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2013/07/31

こんにちは。諒です。

そういえば、「あぐら」の話、完結していませんでした。引き延ばすほどの結論ではないのですけれどね。

タケミカヅチが天孫降臨の先遣隊として地上につかわされ、地上の神大国主神の前に現れ時の様子は、剣を浪の穂の間に逆さまに立て、刃先に「あぐら」をかいて坐した、とされます。この現れ方について、面白い説があります。

『信西古楽図』(成立は平安時代中~後期とされる)という、舞楽を図で説明した作品があるのですが、その中に「臥劔上舞」という図がありまして、これは剣の先端で何やら人が舞っている様子を描いたものなのです。近藤善博氏は、「劒尖に坐す神」(国学院雑誌、昭和35年5月)で、「雷を劒尖上にて制禦する」姿が、こうした様子と重ねられることを説いておられます。「臥劔上舞」、確かに面白い図です。東京藝術大学の収蔵品データベースで模本の画像が見られます。↓

[http://db.am.geidai.ac.jp/object.cgi?id=19759;image_file=EH0211821.jpg#imagetop]

でも、本当にこのような軽業と、降臨して剣の先端に坐す神が重ね合わされるでしょうか。

 

実は、剣の刃の先端に現れる神、というモチーフは、ひとり日本神話に見られるだけではありません。『剣の神・剣の英雄 タケミカヅチ神話の比較研究』(法政大学出版局、昭和56年)という本で、吉田敦彦氏は西欧にも、神が剣の先端に降臨するとされる話があることを論じておられます。その姿の発想は軽業に求められるものではなく、神話的な発想として剣の先端に神が宿ると考えられたことを受け入れるべきだと思われます。

ただ、世界的に見ても、タケミカヅチに特徴的なのは、「あぐら」をかいていることです。この姿というのは、どのようなイメージをもてばよいのでしょうか。

ところで、上代に「アグラ」というと、足を組んで坐ることではなく、貴人の坐す椅子のことを指します。「胡床・呉床」と書きます。上代では神や天皇が坐るものとして出てきます。現在の「あぐら」をかくこととは違う意味ですが、その椅子に坐るときには、足を組んで坐るので、この際、参考になると思います。その姿を想像するために、人物埴輪を見てみます。…著作権が気になるので、手書きです。若狭徹氏の『もっと知りたい はにわの世界 古代社会からのメッセージ』(東京美術、平成21年)を参考にしています。

 

群馬県の綿貫観音山古墳(6世紀後半)の王の埴輪を模したつもりです。実際の埴輪は、もうちょっと面立ちのよい人です。儀礼の場面であると考えられています。

この埴輪は、がっつりと足を組んだ、「あぐら」をかいた状態ですが、これよりも足を緩めた状態の埴輪(「胡坐」と言います)も別の古墳で出土しています。埴輪の坐る台を「胡床」と言ってよいのかわかりませんが、貴人が「胡床」に坐る姿とは、このような感じであったと考えられます。そして、この台を剣に替えれば、まさしくタケミカヅチの姿になると思うのです。

神話や伝説で、神や天皇が「胡床」に坐る場面は、戦や狩であることが多いです。また、『日本書紀』に、即位前の継体天皇(元年正月六日)が、「晏然(あんぜん)自若(じじゃく)にして、胡床に踞坐(ましま)す。陪臣を斉(ととの)へ列ね、既に帝の如く坐します」(悠然として、胡床に坐っておられる。諸侯を列し侍らせ、その姿はいかにも帝王のようであられた)とあることからも、「胡床」に坐すことが権威を示すと理解されていたことは、疑いありません。

これに鑑みると、国譲りの場面において、タケミカヅチが剣の先端に「あぐら」をかくのは、国つ神の大国主神よりも、上位にあるべき存在としての権威を知らしめる、そのことをあらわす姿なのであると、考えられるのではないでしょうか。

これは、現在考え中の問題なのでもしかするとそうではないかも知れませんし、タケミカヅチが「あぐら」をかいている意味はそればかりではないかも知れません。その検討は今後の課題です。

というわけで、この話はこのへんで。

埴輪、よく見ると、かなり精緻でリアルにできています。なかなか興味深いので、機会があればぜひ観察してみてください。

2013/07/31 11:39 | 諒(奈良時代までの上代文学担当) | No Comments

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