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2011/04/08

お久しぶりです。なおです。
前回は、『源氏物語』の光源氏が、たくさんいる妻たちに正月の装束を贈る、いわゆる「衣配り」の場面をご紹介しました。

本当は、光源氏以外の登場人物たちの「贈り物上手」ぶりもご紹介したいところなのですが、贈り物の話ばかり延々と続けるのも、つまらないですし、今回で一度区切りをつけようと思います。

最後にご紹介したいのは、実在した歴史上の人物、藤原行成(ふじわらのこうぜい/ゆきなり)。

『源氏物語』の登場人物たちは、「つくりもの」の人物ですから、その贈り物上手ぶりも(末摘花のような贈り物下手も)、当然のことながら、誇張して描かれたところが多少なりともあります。特に光源氏は、理想化された主人公です。だから、平安貴族一般を語ろうとする際に、彼らを例とするのでは、平安貴族たちの実情を必ずしも反映していないのではないか、というおそれがあるのです(とは言っても、源氏作者の贈り物に対する優れた美意識には、この時代に実在した平安貴族たちの「贈り物文化」の成熟を感じないわけにはいかないのですが)。

藤原行成(972~1027)は、紫式部と同時代の男性貴族で、実務的な能力に長けた人だったと言われています。

あの藤原道長と、時の天皇一条帝に信頼され、天皇のいわば秘書官(蔵人頭という官職です)として活躍しました。(奇しくも、行成は道長と同年同日(万寿4年12月4日)に亡くなっています。)

書道ファンの方は、「世尊寺流」の祖として、行成をご記憶かもしれません。
行成は、当時から有名な能書家でした。
興味がある方は、こちらから、「白氏詩巻」を是非検索してみてください。平安の美の極致と言うべき、流麗さと端正さと力強さが同居したような(!?)、行成の見事な書を見ることが出来ます。

□幼帝に贈られた独楽

さて、その行成。

平安後期に成立した歴史物語、『大鏡』によれば、かなりの贈り物上手です。

後一条天皇(一条天皇と道長の娘彰子の間に生まれた皇子、数え9歳で即位した)が、まだ幼かった頃、「遊び物どもまゐらせよ」(おもちゃを持って参れ!)との仰せが、ありました。

周囲の者たちは、天皇のお気に召すようにと、必死になって金銀で飾り立てた、趣向を凝らしたおもちゃを用意しました。

しかし、行成は一人だけ、「こまつぶり」(独楽のこと)に「むらごの緒」(斑濃、濃淡にむらがあるように染めたひも)をつけて、差し上げました。

「あやしの物のさまや。こはなにぞ」(変なかっこうのものだね。これはなんだ?)
と、天皇が尋ねたので、行成はこまについて説明をし、
「まはして御覧じおはしませ。興ある物になむ」(回してご覧なさいませ。おもしろいものでございますよ)と答えます。

・・・南殿に出でさせおはしまして、まはせたまふに、いと広き殿のうちに、のこらずくるべき歩けば、いみじう興ぜさせたまひて、これをのみ、つねに御覧じあそばせたまへば、こと物どもは籠められにけり。
(南殿(紫宸殿に同じ。厳かな儀式が執り行われる場所)にお出ましになって、(独楽を)おまわしになると、とても広い御殿の中を、余すところなくくるくると回っていきますので、すっかりおもしろがられ、この独楽をのみ、常に御覧になっているので、他の玩具はしまい込まれてしまったことでした。)

行成は、風流人というよりは真面目な人だったようです。
(和歌が得意ではなかった、という話も伝えられています。『枕草子』・『大鏡』)

でも、少年天皇が一番喜ぶおもちゃはなにか、一番的確なものを選ぶ能力があったのでしょう。(彼の、実務能力の高さは、このエピソードからも伺えますね)

広い広い紫宸殿で、独楽を夢中で回す幼帝と、見守る賢臣。
ほのぼのとさせられる、やさしい逸話だな、と思います。

□ 一条帝に贈られた扇
『大鏡』は、独楽のエピソードに続いて、もう一つ行成の「贈り物上手」なエピソードを伝えています。
贈られる相手は、独楽の天皇・後一条帝の父帝、一条天皇。
殿上人(天皇の側近として、近侍する人々)たちが、一条帝に扇を差し上げようという話になりました。

殿上人たちは、贅をこらした扇をこしらえようと奮闘しました。
扇の骨に蒔絵模様を入れたり、金・銀・沈・紫檀など高価な素材で作られた扇の骨に、彫刻を入れたり、ものすごく立派で高価な紙に、人に普通には知られていない珍しい漢詩や和歌を書いたり、日本全国の歌枕(歌に詠まれる名所として名高い場所)の絵と、歌枕を詠み込んだ和歌を書いたり・・・

人とは違う珍しい物、贅沢な物を、差し上げようとしたわけです。
(もちろん、最高の腕をもった職人に命じて、あれこれやらせるわけです。絵心があったり、書の上手い人は、扇面を制作します)
 
一方の行成は、扇の骨だけ見事に漆で塗らせて、黄色の唐紙(絵や模様が摺り出されている紙)に、表には楽府をうつくしく楷書で書き、裏には筆に精魂を込めて、草仮名ですばらしく書いて献上しました。

「楽府」というのは、中国唐代白居易の詩集『白氏文集』(「はくしもんじゅう」、最近では「はくしぶんしゅう」と読むのが正しいと言われるようになりました。)の中の、楽府形式で詠まれた50首の詩を指します。
『白氏文集』は、平安貴族たちにとても愛された詩集です。『源氏物語』にも、白居易の詩度々引用されています。(紫式部は、白居易の詩に対する深い理解があったと言われています)

ですから、珍しい詩や和歌を扇に書いた他の人と異なって、行成は「王道」をいった、と言えます。自分の書に絶大な自信があったからこそ、なのでしょう。
行成の書は、当時から観賞用として、珍重されていました。

一条天皇が喜んだ扇が誰のものだったか、言うまでもありませんよね。

・・・うち返しうち返し御覧じて、御手箱に入れさせたまうて、いみじき御宝と思し召したりければ、こと扇どもは、ただ御覧じ興ずるばかりにてやみにけり。
((行成の扇を)繰り返し繰り返し御覧になり、手箱にお入れになって、大事なお宝とお思いになっていらっしゃったので、他の数々の扇は、ただおもしろく御覧になって、それきりになってしまいました)

行成の見事な書で、それも楷書と草書両方で、新楽府の詩句が書かれているなんて、本当に見応えがあったことでしょう。(先に挙げた東博のリンクから、見られる「白氏詩巻」も、『白氏文集』に収められている詩から、8篇を書写したものです。こちらは、扇ではなく巻物ですが)

後一条帝に贈られた独楽といい、一条帝に贈られた扇といい、贅沢なもの・珍しいものよりも、相手に合わせたもの、相手一番喜ぶであろうもの、を贈ることが、「贈り物上手」になる秘訣であることを教えてくれるエピソードであるように思います。

「真心を贈る」なんて、陳腐なお中元やお歳暮のキャッチコピーみたいですが、相手の欲しいものをつくづくと考えて贈ることが「真心」なのだとしたら、行成はまさしく「真心を贈る」名人だった、ということでしょう。

□ 最後にもう一人だけ
「相手の欲しいものを贈る」ということから、連想される「贈り物上手」な平安貴族をもう一人だけ、紹介させてください。

『更級日記』は、紫式部のもう一世代後の時代の作者、菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)によって書かれた日記です。

この作者は、地方官の父親に連れられて、東国で育ちましたが、都で評判の『源氏物語』を是非読んでみたい、といつも念じていました。紙が貴重で、印刷の技術もまだほとんど無かった当時、54帖もある長編物語である『源氏物語』を手に入れるのは、大変なことだったのです。

『源氏物語』の一部は手に入るのですが、全巻揃って手に入れるのは、とても難しい。でも、一部だけ読んでしまったら、ますます続きが気になってしょうがなくなる。

孝標女が、「この源氏の物語、一の巻よりみな見せたまへ」と、神仏に祈っていたところ、ついに作者のおばにあたる人が、

「何をか奉らむ。まめまめしき物は、まさかりなむ。ゆかしくしたまふなる物を奉らむ」
(何を差し上げましょうか。実用的なものでは、つまらないわね。欲しいとおもっていらっしゃるという物を差し上げましょう)

といって、『源氏物語』五十余巻、櫃に入れて、『伊勢物語』など他の物語も加えて、孝標女にくれたのです。(高校の授業で読んだ方も多い場面かもしれませんね)

孝標女は、一人部屋に籠もり、昼夜を問わず夢中になって物語を読みました。

「后の位も何にかはせむ」、当時、女性にとって最高の名誉である皇后の位を得ることだって、『源氏物語』を読む感動、興奮には代え難いと孝標女は記しています。

私は、はじめて読んだとき以来、この孝標女のおばさんの言葉「実用的なものはつまらないわね」がとても印象的で、人に贈り物をする時、この場面を思い出すことがあります。

その人が普段買うものとは、ちょっと違うもの、でも喜ばれるものは、「上手な贈り物」と言えるのではないでしょうか。

(もっとも、孝標女のおばさんほど喜ばれるものを贈れる機会は、(多分私だけでなく誰でも)なかなかなさそうですね。実用的なものの方が喜ばれることもままあって、やっぱり贈り物は難しい!!)

最後になりますが、地震で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
被災されていない方々も、連日伝えられる悲しく辛い現状に、とても心を痛めておられることと思います。
ドナルド・キーン氏というアメリカ人の日本文学研究者が、英訳『源氏物語』が第二次大戦中に、辛い現実から自分を守ってくれる「避難所」であった、という趣旨の発言を度々しておられます。
それどころではない方も大勢いらっしゃることは承知しておりますが、少し余裕のある方が、ひととき日本の古典に思いを馳せて、一瞬なりとも辛い現実から逃避できれば、と念じております。
「らっこの会」では、精一杯、通常通りの更新を続けて参ります。

次回は、タモンが登場です!!

*『大鏡』は、橘健二・加藤静子校注『新編日本古典文学全集』本(小学館、1996)から、『更級日記』は、秋山虔校注『新潮日本古典集成』本(新潮社、1980)から、それぞれ引用しました。

2011/04/08 11:54 | なお(平安時代文学担当) | No Comments

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