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2013/04/30

こんにちは。諒です。

数週間前に、なお と話していたら、古代の日本人の坐り方の話が出てきました。平安時代の貴族の女性たちは、あの素敵な装束の下でどんな風に足を崩していたか、謎ですね。真剣な友人に対して、諒はてきとうに、「まあ、上代は普通、たて膝だから」と言ったら、「それは何を根拠にしているのか」と詰め寄られたのでした。詰問されたときはどきどきしましたが、まあ、それもそうだと思って、何か関連のあることを調べてみようと思ったのでした。

さて、これを書こうと思ったきっかけは、なお の話だったのですが、坐り方については私自身も気になっていたことがあります。記紀神話に、天孫降臨の先駆けとして、タケミカヅチという神が葦原中国(地上)を平定する話がありますが、この神が地上に降り立つ時の描写が『古事記』に以下のように見えます。

是を以て、此の二神、出雲国伊耶佐の小浜に降り到りて、十掬剣(とつかのつるぎ)を抜き、逆まに浪の穂に刺し立て、其の剣の前(さき)に趺み坐て(あぐみゐて)、其の大国主神を問ひて言ひしく、「天照大御神・高木神の命以て、問ひに使はせり。汝がうしはける葦原中国は、我が御子の知らさむ国と言依(ことよ)し賜ひき。故、汝が心は、奈可(いか)に」といひき

タケミカヅチは、天照大神をはじめとする、高天原の神々の要請を受けて、天鳥船神(あめのとりふねのかみ)と共に、出雲国伊耶佐(現在の島根県稲佐浜。出雲大社の西に位置する海岸)に降り立ちます。そうして葦原中国の神、大国主神に、国を天孫に譲り渡すよう申し渡します。この時、タケミカヅチは剣の先端に「趺坐」していました。

これと同様の内容は『日本書紀』にも見え、「其の鋒端に踞みて」(神代紀第九段正文)と、より具体的に描写されています。『古事記』の「趺」も『日本書紀』の「踞」も、一般的にこの場面では「あぐむ」と訓じられています。つまり、「あぐら」です。タケミカヅチは、剣の先端に「あぐら」を組んで坐ったというのですね。

この神が剣の神であることは、以前鍛冶屋の話で触れたかと思います。剣の神なので、刃の先端に顕れたのです。それはそれとして、何故「あぐら」なのか、気になるところです。

…それで、「あぐら」について書こうとしていたのですが、現在思いのほか忙しく、肝心な部分は次回にさせて下さい。尻切れトンボでごめんなさい。


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