な営業部隊に配属された。
営業ノルマはそれまでの3倍に跳ね上がり
プロジェクトの規模も自分にはあまりにも大きすぎた。

営業プロセスの甘さを指摘されては
「なんで出来へんねん。死ね」と怒鳴られる日々。

そんな日々の中である日、
営業先に同行してもらった人が、それはそれは優しくて、
2回ご飯を食べに行っただけで好きになった。

「上司に死ね!なんて言われるの?俺が文句言ってやろうか」

このセリフだけ。
この一言を、大衆居酒屋で言われただけで、ガクンっと恋に落っこちた。

「アンタも仕事が辛いのねーっ。
そんな時に現れた、王子様的に守ってくれる男子に逃げ込むわけねー。
だけどその人、所詮は弊社関連の人間でしょ?仕事できんの?」
私の、熱を帯びた報告をひととおり聞いた太郎は、
鼻で笑ってそう言った。

太郎は、会社の同期であり、大親友であり、性別不明だ。

「仕事がデキルとかデキナイとか、そんなのそもそも関係ないからっ。
いっとくけどコレ、恋だから!」
「へー。そんな思いやりのある優しい男が
あんたみたいな働き方してる女に本気なワケないと思うけどー。」

なぜかひたすら、全否定をくらうのだった。
太郎は、女子の恋バナに厳しい。

「この百戦錬磨の営業マンが蠢く現場でギリギリ生き残ってる自分の姿を見て、
そして見染めてもらったのだとしたら、この上ない幸せじゃんっ。」
「見染めてもらうって・・・アンタは一体いつの時代の女なの!?」

こうして馬鹿にされながらも、ひたすら恋に落っこち続けた。

仕事への想いや理想も、日々罵倒される悲しみも
相手と共有し、理解された気になって嬉しくて、
それでまで以上に仕事をした。
恋する人と目指す理想が近いというのは
ものすごい営業力を女子にもたらす!

「アンタ、その人と付き合って所帯染みるのとか止めて、
そのまま恋だけしてれば効率いいんじゃない?
全社の利益のためにも、是非そうしてちょうだい。
そうしてアタシの営業ノルマを軽くして」
何度目かの電話で太郎は言った。

でも。

相手より残業は長かった。売上目標も重かった。
まともな時間にメールも電話も返せなかった。
同業ゆえに、仕事の話が多過ぎた。

そして最後の終わりの言葉。
「お前の仕事は、女の仕事じゃない。」

結論を報告すると、太郎は笑った。

「残念ねー!!でも結局、仕事だけが理由じゃないでしょー。
ほら、あれ、企業が採用活動時によく使うセリフ」
「・・・総合的な判断の結果、今回はご縁がなかった事に・・・って、ヤツでしょうか。」
「そうそれ!つまりはご縁がなかったのよ。
そして、総合的な判断の結果、なの。仕方ないじゃない。」

もちろんイロイロ仕方なかった。
でも結局、仕事を理由にされて悲しかった。
もう、ギュウギュウと悲しかった。
その後も淡々と続く業務メールを、切ない気分で眺めたりした。

「ちょっとアンタ、いつまでジメジメしてるのよ。めんどくさいわね。
どうせもともと、仕事が辛いから現実逃避したかっただけでしょー。
恋する事で酔ってただけでしょ。人を愛するという事は、
自分のしんどさだけでいっぱいいっぱいのコドモにはまだ無理よ~♪」

・・・恐るべし太郎。

「だけど太郎も、自称・真実の愛を求めてさまよう子羊(コヒツジ)でしょ?」
「そうよー。共に彷徨いましょう。同期ですもの」

こうして彷徨いだしてから、もう1年以上たっている。
『子羊脱出プロジェクト』
数々の検証を重ねながら、
少しずつ、進む。

2008/11/09

月に一度は名古屋へ行く。

朝、ベッドだけで部屋の8割が占められているような
ビジネスホテルで目覚めると
一瞬、自分がどこに居るのかわからなくなる。
でも、ブラインドで覆われた窓からぼんやりと差し込む光の感じや
ひたすら真っ白なベッドのシーツが目に入ってくるにつけ
「出張の朝だーーー」という実感がわいてくる。
そして少し、安堵する。
東京にいないというだけで
ジャッジされる連続からしばし開放された気分になるのだ。

本当は朝一アポのために前日から名古屋入りしているわけだから
いつもよりも緊張するべき朝なのに。
 
前日、新幹線の終電で辿り着いた名古屋は
全体的に閉店ムードで、繁華街の栄に来ても
すっかり落ち着いた風情であった。

名古屋という街は、なんというかマイルドな雰囲気で、個人的に大好きだ。
また、経営力がずば抜けている個性派企業も名古屋に多い。
街も、企業も、他者と比べてあれこれ言うよりも、
自分たちのこだわりを追求しきっているような気がする。
名古屋支社の同期は「大いなる田舎ですが何かっ」と誇らしげに語り、
そんな名古屋を愛して止まない。

ところで私は、新卒で会社に入社した年に大阪に配属され、
この後、東京に異動した。
だから、日本の3大都市の中で、
名古屋だけは「ヒトの街」という感覚がある。
実際にはアポやイベントで毎月のように来ていて、
多いときには週末のほとんどを名古屋で過ごす程なのに
(そして今やテレ東よりもメーテレの番組に親近感を抱くのに)
未だに、その感覚は薄れない。

そのせいか、名古屋で迎える朝はいつも
アジアの安宿で迎えた朝に似ていると思う。
学生時代、ゲストハウスのドミトリーで寝起きしていた頃、
マレーシアの片田舎で、上海のど真ん中で、朝、無駄に早く起きては
会社に向かう地元の人たちを眺めていた。
長い間、特に目的のない旅に出ていると、
地元の人々の日常が無性に羨ましくなる事があった。
その親密な人間関係や、自分が勝負すべき場所にいるという様な事が。

名古屋出張の朝、
日本有数の製造業密集地域を走る東海道線岡崎行きに、
営業カバン片手に自分も乗り込む。
イヤホンで耳を、日経新聞で視界を塞ぐ通勤客の波に呑まれるのは
いつもと同じ感覚なのに、なんとなく自分だけ浮遊しているような気分。

顧客企業の工場の最寄駅はガランとしていた。
穏やかに朝の光が溢れる駅で、
いつもより、正常に時間が流れている気がした。
少しだけ、心が緩んで、考える余裕が生まれる。

ヒトの街の朝は気楽だ。
でも今日も結局、既にちょっと戻りたくなっていた。
勝負すべき街へ。

2008/10/21

『清貧』という考え方に憧れていた。

・・はずだった。
だからこそ、大学時代もバイトして自活して、
信じがたい程にボロくて安い木造アパートに住み
バイトをかけもちしながら大学の授業に出たりして
そんな毎日の中で『生活するとは』とか
『生きるとは』とかの実感を得たいと考えたのだった。

自分の当初の理想としては。

しかしまあ、そんな学生生活も、
結局は多種多様な煩悩の波に溺れながら
思いきりフラフラと過ごしてしまったわけなのですが。

でも、正直、今ほどではなかった!と、思う。
今ほど過剰な煩悩に思い切り浸ってはいなかった、はず。

不思議なことに、
自分と同時期に社会人になり、
異様に長時間働いている友人たちは
悪くないお給与をいただいているはずなのに、
そのほとんどが「お金がない!」と騒いでいる。

しかし、まあ、そう言う割には、ものすごく無駄に
お金を使っており、騒いでおり、
飲んでおり、オワッテいる。
つまり、積もり積もるストレスをなかったことにするために、、、
という言い訳のもと、浪費しまくる同志が多いのである。

それもまた、刹那的な使い方をすればするほど、
『なんか救われる!』んだとか。

さて、金曜日。仕事をむりやり終わらせて
夜中1時に西麻布で待ち合わせ。
ジャケットを脱いで、まるでサラリーマンのように
ブラウスの胸元をゆるめる。
そうして気の置けない友人たちと
朝ご飯以来やっとありつけた『ご飯』を食べ、
ワイン類を何本か開け、そのまま、音楽が心地よい
速度で流れていく六本木へ。

そして朝起きると・・というか、ふと意識を取り戻すと
神々しく新鮮な朝の光の中で
友人が自分の部屋にゴロゴロと転がっている・・・ような土曜日の朝。

起きて、「最悪に頭痛い」とか言い合いながらスタバ行って
また話して、ちょっとだまって、お互い新聞とかテキトーに読んで、
朝からまた、愛だの恋だの経済だのの話をする。

でもこうして思い切り遊ぶのは、
踊りたいよりも爆音の中にいたいよりも何よりも
結局はただ素の自分のままで、
愛する友人たちとはしゃぎたいから。

精一杯背伸びをして
大人ぶってふるまう平日の連続の果てに
金曜日の夜がある感覚。

自分が望んで働いているのに、そこで感じる閉塞感。
不安や恐れ、一人暮らしのマンションから出勤して
一人で部屋に帰ってくる日々の孤独。

しかし、結局同じ時代に同じように必死に働く友人たちと
今日も晴ればれと勝負張りたいから、また引き続き働いてしまう。

恵まれた時代だからこそなのかもしれないけれど
我々は、働く意味を自分で見つけることが出来る世代。
でも逆に、それを見失うと、底なし沼みたいにはまりこむ。

だから、いつでもハートに信念を持っていなくては!
そしてそんな信念を確かめるのがエンドレスに続く
金曜日の夜!語る呑む語る笑う。
しかし、こうして過剰に働いた分、このまま過剰に使っていたら
本当に何も救われないから
さすがにそろそろ大人になりたいな★などと考えています。

金融危機に恐れを抱いて
そろそろまともになるのか自分!そして愛する友人たちよ
そろそろさすがに貯金したまへ。。。

2008/10/14

22時から会議が始まり、23時すぎに終了。
そこで明日の午後に顧客先に持っていく資料の内容が固まって、
そっから資料作成開始!

プロジェクトリーダーの他の会議が
終わるのを待ちながら仕事をして、
やっと自分のプロジェクトの会議に参加してもらえたのが、
冒頭の22時。

んで、自分担当の資料作成後、
悲しいかな24時に資料ダメ出し。

こうして残業は続き、
25時すぎに会社を出ようとしたら
課長と目が合って、断りきれずに
飲みに連れていかれる水曜日!!

しかし、「明日は9時からアポなので。。。」と
控えめに断って3時に帰宅。
ラッキ~と思いながらエビアンをゴクゴク飲んでいると
某大手金融機関に勤める女友達からメールが。

「ガン詰めされて今から帰りです。。。」

*注訳:ガン詰め・・上司から仕事の不備について厳しく追及を受けること。
    話術によってグサグサ刺されることが多い。

そのメールの受信時間と文章の短さが
読み手のワタシの恐怖を煽り、
なんか、ちょっと、ムンクの「叫び」みたいな形相になってしまった。

・・・・・。

いや、いやいやいや、
こんなど根性マンガみたいな日ばかりではなくて
華やか~なシーンも無くはないのです。
大手企業向けの提案プレゼンの日!とか
話題の新しいオフィスビルのロビーを
ハイヒールでコツコツコツ!と足音鳴らして
颯爽と歩く、とか。
・・・まあ、イメージ的にはそんな感じなんだけど、
そんなのは実質どーでもよいと思えてきたりもします。

本当は、この日々の中に
仕事のやりがいとか、喜びとか、いろいろある。
だからほんとは、そっちを中心に
毎日思考できればいーんだろうけれども
この、仕事で味わう苦しみ&快感のセットを
日常に取り入れるのは、なかなかにハードルが高い。

24時すぎに会社を出る時、
いつも異様に悲しくなる。
だけどそれでも辞めないのは、
「苦しみ&快感のセット」に
ちょっとずつハマりつつある証拠でしょう。

しかし変わらずストレスはたまるから、
それを解消するための遊びはどんどん過剰になる。
この毎日を成立させるために・・呑むっ、語る、旅に出る!

過剰な勤労の影には過剰な浪費生活が!
この金融不安の時代になんて不謹慎な!
ということで次回は、大変不謹慎な独身生活についてお届けします★

2008/10/05

合コンで『産業機械』のハナシをする女はモテないか。

ええ。結論から申しましょう。

モテません。

そんなところで顧客の情報集めに走る営業マインドは
本当にもう、大変残念な代物です。

でも、どうしても気になる。
照れと期待が渦巻く合コン始めの自己紹介よりも何よりも、
本日の合コン相手、日本の名だたる総合商社営業3年目が
どんな顧客とどんな仕事をしているのかが、圧倒的に気になります。

だって、こんな機会めったにない!。
老舗企業は若手社員にどんな顧客から任せて行くのか、
商談の規模は?取引先との関係性は?
そんでもって今後商社はどういう方向に進もうとしているのか!?
なぜ君たちは、この時代にあえて商社に入社したのか!?

以上のことを合コンの最中に、思いっきり聞きたい!話したい!
社会人的若造同士、想いの丈を話そうぜ!お互い同じ営業じゃん!

その上これが、相手の取引先と自分の担当顧客が同じ業界だと完全に取り返しのつかない事態に。

なにせ同じ産業機械に関わる者同士、話が盛り上がらないわけがありません。
初めて出会う若い男女が「産業機械」「金型」「保全」などのキーワードを軸に
どっかんどっかん盛り上がるから不思議です。

そうして合コン用女子的会話からはどんどん脱線。
気付けば今日も、合コンノリは同期飲みのノリへと流れていき
最後には「今後日本の産業を支えるのは俺たちだもんな!」という
ある意味、嬉し恥ずかしの同志愛に燃えたのです。

「男の子に対するその興味の持ち方、ほんと、働く女だね。
残念すぎるから!
合コンでそれしたら、ほんとモテないよ!マジで!マジで!」(友人談)

・・・・・そんな、2回も「マジで」って言わなくたって、わかってます。
自分だって男だったら、そういう合コン相手の女、たぶんヤダ。
でもやっぱり、せっかく話すなら仕事への情熱も野望も共有したい。。。

そんなわけで、こうして仕事にいろいろを突っ込みすぎた毎日の葛藤を
これからも少しずつお話させていただければと考えています。

朝も夜もなく過剰に働くことは日常で、頑張ったら収入は上がっていく。
仕事はとても興味深いし、遣り甲斐みたいなものも感じている。
だけど、働く時間はどんどん長くなっていき、責任も重くなっていき
本当は少し、どうしたもんかな。って思ってる。

毎日の長すぎる労働時間と濃密な仕事のチャンスが
色々なものを奪っていくし、与えてくれる。

さて今後、どうしたもんか。

もしよろしければこの人生の方向性について、
貴方様のお知恵を拝借できれば幸いです。

2008/09/30

お疲れ様です!
東京のサラリーマンワールドで
日々格闘しております、さちこと申します。

新卒入社後、営業3年目、顧客対応の難易度も目標数字も
ウナギ登りにアガルアガル、
そんな現実に立ち向かったり
目をそむけたりギャグにしたりしながらも
なんとか毎日生き延びています。

早朝から深夜まで働いて
何かを取り戻そうとするように
友達と語る、遊ぶ、お酒をのむ。

そんな精一杯な日々と
その中でフラフラと悩む働きマンズの実態を
ご紹介させていただければと
思っています。
刹那的だと自覚しながらも続けてしまう
「いかにも系」な独身サラリーマンライフ!

今後、何とぞよろしくお願いします。