突然のご報告となってしまい大変申し訳ないのですが、
このたび、個人的な事情により『ハミダシ書道』コラムを休載することとなりました。
今回の投稿が最後のコラムとなります。
今まで読んでくださった方にはとても感謝しております。本当にありがとうございました。
つたない文章で、読みづらく、理解しづらく、楽しんでいただけたかどうか不安が残りますが、
こういった場で言葉を綴れたことが私にとって貴重な財産となったことは確かであります。
又、第二回JunkStage公演にも出演させていただき、
あの場、あの瞬間に聞こえた拍手は忘れることのない大切な思い出です。
来場してくださった方に、あらためて感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。
今後ともJunkStageを陰ながら応援させていただきます。
これまではライターとして参加していたのですが、これからは読者としてJunkStageに”参加”したいと思います。
インターネットが発達し、いまやブログやホームページなどで誰もが自分の言葉を不特定多数に向けてアピールできる時代となりました。
書き手が増える量と読み手が増える量がうまく比例しなければ、書き手はネット上で全能感に浸ることになります。
雑誌のコラムは売れなければ終わります。
しかし、ネットのコラムは書き手がやめない限りいつまでも続けることができます。
書くのも読むのも無料という状況は無制限にネット上にコラムを生み出していくと思います。
だからこそ、ネットコラムは雑誌コラムよりも読者のリアクションが重視されるものだと考えています。
リアクションがなければ、書き手は独善的になってしまい、不毛な結果で終わることとなります。
訪問者数とはネット上に浮遊する実態のないオバケのようなものであり、それはリアクション数とは異なります。
要望や、記事へのコメント、イベント参加・・・といったリアクションの数こそが本当の意味での読者数であると思います。
私はそういった意味で、JunkStageに読者として”参加”し、読み、感じ、批評し、今後の発展に貢献していきたいと思います。
読者であると同時に、JunkStageを作り上げている一員と認識し、
少々大げさではありますが、”胸を張って”JunkStageを読んでいる、そんな読者でありたいと私は思います。
温かい心をもって、厳しい目で見つめ、
今後、ますます批評対象となりうる強い存在感へと発展していくJunkStageがとても楽しみであります。
最後の投稿もまた、駄文となってしまい、お恥ずかしい次第でありますが、
これまで「ハミダシ書道」読んでくださった方と、だらしない私を温かくフォローしてくださったスタッフ様に多大な感謝と応援を込めて、
最後のコラムとさせていただきます。
ありがとうございました。
書道家・亮太
私の小学校には二宮金次郎像があった。
正式には二宮尊徳。
若くして両親を亡くし、自ら生計を立てながら独学に励んだ彼の像は多くの学校に建設された。
薪をかつぎながら読書しているその像を知る人は少なくない。
「独学」ということに注目する。
授業を受けているだけで東大に行った生徒がどれだけいるだろうか。
その多くは学校以外、家での勉強がその成果をもたらしている。(と思う。東大生ではないので知りませんが。)
「勉学=教えを乞うこと」というイメージが我々にはある。
それは正攻法であると思うし、率先すべきであるが、
「独学=なんとなくすごく見えてしまう」のは、誤解だ。
「独学」という言葉がもつ特殊な色と響きをもうそろそろ消そうではないか。
というのも、そもそも勉学とは独学のことなのである。
独学とは特殊な勉強法でもなんでもない、勉強にとって当たり前のことなのだ。
宿題とはそもそも、「独学せよ」というメッセージである。
勉学の自立心を養うことである。
独学とは誠実ではなく、不良要素がある。
幼い頃から大人に言われてきた。
「勉強なんてできなくていい。健康で幸せが一番なんだよ」
飽きるほど聞かされてきた、そのフレーズ。
私は勉強が好きだった。
だからそんなこと言われると悲しかった。
勉強が好きな子供は少なくないと思う。
興味はあるのだが、問題が解けないだけで。
勉強とは居場所だ。そこに見つけた、自分の居場所。
そういう子供は勝手に勉強していく。放っといてもやる。
「教えてくれる人がいなくても、私は勝手に勉強する」という不良精神。それが独学だ。
教える側は、そういう不良を育てなければならないんじゃないか。
「教わるだけじゃなくて、独りでもやってるやる」っていう、能動的姿勢。
教えてもらっているだけでは師を越えられない。
又、師は「自らを越えよ」と、独学を薦めなければならない。
勤勉な二宮金次郎象に、私は不良を想ってしまう。
書道、絵画、小説、映画などを鑑賞し、評論している自分自身に気付くとき、
不安と焦りと罪悪感と後悔を覚えることがある。
「ああ、またやってしまった」「このような自分ではいけないのではないか」
そのような自責の念は、このようなコラムを書いているときにも顕著に現れる。
重く、深く、ゲーテの詩がのしかかる。
「芸術家よ ただ造形せよ
多弁は弄するな
そっともらすため息が詩になるのだ」
(筑摩書房、世界文学全集ゲーテ集より)
作ること、書くこと、表現すること。
芸術家がなすべきことはただそれだけで良いのであり、他の作品の評論なぞは実に不純なる行為ではなかろうかと考えることがある。
「私は『表現者』になりたかったのではないか。それがいつの間にか『評論家』になってしまっているのではないか」、そのような悶々とした思いに駆られ、コラムを書く手が止まるのである。
「芸術家は何よりも作品の完成を期せねばならぬ」(『芸術その他』)、
芥川龍之介がそう言うように、私は私の作品をもって私自身を表現することに終始すべきではないか。
しかしながら私は知っている。認めている。
評論や、時に抗弁を弄することもまた、その芸術分野の発展に貢献してきた事実があることを。
評論家なくして日本の音楽マーケットはここまで大きくなったのであろうか。
書評やメディアでの評論・議論の加熱は、その分野の発展に貢献し、マスとの間の重要な媒体となる。
そのようなことを理解してはいる。
理解はしてはいるが、「作る側」の人間にとって、他の作品を評論することにどれほどの意味があるのか。
今回のコラムで書きたい旨は評論家による評論ではなく、作り手側の評論について書きたいと思う。
他の作品を批判することによって自らの作品のアイデンティティを確立しようとしている時期が私にはあった。
それはニーチェの言うルサンチマンに似ていたかもしれない。
また、理知的に物事を論ずることで自尊心を保とうとしていたのかもしれない。
評論や批判だけではない。
自身の芸術論を文章によって展開している自分自身に疑問を抱く。
それは「私が本来すべきことは、ただ作品によって自己表現することではなかったか」という疑問である。
芸術論を説くことや評論・批判は、自身の表現活動において補足的なものとして留めておき、
自身の作品一本一筋で自身を評価してもらいたいという、そのような初心と衝動を大切にしたいと常々思う。
口語の言い回しになるが、「作品という等身大の自分で大衆と勝負してみたい」と思うのである。
評論するよりも、賛否を問うよりも、
評論される側になること、賛否を問われる側に立つことが初志ではなかったか。
表現する側にとって、自分の表現分野におけるコラムや評論は実に難しいことといえる。
作品によって自身の思想を解放し、昇華させ、とどのつまり表現するという、本来行うべき純然たる自己表現とそれらは種を異にするからである。
評論にせよ自論にせよ常々そのことを念頭に置きながら展開していきたいものである。
『第3回 水虫川柳大賞』の選考結果が今月9日に発表された。
大賞は東京都在住34歳の男性、
『親父から 家族に支給 給付菌』が選ばれた。
「(定額)給付金」と「給付(水虫)菌」がかかっている。
「きゅうふきん」という音が同じというわけである。
言葉は漠然としている。
「夢」 (睡眠の夢?自己実現の夢?)
「明日までにはできる」(語尾を上げるか下げるかで意味が異なる)
「今日ケンカしてきた」(殴り合い?口ゲンカ?)
一つの言葉・単語から、その意味は複数多岐へと派生していく。
喋っている本人にとっては意味は一つであるが、それが相手側、外界へと放たれた瞬間に複数多岐の意味が生じる。
「メッセージ性のある言葉」というのは、
一つの言葉によって「複数の意味」を相手に与えられることではないか。
言葉に込めた自分の思っている一つの意味が、
そのまま相手に伝わるというのは、実はメッセージ性がないのではないか。
なぜならその言葉には意味がひとつしかないからである。
たくさんの意味があったほうがパワーがあるのは当然であり、
他者が十人十色であるなら尚のこと、意味多様のほうが効果的ではないか。
具体的すぎると、意味がひとつになってしまうが、
具体的でなさすぎると(漠然すぎると)、ひとつの意味も持ち得なくなってしまう。
「つまづいたっていいじゃないか。にんげんだもの」という相田さんの言葉にもこの原理をみる。
与える意味は一つではなく、相手や相手の状況に応じて意味が複数存在しうる。そこに力がある。
かといって漠然としすぎず、しっかりと「一つ以上」の意味が存在している。
素晴らしい映画や絵画もまた然りで、鑑賞後の感想の食い違いや賛否を伴うことは、
その映画に込められているひとつの意味が溶け、多種多様の意味が存在していることを発端としている。
言葉や詩が書道と無関係でないことを否定する人は少ないであろう。
古来、中国の古典などを見ていても、書家は同時に詩人でもある。
自らが考えた言葉を、自らの筆を持ってしたためる。
「言葉とはなんぞや」を考えることは、書家にとっては決して無縁ではないはずだ。
書道家・亮太 Web Site http://ryota-net.com/

今回の記事は、第二回JunkStage公演について書かせていただきます。
来る9月5日(土)、JunkStageによる舞台公演が催されます。
JunkStageにてコラムを書かれている様々なアーティストによるパフォーマンスイベントです。
私自身パフォーマンス側として参加させていただくのですが、非常に楽しみにしております。
場所や時間、チケット等についての詳細はJunkStageトップページより拝見していただければと思います。
さて、「書道パフォーマンス」を本公演でさせていただくのですが、中にはピンと来られない方もいるかもしれません。
そもそも「書道」と「パフォーマンス」という二つの言葉をひとつにすることとはどういうことでしょうか。
書家とはある意味、隠者でもあると思います。
表舞台にでず、人目を避け、黙々と白紙と向かい、切磋して筆を取る。
そういった意味では隠者とも称せられると思います。
今年の初め、いわゆる空手の「型」(かた)というものを拝見する機会がありました。
その動きや一連の流れに、私はとても感動しました。
「これは字を書く姿に似ている」と。
表情、体の動き、全体の雰囲気、
まったくもってこれは芸術の一部であると。
また、『ミステリアス・ピカソ』というカンヌ国際映画祭審査員特別賞作品を見たときも、同様の感想を抱きました。
ピカソが絵を書く過程やタッチの様を映像化した作品です。
筆の流れ、書く順序、発想の起点と着想を白紙上に実現していく過程を見て、
「これは充分にエンターテイメントである」と思いました。
映画の冒頭にて、
「音楽や詩は、その人の頭の中はのぞけないから、創作過程がわからない。
しかし、それが絵画ならできる。
画家の筆の動きをみれば分かるからだ。」
というセリフがあるのですが、一枚の作品が出来上がるまでの創作過程を見ることは一興なことであると思います。
書道作品だけが決して書家の作品ではないと思います。
書家自身の生き方、生き様、生きてきた道、思想、人間性・・・、そういった部分もまた書家自身の作品となりうると思います。
そういった部分を今回のJunkStage公演では、字を書くというパフォーマンスの中でお見せできればと思います。
完成作品をお見せするのではなく、その創作過程・パフォーマンスによって、
一面的でなく、多面的に書の素晴らしさを感じていただければ幸いに思います。
何をどう書くかは当日のお楽しみでありますが、精一杯がんばりたいと思います。
・・・・・
均衡を保った危なげない紹介文章となりましたが、
公演では感情熱く、「人生すてたもんじゃないな」、その一点に絞って、
演じるのではなく等身大の自分を肉薄にさらけだしたいと思います。
ふるってご参加くださいませ。
去年、「霞ヶ浦湖一周マラソン」を行いました。
といっても、そのようなマラソンレースがあるわけではなく、自分で企画して勝手に名前をつけてチャレンジしただけのものであります。
一周、約100km。
先に結果から申し上げると、
2日間かけて60km地点まで走ったのですが、そこで足を痛めてしまい途中断念しました。
「書は心で書く」というのはもはや自明の理であり、心を鍛錬するために霞ヶ浦に向かったのですが、
なんとも不甲斐ない気持ちで帰宅したのを覚えています。
霞ヶ浦(湖)周辺は自然があふれ、民家がいくつか並んでいる程度でした。
僕は道に迷わないよう、湖に沿って走っていたのですが、
コンビニや自販機もなく、電灯でさえも1kmに一つあるかないかという状況でした。
それは僕にとって少し予想外であり、腹ペコで喉はカラカラの状態で夜通し走らなければなりませんでした。
勢い勇み足で霞ヶ浦に臨んだものの、もともと運動が得意なわけではない僕は「しまった。甘く見すぎていた」と反省しました。
日も暮れ、すっかり辺りが暗くなると、日中には聞こえなかった湖の音だけがひっそりと聞こえてきました。
湖に夜が訪れる。
体の疲れはよりいっそう意識をはっきりとさせ、じわじわと孤独が襲ってくるのを感じました。
水はどす黒い石油タールのような黒色になり、ゆっくり波打つ姿は死者も生者も飲み込んでしまうようで、恐怖すら感じる。
それでも走らなければと、暗闇の中うっすら見える水際のあぜ道を走り続けました。
まるで芥川龍之介の『トロッコ』のような、焦燥感に似た感情が両足を前へ前と動かすのです。
いよいよ疲れた僕は、なるべくきれいな浜辺を探し、靴を枕にして寝ることにしました。
月はでていたか、雲に隠れていたか、今となっては記憶にありませんが、
虫の声が耳元で囁いていたのはよく覚えています。
目が覚めたとき、地面から上へ45℃の位置に太陽はありました。
再び走り始めたのですが、足がずきずきと痛む。
走っていたときは麻痺していた痛みが、おそらく寝て休んでしまったがために現れたのだと思いました。
僕はゆっくり、少しずつ歩くことにしました。
申し上げるのが遅れましたが、季節は夏。
日差しは、刺すように、特にむき出しになった両太ももに向かって当たりました。
時おりTシャツを湖で洗い、首もとにあてたりして暑さをしのぎました。
周りに人もいないので、そのような行為もできたのだと思います。
その後、歩き続けていると、
今となっては大げさかもしれませんが、やや意識朦朧としてきた頃、(いやはや、やはり大げさですが)、
なにやら気分が良くなってくるではないか。
ここらあたり一帯が自然でつつまれている。
それがなんと心地良いことか。
お恥ずかしい話、帰宅してから調べて初めて知ったのですが、
霞ヶ浦周辺は自然保護や再生が施されているほど、「ありのままの自然」が残っているそうだ。
とぼとぼ歩く僕に、野鳥の声がどこからか聞こえてくる。
舗装されていない、あぜ道の脇に咲く花。
背丈ほどの高さにまで、うっそうと茂る草むらも、奔放というよりはそれが本来の育ち方に見える。
湖の波音は、はるか太古から変わらない音。そこにあり続けた音。
雲の流れ方、空の大きさ、風の吹き方、どれをとってもあるがままの進み方と形をしている。
疲れた体にそれぞれが染み渡ってくる。
ふと四字熟語が思い起こされた。
花鳥風月。
「なるほど、人間はここから始めていくのだ、何度でも始めていくことができるのだ」
僕はそう思った。
人間は自然の一部。
というよりも、世界とは人間と自然の一体のことではないか。
お金は作らなければ生まれない。
かたや、自然は作ることができない
しかし、自然は買わずとも売らずとも、我々人間のそばにある。
切っても切れない一体の関係にある。
脇をみれば、花が咲いている。
耳をすませば、鳥の声が聞こえる。
目を閉じれば、風が肌に触れる。
見上げれば、月が輝いている。
ゼロからやり直すとは、そのやり直す位置とは、このことではないか。ここからなのではないか。
何度でもやり直せると人が信じられるのは、変わらずそばにある「自然」という存在の力が大きい。
残念ながら、霞ヶ浦を一周することはできなかった。
靴下を境界にできた日焼けはその後もなかなか消えなかった。
しかし大切なことを学べたような気がした。
霞ヶ浦から家に着いた僕は、2枚の作品を書いた。『華』と『風』という字。
そしてあらためて、「書は心である」という言葉をかみ締めた。
一枚の絵が何であるかより、書く者が何であるか。
僕にはそのことのほうが大事な気がしてならない。
以上
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いまさらですが、企業や組織に対して絵描きは一人だ。
右腕一本でメシを食っていかなければならない。
一匹狼であり、経営者でなければならない。
一人で企業や組織と渡り合っていかなければならない。
色々と語弊があるかもしれませんが、そのような瞬間・状況は一度は必ずあると思う。
日本において、企業とアーティストの位置づけはどうだろう。
そこにはどのようなポジションの違いがあるのだろう。
芸術なんていらないんだよって。
商業的でお金になるものがほしいんだよって。—企業。
そんなの芸術じゃないよって。
単なるデザインじゃないかって。—芸術家。
資本主義である企業に対して、浪漫主義である芸術家。
そこにどれだけの対立があったことだろう。どれだけ対立の歴史があっただろう。
誰が泣いたか。誰が笑ったか。
がっぽり仲介手数料をとる者たちの裏には、無数の夢の残骸が散らばっている。
そんなことが日常茶飯事に繰り広げられている。
当然どちらの言い分も正しい。
皆、生活に必死である。
お金がなければ生活できないのは企業もアーティストも同じである。
企業も必死である。
しかしながら、どんな芸術家にもプライドのようなものがあって、
「書くのなんて簡単なんでしょ」「お金払ったら書くんでしょ」
そのような態度を見ると、葛藤が生じずにはいられない。
そういったアーティストは日本にたくさんいるだろうと思う。
だがその一方で、お金を頂かなければ生活できない現実が待ち構えている。
教室を構えたり、講師として仕事をしているなら少し話は変わってくるが、
自分の作品を売ることのみで生活する者にとって、企業との関わりは生活の上でとても大きな意味をもってくる。
長々とつまらない文章を書いてしまったが、
今回言いたいことはひとつ、
企業と対等に渡り合えるだけの力がアーティストに求められているということである。
しがみつく力よりも、一人で立つ力、それがなければ真に己が描きたいものなど描けないであろうと思う。
企業を前にして、自立した一人前として胸をはって信念を主張する、そんなパッショナブルな強い姿勢が必要である。
と同時に、賞味期限のない卓越した力・技術が必要であることは言うまでもない。
以上
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慧能(えのう)(638~713年)
当時、 弘忍禅師のもとには多くの弟子達が修行の日々を送っていた。
ある日、
弘忍は、「悟りの心境」をうまく詩に表せた者を後継者にしようと言った。
最も後継者に近いと言われていた、神秀という男が次のような詩を作った。
『身はこれ菩提樹、
心は明鏡台の如し、
時々に勤めて払拭して、
塵埃をして惹かしむること莫れ』
身は菩提(悟り)を宿す樹である。
心は曇りなき鏡であり、
煩悩の塵や埃を常に払い清めよ
この詩を聞いた者、誰もが賞賛した。
ただ一人、それに背く者がいた。
文字が読めず、寺の米つきとして働いていた慧能である。
「私はこう思う。」
『菩提、本(も)と樹無し、
明鏡も亦、台に非づ
本来無一物
何れの処にか塵埃を惹(ひ)かん』
菩提(悟り)にはもとから樹など無い。
明鏡にもまた台など無い。
本来、すべて、無一物であるからして、
どこに塵がつくところがあろう。
心が菩提樹であり 身が明鏡台である。
ゆえに心は元から常に清浄であり、明鏡は元から清浄である。
どこに塵がつくところがあろう。
その後、慧能が第六祖・後継者に選ばれた。
「無一物 無尽(盡)蔵」
むいちぶつ むじんぞう。
何一つないところに、すべてのものが蔵(かく)されている。
無一物・無一文、
こだわり・とらわれ・偏りをなくせば、そこに無限の可能性がある。
ゼロはゼロではない。それは無限ということである。
「無い」から「有る」が創造されていく。
お金がないから、お金を作ろうと思える。
笑いがなければ、笑いを作ろうとする。
「無い」は創造を産んでいく。
字を書くのも、曲を作るのも、「飽く」が無い状態というのは、何も無い状態のこと。
何も無い、空っぽが良い。
「盡」とは「尽」の旧字である。
「盡」は、手に持った筆の先から、しずくがポタポタと皿に垂れつくす様子を表した字であると言われている。
無一物ゆえに無盡蔵でありたいものだ。
と、ここまでやや小難しいことを申し上げたが、私は慧能の詩文なぞ難しくて理解しきれていない。
活字や漢詩文は難しい。僕には難しいです。
だけど何かしら感ずるところがある。
嗚呼、お金なくなっちまった。
嗚呼、会社やめちまった
嗚呼、恋人にふられちまった
嗚呼、なんだか、すべてが無くなってしまった
そんな「嗚呼」という響きが心に生じたなら、
「無一物無尽蔵」という言葉がそばにある。
最初から何も無かったんだよって。
いつだってそこから始めてきたんだろうって、
そんなことを「無一物無尽蔵」という言葉が教えてくれた。
一人で所有するにはあまりに勿体ない言葉、ゆえに筆をとった次第である。
以上
子供の頃、あお向けになり、天井の模様をずっと眺めていた。
するとその模様が何かの形に見えてきたことがある。
空に浮かぶ雲を眺めていると、ふんわりとした綿菓子に見えたことがある。
「書道展に行ったのだけど、なんて書いてあるのか分からなくて困った」
そのような声をよく耳にします。
確かに書くべき対象の一つとして、書道には文字がある。
「何と書かれているか」を知ることは書を楽しむ上で大変重要なことであると思う。
今回載せた画像は文字ではなく、単なる「黒い像」である。
黒い物体と言い換えても良いかもしれない。
実は、この墨象に深い意味など無い。
どうだろう?何かに見えてきただろうか。
デートの定番のひとつとして映画があげられる。
私見であるが、映画鑑賞後に感想を言い合う瞬間が楽しいから、映画はデートの定番であり続けるのだと思う。(また、会話のネタにもなる)
鑑賞後・読後に感想が全く同じという映画や小説はどこかつまらないと私は思ってしまう。
100人が映画を見て、100人全員が「泣けた」という感想をもってしまう映画。
見れば泣くことが分かっているのだから、私は見に行かないだろう。泣くことが分かっているのだから。すでにオチがわかっている。
小説は一冊であるが、感想は複数ある。
映画は一本であるが、感想は人の数だけある。
私はそれが小説や映画の魅力のひとつであると思う。
芥川龍之介の『羅生門』、最後の文。
下人の行方は、誰も知らない
「下人の行方はどうなったのか?」
そこに模範解答など存在しないのだ。
読んだ人の数だけ、「下人の行方」は在る。
もちろん作者の意向はあるだろうが、読み手がその話の結末に参加している。
少しばかり、話が脱線してしまった。
「この墨象は何ですか?」
いく通りもの答えがある。
どれも正解ではないし、もしくはすべて正解である。
まことに我がままで、図々しい作品である。
書道展にいけば無数の作品がある。
「なんと書いてあるか」も大事であるが、
「どのように見えるか」「どのように見えてくるか」。
つまり「形」や「線の流れ」を見ること。味わうこと。
子供の頃、天井の模様や雲が、何か別のものに見えてきた、その感覚、
そこには対象の意味など考えていなかったはずだ。
私が私の思うように、そのモノを私が見えるように解釈した。
じっと見ていると何かが現れてくる。
すべての芸術の前では、書き手も鑑賞側も童心にかえるのである。
以上
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『人間は考える葦
あぁ、パスカル、考えても僕の世界はからっぽ
あぁ、あぁ、僕の頭の中は宇宙だけど人っ子ひとりいない宇宙、思考
あぁ、パスカル
光と音がほしいのだ』
「人間は考える葦である」
フランスの哲学者・ブレーズ・パスカル(1623~1662)の言葉である。
無限な宇宙に比すれば、人間はひと草の葦(葦)のように弱い。
だが、それは考える葦である。
人間は自分が死ぬことと、宇宙が自分よりも優越していることを知っている。
宇宙は何も知らない。
ゆえに、我々の尊厳のすべては、考えることのなかにある。
我々はそこから立ち上がらなければならない。
だから、よく考えることを努めよ。ここに道徳の原理がある。
考える葦という言葉には、以上のような意味と思いがある。
はじめてこの言葉を知った時はとても衝撃を受けたものだ。
宇宙を作るどころか、宇宙にも行ったことがない。
しかし頭の中で宇宙を想像することができる。
世界や世界にないものだって、頭の中で考えることができる。
しかし「考える」という行為はどこか虚しさが香る。
考えれば考えるほど、生まれてくるのは形のない「無」である。
書道家という仕事柄、人と触れ合わず自宅にこもって書き続けることが多く、それが何週間も続くこともある。
しかし、私の思考は止まらない。
人と出会おうが出会うまいが、人間の思考はとまらない。
人と出会わない日々が続くと、自分の中で対話相手を作り出す。
もうひとりの自分である。
それはいわゆる自問自答と呼ばれるものに近い。
考えるという力がある限り、人間は真に孤独にはなれない。
死ぬまで自分という対話相手が自分の中に居続ける。
しかしその対話には、考えるという行為には、
目に見える景色がない。
手に触れる感触がない。
先に述べた、虚しさが香る所以である。
目を閉じ、音もなく、考える。
考えても考えても考えても考えても、その考えた世界には「音」も「光」もない。
延々と頭の中には、人っ子一人いない宇宙が広がるばかりである。
頭の中で考え、想像する頭の中の世界に、リアルな光と音があれば、私は一人で考えることの虚しさを拭うことができたであろうか。
部屋で一人きり悶々と考えること、その虚無感や孤独感が少しでも和らぐであろうか。
されど私は考えるという行為をやめない。
いや、人間はやめられないのである。
私が人間である限り。
考えるという行為それ自体は、音と光のない頭の中の世界で、音と光を決して生み出さない行為。
せめてもと、私は今日も考えていたことを人に話すばかりである。
以上
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