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2013/08/31

こんばんは。なおです。

先月考えようとして、ぐるぐる考えて煮詰まったあまり、発熱して先送りにした問題について改めて書かせてください。書いているなおもまた発熱しそうな、そしてもし読んでくださる方がいるとして、その方に楽しんでいただけるか、はなはだ自信の持てない内容です(すみません・・・)

でも、「源氏研究者見習い」の愚痴というか悩みというかが、Web上に公開されているのってちょっと稀少?かも。と開き直って書くことにします。

先月来なおが「悩んでいること」とは、(うんと簡略化して書けば)

なんか「源氏研究者」が「業界外」の方たちに向けてお話をしたり、本を書いてもいまいちウケてない気がする。

というか、「源氏研究者見習い」の私、ここJunk Stageで、一体何を書いたらいいんだろう!?

という、なんというか、誠に年甲斐もなく(汗)青臭い、しかし、だからこそなかなかに根源的な悩みで、なおは一人じたばたともがいている状態です。 (このままでは、Junk Stageの更新が滞る程度には深刻です・笑)

研究者の中にはすごく話が上手くって、学生のみならず学外の方の心も、ぐっと掴んでしまうタイプの人が確かにいます。でも、そういう先生が『源氏物語』の入門書を書いた場合でもたいてい、その売り上げは、有名な作家や評論家の書いたものにはかなわないでしょう。

これには、いくつかの理由があるように思います。

1.研究者の名前は(「ギョウカイ」では有名であっても)、一般にはあまり知られていない場合が多い。逆に、有名作家や評論家はなじみがあるので、書店で著作を手に取りやすい。 (一般の方が、研究者の善し悪しを判断する材料は、「○△大教授」のような肩書きぐらいしかない)

2.研究者が書くものは、歯切れが悪い。分かりにくく感じられる場合も。

3.知りたいことに答えていない。宇治十帖の作者は本当に紫式部なの!?etc…

といったところでしょうか。

 

上の問題点の対策を考える形で、今後のなおがJunk Stageでどんなことをやっていきたいのかも整理してみました。

1は、やむをえない面もありますよね。「大学教授」(特に有名大の教授)が絶対的な権威だった時代は終わって、読書好きの方たちが、是が非でも大学教員が書いた本を読破しようということもなくなりつつあるのでしょう。

専門家でも分かりやすくて面白い本を書いている人はたくさんいるのに、なかなか一般の方の手に届きにくいのは、残念なことです。このコラムではこれまでも、何冊かの本を紹介してきましたけれども、もっと積極的に『源氏物語』入門書の紹介をしていこうかなと思います。

2。研究者にとって「簡潔である」ということは結構危険なことなんです。

研究者には制約が多いのです。

原則として研究者は、自分の考えを論証しなければならない。たくさんの証拠を示しながら、自説を説明したり、反対意見に反論したりして、筋道立てて論じていかなければなりません。この論証が、たいていの場合「うねうね」とならざるを得なくて、(都合の悪い「例外」があったりして、その部分を説明しなければいけなかったりします)、研究者ならともかく、普通の読者なら「で?結論はどうなのよ!?」といらいらする感じになりがちです。

特に『源氏物語』は膨大な研究の歴史(なんと平安末期から注釈があります!)があり、研究者はなかなかそれを無視できない、という制約もあります。

例えば、 「『源氏物語』の主人公、光源氏の正妻であった紫の上は、若菜上巻で新たに光源氏の正妻となった女三宮に正妻の座を譲ることとなった」

という記述があったとしましょう。これが、作家や評論家によって書かれたのであれば、さほど問題はないだろうとなおは(個人的には)思います。

しかし!『源氏』研究者を名乗る人間がこれを書いたら大問題なのです。

紫の上が光源氏の「正妻」であったかどうかについては、専門家の間でものすごく意見が分かれているからです。そもそも、平安時代がいわゆる「一夫多妻制」であったかどうかについてもたくさんの議論がなされてきました。

研究者が論文を書く手続きとしては、この膨大な先行研究を整理して説明した上で、自説を立証しなければなりません。 でも、多くの普通の方はそんな説明を聞きたくはないでしょう(実は研究者見習いであるなおも、少々うんざりしている)。

ここがとても苦しいところなんです。「簡潔に」といっても限界がある。

というわけで?これまでなおは、平安時代は「いわゆる一夫多妻制」である~のような表現でごまかして、「一夫多妻制ではない、という立場もあります」という注をつけるというようなことをしてきました。

先日、語源を紹介するテレビ番組で、紹介の度にテロップで「ほかにも諸説あります」と小さく出ているのを見て、「これこれ!」と思いましたよ。 クレーム(!?)が出ないように、あらかじめ予防策?を取っておくのですな。

研究者にとって、この一手間はかなり大切で、つまり自分が採用した説以外の説があることをちゃんと承知しています、ということを示す必要があるのです。無知でこういう結論になったのではないよ、というわけです。

それじゃあ、おまえは紫の上を「正妻」説なのか、非「正妻」説なのか? ごちゃごちゃ言っていないで、結論と理由を簡潔に説明せよ!

という気分になってきましたか?

(もしくは、まわりくどくって、質問する気も失せるくらい疲れたよ、パトラッシュという気分でしょうか)

これに答えるのは、出来れば勘弁して欲しいなあ・・・という質問です。

私なおは、「紫の上が正妻であろうとなかろうとどっちでもいいんじゃん(多分物語読解のポイントはそこじゃないよ)」という立場です。

いいかげんに聞こえます?

「理由を簡潔に」言うのも難しいのですが、「光源氏と紫の上の結婚って異例ずくめでちょっと当時の歴史上の一般的な結婚に当てはめて考えるのは無理だよね。まあ、物語だし、そういうこともあるさ」という説(なおによる意訳)に深く共感するからです。

3.については、一番重要なところなので、この話題をもう一回引きのばして、書きたいと思います。

「研究者(見習い)がまわりくどい理由をまわりくどく考える」回になってしまいましたが、(もしかしたらいるかもしれない)読んでくださる方を想定しながらこの問題を考え、説明していくことは、なおにとって重要なプロセスになりました。もし読んでくださった方がいらっしゃいましたら、いつもにまして御礼申し上げます。

2013/08/31 11:48 | なお(平安時代文学担当) | No Comments

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